友達からの謝罪
「それじゃあ僕、ちょっと出かけてくるよ」
朝食を食べ終え、片付けも終わった後、零は身支度を整え、姉のジェンにそう告げエントランスの入り口に向かった。
「もしかしてお友達のところ?」
後からジェンも顔を出し、零に尋ねる。
すると零は首だけで彼女を振り返り、
「うん。心配かけちゃったしね」
と快活に返事をする。
「そっか気をつけてね」
春の風にそよぐ黄花のような笑みを浮かべ、ジェンが零を送り出す。
「は~い」
まだ少年ぽさの残る高めの声で返事し、そして零は屋敷の外へ出て町を行く。
目的地はすでに決まっていた。前にも見たことのある中央の広場だ。
そこにいけばきっと彼らも集まってることだろう。
案の定憑依してるトイの友人となる四人は、町の中心の広場に集まっていた。
ここは近くにベンチもあり、所々に植樹もされていて、町の住人や旅で訪れた人々の憩いの場として役立っている。
勿論彼らにとっても良い遊び兼鍛錬の場としても利用されている。
「おはようみんな~」
零の姿をその中のひとりが認めたことに気づき、零が手を降って朝の挨拶を行う。
すると空色の髪をした少年も、少し驚いた様子で零を振り返った。セシルである。
「あ! トイ! もう具合は大丈夫なの?」
くりっとした大きな瞳を更に大きくさせながら、心配そうに訪ねてくる。彼は肌が白く線も細い。
最初に見た時も中性的な雰囲気を感じたが、声を聴くと少女のような可愛らしさがあり、彼の記憶がなければその声だけでも女の子と見紛えていたことだろう。
格好もブラウスのような薄手のシャツに、太ももの露出した短パン(ホットパンツといっても良いかもしれない)なのも性別の勘違いを起こさせる要因になっている気もする。
そしてまだ若いからなのか生まれついてのものなのか判らないが、見た目から感じられる柔らかさは女の子のソレだ。
「う、うん。昨日一日休んだらもうすっかりいいよ」
零は彼の下肢はなるべく見ないようにしながら言葉を返した。相手は男なんだと判っていても妙な気持ちになってしまう。
「そっかぁよかったぁ~」
セシルは満面の笑みを浮かべながら、両手を胸の前で握りしめた。
その仕草もちょっと女の子っぽい。
「――ほら! シドニー!」
ふと勝気な声がセシルの背後から響いた。零が目を向けると腰に両手をあてたマーニが、彼に身体を向けて瞳を尖らせていた。
セミロングの淡い翠髪が映える綺麗な女の子である。
そんな彼女の着衣をみると上着は胸元をボタンで止められる物で、布地の材質は少し固めだ。
裾は腰元で軽く広がっていて色は清潔感のある白。
その下は濃灰色のロングパンツで全体的にみるとキッチリとした身なりをしている。
彼の記憶によると彼女は騎士を目指しているらしい。平穏な現状では王国騎士の募集人数もそれほど多くないらしいが、彼女は学園の成績も良く、剣の腕も買われ推薦されたようだ。
乱れ一つない衣服の着こなしは、そういった事情も関係しているのかもしれない。
ただ言動に関しては少々荒っぽく、そのせいか女性らしさには少々欠けているところがある。
「わ、判ってるよ!」
彼女に促され彼の蟠りの原因であるシドニーが、零へと近づいてきた。
濃い緑髪で丸顔の少年だ。
彼はこの中では一番体格がよく、盛り上がる筋肉だけみれば下手な大人顔負けの逞しさを誇る。
その格好はTシャツに青地のズボンとこの中では一番あっさりしている。
「そ、その、なんだ。こ、この間は悪かったよ。お前なんかレンジャーになれるわけない、なんていっちゃってさ」
申し訳なさげに俯き、後頭部を擦りながらシドニーが謝罪の言葉を述べてくる。
どうやら彼もこのあいだの事をずっと気にしていたようだ。
「それ以外にもシドニー先輩、いつも姉にひっついてばかりのシスコンが~とかいってましたしね~」
ふとシドニーから少し離れた位置からメガネの少年エリソンが、意地悪な笑みを浮かべながら声をかけた。
黄緑色の髪は七三に分けられていて、ボタン付きのYシャツ系の服装にひざ上までのズボンをサスペンダーで固定している。
見た目に知的そうな少年だが、実際学園の成績は良いようだ。
彼は一学年下である為、本来は学園の寮ぐらしが続いているはずだが、年明けのこの時期は学園も休みを設けているので、それで実家に戻ってきている形だ。
「だ、だからそれも合わせて悪かったって!」
シドニーは両手を分厚い胸板の前で握りしめながら、空に向かって叫んだ。
少々ヤケになってる感じも見受けられるが、彼が悪いと思っている気持ちはよく判る。
「いや、いいんだ。僕の方こそなんかごめんね。ムキになっちゃって」
零はトイの気持ちも理解している。彼も自分の幼さを後悔してたのだ。
ならばここは零自身も謝っておくべきだろう。
「い、いや、だから俺こそ悪かったって!」
そう思って謝ったわけだったのだが、シドニーは自分の方が悪いと言って聞かない。
引込みが付かないのだろう。
そこで零は、じゃあ、と彼に右手を差し出した。
この世界でも握手の意味はそれほど変わらない。
「これでお互い仲直りだ」
そう言って微笑むと、シドニーは軽くそっぽを向き、照れくさそうに頬を掻いた後、零に顔を向け直し強くその手を握った。
そしてニカリと白い歯を覗かせてくる。
その顔がなんだかおかしくて零が笑みをこぼすと、何笑ってるんだよ、といいつつシドニーも、くくっ、と笑い出す。
そしてお互いひとしきり笑いあった後は他の皆の顔もどこか安堵したものに変わっていた。
やはり全員あの時の事を気にしていたのだろう。
「でも、なんか皆にも迷惑掛けちゃったみたいでごめんね」
シドニーとの件も無事片が付き、今度は零が残りの面々に向けて頭を下げつつ謝罪の言葉を述べた。
「本当よ! あの夜だってトイがいなくなったって町中大騒ぎだったんだから!」
マーニが零に指を突きつけつつ、厳しい言葉を浴びせてくる。声もどこか尖っていて、零に対しても不機嫌を露わにしていた。
確かにあの時は随分と町の人達にも心配を掛けてしまった。
あの夜は町に戻ってから姉のジェンと一緒に謝りはしたが、かなりの迷惑を掛けてしまったのは間違いないであろう。
「本当にごめんねみんな」
零が改めてお詫びをいれると、まぁ無事だったからいいけどね、と呆れ顔でマーニが返してきた。
こうやって心配してくれる友達がいるのはいいものだな――と、零はふと唯一の親友の顔を思い出す。
「でも人攫いの連中に襲われたんだよね? よく無事でいれたよね」
セシルが終ったことにも関わらず、少しヒヤヒヤしてるかのような面持ちで言ってきた。
「それはお姉ちゃんが助けてくれたからね」
零は右手を差し上げながら姉のお陰であることを強調した。
一応自分でもソーマの力で一人の腕を切り飛ばしたという事実はあるが、そのへんは零からは話さないようにしておく。
ソーマの力を持ってることに関しては知られてる可能性もあるが、零なりの制裁を加えた件をあえていう必要もないであろう。
「う~ん流石は慧剣のソーマ士ジェン・シャイル!」
零の話を聞いていたシドニーが、目を輝かせながら感嘆の言葉を漏らす。
喧嘩の際には彼にシスコンとまでいったシドニーであったようだが、それは羨ましいという思いからでた言葉だったのかもしれない。
「シドニー先輩はなんだかんだでトイのお姉さんのことを尊敬してますからね」
エリソンが零の考えが正しいことを証明するような言葉を吐き出す。
彼はこの中で一番背も低いし体力もないが、口は達者だ。
「う、うるせぇ! 余計なことをいってんじゃねぇよ!」
エリソンに向けて握りこぶしを突き出しながら、ムキになった声で叫ぶ。
その顔は真っ赤だ。もちろんソレは怒りではなく照れからくるものだと思われるが。
「尊敬といったっていつもエロい目で見てるだけじゃない」
腕を組み半目の状態でマーニが呆れ声を発す。
な!? とシドニーが大口を広げた。
「先輩はおっぱいフェチですからね~」
「お、お前また余計なことを!」
眼鏡の端を押し上げるようにしながら、エリソンが先輩の性癖を容赦なくバラした。
するとシドニーの顔が更に真っ赤に染まる。
「いやだ~もしかしてあんたって私の事もそんな目で見てたとか? 最低ね!」
肩を抱くようにしながらマーニが身を捩らせ、軽蔑の眼差しで彼をみた。
以前見た時から感じてはいたが、露出の低い格好であってもその豊かな双丘はよく目立つ。
「いや、どんなに胸があっても性格が男みたいな女はノ~サンキュ~だ」
シドニーの真っ赤だった顔色がすっと消え去り、とても平坦な表情できっぱり言い切る。
すると瞬時にマーニの目つきが鋭さを増し、その距離を一気に詰め、彼の胸ぐらを掴み叫んだ。
「あん! なんだとこらぁ! もういっぺんいってみろや!」
「だからそういうところのことをいってんだよ!」
焦った顔でシドニーが声を張り上げる。
その様子を見ていたエリソンがやれやれと肩を竦めた。
「全くこのふたりは相変わらずですね~」
「でも喧嘩するほど仲がいいっていうしね」
セシルがにこやかに告げる。
確かにトイの記憶でもこのふたりはよく喧嘩をしている様子だ。
「はぁ? 私がこいつと冗談でしょ?」
シドニーから手を離し、彼女が顔を眇める。
「俺だって冗談じゃねぇよ! やっぱ俺はジェン様みたいのが最高だな!」
シドニーもやはりどこかムキになった感じに返してきた。
別にふたりの言い争い自体は気にすべき事ではないのだが、姉の名前が出されたのはやはり気になる。
「で、でも、そんなこといったら僕のお姉ちゃんも結構男勝りなとこもあるけどね」
仕方ないので零は、多少申し訳ないと思いつつも、ジェンを下げる返しをする。
そしてチラリとシドニーの様子を探るが。
「バカお前! ジェン様はそういうとこも含めて魅力なんだよ!」
あはは、と零は苦笑いする他なかった。ジェンは良くてなぜマーニは駄目なのかと疑問に思うところもある。
「あのジェンさんが、シドニーのことなんて相手にするわけないけどね~。だからトイ安心して大丈夫だよ。絶対お姉ちゃんがこいつにとられる事はないから」
「え!? いや、僕は別にそんな」
零は両手を振りながら慌てたようにマーニに言葉を返した。
零自身もなんでこんなに動揺する必要があるのかと疑問に思う部分もある。
おそらくトイの気持ちに同調しすぎてる部分があるのだろう。
「でもふたりとも本当に仲がいいもんねぇ~」
「ちょっと良すぎな気もするぐらいですね。ま、まさか姉弟で怪しい関係に!」
何故かエリソンの鼻息が荒くなる。
「……エリソンお前いますっげぇスケベな顔してるぞ」
確かに――と零もそれには同意する。
「え?」
エリソンが眼鏡の奥の瞳を丸くさせた。少し焦っている様子も感じられる。
「普段真面目な顔してる奴だと逆にキモいわね」
マーニの毒が棘となってエリソンの胸に突き刺さった様子だ。
うぐっ! と胸を押さえている。
「いやいやこれは違いますよ! ただちょっとした知的好奇心といいますか! あ、それよりも今日は何しましょうか!」
しかしエリソンはすぐに持ち直し、別の話に切りかえた。
流石口が達者なだけある。
「あぁじゃあ折角だしな。それに後からこないだの続きもやりたいしな」
エリソンの発言に便乗するようにシドニーが提案した。
「そうだね。折角トイも復活したことだし。遊べるうちに遊んでおかないとね!」
確かに卒業し準成人を迎えると皆が一緒に過ごせる時間はそう長くもない。
零にしてもレンジャー試験が控えているし、マーニは三の月が終わると王都で騎士見習いとして鍛錬に励む毎日が待っている。
シドニーに関しては親の後を継いで職人の道に進むらしく、今も家に戻ってからは師匠となる父親に随分と扱かれているらしい。
だから全員、楽しめるうちに存分楽しんでおこうという事なのだろう――そう思い零も彼らとの触れ合いに興じようと彼らの提案に乗っかる形となった。




