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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
37/89

狩られしもの

 腹も満たされ、狩りの為移動を再開してからは、シドニーの提案通り川の上流側に向かって歩みを進める。


 進み始めて暫くは、なだらかな斜面の河原が続いたが、程なくしてそれも終わり、再び木々の生い茂った中を手でかき分けるようにしながら進んでいく。


 流石に森に入ってからだと川に近すぎても危ない。思わぬところで脚をとられ滑落しては洒落にもならないだろう。

 なので、少し川との間をおき、右手に清流を捉えながら先に進んでいく。


 先程よりも更に緑が密集し、立ちふさがる枝も多いため、先頭を務めるシドニーが得物を抜き、枝を切り落しながら進んでいった。

 

 そのおかげで後ろは移動が少し楽でもある。


 ただ、それから暫く歩くも中々目的の獲物は見つからない。 

 いや、やはり動物らしきものがいないのだが。


「でも今日は晴れててよかったよね」


 ふと後ろからセシルの発言。

 このまま黙って歩いていても気が滅入りそうになるので丁度いい。


「そうね、前みたいに大雨に見舞われたら流石に狩りどころじゃなかったもんね」


「あ~、確かにあん時は酷かったな。俺も初めてみたぜあんなの」


 雨の話で少しだけ会話が盛り上がった。零も相槌を打ったりして会話に交じる。


 ただ零自身は雨の事など当然知らない。だが引き出された記憶によると、それは零がこの世界に来る少し前の話のようだ。


 ここフォービレッジ王国は雨が降らない地域という訳ではないが、基本的に大きく天気が崩れるような事はない。

 雨にしても定期的に降るが、それが長く続いたり、それこそ台風のような物に見舞われたりなどはしないのである。


 しかし彼の記憶では、その時の雨は様子が違っていた。空も分厚い曇天の雲に覆われ、あっちこっちに落雷が落ち、強い風と大量の雨。


 それが三日ほど続き、王国中の住人が不安を隠しきれなかったらしい。


 場所によっては堤防が決壊し、川が氾濫したりもあったようだ。


 そして当然王国側も黙ってみているわけにはいかず、騎士やレンジャーの協力を得て、堤防の修復や、被害が最小限に留まるよう多数のソーマ士の力もかり、なんとかこの未曾有の大雨を乗り越えたらしい。


 それだけの災害に見まわれながら、人的被害が〇であった事は不幸中の幸いとも言えるか。

 王国の素早い対応を賛美する声も上がったようだ。


 但し、それでも一部の畑などは守りきれる事は叶わず、未だに復興しきれていないところがあるらしいが――


「あの時はこの川もやばかったらしいわね」


 マーニが横目でゆるゆると流れる川をみやりながら、言葉を入れる。


「あぁ。でも何人かの水のソーマ士の力でなんとか食い止めたらしいな」


 シドニーは歩みを止めず、言葉だけで返す。

 水のソーマ士、つまり神のソーマで水のラリアーの力を行使できるものだが、この国では数が少なく希少なようだ。


 水のソーマは水がないところでは使うのは困難だが、こういった災害の時にはかなり役に立つ。

 そしてある程度以上の力を持つものは水を氷に変えて扱うことも可能らしい。

 

 この王国にそこまでの力を持つものはいないようだが、このセドナ島の最北に位置するジャスタ大公国は、年を通して雪と氷に覆われた国であり、その為か水の才能に恵まれたソーマ士が非常に多いらしい。


 それにしても――零も川に目を向ける。この清冽な流れをみてると、それだけの大雨に見舞われたというのが信じられなくなる。


 だが、確かに今日は晴れていて良かったなと空を仰ぐ。

 この辺りは木々の間隔も若干空いてるため、広がる青空が垣間見えた。

 

 今日はこれからも雨の心配はなさそうである。





◇◆◇


「流石にそろそろ厳しいかな~畜生~~!」


 思わずシドニーが叫んだ。うんざりというのと悔しいという感情が入り混じった声音。


 しかし、確かにあれから暫く探索は続いたが未だに生き物の姿はない。

 おかげでセシルに至っては、途中途中に生える野草に興味を持ち摘みだした程だ。


 彼が摘んだ掌ほどの大きさもある濃緑色の葉はマヌスの葉という名称で、素揚げにして食べても結構いけるらしい。


「でも確かにもうそろそろ帰りの事も考えないとね」


 確かに、と零も思う。そろそろ太陽も大分西に傾き始めている頃だろう。


「仕方ねぇちょっとそこ折れて一旦降りようぜ」


 シドニーの指差す方には、比較的ゆるやかな斜面。そこを滑らないように気をつけながら下る。

 下りた先は再び開けた空間。


 ドドドッという激しい水音。斜面を下りて前を見ると、少し高い岩場から川が滝になって落ちていた。


 滝壺に、勢い良く落ちてきた上流からの水が打ちつけられ、水しぶきが上がり白波がたっている。


「中々いい景色だけど、のんびり眺めてる暇もなさそうね」


 マーニが嘆息混じりに口を開く。

 シドニーは、やはり辺りを見て回るが獲物の姿はない。


「でもやっぱりこれはおかしいよね。もしかしたら町に戻って報告したほうがいいかも」


 セシルが少しだけ真剣な表情で意見する。彼のいう報告とはレンジャー協会にということかもしれない。

 

 流石に直接領主に進言するわけにはいかないため、協会を通して判断を仰ぐといったところなのだろう。


「シドニーこれちょっと狩りどころじゃないかもよ」


 マーニが熊のようにウロウロするシドニーに告げる。流石に何かの異常を感じたのか、彼も真面目な表情にかわり戻ってきた。


「確かにこんだけ動物が見当たらないのはおかしいか。だけどやっぱ悔しいよなぁ」


 後頭部をさすりながら、渋い顔を見せる。

 しかしこればっかりは仕方がないかもしれない。


 それよりも更に無理して探索を続け、皆に危険が及ぶのは勘弁願いたいとこだろう。


 と、その時滝近くの草木がガサゴソと揺れた。


 シドニーの耳にも届いたらしく、もしや! と少し興奮した顔で振り返る。


 獲物が現れると思ったのかもしれない。

 

 だがそこに現れたのは。


「きゃ~~! やだちょっと可愛い!」


 直後興奮を露わにしたのはマーニであった。顔を綻ばせ、その小さな野生生物に歓喜の声を上げる。


「これ、ブラックベアの子供か?」


 シドニーが川の方へと向かうブラックベア、つまり熊だが、その子供の姿を見ながら疑問げに呟いた。

 なんでこんなところに? という思いが感じられる。


 これまで全く動物に出会えなかった為、どんな形であれその目に出来て安心といったとこではあるのだが――

 

 ただ、少しだけ様子がおかしい。歩き方がヨタヨタして危なかっしいのだ。


「もしかして!?」


 セシルが、何かに気づいたようにそのブラックベアの子供に駆け寄った。

 熊は近づくセシルにビクリと震えて、警戒心を抱いたようだが逃げる素振りは見せない。


「やっぱり――この子怪我してる……」


 セシルがその子熊の右前肢と肩口を見つめながら細い声を発した。

 全員で後を追い、子熊の怪我に目を向ける。


「これは……自然に出来た傷じゃないわね」


 眉を顰めマーニがいった。傷は肩口は裂傷し、前肢は何かに穿かれたのか中程が完全に貫通している。

 見るに斜めに貫かれたというところか。


「これ――もしかして弓矢に射られたのか?」


「そうだね。弓というよりはクロスボウみたいだけど」


 セシルが珍しく怒気の篭った声で呟いた。肩も少し震えている。

 クロスボウはマーニの所持してるようなタイプと違い、台座に弓を横にして設置したような形状をしている。

 

 弦は予め引いてストッパーのようなもので固定しておき、ボルトと呼ばれる弓に使うものよりは短い矢弾をセットし、銃のようにトリガーを引くことで射出する。


 矢弾をセットしたまま持ち歩くことが出来るのと、バネの力を利用してるため通常の弓より遥かに威力が高いのが特徴だ。


 恐らくは、今マーニの持っているコンポジットボウよりも更に殺傷力は優れているだろう。

 ただ弓に比べると構造が複雑で、あまり大量生産に向かないせいか、値段はかなり張るようだ。


 しかしその武器を使用して狩りをしたなら、この子熊の傷も納得がいく。


「酷い! 狩りで子供は狙わないなんて常識なのに!」

 

 マーニも許せない! といった感じに叫ぶ。狩りでやられたのはこの傷がクロスボウで付いたことから確かだろう。


 しかも偶然ではないのは、傷が二箇所に及んでることから明らかだ。


「痛むよね? 今楽にしてあげるから――」


 その言葉にシドニーが眼を丸くさせる。


「おいおい楽にってまさか……」


「ちっ! 違うよそうじゃなくて!」


 どうやらひと思いにという意味ではないらしい。最もセシルがそのような行動に出たら、零としても見る目が変わってしまったかもしれないが。


 そしてセシルはゆっくりと立ち上がり、手持ちの水筒の蓋を開け、ジャボジャボと大地に注ぎ出す。


「て、セシル何してるの?」


 マーニが不思議そうに尋ねた。それは零も同じ気持ちだ。

 突然水を捨ててどうしたのかと。


「うん。これでもいいけどやっぱり新鮮な方がいいからね」


 言ってセシルが水面に近づき、その水を水筒に汲む。


 そして少しオドオドしてるようにも見える子熊に近づいてその水を傷口に掛けた。

 染みたのか子熊の表情が若干歪む。


「あぁ消毒って事?」


 マーニが得心がいったように口にするが、まぁそれもあるんだけどね、とセシル。

 

 そして――


「聖なるミコノフの名のもとに、我は水神ラリアーの力を行使する。清らかなる水の加護。その漲し力をもちて治癒力を高めん――」


 セシルがその川の水をかけた箇所に右手を翳し、詠唱を終えると前肢を濡らしていた水がキラキラと輝きだし、そして徐々に傷口へと染みこんでいく。


 すると痛々しかった傷口から出血が途絶え、どこかサラサラとしたものにかわる。

 

 そしてセシルはもうひとつの肩口の傷にも同じような治療を施した。


 これには見ていた皆も驚きを隠せないでいた。勿論零もだが。


「凄いよセシル! ソーマの力が使えたんだね!」


 零が若干の興奮を滲ませて口を開く。

 するとセシルは、軽くはにかみながら照れた感じに頭を擦り。


「使えるといってもまだまだだけどね」


 そう遠慮がちに応える。


「いや、でも凄いわよ傷を癒やすなんて。教会みたい」


「う~ん教会の使う癒やしのソーマほど優れてはいないんだけどね。水の力だと痛みを多少和らげたり出血を押さえたりはできるけど、あの力みたいに傷を完全に塞いだりは出来ないし」


 確かにだいぶ良くなったとはいえ、貫通した傷口はそのままだ。


 ただセシルは遠慮がちにいってるが、王国で使い手の少ないという水のソーマを行使出来るだけ凄いことだろう。


 そして――治療を受けた子熊からしたらやはり嬉しいらしく。


 暫くは何が起きたかわからず呆けていたが、とことこと危なげなく四肢を動かし、そしてセシルを振り返ると、これまでのオドオドした様子もなくなり、それどころかセシルの胸に飛び込み犬のようにハァハァと身体を上下させながら、ペロペロとその顔をなめだした。


「アハッ、くすぐったいよぉ~」


 背中を下草に預けたセシルが、悩ましい声で身を捩らせる。


 その姿に何故かシドニーの頬が紅い。そう、彼はやはり見た目には女の子に近い。

 しかもそうみれば、かなり可愛らしい顔立ちをしてるともいえ。


「ちょっとふたりとも――」


 マーニが腕を胸の前で組み、ジト目をふたりに向けてくる。

 つまり零もいまそういう表情をしていたという事であり、どうも最近は随分慣れたのか気持ちと身体が自然と連動している。


 そしてひとしきり子熊との愛撫を楽しんだ後は、セシルも立ち上がり表情を真面目なものにかえた。


「でもどうしようかこの後?」


 セシルの何かを確認するような問い。

 するとシドニーが胸の前で拳を叩き。


「決まってんだろ! こんな事した連中をとっちめてやろうぜ! もしかしたら他の動物の姿が見当たらないのもそいつらの仕業かもしれねぇしよ」


 怒気を込めた声でいう。そして確かにこの所業は許せないという気持ちは零にもある。


「でも、どうするの? 探すと言ってもあてもなくじゃ――」


 マーニが軽く空を眺めながら述べる。時間も気にしてるのかもしれない。

 確かにこれからあてもなく探してると、下手したら日が落ちてしまう。

 

 それに、その狩人がまだ山にいるとも限らないだろう。


「グルゥゥウ――」


 ふと、そこでブラックベアの子供が唸りだし、森の方へと身体を向けた。

 見た目にも何やら怒っているようなそんな様子。


 そして――唐突に忙しなく四肢を動かし、駆け出す。森のなかに入っていく。


「あ! 待って!」


 その姿をセシルが焦ったように追いかけだす。多少傷が癒えたとはいえ、このまま放っておくのは危険だろう。


 残った零達もお互いに顔を見合わせ頷き合うと、一斉にセシルと子熊の後を追い始めた――

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