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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
14/89

少年の狩り

 街道は少年が歩き始めて程なくして、正面と右とに分かれていた。

 零が件の彼女を追ってきた時には、この正面に続く道側から辿ってきた筈である。


 正面といっても真っ直ぐに伸びる道ではなく、ある程度は曲がりくねっている。

 それは右に続いている道も同じであった。


 緩やかな曲線を描きながら続いている。幅は零が辿ってきた側に比べれば細い。

 大きな馬車ならば道から車輪がはみ出してしまうだろう。


 そんな事を考えながら零が宙空から眺めていると、少年は躊躇わずその細くなった右の道へ進んだ。

 

 その先はなだらかな起伏の丘陵地帯を道が続いているが、少年は気にすること無く足取り軽く進んでいく。

 少年が一人で出歩いて大丈夫なのか? と少し不安も感じた零だが、彼が歩いてる途中、荷車を引いたふたりとすれ違った。

 

 木製の車輪の付いた正方形の木箱の中には、溢れんばかりの木の実が収められていた。

 恰幅のよい朗らかなおばさんが、その中から一つ手に取り少年に渡した。


 少年が頭を下げていると、おばさんは彼の頭をひとなでし、何かを告げると、夫と思われる男性が荷車を引き、それを後ろから押してあげながら、少年から離れていった。

 

 見る限りでは、あのまま町に向かうのかもしれない。

 少年はもらったばかりの果実にかぶり付くと、再び脚を進めた。

 果実はリンゴに似た物であった。ただ色が濃い黄色であった。梨も想像したが皮の雰囲気はリンゴのソレである。王林に近い感じか。


 果物を口にしながらも少年は歩みを進めた。

 そして少年が緑溢れる丘を登り切ると、後にはゆるやかな下り斜面が続いていた。

 更に伸びる街道の先には、葉っぱに覆われた木々が密集した森が見える。


 規模的には零が最初に目覚めた森には遠く及ばないが、少年が一人で入るには十分広く感じられる事であろう。

 

 



 街道は森の中まで続いていた。人が出入りできるように森の一部が切り開かれているようである。

 木々は広葉樹と針葉樹が混合しており、見回す限りは全て高木である。


 森の中には何人かの大人が樹木に上り、先ほどみたような果実を落としてそれを相方が籠で受け止める等の作業を行っている。

 また他にも木々から樹液を集めてるような者も見受けられた。


 少年はそれらの作業中である大人たちに笑顔で挨拶しながら街道を進んでいく。

 これだけ人の姿があるなら、危険はないなと零は安堵する。


 だが、少年はある程度進み、他に人がいないような場所まで進んだかと思えば、そこから脇にそれて木々の中を掻き分けるように森の奥へと歩みを進めてしまった。


 それを見て再び零は不安になり、彼の後ろをピタリと付けて追いかけた。

 少年が歩く度に葉の擦れあう音が零の耳朶を打つ。


 途中土から飛び出た根に躓きそうになったりして危なっかしくも感じたものだが、少年は歩みを続け、暫くして広めの空間に抜け出た。


 少年の視界の先には水の溜りが見えた。湖というには小さく、池と表現した方がいい程度のものだろう。


 森の中にポッカリと空いた空間は、下草も短く今は少し薄暗い。

 こんなところに来て一体何をする気なのだろう? と零は疑問に感じ小首を傾げた。

 

 遊ぶにしても一人で来て楽しめそうな場所にも思えない。

 そんな事を零が考えていると、木々の間からヒョコッと小動物が姿を現した。

 

 見た目には兎に近い。ただ耳は零の知っているものより長く感じられ、背中に向けてダランと垂れている。

 尻尾も長く、目もアーモンド形で黒目がない。


 その兎型の小動物と少年の目が合う。いや寧ろ少年の方から目を合わせた形か。

 零はその光景がよく見えるよう、少年と兎を結ぶ線の中心近くに場所を変え少し横にずれて浮き上がる。


 視界に映るは見つめ合う一人と一匹。視ようによっては微笑ましくもある光景だが……その間には妙な緊張感が渦を巻いているような、そんな気配が漂っていた。


 兎は少年と目を合わせてから一歩も動かない。警戒心を抱いている可能性が高そうである。


 と、その時少年が唇を動かし何かを呟いた。同時に両手を胸の前で合わせ、目つきも真剣な物に変わっている。


 そして合わせた掌を少し広げ、何かを包み込むような――そう、手の中に収まる球を更に両手で圧縮していくようなそんな所為。


 零は目の前で起きた現象にすっかり目を奪われた。見開いた双眸で、その光景を見据え続ける。


 少年の構えた両の掌の中に何かか動いていた。それは翡翠色の物体、いや現象と言ったほうが良いのか。

 その謎の現象は掌の中で激しく渦を巻くように回っていた。


 少年はその間も何かを呟き続けている。渦は縦と横を交互に繰り返しているようで、それがビュン、ビュン! と激しい風切り音を奏で続けている。


 そして少年は何かを口にし続けながら、その両手をあの兎に向けた。すると垂れていた兎の両耳がピンッと立ち、そして弾かれたように尻尾を少年に向けて、後ろ足で必死に跳ね逃げ出した。


 だが、その瞬間、少年が何かを叫んだかと思えば、包んでいたソレを押し出すように前に付きだした。

 渦を巻いていた緑色の現象は、少年の行為によって姿を鋭い三日月型の刃に変え、風の如き速さで下草の生え渡る大地を駆け抜けた。


――兎型のその生物は特に鳴き声を上げることはなかった。

 上げる暇もなかったのか、もともと鳴かない生物だったのかは零にも判断が付かない。


 だがそれでも確実に判ることが一つあった。

 その生物が死んだという事実である。

 少年の行った謎の行為によって、白い生物の上下は完全に分断された。


 刃が駆け抜けた瞬間、丁度二度目のジャンプを行った瞬間であり。

 少年がどこを狙ったかは不明だが、それによって胴体が上下に真っ二つに割れたのである。


 グシャリという嫌な落下音が耳に残っているようであった。

 白を一瞬にして赤に変えたその行為は決して気持ちのよいものではない。


 しかもそれがそれからも暫く続いた。

 少年は近くに現れた動物たちに同じような行為を続け、狩りをし続けていったのである。


 いや、それは狩りともいえないか……日が落ち始め空が茜色に染まり始めた頃、少年はその行為を止め帰り道を歩き始めたのだが、彼の行為によって切り刻まれた生物たちはそのままであったからである。


 狩りであればこんな真似はしないだろう、というのが零の考えであった。

 これでは一方的な残虐行為である。

 ただ零はまだこの世界の常識を知らない。そもそも少年のやった事ですらそれが何か理解が出来ていない。


 あえて自分の中の知識でそれをあらわすなら魔法という言葉がしっくりくるのだが……

 

 どちらにしても彼がその魔法らしきもので行った、一見とても残酷な行為は、この世界においては何か特別な意味がある可能性もある。


 ただそれでも零は、死にゆく生物達へ両手を合わせることを忘れなかった。

 せめて安らかに眠ってほしいとそんな思いも込めて、ペコリと一つ頭を下げ。


 そして零も再び少年の後を追った。





◇◆◇


 少年が町に戻った時には、既に日は西の空で沈みかけていた。

 茜色から夕闇に、そして町は夜の帳に覆われる。


 教会の鐘の音が聞こえてきた。多くの人びとが其々の家に戻っていく。

 少年も例外なくすれ違う人々に挨拶を交わしながらも、自分の屋敷に戻っていった。


 柵を潜り、扉を開ける。煙突からはモクモクと煙が上がっていた。きっと夕食の支度が進んでいるのだろう。


 零も扉をすり抜けると、丁度彼女がパタパタと駆け寄ってきて、少年に抱きついたところであった。

 その大きな果実に少年の頭を埋めている。


――少しだけ羨ましいなと零は思った。


 それから彼女は暫く少年の事を弄くり回し、少年の手を取り嬉しそうにダイニングルームへ向かう。


 テーブルの上には、相変わらず食欲をそそりそうな美しい盛り付けをされた食事達が並んでいた。

 蝋燭の淡い光は食材にどこか優しさと柔らかい印象を与える。


 ふたりの食事は昨日と同じように進んでいた。互いに笑顔で。

 これだけ広いテーブルにも関わらず、少年のすぐ斜め隣に彼女が座るため、テーブルは空きスペースがやたら多く感じられる。


 勿論それは彼女が少年に食事を食べさせてあげるという行為による為だと思うが。


 少年は自分でもしっかり食事を食べれるのだが、彼女がちょいちょい口に運んであげると素直にそれに応じていた。


 そうやって仲睦まじげに食事を摂るふたりであったが、ふと少年が何かを得意げに話しだした。


 両手を大きく広げたりと少々大げさにも感じられる身振りだが、声も大きくとても楽しそうに話している。


 そして零はその身振りの一つから、彼が何を話しているのかを理解した。

 その所為は明らかにあの森で彼が不思議な力を発動させたあの再現であったからである。


 零はなんとなく彼女の様子も気になり、ふたりの表情がよく見える位置に移動した。

 すると彼がやはりどこか得意気に鼻の下を指で擦って見せた瞬間――


 弾けるように彼女が席を立った。そして直立し少年を見下ろしている。

 その表情はこれまでと一変していた。

  

 少年を溺愛し、常に少々行き過ぎともいえる程に可愛がり、慈愛に満ちた表情で見ていたその様子が今はない。


 そこに今あるのは怒りだ。目つきを尖らせさながら般若のような様相で少年を、キッ! と睨み。


 そして激しく怒鳴った。料理の乗った食器が震えるほどの怒声だ。

 あまりの剣幕に、少年もビクリと肩を震わせ、見開いた両目で彼女を見上げる。


 その彼女は、少年の両肩を強く握りしめ、更にまくし立てるように言葉を並べた。

 

 咎めの言葉で有ることを零にも理解できた。その理由もなんとなく判った。


 彼女は間違いなく少年の取った行動について、怒りを露わにしているのだろう。

 その様子は見るに悪いことをした子供をしかる母親さえも連想させる。

 勿論、相当に強烈な叱咤であるが。


 だが、暫くの間彼女の然りが続いたが少年の顔も段々と歪んでいっているのが判った。

 それはどこか悔しそうにも見えた。


 そして、今度は少年が顔を上げ、何かをぶつけるように彼女に向かって口を開いた。

 そして両目を瞑り、何かを叫んだ――その瞬間、パァァアァアン! という肌を打つ音が波紋のように広がった。


 彼女の右手は振りぬかれていた。ビンタだった。

 その細く靭やかな指を持つ右手で少年の頬を打ったのだ。


 少年は呆けていた。彼女も、ハッ、とした表情になり叩いた右手を左手で抑えた。

 形の良い眉を寄せ、戸惑いの表情を覗かせる。


 そして押さえていた右手をゆっくりと少年に伸ばそうとしたが……少年は再び何かを叫びあげ、彼女の手をすり抜け走り去っていった。


 彼女がその後姿に叫びかけるが、少年はきかなかった。

 その様子に心配になった零は、どこか落ち込んだ様子の彼女を一瞥した後、少年を追いかけることに決めた。




 


 


 

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