異世界召喚って、本当に迷惑以外の何ものでもないよね。
「は、何それ。マジで迷惑なんだけど」
斎藤悠里は心底嫌そうに、そして相手を心の底から軽蔑したような表情で吐き捨てた。
「…………え…?」
悠里の言葉に最初に反応したのは、彼女の半歩前右隣にいた可憐な少女だった。ただでさえ大きな瞳が、驚きと困惑にこれでもかと見開かれている。日本人とは思えないような異常な色素をした薄桃色の瞳が動揺に揺らめいている。その中に映る自分の姿を見ないように視線を移動させた悠里が次に捉えたのは、一段低い床に立っている、毛根大丈夫かと問いたくなるような髪色をした5人の男だった。こちらの方は悠里の発言が聞こえなかったのか、はたまた聞き取れなかったのか訝しげに眉根を寄せたり顔をしかめたりしている。
「あの、ゆ、悠里ちゃ、ん…?その、めいわくって、」
「迷惑なもんは迷惑。それ以外に一体何があるって言うの?」
少女の問いかけを冷めた口調で遮ると、男たちから少女の方へと視線を戻した。目が合うと、びくりとその細くて華奢な肩が小さく揺れる。何かを言おうとして、けれど何を言っていいのかわからない様子の少女に思わず目を細めると、少女は顔色を変えて慌てたうように口をつぐんだ。
「あんたは迷惑じゃないわけ?いきなりこんな意味わかんないところに連れてこられて、帰すことはできませんがどうか世界を救ってくださいって言われてなんとも思わないわけ?というかさ、あんたさっき分かりましたって言ってたけど、何をわかってんの?あんた、あたしの意見ちっとも聞いてなかったよね?聞くことすらしてなかったよね?あんたのわかりましたって、あたしもその中に含まれちゃってることも承知の上でのわかりましたなんだよね?馬鹿なの?アホなの?死ぬの?あんたのその発言によって、ただ巻き込まれただけの無関係なあたしまで危険に晒しちゃってるってちゃんとわかってんの?もしこれであたしが怪我でも、最悪死んだりしたらどうしてくれんの?責任とれんの?どうなの?」
「あっ、その、わた、私…っ」
「はっきり喋ってよ子供じゃないんだから」
これみよがしに大きく溜息を吐くと、少女はとうとう耐え切れなくなったのかその大きな瞳から透明な雫を零した。そのことに気がついた、男の中で一番偉そうな人物が悠里を睨みつける。憎々しいとでも言わんばかりの眼光に、けれど悠里は怯むようなことはなく、逆に睨み返した。男の一人が何かを言う。怒りに任せた発生に、それが怒鳴り声だということは理解できた。しかし、ゆとり教育のなかで温々と育った日本語と英語を少ししか知識として持たない悠里には、それ以外の言語で何を言われようとも理解することは出来なかった。理解できなければそれは言葉ではなく雑音だ。いや、雑音の方がまだ可愛げある。これはただの不快音だ。ハウリングを起こした調子の悪いスーピーカーの音を聞いているような気分だった。小さく嗚咽をこぼし始める少女を取り囲むように、今まで壇上に上がってこなかった男たちが移動を始め、あっという間に肉の包囲網が出来上がった。少女がお姫様で、悠里が悪のこの図式に、ただでさえ穏やかでない心が更に荒くれ立つ。
「ち、違うのっ。悠里ちゃんは悪くないのっ…!悪いのは全部私なの。だって、悠里ちゃんを巻き込んだのは私なんだもん。悠里ちゃんの言っていることは正しい。悪いのは私の方だわ…」
そりゃそうだ。心中で同意する。
悠里の目の前では、偉そうな男が少女の細い肩を抱き、女のような顔をした図体のでかい男が少女の頭を撫で、気難しそうないかつい男が涙を拭ってやり、髪が異常に長い男がその白い手を取って安心させるように握ってやり、悠里よりも何歳か歳が下に見える少年がその細い腰へと抱きついている。まるで、守るようなその態勢。なんだこれ。悠里は思わず顔を顰めた。自分は間違ったことは言っていない。正しい発言かどうかは別として、間違った主張をした覚えはない。先程の悠里の言葉は、ただの被害者の正当な主張だ。なのに、それをこんなふうに嫌悪感丸出しの反応で返されたのだから、やりきれないよりも何よりも、ただただ腹立たしいだけだった。
は?何?なにその顔。間違ったこと行ってないんだけど。というかあんたらあたしの言葉全部理解できてないでしょ?理解できてないのに、その女が泣いたってだけで何その反応。まるであたしがこの女を虐めてるみたいじゃん。調子のんなよ糞が。
心の中で罵倒する。苛立ちは募る一方で吐き気がしてきた。
どうして、どうしてこんなことになった。
今更ことの発端を思い出しても何も始まらない。けれど考えてしまうのはしょうがない。だって人間だもの。
でもさ、いったい誰が予想できるって言うんだよ。校舎裏でのありがちーな告白現場に出くわして、なんか知らないけどあたしが現れたからフラレたんだみたいな空気が男子生徒から出てて、この目の前の美少女がさらに男子生徒に止めを刺したのをプークスクスと心の中で笑いながら逃げ去るその背中を眺めてストレス発散して本来の目的を果たそうと通り過ぎようとしたら美少女に呼び止められてさっき見聞きしたことは内緒にしてあげてとか意味不明なこと言われて苛々してたら足の下に確かに存在していたはずの地面の感触が消えて、とっさの反応で逃げようと美少女から距離をとろうとしたらあろうことか抱きつかれて一緒に穴に落ちた先は異世界でしたって?なにそれ頭湧いてんじゃないの?おまけに勝手に喚んでおきながらお前は不要物みたいなことを少女越しの通訳で言われて、あははそうなんだーって言えるわけねえだろばっかじゃねぇの。帰れないってほんとふざけてるよね。人を馬鹿にしてるよね。思いっきり自分らの都合しか考えてないよね。最近のDQNでももっとマシな思考回路してるよ。ふざけんなよリアル中二病が。喚ぶんならまず返す方法が確立してその上でそれ相応の体勢を整えてから土下座してお迎えしろよ。何様のつもりだよこいつら。他人様に迷惑かけておきながら図が高いんじゃねぇのマジでくたばれ。
と、つらつらと考える傍ら、悠里はなんとか表情筋のすべての力を総動員して笑顔を浮かべてみせた。口元が引きつってるが、今の悠里にはこれが精一杯の微笑みなのだから仕方がない。
「ちゃんと通訳してよ」
「……わ、わたし…?」
「あんた以外に誰がいんの?」
「えっ、あっ、そ、そうだよね」
「………」
いちいちビビんなようざいなぁ、と考えながら溜息を一つ。少女の体が反射のように小さく震え、男たちの眼光がさらに鋭くなる。パブロフの犬かよ。死ねよ。思いながら、その旨を口にすることなく悠里は言ってやった。
「あたしはあんたらの世界にとってはただのオマケかもしんないけどさ、あんたらは謂わば加害者なわけ。お前に用はないから好きに生きろ?はぁ?人をなめんのも体外にしろよ。さっさと責任者呼んでこいや糞が」
ヒクリ、と。悠里の言葉に少女の口元が始めて引きつった。
異世界召喚?何それ美味しいの?こっちからしたらただの迷惑だから。喚ばれた方も迷惑だけど、巻き込まれた方はもっと迷惑なんだよ。仮にも国の重鎮がこんなんでこの国大丈夫なの?巫女だか神輿だか知んないけど、そんなもん喚ぶ前に人様に対する礼儀ってもんをしっかり覚えてからしやがれ糞どもが。
そうして、斎藤悠里は国王との直談判によって、国の食客としての地位をもぎ取ったのでした。