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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
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乱入者

 試合が始まるやいなや、零はシドニーにやったのと同じ戦法で円のギリギリを回ろうと小刻みに跳ねるようなフットワークをみせる。


 零が憑依してるトイはマーニと比べてみても背は低く、恐らく一般的なこの年頃の男子より力は劣る。


 だが小柄な分すばしっこい為、コボルト流のこの戦法はわりとしっくりくるのである。


 一方マーニは両手で木剣を握りしめ、正面で構えるという基本に忠実な形だ。


 動きの速さに分があれば、零にも勝てるチャンスは十分にある――という考えてあったが、その目論見は瞬時に砕かれた。


 零がステップを踏み彼女の周りを回り始めようとしたその瞬間、マーニは全く予備動作もなしに真横に身体をスライドさせたのだ。

 

 その結果、円の縁にたった柔らかそうな出っ張り付きの壁に阻まれ、零のその動きを封じられてしまう。


(しまった!)

 

 思わず焦りの表情を浮かべる。完全に虚を突かれる形で、脚を止めてしまった為、零の反応は一歩遅れてしまっている。

 

 そこは既にお互いの剣の届く距離だが、この状況で零が剣を振るっても間違いなくカウンターで負けが確定するだろう。


 だが、かと言って黙っていてはやられるだけだ。今の零の構えは両手を広げた状態の上、只でさえ反応に遅れが出ている。

 防御にしろカウンターにしろ零からでは間に合わない。


ならばもはや零には避けるという手しか選択肢がない。

 そして相手の攻撃範囲から抜け出す為、零はバックステップで逃れようと行動に移す。

 

 だが真後ろでは円の外に出てしまう可能性があり、出なかったとしても端に追い詰められてしまうだろう。


 その為、零は内側にえぐり込むように飛び退いた。


 その瞬間マーニがほくそ笑む。攻撃はこない。よまれていたのだ。


 しまったと零が思ったその時には、彼女は直線でその間を結び、最短で面前まで迫り来る。


 木剣は寝かされた状態で右脇へ水平に構えられていた。


 そして淀みのない一閃。木剣の駆け抜けた後に見事な一が刻まれた。


 だが紙一重のところで背中を大きく反らし、彼女の斬撃を零は避けた。

 それは条件反射的な動きではあったが、おかげで僅かに流れたマーニへの反撃のチャンスが生まれた。


 零は背中を地面と水平に保った状態から跳ね起きるようにして、右手の突きを目標に向け繰り出した。

 バランスの悪い状態から無理やり放ったため、ほぼ手打ちになってしまったが、威力に関わらず相手が反応できなければ勝利は確定する。


 だが――甘かった。彼女は全く動じる素振りも見せず安々とその突きを躱し、そして流れるような動きで零の頭に木剣を乗せた。


 勝負というのは終わってしまえば存外あっさりとしたものだ。

 

 思わずキョトンとなる零にマーニが、えへっ、私の勝ちぃ~、とつい見とれてしまう女の子の表情を覗かせる。


「なんだよトイ。負けちまったのかよ~」


 シドニーが落胆の声を漏らした。

 思わず彼を振り返り、あ、ごめんごめん、と謝ってしまう。


「まぁしょうがないですよ。マーニ先輩はそんな重そうな胸を誇りながらも、騎士として推薦されるほどの腕前をお持ちですからね」


 両手を振り上げながら、エリソンが言う。途中に紛れ込ませた言葉が彼がむっつりであることを証明しているようであった。


「む、胸の大きさ関係有るのかなぁ」


 セシルが笑顔を引き攣らせて突っ込んだ。軽く引いてるようにも思える。


「ほら」


 言ってマーニが手を差し伸ばしてくる。

 だが零は、あ、いや大丈夫、と遠慮しひとりで立ち上がろうとした。が、その腕を掴まれ、何遠慮してんのよ、と起こされる。

 

 遠慮というよりは、照れてしまったというのが正解だが。


「でもトイ、強くなったわね。本当に驚いたわよ。ちょっと危なかったもの」


 マーニはそう讃えてくれたが、実力の差は歴然であった。

 やはりトニーの身体に憑依してるこの状態だと、剣術では彼女にとても敵いそうにない。


「ぎゃはははは! あいつ女に負けてやんの、なっさけねぇえぇ!」


「しかも手を貸してもらって、心配までされてますよ」


「流石いとしのお姉ちゃんに付いて回るしか脳のないトイちゃんだぜ、情けないったらありゃしないな」


「てか、あそこにいるやつも全員あの女にしょっちゅう負けてやがんだぜ。俺みてたからよく知ってるし」


「ふん。まぁそうだろうな。所詮はその程度の連中ってことだ」


 突然の嘲笑の声に全員が一斉に目を向ける。


 彼らから少し離れたベンチの近くでは、五人の男子が嫌らしい笑みを浮かべながら、こちらを眺めていた。


 その姿に、わかりやすい連中だな、と零は眉を顰める。


 するとトイの記憶から情報が流れ込む。彼らは学園で二年生までの間、随分とトイにちょっかいを掛けていた連中であった。


 彼は色々と嫌がらせも受けていたらしい。

 しかし三年になってからはクラスもかわり、シドニー達と行動を共にするようになったのもあって関わりあうことは減っていたようだ。


 たたその中で最後に嘲るような言葉を発した男、名はイービルというらしいが、彼はマーニと同じく騎士の道に進むことが決まっているのだが、女が騎士になるということを不快に思ってるらしく、最近また何かにつけて絡んでくる事が多くなったらしい。


「全くこれが騎士の名門アクドール子爵家嫡男たるイービル・アグドール様でしたら、あのような女に遅れをとるなどありえませんからな」


 取り巻きの一人が媚を売るようにイービルに告げる。尖った目をした男だ。

 低姿勢で人に媚びいるのが得意そうな男であるが、性格は見た目通り悪そうだ。


「全くだ。何せイービル様はこの俺よりも更に優れた腕前の持ち主。将来は王国軍を背負って立つお方! イービル様万歳! 万歳!」


 やたら声の大きな巨漢が、万歳しながら彼を称える。体格だけでみるならシドニーを上回っているかもしれない。


 そしてその両隣にいるふたりもウンウンと頷いていた。トイの記憶では巨漢の両隣にいるのはイービルという男の後輩に当たる。


「そもそも自分より弱い連中としかつるめないとはな。まぁ所詮ゲスな女などでは色気を振りまいて男をたぶらかすぐらいしか脳がないんだろうけどな」


 イービルという男が嫌らしく顔を眇め前に出る。

 その態度に零は個人的にも腹が立つ思いであった。


「全く突然出てきたかと思えば相変わらずだなイービル」


 シドニーがうんざりだ、と言わんばかりの色を顔に滲ませため息を吐いた。


 トイの記憶でもそうだが、彼らが嫌味混じりに乱入してくるのは最近はよくあることなので、みんなも慣れっこのようである。


ただ零に関しては憑依して記憶にも染み付いているとはいえ、実際に合うのは初めてなので、やはりどうしても嫌な気持ちになってしまう。


「大体僕たちは別にたぶらかされてるわけじゃないですしね」


「そうそう。好きで一緒にいるんだし。第一自分より弱い連中とって……そのままそっくりお返ししたいとこですよ」


 セシルとエリソンが下卑た笑みをみせる連中に言い返すと、巨漢の顔色が変わる。


「なんだとてめぇら! 只の平民の分際で貴族たるイービル様にそのような侮辱の言葉、とても許されるものではないぞ!」


 憤慨し指を突きつけてくるが、マーニは呆れたように息を吐きだし、ジト目で彼らをみやり答えた。


「今どき平民とか貴族とかがっさいわね。そんなことで威張るのも、こびるのもあんたらぐらいよ」


 その言葉に皆も全くだと同意を示した。


 確かにトイの記憶でもここフォービレッジ王国では前王の時代から制度が変化し、貴族だからと偉ぶるような真似は出来なくなっている。


 爵位を得た貴族にはある程度の特権のようなものもあるようだが、貴族たるもの人々に敬われる存在でなければいけないという考えのもと、その位に恥じない品位を保った立ち振舞が日頃から求められる。


 これを無視し貴族だからと傍若無人な振る舞いで民を苦しめるような行為に出たなら、即刻爵位の剥奪もありえるのだ。


 だからこそマーニのいうように、貴族だからと偉そうにしてるような者は、現在は少なく、そう考えるとイービルという男とその取り巻き達のやりとりは至極古い慣習に縛られてるようで滑稽ですらあるかもしれない。


「な、なにを!」

「まて――」


 食って掛かろうとする巨漢を、右手を振りかざしイービルが制す。


「こいつらは私を慕って一緒にいてくれてるんだ。にも関わらずその物言い。どちらが失礼かなど火を見るより明らかだろう。全くこれだから下賤のものは――」


 苦々しく瞳を尖らすイービルだが、そもそも先に仕掛けてきたのはそっちだろう、と零は呆れる思いであった――

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