平穏の終わり
「僕は残るよ。たまには夫婦水入らずも良いんじゃない?」
帰ってきて母親から事情を聞いた甲多は、アッサリと答えた。
「良いの? 今度、父さんと会えるのは早くても年末なのよ」
「雁斗さん達と一緒に居たいんだ。それに明日は来月の修学旅行の班決めとかあるしね!」
「甲多が良いのなら何も言わないわ。甲多の分まで、母さん、父さんと楽しんでくるわね!」
「うん!」
返事をすると、甲多が自室に入った。
「説得しますか? なんか俺達が足を引っ張ってる気がして……」
「構わないわよ、斬牙君。甲多は、一度決めたら堅いから」
「甲多の頑固さは、身に染みてますよ」
雁斗が遠い目をしている。
※ ※ ※
「今日は数々の持て成し、感謝します」
「お前さんと久々に語り合えて楽しかったの」
「こちらこそです」
ダガーは深々と頭を下げると、師匠の家を発った。
(先程まで在った気配が消えている。移動しているのか?)
ダガーが歩みを速めた。
※ ※ ※
「ハッキリ言うが……無駄だ」
「エーーー!! 酷いよ!! 雁斗さん!!」
甲多が特訓の事を雁斗に話すが、雁斗に無意味と切り捨てられた。
「おい!? 俺だって一緒にやったんだぞ。無意味だ、無駄だって言うのはあんまりだ!」
斬牙も反論する。
「鎌鼬を起こして冷獣を攻撃するって発想はいいが、冷獣に与えられるダメージは僅かだろう。それに親父から、風の刃みたいなのって言われたんだろ? だったら意地でも風の刃を得るべきだ」
「とは言うが、簡単には無理だぞ!? だから鎌鼬のほうを甲多は頑張ったんだ」
「努力は買うが、それとこれとは話は別だ。努力が必ず報われるとは限らねえ」
雁斗が冷たく放した。
「……そっか……馬鹿だね。僕」
「そうそう。お前はバカだ。だから頭を空っぽにするためにも、おばさんと一緒に行ってこい!」
「え……!?」
甲多が驚く。
「んじゃ。俺は部屋に戻るわ」
雁斗が自室に戻った。
「ちょっと雁斗に訊いてくるさ」
斬牙が雁斗の部屋に向かった。
※ ※ ※
「雁斗。お前、あえて突き放したな?」
「甲多は頑固だからな。あそこまで言わないと聞かないだろ?」
「それじゃあ、甲多の修行の件は」
「あれは本心だぜ? 風の刃のほうが多くのダメージを与えられると思うんだ」
「簡単に言ってくれるなあ」
「例えばだけどよ。剣に炎を纏うか纏わないかを切り替える要領で、放つ風に殺傷を加えるか加えないかを切り替えるとか」
「なるほど。それならいけるかもしれん」
「頼むぜ、斬牙。属性持ちじゃなきゃ伝えづらい手法もあるだろうからな!」
「了解した。それはそうと、甲多に謝れよ? 言われた方は結構キツイ筈だ」
「わーってるよ」
※ ※ ※
「フフフ。遂に決行です。皆さん、準備は宜しいですか?」
「「ガアアアア!!」」
冷獣の大群が雄叫びをあげる。
「良い返事です。それでは行きましょう」
夜の路を人知れず、冷獣が歩き出した。
※ ※ ※
翌日。
「やったー! 雁斗さんと斬牙さんと同じ班だ!」
「良かったな。ははは」
(結局、残るって頑なに拒否しやがって)
雁斗は嬉しいような悲しいような気持ちでいた。
「しかし甲多。見送りしなくてよかったのか?」
「心配かけない為にも、元気よく見送られてあげるのが一番かなって」
「そうだったか」
(雁斗の想いは届かなかった)
斬牙は雁斗を哀れに思った。
「楽しみだなー! 修学旅行!」
甲多は浮かれている。
「!」
突然、雁斗が窓に構える。
「どうしたんだよ桜庭?」
「下がれ、イッチ。皆も廊下に下がるんだ!」
「何言って……」
「窓が!?」
「先生。早く皆を避難させるんだ!」
「窓ガラスが一斉に割れただと!?」
「斬牙! 集中しろ……来る!」
「ガアアアア!」
教室に冷獣が飛び込んできた。
「「きゃああああ!!」」
女子達の悲鳴が響き渡る。
「雁斗君! 甲多君! 斬牙君! 貴方達も早く!」
「俺達の事は置いて、さっさと避難する!」
「何を言ってるの! 担任として置いていくわけにはいかないの!」
「お願い先生! 僕達は大丈夫だから!」
「甲多君!」
「行くんです! 先生!」
「斬牙君まで!? ……分かりました。皆さん!」
担任とクラスメイトが避難する。
「ガアアアア!」
「もう一体居やがったか!」
「「ガアアアア!」」
次々と冷獣が教室に入ってくる。
「おいおい! 今まで、一度にこんなに相手をしたことなんかないぞ!」
斬牙の視界が十体ほど確認する。
「一対一でも厄介なのに!」
甲多が風を巻き起こした。
「ガアアアア!」
風に封じられた冷獣が傷を負おうが、冷獣は怯まないでいた。
「駄目だ……足留めも出来ないなんて!?」
「ガアアアア!」
「おりゃ!」
「ガウウウウ!」
「ぼさっとすんなよ甲多。いつも通り戦えば勝てるぜ!」
「ガアアアア!」
「大人しく倒されやがれ!」
雁斗が強烈な一撃を与えた。
「ガウウウウ!!」
倒したかに思ったが、冷獣は起きやがってきた。
「甲多。風で冷獣を外に追い出せるか?」
「やってみるよ。斬牙さん!」
甲多の放った風で、冷獣達が追い出される。
「飛ぶぜ。風で頼む、甲多!」
雁斗が飛び降りた。
「よっ」
斬牙も飛び降りる。
「ここ三階なのに~!」
風を纏いながら、三人は着地した。
「「ガアアアア!」」
冷獣の大群の叫びが学校中に響いた。




