因縁の殺意
「来てしまったか」
学校の帰り道、斬牙は寺に寄っていた。
「お前、斬牙か?」
「どうも」
斬牙は会釈で応える。
「一ヶ月以上も何処をふらついてたんだ? オッサン、捜し回ってたぞ」
「意外だ。あの住職が心配してるなんて」
「突然居なくなられたら心配するのは当然だろ。子供が一人でフラフラと。警察に届けを出そうと考えてたしな」
「ふーん。考えてた、ねえ」
「とにかく。帰ってきたなら早く顔を見せてやれ 」
そう言うと、青年は立ち去った。
「さてと」
斬牙は住職が居る部屋に向かった。
「失礼しますよ」
斬牙は部屋を見渡す。
(変わってないな)
「逃げ出した奴が戻ったのか」
住職が部屋に戻ってきた。
「別に戻った訳じゃない。というか、誰が好き好んで畳で寝かされる寺なんかに戻るか」
斬牙は正座する。
「野宿はどうだ?」
「残念ながら、今は親切な人の家で厄介になってる」
「それは驚いたな……それなら戻る気など無いか」
「学校の方には行ってるから安心していい。施設長の願いだからな」
「施設長か。学校に通う助けをしてやりたいと言っておきながら、追い出したんだ」
「施設長だって本望じゃないって言ってた。それに助けてもらっている」
「……それじゃあよ……あれから会ったか?」
「いや」
「そんなもんなのだ……結局、他人だ」
「さっきから随分と施設長を悪く言うんだな」
「そりゃ……施設では見きれないと押し付けてきた奴だからな」
「引き受けたのは貴方だ」
「私の手足となってくれればと思ったのだよ」
「なんだと!」
斬牙が立ち上がる。
「お前も災難だったな。たらい回しにされたあげく、この寺に行き着いたのだからな」
「悪いが、俺は全てを悲観しているわけじゃない。酸いも甘いも経験したが、良い出会いもあった」
「ふん。子供が大した物言いだ」
住職は立ち上がる。
「他人の悪口を言うだけ言って逃げるのか?」
「馬鹿を。これでも住職だ。客人を出迎えなければならない」
住職は外に出る。
(あんな奴が住職だということが悲しいよ)
斬牙は本心を胸に秘め外に出る。
「ガアアアア!」
「!」
斬牙は声のする方向へ走り出す。
※ ※ ※
「ガアアアア!」
「くるんじゃねえっ!」
斬牙に声を掛けていた青年が、持っていた竹箒で応戦する。
「ガアアアア!」
「バケモンだああ!!」
折れた箒を投げ棄て、青年は逃げる。
「うっ!?」
石ころに躓き、青年は身体を地面に打ち付けた。
「ガアアアア!」
「あ……ああ……」
向かってくる獣の震動が地面に伝わり青年に伝わる。そのたびに青年の心臓の鼓動が高鳴る。
「ガアアアア!」
獣は石ころを蹴るかの如く、青年を蹴り飛ばした。
「……」
「しまった!」
「……」
地面に落下した青年はピクリともしない。
「くたばるな!」
斬牙が青年の脈を確認する。
「……蹴られた衝撃で気を失っただけか……」
「ガアアアア!」
「ガアアアア!?」
「俺がわざわざ寺に来たのは、お前が居るのを察知したからだ!」
「ガアアアア!」
「只じゃ済まさん! 施設長を……施設の皆を……この俺の人生を狂わせた元凶!」
斬牙の赤い瞳が夕陽に照らされ、炎の如く燃えている。
「……お前……一体!?」
住職が斬牙と冷獣を見て腰を抜かしている。
「貴方は住職だろう! 率先して寺の人間を避難させないでどうする!」
「ガアアアア!」
「あの日の事は忘れたくても忘れられない。だから、お前を切りつけていき……僅かでも悲しい記憶を消していく!」
斬牙は双剣を冷獣に休みなく振るっていく。
「ガアアアア!?」
冷獣は血飛沫をあげながら押されていく。
「はあ……はあ……ま、まだだ……こんなもんじゃ!」
「ガアアアア!!」
斬牙は冷獣を突き刺していく。
「簡単には死なさん! 血の一滴、残らず出させ、肉を削ぎ、目玉をえぐり、頭を落とし、骨を砕き……最期は跡形もなく燃やし尽くしてやる!!」
斬牙の目に映るのは冷獣ではなく、憎しみの相手だった。そして、冷獣に映るのは抹殺師ではなく、復讐を喜び、血を浴びる少年の姿だった。
「やめなさい!! 紅 斬牙!!」
「ぐっ……うぅ……!?」
声のする方を斬牙は見る。
「もう充分です。それから先は抹殺師の度を越えてしまうでしょう?」
「……施設長……何故……此処に!?」
斬牙は双剣を解くと気を失った。




