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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
35/89

静かな森

「おいおい、一体どうなってるんだこれはよぉ」


 シドニーが不機嫌を露わにした声をまき散らす。

 だいぶイライラが募ってるようだ。


 アックスディアを狩る為に一体どれほど森を彷徨ってるか、天を仰いでも木々のカーテンが邪魔をして太陽が見えないため、時間が測れない。


 零の感覚としては二時間以上は歩いているが、シドニーの求める獲物は一向に見当たらない。


 アックスディアは気配に敏感という事もあって、シドニーのいうところの臭い位置では、皆出来るだけ慎重に動いてもいたのだが、それであっても見つける事は叶わず――


 あまりに見つからないため、セシルからは無理せず別の獲物にしたらどうだろう? という提案が成されたほどだ。


「ロングリッスン辺りでも十分かなと思うんだけど」


 その言葉に沈痛な想いが魂を駆け抜ける。

 ロングリッスンとは恵みの森で見た耳の長いウサギだ。


 狩りとしては定番で肉が柔らかく臭みも少ない。

 食用としては申し分ない獲物だが、やはり以前の所為が頭を過ぎる。


「ば、馬鹿いうなよ! 今回はアックスディアを狩るって決めたんだ! 今更変えられるかよ!」


「でもこのまま収穫〇だと格好付かないんじゃない? だったら最悪それでも――」


「いーやーだ!」


 ふたりの提案もシドニーは断固拒否! といった具合だ。


「全くなんでそんなに大物に拘るのよ」


「そ、それは……親父に言われたんだよ。俺はまだ狩りも仕事も中途半端だってな。だから――」


 どうやらそれで父を見返したいという思いがあるようだ。


「なるほどね。まぁあんたのお父さん厳しいもんね」


「厳しいというか頑固というか偏屈というか、とにかくあんな言われ方をしたら意地でも大物仕留めてやる! って気にもなんだろ、なぁ?」


 なぜか振り返ったシドニーの目線は零に向けられていたが、返答にこまる。

 返せる言葉もないのでぎこちない笑みで誤魔化すばかりだ。


「でもそれなら何も成果がなかったら更に格好がつかないんじゃない?」


 セシルの問いかけるような言葉に、シドニーが眉を萎ませた。

 

「でもよぉ、それでもやっぱロングリッスンは駄目だ」


「何でよ?」


 マーニが怪訝な声で背中に問いかける。


 するとシドニーが軽く首をすくめ、

「……だ、だってかわいそうじゃねぇか」

と細い声を漏らす。

 

 一瞬の沈黙。そしてシドニーの速まる脚。


 恐らく今彼は真っ赤になって歩いているんだろうな――と、零が笑いを堪えるようにして歩く中、前のマーニもくくっと堪え切れない笑いを外に漏らしていた。


 後ろからはクスクスという声も聞こえてくる。


「と、とにかく! まだ時間はある! 探すぞ! アックスディア!」





◇◆◇


 結局あれからも更に森の探索を続けるが、アックスディアの姿を見つけることは叶わず。


 ただ、今はそれよりも大事な事があった。前を歩くふたりの雰囲気からもそれに気づいてる感じはある。


「……ねぇ、ちょっとこれおかしくない?」


 その疑問を最初に述べたのはマーニであった。そしてシドニーが振り返り、やっぱりお前もそう思うか? と問い返す。


「さっきから全然見ないよね……動物」

 

 そしてセシルが決め手を述べる。そういない。

 アックスディアだけではない、動物そのものが全く見当たらないのだ。


 それは先ほど名前の上がっていたロングリッスンもそうだが、鳥の一羽もここカチーナ山岳の森に入ってから目にしていない。


 これは、零の染み付いた記憶からみても不可解な事であった。

 普通これだけ歩いていれば、小動物や小鳥の一匹も目にするか鳴き声ぐらいは聞こえてきそうなものだろう。


「なんかここまで静かだと逆に不気味よね――」


 マーニが少しだけ不安を滲ませた声音で発す。

 

「確かにね。どうしようシドニーまだ続けるの?」


 後ろからはセシルの声。

 それにシドニーは振り返ることなく前を進みながら。


「ここまできて引き返せねぇよ。しょうがないからこのまま東に進んでレドロク川に出ようぜ。もしかして水場に集中してるのかもしれねぇし」


 シドニーもここまできたら意地もあるのかもしれない。

 ただ他の面々にしても、何も出来ず無駄に終わるのは勘弁願いたいという思いもあるのだろう。


 結局誰もシドニーに異を唱えることはなく、彼について東へ突き進んだ。





 シドニーを先頭に更に東へ進んでいると、

「良い水の臭がする――」

とセシルが呟いた。


 そして程なくして零の耳に水声が届いてくる。

 近くに川があるのだ。それが目的のレドロク川に間違いないだろう。


 レドロク川はカチーナ山の山頂付近から南に位置する大海までを流れる本流であり、ギザの港町に敷設される地下水路の水もここを水源として利用しているようだ。


 それにしても――と、零はセシルを軽く振り返る。するとニコリと微笑み返された。


 照れたように零は前に向き直る。そして良く水の匂いなんて判るな、と関心もした。


 零には当然匂いを知るなんて不可能だが、それにしても誰よりも早く川が近いことに気づけたのが凄いと思う。


 そしてシドニーの後ろから先を進むに連れ、川音がよりはっきりとした調に変わっていく。


 木々の間隔も広がり少しずつ視界も開けていく。


 すると更に進んだ先で、目心地の良い清流を讃える河原へと一行は抜け出た。


 樹木の屋根も途切れたことで、上を見あげれば澄み渡った青空が広がり、若干西側の方に太陽が傾いているのも確認ができる。


 その太陽の光を水面に浴び、川はキラキラとした輝きを放ち美しさを際立てていた。


 一行は川の涼し気な水音を聞きながら川縁の方まで移動した。この位置は下流の方にあたるらしい。


 水の流れはなだらかだが、水深はそこそこありそうだ。

 対岸までは結構な距離もある。


「チッ。ここにもいないか」 

  

 シドニーは単身歩きまわり辺りを確認するも、目的の獲物は見つからずといった具合だ。


 そしてどこか辟易としたようすで戻ってくると、肩をすくめてまたひとつ嘆息する。


「たく、なんだこれ生き物全部消えちまったのか?」


 そんな事はないと思うけど、と零が返し透き通るような川底の方へと目を向ける。


「ほら、魚は結構泳いでるしね」


 零の言葉に、他の皆もどれどれと顔をのぞかせる。川の中では何匹かの川魚が元気そうに泳ぎまわっていた。


「こうなったらこの魚で済ましちゃう?」

「それ狩りじゃなくて釣りだろ!」


 マーニの冗談か本気か判らない問いかけに、シドニーが突っ込む。

 しかし釣り道具がないのでこの状態で魚を捕るなら川猟って形かな、とどうでもいいことを零は考えた。


 勿論そういう意味で捉えれば魚を捕るのも立派な狩りといえるが、シドニーが納得するとは思えない。


「でも折角だしここでお昼食べちゃわない? このまま休みなしで動いても逆に効率悪いだろうしね」


 セシルの発した提案はタイミングとしては最良だったといえるだろう。

 太陽の位置から見ても時間でいえば午後の2時を回っててもおかしくないぐらいである。


 その上森のなかを歩きまわってるのだから他の皆はお腹も減らしてるはずだ。

 最もそれは零にとっては関係のない話でもあるが、それでも姉の持たしてくれた弁当がある。


 一応は食べておかないと、帰ったあとにどんな顔されるか判らない。


「そうだな。俺も腹が減ってきたし」


「まぁここなら眺めもいいし丁度いいわよね」


 セシルの提案には零を含めて異を唱えるものはいなかった。

 砂石混じりの地面に腰を落とし、其々が用意した食事を取り出し遅めの昼を摂っていく――

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