5/5
第1章 5
それが、大体十ヶ月前の話だ。二週間前に行われたオーディションで榊原は、美果がコンクール自体に乗り気でないのを知っているにも拘わらずA編成のメンバーに選出した。B編成で演奏する曲の関係で今年はそちらにもオーボエを割くことになり、一年生がB編成で出場することになった。美果よりも技術は劣るものの、コンクールへのモチベーションは美果よりもずっと高い。それを踏まえて美果はオーディション後に、全体のモチベーション維持のために自分がB編成に下りると主張したが、榊原は、
「この曲はあの子には吹けない」
と譲らなかった。確かに難しくはあるが、出来ない譜面ではないだろう。納得出来ない美果の様子を見て榊原はこう言った。
「美果。演奏会なら、『頑張ってます』って表に出してもいい。でもコンクールは、難しいことをさも何でもないことかのように見せる技術も必要なのよ。あの子にはそこまでの余裕はないでしょう。美果なら出来るから美果にするの。お願い、Aに出てちょうだい」
美果は、しぶしぶ了承するしかなかったのだ。