斬る剣と貫く剣
「眠れねえのか?」
雁斗がリビングに居る斬牙に話し掛ける。
「久々に布団なのは良いんだがな……駄目なんだ。夢に出てくるんだよ、ヤツが」
「……六年前の件か。あれは酷かった。お前が忘れられないのも無理ねえよ。だがよ、いつまでも苦しんでても仕方ねえ」
「苦しみたくて苦しんでるんじゃない。なのに……眠るたびに俺の夢に出てきやがる」
斬牙はリストバンドを見る。
「お前は……施設が無くなってから、どうやって過ごしてたんだっけか?」
「施設長の知り合いの所に世話になっていたけど、俺以外にも施設に居たやつは世話になっていたから、施設長に限界がきてしまって……皆バラバラになった。俺以外は新しい家に行ったけど……俺にはアテが無かったから……施設長の知り合いの知り合い、そのまた知り合い……その繰り返しが続いた」
「俺を頼ってくれても良かったんだぜ?」
「そういう訳にもいかないだろ」
「……いいかな? 雁斗さん、斬牙さん」
「なんだあ、お前も寝れねえのか?」
「雁斗さんも人のこと言えないでしょ?」
「ホットミルク?」
雁斗が不思議そうに見る。
「眠れないときは、温かい牛乳を飲むに限るよ」
甲多が美味しそうに飲む。
「……ミルクか。久々すぎて味を忘れてるよ」
「お前、最近は何処に居たんだ?」
「寺で世話になってたけど……慣れなくてな。勢いで出ちまった。それが今日……正確には昨日か」
斬牙は0時を過ぎた時計を見て言った。
「もう住み処の心配は要らないね」
甲多は笑顔で答えた。
「ところで雁斗。お前が甲多の家に居候してる理由も俺と同じなのか?」
「違ーよ。ただの親父の気まぐれだ」
雁斗はホットミルクを飲みながら言う。
「ならいい……。……美味いな、牛乳」
斬牙はホットミルクを味わっていた。
※ ※ ※
翌朝。
「母さん、斬牙さんは?」
「散歩に行ったわよ? 彼の日課らしいの」
甲多の母親が朝刊をめくりながら言う。
「雁斗さんも?」
「少し走りたいって飛び出していったわよ」
「……そう……」
甲多は洗面所に向かう。
「そういえば、最近物騒ねえ?」
「なぁふぃはぁ?」
甲多が歯ブラシをくわえながら訊く。
「見馴れない動物が目撃されているみたいよ? 甲多達も気を付けてね」
「ふぁふぁは!」
(……見馴れない動物……もしかして冷獣?)
甲多は身仕度を済ますと、急いで外に出る。
「気を付けてね!」
甲多の母親は声を掛けた。
※ ※ ※
「ガウゥゥゥ!」
冷獣は不規則に攻撃してくる。
「……ちっ!」
雁斗は攻撃を受け止めるも、押し出されてしまう。
「雁斗!」
斬牙が呼び掛ける。
「斬牙、お前は無茶するな! 本来なら冷獣を見るのだって我慢ならないんだろう?」
「そうだが」
「だったら離れてろ! 危ねーぜ!」
雁斗が冷獣の懐に入り込む。
「抹殺斬!」
雁斗の刃が冷獣を斬るのと同時に、雁斗の身体に激痛が走る。
「うっ……!!」
「ガウゥゥゥ!」
冷獣が雁斗を蹴飛ばす。
「がはっ!!」
「雁斗!!」
斬牙が雁斗に近づく。
「……バカ野郎……! 逃げろ!」
「怪我人置いて逃げれるか!」
「ガウゥゥゥ!」
「ガアァァァ!」
冷獣が苦しみだす。
「二人共、無事? ……って雁斗さん!?」
雁斗の状況を見て甲多が動揺する。
「こんぐらい大した怪我じゃねえ。それよりも油断すんな甲多!」
「分かったよ、雁斗さん」
「ガウゥゥゥ!!」
冷獣が地面を揺らす。
「わああああ!?」
甲多が体勢を崩す。
「ガウゥゥゥ!!」
冷獣が甲多に飛び掛かる。
「潰されたのか!?」
斬牙が言う。
「ガアァァァ!!」
冷獣の体から大量の血が噴き出す。
「やあああ!!」
甲多はクナイを刺し直して、冷獣の体を風で退かした。
「……はあ……はあ……。終わったかな」
「ガウゥゥゥ!!」
冷獣は立ち上がると、口を大きく開く。
「やべ、あの体勢は!!」
雁斗が動こうとするが、反動で動けないでいた。
「……仕方ない!」
斬牙がリストバンドを変化させる。
「ガウゥゥゥ!!!!」
冷獣の口から光線が放たれた。
「……斬牙……さん」
甲多の前に斬牙が立つ。
「無理しないでくれ。恩返しが出来なくなったら困る」
甲多にそう言うと、斬牙は右手に持った剣を振りかざす。
「ガアァァァ!?」
冷獣に炎が燃え上がる。
「体だけ焼かれたって平気なんだろ? ……」
斬牙が冷獣に向かって走る。
「ガアァァァ!!!!」
冷獣が、雁斗すら聞いたことのない声で叫ぶ。
「……内臓も焼かれたら降参か?」
(斬牙の奴、いつの間に炎なんかを!?)
「ガウゥゥゥ!!」
「しつこい。……放火斬!!」
炎を纏った斬牙の剣が冷獣を斬り裂いた。
「……斬牙さん。炎の希少の双剣なの?」
「長剣と短剣のな。甲多、よく気付いたな?」
「気付けただけだよ。何も出来なかった」
「そんなことはないよ。よく頑張ったさ」
斬牙は甲多を励ました。
「……やっと痺れが抜けたぜ……」
雁斗が起き上がる。
「雁斗。お前、抹殺斬を完全に会得してないのか?」
「ああ。何度やっても身体に痺れや痛みの反動がきやがる」
「あまり抹殺斬を使うのは好ましくなさそうだな。使い続ければ、お前の身体が悲鳴をあげかねない」
「頭では解ってるが、そうも言ってられねえ……冷獣はドンドン強くなってる」
「僕の攻撃も昨日の冷獣には効いたのに、さっきの冷獣には通じなかった」
「耐性が付いている、とか?」
斬牙が仮説を述べる。
「倒した冷獣の経験が別の冷獣に引き継がれてるってか!? ……んなバカな」
「なんにせよ、用心に越したことはないな」
斬牙は抹殺器をリストバンドに戻すと、雁斗に当てた。
「……斬牙、お前!?」
雁斗の傷が癒えていく。
「なに驚いてるんだ?」
「出来るのか!? 治療が」
「お前だって出来るだろ?」
斬牙が不思議そうに訊く。
「出来ねえよ。俺は親父以外で治療出来る奴を知らねえ」
「……雁斗。お前、一体なにしてた。俺が冷獣を倒すために必死になっていた時に、お前は何してたんだ」
「俺は冷獣を」
「倒せることに胡座をかいて、鍛練を怠ってたんだろ!?」
「違う!」
「じゃあ何故、抹殺斬を会得出来てない! 治療術を会得出来てない! ……与えたダメージだけでいえば、甲多のほうが上だ」
「……とにかく帰ろう? 雁斗さん、斬牙さん」
「そうだな」
斬牙が歩き出す。
(俺は……いままで何を?)
「雁斗さん?」
「……悪い、用事を思い出した」
雁斗が走り出した。
「雁斗さん!?」
「放っておくんだ」
追いかけそうになった甲多を斬牙が止めた。
「でも」
「大丈夫だよ。雁斗は、これぐらいじゃヘコまない」
「……分かった」
甲多は歩き出した。
「しっかりな」
斬牙も歩き出した。




