変化の日
閑静な住宅街の中に、一際立派な家が建っている。
そんな家の門の前で、斬牙は立ち尽くしていた。
「随分と立派な家だな」
斬牙は呼鈴を鳴らす。
【……はい、どちら様でしょう?】
呼鈴のスピーカーから若い女性の声がする。
「あ、あのー……黒崎さんのお宅でしょうか? 紅と申しますが……」
斬牙が緊張しながら言う。
【はい、黒崎の家で間違いありません。……紅様ですね? ……少々お待ちください……】
スピーカーが切れると門が開いていく。
「自動!? 凄い」
【紅様、どうぞお入りください】
スピーカーから案内されて、斬牙が進んでいく。
「広ー! 門から玄関まで歩くとは」
斬牙が歩きながら周りを見る。
「走り回れるぐらい広いな」
斬牙は玄関にたどり着く。
「紅様、お上がりください」
「え!?」
斬牙は唖然とした。出迎えに来たのが子供だったからだ。
「どうかなさいましたか?」
「あ……その、見た目と礼儀が釣り合ってないというか……驚いてしまった」
「気になさらないでください。よく言われますから」
「そうですか」
「お話は聞いております。祖父なら自室で待っておりますから、ご案内致します」
「祖父ということは、お孫さん?」
「すみません!? 申し遅れました! 黒崎源蔵の孫の、黒崎 舞莉愛です」
舞莉愛は深々と頭を下げた。
「そんな気遣い不要です! 俺の方こそ、紹介が遅れました……紅斬牙です!」
斬牙も頭を下げた。
「それでは、ご案内致します」
舞莉愛の案内で斬牙が源蔵の部屋に進む。
「はあ~!」
「すみません、無駄に広くて」
「いや!? そういうんじゃなくて、ちょっと呆気に取られてしまって」
「父が凝り性なんです。この家を建てるときも、ギリギリまで話し合ったみたいですし」
「へぇ……。それじゃあ、お父さんにとって、この家は宝なんですね」
「はい。祖父と住むことを設計段階から盛り込んでいたみたいで、祖父が住むと決まったときには大喜びだったんですよ?」
「この家は、夢が叶った証なんですね」
「……いえ、まだ叶ってないんです」
「?」
「将来、わたくしと添い遂げた方も一緒に住めば、ようやく夢が完成するみたいです」
「気の早い! 第一、父親は娘を嫁に出すのを嫌がるもんじゃない?」
「それが……子供は、わたくしだけなのです。なかなか子供が出来なくて、ようやく身籠ったのが、わたくしなんです」
「なら、尚更!?」
「わたくしに、寂しい思いをさせたくないのかもしれません。友人には兄弟が居ますし」
「……ごめんなさい! 他人がズケズケと訊いてしまって……」
斬牙が謝る。
「いいえ! 寧ろ、歳が同じ異性の方と話せるのが楽しいです。それと、言葉は崩してくれて構いませんよ? 慣れない会話は滅入りますから」
「……助かるよ」
斬牙と舞莉愛が立ち止まる。
「失礼します」
舞莉愛が障子を開ける。
「やあ、舞莉愛。それと斬牙」
「どうも、施設長」
斬牙は、一礼する。
「かしこまらなくていい。座りなさい」
「はい」
斬牙は正座をした。
「お祖父様、わたくしは?」
「居てくれると助かる」
「わかりました」
舞莉愛も斬牙の隣に座る。
「どうかい、気に入ったかな?」
「立派な家なもんで、面食らっちゃいました」
「実は、私もだ」
「でも良かったですね。親孝行してもらえて」
「そうだな。幸せだよ」
源蔵が手紙を斬牙に渡す。
「これは?」
「お前の孝行するべき人達だ」
「……なんだ……これ」
斬牙は文面を追っていく。そのたびに、視界がボヤけ遮られていく。
『君を捨てて悪いと思ってる。しかし、決して望んでではない。言い訳にしかならないが留めてほしい』
斬牙の手に力が入り、震えが起きる。
『君を産んだ後、お母さんの容態が悪化した。お母さんの身体は、とても出産に耐えられる状態ではなかったんだ。そして、意識不明になった』
「……いま……かよ……」
『君に指を握られながら、お母さんは旅立った。そして、お父さんの身体も限界がきている』
斬牙は大粒の涙を流している。
『もう、病気は治らないんだ。君を独りにするわけにはいかない。だから、君を知り合いの施設長に預けることにした。勝手なのは承知している』
「反則……だ」
『この手紙を施設長に預ける。君が、この手紙を読む頃には、お父さんも旅立っているだろう。捨てられたと思い、憎んでいるのなら構わない。だが、これだけは言わせてほしい』
手紙が斬牙の涙で濡れていく。
『泣いてくれてありがとう。笑ってくれてありがとう。握ってくれてありがとう。眠ってくれてありがとう。生まれてくれて……ありがとう』
「その手紙を渡す頃合いを待っていたんだが、この機会に渡そうと思ったんだ」
「……捨てられた訳じゃなかった……祝福されて……生まれてきたんだ」
手紙と一緒に写真が入っていた。
「これ、俺と両親?」
赤ん坊が笑顔で写っている。その赤ん坊の手を男性と女性が握っている。
「ご両親の分まで、精一杯生きることが、お前の出来る親孝行だ」
「施設長、ありがとうです」
「とっくに施設長ではないんだ。呼び方を変えてもいいんだぞ?」
「俺にとって、施設長は施設長です」
「まあ、構わぬがな」
源蔵が立ち上がる。
「お祖父様、どちらへ?」
「ちと手洗いに。斬牙を部屋に案内してあげてくれ」
「わかりました」
舞莉愛が立ち上がる。
「今日から紅様にお使いいただく部屋に案内致します」
「お願いするよ」
斬牙は手紙と写真をポケットに収めて、部屋へと向かった。




