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Diaspora Online  作者: 本倉悠
序章 仮想世界への誘い
6/10

(6)

3月18日。0:45分、修正。

「お二人は、乗り物酔いとかは平気な方ですか? 車とか」


 どこかから医療器材を担いできたスタッフが、出来たてほやほやの外装データを確認しながら尋ねた。


「俺は、特に問題ないかな。釣り船とかだとちょっときついけど」

「ええっと、私はー」

「おまえも大丈夫だよな、遊園地のアトラクションなんかは全部乗らなきゃ気が済まないタイプだし」


 にやりと笑う俺に、妹が心外だと言わんばかりの目を向けてきた。


「それなら、酔い止めの薬は必要ないですね。VR機を使ったことは――」

「いえ、残念ながら未経験です」

「私も」


 俺たちの返事に気を損ねることもなく、スタッフは朗らかに笑った。こういう笑顔が瞬時に作れる人は正直羨ましい。


「了解しました。お二人の血圧と体温を計りますので、どうぞこちらへ」


 外装データの送信を終えたスタッフは、手首に嵌めるタイプの血圧計と、脇に挟むタイプの体温計を差し出した。俺はそれらを受け取ってからまず血圧計を手首に嵌め、スイッチを押した。自動で締め付けが始まり、30秒後には実測データが数値として表示された。体温計はものの5秒で計り終わった。二人ともに平熱で、異常は確認できなかった。

 最後にお手洗いを済ませてから、というようなことを言われ、室内に併設されているユニットバスのトイレに順番に入った。例によって妹の強い要望により、俺が先で妹が後だった。


 全てのチェック項目を満たしたところで、ようやくVR機に触ることを許された。ケーブルに流す脳波を微調整するためのヘッドギアを装着した俺たちは、VR機内部のシートに横たわった。


「陽菜、大丈夫か?」


 隣で仰向けになった妹に声をかけた。少し緊張しているようだが、うなずき返す余裕はあるみたいだ。


「では、装置の蓋を閉じます。よろしいですか?」


 片手を上げて了承の意を示すと、女性スタッフは胸ポケットに差していたリモコンを抜いた。


「少し浮遊感が出てきますがすぐに終わりますので、できるだけ体の力を抜いて待っていてくださいね」


 スタッフがリモコンを操作すると、VR機が微かに振動し始めた。それから間もなく透明な蓋が足元から頭の方へ、ゆっくりと覆っていった。



■◇■



 こうして接続を終えた俺と妹は、手始めに外装の名前を確認し合った。俺の外装はMIZUKI。妹の外装はHINA。お互いに一目でわかる容姿なので、待ち合わせには困らないだろう。

 回りを見る余裕が生まれたところで、俺はこの場に集っているプレイヤーの外装(キャラ)を確認した。体格がスキャンされていることもあり、はたまたそこから修正できる数値が誤差プラスマイナス5センチに制限されていることもあり、人の体格を逸脱した者はいないみたいだ。

 ざっと見渡す限りではデヴィルとエルフにやや人気が偏っており、それに続いてオウガ。ヒューマは俺の予想通り一番少ない。割合でいうと、3:3:2.5:1.5といったところだ。

 そして男女比は、予想に反してそこまでの差がなかった。男六人に対して女四人といったところだ。外見年齢は10~20代が集中しているが、それは今が夏休みの直前だからだろう。大事なことだが、結構可愛い子も多いみたいだ。男子としては胸が躍る。

 ふと気づくと、妹が未だ俺の周りをぐるぐると回っていた。ふーん、へー、などと言いつつ一人で納得している。


「おいこら、あんまりじろじろ見んなよ」


 回りにいる何人かのプレイヤーがなにをやっているのだろうという目でこちらを見ていた。正直とても恥ずかしかった。一方の妹は人目に晒されることにもう慣れているのか、一向に動じる様子がない。


「お互い様でしょ、兄貴だってさっき私のことじーっと見てたじゃん。それにしても、ほんと良くできてるね。なんだか普段の印象とほとんど変わらないわ。どっか変えたところあるの?」

「肌の色と、髪型は多少いじったかな」


 俺は調整の時のことを思い出しつつ、そう答えた。小麦色と肌色の中間色を出すのは非常に難しかった。


「え、本当にそれだけ? 身長は? 体格は? 八重歯とか泣きぼくろとか、刺青とか古傷とか、オプションパーツだって色々あったでしょ?」

「だから、それを決める時間がなかったんだって。たった10分じゃ仕方ないだろ」

「……はああ」


 これ見よがしに溜息を吐き出した妹に、さすがにカチンとくる。


「優柔不断って言いたいんだろ。へえへえ、自覚していますともさ」


 やや自虐気味の発言に、今度は妹の顔がムっとなった。


「別にそんなこと一言も言ってないでしょ。まっ、カップ麺の味噌と豚骨どっちを買うかで五分悩むのはさすがにどうかと思うけどね。一分間(インスタント)の意味がないって伯母さんも呆れてたし」


 周囲からクスクス笑いが聞こえ、いたたまれなくなった。おのれ、何年も前のネタを持ち出しよって。憎まれ口を叩かせると延々と続けられるからな、こいつは。


「もう終わったことをぐちぐち言うなって。ともかく、今回は悩まず適当に遊ぶって決めてるの」

「ふうん、まあいいけど。せいぜい足を引っ張らないでよね」

「ああ、それで思い出した。今後のことについてなんだけどさ」

「ん、なによ?」

「おまえ、この後のclosedβは参加するんだよな」

「当然、そのつもりよ。よほど仕様が気にいらなければ別だけど」

「だとしたら、VO(ヴァルハラ)はどうすんだ? さすがにかけもちはできないだろ」

「別に、どうもしない。育てたキャラには未練あるけど、VOそのものに未練はないし」


 予想外の答えに俺は面食らった。表情から戸惑いの色を感じ取ったのか、妹は肩をすくめてみせた。


「一か月前にギルマスが抜けちゃってからてんで自分勝手に行動するやつが多くなっちゃってるのよ。オフ会の誘いがしつこくていい加減鬱陶しいし。万事うまくいってたら体験会になんかこないってば。たとえVRであろうとね」


 それはごもっとも。先ほど浮かなそうな顔をしていた理由がやっとわかった。VOのクラメンへの説明なんてする気はなかったってわけだ。

 妹は性別と同じ女キャラでVOをプレイしているが、スカイプは男性用の変声アプリを通して行っている。つまりはネカマを装ってプレイしているということだ。オフ会にいけるはずなどないし、誘いをいちいち断るのが面倒だというのもわからないではない。


「で、それがなによ?」

「いやさ、別に無理してPT組んでくれなくてもってことを言いたかったんだ。さっきも言った通り、俺は自由きままにプレイするつもりだし、おまえがいつもみたく廃プレイかますつもりなら、他のスタートダッシュ組と足並み揃えた方が効率が……」

「誰も無理なんて言ってないでしょ! なんなのよその言い方、ほんっとムカつく」


 肩をいからせ、妹が強かに足踏みした。今日はどうも喜怒哀楽の波が激しいというか、感情がちっとも読めない。せっかく楽しむためにきたのに、怒らせてばかりでは元も子もない。ここは年長者の余裕を見せておくか。


「すまんすまん、気が利かなかった。な、この通りだ」

「……っ」


 俺が拝むように手を合わせて片目を瞑ると、妹の眉がぴくりと上がった。


「……のよ」

「へ、なんだって?」

「……なんでもない。もういい、私も少し大人げなかったし」


 そう言ったきり、妹はそっぽを向いてしまった。口は悪いし愛嬌も足りない。それでいて学校では人気がある不思議。妹の主観ではなく、友人からの客観的な情報なので間違いない。先ほど他のプレイヤーに声をかけられたというのも嘘ではないだろう。

 とりあえずは折れてくれただけで由としておこう。と、俺はそこであることに気づいた。


「あのさ、おまえの基本装備、なんだかぶかぶかじゃね?」

「……あー、うん。もう少し服のサイズ、なんとかならなかったのかしらね」


 妹が不満げに両手を前に出した。初期装備である無地の長袖Tシャツは大きすぎたのか、だぶついている上に手首が完全に隠れてしまっていた。辛うじて親指の先が確認できるくらいの丈だ。装備については現実の寸借通り、大まかなサイズ毎に区分けしていたのだろう。普通のMMOではなんら気にならないことが、VRMMOでは思わぬ弊害になる。ま、こうしたギャップも新鮮だからいいけどな。


「そのまま手え伸ばしてろ。ちっと調整してやっから」

「え? あ、うん」


 手首の裾の部分を折り曲げ、二重にした後で折り返した。少しばかり不格好だが、こちらの方が圧倒的に動きやすいだろう。妹は下ろした腕を見て

「あ、ありがと」

 そう呟いた。ひよこのように尖った口を見る限り、鵜呑みにする気はさらさらないが。


「いいって。足の方は大丈夫か?」

「ああ、うん、だいじょぶ。そっちはぴったり」


 ちらりとそちらに視線を送る。シャコールグレーのホットパンツの下はライトイエローと白の縞ニーソックス。うむ。うむうむ! 初期装備にしては気合が入っているじゃありませんか。開発者は男心のツボをちゃんと心得ているようだ。この分なら他の装備品にも期待が持てるだろう。



 ――ヴン


 ふいにピアノ線を爪弾いたような音が聞こえ、付近にどよめきが走った。反射的に声の方向を追う。プレイヤーたちの転送とは異なる黄緑色の光の柱が出現していた。

 俺や妹も含むプレイヤーたちが警戒して身構える中、柱の消失と共に姿を現したのは額に二本角を生やした赤いスーツ姿の女だった。

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