開眼
「父さん!」
甲多は、目の前の父に呼び掛ける。しかし、その声は届いていない。
「本当に幻影なんだ……。僕の心を見透してる」
甲多は、勘づいていた。目の前の幻影が、自分の心に閉まっていた望みであることを。
「どうして泉は心を映すんだろう? そういう効果があるってだけなのかな」
甲多が顎に手を当て考える。
「分かんないやー」
幻影が変わってゆく。芝生に横たわる子供の姿。
「誰だろう? 僕の心を映しているなら、きっと関係があるはず……記憶にないけど……」
幻影の一人が花飾りを被せられ怒っている。
「僕だ!」
花飾りを被りながら怒っているのが自分であると気付き、尚更混乱する。
「僕と一緒に居るのは誰なんだあ?」
幻影の甲多が走っていて転んでしまう。そんな甲多を見て、二人の子供が手当てをしている。
「あ……れ? あの子の着けてるリストバンド、どこかで……?」
幻影の甲多が笑顔になった。それを見て、二人の子供は安心している。
「……雁斗……さん?」
甲多の目に映るのは、帽子を被り、幻影甲多のことを気遣う、雁斗だった。
「僕、会ってたんだ……雁斗さんに」
幻影雁斗と同時にテキパキと手当てに当たっていた子供が、被っていた帽子を外した。
「羅阿奈さん!?」
腰まで髪が伸びているものの、鮮やかな青の髪は、羅阿奈だと判断するには充分だった。
「覚えてないよ……ごめん」
幻影は、赤ん坊の姿を映す。
「母さん……と僕?」
赤ん坊を自分だと判断するが、赤ん坊と甲多には決定的な違いがあった。
「女の子!?」
幻影の母は、涙を流している。
「そ……いえば!? 僕には姉さんがいたって聞いたことが。一卵性の双子の姉が……」
甲多の前に、長髪黒髪の女性が現れる。
「やっと会えました。桜庭甲多、ちゃん?」
「僕、男だよ。……姉さん」
甲多は、自然と呼んでいた。
「私は、生まれてこれたことが奇跡だったのです。双子だったことで、生命力が強まったのでしょう」
「どうして死んでしまったの?」
「奇跡は、滅多に起きないから奇跡なのです。生まれてきたのが奇跡だったのですから、生き続けることが困難なのは、想定の内でした」
「全てを悟っていたんだね」
「もっと泣いていたいと思っていました。言葉が解らなくても思いは強かったのです。お陰で、奇跡が再び起きました」
「……僕の中に居たの……?」
「魂は死にませんでした。こうして会話が出来るのは、甲多と学んでいたからです」
「ごめんなさい。僕だけが生きてしまって」
「責めては駄目です。私の分まで生きてください」
「……幻影は、僕の心の弱さが反映されたのかな……」
「お父さんとの寂しさを埋めるかのように、積極的に人の輪に入っていく。けど、どこかで嫉妬心が芽生えていた。違う?」
「無かったと言えば嘘になっちゃう。両親が……兄弟が当たり前に居る人を羨ましさを通り越して嫉妬していたのかもしれない」
「この泉は、そんな甲多の心に反応したのね。自分を見つめ直して、殻を突き破ることが、泉から這い上がる方法なのでしょう」
「どうしたらいいんだろう」
「簡単です。嫉妬心だって立派な力に変えられます。嫉妬は、対抗です。自分を研けばいくほど埋めることが可能なんです。向き合うんです、嫉妬心と」
「向き合う?」
「私が甲多の心を、少しですが埋めてあげましょう。大丈夫、甲多には大切な輪があるのだから」
甲多の身体が上昇していく。
「姉さん」
※ ※ ※
甲多が泉から飛び出した。
「甲多!」
雁斗が顔を覗かせる。
「雁斗……さん」
「……甲多……その眼、何だ!?」
雁斗は驚いた。甲多の右目が緑色に変わっていたからだ。
「どういうこった!?」
雁斗は、甲多の目を眺めていた。




