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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
13/89

彼女と少年

 その建物は街の北西に当たる位置に存在していた。

 そこは彼女があのゴブリンの首を渡していた施設のある付近に当たる。


 殆どの建物は完全に明かりが消えていたが、この中だけは扉や窓から淡い光が漏れていた。

 そして壁の向こうからは人々の話し声や、何か楽器を演奏するような音に歌のようなメロディーも混じっている。


 零は興味本位で建物の中に魂を踏み入れた。一応礼儀を守って建物をみて左側の入り口から入るようにする。

 勿論扉を開くことが出来ないため、身体をすり抜けさせた形ではあるのだが。


 入ってみて一目見て理解したのは、そこは恐らく酒場なのであろうなという事だった。

 別に推理するのに難しいことはなかった。

 入り口から入って若干横長の空間には、木製の丸テーブルが八セットほど用意されており。


 更に正面から見て奥のカウンターらしきテーブルには、バーテンダーのような格好をした男が酒を作って客に振舞っていた。

 

 その様子を見れば誰でもここが酒場であるぐらいは予想がつく。


 席は殆どが客で埋まっている。

 丸テーブルには其々、背もたれ付きの木製椅子が五脚、五人がけのタイプなようだ。


 入り口から入って右奥の壁際では、先の尖った鍔付きの羽根付き帽子を被り、赤と白が菱形に並んだデザインのコートと、やけに太腿から膝に掛けての膨らみが大きい黒に近いダークブラウン色のズボンを穿いた男が、音楽を奏で歌を歌っていた。


 零には言葉は判らないが良いメロディーである。容姿も美しい。

 手に持っているのは弦の付いた楽器である。ギターやバイオリンのような形状だが、零の記憶にあるものと比べると彼の持っているものは一回りほど小さい。


 だが指さばきは巧みで、なんともいえない優しい音色が心地よく、思わず聴き入ってしまいそうになる。


 ただそれ以上に周りの喧騒も耳を打つので、音楽に集中し切れ無いのが欠点か。

 ただ誰にも見えていないであろう零が文句を言っても仕方がないし、そもそも酒場で煩くするなというのも野暮であろう。


 改めて店内を見渡す。客層は様々。Tシャツを来てバンダナを巻いた漁師風の男や、わりと小奇麗な身なりできている男。

 白髪の老人に、革の鎧に身を包まれた屈強な男など。


 また女性の姿もちらほらみられたが、誰もがキツイ目付きをしてるようにも感じられる。

 男たちに混じって酒を飲むぐらいの女は、零のいた世界とは違い、気が強くなければやっていられないのかもしれない。


 ただ男と飲み比べをしてる女にしても、がははと大口開けて笑う屈強な男にしても、カウンターで静かにコップを傾ける客にしても皆幸せそうな顔をしていた。

 ここはそれだけ良い町という事なのかもしれない。


 音楽も聴き、お客たちの様子もひと通り認めた後は、零は店を後にし、再び元の屋根の上に戻っていった。


 寝転ぶような姿勢を保ち、浮遊したまま空を仰ぎ見る。星と月がやはり綺麗だ。

 それだけ見てるとここが異世界だとは信じられない気もする。

 だが、街の景色をみれば嫌でもここは元の世界とは違うんだと思い知らされることにもなるのだが――


 眠ることのない零は色々な事を考える。魂のままで消えることは無いのだろうか? あの死神はどこにいったのか。

 何となく気になって付いてきては見たものの、これからどうするべきか……


 だが、不思議と地球の事はそれほど頭には浮かぶことがなかった。家族の事ですらもだ。

 ただし、自分を最後まで心配してくれていた勇猛の事だけは気がかりではあったのだが――





◇◆◇


 教会からの鐘の音が街中に鳴り響いた。東の空からはまだ僅かに太陽が頭を出した程度で、まだまだ薄暗い時間ではあるが、漁師や教会の牧師達は活動を始めている。

  

 教会の外を数名の若い男が掃除を始めているし、奥さんに送り出された日焼けした男達が港に向けて歩き出す。


 建物の煙突からは黙々と煙も上がりだしていた。それは零が横を向いた先に見える煙突からもだ。

 

 屋根を潜り、台所に向かうと、件の彼女がナイフ片手に食材を切り始めていた。

 竈には火がくべられ始め鉄製の鍋がその上に置かれている。


 零は結局その料理に精を出す彼女の姿を、ずっと眺め続けてしまった。

 もともと美しい顔立ちをした女性である。それでいてあの異形の首を一撃のもとに跳ね去った実力の持ち主でもある。

 だがあの時の獣にも似た威圧感を放っていた姿と、今の家庭的な姿は一見するとまるで別人のようにすら感じられ――いつの間にか眼が釘付けになっていた。

 

 眺め続けていても全く飽きがこないのだ。





 目覚めた彼が、二階からダイニングルームにやって来た頃には、既に食事の準備は粗方整っていた。


 テーブルの上に並べられたのは色とりどりの野菜がふんだんに盛られたサラダと、オレンジ色のスープ、ゆで卵に後はパンである。

  

 パンは細長いフランスパンのような物と、食パンのような物(見た目には間違いないが確信が持てない)の二種類がバスケットに盛られている。


 パンに付けるバターのようなものも用意されていたし、サラダやゆで卵には、テーブルに置かれた細長い容器を振って塩のような物を掛けていた。


 確信は持てないがバターはともかく、海に近いこの街では塩は普通に作られてるのかもしれない。


 ふたりは相変わらず仲が良い。彼女はパンを食べやすい大きさに切っては、彼に食べさせて上げている。


 ただ彼自身は自分でもパンを手にとって食べてもいる。自分で何も出来ないというわけでもなさそうだ。


 実際食事が終われば彼も一緒に後片付けをし、皿を洗ってもいる。


 食後はふたり暫く談笑し、その後は彼女は家の掃除に入っていった。

 立派な佇まいの屋敷ではあるのだが、使用人などはいないらしい。

 

 そして教会の二度目の鐘が鳴り響く頃、彼が屋敷の外に出た。

 零はこのまま掃除を続ける彼女を見続けても良かったのだが、なんとなく気になり彼の後を追うことにした。


 少し離れた位置から数メートル程浮遊して、俯瞰するように眺める。

 彼が向かったのは、町の中心で円状にぽっかりと空いたような広場であった。


 そこで零は、彼が彼女の良い人なのかもしれない、という考えについてはないという結論に達することとなる。


 理由は広場にいた、彼と同程度の年齢に見える少年少女たちの存在だ。

 彼は広場に着くなり彼らと話だし、何やら一緒になって遊びだしたからだ。


 つまり彼が見た目とは裏腹に、年齢的には成熟した大人かもしれないという予想は間違っていた事になる。


 まさか一緒の彼らまでも見た目は子供だけど実際は大人って事はないであろう。

 そもそも大人ならそのような遊びに興じてもいられない。


 町の様子を見る限り、既に大人は忙しなく其々の仕事に動き始めているからだ。


 少年少女は彼も含めて五人いた。その内四人は彼と同じく緑髪、ひとりだけ空色の子がいる。見た目には中性的な顔立ちをしており男か女かは判別が付かない。


 他にはセミロングでこの年令にしては胸の大きな女の子や、眼鏡を掛けた男の子、恰幅のよい太めの男子もいる。


 少年少女達は最初は追いかけっこのようなもので遊んでいたが、それが終わるとチョークのようなもので地面に円を描き、その中に入って其々が持ち寄った木剣でチャンパラを始めた。


 ただそれは遊びとは思えないほど其々真剣な表情で競い合っている。

 負けたほうが抜け入れ替わるという形のようだ。

 やはり見た目の通りと言ってよいのか、太めの少年が圧倒的な力で挑戦者を打ち倒している。

 ただセミロングの少女は、女だてらに中々の剣捌きであり、しばらく木剣を互いに交差させた末、ついに彼の剣を弾いた。


 それで勝負は決まりである。チャンピオンが破れた事で、今度は彼女が挑戦をうける形だ。

 そして相手は零が追ってきた彼である。ただ、みたところあまり剣術は得意そうに思えない。

 零はコボルトの身体に憑依した経験があるので、剣術については多少は判るようになっていたのだ。


 勝負は一方的であった。少女の剣捌きに彼は防戦一方で結局何も出来ず木剣を弾かれ、輪の外で尻もちさえ付いた。


 その姿を見て、太めの少年が馬鹿にしたように笑い出す。

 それに腹が立ったのか彼が起き上がり指を突きつけながら何かを訴える。言葉は理解が出来ない。

 だがお互い揉め合っているのは判る。


 太めの少年が逞しい腕を組み、何かを言い返すと、ムキになった様子で腕を横に振るい彼が何かを叫んだ。

 すると太めの少年は一旦は眼を丸くさせ、直後に大口を開けて更に豪快に笑い出す。


 そして更に続けて言われた何かに、彼は俯き悔しそうに肩を震わせた。

 そしてそのまま彼らから離れるように歩き出す。

 空色の子供が引きとめようとしたが、結局彼はひとりその場を後にした。

 

 少女が太めの少年に何かをいっている。腰に左手をあて、右手の指を上下にふって咎めているように感じられた。少年もバツの悪そうな顔をして頭を擦っている。


 その様子を見た後、零は彼の事を再び追った。何となく心配になったというのも理由ではある。


 彼はその脚で町の入り口まで歩いて行った。出入口となる門の前では番の男が立っている。腰に剣を差し持ち、革の鎧に身を包まれた男だ。


 見た目には二十代ぐらいで、大体の人々と同じように緑色の髪をしている。

 丸みを帯びた瞳からは人当たりの良さも感じられた。


 そして彼は門番と何かを話し、それに門番が返事をして、彼が大きく頷いた。

 すると彼は門番に手を降って町の外に出た。門番も同じように手を降りながら、比較的大きな声で彼に何かを告げた。


 そして門番を振り返り数度頷いた後、彼は草原に伸びる街道を単身歩き出したのだった――

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