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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
17/89

断罪

「お姉ちゃん!」

 

 零は思わず叫んでいた。彼の心魂にはトイ・シャイルの記憶と知識が刻み込まれている。

 だから彼女が今は自分の姉にあたることを自然と理解していた。


 あまりにスムーズに普段の呼び方が飛び出たのは、零にも驚きだが、そういったことも自然と出来るようになるのがこの力の特徴でもある。


「ち、畜生! な、なんだてめぇは!」


 ジェンと零に挟まれる形となり、男は零からみて身体を横に向け彼女と自分を交互に見た。


 焦っている為か、忙しそうに首を巡らせ続けている。

 ジェンは鎧こそ身にしてはいないが、その背中には例の如く使い込まれているであろう大剣が装着されている。


「お前こそ一体何者だ? 私の大事で大切な可愛らしく愛しくてたまらないできればこのまま抱きしめて頬ずりして舐めまわしたいとさえ思える弟に何をしている?」


 ……男の動きが止まった。零の動きも止まった。これまでの緊張感が瞬時にして薄れた気さえした。頬を撫でる風が何故か冷たくも感じた。

 感覚はないはずではあるが。


 勿論零の中には、彼女が愛しくて堪らないと断言する弟の記憶もあり、自然と姉がこのトイを溺愛している事は承知のうえではあったのだが、にしてもやはり実際に目の当たりにすると若干の戸惑いを覚えてしまうものである。


 だが当惑している零を他所に、ジェンは肩から先がない腕を押さえ悶え苦しんでいる男に視線を滑らせた。

 そして直後に血に濡れた零の姿と刻み込まれた傷口にも着目する。


 その途端、ジェンの顔に般若が憑依した――ように思えた。

 それぐらいの怒りの感情が見て取れたのだ。

 なまじ綺麗すぎるだけに、一度怒りを身にまとうと逆に恐ろしさを増す。


「どうやら看過できる状況ではなさそうだな。私の大事な大事な大事な大好きな結婚したい弟に手を出した事、たっぷり後悔させてやる」


 蟀谷に血管を波打たせながら、姉のジェンが小太りの男に近づいていく。

 その闊歩たるやまるで魔神の如し。

 血塗れの零の姿に、ある意味では我を無くしているともいえるだろう。


「ち、畜生がぁああ!」


「お姉ちゃんあぶない!」


 追い詰められた男が腰に装着してあったダガーを手に取り、同時に三本投げつけた。

 風を切る音と共に其々の刃は縦に広がり、ジェンの額・胸・足目掛けて一直線に駆け抜ける。


 鎧を着ていない今の姿では、まともに当たれば軽い怪我では済まないであろう。


 だが、男はすぐに自分の起こした行動を後悔する事となった。

 ジェンは目にも留まらぬ早さで大剣を抜いた。

 

 そして抜き終わった瞬間には既に三本のダガーは弾かれ、斜め後方の幹や、下草の生える地面に深く刺さり、更に一本は投げつけた本人の頬を掠めた。


 勿論零には一体刃がどのような軌道で振りぬかれたのかなど微塵も確認することが出来なかった。


 それは小太りの男も一緒だったのだろう。投げた矢先に己のダガーが自分の頬を掠めた事で、ヒッ! と情けない声を上げ、身体を強張らせてしまった。


 刹那――ジェンの身体は男のすぐ目の前にあった。その時には恐らく二度、彼女の両手に握られていた大剣が振られ終えていた。


 その動きも零には若干何かが揺れた程度しか感じられなかったのだが、それでも二度斬撃が繰り出されたのを理解できたのは、小太りの男の両腕が宙を漂っていたからである。


 ボトンという情けない音が零の耳朶を打った。醜い腕が下草に埋もれている。

 

「うぎゃぁあぁああぁ! 腕がぁああ! 俺の両腕がああぁ!」


 絶叫を上げ男が地面に倒れた。片腕をなくした痩せ型の男ほど転げまわってはいない。

 あまりの激痛にそんな余裕すらないのだろう。大量の血潮が姉の顔と服を汚したが、彼女は全く気にする素振りも見せず、再び零に着目し大剣を背中の鞘に収めた後、その小さな身体に駆け寄ってきた。


 すぐ横では地面に隻腕の男が横たわっているが、それもまるでいないもののようにしている。

 どちらにせよ、男は死んだように大地へ身体を預けたままではあるが。


そしてジェンは、零の目の前で立ち止まり彼の事を見下ろした。

 女性にしては上背の高いジェンは、今の零の身体よりは頭一つ半程度高く、完全に見上げる形になってしまっている。

 

 目の前のジェンの顔が崩れた。安堵とそして心配の入り混じったような歪み方だ。

 その様相に零の心が痛む。だが今更抜ける(・・・)わけにもいかない。


「お姉ちゃんごめ――」


 瞳を伏せ謝罪の言葉を言いかけたその時、彼女の右手が零の顔を覆った。


「待て! トイ! 先ずは前もって私が謝っておく! ごめん! そして――歯を食いしばれ!」


 え? と零が顔を上げた瞬間、パシィイイィイン! という快音が森を走った。


零の顔が強制的に横を向く。思わず呆けたように瞳が大きな丸を描いた。

 感覚がないため痛みというものは感じない。首が捻られたものも、被り物の頭の首がふいに捻られたような、そんな気分である。


 とはいえ――前後の流れから自分が殴られた事を察した零は、自然と左手で頬を押さえていた。

 そしてそのまま正面に向き直り、彼女のジェンの顔を見上げた。


 薄紅色のふっくらとした唇がプルプルと震えている。紫の虹彩をもつ切れ長の瞳も潤んでいる。


(あぁ彼女も痛いんだ――)


 漠然と零はそんな事を思う――その瞬間今度は零の身魂ごと恐らくは柔らかいであろう彼女の肢体が優しく小さな少年の身体を包み込んだ。


「こんなに心配かけさせて――トイの馬鹿」


 耳元で囁かれた声に、感覚のない筈の魂が熱を帯びてくるような、そんな気がした。

 そのまま沸騰して蒸発してしまうのではないかとも思えたほどだ。


 感覚がないとはいえ、零もひとりの男だ。抱きしめられ更に目の前に、たわわな果実が迫れば緊張もする。


 とはいえ――このまま黙っているのも不自然だろうなと考え、今は姉であるジェンを見上げ。


「お姉ちゃん、本当にごめんなさい」


 そういつもの口調で(・・・・・・・)そして申し訳ないという感情を滲ませた声音で、素直に謝った。


 その瞬間、ジェンの肩が小刻みに震え、唇が波を描き、頬が紅色に染まり、瞳がぬれる。


 零の脳裏に重なったトイの記憶。少しだが、嫌な予感がする。


「ああぁあ! トイ! トイ! トイ! 違うんだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさ~い! 悪いのは私なの。あんなに怒っちゃって本当にごめんね! ごめんね! 頬! 頬痛かったでしょう? あぁこんなに紅くなっちゃって――」


 いや、恐らくは変わってないとは思うが、と零は戸惑った表情を見せるも、ジェンの暴走は止まらない。


「ほら! 痛いの痛いの飛んでけ~! 飛んでけ~!」


 零の左頬を何度も擦りながら、天に向かって飛んでけを繰り返す姉、ジェン。

 だが、その行為はそれだけに収まらず、しょ、消毒しないと! 消毒! と今度は零の左頬をぺろぺろと舐めだす始末だ。


「ちょ! ちょっとお姉ちゃん! 大丈夫! 僕もう大丈夫だから!」


 思わずあたふたしながら、ジェンの身体を引き剥がそうとする。だが姉の力は恐ろしく強い。


「駄目だ! もっとちゃんと消毒しておかないと! ペロペロ――あぁトイ、愛しのトイ、ごめんね。痛い思いさせて本当にごめんね」


 そういいながら、ジェンの消毒という名の強烈な舌攻撃が暫く続いた。

 これが俗にいうブラコンかと零はかなりの衝撃と戸惑いを覚えた。

 感覚がないとはいえ、これは中々にキツイ。


 しかし冷静に考えればこのブラコンの姉は、トイを舐めまわすなどわりと頻繁にあることのようなのだ。


 この身体を借り暫く過ごすことになってしまった零であったが。果たしてやっていけるのか早くも心配になってきたのであった――





◇◆◇


「いやぁふたりとも揃ってよく来てくれた。いやしかし昨晩は大変だったね――」


 一夜明けて零は、ジェンに連れられて前に一度見たことのある建物までやってきていた。

 あの羽のついた靴が刻まれた看板のところだ。


 とはいえ刻み込まれたトイの知識と記憶のおかげで、零にもこれがどういった施設なのか今はよくわかる。


 ここはレンジャー協会港町ギザ支部。登録した多くのレンジャーが集う場所である。


 レンジャーというと零の記憶では何か特殊部隊のようなそんな感じさえ受けるが、この世界においては人々から受けた依頼をこなすのを生業としている者達の事を指す。


 その仕事内容は多岐にわたり、お使い程度のものから護衛、人探し、獰猛な獣の駆除等々また各地の村を守る番兵のような仕事もあるようだ。


 その事になんとなく零は、ゲームや小説で登場する冒険者というものを思い浮かべる。

 内容的にはかなり近いからだ。

 ちなみにレンジャーには歩きまわる人という意味があり、依頼をうけあちらこちらへ飛び回るというところからこの呼び名が定着したようだ。


 そういえば零のいた世界でも、似たような意味があったかもしれないと思い起こす。


「ところであの連中はどうなった?」

 

 ジェンがカウンターの中にいるドムへ問いかけた。零はそのやり取りに耳を傾ける。彼女と話してるのは魂の時に一度目にした屈強な男で、この協会支部の管理を任されている。


 立場的には本来はカウンターに立つような真似はする必要もなさそうだが、どうやら受付などの仕事をこなすのも好きなようである。


 また他の受付を担当する者の中には若い女性の姿もあるので、トラブル防止の為という名目もあるようだ。


「あぁ。ジェンから連絡を受けて昨晩のうちにレンジャーを派遣。しっかり捕縛して今は地下牢に閉じ込めてある。これから色々と尋問を――といいたいところだが、まずは意識を戻すことが先決か、なにせ片方は両腕を、もう片方は右腕をバッサリ切り落とされてるわけだからな」


「あぁ済まなかったな」


 ジェンは素直に謝った。やはりいくらトイのことが心配だったとはいえ、両手を切り落とすというのはやり過ぎと考えたのかもしれない。


 とはいえその件でいうならば、零もひとりの片腕をソーマの力で切り飛ばしてしまったわけだが――


「弟のことが心配で心配で心配で、おぶって帰ってしまった為、あの連中の片付けを他のレンジャーにまかせてしまった。迷惑かけたな」


 そっちかよ! と思わず零は心の中で突っ込んだ。確かにあの後、零はひとりで歩けると伝えても聞き受けて貰えず、しかもなぜかお姫様抱っこ状態で街まで運ばれてしまったわけだが――

 しかしどうやら奴らの両腕を切断した事を特に悪いとも思っていないようであった。


「まぁそれはいいさ。それよりもよく生かしておいたな。あいつらお前さんに手を出した時点で殺されても文句はいえなかったわけだが」


「愛しの弟が更に酷い目にあってたなら、五体を少しずつ斬り裂いて地獄を見せてやるところだったけどな。でも――」


 ジェンはチラリと零の顔を見た。真剣な顔をしている。が、口元は僅かにムズムズしていた。

 正直他に誰もいなければそのまま抱きついてきていたかもしれない。


 しかし現状、施設内には他のレンジャーの姿も見受けられる上、明らかにジェンとドムの話に聞き耳を立てている。


 この状況では、流石にいくら弟を溺愛する姉とはいえ、本性を発揮できないのであろう。


 とはいえ――ドムはジェンの表情から何かを察したようで、瞼をそっと閉じると。


「弟さんの手前、非情にはなりたくなかったか」


 意味深にドムが呟く。そしてその言葉の意味するところは零にも理解が出来た。

 恐らくジェンは弟の前で人殺しをする姿を見せたくなかったのだろうと――


 しかし――かといって両腕を切断するのも相当な所業とは思うわけだが。


「それにしてもここんとこ王国内では人攫いの事件が類初してるな。町によってはレンジャーへの依頼が成される場合もあるようだ」


「だったらあいつらの意識がもどったら詳しく聞いてみるといいのではないか?」


「勿論そのつもりだ。あいつらからしてみれば、まだお前さんに殺されてた方がマシだったと思える責め苦が待っていることだろうさ。まぁとはいえあんな連中がそこまで大した情報を持ってるとも思えないがな」


 責め苦とは恐らくは拷問の事なのであろうなと零は考えた。

 トイの記憶では拷問についてそこまで詳しく知識があるわけでもなさそうだが、相手の口を割らせる手段としては、この平和な国と名高い【フォービレッジ王国】でも普通に行われているようだ。


 同時に無抵抗な相手を死に至らしめるような場合は当然罪に処されるが、相手から殺意を持って仕掛けてきた場合には返り討ちにして殺してしまっても罪には問われない。


 こういったところはやはり零のいた世界とは違う。


「ところでひとつ気になったんだが――」


 ドムが後頭部を擦るようにしながらジェンに尋ねる。

 ジェンも改めてアメジストのような輝きを放つ双眸を、彼に向け聞く体勢に入った。


「ひとりはお前さんがやったということがよく分かるんだがな。もうひとりはジェンじゃないよな? あの切り口はお前さんの剣によるものとは異なっているし、何より神のソーマの痕跡がある。一体誰がやったものなんだ?」




 


 


 


 


 


 

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