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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
3/89

異世界のコボルト達

 一体どれぐらいの時間を要しただろうか。

 時計というものもないので、時間を知るのには頭上に浮かぶ太陽を頼りにする他ない。

 

 だがかなりの時が経ったのは確かであった。練習を始めた頃には中天にあった太陽が、既に大分西に傾いている。

 だがそれだけの時間を必死に身体を動かすことに専念していた為か、漸く零は這って動けるぐらいは出来るようになっていた。


 この時間の中で救いだったのは、あのゴブリンというものの仲間が現れなかったことだろう。奴等からしてみれば死んだことも確認できているわけだから、わざわざ戻ってくることもなかったのかもしれないが、もしそんな不運が訪れていたなら、練習どころではなかったかもしれない。

 

 とはいえ、今後全く通らないとは限らない。この記憶ではコボルトとゴブリンは対立しあっている存在だ。

 死体を確認しにこないにしても、この辺りに訪れる可能性は十分にある。


 とにかくは、這い動けるようになった時点で、零はその場所から少しでも離れることに専念した。日が落ちて夜の帳が訪れても、とにかく這った。


 気分はまるで蜥蜴であった。四本足で這いずりまわる爬虫類そのものだろうなと考えると、零は自然と自虐的な笑みを浮かべていた。

 勿論それは魂としてのだが。


 この状態で零にとって救いだったのは全く疲れないということだった。

 そして眠気にも襲われず食欲もわかない。

 どうやら身体に憑依しても、そういった機能はすべて途絶えているようだった。


 夜が明けるころには、かなりの距離がとれたように思えた。

 這うような動きとはいえ夜通しで動き続けたのだ。それなりの距離は稼げてるはずである。

 

 助かったのは、コボルトの記憶にはゴブリンの行動範囲も頭に入っていたところである。

 勿論零はそれを避けるよう動いていたつもりだ。


 零がたどり着いたのは森の中にある、少し開けた空間だった。樹木と草の途切れた箇所では濃茶色の土面が所々露わになっている。


 零はそこで、身体をもっと自由に動かせるようになれるよう励んだ。

 最初は挫けそうになったものだが、這うという動き一つが出来るようになってたことで、その後、動かし方を覚えるのはそこまで苦にならなくなっていた。


 結局零は、更にニ、三時間の練習を積むことで、立ったり歩いたりといった基本動作は完璧に出来るようになっていた。


 動かし方のコツは、以前零が体験したゲームにあった。

 そのゲームでは身体にセンサーを取り付け、その動きに合わせて画面のキャラが動くというものだったのだが、感覚的にはそのイメージがしっくりきたのだ。

 己の魂を本体と重ねあわせるようなイメージを持ち、動かすことで憑依している身体もそれに連動した。

 

 それから更に練習を重ね、零は恐らくは本来からコボルトが持っていたであろう身体能力をかなり使いこなせるようになっていた。


 走ったりジャンプしてみたり、また手持の剣を振るってみたりもした。剣に関しては感覚がない為か、暫くは手からスッポ抜けたりもしたがそれもすぐになれた。

 

 次々と自分で決めた課題をこなしていく零だが、発声にかんしてはかなり苦労した。


 コボルトの身体構造は殆ど人間と変わらないようだった。

 だがだからこそ細かい動きが必要とされる。

 最初の課題は呼吸だった。

 正直魂が憑依してるだけの状態で呼吸などは必要ないのだが、発声は後々の為にも習得して置く必要があると思えた。


 零はとりあえずお腹の筋肉を動かすことから初めてみた。

 筋肉を動かすというのは神経がない身には中々大変であった。全てをイメージと連動させる必要がある。

 

 だが、よくよく考えてみれば手や足を動かすということは、同時に筋肉も連動して動いているという事だろう。

 

 それが無意識に出来るようになっているという事を考えると決して難しいことではないはずだ。

 

 直立し力を抜いてるような意識をもって落ち着いて、一点を動かすように集中する。

 するとお腹と胸が僅かに動いたことを視認した。


 感覚がないのでそれを知るには視覚に頼るしかないが、最初にそれが出来た時は嬉しくて思わず両拳を振り上げた。


 一度それが出来てしまえは後は応用だ。

 横隔膜の動きで肺も動くことが判った。

 とりあえず、葉っぱの前で呼吸を確かめてみる。


 零の口の前で一枚の葉っぱがかるく揺れた。

 偶然起きた風の可能性もあるのでそれを何度も繰り返して確かめる。

 

 その度に葉っぱが揺れるのを確認し、呼吸ができている事実を知った。

 それが完璧に出来るようになってから、今度は発声を試みる。

 

 しかし最初はどうやってもせいぜい呻き声のようなものしか出てこなかった。

 結局は何か声らしきものを一つ出すのに、さらに一日要してしまっていた。

 だが一言発すことが出来ればあとはスムーズであった。


 そしてそこまでこなせるようになると、憑依してる状態にもだいぶ詳しくなる。

 まず、一つは憑依した身体は腐らないということだ。


 何せ憑依してから二日経つがその身に全くの変化がないのである。

 まるで体内時計だけがすっぽり時を止めてしまったようであった。

 

 また傷から流れる血などは放っておけばゆっくりとでも滴り続けるが、零の意志で傷口を塞ぐことは出来た。

 なんというか襞と襞を無理やりくっつけるような感覚だが、こうしてしばらくすると後は意識してなくても傷口が引っ付いたまま定着するのだ。


 実際零はコボルトの傷もこれで塞いだ。勿論むりやり塞いでるだけなので傷口は残るが――


 こうしたことを繰り返し、コボルトとしてその身体能力を遺憾なく発揮できるようになった頃であった。


 零がなんとなく、そろそろどこかに移動を初めてみようかと思えた時、がさごそと葉の擦れる音を耳にした。


 零は咄嗟に木々の中に身を隠したが、そこに現れたのはニ体のコボルトであり、しかも記憶では彼の仲間である。


 どうしようかと零は一瞬考えた。姿を晒すかどうかだ。

 だがその迷いも目の前に現れた影で断ち切られた。それは蛇の頭であった。

 

 零は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまっていた。意識しなくても声が出せるようにまでなっていたのは最初に比べればかなりの進歩だが、当然近くにいたコボルト達には気づかれることとなる。


「誰だ!」


 コボルトの一体が発した。

 こうなるともう仕方がないと零はコボルト達の前にその身を晒した。


「お、お前! ワンヌヴオズイズヌじゃないか! 無事だったのか!?」


 コボルトのもう一体が興奮した口調で語りかけてきた。ワンヌヴオズイズヌというのが今の身体の主の名前であることを零は直ぐに理解できた。

 

 舌を噛みそうな名前だと思ったがコボルトはみんなこんな名をしている。

 例えば今といかけてきてる方はワンバイォイヌヴィヌで、最初に声を発したのは、ワンバコレイゥドヌィである。

 これらは全て元のコボルトの記憶だ。

 

 頭が雄はワンではじまる事(雌はクンで始まるようだ)と文字数が一〇文字であることが共通点か。とはいえかなりわかりにくい。


 その為、零はとりあえず後ろの文字をとって、問いかけてきてる方をドヌィと、最初の方をヴィヌとして認識することにした。


「あ、あぁ、何とか奴等から逃げてね。暫く身を潜めていたんだ」


 零は先ずは無難に返答することに務めた。言葉は自然と形になって湧いてくるが、かといってあまり口を開きすぎてボロを出しても厄介である。


 記憶の中では、憑依しているコボルトも、そこまでお喋りな方では無さそうであるし、出来るだけ聞く方に専念しようと零は考えた。


「そうだったのか。途中仲間の死体は見つけたが、お前のは見当たらなかったし、もしかしてと思ったんだがな。でも途中引き返さなくてよかったぜ」


 そう言ったドヌィが犬目を細めた。不思議と見た目には殆ど変わらない二人の違いを零は見定めることが出来た。

 これもコボルトの知識の賜物なのであろう。


「おい。再開を喜ぶのはいいが、先ずはとにかく皆の元へ戻ろう。長も心配してるしな」


「あぁそうだな。しかしお前怪我とかは大丈夫そうか? 戦闘の後をみる限りかなり激しかったんじゃないのか?」


「あぁ。いや大丈夫だ……俺の事は――そう俺の事はワングヌィングエヴンが逃してくれたから――」


 零の中に突如入り込んだ場面。それはこの身体の持ち主だったものから湧き上がった記憶。


 仲間が身代わりになり、この身を逃してくれた筈であった。体勢を立て直しゴブリン共に報復を誓っていたはずだった。

 

 だが受けていた傷は大きく、追っ手から逃げ切ることは叶わなく志半ばにして命を落とした――それが、零が憑依したコボルトには無念であったようだ。


「さぁ日が暮れる前に皆の下に戻ろう。そして改めて作戦を考えなければいけない」


 ヴィヌの言葉にドヌィが頷き、零を振り返った。


 その顔に自然と零は頷いていた。躊躇われる思いもあったがこの状況で身体を放り出す気にもなれなかった。


 だから零はとりあえず、このコボルトの身体をかりた状態で二人の後を付いていくことに決めたのだった。

 

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