希望の道
「アッチー!」
雁斗がTシャツの襟を掴んでパタパタ扇ぐ。
「夏休みに入った途端に、この暑さは酷だよ」
甲多も堪らず団扇を扇ぐ。
「まだまだ身体が夏使用じゃねえっての」
「扇風機を出すよ」
甲多はせっせと扇風機を準備して動かす。
「あ~あ……涼しいやあ~」
「エアコンはつけないのか?」
「エアコンとか冷風機は切札だよ。暑さが本格的になってからじゃないと、僕達が暑さに耐えられなくなっちゃうから」
「そーかー」
雁斗は甲多の頑固さを再認識する。
「だらしないぞ、二人共」
斬牙が降りてくる。
「お前は平気ってのかよ?」
テーブルにグデーっとしながら雁斗が訊く。
「平気なわけあるか。暑いものは暑い」
「それみた」
「住み処をたらい回しされることに比べれば大したことじゃない」
斬牙は氷を口に含む。
「斬牙さんは強いね」
甲多は庭に出る。
「強くはない。その証拠に、言いそびれた事がある」
「ん?」
「俺、施設長の処で、また世話になることになったんだ」
「それって施設なの?」
「いいや。施設長の息子さんの家だ。施設長が息子さん一家と同居していてな。良ければ一緒に住まないかと言われたんだ」
「そうだったんだ。遠慮せずに言ってくれればいいのに」
「世話になっておきながら、勝手に話を進めてしまったから……なんとなく話しづらくてな」
「そんなの気にしなくていいのに」
「勝手に決めてすまない」
「ううん。斬牙さんが決めたんだから、僕がアレコレ言うのは違うし、斬牙さんの幸せが僕の望みだよ」
「ありがとうな」
「……いつから一緒に住むんだ?」
雁斗がグラスで手を冷やしながら訊く。
「夏休み中には」
「んじゃ、さっさと行っちまえって。折角の決意も薄らいじまうからよ」
雁斗が追い払うように手首を動かす。
「もう、雁斗さん急かさないの!」
「わーってるよ……、決めた!」
「雁斗さん?」
「俺も帰るわ。話もあるしな」
「それって……ラグナロクの事?」
「まあな」
「ちゃんと会話をしなきゃ駄目だよ。ドッジボールじゃなくてキャッチボール!」
「考えとくぜ」
「絶対だよ!」
(雁斗さんも斬牙さんも居なくなる……元の生活に戻るんだ……戻るだけなんだ……)
甲多はじっと飲み込んだ。
※ ※ ※
一週間後。
「教えられた住所と電話番号はコレな。歩いて行ける距離だし、学校も変わらんから心配要らないさ」
「分かったよ」
「それでは世話になった。早めに顔を出す」
斬牙は礼を述べて歩いていった。
「行っちまったな」
「うん……行っちゃった……」
「おばさん、いつ帰るんだっけ?」
「明日かな」
「明日か。なら俺は明日帰るわ」
「いい? ちゃーんーとー!」
「へいへい。キャッチボールだろ?」
雁斗はTシャツをパタパタする。
(斬牙さん……行っちゃった)
※ ※ ※
翌日。
「んじゃ、行ってくる。おばさん、ちょっと里帰りしてきます」
「はい。親子仲良くしなきゃ駄目よ」
「肝に銘じときます」
「行ってらっしゃい、雁斗さん!」
甲多が大きく手を振った。
「大袈裟じゃない?」
「雁斗さんね、時々、冷たい目をしてたんだ。僕達には普通に接してたんだけど……何かを悟っているような冷たい目」
「考えすぎじゃないの?」
「……ならいいけど……」
甲多の心はモヤっとしていた。




