耐え難い侮辱
「先に私の親友を蔑むようなことしておいてよく言えたものね」
マーニが腕を組み仁王立ちの状態で言い放つ。
「大体あんたら最近ちょくちょく目につくけど、一体何が不満なのよ? 私達別にあんたらに何かした覚えもないんだけどね」
その言葉を聞いて、もしかして自分が(というよりは憑依してるトイがだが)原因なのだろうか? と零は思った。
彼らはトイの事をよく思ってない節がある。
「何もだと? 貴様はそんな事もわからないのか?」
イービルはマーニに向けてより瞳を鋭くさせた。零の方はみてこない。
どうやら彼女に関して何らかの憤懣を抱えてる感が強いようだ。
「判らないわね。私だってあんたに恨まれる覚えないし」
「ふん。全く呑気なものだ。貴様に対しては別に私だけが腹を立ててるわけではない。卑怯な手を使って騎士の推薦を得ているんだ。同じように騎士の道を目指そうという者からしたら、腹ただしいことこの上ない」
はぁ!? とマーニが突き刺すような甲高い声を発した。
「何馬鹿なこと言ってんのよ! 私は正式に推薦受けたのよ! 大体普通に考えてこの王国で不正なんてものがまかり通るわけないじゃない!」
右手を勢い良く横に振りぬき、抗議の声を発す。
「そうだよ。第一マーニは学園の成績も良かったし剣の腕だって一緒に過ごした人なら誰もが認めるほどだよ。卑怯な手だなんて思ってる人は誰一人だっていないよ」
セシルも珍しく強気な声でマーニを支持した。
実際トイの記憶の中でも彼女の優秀さは際立っている。
それに騎士を目指すだけに規律を重んじる真面目な性格でも有る。
そんな彼女が卑怯な方法に手を染めるなどいくらなんでも考えられない。
男勝りな面があることを除けば、推薦されることに不審な点など何一つありはしないだろう。
「てか、そもそもお前だって推薦受けてんだろ? そんな話を耳にしたぜ。自分だって受けてるくせになんだってマーニを目の敵にしてんだよ?」
「ふん。だからだよ! この私のような代々騎士の名門たる家柄のものであるならそれも理解できるが、親が爵位も貰えなかったような一介の騎士でしかない上、ひ弱な女の貴様が推薦されるなど本来考えられないことだ」
零は魂の奥にムカムカするものを感じていた。
「しかも貴様はこの私より先に推薦の話を受けていたというではないか! 名門のこの私を差し置いて先になど! 女のくせに生意気な!」
つまり只の僻みか、と零は呆れた目で彼をみやる。
「はいはい。それはわるぅございました。それにしても貴族様の息子というのは心が狭いわね。女のくせに~とか。本当かっこわる~い」
ジト目で言い放たれた口撃に、なんだと! と貴族様が肩を震わす。
「大体あなたの言うように私の家は騎士の名門でもないし、今となっては確かに只の平民ですからね。でもだからこそコネもないし、あんたのいう卑怯な手をする余裕もないわけだけどね」
「そんなことは知ってる。貴様の親ごときが裏で手を回すなど出来るはずもないだろう」
相変わらず腹の立つ言い回しだが、だったらなぜ卑怯などという言いがかりを付けてくるのか不可解ではある。
聞いている他の皆も最初は気にしないようにしていたようだが、段々と不満の色を帯び始めていた。
「だがな、お前ぐらいの歳ならそろそろ色を覚えてもいいころだろう? ちょうどいい果実もふたつ実らせてるしな。どうせそれをうまく使って色仕掛けて教官を誑し込んだんだろう」
それはあまりにゲスな勘ぐりであった。トイの記憶も勿論であるし、零からしても少し話した限りではあるが、彼女がそんな事を出来るようには思えない。
「冗談じゃないわよ! あんた本当に最低ね!」
流石のマーニもこの侮辱の言葉には耐えられなかったようだ。雷を落とすような怒鳴り声がイービルを貫く。
だが彼は顔を歪ませ、蔑んだような瞳で彼女をみやる。
「随分とムキになってるのがまた怪しいのだよ」
「全くです! どうせあの女ベッドの上で腰でも振って推薦枠でも手に入れたのでしょう。本当にとんだ売女だ!」
彼女を辱めるような事を軽々しくいう尖った目をした男にも零は苛立ちを覚えた。
下衆な男の取り巻きはやはり下衆なものか、と類は友を呼ぶということわざを思い出す。
「いい加減言いすぎじゃないかな?」
思わず零が噛み付くように言い放った。
するとイービルが顔を向け、害虫でもみるかのような嫌な視線を向けてくる。
「ふん! 前はピーピー泣いてるぐらいしか出来なかった奴が偉そうなことを言うようになったもんだな」
彼は吐き出すように零に告げてきた。恐らくトイに嫌がらせを続けていた時の事を思い出して言ってきているのだろう。
「さっきから聞いてれば酷すぎませんか? マーニに対してもトイに対しても」
セシルも腹に据えかねる思いなのか、前に出て抗議する。
「ふん! 男女は黙って後ろでなよなよしてろよ!」
暴言を吐いたのはイービルの後輩取り巻きの一人だ。失礼な事を口にした後も、爬虫類のようなヌメッとした笑みを浮かべてセシルを見ている。
「たくいい加減にしろって。大体お前も何をカリカリしてんだよ」
ふとシドニーがマーニの横まで近づき、その肩を叩いた。
「こんないわれのない辱めを受けて黙ってられるわけないじゃない!」
マーニが尖った声を返す。
しかしシドニーは肩をすくめて、どうどう、と両手で彼女を押さえつけるかのように振った。
「そんなんでいちいちキレてたら奴らの思う壺だって。大体よぉ」
シドニーがそう言って相手の五人に顔を向けた。
「お前らだって本当は判ってんだろ?」
「判ってる? 何がだ?」
シドニーの問いかけに怪訝な顔でイービルが返事する。
「だからこの女に色仕掛けなんか出来るわけがないって事をだよ。第一確かにこいつは胸はあるが色気がねぇ。こんなのに誘惑される教官がいるわけ、ゲブォ!」
速攻でマーニの右拳がシドニーの顔にめり込んだ。
「あんた何を言い出すかと思えば、こんな時にふざけんじゃないわよ!」
更にもう一発左のボディブローを彼の腹に決め、首根っこを掴み、ぶんぶんと振り回す。
その所為に思わず全員の目が丸くなり、呆気にとられた様子でマーニをみやった。
「ほ、ほら、これだよ! こんな暴力女が色を使うなんて無理だろうが! なぁ!」
シドニーが声を張り上げると、ピタリとマーニの手が止まった。
そして首から手を離し、ゲホゲホッ、と咳き込むシドニーをみつめる。
「シドニーあんたその為に?」
ふんっ! と少しだけ頬を紅くさせながら彼がそっぽを向いた。
「ま、まぁそういうわけだからな。こいつが教官と寝て推薦を勝ち取ったなんてくだらねぇ事はもう言いっこなしだ。それに――」
シドニーの表情が瞬時に引き締まり、野獣のような瞳を奴らに向ける。
「正直これ以上俺のダチを侮辱するっていうなら承知しねぇぞ」
その言葉に零も同調し、イービル達に向けて視線を尖らせた。
セシルもエリソンも同じように譲らない強気な顔で奴らを睨めつける。
「ふん! 承知しないって何をする気なのかな? 第一お前たちが何をいおうが納得がいかないものは納得がいかないのだよ。そこの女に騎士になる素質があるとはとても思えないからな」
「だったらその身に証明してあげるわよ」
マーニが凛とした声で言い放つ。腕を組みしっかりと地に足をつけ、自信にみちた表情を彼に向けた。
「ほう? どうやるつもりなのかな?」
「決まってるじゃない。ここで試合をして決着を付けましょう。こんなくだらない言い争いをしてるよりはそっちのほうが早いしね」
マーニの提案に、よっしゃぁあ! とシドニー
が叫ぶ。
「だったら俺たちも参加させろよな! お前たちも丁度五人いるんだし散々馬鹿にしてくれた分たっぷりお返ししてやるぜ!」
やはりシドニーも色々と鬱憤が溜まっていたようだ。そうとうに張り切っていて、やめろと言っても聞く耳を持たないであろう。
「それだと僕もやることになるんですかね?」
「だよね。でもこうなったら頑張らないと、ね? トイ?」
エリソンは少し不満そうだったがセシルはやる気みたいであり、更に零にも何か期待の目を向けてくる。
とは言え、この状況では零もやらないというわけにもいかない。
それに彼らの言動に腹が立ってるのは一緒である。
「――いいだろう! 確かにそれであればハッキリするしな! お前たちがどれだけ脆弱でそこの女が騎士たる資格を持たないかを私とこの者達でしっかりその身体に刻み込んでやる!」
そして広場では急遽、イービル・アグドールとその取り巻き含めた五人対マーニと零、セシル、エリソン、シドニーの五人による試合が行われる運びとなったのだった――




