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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
23/89

コボルト流剣術

 広場ではエリソンとシドニーが睨み合っていた。

 其々の手には木剣が握られている。


 あれから五人は色々と遊びに興じ、昼には町中を見て回ったりもしたが、結局午後にはシドニーからの申し出で木剣による勝ち抜き戦を行う運びとなった。


 そして言い出しっぺのシドニーが先ず前に出て、誰が最初にやる? と挑発の言葉を述べたのだ。


 だが、恐らく皆彼の狙ってるターゲットを理解している。

 あの一悶着があった時、シドニーはマーニに敗れていた。

 

 きっとその再戦を行うつもりで彼はこの試合を提案したのであろう。


 だが、肝心の彼女はすぐには出ようとはしない。


 騎士を目指すマーニの腕は確かなものだが、だからこそいきなり出たのでは勝ち抜き戦といっても変化がないと考えたのかもしれない。


 とは言え、マーニに次ぐ腕の持ち主が初っ端から剣を構えている以上、彼女が出ないかわりにシドニーがその場に立ち続けるだけな感じもするが。


 そしてそれは初戦のエリソンの様で露見した。

 彼は片手で構えるシドニーに向かっていき手早く突きを放ったが、あっさりと躱され、更に返しの彼の一撃で木剣を落としてしまった。


 このルールでは、寸止めか剣を落とすかもしくはチョークで描かれた円から出てしまうかで勝敗を決めている。


 つまりこの時点でエリソンの負けが決まったわけだ。


「たく、俺は軽く降っただけだぜ? こんなんで落とすなよ」


 木剣を肩に乗せ、呆れたようにシドニーが言った。


「いやいや脳筋の先輩と違って僕は頭脳で勝負してるタイプですから」


「な! なんだとてめぇ!」


 負けてもエリソンの口は達者だ。シドニーが腕を振り上げながら怒鳴っているが、その事もこの戦いで敗れたこともまるっきり気にしてない様子でもある。


 エリソンは四人と違ってまだ一年学園生活が残っているが、卒業後は文官の道に進むつもりらしい。


 その為かあまり剣の技術にこだわりはないようだ。

 ただ弓に関してはそこそこ扱えるらしい。


「アハッ。脳筋だってシドニーにピッタリだね」


「な!? てめぇまでコラ!」


 右手を口に添え、誂うように追従するマーニにやはりシドニーが切れた。


 その様子に苦笑しながらも今度はセシルが前に出る。


「じゃあ次は僕だね」


 セシルがシドニーを正面に捉えると王者はマーニに舌打ちしつつ、挑戦者に意識を向けた。シドニーの構えは相変わらずだ。

 

 対するセシルの構えは少し上半身を逸らしたような状態からの片手持ちである。

 そして胸の前で剣を持った右手を伸ばし、肘をたわませる。


 零のイメージ的にはフェンシングに近い形だ。


 そしてセシルがジリジリとその距離を詰めていく。

 エリソンはあからさまに負ける気が満々であったが、彼は意外と真剣な様子だ。


 細い眉が逆ハの字に引き締まり、今なら普通に男性として見れる気もする。


セシルが少しずつ間合いを詰め、あと一歩踏み込めば互いの剣先が触れ合うという位置まで達す。


 ただ木剣の長さは互いに変わらない為、純粋なリーチでは上背も高く腕の尺も優っているシドニーに分があるだろう。


 そう零が思考を巡らせた瞬間、甲高い声を上げセシルが後ろ足を蹴りシドニーに飛びかかった。


 跳躍というよりは地面を滑るような鋭い滑翔で一気に間合いを詰めつつ突きを放つ。


 これに完全に虚をつかれたかに思えたシドニーであったが、たじろぐようになりながらも、上半身を捻りそれを躱した。


 あっ――という一言がセシルの口から僅かに漏れる。そのまま勢いに任せてセシルが前方に突き抜けた。危なく円の外に出てしまうとこだったがギリギリで踏み止まり、そしてシドニーへと身体を反転させる。


 が、その時には重戦車の如き勢いで彼が肉薄していた。


 そしてシドニーの猛攻。最初の一発に全てをかけていたのか、セシルはその連続攻撃を防ぐので手一杯であった。


 それでもよく防いでるなと零は感心する。が、それも長くは続かなかった。

 どうも体力的にはまだまだシドニーには敵わないようで、次第に息が荒くなり肩も下がった。

 

 そこへ間髪入れずシドニーの払いが喉に迫り、驚いて後方に身体を逸らした拍子に円の外に倒れてしまい勝負は決まった。


「あ~やっぱり僕じゃ駄目か~」


 セシルがぺたりとその場に座り込んだまま口を開く。言葉ではそんな事を言っているが、眉を落としどこか残念そうではある。


「いや、最初の一撃はかなり焦ったぜ。あんなのいつ覚えたんだ?」


 そう言いながらシドニーがセシルの腕を掴み引き起こす。


「うん。ちょっと自分なりに考えて密かに練習したんだけどね。でも躱されると弱いね~」


 確かにあの攻撃は後を考えてない一撃といえる。躱されてしまうと次に繋がる一手が打てないので、確実に決める覚悟が必要となるだろう。


「さてっと次は――」


 セシルが抜け、シドニーがマーニと零を交互にみやった。

 そこで零が意を決したように前に出る。


「トイか――こないだのことは悪いとは思ってるけど手加減はしないぜ」


「勿論だよ。その方が僕も嬉しいし」


 言って零は真面目な顔となり、シドニーを見据えた。

 そしてゆっくりと構えを取る。


 すると彼の眉がピクリと波打つ。


「お前それマジでやってんの?」


 怪訝な表情でシドニーが問いかけてくる。


「うん。十分真面目だよ」


 零はそうはっきりと断言した。

 その構えは今のシドニーと同じ片手持ち。


 但しシドニーが正面で剣を構えてるのに対し、零は少し両手を広げるようにした構えを見せていた。


 つまり前は完全にガラ空きの状態である。

 これは勿論元々のトイの構えとは別物だ。


 今の零の構えはあのコボルト族が戦う際に使うやり方である。

 

 彼らは基本森の中を駆けまわりながら戦いを行うため、正面で構えて待つという事をあまりしない。


 その為剣を持つときには視界が広く取れるこの構えを好んで扱うのである。


「もしかして奇抜なことして驚かせようってか? 悪いがそんなことじゃ俺は動じないぜ?」


 顔を眇めてシドニーが言った。


 だが少し前までコボルトであった零にとっては特に奇抜なことでもない。


「それじゃあいくよ」


 そう宣言すると、零はコボルト族のステップを使いチョークで描かれた円に沿うように回り始めた。


 これまでのふたりとは明らかに違う動き方だ。いやシドニーにとってはこれまでのトイとも違う脚さばきといえるだろう。


 零はこの円の動きを維持しつつ、視界にはシドニーを捉え続けた。

 とは言えコボルトの足さばきを人の身体で完全に再現するのは無理がある。


 ただトイは身体が小さい分、シドニーと比べると敏捷性に優れている。

 なのでコボルトの動きを参考にしつつ、多少アレンジを加えている形だ。


 イメージとしてはボクシングのフットワークも取り入れたりしている。

 

 そしてこの脚捌きにはシドニーもめんを喰らっているようだ。


 彼は地面にしっかり根を張ったベタ足状態で、零の動きを捉えようと躍起になるが、徐々に速度を上げていく動きに目が追いついていけなくなっている。


 更に零はシドニーを中心に回りながらもその間合いは少しずつ狭めていっている。

 そして――シドニーの視界から完全に外れた事を察した瞬間、ハッ! という気合の声と共に零が大きく踏みこみ、右手の剣を横薙ぎに振るう。


 振るわれた木剣はシドニーの斜め後方からその側面を狙っていた。


 このままシドニーが何も出来なければ寸止めして零の勝ちだ。


 だがシドニーは見失った零の一撃であるにも関わらず、両手に構え直した木剣を瞬時に滑り込ませその一撃を防いだ。


 それは野性的な直感によるものか。零も思わず目を見張る。


 しかしそれで終わりではなかった。零はその一撃を防がれた瞬間、今度はその反動を利用するかのように身体をクルリと反転させて、そのまま逆側からの斬撃をお見舞いする。


 そしてこれには流石のシドニーも対応しきれなかった。

 一応は反射的に肩が大きく動きはしたが、それでも一歩及ばず先に零の剣がその喉を捉え動きを止めたのである。


「う、ぐぅ、ま、参った――」


 その宣言に零は安堵の息をついた。


 そして喉から剣を離し構えを解く。

 

 と――ふと妙な雰囲気を感じ、零は周囲を見回した。試合を眺めていた三人が驚きで目を見開いている。


「ト、トイ凄いよ」

「先輩いつのまにそんなに剣の腕を上げたんですか?」


 あっ、と零は心のなかで顔を引きつらせた。

 仲直りが出来たとはいえ、トイの気持ちではやはりこの間バカにされたことが悔しかったようであった。


 その為、思わず零はコボルトの記憶を利用し、その剣を振るってしまったが、冷静に考えればこの短期間でここまで劇的に戦い方が変化するのはおかしいだろう。


 零は若干バツの悪い表情を見せながら、再度シドニーをみた。

 怪訝な様子でこちらを見ている。


「てか、こないだと全く違うな。まさかお前あの時は本気じゃなかったのか?」


 不満そうに口を尖らせそんな事をいってくる。

 バカにされたと心外に思ってるのかもしれない。


 このままでは折角溶けた蟠りが再び蓄積してしまう。


「お、お姉ちゃんに教わったんだよ。僕も悔しかったからね。みっちりとしごいてもらったんだ。でもここまで上手くいくとは自分でもびっくりだよ」


 咄嗟に口からでまかせを言ってしまう。だがこれはそこまで悪くない言い訳かもと零は考えた。


 実際ジェンの剣の腕前は誰もが認めるところである。そんな姉に教わったとあれば。


「なるほど! そうか、いやしかし流石ジェン様だな! あのへっぴり腰なトイをこの短時間でここまで――」


 と、まぁ予想以上にあっさりとシドニーは納得してくれた。

 密かに口にでたへっぴり腰という言葉は少々聞き捨てならないが、確かに前のトイの剣術は傍目にみても少々アレであったから仕方ないかとも思う。


「あれ? でもトイ具合を悪くして寝てたんじゃなかったの?」


 セシルが余計な事を言い出すので、思わず零はジト目で彼を見てしまうが、すぐに頭を切り替え。


「うん。でも夕方には大分よくなったしね。今日の朝も含めてみてもらったんだ」


「それこそ凄いわね。そんな短時間で」


「先輩にはもともと才能があったってとこなんですかね?」


 マーニが肩を竦め、エリソンは不思議なものをみるような目で零を見ている。


「ま、まぁほら。あの規格外のお姉ちゃんだから」


 これ以上話したらボロが出そうで怖いなと苦笑しつつも零がそう述べると、あ~確かに、と全員が納得したように頷いた。


 その様子に、彼女は流石すぎるな――と心で感嘆の声を漏らす。


「さて、それじゃあいよいよ次は私ね」


 そうか、と零が対峙してくるマーニに身体を向けた。


 彼女とは本来シドニーがこないだの借りを返すために再戦したかったであろうが、零が勝ってしまった為、それもままならなくなった。


 とはいえシドニーは文句も言わず、逆に零に声援をぶつけてくる。


「こうなったら俺の敵はお前がとってくれよ! ジェン様に教わった剣術を魅せつけてやれ!」


 どうやらあの嘘は、彼を納得させると同時にシドニーの心に妙な火を付けてしまったようだ。


 しかし、応援してくれるのはいいが、目の前の相手は正直かなり手強い。

 騎士を目指してるだけにこの間の戦いぶりをみても、他とは格が違う。


 実際トイの記憶でいっても以前彼女とは勝負にもならなかった。

 だから今の零にとってもシドニーと同じくリベンジマッチといえるものでもある。


「このあいだよりは楽しませてくれるよね?」


 マーニは特に悪気があっていってるわけではないだろう。

 表情をみるにどこか楽しそうでもある。


 流石騎士候補とだけあって、こういう戦いに楽しみを見出してしまうところがあるようだ――

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