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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
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化け物の正体

今まさにマーニの柔肌に、狂牙が突き立てられようとしたその時、藪の中から飛び出してきた何者かが化け物の毒牙からマーニを庇った。


 その様子に、誰しもが呆けた状態のまま、樹木と一体化したかの如く身体を硬直させていた。


 それは零も一緒である。何が起きているのか理解が出来ない。


 いや、みたままを述べるならば、男は化け物の上顎と下顎に生える牙を両方の手で広げるように押さえ、その噛み付きを制止していた。


 化け物は獅子の歯噛みの如く咬筋を脈動させ、その男を噛砕しようと躍起になっているようだが、男はどこか涼しい顔で、どうした? というような表情を見せ立ち続けていた。


 先程からその男は、牙を掴んだまま一ミリとも相手の進撃を許していない。


 それが先ず信じられなかった。零だけではなく他の皆も一緒であろう。間一髪で難を逃れたマーニも、その光景に目を奪われている。


 改めて見れば、大柄の厳つい体つきをした男である。上背は二メートルはありそうで、身体を覆う膨張した筋肉が頑強さを露わにしており、まるで重装鎧を着込んだ騎士のようでもある。

 

 それでいて実際に身にしている装備は、動物の皮をそのまま加工したような簡素なもので、身体の右半身を袈裟懸け上に覆い、もう左半身に関しては細いベルトのような物を左肩から右腰辺りに伸ばして止めてあるだけだ。


 大木のように太い両足には、革製のズボンが穿かれているが、零が思うに原始人というのがしっくりくるスタイルである――


 だが、零は改めて顔をみやる。そして思う、その顔に見覚えがある事を。


 それは零としての記憶ではない、憑依した彼の記憶。

 

 角ばった大きな顔に、顎まで達する長い揉み上げ。ざっくばらんに刈っただけの、暗緑色な短い頭髪。


 全体的にはゴリラに近い顔つきだが瞳は細めだ。


 その特徴的な顔ゆえに、きっと記憶がすぐに呼び起こされたのだと思う。


「ロック――さん?」


 探るような零の呟き。

 するとロックと呼ばれた彼は、ニカッ、と人の良さそうな笑みを浮かべ。


「よぉトイ。久しぶりだなぁ~姉ちゃんは元気かい?」


 そんな有り触れたような世間話を交わしてくる。

 だが、今は明らかにそんな状況ではないが――ふと皆の視線が零に向けられてる事を知った。

 

 知り合い? という疑問を滲ませている。ただセシルだけはそんな余裕も無さそうだ。

 先ほどのソーマでそうとう疲弊している。


「お姉ちゃんは元気です。て、大丈夫ですか! い、いま――」


 言って零がミコノフの名を唱する。彼を援護しようと思ってのことだ。

 それにロックは驚いたように目を丸め。


「へぇ! トイお前ソーマが使えるようになったのか! いやぁほんの少し見ない間に随分成長したな!」


 顔を綻ばせ賞賛の声を漏らす。

 しかし直後、でも大丈夫だ、と述べ眼つきを獣のソレに変えると正面に顔を戻し――


「トイも無理するな。この程度の邪獣なら俺だけで問題ない」


 彼から吹き荒れる気魄が身魂を抜けた。思わず詠唱を止めてしまう。

 余計な事などする必要がない、寧ろここで下手な事をするほうが邪魔になる。


 何せこのロックだってソーマ士だ。イービルと同じ錬による強の使い手。

 だがそのレベルは桁違い。感覚のない零にもそれがビリビリと伝わる。


 化け物をロックが押さえ続け、開ききった顎からは粘着くような唾液がダラダラと流れ、地面には青紫色の溜りが出来てしまっていた。


 恐らく相当興奮しているのだろう。なんとか喰らいつこうとしているのだろう。

 だが鋭い牙の進撃は、ロックという牆壁に阻まれ一向に進まない。


「グォオオォ!」


 いよいよ痺れを切らしたのか、化け物は一猛すると右前肢を振り上げ、そしてロック目掛けその爪を振るった。


 しかしロックは、狙ったかのようにそのタイミングに合わせ、牙ごと腕を捻り、そのまま化け物の巨体を巻き込むようにして投げに入ったのである。


 巨大な後ろ足が宙を舞い天を突く。それはソーマを持って強化した並外れた膂力ゆえに出来た荒業。


 そしてロックは皆に被害が及ばないよう、落とす角度さえも考慮して、化け物の巨体を地面に叩きつける。


 大地を震撼させる荒々しい響きが、カチーナ山岳を駆け抜けた。

 零のすぐ目の前に落ちた存在によって、土塊が飛び散り錆色の煙が上がる。


 だがそれではロックは止まらない。背中に見えるは巨大な戦斧。

 逃げていった取り巻きの一人の持っていたような両刃の斧。


 しかしロックの持つタイプの方は柄が鋼鉄製で短く、その代わりに刃は肉厚でそこだけみれば大きさは倍近くある。


 その斧に手を掛けながら、ロックが化け物の横に立ち、そして後背筋を波打たせ、化け物の太首へと刃を振り下ろす。


 イービルやマーニが、どれだけやっても傷ひとつ付かなかった化け物の身に、彼の斧は抵抗なく滑りこむ。まるで豆腐でも切ってるかのような有り様だ。


 あまりにあっさりしすぎていた為に、目の錯覚さえ疑ったのか、マーニとシドニーがゴシゴシと瞼を擦る。


 だが、ゴロゴロと地面を転がる歪な塊が、それが紛れも無い事実である事を告げていた。


 煙も消え、はっきりと姿を晒した化け物はもうピクリとも動かない。

 不思議と切断された首から流れる血の量は少なかった。


 そして転がりを止めた化け物の顔が丁度零の方を向き、その生命の焔が消えた瞳にその姿を映し込んでいた――





◇◆◇


「これで――よし、入ったな」

 

 化け物との死闘が終わると、セシルは自分を助けるために命を失った、ブラックベアの亡骸を改めて目にし、そして膝を折ってボロボロと泣きだした。


 そんなセシルにシドニーの手を離れた子熊が近づき、その涙をペロペロと舐める。その子熊を強く抱きしめ、ごめんよ、と呟き更に泣いた。


 その姿にシドニーとマーニも悲しみをその眼に讃える。


 零も悲しかった。だがその悲しみは涙に変わらなかった。そういう身体とはいえ、それが更に零には哀しかった。


 様子を見ていたロックは、特に何も聞いては来なかったが暗に察してくれたのだろう。


 黙って斧を上手く利用し、ブラックベアの収まりそうな空間に穴を掘ってくれた。


 そして英雄の遺骸を抱きかかえ、掘った穴の中に優しく寝かせる。

 化け物の手で失った部分は見えないようにと、うつ伏せにする気遣いも見せてくれた。


 穴は身体の大きさにピッタリとはまった。

 そして残った頭部も優しく抱きかかえ、首としっかり重なるようにしてくれた。

  

 残された子供は穴の縁までとことこと歩み、短く泣いた。

 それは最後の別れの言葉にも思えた。


 捲った土を元に戻し、大きな靴底で踏み鳴らした後、比較的太めの折れた枝を選び、それを地面に突き刺した。


 墓標の代わりとロックはいう。


 そして墓標の前に全員で並び、ミコノフの名と英霊を讃える言葉を唱和した。


 零はふと思う。ソーマの力が、教会の力があれば失った命も取り戻せるのかと。

 だがそれはすぐに否定された。

 例えどれほど優れたソーマの力があったとしても、失った命は取り戻せない。

 それが自然の摂理であるのだという。


 だがならば。零の存在はどう説明したらいいのか。魂だけでもこの地を生き、憑依することで仮初めの命を生きている。

  

 これはその理に反しているのではないか? だが、考えても答えなど出るはずもなく――





 英霊を祀った後。零は皆にロックの事を紹介した。勿論それは彼の記憶にあるものをそのまま伝えただけではあるのだが、記憶では彼はジェンと組んで仕事をこなした事があり、それがきっかけでトイとも親しくなってたようだ。

 

 とは言えトイには学園があったので、学園の休み期間に何度かあっているといったぐらいではあるのだが――


 ロックが腕の立つソーマ士で有ることを知ったことで、皆は得心のいった顔を見せた。

 それであれば、あの化け物を倒したことも理解が出来ると。


 そして話はそのまま化け物の件になだれ込み。


「なぁ、これどうすんだ? このまま捨てておくってわけにもいかないだろ?」


 シドニーが忌々しいものでも見るように、化け物の死体を見下ろし誰にともなく問いかけた。


 何せ皆を苦しませ、ブラックベアの親も惨殺したような相手である。言葉が荒々しくなっても仕方ないだろう。


「このオウグフォルファングは、一旦は置いておくしかないかな。ちょっと俺も持っていけそうもない」


 ロックが顎を擦りながら口にする。その言葉に零は驚き顔を彼に向ける。他の皆も似たようなもので、その双眸で疑問をぶつけていた。


「うん? あぁこいつの事はしらないか。これは邪獣オウグフォルファングと言ってな。俺は前に親父と依頼を受けて退治しにいった事があったから知ってるんだ」


 改めて聞いた邪獣という言葉。それだけは零の知識としても湧き出てくる。


 太古の昔に勃発した、邪神アルドニアと聖神ミコノフとの戦い。

 その際に邪神が生み出したものこそが邪鬼や邪獣といった異形の者達であり、それに対し聖神は人にソーマの力を与え抗った。


 だが、多くの代償を払った大戦はミコノフ側の勝利で幕を閉じたが、邪神アルドニアが滅んだ後も、邪悪なる者達が完全に世界から消え去ることはなかったらしい。


 それは伝承の大戦から永年と過ぎた今でも続いており、あの森にいた邪鬼ゴブリンのように突如人間の住む地に産み落とされるのだという。


「まさかこれが邪獣だったなんて……私始めてみました」


 ロックの話を聞き、マーニは何かを忌避するように自分の肩を抱きかかえる。


「まぁ実際邪獣はこの王国でも年に何度か生まれてきててね。ただその時は俺達のようなレンジャーが被害が広がる前に退治してしまう事が多いのさ」


 ロックの話では、長い時の中で何度となく現れた邪獣や邪鬼に関しては記録が残されており、出現しやすい場所は特に監視の目が厳しいらしい。


 ゴブリンに関しても、西のコボルトの森のように、他の種族が抑制になってる場合を覗いては、見つけたら即刻排除が基本のようだ。

 

 ただゴブリンは、この世界でいうゴキブリのようなもので、倒しても倒してもどこからか湧いて出てくるという認識になってるらしい。


 逆にこのような邪獣などは、滅してさえしまえは暫くは現れることもないようだ。

 

 ただその分邪獣は凶暴で残忍な正しく邪悪としかいいようのない存在であり、欲望の赴くままに人であろうと動物であろうと喰らい尽くす。


 更にゴブリンなどとは比べ物にならないほどの強敵でもある。

 だからこそ、レンジャー協会でも特異危険生物として扱われているようで、相当な腕を持つレンジャー以外には近づけさせもしないらしいが。


「もしかしてこの森から動物が消えたのも、この邪獣の影響ですか?」

 

 セシルが右手を差し上げながら尋ねると、ロックが顎を引き。


「その可能性は高いな。こいつらはとにかく良く食う。暴食な奴らだ。俺が前に親父と向かった時もかなりやられてたしな」


「でも邪獣を二度も倒しちまうなんて……凄いなマジで」


 シドニーが感心したように述べると、彼に助けられたマーニも、本当に尊敬します! と心酔したような目でロックを見つめ両手を祈るように握りしめた。


「いやいや! 二度といっても一度目は俺は殆ど何も出来なかったんだ。なんなら親父がいなかったら多分死んでたってぐらいさ。まぁでも今回はその時のリベンジが果たせた形だけどな」


 後頭部を擦りながら、照れたように述べる。


「まぁでも、食われたといっても全部がってわけでもない。みたところ、こいつが出てきた事で危険を察した動物たちは出来るだけ離れたとこに身を隠しているって感じだな。退治さえしてしまえば、また元の場所に戻ってくるだろう」


 その発言に皆がほっとしたような表情を見せる。


「でもロックさんはどうしてここに? もしかしてレンジャーの仕事でですか?」


 零の質問に、いや……、と返し。


「本当は俺も狩りをしようと、まぁなんていうかみやげでもと、まぁそれはいいんだけどその時にな」

 

 そういったあと、ロックは自分が出てきた方の藪に入り、そしてガサゴソと草木を揺らしながら再び姿を現す。背中にアックスディアを担いで――


「こいつが急に森から飛び出てきて襲ってきたんだ。この獣がわざわざ森から出て人を襲うことはないし、目もやばかったからな。何かあるとふんでちょっと原因を突き止めようと思って歩きまわってたんだ」


 そしてその途中でこの現場に遭遇したらしい。

 因みにアックスディアが襲ってきたのは邪獣の持つ邪気に当てられた影響が高いとの事。


 邪気にあてられると、生物が凶暴化し人間を襲うという例はこれまでも何度かあったらしい。


「それって人は大丈夫なんですか?」

 

 マーニが不安そうに訪ねた。確かに人にも影響があるとするなら、ここで邪獣と向き合っていた皆が心配である。


「人の場合は基本大丈夫だ。但し心に邪なものをもっているとそれが増幅してしまうという事はあるようだが――まぁそこまでいく場合は相当心が歪んでる場合だけどな」


「それなら皆大丈夫そうね。まぁシドニーはわからないけど」


「はぁ! お前こそ! 暴力性がまして辺り構わず殴り散らしたりすんなよ!」


 とりあえずシドニーが殴られたのを零は確認した。だがこれはいつもどおり問題はないだろ。

 

 セシルもふたりの姿に笑っている。大分回復してきたようだ。

 子熊もどこか楽しそうである。


 これなら問題はないだろう。

 そう零が思った時、ふと何かを忘れているような感覚に陥り、そして――思い出す。


「あ、そういえば! イービ――」


「ウイィイイイイリイイイィイイイ!」

 

 その時、藪の中から突如、発狂した何かが飛び出して来た――

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