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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
27/89

イービルの実力

2014/10/26 タイトルとあらすじを変更しました

 零より一足先にサークルの中に脚を踏み入れていたのは、比較的小柄な少年だった。


 彼らの中ではトカゲ男と同じく後輩にあたる人物であろう。

 他のものと同じ濃淡な翠髪が柳のように垂れ落ち、鼻から上をすっぽりと覆い隠してしまっていた。


 その為、零からは相手の目つきなどがいまいち判別が付かない。

 逆に相手からは見えてるのか? と気になったりもしたが、こちらに身体を向けてニタニタとしているあたり、認識はできているのだろう。


 それにしても締まりのない口では有る。常に開かれていて歪んだ口元はとても下品にも感じられるが、相手からしたら零に対して嘲笑の意味合いもあるのだろう。


「ここに入ったら開始でいいってことだよね?」


 零が問いかけると、対戦相手の少年は変わらず薄気味悪い笑みを浮かべたままであった。

 だが代わりにイービルが口を開く。


「そうだ。さっさとしろ」


 命令口調に若干ムッとはきたが、いちいちそんな事で腹を立てていても仕方がない。


 ふと零はマーニの方を一瞥したが、もう出てくる気はなさそうだ。

 ただ頑張って、という思いがその綺麗なエメラルド色の瞳から感じられた。


 じゃあ、と零がサークルの中に脚を踏み入れると、うきゃ! と猿の鳴き声のような声を上げながら、木剣を左手に構え、軽く円の中を飛び回り始めた。


 どうやら彼は左利きらしい。だがソレ以上に思ったのは、鳴き声だけでなく動きも猿っぽいということだ。


 零が更に五歩ほど脚を進め、円の中心に付近で剣を構えると、彼は更に小刻みに周囲をグルグルと跳ね回り始めた。


 面白いのは時折ジャンプした直後に空中で逆立ちになって、開いてる方の右手で着地、そのままバネのように右腕を曲げ、跳躍等といった軽業師のような動きも見せているところか。


 なるほど、どうやら体術には相当自信があるらしい。身のこなしだけなら今の零よりはるかに優れているだろう。


 だが――それも人としてみればだ。コボルトと共に戦った経験のある零にとっては、こんなものは只の小賢しい曲芸にしか過ぎない。


 単純に戦闘時の身のこなしという点でみれば、コボルトの方が圧倒的に優れている。

 今の彼の行っているものは、少し前にシドニーが言っていた奇抜な方法で油断を誘う程度の事だろう。

 

 ソレ以上でもソレ以下でもない。


 彼の行う一挙一動をしっかりと零は捉えている。恐らくはこちらがこらえ切れず攻撃を仕掛けるのを待つカウンター狙いといったところか、もしくは動きを眼で負えなくなった瞬間を狙う気か。


 ならば――零は敢えて相手の動きを目で追うのを止めた。それはわざとらしくないよう、あくまで動きについていけてないと思わせるように――


「きしゃぁああぁあ!」


 品のない鳴き声が零の真横から飛んできた。

 思わず眉を顰める。そんなに声を張り上げては位置がバレバレだろうと呆れる思いであった。


 勿論声がなくてもなんとなく行動はよめてはいたのだが。


 零は、ヒョイッ、と声の後を追ってきた猿の猛襲を危なげなく躱し、そして着地した後のその小柄な背中をドンッ、と突き飛ばした。


「うひゃ!」


 情けない一言を発し、猿みたいな少年は地面に両手を付いて四つん這いの格好となった。

 その首元に木剣をあてる。


 これで零の勝利である。


「お、お前卑怯だぞ!」


 尖り眼の男が指を激しく振り抗議してきたので、零は瞼を軽く落とし冷淡な表情で言葉を返す。


「戦場で敵に背中を押されたからと、卑怯だと喚き立てるつもりですか?」


 その言葉に、むぎぎ、と歯茎を剥き出しにして、尖り眼が唸った。


 零は薄い笑みを浮かべ今倒した彼をみた。地面に握りこぶしを添え、とても悔しそうにしてる。

 正直いえば別に背中を押す必要などなく、あの時点で直ぐに木剣を振れば勝てた試合だろう。

 

 だがそれでもあのような所為を間に挟んだのは、セシルに対してのお返しのつもりであった。


「立てる?」

 

 そう言って零が手を差し伸べると、うるさい! とその手を払いのけ、彼が立ち上がり円の外へと出て行った。


 その姿に嘆息しつつ、零もそこから出ると、皆が駆け寄り感嘆の言葉を述べてくる。


「流石だよトイ! すごいじゃん。相手の動きがすばしっこくて大丈夫かな? って思っちゃったけど」


「全く流石俺に勝っただけあるぜ! このこの!」


「トイやっぱ強いよね! 流石レンジャー目指してるだけあるよ~」


「先輩流石っす! 僕今なら抱かれてもいいですよ!」


 其々が思い思いの言葉を掛けてくる。マーニは宝石みたいな両目をさらにキラキラさせて、シドニーはばんばんと零の背中を叩き、セシルはなぜか瞳をウルウルさせて、そしてエリソンはなんかとんでもない事を言っている。


「と、とりあえずシドニーちょっと力が強い」


 苦笑しながらシドニーに顔を向け言う。痛みは感じることもないのだが、彼に叩かれる度に身体が前のめりに傾くので、手加減を知らないなと精魂でも苦笑した。


「おお! 悪いな」


 シドニーは叩くのを止めるが、顔は笑顔のままだ。零を称えてくれているのは間違いないだろう。


「でも次はシドニーの番だね頑張って」


「そうだよあんたが勝てば勝ち越しなんだからね」


「頑張ってねシドニー」


「まぁ先輩は力だけは熊なみですからね」


 任せとけ! とシドニーはエリソンの首を腕で締め上げた後、舞台へと向かっていった。


 そこでは既にあの巨漢が仁王立ちで待ち構えている。


「イービル様。この俺があんな奴かるく捻り潰してやりますよ! あのトイみたいな野郎に負けたソイツとは違いますからな!」


 巨漢は今さっき零とやりあった彼を馬鹿にするように睨めつけ、そして円の中に脚を踏み入れたシドニーに顔を向け木剣を構えた。


 お互いに良い体格をしている為、これまでの試合と比べると、円の面積がとても狭く感じられる。


 お互い端近くで、両手で木剣を握り、胸の前で構える正眼の構えをとっていた。


 歩幅が大きいため、一歩踏み込めば即お互いの間合いに入るかと思われる。


 果たしてどちらが先に動くか、と零が静観していると、ブォォオン! という空気を裂く音が耳に届く。


 先手は巨漢の男だ。大きく踏み込み、はぁ! と気合の声を上げ、大気を巻き込み一緒に叩きつけるような勢いでシドニーの頭に振り落とす。


 だがシドニーはよく見ていた。巨漢の一撃は空を切り、鋒が地面を鳴らす。

 

 ガツン! という鈍い音。並みの男なら手が痺れそうな気もするが、彼は横に避けたシドニーの方へ首をひねり、歯噛みして腕を落とした状態から身体を捻り袈裟懸けに振り上げる。


 そこへシドニーは慌てることなく、手首を返し、木剣を逆さにし斬撃の軌道に置いた。


 そして相手の攻撃を受けつつ、その力を利用し、後方へ飛び退く。


「まだまだぁ!」


 巨漢は熊の威嚇のごとく背筋を伸ばし、再び木剣を振り上げた。

 

 零はこの時点で彼がシドニーに勝てるはずがないな、と悟った。


 そしてその結果はすぐに訪れる。


 シドニーは力強く振られた巨漢の一閃を僅かな動きで躱し、そして踏み込みと同時に相手の胴に木剣を重ねたのだ。


「これで俺の勝ちだな」


 シドニーが余裕の表情で勝利を宣言する。これは相手も文句の付けようがないだろう。


「ば、馬鹿な! この俺がイービル様以外に遅れを取るなんて――」

「いや、てかお前弱いし」


 シドニーが身も蓋もない事を言った。

 とは言え、どうやら巨漢の彼は自分が強いと思ってるようだが、確かに弱い。


 彼の戦い方は自分の体躯を過信し、ただ力任せに剣を振るだけだ。


 それでも大したことのない相手なら、その迫力に怯んでしまうかもしれないが、シドニーは只でさえ普段からマーニという手練を相手に剣を交えているのだ。


 そのシドニーがこんな相手に遅れを取ることなどありえないのである。


「もういい! さっさとどけ!」


 尖った声が納得のいっていない巨漢の彼に降り注がれた。声の主は大将のイービルである。


 その眉間には深い皺が刻まれ、明らかに機嫌が悪い。

 既に試合は零達のほうが二勝し勝ち越している。

 

 その事がよりイライラを募らせてるのだろう。


 しかし、シドニーが勝利を収め、全員が零にしたように称えようとしたところで発せられた怒声に、完全に興が削がれた思いである。


「あんたって本当に心が狭いのね」

 

 言ってマーニが円の中に脚を踏み入れた。眉を顰めこちらも不機嫌な様子だが、それはイービルの言動によるところが大きいだろう。


「ふん! これまでのは茶番に過ぎない!」


 イービルはそう言い捨て、そして木剣を構え舞台に立った。

 瞳を尖らせ既にやる気満々である。


「なんかあんた余裕がない感じよね」


 マーニが挑発のように言いのけ、構えを取った。


 何を! とイービルが憎々しげにマーニを睨みつける。


 ふたりの構えは殆ど変わらない。基本に忠実なものだ。

 だが、だからこそ腕の差が如実に現れることだろう。


「生意気な女だ。力の差を魅せつけてやる!」


「出来るものならどうぞ」


 マーニはイービルの言葉をひょいひょいといなす。

 そしてお互いの視線が中心で交差し、全員が固唾を呑んで見守る中、ほぼ同時に互いが飛び出した。


 木剣と木剣が重なりあい、鍔迫り合いのような状態となる。

 イービルが力を込め、マーニの身体を押し倒していく。


 だが――そこでマーニがヒョイと横にずれ、イービルの身が前のめりに傾いた。


 力での勝負では勝ち目がない。だから逆に利用したのだろう。


 そしてバランスを崩しかけたその身に向け鋭い突きを放つ。が、そこは流石同じく推薦を受けた騎士候補。


 瞬時に体勢を立て直し、迫る突きも避け、そして鋭い足さばきでマーニの横に回り、腰を回転させ彼女の右胴を狙う。


 だが推薦を受けているのは彼女も一緒だ。胴体に迫る一撃を軽やかに躱し、かと思えば素早く踏み込み上段から剣を振り下ろす。


 イービルはそれを振り上げた木剣で跳ね上げ、そこから返しの太刀を振るい、躱されても更に第二、第三と太刀を重ねる。


 しかしマーニの動きは軽やかで隙がない。イービルの連続攻撃も難なく躱し、そこへ反撃を重ねた。


 この一進一退の攻防は暫く続いた。互いが互いの攻撃を躱し、いなし、そして反撃し、ふたりともに譲らない攻防が続いていく。


「これ、勝負つくのかな?」


 セシルが誰にともなく呟く。


「悔しいけどな。あのイービル口だけってわけじゃなかったんだな」


「う~ん、見た感じ互角ってかんじですよねぇ。いや胸が大きい分マーニ先輩が不利って可能性も……」


 シドニーとエリソンも後に続いて言葉を連ねる。

 シドニーはイービルの腕を認め始めているようだ。

  

 エリソンに関しては――なぜそのような理屈に辿り着いたのか謎でもある。


 だが、シドニーがそういうのもよく判る。

 確かにイービルの腕はかなりのものだ。


「ふん! い、イービル様があんな女に負けるものか!」


 尖り目が声を上げるが表情にはあまり余裕がない。


 だが――零からみると確かにイービルの腕は確かだが、マーニと較べて優れてるとは思えなかった。


 実際、攻防を繰り広げる中、少しずつだがマーニの方が押し始めている。

 それに表情にも余裕があった。

 反対にイービルは後手に回ることも多くなり、噛み締めるその顔には余裕がない。


 このままいけば、マーニの勝ちかな、そう零が感じ始めた時だった。


「こうなったら――!」


 イービルの口から漏れた言葉を零は聞き逃さなかった。かと思えば突如、イービルの動きが加速(・・)した。


 え? と零が目を丸くさせる。それはマーニも一緒であった。

 イービルの動きは宛ら別人のようであった。


 脚だけでなく、斬撃も鋭くなり、更に力も増しているようである。


 そしてそんなイービルの豹変した連撃にマーニは狼狽を隠しきれず。


「これで終わりだ!」


 そう叫びあげたかと思えば、イービルがマーニの木剣を弾き飛ばし、更に腰に肩に、そして崩れかけたその身にトドメとばかりに斬撃を叩きつけた――


 


 


 


 

新しいタイトルとあらすじいかがでしょうか?

もしご意見などがございましたら感想欄などで頂けますと幸いです。

いつも読んでいただき本当にありがとうございます。

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