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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
40/89

悪戦苦闘

 イービルは確かにソーマ、錬による強の使い手でもある。

 性格に難はあれど、その剣の腕も中々のものだ。


 だが――それでも零の心魂に不安が纏わりつく。

 彼の勝利が想像できない。


 その時――目の前の光景に変化。化け物が一足飛びにイービルの真上を通り過ぎる。


 その巨躯はイービルの背中へと身体を反転しつつ着地する。


「セシル離れるんだ!」


 そう叫び、零はソーマの効果を組み直しつつ、駆け寄り彼の小さな手を握って一気に後ろに飛んだ。


 その瞬間、化け物の尾が鞭のように振るわれ地面を撫でた。

 尻尾の振るわれた箇所には大きな窪みと放射状に広がる亀裂。


 あんなものを喰らっては一溜りもない。魂を冷やす思いだ。零とて死にこそしないが、ここで身体を損傷させるわけにはいかないのである。


 化け物の尾は更に左右に蠢いたが、零はその射程外を漂っていた。


 ソーマの力で風に乗り跳躍力が上がっている。そして、一気に取り巻きふたりの近くまで離れ、セシルと揃って着地した。


 零はその間にも、シドニーとマーニを気にかけていたが、ふたりはふたりで緑沿いに化け物から距離を離していた。


 シドニーの片腕には、あの子熊が抱えられている。


「あ、ありがとう――」


 零の手を握ったまま、セシルがお礼を述べてくる。その姿を一瞥し、握っている手を離しつつ、視線を化け物とイービルに戻した。


 丁度化け物の右前肢が、イービルに向け振られた瞬間だった。伸びた爪は、彼の持つ剣に負けないほど鋭い。

 だが、それを余裕の表情で躱す。動きが速い。間違いなく強化されている。


 しかし化け物の追撃は終わらない。全てを喰らい尽くす勢いで、顎門を広げ襲いかかる――


 それをイービルは横に飛び跳ね避ける。かなり大きな動作だ。あれでは次の動きに支障を来しそうだが、と零が考えた直後、イービルは比較的太めの幹に蹴りを入れ、三角飛びの要領で更に高く跳躍する。衝撃で枝が小刻みに揺れた。


 蹴りの反動も利用してるせいか相当に鋭い跳ねだ。

 イービルは眼下に化け物を捉えつつ、両手で握りしめたバスタードソードを振り上げる。


 そのまま勢いに任せて叩き切るつもりか。狙いは馘首(かくしゅ)といったところか。

 確かに頭を切り離されて、生きていられるものなどそうはいないが――


 零は不安を拭い切ることが出来ず、無意識にソーマを構築してしまう。


「私の勝ちだ化け物! 死ね!」


 勝利を確信したような笑みを浮かべ、イービルがその刃を振り下ろした。体重とソーマの力を申し分なく乗せた一振り、それが紫の肌に触接し――弾かれた。


 イービルの双眸が驚愕に見開かれる。信じられないといった表情だ。

 確かに彼の一撃はそれ程のものであった。だが、それでもこの化け物には通じない。正直レベルが違いすぎる。


 そして最悪なのは跳躍からの一撃だった為、弾かれた拍子に、完全に彼の体勢が崩れてしまっている事だ。


 当然それを見逃す相手でもない。飛んできたのは件の尻尾だ。ブンッ! という重苦しい音を奏で、柔軟性に飛んだ強大な鞭が、宙を漂うイービルの身を捉え吹き飛ばした。


 バキバキッと木々の倒れる音が連続する。小さくなっていく響きから、かなりの距離飛ばされたのは間違いないであろう。


 あんな一撃を喰らっては、いくら錬を使っていたとしても無事では済まされない。

 咄嗟に零が、風のソーマをクッションにしていなければ、ほぼ間違いなく命を失っていただろう。


 それとて確実ではないが、兎に角無事であるのを祈るばかりだ。あんな男でも目の前で死なれたら夢見が悪い。


 まぁ自分は夢は見れないんだけど――そう考えつつ、零は化け物に心魂を預ける。


 精魂としては大分落ち着いている。だが未だ危険な事に変わりはない。

 

 相手はイービルをそれ以上追いかける事はせず、そのまま禍々しい体躯を残った面々に向けてくる。


 次のターゲットを物色するように見回し――来る! そんな予感が身魂を駆け抜けた直後、大地を揺らしながら化け物が駆け迫る。


 どうやら最初の狙いは零達のようだ。

 それを認め、零が急いで神のソーマ発動に取り掛かる。


 だが、一足早くセシルが一歩踏み込み、水筒の蓋を開け正面へと突き出した。


「解き放たれし激流よ――災いを束縛する鎖と成れ!」


 セシルが声を張り上げ唱えた直後、水筒に収められていたレドロク川の水が、正しく鎖のような形となり、迫り来る脅威に向かって突き進んだ。

 

 その様相に、化け物が口元を歪め短く唸りながら身体を振る。何かを察したのかもしれない。


 だが、そもそもセシルの発したソレは攻撃が目的ではない。水の鎖は化け物を通り過ぎることなく瞬時に軌道を変え、巨大な体躯を物ともせず、ジャラジャラという音が響いてきそうな勢いで一気に巻きつき捕縛した。


 化け物が耐え切れず傾倒する。山が崩れたような響き。土煙が巻き起こりその巨体を一瞬だけ覆い隠すも、すぐに霧散し全身を何重にも縛られた姿が顕になった。


「やったぜ!」

「凄いじゃないセシル!」


 シドニーとマーニが喜び勇んで声を上げる。

 確かに予想以上の力だ。水のソーマは、使い手によっては錬の形のように、柔軟に形状を変えられるのも特徴なのだろう。

 風のソーマではこうはいかない。


 しかし――とはいえまだまだ安心は出来ない。それはセシルの苦悶の表情が物語っている。


「だ、駄目だ! 抵抗力が強すぎるよ! そんなに長くは、もた、ない――」


 歯を食いしばりながら、決して相手から目を離さずセシルが口にする。

 

 水の鎖は小刻みに震え、邪悪な眼の周辺に深い皺。そこに吹き出すような怒りを感じた。

 化け物は決して諦めてはいない。


「聖なるミコノフの名のもとに――」


 零は急いで詠唱を開始する。自分の持てる最大の力で発動しなければ、とても止めは刺せそうにない。


 だが、その分どうしても詠唱に時間は掛かってしまう。


「あんたも! 今のうちにそのクロスボウで――」


 マーニは弓を引き絞りつつ、後方の取り巻きに声を掛けた。が――


「ひっ、ひぃいぃいい!」

「お、お助けぇええぇえ!」


「……嘘でしょ?」

「あいつらイービルも置いて……逃げやがった」


 ふたりの落胆の声を聞きながらも、零は構わずソーマの力を構築し続ける。


 あのふたりが逃げたことには致し方ないという思いもあった。

 この状況だ、チャンスがあれば自分の命の方が惜しいと思ってしまうものだろう。


 だがシドニーやマーニは違う。勿論零もだ。ここで逃げ出すということは、セシルを見捨てることに他ならない。


 彼はソーマを解かない限り、この場から動くことが出来ないからだ。


「くそ! あいつら絶対許さないんだからね!」


 マーニは苦々しげにそう言いつつも、引き絞っていた指を放し、鋭い矢弾を走らせた。


 だがその一撃は化け物の顔面を捉えるも、先ほどと同じく固い獣皮に弾かれ、僅かな傷跡も残らない。


「まだまだぁ!」

 

 それでも彼女は諦めない。

 零の詠唱が完成するまでの間、更に矢を放ち続ける。

 その殆どは貫くこと叶わず次々と弾かれるが、一発だけ化け物の眼を捉え――


「グォオォオオオォ!」


 悲痛の叫びが辺りに木霊する。初めて与えたダメージにマーニが、よしっ! と拳を握りしめた。


 そして化け物がその身を更に激しく揺さぶる中、零のソーマがいよいよ完成し。


「だ、駄目だ! より抵抗が激しく、もう――」

「我が界隈を漂う無限の風――掌握せしはジェードの双腕――凝集せよ我が手の中に――狙うは絶、貫くは――翠嵐の槍!」


 零が語気を強め両の手を突き出すと同時に、一点に集められていた風が巨大な槍の如く突起し、螺旋状に回転しながら身動きの取れない化け物に迫る。


 あたる! と零は確信の表情を見せた。そして魂心の力を込めたこれであれば確実に屠れる筈だ、とも。


 しかし化け物はしぶとかった。その唯一縛られていない尾を大地に思いっきり叩きつけ、その反動を利用し横に飛び跳ねたのだ。


 その結果、零の撃ち放った風の槍は、化け物の尻尾こそ貫き切り離すも、本体に致命傷を与えること叶わず――しかも最悪な事に、相手は宙を回転しながら水の鎖を完全に破壊してしまう。


 飛び散った水しぶきが辺りの草木を濡らした。

 樹木を圧し倒しながら着地し四肢を大地に減り込ませた化け物は、その体勢から一瞬だけ腰を落とし、そして狙い澄ました獲物めがけ飛びかかる。


 その牙が迫るは――マーニ。いまだ瞳に突き刺さったままの一本の矢。それを恨んでの所為なのかもしれない。


 しかも動作は予想以上に速く、零のソーマでは間に合わない。セシルは疲労で膝が崩れ、マーニ! と叫び上げるシドニーも動きが追いついておらず――


「え? 嘘――」


 弓矢を構えたままのマーニの呟き。それとほぼ同時に顎門から生え出た牙が、その柔らかい肢体目掛けて振り下ろされようとしていた。


 だが、その瞬間――


「よぉ化け物。こんなところで人間の女を襲うたぁいい度胸だな」

 

 突如藪の中から何者かがマーニの前に踊りでて、化け物の狂った牙をがっしりと受け止めた――

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