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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
16/89

憑依するとき

 そこに現れたのは彼女ではなかった。性別そのものも、その数も違ったのだ。


 彼の後ろから木々を掻き分け現れたのは二人組の男であった。


 ひとりは上背が高めで、痩せ型の男であった。乱雑に伸びた黒髪に馬のように長い顔相。頬のあたりがゴツゴツしていて少し骨ばった感じもある。ただし細いからといって弱々しい感じはまるでしない。

 

 そしてもうひとりは逆に髪は薄く背は低めで小太りな男であった。丸い顔と綿でも多量に口に含んだような膨らんだ頬。

 だが三日月を寝かしたような双眸は何かを企む悪どさを感じさせる。


 このふたりに共通するは、サイズが違うという以外は素材とも同じであろうと思わせる、革製の鎧を身につけ、腰にそれぞれ武器を吊るしていることであった。


 痩せ型の男は短めの剣。太い方は数本の短刀と思われる。どちらも刃は露出していないが、それぞれの手は柄に掛けられている。


 そのふたりのようすに零は薄ら寒い感情を覚えた。こんな夜に現れるに相応しい怪しさである。

 妙にニヤけた顔つきも相まって、その不気味さに拍車を掛けている。


 正直どうみても彼を助けにきたようには思えない。中々目立ちそうな風貌の彼らを町でみた覚えもない。


 そして案の定ふたり組は少年に近づき、身振り手振りで何かを喋りかける。

 だが彼も零と同じ気持だったのだろう。表情には戸惑いがみられ、近づいてくる彼らから距離を離そうと後ずさりも始めていた。


 逃げろ! と思わず零は叫んでしまうが、その時ばかりは声が届いたのかと思えるぐらいのタイミングで、彼も背中をみせ駆けようとした。


 だが、その細い腕を痩せ型の男が掴み、力任せに手繰り寄せた。

 この時点でふたりが何かしらの悪意を持って彼に近づいているのは明確であった。


 零は思わずふたりの悪漢に魂を寄せ、そして後頭部を殴り、腹を蹴った。

 しかし当然のようにそれらの攻撃はすべて文字通り空を切った。

 悪漢の身体を貫いた上でだが。しかし貫いたと言ってもふたり組にはまるでダメージがなく、零の存在にも気づく様子がない。


 零は己の不甲斐なさをここにきて改めて思い知らされた。魂の状態では他の肉体に干渉することなど出来ないのである。


 せめて憑依できればと、その身体に己の身を重ねるが上手くいかない。生きている肉体にはやはり憑依できないようだ。


 だったら何かないかと、あたりを見回すが早々五体満足な死体など転がってるわけもない。


 まずいこのままでは――そう考えていた時、ギャッ! という悲鳴が少年の側から聞こえた。

 零が視線を走らせる。そこには痩せ型の男に噛み付く少年の姿。


 そしてその隙に腕から逃れ距離をとる。


 いいぞ――と零はそのまま少年が逃げ延びるのを期待した。だが少年が走っていった先には池がある。そちらに逃げては追い詰められるだけだ。


 だが少年はある程度距離を離したところで、男たちを振り返った。

 そして何かを呟きその手に風を集めだした。


 そうか! と零は若干の安心を魂に滲ませた。彼にはそれがあったことを思い出した。

 あの力があればきっと目の前の男にも負けはしない。


 場合によってはその力に恐れをなして逃げ出すかもしれない。

 そんな淡い期待――だがその気持を根本から粉々に叩き壊す切り裂き音。

 それが零の耳にこびり付いた。少年の短い悲鳴と一緒にだ。


――少年の喉には短刀の刃が深々と突き刺さっていた。傷口からは堰を切ったように真っ赤な血流が喉から肩そして腕や脇をたどり足元にドクトクと流れ落ちていく。


 緑の下草はあっという間に血に塗れ、水色の池とは別に紅く小さな池がひとつ出来あがっていた。


 直後力なくドサリと少年の身体が崩れた。そして二度と物言わぬ骸と化した。


 その一部始終を、零はまるでテレビドラマのワンシーンでも見てるかのように眺め続けていた。

 どこか実感がなかった。やっぱりこれは悪い夢なのでは? とも思い直したほどだ。


 だがこれは紛れも無く現実であった。零の身が魂のまま何も出来ないでいるのも、その目の前で痩せ型の男がもう片方の男を怒鳴ってるのもすべて現実なのだ。


 そしてだからこそ湧き上がる感情もある。


 痩せ型の男は再度少年の遺骸に近づき、腰を落として様子を探った。揺すったりもした。

 だが少年は動かない。紛れも無く死の世界に旅だったのだ。


 もう彼が彼女と楽しく笑い合うことは、このままでは二度と訪れないのだ。

 少年を揺する悪漢たちのせいで。そしてそれを助けることが出来なかった無力な自分にも――そんな気持ちが彼の身魂に重石のようにズシリと伸し掛かる。


 その時であった。少年を調べていた男が立ち上がり、彼の顔に唾を吐きかけた。更にその表情から口走った言葉が罵りであることも察することができ、そしてあまつさえ無抵抗なその身にひとつ蹴りさえも浴びせた。


 その時、零の中で何かが弾けた。彼の魂はまるで引き寄せられるように少年の側に近づいていた。

 そして物言わぬ少年の顔に自然と零の手が伸びた瞬間――再び目の前の景色が変わった。

 と、同時にあの膨大な情報が飛び込んでくるような感覚。

 

 元の記憶に少年の――トイ・シャイルの記憶が重なりそして定着した。


「たくてめぇは折角の獲物殺しやがって」

「だから兄貴謝ってるじゃないですか。それにあの時やってなきゃソーマの力で兄貴が逆にヤラれてたかも――」

「馬鹿野郎が! あんな餓鬼いくらソーマが使えるったって避けようと思えば避けれたんだよ。それよりもソーマが使えるなんてそれだけでも高値で売れたのによ。たく、てめぇは暫く飯抜きだな」


 ふたりの会話が耳に届き、その意味もしっかりと理解できる。

 そう零はこの少年の知識を得た。だから言語だって理解が出来る。


「それにしても――本当に下衆な奴らだよ」


 思わず声を発しダガーを左手で抜き、右手で首の傷を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

 背中を見せていたふたり組も、ギョッとした表情で零を振り返り――

 二人揃ってその目を瞬かせた。口も半開きにさせ間抜けな表情も覗かせている。

 

 その間に零は手で首を隠した状態のまま無理やり傷口を塞いだ。そうでなければ出血自体は収まらない。

 要領はコボルトの時と同じである。


「へ、へへっ。なんだ坊主生きてやがったのか。だったらちゃんとそういってくれよ。焦っちまったじゃねぇか心配したんだぜ?」


 唾を吐きかけ、蹴りまで浴びせてきた分際でどの舌がいってるのか? と幼い眉間に谷を刻んだ。

 目つきもコボルトの野生を思わせる程に尖らせる。


「おいおい随分と怖い顔だな。安心しろよそっちが何もしなきゃこっちも手荒な真似はしねぇ」


 ダガーで殺しておいてよくいうよと、虫唾が走る思いであった。 

 零の記憶に、男ふたりがやってきた時からトイを無理やり連れ去ろうとしたことまでしっかりと呼び起こされていた。


「さぁわかったらおとなしく付いてきやがれ」


 最初だけ優しい口調で、しかし近づくにつれ元の荒々しい口調に戻っていた。これがこいつらの本性である。


「これ返すよ」


 いって零は左手に持ったダガーを手早く投げつけた。ムダのない動きはコボルトの身体能力を引き継いているからなのだろう。

 とはいえ身体自体はトイという少年の者のため、まるっきり同じ動きをするのは不可能であるが。


「チッ!」


 舌打ちし痩せ型の男は足を止め、たじろぐようにしながら投げたダガーを躱した。

 だがそれは別段当てる必要はなかった。一瞬でも時間が稼げればよかったのだ。


「この糞ガキ!」


 頭に血が上ったのか、弾けたように男が飛びかかってきた。

 だがその時には零は彼の知識から引き出した詠唱を唱えていた。


 そうそれはトイの記憶。彼の行使していた力――その強い力、この世界ではソーマと呼ぶ。伝承ではかつてこの地が邪神の手によって滅ぼされそうになった時、聖神ミコノフが光の中より現れ邪神を打ち倒すべく人々に与えた力だという。


 そして零が憑依したトイが使うは神のソーマ。自らの体内に宿りしソーマを同調させ、聖神ミコノフの生み出しし地水風炎を司る四神の力を借り受け行使する。


 そしてトイが特に力を入れ得意としていたのは――


「聖なるミコノフの名のもとに我は風神ジェードの力を行使する――右手に集めしは断罪の翠――愚かなりしを切り裂く剣と成らん!」


 広げた手を剣に見立て、掌に纏いし風が零のイメージと重なり鋭利な刃物とかした。

 そして目の前に迫った醜き男に向かって、その腕を振り上げる。


「ぎゃぁあああああぁあ!」


 悲痛な叫びと共に、一本の腕が宙を待った。零が切りはなした男の右腕だ。酷くいびつに見えて酷く醜くみえる骨ばった腕だ。

 吹き出た血が零の顔や身体をぺったりと濡らした。感覚がない為気持ちの悪さはない。


 ボトンと地面に落ちた腕を冷淡に見下ろす。汚い腕だと思った。


 男は先のない断面を押さえながら地面をゴロゴロと転がった。とっととくたばればいいのに、と害虫でも見るような視線を零は男にぶつけた。


「あ、兄貴!」


 小太りで醜悪な男が、転がる兄貴に叫びあげた。だが一歩も動けていなかった。顔には汗が滲み、狼狽した表情をのそかせている。


 この男は少年の、トイの命を奪った張本人だ。

 その代償は当然自らの命を持って償うべきであろう。


 ヒッ! と嗚咽のような短い声が、残った男の口から漏れた。

 零を見て恐れを抱いたようだ。それはまだ少年の顔であるが、そこに今宿った瞳は獣のソレであった。


 気づいたら再び詠唱が口から飛び出ていた。聖神ミコノフの名を刻み、風神ジェードに呼びかける。


 離れてるそいつの首を切り落とすイメージで――


 その時。再びガサゴソと枝葉が揺れた。仲間!? と零の心魂に緊張が走った。

 流石にここで援軍が現れては、勝てる保証などない。


 だが、それは零の杞憂で終わった。


「トイ!」


 そこに姿を現したのは、トイ・シャイルの姉、紫髪のジェン・シャイルであったからである。




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