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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第一章 コボルト憑依編
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英雄の死と新たな出会い

 零が高く浮かび上がり、洞穴に目を向けると、巨大な影が闇の中から姿を現した。


 先に見ていたゴブリンの小柄さも相まって、その体躯は山よりも大きく感じられる。


 異形が駆けた。その巨足による踏み込みは、一歩ごとに大地を震わせ、口内から吐出された叫声は大気を貫通し四方八方に飛散した。


 面相に怒りを貼り付け、その視界に収めたであろう、コボルト達を追いかける。完全に頭に血が上っているようだ。


 だがそれこそが零の狙いだ。膂力では決して敵わないコボルトが、いや零が憑依した英雄が、生前の戦いにおいても圧倒的な戦力差を覆すことが出来たのは、それだけの知識があったからであろう。


「こっちだ化け物! この見苦しい不細工野郎が!」


 叫んだのはヴィルだ。今回の作戦において重要な囮役を買ってくれている。

 右手に持った黒曜剣を振り回し。どこかで手に入れたのであろう拳大の石を、厚い面の皮に投げつける。


 ソレはその眼の下程にあたった。化け物はうざったそうに顔を眇める。

 ダメージなどは無いだろう。だが頭に更に血を上らせることには成功したようだ。


 更に脚を早め、目標をヴィルに切り替えた化け物が、歯牙をむき出しに追いかける。

 零が予め決めておいたポイントまで、残り二百メートル程であろうか。

 

 零はそろそろ戻らねばいけないと考え始めていた。自分が行動に移れなければ、この作戦は駄目になる。


 零は更に浮き上がり英雄の身体を確認に戻る。

 だがそこで表情が強張った。枝から身体が落ちてしまっているのだ。

 しっかり括りつけていたと思っていたのだが、化け物の歩みによる振動は予想以上に大きかった。


 零はまずいと魂ながらに焦りを感じた。

 この高さから落ちたなら、身体自体の損傷が激しいかもしれない。

 そうなると例え乗り移れても――再び登るのは厳しいかもしれない。


 零は視線を下に向け目を凝らした。しかし暗いためはっきりとは底が見えない。

 やはりとりあえず降りるしかないか。


 そう思った時、空が青く光った。雷がなったのだ。光と轟音がほぼ一緒だったので、もしかしたらかなり近いのかもしれない。

 だがそれよりも、光に照らされたことで底の様子がはっきりとみえた事が大きかった。


 英雄の身は、途中の枝に上手く引っかかってくれたようだ。

 さすが英雄だ、と零は根拠が無いが、感嘆の言葉を心魂に重ねた。


 零は急いで巨木に沿って下り、英雄の身体に再び憑依した。眼を開くと身体が上下逆さまな気分だったが。上手く身体をおこし、巨木に爪を立てた。


 あの化け物の叫声が聞こえてくる。もうあまり時間はない。槍をしっかり手にとったままであったのは幸いであった。零は槍は口に咥え、そして大急ぎで木を昇った。


 大地が揺れ一緒に巨木も揺れる。相当に近い。間に合うか? いや、間に合わせるのだ。


 零の視界にも、はっきりと天辺が見えた。そして一番上の枝に飛び移り。そして地面を見下ろした。


 下はすっかり真っ黒だが、あの化け物のデカさがあれば。零にも認識することは容易い。

 音が近づき。黒い影もはっきりとその眼に確認できた。


 ヴィルの声も聞こえる。彼には自分が何をするつもりかまでは知らせていないが。それでもきっと予感めいたもので、位置を知らせる事が重要と考えたのかもしれない。


 そしてそれは零にとっても有り難い事であった。足音と声と、そして影。全てが眼下に重なった時。

 零は咥えた槍を、両手でキツく握りしめ、穂先を下に向け枝から飛び降りた。感覚は無いが。落下と共に勢いが増していくのがわかる。

 その視界には。巨大な緑の異形が入り込む。

 英雄を苦しめた異形だ。

 コボルトの生活を脅かした彼らにとって難き敵だ。


 それが今、真下に居る。零はその化け物を確実に捉えるつもりで、意識を集中させる。バランスが崩れないように、魂の全てを鋭敏化させる。


 化け物の肉に槍が食い込んだ。感覚はなくても、メリメリという音が耳に届き、ズブズブと更に奥へ奥へと穂先が突き進む。

 

 まるでそれ自体が一つの意志を持っているかのようだ。全ての体重を掛け、魂さえもその上に乗せる。


 この化け物と一度対峙した際、零は捨て身の覚悟で向かってくるソレに槍を突き出した。

 結局はその槍は勢いに負け殆どは砕けてしまったが、その際に見つけた穂先の一部は化け物の緑の血で濡れていた。

 

 それはつまりこの化け物でも傷を付けることが可能であった事を表していた。だからこそ今回の作戦に零は踏み切ったのだ。


 そして今零が狙ったのは首、もしくは頭だ。そしてその二者択一の内、選択されたのは首であった。化け物は少しだけ頭が前に寄っていた。首から上の重心が前方に寄っていたのである。


 その結果、零の選択は、落下の途中からソレ一筋となっていた。

 槍は食い込む。肉を裂き、血しぶきを上げ、神経を貫き、そして遂には首を貫通する。身魂的手応えは無くても心魂的手応えは感じられた。


 ここまでおそらくは僅か数秒足らずの時間であっただろう。だがそれは零にとってはとてつもないほどの牛歩的な動感。


 その時の流れが、ついに元に戻り、零の意識が覚醒したその瞬間。化け物の悲鳴か怒声か叫声か、大地を震わせ天をつく、狂気の咆哮が周囲に木霊した。


 だが、迸る血しぶきは英雄の毛並みを緑色に染め上げるが、それでもなお化け物は地団駄を踏むように暴れ回り、その生命力の高さを証明した。


(喉を貫いてるのに、まだ! 動けるのか!)


 食い込んだ槍を、決して手放さないように、神経の通っていないその両手を、それでも必至に握り続ける。

 零にとって、感覚がないことは時には長所でもある。なぜなら握力が落ちることがないからだ。握った状態で固定するように集中しておけば、振り下ろされることはないだろう。

 

 だが、かと言って、このまま振り回されっぱなしというわけにはいかない。

 まさか、ここまでとは――こればっかりは零にとってもまたその英雄の記憶を探ってみても、計算外としたいいようがなかった。


 どうしよう――どうしたら――どうすれば。


 そんな考えが、零の心魂を駆け巡る。

 だが、それは意外な方向で解決に至った。


 突如、空が破れ、周囲が青白く発光し、耳を劈くような響きがすぐ目の前で奏でられた。

 そしてそれらの現象が一つに纏まった時、零の目に映る化け物の身は、プスプスと灰黒い煙を上げながら、力なく傾倒していった。


 勿論零の身も巻き込むようにしながらだ。

 更にいえば、その英雄の身体からも同じように煙が上がり、その身体の多くが黒く変色してしまっていた。


 零はその元いた身体を宙から見下ろしながら、自然と一礼を示していた。ごめんよ、という言葉も自然と出た。

 

 せめて身体は綺麗なままで逝かせて上げたかった。それが今の零の悔みだ。

 とは言え、もう零が彼の身体に戻ることはない。

 

 それはもしかしたら身勝手な思い込みかも知れないが。この化け物を倒した事で、彼とその身に宿った零の役目は終わったと感じられたのである。


「ワンヌヴオズイズヌ!」


 その声は零にもはっきり聞こえたし、誰のものかも理解が出来た。身体を失っても魂に刻まれた知識と記憶はなくならない。


「そ、んな――」


 声の主はドヌィであった。英雄の姿をその眼に収めた瞬間、その場に両膝を付きがっくりと項垂れた。親友の死を心から悲しんでいるのはそれを見れば明らかであった。


「ば、かやろ、う。お前、死んじまったら、クンッニャルヌガヴメは、どうしたらいいんだよ――何でだよ、英雄……」


 彼は咽び泣いているようであった。その姿に零は少なからず悲しみと謝罪の念を感じた。

 そのことで思わず頭を下げるが、だからといって戻る気はなかった。コレ以上その身体に憑依し続けても後々辛くなるだけである。


「ワンバコレイゥドヌィ――」


 木々の隙間から今度はヴィヌが現れ、そしてその遺骸に顔を向けた。その犬目が更に細くなり目尻に皺もよった。


 だが、彼はその視線をドヌィに向け、行くぞ! と述べる。


「あん? なんだとテメェ! ワンヌヴオズイズヌが死んじまったんだぞ! それなのに――」

「戦いはまだ終わっちゃいない!」


 ヴィヌが叫んだ。とても感情の篭った声であった。常に冷静なヴィヌがここまで声を張り上げるのは珍しい。


「悲しむのなんて後でいくらでも出来るだろう。だがワンヌヴオズイズヌが命をかけてこの化け物を倒し、切り開いてくれた道だ。それを無駄には出来ない。奴らを殲滅させ一族の尊厳を保つ、それが結果的に供養にも繋がるだろう」


 零はこのヴィヌがいればきっと彼らは大丈夫だろう、と漠然とではあるがそう思った。


「ワンバイォイヌヴィヌ……チッ、かっこつけやがって。だけど、そうだな! 俺達にはまだ仕事が残っている――だからワンヌヴオズイズヌすまねぇ。俺達は行くぜ!」


 そう言ってドヌィは遠吠えを上げながら、再び戦いに返り咲いた。その後を弓を持ったヴィヌが追いかけていく。


 彼らの姿も見えなくなり、ドヌィの遠吠えだけが遠くから聞こえてくる。

 だがどちらが勝利するかはもう見るまでもない。

 

 ゴブリン達はこの化け物を完全に頼りきっていた。だからこそここまで強気な姿勢で望んできたのだろう。

 

 だがその化け物は死んだ。そして後から追ってきていたゴブリンもその死を目の当たりにし、恐怖に慄き逃げ去ってしまったのを零は良く知っている。

 恐らく残ったゴブリンもその知らせを受け、パニックに陥っている事だろう。

 


 遠くからは戦いの調べだけが鳴り響いてくる。その音を聞きながら、零は終わったとそう感じていた。

 

 コボルトの英雄としての役目は終わった。そしてこの事で、彼は今後は伝説の英雄として崇められる事になるかもしれない。


 さてっ、と零は呟き、顎に手を添える。ここまでは彼の無念を晴らすためのその事にばかり気を取られていたが、いざその身を手放した今、今後どうしていいかに悩む。


 とりあえずこの森を出ようか? そもそも身体の件はどうすればいいだろうか? そんな考えを魂の中で巡らせていた時であった。


「ぐぅおぅ――」


 え? と零は思わず目を見開き、そいつを見た。そんな筈はないと、只の聞き間違いだろうと、そう思いたかった。


 しかし、奴の指がピクリと動き、そして立ち上がり始める。

 そう化け物はまだ死んではいなかった。


 馬鹿な! なんてしぶといんだ! と零の顔にも驚愕の色が滲みだす。

 

 化け物は立ち上がり両手を左右に広げながら、顔を擡げた。そして大口を開けて、怒りの咆哮を今まさに繰りだそうとしている。


 そんな事をされてはこの化け物がまだ生きていることが、周りのゴブリンにも知れてしまうだろう。


 そうすれは彼らはまた息を吹き返すかもしれない。そしてソレは逆にコボルト達の戦意を喪失させることにも繋がるだろう。


 どうする! どうすれば! 零があわてて周囲を見回すが特に使えそうな身体もない。

 英雄の身体も既にボロボロであるし、そもそもこれから憑依したとしても、この化け物を止められるとは思わない。


 そう零が逡巡していると――ふと木々が揺れ、一つの影がその化け物の首もとを通り過ぎた。

 その瞬間、ザシュッ! という何かを斬りつけた音が響き渡り、そしてソレの頭が宙を待った。


 斬首――そんな言葉が零の魂を巡った。そう斬首だ、恐らくは――


 零が魂ごと恐らくは影の主であろうその背中に顔を向けた。まだ後ろ姿しかみえないが、きっとこの人物が化け物の首をとったのだろう。全てに関して曖昧な思いしか持てないが、それは仕方のない事であった。

 

 何せ詳しいことは一切しる芳もなかったのだ。影が通り過ぎ、首が飛んだ。

 それだけが事実であり、現状誰もいないこの場では、それをやったと言えるのは、その人物が振りぬいている大剣であると判断するしかない、

 

 抜いた瞬間すら見ることは叶わなかったが。

 零はその人物をみて、恐らくは女性だろうか? と考える。ただ女性がこのような化け物の首を狩ることには些かの疑問もあった。


 だが、それでも零がその人物が女性だと感じたのは、まず背中まで達したアメシストのように綺麗に輝く紫色の髪。そして女性特有の線の細さに目が釘付けになったからだ。


 そして零がそんな事を考えている間に、咆哮直前の大口を開いたその頭がドスンと地面に跡を残した。


 すると、恐らくはその彼女が、艶やかな髪を靡かせながら、その身を翻し、首に視線をやった。

 

 そのおかげで、彼女の全身像を零は視界に収める事ができた。予想通りであった。紛れも無く女性であった、


 彼女の眼は鋭かった。まるで狼のような切れ長の瞳だ。だが目鼻立ちが整っており、鋭いながらも美しい顔立ちをしていた。

 美麗といった表現がしっくり来る。

 身長も女性にしては高いほうか。百六十センチ後半ぐらいはあるか、もしかしたら百七十にも届いているかもしれない。


 彼女はスカートと鎧が一体化したような物を身にまとっていた。腰の右側にはポシェット、その反対側には水筒が括りつけられている。

 スカートは丈は膝下ぐらいまでで、脚には革製のブーツが履かれていた。零のいた世界の物に比べれば洒落っ気はないが、とても動きやすそうにも感じられる。


 そして上半身を包み込む鎧は、肩口までを覆うタイプのもので、雪のように白く靭やかな腕は完全に露わになっていた。


 零は思わずその姿に見惚れてしまっていた。美しいという響きだけでは言い表せない何かを彼女に感じてしまっていた。


 そして零の意識が完全に彼女に向けられている中。抜いていた大剣を背中の鞘に収め、その脚を前後に動かしだす。


 足の先は、件の頭に向けられていた。そこで零も正気を取り戻す。そのすぐ横を彼女が通りすぎた、感覚がもしあったならいい匂いがしたことだろう、と零は少し残念に思った。


 ふと、彼女の身につけている青紫色の鎧が革製である事に気がついた。鉄か黒曜石かと何となくおもってはいたのだが、その動きにあわせて伸縮する素材は、そういった類では考えられず、革製ではないかと予想させた。


 零がそんな事を考えていると、彼女は切り落とされた頭の前で立ち止まる。

 そしてポシェットから折りたたまれた布を取り出した。

 両手を使いソレを広げると、先端に紐の付いた袋であることが判った。


 彼女は徐ろに頭を掴み、そして袋の中に放り投げた。紐を搾り口を閉じると紐を肩に掛けるようにして袋の部分を背中側に回す。


 その所作を見る限り、どうやら化け物の頭を持って行こうと考えているのだろう、と零は予想した。


 そんな折、再びガサガサと葉の擦れる音。彼女の耳がピクリと動き、そして身体を反転させた。

 思わず零もその視線の先をみやる。


 そこには一体のコボルトがいた。直感的に、マズイ! と零は思った。この化け物にあっさりと止めを刺せるような人物である。

 コボルト一体で勝てるとは思えない。


 が、それは杞憂に終わった。不安に駆られ、零は再び彼女の顔をみるが、表情を緩めたかと思えば身を翻し、そのまま歩き始めたからである。


 そしてコボルトもまたどこかえ消えてしまった。

 そこで零は思い出した。コボルトと人間は良好な関係を築いていた事に。


 ふと空を見上げる。もう日が上っている筈だが、雨のせいでまだ薄暗い。しかし段々と小振りにはなってきている。

 程なくやむかもしれない。勿論そんな事は今の零にはそれほど関係の無いことであるが。


 そしてまた、彼女を見る。背中に垂れ下がる髪は水気を帯びていたが、それがまた魅力的に思えた。


 そして後ろ髪に惹かれるとはこの事なんだろうか――と、零はそんな事を考え……そして決意した。


 もうここで自分が出来ることはない。そうなると後は身体をどうしようかという話になる。

 

 ならば、どちらにしても、自分と同じ人の姿をした者を追ったほうがいいであろう。

 更に言えば零はどうしても彼女のことが気になってしまう。そう零にとっては、後ろ髪ではなく、魂そのものが惹かれる思いだったのだ――だからこそ零は、森をひた進む、彼女の後を密かに追うことに決めたのだ――


――第二章へ続く


 

 


 

ここまでお読み頂きどうもありがとうございます_(_^_)_

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