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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
12/89

港町

 初めて訪れた異世界の街は、中々活気に溢れていた。

 勿論それはあくまで、これまで訪れた村と比べての事で、零が暮らしていた現世での街並みとは比べるのも馬鹿らしくもあるが。


 とは言え外に出ている人の数は多く、少なくとも零がくらしていた住宅街よりは人々の交流も活発に行われているようだ。


 そして人々の姿をみてまず思ったのは髪の色である。

 男女共に緑色をした人物が多い。

 濃い薄いの違いはあるが、染めてるようには感じられない。

 追ってきた彼女は紫であったが少なくとも今外に出てる人物に紫はいない。

 ただ銀色や空色といった人も緑に比べれば少ない感じであるが存在した。


 彼女は歩きながらも、すれ違う人物には老若男女問わず挨拶を忘れなかった。

 

 零は彼女から一旦目を離し、町の様子にも目を配った。海辺の町だけに奥の方では船着場のようなものも見え何隻かの帆船が碇泊している。

 人を大量に乗せて運ぶような船は今は見当たらない。


 海岸では魚が水揚げされているのも確認できる。どちらかという漁船が多いのかもしれない。


 上空から町の様子を観察しつつも、女剣士の行方を目で追い、後に付く。

 零は現代での知識が役に立つかは判らないが、とりあえず太陽の位置から考えて海岸側を南とする事にする。


 そして彼女は、町の北西側にあたる一件の平屋の建物に入っていった。

 材質は木造。そもそもこの町、いやこれまで立ち寄った村もそうであったが木造造りの建物が多い。


 零は彼女の後を追うように建物に飛びよる。木製の扉の上には看板が掛けられていた。

 文字は判らないが、掘られた形は判る。

 羽の付いた靴が二足描かれていた。


 どうやら文字以外のデザインなどは零のいた世界に通じるものがあるようだ。

 零はそんな事を考えながら、ドアノブに手をかけようとしてハッとした。


 その必要がない事をうっかり忘れていた。

 零は扉をあっさりすり抜け中に入る。当然誰も気づくものなどいない。


 建物の中は清掃が行き届いているように思えた。

 外から見るよりは広くも感じられる。

 入り口から入って正面には木製のカウンター。

 右側には丸テーブルとそれを囲む椅子が何セットか置かれている。

 

 現在はテーブルに、彼女と同じように、革の鎧を来て腰に剣を吊るした者。

 軽装ではあるが、眼光の尖そうな人物。

 女性の姿もチラホラ見える。

 零が追ってきたのも女性であるから不思議では無いが、それでも彼女達が剣や斧を携えている姿には戸惑いも感じる。


 勿論零が追ってきた女剣士もその部類に違いないのであろうが――


 その肝心の彼女は、カウンターに立っている屈強な男と談笑してるようであった。

 お互い笑顔である事から親しい間柄であるのは判る。


 彼に限らず、彼女は町を歩いてる時も、すれ違う人に笑顔を見せ、相手も同じように返していた。

 この町によく訪れているのか、そもそもこの町に住んでいるのかどちらかなのかもしれない。


 彼女とカウンターの男との話は間もなく終わり、そして彼女はカウンターに件の頭の入った袋を乗せた。


 男が中身を確認し、驚いたように目を丸くさせる。

 そして彼女の話を聞きながら顎に指を添え、数度頷いた後、屈み込み、何か袋を取り出した。材質は麻のようにも思える。


 男は袋の中から、金貨を数枚取り出して、テーブルの上に乗せた。彼女はそれを受け取り懐にしまうと、軽く頭を下げて、手を振りながらその場を後にした。


 これらの所為から、【冒険者】というフレーズが、零の精魂を過った。生前見たゲームや小説での知識だが、ギルドで何かしらの依頼を受け、達成し報酬を得る事で生計を立てる人々を冒険者と呼んだ筈である。


 そう考えれば、この場にいる戦士風の人達の事も合点が行く。

 ただそうなると、と零は外の看板を思い出す。あのデザインに若干違和感を覚えたからだ。


 とは言え零は、その感情は一旦置いておき、再び彼女を追った。

 身軽になったであろう彼女は、それから青果や、水揚げされた魚介類を並べてあるお店に立ち寄っていた。


 町の南西にあたるこの一帯にはこういった商店らしきものが軒を連ねている。


 彼女はそこで買い物を済ましていた。野菜、果物、肉、魚介類、太陽の位置から考えると夕食に使う食材なのかもしれないと思える。


 町に付いたことで彼女の動きは外に比べるとゆったりとした感じに変わっていた。

 その為か零も、じっくりと彼女を観察する事が出来ている。


 そして零は少しだけ彼女の女の子っぽい部分を見つけた。よく見ると腰に布で作られた人形がぶら下がっていたからだ。

 ハンドメイド感の強い人形で、人の形をしていた。中々良い出来で可愛らしい。


 しかしこれらの事を踏まえると、恐らく彼女はこの町で暮らしているのだろうなという推測は出来る。


 そうでなければ、これほどの材料を購入したりはしないであろう。


 案の定、買い物を終えた彼女が向かった先は、町の南東にある一軒家であった。

 二階建てで白色の木造家屋である。

 ただ白と言っても色を塗ったという感じではない。白木造りの家と言って良いだろうか。


 そして家の周りには同色の柵が設けられ、中には綺麗な花の咲いた花壇が設置されていた。よく見ると建物の脇に小さな畑も見える。

 零の感覚で言うと家庭菜園といった感じの物だ。


 建物自体は玄関の扉から屋根に至るまで白で統一されてあり、清潔感が感じられる。


 彼女は柵の一部が扉となってる部分を引き、庭を通り過ぎ三段ある階段を上った。

 どこか足取りが軽く感じられた。

 何故だろう、鼻歌のようなものも聞こえてくる。


 先ほどの建物のやり取りでは、笑顔を見せながらも、どこか真剣味のある空気を発していたが、今の彼女からは張り詰めたようなソレは完全に消え失せ、どこか浮き足立っているようにも感じられた。


 建物と同じ白い戸を開け、中へを脚を進めていった。零は一瞬躊躇する自分がいたが、ここまで来た以上はと、意を消して扉に向けて突っ込んだ。

 

 中に入った彼女が戸を閉めたが、当然零の身体はソレをすり抜け、すぐ先に細く靭やかな背中を見た。

 思わず急ブレーキを掛けたように動きを止める。


 魂の状態では慣性の感覚は無いため、すぐに止まることが出来た。

 しかし、そのままでは落ち着かないので天井に向かって浮き上がる。


 天井までは吹き抜けになっていて、床からならば見上げるほど高い。

 天井の色も白と統一感のあるものだ。


 扉を抜けてすぐはエントランスで、異世界に来る前に零の暮らしていた六畳の部屋なら四部屋ぐらいは軽く収まり気がする。

 靴脱は無く、フローリングのような床で、靴を履いたまま歩きまわる習慣なようだ。


 入り口を入って右斜め前には、ゆるい曲線を描いた階段が設置されてある。

 天井を見ると、小型のシャンデリアのようなものも見えるが、灯りの元は電気では無く、蝋燭である。


 今は消えてはいるが、きっと日が落ちると点けるのであろう。

 昇り階段に差し掛かる手すりの横には彼女の腰ほどの台と陶器製らしき壺が置いてある。

 零には美術の知識はないが、中々落ち着くデザインが施されていた。


 壁にも絵画と思われるものが掛けられてある。風景柄や人物画等だ。

 そして二階へ続く階段を上がったところは、床面が張り出したようになっており、その正面の壁にも絵画が掛けられていた。

 それには二人の小さな子どもを抱く男女の姿が描かれていて、優しい微笑みを浮かべている。


 ふと、彼女が声を上げた。よく通る声だ。

 言っている言葉は理解出来ないが、どことなく弾んでるようにも感じられる。


 ドアの開く音がした。バタンと言う音が階段の上の方から聞こえてきたのだ。

 二階の壁に掛けられた絵画の下方にはアーチ状の入り口が一箇所設けられている。


 その奥からパタパタという可愛らしい足音が響いてきた。と、思えば、一人の少年が二階の手すりから顔を覗かせ手を振った。


 零にとっては勿論初めて見る顔のはずなのだが、どこか見覚えがあった。

 髪は淡いグリーン、身長は彼女の大きな胸が被さるぐらい。クリクリっとした大きな瞳に柔らかそうな肌。

 零からみて小学生ぐらいの年齢に感じられる。


 しかし何故見覚えが、と顎を擦りながら、ふと彼女の腰にぶら下がっていた物を思い出した。

 そうだあの人形だ、と。


 少年が階段を駆け下りると、彼女もまた彼に駆け寄った。満面の笑みを浮かべ、両手を広げ、その小さな身体に飛びつき抱きしめる。


 ゆるっゆるの笑顔で、自分の頬を少年の頬にこすりつけ、スリスリと擦りつけていた。

 少年は片目を瞑りながら少し照れくさそうにしている。


 零はその光景を見下ろしながら、二人の関係を考えた。

 親子? ではない。それだといくらなんでも年が合わないからだ。彼女はどう上に見ても零と同じか精々ひとつふたつ上ぐらいにしか思えない。


 そうなるともう考えられるのは姉弟でしか無いのだが……。


 今眼下では、彼女が少年の上に覆いかぶさり、猫や犬のように、その頬を舌でペロペロと舐めている。

 ハァハァと息まで荒くさせている辺り、姉弟のコミュニケーションにしては行き過ぎではないかと思えるぐらいだ。


 正直このまま何かが始まってもおかしくない気さえする。

 だがそうなると、有力なのは恋人か何かか? というところだが、やはり年齢が気になってしまう。


 それとも異世界ではこれぐらいの歳の差は当たり前なのだろうか?

 そんな事を思いつつも、正直コレ以上みてるのはあまりに気恥かしいので、零は一旦家を離れる事にした。


 別にどこからでも自由に出られる身ではあるが、零は律儀に玄関から家を出て、町中へと魂を進めていく。


空は茜色に染まっていた。もうすぐ日が落ちる時刻なのだろう。どこからか鐘の音が聞こえてきた。

 音のする方へ移動すると、町の北東部に白い石造りの教会があった。

 

 三角屋根の建物が二つ並んでるような造りで、二つの峰の間から四角錐の塔が突きだし上に伸びている。


 その先端は半球状の屋根になっていて、壁が前後左右に繰り抜かれ、中に開いた空洞内に銀色の鐘が収められている。

 その鐘は天井から吊り下げられているようで、頭を剃り上げた若者が、木製のハンマーのような物で鐘を打ち鳴らしていた。


 青年は白いローブに身を包まれている。

 この教会の神父か何かだろうかと零は考えた。


 鐘の音が町中に鳴り響くと、人々は忙しなく移動を始め、家の中へと入っていった。

 零は何かで時計が一般的ではなかった時代には、教会の鐘で人々は時刻を知ったというのを見たか読んだかしたかを思い出す。


 成る程、それで鐘の音に合わせて皆が移動を始めてるのだなと、一人零は納得した。

 港では、船を囲んでいた漁師のような男たちも後片付けを始めている。


 零が追ってきた彼女が買い物していた店舗も店じまいのようだ。

 二十四時間開いているコンビニを知ってる零からしてみたら、こんな時間に一斉に店が閉まるのは逆に新鮮ですらある。


 町の住人が次々と家に戻っていくのを見て、零も再度、二人の住む屋敷の扉を抜けた。

 少しだけ緊張感もあった。

 今あの二人はどうしてるのだろうか? と。


 だが二人の姿はエントランスを抜けた先の、ダイニングルームと思われる広間にあり、彼女が鼻歌交じりに料理の準備を進めていた。

 広間の中心には二人で使うには少々大げさな感じがするテーブルが置かれていた。


 それも他の材料と同じで木製であるが、漆を塗ったかのような光沢のある茶色で、高級感漂う作りであった。

 脚の部分にも鮮やかな掘り細工が施されている。


 屋敷の大きさと高価そうな調度品。それらの事からこの二人はそれなりに身分の高い者なのかもしれないと零は予測した。


 そうしてる内に、テーブルの上に次々と料理が並んでいく。

 海が近いだけに魚介類が多いようだ。

 果実を切り、盛りつけしたものも並んでいる。

 

 彼女のセンスは中々のものだ。テーブルに並べられた料理は色彩も鮮やかで、見るだけで食欲をそそるように感じられた。


 二人が席につくと、心臓に当たるいちに手を添え、そしてそのまま手を握りしめ胸から額に拳を滑らせ、そして何かを呟いた。


 零からしたら初めて見る作法である。ただ雰囲気的には零がいた国での頂きますや、胸の前で十字を切り、神に祈りを捧げるかのような、そういった所作に近いものを感じた。


 祈りのような物を終わらせた後、二人が食事を始めた。

 この世界での食事はナイフとフォークを使うようだ。

 スープ系はスプーンで掬い啜っている。


 お互い笑顔でとても楽しそうに食事を摂っている、微笑ましい光景ではあるが、やはり仲が良すぎる感もある。


 何せ常に彼女が彼にアーンと食べ物を口に運ぼうとしている。

 少年は少年で食事を採っていいるのだが、彼女がフォークの先に刺さった食べ物を口元まで持っていく度に、それに応えるようにパクリと口に含み、照れ笑いを浮かべながらモグモグと口を動かしている。


 これはやはり姉弟ではなく、カップルか何かか? と零は思わずにはいられなかった。

 ただ口の横に付いたソースをタオルで拭ってあげたりする様子からは、家族めいたものも感じられる。


 食事を終えた後は、二人は洗い場らしい所で食べ終わった食器を水で濯いでいた。

 流石に蛇口から水が出るような環境は整っていないのか、木製のボウルに水が張ってあり、それを利用してるようだ。


 そして片付けも終わり、彼女が灯していた蝋燭に息を吹きかけ消した後、二人は一緒に広間を離れた。


 姉弟かカップルなのかが判らない二人だが、彼女に少年は手を引かれながら、一緒に階段を上っていく。


 その背丈の違う後姿を遠巻きに眺めながら、雰囲気的にはこのまま就寝なのだろうな、と零は考え、それ以上後を付けるのを止めた。


 手持ち無沙汰になってしまった零であるが、少し考える仕草を見せた後、エントランスの吹き抜けを超え、天井を通りぬけ屋根のうえに上った。


 その上で寝そべるような格好で浮遊し、空を眺める。視界一面に広がる星の煌き。瞼を閉じ耳を澄ますと、穏やかな波の音が聞こえる。


 もし魂の状態でなければ、このままウトウトと眠りに付いてしまうかもしれない。

 だが、やはりそのまま暫く黙っていても、全く眠気は襲ってこない。

 勿論そんな事はわかりきっていた事なのだが。


 ゆっくりと瞼を開け、零は立ち上がるように浮き、改めて街を見渡す。

 見るに夜の帳に覆われた事で、殆どの家屋からは明かりが消えていた。

 だが、だからこそ明かりの灯る一部の建物は目立つ。


 零はなんとなく思いたつと、その建物目掛け魂体を向け飛び立った。

 どうせこのままでいても暇なだけなのだからと。


 



 


 


 

 

 

 




 


 

 

 

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