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 水宮 晶。それが目の前の彼女の名前らしい。

 てっきり色々と話しかけられたりするものと思っていたが、水宮さんはあたしの二歩前くらいを弾むような足取りで颯爽と歩いている。

 まぁそれはいいのよ。話しかけられたって満足に会話できるとは思えないし。さっきのアレ見ちゃうと、ねぇ?

 ガラガラ。時折吹く風にさざめく木の葉の音とキャリーバッグのキャスターの間抜けな音が、無言の二人の代わりに会話をしているよう。

 やぁ木の葉さんご機嫌よう。

 うるせぇ○ね。

 みたいな。

 はてさて。あたしはどうやらけっこうな距離を迷子ってたらしく、歩き始めてそろそろいい時間が経つ。三月下旬の暖かさと涼しさの入り混じった適温季節とは言え、流石に暑いし疲れた。お忘れかもしれないが、あたしはここまで結構な距離をあるいているんですよ。そもそもの間違いはちょっとしたハイキング気分でタクシー代をケチったことだろう。ええそうです貧乏性です。悪いか。

 この学校、いやさ学園は閑静な街の外れのちょっとした山を開発して造られている。山というとあたしなんかは木とか雑草とか花とかで彩らえた、テンプレートなTHE・山を想像するもんだが、しかしそこは流石有数のお嬢様学校と言うべきか。ちょっと前に舗装工事が行われ定期的にメンテナンスされているらしく、山道のくせにちょっと良い感じの散歩道な外観だ。鼻歌でも歌いながらハイキングと洒落込みたくなるのも仕方ないというものだろう。

 うん仕方ない仕方ない。なのであたしの間違いの原因ノーカン。

 いやーそれにしてもこう言う広い敷地とかを実際に識ると、秘密基地やら謎の組織やらを想像せずにはおれませんな。浪漫派のあたしとしては。

 イメージとしては絶対無敵○イジンオー。校舎が校庭ごと割れて中からメカが飛び出すわけですよ。

 あたしとしてはやっぱり鳳王かしらね乗るならやっぱり。確かに剣王もいいけど、あの尻尾がブレードになっている所とか素敵。飛べるし。獣王はパス。あのパイロットの子がなよっててなんか好きくない。

 そういえば、あのライ○ンオーと合体するドラゴンロボの名前ってなんだったかしら?

 

「――ソノちゃん?」

「わぷ」


 とかなんとかいい加減疲労で頭が茹だったあたしは、水宮さんが足を止めて振り返っていたことに気づかなかった。


「あら、大丈夫?」


 ――ってなんだこのビーズクッションみたいなほどよい柔らか素材は!? え? うそ、ちょっと。オイマジカ。この人あたしと同い年くらい、離れてても一、二コ上なだけよね? なんでこんなにやーらかいの? あたしのこんなに柔軟性ないよ? 一。ニコ違うだけでこんなに差が出るものなの? あたしもゆくゆくはこんなビーズクッションになれるの? ハハ、真逆。

 ……いや待て落ち着け違うでしょう。


「オーケー大丈夫です。思い出しました。確かバクリュウオーです」


 個体差による驚異的な胸囲の違いにノッキンヘルズドアしていたあたしは、とりあえずぶつかってしまったことを謝罪した。


「? 何を言っているのかわからないけれど、顔が赤いわよ、本当に大丈夫?」

「大丈夫です大丈夫。歩き疲れて暑いだけだから無問題」

「そう? ……ところで、私の話聞いていた?」


 おや。いつの間にやら水宮さんは何ぞ話していたらしい。マズったな、ぜんっぜん聞いてなかった。

 とりあえず話を合わせよう。


「ええ、聞いてましたとも。ライジン○ーが勇者シリーズに含まれないのはちょっと残念ですよね。同じサン○イズなのに」

「はぁ。聞いてなかったのね……。聞いてないなら聞いてないいないと、ちゃんと答えてちょうだい。変に誤魔化そうとするのは失礼だし、美しくないわ」


 いいこと? とずいとあたしの目を正面から見据えて言い含める水宮さんに頭を上下運動させる。

 今の一連は確かにあたしの非礼だ。反省。しかしそれはそれとして、おいこら顔を寄せるな。そっちにそんな気がなくても、さっきのあの光景を見てしまった方としては警戒レベルがハザードなんですよ。

 内心の焦りを悟られぬよう極めてクールに、不自然でないように一歩距離を取る。


「えっと。それで、なんですか?」

「ええ。大事なことを聞き忘れていたわ。ソノちゃんの“ソノ”ってどういう字を書くの?」


 と、今更ながらに今更なことを訊く。

 つーかいつの間にやらいきなり名前呼びか。まぁいいけど。


「墓苑の苑です」

「紫苑の苑ね。ふふ、苑だけで独立した名前なんて、佳いセンスの親御さんね。響きも私好みだわ」

「はぁ、そうっすか」


 名前で褒めらえたのは初めてだからどう返したものかわからず、反射的に酷く適当な返事をしてしまった。

 しかしそんなあたしに水宮さんはくすりと微笑み、そのまままた歩き始めた。

 なにがそんなに楽しいのやら。

 つーか寄宿舎はまーだでーすかー。


 会話のあとさらに暫く歩き、ガラガラと五月蝿いキャリーバックを遠心力に任せてハンマー投げよろしくブン投げたくなる衝動が鎌首をもたげたところで、ようやくそれっぽい建物が見えてきた。

 ノスタルジックな赤煉瓦造りの大きな洋館。海外とか行ったことないのでふさわしい情景がでてこないが、近いのが横浜の赤レンガ倉庫だろうか。……おや、いきなり感動値が暴落しそうに――。

 ともあれ、今日からここで生活するのかと思うとちょっと胸が弾む。

 弾むほど胸ないだろって? HAHA,ちょっとオモテ出ろ。


「ふふ、その様子だと気に入ってくれたみたいね」

「はいっ! なんかこう、イイっすね!」


 こういう時己の語彙不足が恨めしい。


「蔦とか絡まってると一気に雰囲気出そうな辺りもゾクゾクしますね。その場合逃げてましたけど」

「あら、ホラーはお嫌い?」

「ええ、ちょっと苦手で」


 ホラーがっていうか、総じてわけわからんモノがあたしは苦手だ。居るなら居る。居ないなら居ないでハッキリしてほしい。どっちつかずのグレーとか気持ち悪い。

 って、あたしはなんで自分の弱点を告白してるんだ?

 そしてなんで水宮さんはそこでなんか今まで違う感じの笑みを浮かべてますのん?


「まずは寮母への挨拶よね。寮母室はこっちよ」


 そう言うと水宮さんはまた颯爽と歩き出した。

 どうでもいいが、やっぱり美人だからか歩き方からして様になってるな。なんていうか、威風堂々というか、迷いない足取りというか。

 デュークなんたらさんみたいな歩行のプロが見たら、きっと感嘆するに違いない。あたしはプロじゃないから感嘆とかしないけど。


「一応寮母室は正面からも行けるけど、裏口から入る決まりだから覚えておいて」

「そうなんですか。けど、どうしてです?」

「色々あるのよ」


 色々、ねぇ。

 裏口からとなると迂回しなければならないので、ちょっと面倒くさいけど決まりなら仕方ない。

 正面玄関を迂回して裏へ回ると、黒檀の一枚扉が見えた。これが裏口なのだろう。


「六年Sクラス、水宮晶です。外部受験の新入生を連れてきました」

 

 コンコンと二回ノックしたあと、水宮さんはそう言った。六年?

 いやっていうか外部受験という言い方が気になった。なんでわざわざ外部とか付けんの? 疎外感を与える精神攻撃か!? なんて。


「はいはい、入ってらっしゃい」

 

 扉越しに中からくぐもった女性の声が聞こえた。優しそうで、温かみを感じる声だった。

 失礼します、と水宮さんが扉を開け中に向けて軽く一礼した。あたしもそれに倣い入室する。曲げる腰の角度って四十五度だっけ、七十五度だっけ?

 寮母室すごい質素な内装だった。白い壁に申し訳程度の簡単なアラベスク模様。テーブルと椅子。箪笥に寝台。全て木製で、それだけだった。


「晶さん、ご苦労さま」 


 そう言ったのは初老のご婦人だった。椅子に座ったまま、こちらを柔らかい眼差しで見ていた。


「いえ、これもまた、私の役目ですので」

「相変わらずなのね。けれどダメよ、さっそく手を出したりしたら」


 え、なんて?


「フッ、やめて下さい。ソノちゃんが警戒します。それに、私は誰彼構わず手は出しませんよ」

「そうだったかしら? オンナオオカミの渾名は伊達ではないと思っていたのだけれど」


 そりゃ警戒もするわ。エンカウント時のあれはどう見てもどう考えても、ソッチ系のいわゆるそういう趣味の人じゃないか。いやまぁ確かに、あたしは自惚れるほど大した容姿をしちゃいませんけれども、だからって警戒しなくていい理由にはならない。たとえ杞憂でも警戒しておくに越したことはないのデス。

 ていうかなんだ、オンナオオカミって。寮母さんの言的にもなんかもうあからさまなニュアンスしか汲み取れないのですか。

 はーいエマージェンシー、エマージェンシー。ハザードランクを上げろー。ダメですこれ以上上がりません。なにー。


「それに、もう名前で呼んでいる辺り、本当は狙っているのでしょう?」

「茶化さないで下さい。ここではそういう決まりではないですか」

「あらあら、けれどそちらの新入りちゃんはそうとは知らなかったみたいよ?」


 ん? ああ、あたしか。あたしのことで盛り上がってるっぽいのになんか蚊帳の外みたいだったから聞いてなかった。

 どこかのタイミングで「おうコラワレぇ無視せんとけや」とかって言えたら、この二人にそれはそれはヨイ印象を植え付けることができるのだろうが、いかんせんあたしにはこの学園をシめて頭を取る、みたいな世紀末チックなモヒカン的野望はない。となるともう空気中の微生物さんたちと戯れるしかなかったあたしを、誰が責められるだろうか。

 会話を止め、こちらを見ている二人に、え? なにと軽くキョドるあたし。


「えっと、なんですか? 水宮さん」

「ああ、そういえば言ってなかったわね。ソノちゃん、ここでは苗字での呼称は禁止よ」

「え、なんでですか?」


 そんなこと案内に書いてあったっけ? ていうか初対面の人を名前で呼ぶのあまり得意じゃないんだけど。


「ここには各界の子女が多いから、それに配慮してるのよ」

「えっと、それはつまり。苗字によるお金持ちレベルの差を感じさせないようにするためですか?」

「そうね、それが理由の一つよ」


 他にも理由があるのか。


「さて。ようこそ、当学園へ。歓迎するわ。この寄宿舎の寮母をしています、迫京です。気軽に、お京さんって呼んでね?」


 結構とっつきやすい人みたいだ。お京さんはそう言うと微笑んだ。うん。嫌いじゃない。こう言う人は割と好きだ。たまに雑談とかしに来るのもいいかもしれない。


「細かい規則や諸注意は、生徒手帳にも書いてあるし、省くわね」


 実を言うと、私も覚えていないのよ。といたずらっぽく笑う仕草や喋り方が、お京さんを見た目よりも若く見せる。水宮さん――改めアキラさんも苦笑していた。


「ああ、けれど。これだけは守ってね。ここは門限が厳しいから、6:30までに自室に戻っていないと罰則がつくわ」


 うげ。なにそれ早すぎではないしょーか。


「それにね」

 

 まだあるの?

 あたしは相当嫌な顔をしたのだろう。アキラさんに肘でつつかれた。


「長期休暇中の二週間の帰省以外は、特別な理由がない限り外出は禁止されてますから」


 ……Pardon?


「――その特別な理由も一年に一回受理されればいいほうだから」


 ほら!ほら!!だから嫌なんだ。誰かと一緒に生活するなんてのは。ましてや寮とか寄宿舎とか!ああもお、あんのクソ野郎どもめ! この恨み、晴らさでおくべきか……!?

 とりあえず、呪い電波を送信。ぴぴぴぴー。食中毒になれ。ぴぴぴぴー。


「ちょ、ちょっと。ソノちゃん?」

「……あんですか?」


 女の子の声とは思えないような、思いたくないようなおどろおどろしい重低音があたしの口から出てきた。我ながらビックリ☆

 あたしのその声と、きっとズモモモと出ているだろう暗黒面のめいた黒いフォースに、アキラさんは引きつった笑顔で引いていた。ちょいと心外。


「それで、苑さんのお部屋は」


 それでも構わず説明を続けるお京さん。かなりマイペースな人だな。さすがに年季の入った人は違う。

 そんな女性に対していささか失礼な事を考えながら、とりあえず電波の発信を一時停止。


「――301。一番端っこの角部屋よ」


 おお。これは素直に嬉しい。あたしは席順にしろ部屋順にしろ『端』が好きだった。別にたいした理由はない。ただ、挟まれていると言う感覚がたまらなく大嫌いなのだ。落着かないし、なんだかイライラする。しかも角部屋ということは日当たり良好間違いなし! 不動産的にもレア物件。なんせ一階につき二部屋しかないんだしね。当たり前だけど。

 ところで以前友人に端の良さを語ったところ、「へんなの」と短く一言のみの感想を頂いた。他人に何をどう思われようがソノちゃん別に気にしませんけれども、さすがに『端』好きを共感してくれる人が一人もいないのは正直寂しい。やはり語り合いたいじゃないか。『端』の良さについて。そこらへんについて語り合える友人ができたらいいなって。


「あら?」


 と、お京さんが小さく声を上げた。


「どうしました?」


 アキラさんが訊ねるがお京さんは何か一人ごとを言っていて、聞こえていないようだった。

 どうしたのだろう?もしや、その部屋は何か曰く付だとか?……勘弁して欲しい。あたしはその手の話が本当にダメなのだ。下手したら恥も外聞もなく大声で泣くかもしれない。ちびる可能性も捨てきれない。

 過去にお化け屋敷でマジ泣きかました時の、友人達のその後のあたしへの扱いの変化が思い出される。なんて形容すれば上手く伝わるだろうか。

 ――……一生懸命背伸びをする子どもを見るみたいな生ぬるい感じ。

 ああ!思い出すだけで!!


「ごめんなさいね。苑さん。貴女と同室の子、中等部生だわ」


 脳内あたしが脳内身悶えしていると、困ったわねぇ、みたいな響きでお京さんはそんなことを言うのだった。中等部生? あーなんだ。そんなことか。


「それだけですか?」

「ええ」


 同室の子が誰だろうとあたしは気にしないぞ。そりゃ、不潔だったりガチの同性愛者だったら本気で御免被りたいけど、まさかそんなはずないだろうし。


「わかりました。妹みたいな感じでフレンドリーかつユーモラスに接します」

「ええ。そうしてあげてね」

 

 冗談っぽく笑いながら言った言葉に、お京さんは真顔でそう返すのだった。

 アキラさんはアキラさんでなぜか神妙な顔をしている。

 え、なに?

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