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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
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ソーマ士

 ソーマ(神力)とは遥か昔、邪神アルドニアの手によって世界が滅ぼされんとした時に、人々の前に姿を現した聖神ミコノフの手によって授けられし力――それが零の記憶に刻まれたソーマの知識だ。


 そして一節によると聖神ミコノフの残したソーマの泉を飲んだ人々が奇跡の力である神力を手にした事より、この不思議な力をソーマと名づけたらしい。


 そして現在このソーマの力というのは大きく分けると三系統に分類される。


 ひとつは錬のソーマ。体内で作り出しソーマの力を肉体に巡らせ、きょうほうけいという三つの効果を生み出す。


 彼の記憶では強は肉体の強化。放はソーマをエネルギーとして放つ。形はソーマをイメージしたものに具現化する。そしてこれらを組み合わせる事をごうとも呼ぶらしい。


 もうひとつは聖のソーマ。ミコノフ教会に殉ずる神官のみが扱える力で、りょうはらいうたに分かれてるようだ。


 ただ聖のソーマは一般にはあまり知られていないようで、彼の記憶では癒で神官が傷の治療や回復を行ってる程度の事しか判らない。


 そして最後に神のソーマ。聖神ミコノフの守護従神である炎神、水神、風神、土神、の加護を受け奇跡を行使する力。そしてこれこそが零の憑依したトイが得意とした力でもある。


 これがこの世界におけるソーマの基本的知識であり――そしてこれらのソーマの力を扱いし者をソーマ士と呼ぶ。


 そして今――姉であるジェンから事の顛末を聞き終えたドムが、関心したような瞳でまじまじと零を眺めているわけであるが。


「流石は騎士の名門シャイル家の嫡男といったところか。ジェンに続いて弟のトイ君までソーマの力に目覚めるなんてね」


「よしてください。名門だなんてそんな、今は私もここに身をおく一介のレンジャーにすぎませんし、それに――」


 言葉は切られ、憂いの感情を瞳に滲ませる。


 すると、ドムが眉根を軽くハの字にさせ、

「おっと済まない。そうだったな――」

と口篭った。


 零の顔をチラリとみて申し訳無さそうにもしている。恐らくは両親の事を思い出させてしまったかもしれないと気にしているのかもしれない。


 シャイル家の両親は父も母も既に他界してしまっている。それはふたりの年齢を考えれば早すぎる死であった事は間違いがない。


 彼の記憶では母はもともと身体が弱く、零の憑依するトイを産んだ後まもなく天に召されてしまったようだ。


 悲しいことだがこれも天命と父は男手ひとつでふたりの姉弟を立派に育て上げたようだ。


 そしてドムのいうようにふたりの父、マギス・シャイル。ここフォービレッジ王国の騎士としてその腕を振るい国王の信頼も厚かったようだ。


 強力なソーマ士としても名は知られており、また騎士見習いを育て上げる指導者としても優秀と非の打ち所がない騎士であり、その腕を買われこのフォービレッチ王国北東部に位置するラサ王国への使臣としても任命された程であった。


 だが――その父は結果的にラサ王国に派遣されたまま帰らぬ人となってしまったようだ。


 このトイの記憶では、父の死に関する詳細までは聞かされていないようで、何かの事件に巻き込まれたぐらいしか判っていないようである。


「あっと、そうだそうだ。ところでソーマ士としての登録はどうする? 仮登録までは勿論いま行ってもらうが、本登録をいつするかと決めてるかな?」


 家族の話を誤魔化すようにドムが話を切り替えた。

 だが零にとってそれは重要な話でもあった。勿論彼の記憶が刻まれた身としてであるのだが。


「あ! はい、本登録はできれば次の試験の時に合わせて出来ればとは思ってるのですが」


 咄嗟にドムに言葉を返す。姉のジェンが零に視線を走らせた。その表情には戸惑いも見え隠れしている。


「そうか。弟さん今年学園は卒業して準成人を迎えたんだもんな」


 ドムが太い腕を組み、思い出したようにいった。ここフォービレッジ王国では教育なき国に発展なしという考えが先代の王の頃から謳われており、子供が六歳になった時点で身分に関係なく別け隔てのない教育を受けることが出来るようになっている。


 勿論その為の学園も王国内で建設されている。零の憑依していたトイ・シャイルに関しては、王都に存在する学園に通い続けていたようだ。


 そして入学してから準成人にあたる一二歳までの間を学園内の寮で過ごす。勿論休みの間などは故郷に戻ったりもするが集団生活を学ぶ為に、ほとんどの期間は学園内で規律に沿った暮らしを余儀なくされる。


 その記憶を知ったことで、姉のジェンの度を過ぎた愛情表現の理由が判った気もした。


 彼の記憶では卒業したのはつい先月の話であり、それまでは会いたくても(主に姉がだが)自由に会えない日々が続いたのだ。


 その反動がきっとあの行き過ぎともいえる行為に繋がったのだろう――と考えるとしてもやはりやり過ぎだろうという気持ちを拭い去ることはできないわけだが。


「それでトイも姉さんと同じレンジャーの道を選ぶってわけだな」


「そうです。僕出来るだけ早くお姉ちゃんをサポートできるようになりたいんです」


 今の身体は準成人とはいえまだまだ十二歳の少年のものだ。元の記憶でもあどけなさの残る男の子という感じであった為、しゃべり方もある程度それにあわせる。


「トイ――」


 呟くような声にジェンを見た。瞳がウルウルして口元もフルフルしている。

 何やら感極まるという雰囲気も感じられて少し嫌な予感もした。


 あの行き過ぎた愛情表現を行ってくるかもしれない。抱きしめられるぐらいはまだいいが、他のレンジャーが見てる前でペロペロされでもしたら流石に色々マズイだろう。


「で、でも――」


 と、そこでジェンは喉をひとつ鳴らしたあと表情を真面目にさせ、零の両頬を包み込むように手を添える。


「もし、私の為だけにとか思っているならやめてね? レンジャーは時に危険も付きまとう仕事。出来れば私はトイを危険な目には晒したくないし、他にしたい事があるなら」

「お姉ちゃん」


 零は蹶然たる双眸でジェンをみやった。その真剣さに眉はキリリと引き締まる。


「確かにお姉ちゃんを助けたいという想いも強いのは確かだよ。でもソーマ士として沢山の人々の役にも立ちたいんだ。お父さんが騎士として多くの人びとを助け尊敬されていたように」


 零の言葉に、ジェンはどこかハッとしたように両目を一度見開いて、そして優しい微笑みを浮かべた。


「子供だと思ってたけどやっぱり男の子だよね――」


「あぁそうだな。全く立派なもんだ。まるで――親父さんが宿ったようなそんな気さえもしたよ」


 零はなんとなく照れたように後頭部を掻いてみた。だが実際には宿ってるのは零の方である。


「しかしそうなると本登録はいつにする? 一応早ければ二ヶ月後の三の月の二〇日になるが」


 この世界の暦の数え方は零のいた世界とは若干異なっている。春夏秋冬という呼び方もせず、その代わりに聖神ミコノフの従神であった四神の名が用いられているのである。


 四神というのは風神ジェード・炎神ガーネリアン・地神オプシティー・水神ラリアーの事でありそれにそれぞれちなんだ言葉が付け加えられ季節を表す。


 それに照らし合わせると、春にあたるのはジュードの導き、夏はガーネリアンの加護、秋はオプシディーの繁栄、冬はラリアーの恵みとなるのである。


 そしてそれぞれの季節に因んだ言葉に月を組み合わせて年を過ごす。四神を三ヶ月ごとに切り替える形で、今の季節はジェードの導き一の月一〇の日である。ちなみに最初の月の始めだけは〇の日と表すためこの世界の一年は三六四日となる。


 そして零が目的とするレンジャー試験に関しては年に四回行われ、各季節の最後に当る三の月、その二〇日に必ず行われている。


「それで構いません。出来るだけ早く資格が欲しいから」


 ドムに向かってきっぱりそう述べる。するとジェンが心配そうに、大丈夫? と零の顔を覗きこんできた。


 髪の毛が触れそうなほどの至近距離に整った美麗な顔が来たことで、零の動かない筈の心臓が大きく跳ねたような間隔に陥る。


 アメジストのようなパープルアイに見つめられると、それだけで吸い込まれそうな気にさえなってしまうが、頭をブンブンと振りなんとか意識を整わせ、だ、大丈夫だよ! 一発でパスしてみせるから! と決意を表明する。


「まぁでもあれだけのソーマが使いこなせるなら大丈夫だろ。弟さん学園でも成績優秀だったんだろ? だったら学科も問題ないだろうしな」


 確かに記憶では、主席とまでは行かないまでも常に上位に食い込むぐらいは成績がよかったようである。


「まぁ弟だからと言うわけではないが確かにトイの優秀さは私も鼻が高くなるぐらいだな。風のソーマだけではなく、炎のソーマもある程度使えるようだし」


「あぁそういえば街道沿いのグレーウルフもトイが退治したって話だったな」


「そうなんだよ! 私もソレを見つけたからトイの居場所がわかったのだけど、見事なソーマだったよ。炎はまだ少し使いこなせてない部分もあると思うけど、風の方ならかなり上の部類に入るんじゃないかと思ってる」


 グレーウルフといえば、と零は彼を追っていった時に狼に襲われていた光景を思い出す。話の内容からもあの時の件で間違いはないであろう。


 そしてその話をするジェンは実際かなり鼻が高くなっていた。誇らしげに胸も張っている。腕もその前で組んでいるため、只でさえ大きな胸がより強調された。


 そのせいか、ドムの鼻が若干伸びた気がする。何故か少しだけ不快さがこみ上げてきた。


「しっかし風のソーマだけでなく炎のソーマも使いこなすなんてなぁ」


「さすが慧剣のソーマ士ジェン・シャイルの弟だけあるな」


 外野の言葉にジェンが振り向き、まぁ私の弟だからな、と得意がった。トイを溺愛する気持ちもそうだが、親ばか、いやこの場合は相当な姉ばかぶりを発揮している。


「そういえばジェン。この間も、ハイゴブリンの奴をたったひとりで退治しちまったらしいじゃねぇか。全く姉弟揃ってとんでもねぇなぁ」


 その言葉に零の耳がぴくりと動いた。ハイゴブリンというのはトイの知識にもない名称のものだ。但しゴブリンに関しての知識はある。


 どうやら彼らの間では邪鬼という醜い化け物として認識されているようだ。古代に現れたという邪神によって生み出された為そう呼ばれてるらしい。


「お姉ちゃん。ハイゴブリンって何のこと?」


 零はあくまで自然な流れに思えるよう、小首を傾げるようなかんじにして興味ありげに問いかけた。


 零からしてみたら、その話が何のことか大体の見当はついているのだが、それをトイが知っているわけはないので、あくまで聞いたこともないという体を演じる必要がある。


 するとその答えはジェンからではなく、先ずはカウンターにいるドムから発せられた。


「ま、レンジャーになるつもりなら知っておいたほうがいいことだろうな」

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