おわらない物語
「それで、彼女はどうなったの?」
頬杖をついたまま、どこを見ているともわからない表情のまま、彼は尋ねた。
一応話は聞いていたらしい。
しかし話す側としては……もうすこしこう、少年のように目に星を浮かべながら、机から身を乗り出すぐらいの勢いで尋ねて欲しかったものだ。
まあ、こちらの性格からその後の話の展開を予測しての態度だとは思うけど。
「…………。……それで、彼女はどうなったの?」
空気を感じ取ったのか本当に気になっていたのか、彼は眉を八の字に寄せながらも、頬杖をつくのをやめてこちらに向き直った。
それで少し気を良くした私は、彼の疑問に答えてあげることにした。
「ふふー。わかんない。」
満面の笑みで答える。
妙に声が弾んでしまったがそれが逆にいいダメージソースになったようなので問題なしだ。
「おまえなあ……人にさんざ物語を聞かせておいてそれかよ。」
彼は頬杖を再開し、三白眼でこちらをにらんだ。半開いた口は完全に逆三角だ。
作戦は成功。予想外なのは彼が思ったよりも私の話を聞いていて、かつこの物語を気に入っているような口ぶりだったということだ。
あまりいつもと変わらぬ不満の漏らし方のようだったが、表情と目の動きから本当に残念らしいことが伺える。
顔色を伺っていると、こちらの視線に気づいた彼はすぐに視線を窓の外に固定してしまった。
ちょっとだけばつが悪くなったので、一応フォローを入れることにした。
「わたしのせいじゃないよ……それに、しょうがないよ。……だってこのお話、本当に続きがないんだもの」
そう口にだしてから、相手をもどかしい気持ちにさせるはずだったのに、自分の心にもすこしだけ冷たい風が吹いていることに気づかされた。
……そう。この話はまだ完結していない。
というのもこのお話、一応の決着はついたものの、全体のストーリーの一部が完結しただけで、肝心の主人公の旅の動機の回収につながっていないのだ。
目先のちょっと大きな問題は解決したが、目的は達成していない。
主人公がその後どんな道を歩き、どんな地図を描き、どんな人々と物語を紡いだか。
まだその先はいくらでもありそうな状態のまま、続編の情報がない状態が続いている。
しかも厄介なことに、このお話がまた面白いのだ。
「それに、そのままだって十分面白かったし。いろいろ先のことが想像できていいじゃない。」
そういって彼の顔を覗き込んだが、彼はこちらを見向きもせずに外を見たまま、まばたきだけをした。
開いているほうの手の人差し指で机を叩いている。
明らかにこちらの意見に賛同していない様子だ。
完結していない物語の魅力。
無限の可能性。
主人公の少女はその後どうなったのか。
どうにでもなるのだ。
楽に進むか。苦労するか。
目的を達成するか。しないか。
幸せになるか。不幸せになるか。
生きるか。死ぬか。
その全てが定められていない。
その話はいつまでも終わらない。
いつまでも面白いままでいられる。
少しだけ退廃的な、儚い希望。
それはそれで素敵なことじゃないか、美しい物語じゃないかと、もう一度彼の目を見る。
なんだか彼に全てを否定されてしまった気がしたので、少しだけ瞳に力を込めた。
こちらの視線に気づいた彼は、姿勢を変えずに、視線だけこちらに移して口を開いた。
それなのに、全身をこちらに向けて仁王立ちをされたような錯覚を覚えたのは、なぜだろう。
「……どうかな。俺はそうは思わないがね。」
何気ないけれど、真剣な彼の声が、妙にささった。
「……まあ、別にお前の考えが間違ってるとかそういう風に否定してるわけじゃなくてさ」
ちょっとだけ慌てたように、少しだけ腰を伸ばして彼は言った。
きっと私の口はへの字に曲がっていたと思う。
「もちろんそういう話とか終わり方もアリで、表現として美しいこともあると思うんだ。ただ……」
少しだけ、少しだけ考えて間をおいて、彼はこういった。
「ただ……そういうのって、ちょっとだけ寂しい気がしてさ。」
彼の目は嘘を言っていない。
なんだか悲しそうな、残念そうな、もどかしそうな、目。
無表情で冷たそうに見えると人は言うが、やっぱり彼は感情豊かだと私は思う。
……そういう目は、卑怯だ。
「……むう。わかったわよ。わたしの負け。」
芽生えそうになった感情をごまかすように、彼から顔をそらす。
横から見たらとにかく不機嫌そうに見えたことだろう。
「不機嫌そうに」、見えたはずだ。
見えるように、頑張った。
「そうむくれるなよ……悪かったって。」
彼は本当に謝っているように見える。
そんな彼をちょっとだけいじめたくなったので、横を向いたまま視線だけ移して、またすぐにもどした。
彼は決心したとも諦めをつけたともわからない短いため息をついて、私の隣に座りなおした。
「もうそんな話の続きはいいよ。そんなことより……」
「そんなことより……」と、彼はもう一度とても小さな声でつぶやいた。
やや下を見て何か迷っているように見える。
続きが気になったので少しだけ、彼が分からない程度に彼の方に体を向ける。
やがて彼は自信がなさそうにこちらを一瞥したあと、私がぎりぎり聞き取れるくらいの声でつぶやいた。
「……俺は、『今』のこの物語の続きが気になるぞ。」
言って周りをブンブンと見回したあと、こちらをちらっとみてすぐ俯いてしまった。
耳は真っ赤だ。
……本当に。
卑怯だと思う。
すこしごちゃっとなった頭にアイロンをかけるように、私はさっと立ち上がり―――
「あだァーーッ!!何しやがる!」
彼の耳を思い切り引っ張った。
痛みに耐えかねて彼も一緒に立ち上がるが、耳はつかんだままなので身長差分腰を折った格好だ。なんとも情けない。
突然の叫び声に周りの視線が一気にこちらに集まったが、すぐに気にしないことにした。
周りには目もくれずに、彼に顔を目一杯近づける。
ニカッと笑顔を作り、一言。
「いーよ。ゆるしたげる。」
彼はそのまま固まってしまった。
星がつくほど声が弾んでしまったが、それが逆にいいダメージソースになったようなので問題なしだ。
なんだか彼は驚いたような、困ったような、ものすごく複雑な顔をしている。
ともあれこれで、私の勝ちだろう。
これで、私の勝ちだ。
何が原因で赤くなったのかもはやわからなくなった彼の耳から手を離す。
ふふっと自然に笑みが漏れた。耳を離したにもかかわらず、相変わらず腰を折ったまま突っ立っている。
すっかり気分を良くした私は、固まったままの彼の手を引き、外へ出るべく走り出した。
「お、おい。走るなよ。非常識な。それに恥ずかしいだろうが」
突然のアクションについていけず、よろけた彼があわてて言った。
「カタいこと言わないの」
「なんで急に外に」
「だってさっき言ったじゃない。『続きが気になる』って。……ここは図書館。物語を読む場所で、作る場所じゃないよ」
疑問符を浮かべる彼に、もう一度顔を近づけて、言った。
「物語を作るなら、外に出ないとね」
彼は一瞬固まったが、すぐに表情を緩めた。
いつもと反対の、なれない形に唇を曲げ、「そうだな」と一言。
不意の攻撃に不覚にも一瞬ほうけつつ。
やっぱり続きが気になるなと、わたしも思った。
お題が学園恋愛短編で練習