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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
11/89

女剣士の進む道

 この森には道といえるような道はない。

 それは零自身、コボルトに憑依していたからよく判っていたことだ。


 だが、それであってもコボルトの肉体であれば、特に問題になるような事は無かった。

 彼らの肉体は、森での長い暮らしから、この地で生きていける最適な姿に変化していっていたのだと思う。


 だが人間はそうはいかない。零自身生前は山や森を歩き回った事もあるからわかるが、平坦な道になれた現代人にとっては、道なき場所での移動は何倍も苦労し、さらに同じ距離でも、移動にかかる時間は相当に膨れ上がるはず。


 勿論普段からなれ親しんでしまえばかなりマシなのだろうが、それでも舗装された道を歩くよりは時間がかかる筈だろう。

 ましてや、いまだ多くの箇所が雨で泥濘んでいるのだ。

 通常であれば慎重にもなりそうなものである。


 では、目の前を進む、彼女はなんなのだろうか?

 今、零は自分が魂として出せるほぼ全力の力を持って彼女を追っている。

 零は魂であるため、立ちふさがる木々はすり抜けて進めるはずである。


 にも関わらずだ。彼女は速かった。

 しかも別に全力で走っているわけでもない。見た感じは歩いているというほかないにも関わらず、この速度である。

 肩にはあの化け物の頭の入った袋を掛け。背中には鞘に収めた大剣を装着し、にも関わらず平然とした様子で、まるで何もない道を歩くがごとくである。


 これでもし駆け足を始めたなら、正直追える自信が零にはなかった。

 いや、そもそも、この動きであれば恐らくだが、コボルトより速いだろう。


 だが、そのことが零にさらなる興味を持たせた。


――彼女は一体何者なのだろう――? と。





◇◆◇


 あれだけ広大に感じた森も、彼女にとっては庭みたいなものなのだろうか?

 その脚は淀みなく、森の出口に向けられていたようで、気づけば彼女を追っていた零も森の外にぬけ出ていた。


 そしてその頃には、すでにすっかり雨も上がり、空には青空と、煌々と輝く太陽が昇っていた。


 外は視界一面が草原であった。どこまでも緑の絨毯が広がっているような、そんな印象を受ける。

 

 勿論その中には多くの植物の姿も見れた。

 それは大体は零もどことなく見たことがあるような物が多かった。

 またコボルトの知識から知っているものもある。


 だが、あまり風景を楽しんでいる暇はない。何故なら外に出てからも彼女は休みなく脚を動かし続けているからだ。

 

 零は高度を少し上げた状態で、彼女の姿を追い続けた。すると、数百メートル先に、草原に敷設された道を見つける事ができた。


 どうやら彼女もそこを目指し進んでいるようだ。


 道にはそれほどの時間も掛からず辿り着いた。勿論道と言っても零が生きていた時代のような、アスファルトで舗装されたようなものではない。


 恐らくは道とするその部分だけを一度掘り、下草をどかした上で再度埋め直し固めたのだろう。

 だがそれでも道の凹凸の少なさから、丁重な仕事であることは窺い知ることが出来た。


 彼女は道に脚を踏み入れると、少しだけ速度を落とした。

 零は安堵の表情を浮かべる。ここから更に速度をあげられたならばどうしようかとも思ったものだ。


 とは言え、やはり彼女の歩行スピードは早い。零は付いて行くのがやっとである。

 零は魂の状態で過去、走っている原付きバイクの後ろをピッタリと付いてまわるぐらいの事は出来た経験がある。


 つまり、彼女の歩行速度は最低でもそれぐらい速いと言うことになるのである。


 正直見た目だけであれば、人間と変わらない女の子である彼女が、なぜそのような超人的な運動能力を有しているのか、零には皆目検討もつかない。


 いや、とは言え今零がいるのは異世界である。その異世界の住人からしてみたら、もしかしたら人がこれぐらいの動きを見せるのは当然なのかもしれない。


 そんな事を思いながら、とにかく彼女の後を追いかける零であったが、少なくともこの世界の住人が全て彼女のような動きをみせるわけでは無い、という事が途中判明した。


 彼女がひた進む道の向こう側から、一台の馬車が走って来たからである。

 御者台には、四十代ぐらいの男性が乗っていた。

 そして彼女に目を合わせると、一度馬車を停車させ、彼女もまた歩みを遅め、男の前で立ち止まった。


「※§πα§※」


「ΑαδΔ※」


 零は二人が何か会話しているんだという事は理解も出来たが、言葉の意味はさっぱり知ることが出来なかった。

 どうやらコボルトの知識だけでは、この世界の住人の言語は知ることが出来なかったようである。


 仕方がないので零はとりあえず、男の身なりと馬車に着目した。

 彼は鼻の下で髭を整えてある、若干痩せ型の男であった。

 

 御者台の上に座ってはいるが。それでも平均的な男性よりは小柄な感じに見える。

 頭にはパンチング帽のような物をかぶっている。材質は詳しくは判らないが綿に近いものかもしれない。


 黄色みがかった半袖のシャツを着ていて、その上から袖なしのベストのような物を羽織っている。

 下半身には、少し膨らみのある丈が膝下までの短ズボンを穿いている。


 馬車は二頭の馬が引いている形で、引かれているのは荷物が積載された屋根なしの荷車である。


 零のイメージではリアカーがこれに近い。

 載せられているのは食料品が中心のようにもみえ、野菜や果物が多く見受けられた。


 零は話している内容こそ判らなかったが、恐らくは彼は商人のようなものでは無いかと予想した。行商と言ったほうがいいのかもしれない。どこかの町から町へ積み荷を運び、商売しているのではないだろうか。


 そうなるとやはりこの道は街道にあたるのだな、と零は一人納得した。

 そんな事を色々考察していると、どうやら話は終わったようで、お互いに笑顔で会釈しまた歩みを再開した。


 この時、零が彼女が特別なのではないかと思ったのは、馬車の速度が極めで常識的なものであった事が要因である。


 もし、誰もが彼女のような動きを当たり前に出来るとしたら、このような馬車に頼るのはおかしいではないか、それが零の考えである。


 勿論、積み荷がある以上、一概にそうとは言い切れない気もするが、とは言え、やはり彼女程の体力と運動能力を誰もが持っているなら、自分で引いたほうが早いのでは? とも思える。

 

 なにせ彼女はこの速度で、半日以上は軽く移動し続けていたのだから――





 彼女の後に付いて零が気づいたのは、この世界はやたらと緑が多いという事だ。

 とくに先ほどから見える草原は尽きることがなく、地平線の向こう側まで緑の絨毯が伸び続けている。


 勿論草木も多く、道中も何箇所か森の中をくぐり抜けた。とは言ってもあのコボルトのいた森ほど大きくは無かったが。


 そして草原のそこかしこに綺麗な花々が咲き乱れてもいる。

 もし感覚が残っていたなら、草花の良い匂いを存分に感じ取れた事だろう。

 

 街道沿いには小さな村のような集落も何箇所も見受けられた。田畑に囲まれた村のようで、農作業をしている人の姿も多く見られる。

 

 そういった人の中には、笑顔で彼女に挨拶のようなものをしてくるものも数多くいた。

 それに彼女も笑顔で返していた。

 言葉がわからないので推測の域を出ないが、きっとこの娘はこの辺りの人々に好かれているんだろうなと感じさせる。


 実際あれから馬車にもよくすれ違っているが、皆彼女に気づくと馬車を止め、笑顔を覗かせる。


 どれぐらい彼女の後を付いて来ただろうか? 空が茜色にそまり、そして日が落ち、闇が訪れた。


 その頃には彼女は一件の宿を訪れ、店の主人とやはり笑顔で会話し、何か貨幣のような物を手渡して部屋へと入っていった。

 そこで一旦零は彼女とは離れることにした。

 

 女の子が一人宿泊する部屋に、いくら知られてないとは言え、付いて行くのは気が引けたからだ。


 外に出てみたが小さな宿だった。周りには自分たちが食べるために育てていると思われる畑が数箇所存在するが、それ以外には特に何も見当たらない。


 零はその小さな宿の屋根に腰を落とした。魂なのに腰を落とすというのも妙な話だが、零にはそれが出来たし、ごろんと横になる事も可能だ。


 視界に映る満天の星空が綺麗であった。零のいた世界では中々お目に掛かれない光景である。

 コボルトに憑依してる間は、色々な事がありすぎて、風景を愛でる暇も無かったが、今は少しは余裕がある。


 ただ、難点をいうのであれば、零はやはり眠ることが出来ないのだという事であろう。

 だから、彼にとっての夜は、非常に長く感じられるものであった――





◇◆◇


 次の日の早朝には彼女はもう宿を出た。まだ陽も昇り始めたばかりの時間であり、零のいた世界でいうなら新聞配達員が各家にソレを配り始めるような時刻であろう。


 零はそれから更に追跡を再開した。やはりどうしても彼女の事が気になるからだ。

 そして同じように夜が訪れ、そして宿に泊まりを数度繰り返し……一体彼女はあんなモノを持ったまま、どこまでいくのだろうか? と考え始めた頃、ある変化があった。


 まず彼女の足取りが軽くなってる気がした。気のせいか笑顔もより輝いている気がする。

 そして更に彼女の進む先――零は高度を自分の持ってる力の最大まで上げて、ソレを見た。


 そこには陽光に照らされキラキラと煌く、正しくマリーンブルーという表現がピッタリ嵌る海があった。


 彼女は明らかに其処を目指して脚を早めている。海沿いには町も見える。村ではない、町だ。零がそう感じたのは、これまでに見かけた村とは、明らかに規模が違ったからだ。


 遠巻きにではあるが、建物の数も人の数もこれまでに通りすぎた村に比べたらかなり多そうである。


 更にここが他の村と違ったのは、町の周りを囲む塀だ。いや、今までも村によっては柵に囲まれてる場合があったが、この街は丸太を連ねた塀によって囲まれていた。


 上空から見る分には、その塀は海に向かって半円状に設置されている形であった。

 ただ当然出入りの為の出入口は設けられている。


 町の入り口まで近づいてくると街道にも木製の看板が大地に打ち込まれているのが確認できた。だが当然文字は判らない。

 ただ恐らくは町の名称が刻まれているのだろうという予測を立てることは出来た。


 看板の形が矢印のようになって町を指し示していたのも、そう思えた要因である。


 町が近づくと心なしか彼女の足取りが軽くなっている気がした。零はそんな彼女の後ろからその後を付いて行き――


 そしてこの世界で初めての町へと魂を踏み入れるのだった――


 


 

 

 



 

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