ただの少年
「うりゃ!」
雁斗の右足を村人が左腕で受け止める。
「だおりぃやぁ!」
村人は、雁斗の右足を掴んで投げようとするが、無防備になっている顔面目掛けて雁斗が左足をつき出した。
「あの~、何をなさっているので?」
女性が羅阿奈に訊いてきた。
「えと……この村に住んでいる桜庭宇美という方を迎えに来たのですが、会わせろ会わせないと揉めだして」
「私を迎えに? ということは、あっちの紫の髪の子」
「えっ!? 私をって……もしかして宇美さんですか?」
「いかにも。私が桜庭宇美です。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
腰まで伸びた紫色の髪が風で靡く。
宇美の醸し出す雰囲気に、羅阿奈は飲み込まれそうになった。
「あわわわわ! 私ぃぃ、雁斗の友達の大山羅阿奈です。雁斗が一で行くのが不安だって言うもんですから付き添いで!」
矢継ぎ早に、経緯と自己紹介を済ましている自分に羅阿奈は尚更混乱していた。
「そうなの……。女の子の友達なんて……ふふ、雁ちゃんも隅に置けないわ」
「どうします? 止めますか」
「そうね。あれでは話ができないもの」
「……そっちですか……」
息子の身を案じてではなかったことに羅阿奈が肩透かしをする。
「まだまだイケる。遠慮なんかいらねえ」
「子供と侮っていたが、随分とやるな!」
「終わりにしてよ! 宇美さん、そこに居るから」
「いつの間に!? 宇美さんは迂闊です」
村人は、宇美に駆け寄る。
「心配なさらず。正真正銘、私の息子ですから」
「本当だったんですか。てっきり不届き者とばかり」
村人が反省した。
「分かりゃあいいんだ、分かりゃあ」
雁斗も肩をグルグルと回しながら近寄る。
「……すっかり大きくなったわ……雁ちゃん」
「もう俺、二歳児じゃねえよ、お袋」
「私、まだお袋だなんて呼ばれる歳じゃないよ?」
「呼び方変える気ねえよ」
「昔はあんなに可愛かったのに」
「今も変わってなきゃ気持ち悪りいだろ」
「まあ。言葉も達者になって」
宇美は、余裕の笑みを浮かべる。
「凄いわね……これが母の余裕なの!?」
羅阿奈が感心した。
「とにかく。元気そうで何よりだ。一緒に居たときの記憶なんかねえけど、分かんねえわけじゃねえし」
雁斗は、レクイエムの記憶の宇美と比べて言った。
「雁ちゃんは何でもお見通しなんだ」
「雁ちゃんヤメロ」
雁斗と宇美が、くだらない言い合いをしている。
「いいな、なんか」
羅阿奈は、どこか雁斗を羨ましく思った。
※ ※ ※
一時間後。
「それでさあ、雁斗の奴が利かん坊で~」
「あら、そんなところは変わってないのね」
いつの間にか、羅阿奈と宇美が打ち解けていた。
「んだよ。揃いも揃って俺を肴に盛り上がりやがって」
「いいじゃない。雁ちゃんのことを少しでも聞きたいもの」
「これも親孝行じゃない? 雁斗」
「……俺のプライバシーよ、いずこ……」
出されたお茶を飲みながら、雁斗は二人の様子を眺めている。
「雁ちゃん、良い友達がいて良かったわね」
「まあな。お陰さんで気が休まらねえけど」
「なによそれ! お互い様でしょ」
「ツンケンすんなって」
雁斗の湯飲みが空になった。
「そろそろ雁ちゃんいきましょう」
「良いのか?」
「ええ。私の帰りを待っている人がいるもの」
「んじゃ、そろそろ行くか」
雁斗達は村の人達に礼を言うと、電車に乗るために駅へと歩きだした。
「ここの景色ともお別れね」
「大袈裟だ。また来りゃいいじゃねえか。今度は親父と」
「それもそうね。楽しみが出来たわ」
「あんたは一緒に行かないの?」
「来たってしょうがねえだろ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「こういうところには家族旅行とかじゃなくて、夫婦でとか、恋人と来るもんじゃねえか」
「雁ちゃんは、一緒に行く相手がいるの?」
「さあな。相手にその気があれば、だし」
「そう。訊いてみたら?」
「素直に答えねえよ」
「ふふ」
宇美が羅阿奈の耳に近付く。
「宇美さん?」
「あんな感じだけど、どうか宜しくね。なかなか素直じゃないけど、不器用なだけだもの」
宇美が羅阿奈に耳打ちした。
「わわわ!?」
羅阿奈の顔が赤くなる。
「なーにコソコソしてんだ? 親父待ってるぞ」
「雁ちゃん急かさないの。羅阿奈ちゃんに合わせないとね」
「しゃあねえな」
三人は、ゆっくり景色を楽しみながら駅へ向かい、電車に揺られ、迅の元へと向かっていった。
※ ※ ※
「着いた~! 疲れたぜ」
「なんか緊張するわ」
宇美が玄関のドアをゆっくり開けた。
「あ、お帰り。疲れたろう」
迅が呑気にコーヒーを飲んでいた。
「ただいま。んー、特に変化ないわね」
宇美が家の中をジロジロと見る。
「おいおい。不審者じゃあるまいし……」
「だって気になるじゃない。久しぶりの我が家だもの」
「まあいいか。座ってコーヒーでも飲みな」
「頂くわ」
迅が淹れたコーヒーを宇美が口に運ぶ。
「どうだ?」
「美味しい! 久しぶりに飲んだけど、相変わらず淹れるのが上手いわ」
「コーヒーも変わらないなんて、とガッカリしたか?」
「しないわよ。むしろ安心しちゃった」
宇美が笑っている。
「……なんか……いいな、あの感じ」
羅阿奈が迅と宇美を見て言う。
「そうか? 夫婦が揃ってコーヒー飲んでるだけだろ」
雁斗のケータイのバイブが唸る。
「甲多からメールだ」
『お母さんと無事に会えた? ちゃんと言うことを聞かないと駄目だよ。で、夜、僕ん家に来れないかな? 家族で用事があるなら用事を優先してね』
「親父、お袋。これから甲多の家に行っていいか?」
「構わんが、迷惑を掛けるのは駄目だぞ」
「気をつけるのよ」
「わーてるよ。行ってくる」
雁斗と羅阿奈が甲多の家に向かった。
※ ※ ※
「お! 返信きたよ。いま向かってるって」
多が雁斗からの返信を見ながら食事の準備をしていた。
「えへへ、雁斗君驚くんじゃない?」
「雁斗くんの反応が楽しみです」
美加や舞莉愛も手伝う。
「サプライズ。うまくいくか」
斬牙も手伝う。
「よし! 準備万端!」
家の呼び鈴が鳴る。
「来たんじゃない? 甲多」
「うん」
甲多がドアを開ける。
「よう、甲多」
「いらっしゃい。さあさあ上がって」
雁斗と羅阿奈が、家に上がる。
「雁斗さん、遅くなっちゃったけど……」
「「誕生日おめでとう!」」
クラッカーが鳴り響く。
「へ!?」
「色々ドタバタしてたけど、抹殺師の事が片付いたし、ここはひとつお疲れ様を兼ねた誕生日会をやろうってなったんだ」
「どうしても驚かせたいと甲多が言うもんでな。親父さんにも協力してもらったのさ」
「ま、まさか、俺にわざわざお袋の迎いを頼んだのって!? あー! 時間稼ぎかよ」
「羅阿ちゃんにも知らせようとしたんだけど、今日は羅阿ちゃん忙しいって言ってたから……。けど、雁斗君と一緒ってことは~?」
美加が羅阿奈を見て悟る。
「ちっ、違うって! ホントに忙しかったの!」
「ふ~ん。ご馳走さま」
「美加ちゃん!」
「あはは! 羅阿ちゃん照れてる」
「ほれほれ。せっかく作った食事が冷めてしまうぞ」
斬牙が席に着いた。
「斬牙くん、待ちきれないみたいです」
「人を祝うよりも自分の胃袋を満たすほうが大事かよ」
「駄目か?」
「お前らしいぜ、斬牙」
「さあさあ食べよ。雁斗さん!」
「おう」
雁斗達が席に着いて食事を始めた。
抹殺師の事、冷獣の事を考えずに過ごす日々をようやく取り戻すことができたのだ。
、こうやって食事を取れる日を一番待ち望んでいたのは、他ならない雁斗だろう。
「あんた、がっつきすぎっての!」
「固えこと言うなって。お前こそ、しっかり食わないと育たないぞ? 羅阿奈」
「どういう意味~!」
羅阿奈が雁斗に問い詰める。
「さあな。とにかく食え」
羅阿奈の反応を見て、雁斗が笑っている。
「雁斗さん、楽しんでくれてる。よかった」
そんな雁斗を見て、甲多は安心する。
「肩の荷が下りたんだ。ようやくな」
斬牙が言う。
「わたくし、皆で色々と行きたいです」
「良いね! あたし、張り切ってサンドイッチ作っちゃうよ!」
舞莉愛と美加が盛り上がる。
「私だって大きくなるわよ、絶対! 今に見てなさい、雁斗!」
「そっかそっか。頑張れよ羅阿奈」
そこで食事を摂って笑顔で喋る姿。
もうそこに、抹殺師・桜庭雁斗の姿はなかった。あったのは、ただの少年の姿だった。




