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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
38/89

狩る者の正体

「何をしてるんだ! やめろ!」


 零達はセシルの後を追い、カチーナ山岳の藪の中を抜け、木々の間隔が広いところに出る。

 そしてそこでは、セシルが熊たちを庇うように両手を広げ叫びあげていた。


 彼の背後には――件の子熊と寄り添う体長二メートル程の熊、ブラックベアが蹲るようにして控えている。


 セシルは真剣な眼つきで目の前の男たちを見据えていた。


 そして、その連中とは――


「ふん! 誰かと思えば――全く鬱陶しい連中だ。折角狩りも盛り上がっていたというのに」


「全くですねイービル様。この間から本当にちょろちょろと目障りな奴らですよ」


「イービル様がちょっと情けを掛けたかと思えばこの有り様だ! 調子に乗りやがって!」


 零は思わず渋い顔を見せる。勝手なことを言っているなとも思う。

 そう、狩りをしていたのは前に広場で一悶着あったイービルという貴族の息子と、その取り巻きふたりだ。


 どうやらここには三人できているようだ。そういえばこの連中も、今の零と同じ卒業生だったなと思い出す。


 同時にギザの門番が、『シドニー達も』といっていたのが頭に浮かんだ。


 きっと先にこのイービル達が町を出ていたのだろう。

 あの時一緒にいたもうふたりは見当たらないが、彼らは後輩らしいので習わしに従って三人で来てるというわけだ。


 密の高い木々の中から抜け出た零達の目の前では、イービルが先頭に立ち恐らくは親熊であろうブラックベアに向け、両手で剣を構えている。

 

 上等そうなチェインメイルなどを装着し、さながら戦にやってきた騎士というような格好だ。


 構える剣はバスタードソード(片手半剣)で、長さは百二十センチ程度。

 鍔が鷹の翼を模していて、柄の先端にも鷹の頭のような意匠が施されている。


 金色の輝きを放つソレは如何にも貴族のボンボンが持ちそうな高級感漂うものだが、刃に目を向けても痛みはなく、研ぎ澄まされた銀色の狂気は、切れ味も相当に鋭そうだ。


 一方もうひとりの巨漢は鎧は身につけず、半袖のシャツに作業用のようなズボンという格好である。


 山歩きということで動きやすさを重視にきているのか、腕を出したままだと枝などに引っかかり危なそうだが、この男の場合筋肉だけは人一倍ありそうなので、気にすることでもないのだろう。


 そして彼が持つのは斧。木製の柄は長く、先端には鉄製の刃が左右に取り付けられている。

 刃は先太りで弧を描くような形状をしていた。


 そのまま伐採でもして帰れそうな様相だ。彼に関しての記憶はほとんど無いが、こういった物を持ち出してる辺り、もしかしたらきこりの家系なのかもしれない。


そしてもう一人――相変わらずの腰巾着ぶりを露呈させてる尖り目。

 零がその装備に眦を吊り上げる。


 格好は、なぜここでそんなものを? と思ってしまうぐらいの見た目重視なもの。


 恐らくは上等な絹で仕立てたのであろう外套(ジュストコール)を、赤く染色されたベストの上から纏い、それに膝丈までのズボンと革のロングブーツを組み合わせている形だ。


 しかし、外套の丈が長く、裾も外に広がってるため、この山の中を動き回るのに適してるとは思えない。


 実際途中枝にでも引っかかっているのか、裾が所々破れかかっていて、袖口から覗かせるレースも汚れ傷んでいる。


 これでは折角の衣装も台無しだ。


 しかし何よりも見逃せないのは彼の手に持たれた武器。クロスボウである。


 この時点で、セシルに庇われている子熊を彼らが狙ったであろうことはほぼ間違いないともいえる。


 クロスボウを持っているような人物はそれほど多くはいない。


 それにしてもシドニーがとっちめるといっていた相手が、この連中だとは、と零は睨む目は強く。

 しかし心魂では、厄介だ、という思いも沸き起こる。


 とは言え、この状況をこのまま見過ごすわけにもいかないだろう。

 ブラックベアの事もそうだが、イービル達の前で壁になるセシルも心配だ。


 尖り目の構えているクロスボウも照準を外していない。

 よもやセシルに向かって撃つとは思えないが――


「誰かと思ったらあんたらだったとはね。とにかく! さっさとその武器を納めなさい!」


 マーニは彼らをみて不機嫌を露わにした後、眼つきと声を尖らせ言い放つ。

 だがイービルは構えを解くことなく、目線だけをマーニに移し口を開いた。


「納める? 何をいっているんだ貴様ら。それよりもそこに立つ馬鹿をさっさとどかせろ。私達の邪魔をするな!」


「そうだ! 唐突に出てきてイービル様の邪魔をしやがるとはてめぇらこそ一体どういう了見だ!」


 イービルが吠えそれに巨漢も続いた。彼らは彼らで敵意むき出しの表情を向けてきている。


「大体貴様らだって、見たところ習わしに従って狩りに来てるのだろうに、止めろだなんておかしな話ですよ全く」


 尖り目に関しては肩を竦めながら、こちらが物を知らないような口ぶりで言ってくる。


 確かにもしこれが普通の狩りであれば、彼らの行為に文句をいう筋合いはこちらにはない。


 だが――


「嫌だ! ここはどかない!」


 セシルの固い意思。その様相にイービルが顔を眇める。


「ふん! この間の事を根に持っての事か? 随分とせこい方法で仕返しに来るんだな」


 後ろの連中が、全くですよね、等と同意している。


 だが前の事を根に持っているとしたら寧ろそっちだろう、と零は考え眉根を寄せる。


「別に君たちに何か恨みがあって邪魔しているわけじゃない。だけど君たちのやり方は間違っている!」


 セシルが相手を攻めるように言い切った。表情は険しく、両手を広げたまま腰の剣こそ抜いてはいないが、熟練の戦士にも負けない気魂を感じさせる。


 少なくとも今の彼の姿を見て、女の子のよう等と口にできるものはいないだろ。


「間違ってるだと?」


 イービルは片眉を吊り上げ、得心のいっていない顔を見せた。

 

「とぼけてんじゃねぇよ。てめぇらそのブラックベアの子供を狙いやがっただろ!」


 シドニーが、蟀谷に血管を浮かび上がらせながら怒鳴り上げる。


 するとイービルは、あぁ、と一言呟き。


「狙ったがそれがどうした?」


 全く悪びれもなく言い捨てた。

 腹ただしいぐらいにふてぶてしい態度だ。


「あんたねぇ! 狩りで子供は狙わないのがルールでしょう! それなのにこんな真似して何も思わないわけ?」


 マーニも眦を跳ね上げ、烈火の勢いで攻め立てた。


「ふん、お前たちはなにか勘違いしてるようだがな。確かに無抵抗の動物の子や子付を狙うのはご法度とされているが、先に襲われたなら話は別だ」


 零は、襲われた? と魂魄として繰り返し、セシルの影で様子を伺っている熊たちをみる。


「そ、その通りだ! そのブラックベアは親子揃って我らに牙を向けてきたのだ! だから我らは被害者だ! イービル様の手腕があったからこそこの程度ですんでいるがな!」


「この程度だって?」


 シドニーが怪訝な眼つきで尖り目とイービルをみやる。


「ふ~ん。それであんたは襲われたからそのクロスボウで二回も撃ったってわけ? その小さなブラックベアの子供に!」


 マーニの問い詰めるような激に、うぐぅ! と尖り目が喉を詰まらせた。

 反論の言葉が彼からは出てこなかったが、イービルが後を引き継ぐように口を開きだす。


「そうだ。別に不思議な事ではないだろう。そいつは見ての通り体力はあるほうではないし、子供とはいえブラックベアはブラックベアだ。襲いかかってくれば思わぬ獰猛さに驚き、武器も乱射するさ」


「クロスボウで矢が乱射できるとは思わないけど」


 零が速攻で反論する。


「……乱射は物の例えだ。一発目で怯んだが、更に襲ってくるようだったからもう一発撃ったのさ。しかし慌てすぎたのかそれも外し結局逃げられてしまったようだけどな」


「逆じゃないのかい?」


 今も両手を広げ、熊の親子をかばい続けるセシルが問う。


 その言葉に、逆だと? とイービルが反問した。


「そう、君たちが先にブラックベアの子供を狙い、この子が逃げたのを追いかけようとしたところで、この親の怒りをかったのでは?」


「馬鹿な何を根拠に――」


 イービルが苦虫を噛み潰したような顔でいうが。


「僕もそう思うよ。状況的にも明らかにおかしいしね」

 

 零はセシルの考えに同意し、追随するように口を挟んだ。


「何? チッ、また貴様か――」


 イービルが零を一瞥し、舌打ち混じりに言を続けた。

 そして忌々しいものを見たかのように表情を歪める。


「僕で悪かったね。でもイービル、君は先に襲われたと言ってるけど、そのわりに皆怪我も負わず元気だよね。でも反対にブラックベアの方は子も親も傷だらけだ」


「ふん、それがどうした? 確かに襲われこそしたが、親の方には私が速攻で間に入り、反撃に転じたのさ。この私がブラックベアごときに遅れを取るわけがないしな。だがそれでも獰猛なブラックベアである事に変わりはない。丁度狩りに来ていたということもある」


 イービルがそうやって言い做してくると再び腰巾着が後ろから口を出し。


「そうだ! イービル様はこの野獣を野放しにして後でやってきた人間に危害を加えてはいけないとお考えになられたのだ!」


 唾が激しく飛び散るほどの勢いで言い募る。しかし、一見心外と思っての言葉にも思えるが、彼の表情からは、とにかくさっさと話を終わらせたいという感情も垣間見える。


「そういうことだ。将来騎士になるものとして民の脅威になるものは捨ててはおけぬ。それの何が間違っている?」


 どうやらイービルは、あくまで自分たちは間違ってないと言い張るつもりのようだ。

 だがどうみても納得出来ない事ばかりのこの現状で、言い包められる訳にはいかない。


「それで、その騎士のやりかたというのがこの甚振り方なのかい?」


 零が更に追撃の言葉を述べる。するとイービルの眉がピクリと反応した。


「貴様失礼な事を! 相手はブラックベアだ! そう簡単に仕留められるわけもない! 何度も攻撃を加えるぐらいは必要だ! それを言うに事欠いて――」


「だが襲われたのが真実ならソーマが使えたはずだ!」


 尖り目が全てをいう前に、零が叫びその口を塞ぐ。

 そのまま視線をイービルに向け眼力を強め言葉を続ける。


「そしてソーマが使えるなら――お前ならやろうと思えば一撃で仕留められただろう。だが、それをしていない――この不自然なボルトの刺さり方と言い、どう考えてもおかしな事ばかりなんだよ」


 そこまでいって零は改めてブラックベアに目を向ける。子供がペロペロと親の傷口を舐めていた。

 だがその程度でなんとかなるようなものでもない。


 みたところ体中に刃で斬られたと思われる痛々しい傷が刻まれ、そして肩部や脇腹等に何本ものボルトが突き刺さっている。

 

 ブラックベアの名の元ともなっている黒い毛並みには傷口から溢れた鮮血が染み込み、箇所によっては赤黒く固まりこびり付いていた。


 その姿に眉を顰め、そして零はイービルに向き直る。


「恐らく子供を守ろうとこのブラックベアの親はお前たちの前に立ち塞がった。だから今度はこの親のブラックベアにターゲットを移したんじゃないのか」


 零の話は状況から予測したに過ぎないが、話を聞き終えたイービルのその顔は酷く歪んでいた。取り巻きふたりも何もいわず、巨漢に関しては子熊に関する疑いがもたれたあたりから、ずっと狼狽の色が隠せていない。


 それひとつとっても、セシルの考えが正しいことが漏洩してるともいえるが――


「ちょっと待って。てことはこいつら敢えて止めを刺さずこの親子を嬲り続けたって事?」


「チッ、ゲス野郎が――」


 零の話を聞いていたマーニが信じられないといった表情を見せ、シドニーは不愉快そうに言を吐き捨てた。


「くっく、それがどうした?」


 だが、イービルはもはや取り繕う必要なし、と言わんばかりに下卑た忍び笑いをみせ口を開く。


「何だって?」


 思わず零が問い返す。あまりのふてぶてしさにその拳が震えた。


「それがどうしたと言ってるんだ馬鹿らしい。たかが森の下等生物相手を狩りの練習台にしたところでなんだという?」


 然も当然と言い放つその態度に、他の面々も目を丸くさせている。


「練習台って、じゃあやっぱりわざと痛めつけてたっていうのか」


「そうだ。私はソーマの力をより強めようと思ってな。丁度いい相手だったよ。それにそいつも新しく手に入れたクロスボウの試し打ちをしたかったらしいしな。少しでも長く楽しみたかったのさ」


「酷い! 動物の命を何だと思ってるんだ!」


 イービルの言い草にセシルが噛み付いた。

 だが零としては若干心が痛む。


 彼とて一歩間違えばそれが平気でいえる人間になってたかもしれない。


「そんなもの知るか! 馬鹿が! 大体貴様らだって狩りにきてるんだろ! どうせ殺すならどんなやり方であれ一緒だろ!」


「こいつ開き直りやがった――」


「なんて奴なの――」


 いよいよ本性を見せたイービルに、シドニーは呆れたように顔を眇め、マーニは唇を忌々しげに噛み締めた。


「僕たちは敢えて子供を狙ったりはしないさ」


 零がイービルを睨めつけながらいう。


「ふん! どうかな? お前たちだって得物を探して彷徨い続けたんだろ? そんな顔をしている。我々だってそうだ! 方々探しまわっても小動物の一匹も見つからなかった! そんなときにそいつを見つけたんだ! そんな状況で獲物を目にすれば子供だろうと貴様らだって狩りに走るさ。ついでに鬱憤を晴らしてやろうともな!」


「てめぇ! 最低だな!」


 シドニーが今にも飛びかかりそうな勢いで身を乗り出すが、マーニが右手で制し怪訝に眉を顰めた。


「……ちょっと待って。それってつまりあんたらも山の動物には出会えていなかったって事? あんたらがいたから動物たちが見当たらなかったんじゃなくて?」


「はぁ? 何を言ってるんだ貴様ら。大体たかが三人の人間が森を歩きまわってるだけで、消えたようにいなくなるわけがないだろう」


 イービルが顔を眇めながら応える。

 確かにそういわれてみるとその通りかもしれない、と零は顎を指で押さえ思考を巡らす。

 

 しかしだとしたら――


 その時、ふとセシルが後ろのブラックベアに顔を向け何かを呟く。


「……これ――」


「うん? セシルどうかしたのか?」


 その様子の変化に気づいたシドニーが尋ねる。するとセシルが彼を向き直り。


「ブラックベアが……何かに怯えてるみたいに――」


 不安そうに眉を落としながらのセシルの言葉。

 そこにセシル達の立っている奥の方から近づいてくる激しく揺れる木々の音。


 それに気づいた零が音の方へ心魂を傾けると、魂が何かに締め付けられるような、そんな感覚に陥り思わず叫ぶ。


「!? セシル! 気をつけて! 何かく――」


 だが、その言が全て紡がれる前に、藪の中から飛び出した巨大な影が、セシルの喉元に今まさに喰らいつこうと――

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