仲間たちとの昼食
マーニとセシルは、自分たちで作ってきたというサンドウィッチを頬張りモグモグと食べている。
手軽に食べれるサンドウィッチはどこの世界でも共通してあるんだな、と思い零が眺めてると、
「良かったら食べる?」
とふたりに尋ねられた。
だが零はできるだけ食べる量は減らしたいため、お姉ちゃんのがあるから、と謹んで辞退する。
すると、だったら俺にくれよ、とシドニーがふたりのサンドウィッチに興味を示した。
なんであんたに上げないといけないのよ、とマーニは態度を一変させるがセシルはあっさり、いいよ、といってそれを差し出す。
シドニーは、サンキュ! と破顔しながら遠慮なしにふたつ掴み美味しそうに頬張った。
「うめぇ! セシルうめぇな! お前ヘタな女より女っぽいんでねぇの?」
シドニーの言葉には遠慮がない。
悪いと思って零が口にしなかった事を、あっさりいいのける。
「ははっ、女の子っぽいとは確かに良く言われるけど」
セシルは頬を掻きながら若干表情を曇らせる。あまり女の子扱いされるのを好んではいないのだろう。
「ほんっとあんたデリカシーがないわよね」
「あん? なんだよ俺は褒めたつもりだぜ?」
悪びれもなく述べるその様子に、マーニが呆れ顔を覗かせた。
「てかあんた自分の分もってきてないわけ?」
マーニの問いに、あん? 持ってきてるに決まってるだろ、とあっさり返す。
そしてリュックの中からガサゴソと。
「ほら、これだ! 旨そうだろ?」
取り出した塊を皆に見せつけ反応を見てくる。
その代物に零は思わず口を半開きにさせた。
「何それ? なんか凄いわね」
「何それってみてわかんだろ。うちの母ちゃん特性骨付き肉だ!」
それはまぁみれば判るな、と零は改めて塊に目を向けるが、とりあえずかなりゴツイ。
一体何の部位なのか零には判別付かなかったが、シドニーの説明で合点がいった。
どうやらこれは太く長い骨に塩もみした肉を巻きつけた代物らしい。
一応は料理の部類に入るようだ。ただ見た目には前の世界の物語でみた恐竜の肉みたいである。
そしてそれをシドニーが豪快に噛み付き、旨い旨いと頬張った。
「見てるだけで胃が持たれそうね」
眉を顰めマーニが率直な感想を述べる。やはりこういった物は女の子にあまり好まれないようだ。
「でもシドニーらしいといえばらしいね」
セシルが褒めているのか貶しているのか判りにくい反応を示す。
ただ彼の性格から考えればやはり褒めているのだろう。
「ところでトイのはどんなのだよ?」
シドニーの触手がいよいよ零にまで伸びてきた。
とは言え零も食べないというわけにもいかない為、腰のバックから姉の渡してくれたバスケットを取り出し蓋を開けた。
「へ、へぇ……」
「あ、愛情たっぷりって感じだね」
「ち、畜生トイ! ジェン様からこんな、くそ! 羨ましい!」
様々な感情の入り混じった三人の言葉を受けながら、零はしばし固まってしまっていた。
もしこれが自分の肉体であったなら、今頃秋の熟した紅葉の如く、顔が真っ赤に燃え上がっていただろう――恥ずかしさで。
バスケットの中には色とりどりの食材が、相変わらずのジェンの素晴らしい手さばきで調理され盛り付けされていた。
外で食べるという事を考慮し、汁物は少なめ、そして傷みにくい食材を選び、バランスにも気を使ったベストオブ弁当である。
しかし、それでもやはり恥ずかしい。なぜならお弁当にはその食材の形と色を利用し、器用に文字が刻まれていたからだ。
それは勿論この王国の言葉であるが、零にはそれも理解でき――よく知る前の世界の言葉で訳すと――トイ世界で一番愛してる、であった。
愛してるの部分はもしかしたらアイ・ラブ・ユーの方がしっくりくるのかもしれないが。
「トイってば本当にお姉さんから愛されてるのね」
マーニが繁々と零の弁当を眺めながらいってくる。
零はなんとも気恥ずかしく顔を伏せた。
「こ、これは家族としてって意味だと思うけどね」
と、口にして、何を言ってるんだ自分は! と自分にツッコミをいれる。
そんな事は普通に考えれば当たり前だろ、敢えて言うことではない、と。
「まぁ傍から見てても本当に仲がいいからね。トイとお姉さんは」
セシルの優しい笑みが逆に辛い零である。
「畜生、でも旨そうだなその弁当」
シドニーが人差し指を咥えるようにしながら、羨ましそうにいう。
よく見ると既に彼の右手には白い骨しか握られていない。
どうやら自分の分は既に食べてしまったようだ。
「良かったら少し食べる?」
バスケットを差し上げながら、シドニーに尋ねる。
正直零としては少しでも減ってくれたほうが有難い。
「ちょっとトイ。駄目よあんまり餌を与え過ぎちゃ」
「人を家畜みたいにいうなよ!」
シドニーがむすっとしながら声を張り上げる。
だが、すぐにトイに顔を向け、でもいいのかよ? と遠慮がちに尋ねてくる。
「いいよ。ちょっと僕には多いから」
ありがてぇ! とシドニーは瞬時に顔を綻ばせ、そしてバスケットを受け取ってモリモリと食べ始める。
「ちょ! ちょっとシドニーあんた何全部食べてるのよ!」
シドニーが零から弁当を受け取って程なくしてマーニが叫びあげた。
時間にしたら数分の出来事という感じだが、どうやらその間に彼は中身をすべて平らげてしまったらしい。
「す、すまねぇトイ。あんまり旨くてつい――」
「ついじゃないわよ! 何考えてんの!?」
マーニはまるで、小さな子どもに注意する母親のようにシドニーを叱りつける。
流石のシドニーも悪いと思ったのか、これには一切反論せず、悪かったよ、としょんぼりしているぐらいだ。
どうやら本人には本当に悪気がなかったのだろう。あとひとつと思ってついついというのは誰にでもあり得ることなのである。
「いいよ大丈夫。美味しそうに食べて貰えてソレも本望だと思うよ」
零は笑いながら気にしてないと告げる。どっちかといえば有難いぐらいだ。
ただ、これは絶対にジェンに知られるわけにはいかないな、とも同時に考えたが。
「おお! 心の友よ! ありがとう!」
シドニーはどこかで聞いたことがあるようなセリフを吐きつつ、零に抱きついてきた。
感覚はないが気持ち的には暑苦しい。
「全くトイも甘いんだから。仕方ないわね。はい、これ」
え? とシドニーから離れ彼女の方をみやる。差し出してきたのはサンドウィッチ入のバスケットだ。
「あ、じゃあ僕のもいいよ」
とセシルまで。
零は正直戸惑ってしまうが、折角こういってくれているのに、ここで断るのは流石に申し訳ない。
「ありがとう。じゃあ有り難く頂くね」
お礼を告げ、零は其々のサンドウィッチを二つずつ受け取り、口に含んだ。
皆が見てるので咀嚼した食べ物は水筒の水で何気に流し込む。
「うん。すごい美味しかった。ふたりとも料理が上手いね」
味などわかるわけもないのだが、それでも笑って褒め称える。
料理を褒められて悪い気のするものはいないだろう。
「もういいの?」
するとマーニが念を押すように聞いてくる。セシルのは頂いたふたつで中身は空になったがマーニのはひとつ余っているのだ。
とはいえ一応零は受け取る数を合わせた形である。
「うん。僕はもうお腹いっぱい」
そっか、とマーニが微笑む。するとシドニーが再び物欲しそうに残ったサンドウィッチを覗きこんだ。
「何あんた、食べたいの?」
「あん? 別に無理して食べたいわけじゃねぇけどよ。これどうすんだよ?」
「どうするって……まぁ私ももうお腹いっぱいではあるけど」
零はなんかイライラした。
――パクッ!
すると、なんとシドニーがバスケットの中に顔を突っ込みサンドウィッチを咥え込んだ。
「あ! ちょっと何してんのよあんた!」
「…………」
マーニが抗議の声を発するが、不思議とシドニーが何も言わない。
いや、むしろバスケットに顔を突っ込んだ状態から動かないし、何か軽く身体が震えている。
「ちょっと、シドニー! いつまでやってんのよ!」
マーニが怪訝な表情で叫び上げるが、それでもシドニーは黙ったまま――かと思えばガバッ! と顔を上げ、天を仰ぐようにしながら、ゴクリと喉を鳴らし。
「う、うめぇ! うまかった!」
そうマーニに向けて言い放つ。
言われたマーニは目を瞬かせながら、
「そ、そう。良かったわね」
と返す。
その様子を眺めていた零に突如シドニーが振り返って、どすどすと近づいてくると、その首に人い腕を回して、ちょい! とマーニに背を向けるように零ごと身体を反転させた。
そして右手を口元にあてながら、コソコソと囁くように。
「お前、アレ食べて大丈夫だったのかよ?」
そう訪ねてくる。
え? と目を丸めつつシドニーの顔を見ると脂汗がたっぷり額に溢れ――それで零は理解した。
「あ、いやちょっとアレかなと思ったんだけど悪いし」
零もこそこそと返す。勿論どんな味かなど知るよしもなかったのだが。
「だよな! いやぁ俺の舌がおかしいのかと思ったぜ。お前平気そうなんだもんよ」
そういってホッとした顔を覗かせる。しかし零の方も実は焦っていた。
味覚がないというのはこういう時にボロが出る。
「ちょっと。二人して何をコソコソ話してるのよ」
「あん? いや、だからこれからの予定についてだよ!」
「はぁ? それなら堂々と話せばいいじゃない」
マーニが腰に手を当て、怪訝に述べるも。
「う、うるせぇな! とにかく。予定は決まった。こっから川沿いに上流に向かうぞ。中腹あたりに獲物がいるかもしれねぇしな」
シドニーは若干返答に困った感じで、無理やり理由を付けさっさと先を急ぎだす。
その背中を眺めながら、シドニーもいいとこあるなと零は微笑んだ――
 




