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プロローグ

 長い長い坂をえっちら歩くこと幾星霜――とあたしは感じた――。ちょっと前から見えていたその建物の全容を前にし、思わず「おお…………」と感嘆の声が漏れた。いやー、さすがは金持ちが集まる超の付くお嬢様学校、でかいね。

 小洒落た感じの大きな校門。巷にあふれる無骨でつまんない学校郡には無い、華美でない程度でありながらも格式の高さを見る者に与える、西洋風の造りの校舎。校舎と校門のあいだには瓶を抱えた女性の像の噴水があり、その周りにはベンチが幾つか設置してあった。きっと昼休憩なんかにはここでお弁当を広げたりするのだろう。

 さてところで。あたしの家は自慢ではないがお金持ちとは言い難い。あーいやまぁ確かに、そこいらのご家庭に比べれば多少は裕福に見えるかもしれないような家庭ではありますが。間違ってもこんな靴下三つ折りスカートのプリーツは乱さず挨拶はご機嫌ようで笑う時は口元に手をあててうふふな、少女コミックの世界みたいな異世界に来ていい種類の人種ではない。

 それじゃあなんでこんな所で桜舞う麗らかな日差しの下、汗をうっすらと流しながら苦虫噛んだような顔でいるかといいますと、偏に過保護な我が家の男集の暴走の賜物である。

 というのも、あたしは中学を卒業し高校へ進級するにあたり1人暮らしを企んでいた。とはいえ未成年。親の庇護下からそう簡単にエスケープできるわけがない。あたしの企みはけっこう早い段階で露見してしまう。具体的には三者面談で。

 んでまぁ過去に色々あって箱入りと言うほどではない程度に過保護になっている男集、お父さんと三兄貴ズはあたしの野望に猛反対。

 連日に渡る口論とあたしの引く気を見せない強情さに妥協案が出された。

 それがココである。

 あーもう、どーしてこうなった。

 1人暮らしは許さないが寄宿舎に入るというなら折れよう。というお父さんの言葉にあたしも確かに妥協したが、これはないと思うんだ。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。

 いつまでも過去を振り返ってもしかたない。あたしは明日に向かって二段飛で駆け抜ける女。サクっと現実を受け入れよう。前向きに考えれば、こんな異次元空間での生活なんてそうそうできるもんじゃない。プラス思考だ。これは良い経験になる。

 顔を上げ、大きくてお洒落な校門をくぐる。

 ガラガラとなるキャリーバッグの音が場違いすぎて思わず笑っちゃう。



 さて。あらかじめ送付されていた案内に従うなら、あたしはまず寄宿舎の方へ行き寮母に挨拶。その後自室で制服に着替え職員室に行き簡単なガイダンスを受けねばならないらしい。

 面倒だがしかたがない。ここは見ての通りのスーパーなお嬢様学校。しかもかつては純粋培養お嬢様製造工場だった程の古い歴史もあるらしい。加えて幼等部から大学部までのエスカレーター式。中途入学者はそうそう居ないという話である。そりゃあ細かなルールなんかがあるのだろう。

 まぁそれはいいんだけどさ。


「どこよ、ここ?」


 案内に記載されている地図を頼りにテクテクガラガラ歩いていたのはいいのだが、歩けど進めど目的地に着かない。どころか案内に添付されている寄宿舎の写真のような建物の影すら見えない。見えるのは葉っぱとか枝とか木とか樹とか樹木である。

 てゆーか広すぎんのよここ。学校にこんな無駄な広さ要りますー? しかもあたしが今歩いてるここって、どう考えても森林浴に最適な遊歩道とかそうゆうアレよね。

 巫山戯んなよちくしょー。

 ぺしん、と案内を舗装された煉瓦敷の道に叩きつける。あーもう、全てこのわかり難い地図がいけないのだ。そうとも、決してあたしが方向音痴だったり地図が読めない可哀想な子なわけじゃあない。断じて!

 とかなんとか、八つ当たって自分を正当化してみてもこの状況が好転するわけでもない。あたしは案内を拾ってまた歩くしかないのである。

 あー誰かに出くわしても良さそうなものじゃない。

 なーんて他力本願なことを考えていると、どこからか声が聞こえた。

 捨てる神あれば拾う神有りとはこのこと。きっと日頃の行いが良いあたしへ天恵に違いない!

 しかもよく考えればこのイベントは上手く活かせば、部外者ちっくにはぶられかねないあたしのお友達第一号ゲットのチャンスでは!?

 声のする方へと駆け出したくなる気持ちを抑えてレッツゴー。


「あーん、晶さまぁ、たまには晶さまのおへやにぃ……」

「だーめ。あそこは貴女のテリトリーではないでしょう?」

「えー。でもぉ……」

「ふふ、それじゃあここを誰かに譲る?」

「や~ん! それはダメですぅ」

「それじゃあワガママを言わないの。ね?」

「……は~い」

「ん、いい子ね」


 そこには木陰で木に背中を預けて座るエラい美人な女性と、その女性の膝に子猫が甘えるみたいに横になっている女の子がいた。 

 ……オーケー、ゴッド。調子乗ったことは懺悔します。あたしは男集があたしに甘いことをイイコトに、ちょくちょく奴らのお奴らをくすねてました。もう二度としません。反省――いや猛省し、明日と言わず今日今から改心して善行を積みますので、どうか現実世界へサルベージミー。

 ……。

 …………。

 シット! 懺悔してるのになんも変わりゃしねー。てことは目の前の糖尿病への最短コースみたいな甘ったるいピンク空間は現実か。

 ぐぬぬ。しょせん落ちてる神なんてこの程度か……。

 幸い向こうはこっちに気づいてないっぽい。今見たことは忘却というゴミ箱へダストシュートしてしまおうそうしよう。

 ぺきっ。

 ……はいはいお約束お約束。

 回れ右したところで落ちていた小枝を踏んでしまうあたし。

 ここでダッシュして逃げりゃいいものを、あたしは振り向いてしまった。

 

「「「……」」」

 

 向こうもさすがに気づいたらしい。目が合う。っと、あれれ? なんか見る見る女の子の顔が不愉快気な感じに……。


「どうかしたの?」


 改めて聞くと、その声はまるで上質な楽器の奏でる調べのようなだった。

 その声と、まるで美の女神が自らを模したような浮世離れたキレイさに、思わず声が詰まった。

 いつもの調子で楽天家めいたお調子者風のあたしでいようと思うのに、なんだかそれがひどく場違いに思えてしまう。

 それはきっと、木陰から僅かに差す日の光に照らされた銀色の神だとか、切れ長の蒼穹を切り取ったような瞳だとか、明らかな異邦者に対しても向けられる柔らかな笑が、本当に幻想的で……。

 ブンブンと二、三往復頭を振る。何バカみたいなことを――。


「……えっと、あたしこの春からここに入学することになった椎本 苑って言います」

 

 一度深呼吸をしてとりあえず名乗る。


「案内に寄宿舎へ行くように書かれていたんですけど、道に迷っちゃって……。申し訳ないのですが、寄宿舎がどこか教えてもらえませんか?」


 よーしよく言えたあたし。

 ファーストエンカウントがちょっとドン引きだったけど、そんなことを思ってるとは思わせないナイス対応。初対面の人にはまず敬語で! そうすればとりあえず波は立たない。


「そう。寄宿舎は反対方向よ」


 内心で小さなあたしたちがあたしを胴上げしていたのだが、その一言で落とされた。

 うっわ恥ずかしい! 自らの方向音痴っぷりを初対面の人に晒す羽目になるとは。


「そうだ、案内してあげるわ」


 え、なんて?


「えーっ! 晶さまぁ……」

「そう残念がらないで。この埋め合わせはしてあげるから」

「でもぉ……」

「貴方は迷える子羊を突き放す私と、手を差し伸べる私、どっちが好き?」

「うう……」

「そういうことよ。――そうね。じゃあこうしましょう? 今日のお風呂、私が洗ってあげるわ。全身、くまなく、ね」

「えっ!?」


 不満そうに上目遣いで女性を見上げていた女の子の顔が、一気に真っ赤になった。きっと“そういうこと”なのだろう。

 どうでもいいが当事者置いてけぼりで話を進めないでもらいたい。


「えっと、あー、いや。道さえ教えてもらえればいいですよ? ほら、邪魔しちゃ悪いし!」


 なんてあたしの拒絶はどこ吹く風。


「遠慮しなくていいのよ。さ、行きましょう」


 いやいや、遠慮じゃねーし。

とりあえず今日はここまで。

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