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Diaspora Online  作者: 本倉悠
序章 仮想世界への誘い
5/10

(5)

 最奥の赤絨毯が敷き詰められたエレベーターに乗り込み、スタッフが4階のボタンを押す。全7フロアで地下1階は駐車場。最上階は屋上でソーラーパネルが設置してあるそうだ。


 まずは外装のテンプレートを作るべく、エレベーターの真正面、スキャニングルームに通された。そこでは医療機具を使って体の表面や輪郭を丁寧に読み出し、さらには外骨格までを分析。そうすることでプレイヤーの外装データを構築するそうだ。

 順番待ちの時間も含めて一時間近くを要したが、待合室にはディアスポラの公式イラストがいたる所に貼りつけてあった。さらには世界観の設定資料集(パンフレット)までもが並べられていたため、それを見て時間を潰せば苦にもならなかった。デフォルメされた可愛らしいキャラクターに目を細めているプレイヤーが大勢いた。

 スキャンを終えた俺と妹はチケットごとに指定されている個室に案内され、スキャニングルームから数十メートルほど離れた所にある角部屋へ案内された。



 電子式のスライドドアを潜ると、部屋の全容が見えた。広さは16畳と日本のツインルームにしてはやや広めだ。部屋の中ほどには木製の簡素な長テーブルが。その上には黒色のノートPCが2つ、左右対称で並べられていた。

 そして、壁際には一目でVR機とわかるものが二つ、設置されていた。


 VR機は――あくまで俺個人の印象になるが――肥え太ったピーナッツのような外観をしている。外殻の上半分は可動式の透明な開閉蓋で、下半分は白く塗られた金属製の殻に電子基盤が埋め込んである。外部バッテリーが足側のコネクタに挿し込んであるだけで、タコ足のようにだらしなくコードが伸びているといったようなことはない。無線での相互受信が可能なようだ。

 中には長時間のプレイにも差し支えないよう緩衝材(クッション)をふんだんに使った内張りが施されている。試しに寝そべってみると、横倒しになったマッサージチェアのような感じで、ベッド代わりに使っても問題なさそうな感じだ。違う点といえば、頭を預ける両側の部分に電波を相互受信するプラグがついていることくらいだろう。

 ちなみに俺は、VR機の実物を見るのは初めてではなかったりする。というのも、VR機は元々MMO以外に使われていたからだ。


 そもそもVRはロボットのシュミレーターを改良して開発された代物。MMO会社と提携しているネットセンターの他、アミューズメントパーク、医療施設、介護施設などにも普及しつつある。主な用途は娯楽用だったが、向精神薬の代わりにもなるらしい。心地よい風景と電波を流すことによって鬱病に大きな改善が見込めると発表されたのが確か十年近く前のことだったか。

 一方で、家庭ではそれほど普及していない。空間型レイヤー並に高額なこともあるが、それ以上に大きさが大きさなのでまず置き場所に困る。何部屋もあるような大邸宅なら金銭面ともども問題ないのだろうが、一般庶民にはいささかハードルが高い。


「今回は一日だけの体験イベントになります。貴重品は念のため室内の金庫に入れて指紋認証のロックをお願いいたします。使い方については張り紙に書いてあります。それから、イベント中は外側から電子ロックをかけさせていただきますが、一応ドアのチェーンキーもかけておいてくださいね。もちろん敷地内は警備員が巡回していますけれど、所定の注意を守らなかったことで起きてしまった窃盗や傷害事件などについては当社としても責任を負いかねますので」


 物騒な話題に、妹が心細そうに肩を寄せてきた。そういえば何年か前に、別会社のVRMMOでプレイ中だった女の子が変質者に暴行される事件があったな。思い出すのも胸糞悪い。


「ないとは思いますけれど、たとえば窓をぶち破られたりした場合、プレイヤーがすぐに気づく方法ってあるんですか?」


 不肖な兄ながら、妹を外敵から守る責任は常々自覚している。完全武装したやつに勝てる自信はないが、せめて時間稼ぎくらいはしてやらねばなるまい。


「緊急事態には警報装置が作動して、VR機が強制的に切断(ログアウト)されます。もっとも、部屋の窓は防弾ガラスに準じたものを使っていますのでまず破られることはありませんし、室内には対侵入者用のセンサーも取りつけられています。今回のイベント開催に際しましては警察関係者にもご協力をいただいておりますので安心してお楽しみください」


 なるほど。万全の防犯体制といったところのようだ。妹もそれを聞いて安堵したのか、俺の腕に絡めていた手の力を少し緩めたようだ。

 スタッフがキャラ作成について流れを説明し終えてからほどなく、センター内にチャイムが鳴り響いた。


「それでは時間になりましたので外装の調整を開始してください。制限時間は10分間です」


 スタッフが退室すると共にPCのディスプレイに四つのウィンドウが立ち上がり、先ほど読み取った外装に正面、見下ろし、サイド、バックの視点が加わる。まずは種族を決める必要があるようだ。俺は四種族の説明文に目を通した。


 野性を尊び、力と練磨を至上とするオーガ。

 世の歴史を尊び、知識を探求するエルフ。

 あらゆる意味で精神的な自由を謳歌するデヴィル。

 秩序と解放、相反するテーマを内包するヒューマ。


 それらの中から選択した種族の特徴に、VR機で解析(スキャン)されたプレイヤー自身の性別と身体的特徴の情報が加わり、基本的な外装(キャラ)が構築されるらしい。マウスでカーソルを合わせると、プレビューの外装に角が生えたり耳が尖ったりといった変化があった。

 肌の色は褐色から雪色まで自由自在。体の各所も伸縮可能だが、プレイヤーのイメージから逸脱しすぎないよう5センチまでという制限が設けられている。また、泣きほくろや刺青などのパーツもあるようだ。が、俺がこういうものに凝ってうまくキャラ作りできた試しはない。

 ふと、妹がどんな感じで作っているのが興味がわいた。が、立ち上がった俺を妹が目で制止した。


「見ちゃダメ」

「へ、なんでだ? どうせゲームの中で会うことに……」

「バ、バカッ、ちゃんとキャラの格好を見なさいよ!」


 妹が顔を赤らめて俯いた。格好、と訝りつつ俺は外装の全体像を見た。上半身は裸で、下半身には見慣れない無地のトランクスを穿かされている。妹の恥ずかしがり方からすると、女キャラもそれに準じた格好なのだろう。上はブラで下はショーツか。いやしかし、サイズAのブラってあるのかな。でも、Aだけタンクトップだったら差別だしな。少し惜しい気もしたが、仕方なくそのまま着席した。

 それにしても、とモニターを注視する。外装のリアリティが半端じゃないのだ。あばら骨の浮き具合まで俺が普段浴室で見ているのと判別し難い。

 一方で怪我の痕やシミソバカスまでは映し出されていない。反映するべきところとそうでないところは開発者側も弁えているようだ。


「新作をやるのも久し振りだな、楽しみだ」

「あれ、兄貴ってMMO部に入ってるんでしょ?」


 たびたび手を止める俺とは違い、向かいからはマウスのホイールを回す音が止まない。用意周到な妹のことだ。おそらくはどういう外装を作るかある程度決めていたのだろう。


「いや、本格的にやるのはって意味。うちの部活、正式名称はMMO研究室って言うんだけど、部長がちょっと変わった人でな」

「変人?」

「い、いや、縮めなくていい」


 M研部長兼生徒会副会長を務める清樹院(セイジュイン)美咲(ミサキ)は、職員室でも評判の模範生徒。ハーフでスタイル抜群で銀髪ツインテールというマニア垂涎モノの帰国子女だ。

 そんな彼女が二年前に立ち上げたM研は、なんでもMMOにおける経済と心理の働きを知る目的で発足させたとのこと。独特な思考の持ち主であることは否めないが、飾らない美人なので彼女を慕う生徒は男女を問わず多くいる。

 とはいえ、活動の内容には彼女の気まぐれと強制力が働く。普通にプレイすることもあればアイテム売買掲示板の値段の流れを見ているだけで一日が終わることもある。雨の日と晴れの日ではチャット掲示板の表題にどんな傾向がもたらされるか。そんな感じで提起された問題をレポートにして提出したりもする。

 活動内容をおおまかに説明し終わったときには予想通りにというか、妹が眉根をひそめていた。


「……微妙。そんな部活、よくやってられるわね」

「メンバーは部長も含めて気のいいやつばかりだからな。活動も週二日だけだし、たまに和気あいあいとプレイすることだってある。さすがに家に帰ってからはやる気がしないけど」

「そうなんだ。それじゃあ、寮では普段なにをしてるの?」

「読書に、テレビに、あとは、SONIAとかもたまに。寮長に許可もらってトレーニングルームに入り浸ってることもあるけど」

「え、兄貴SONIAなんてやってたんだ! 全然知らなかった。なんで教えてくれないのよ」

「教えるもなにも、つい最近始めたばかりだからな」


 SONIAとは作曲ソフトの名称で、電子妖精にユニットを組ませて歌わせることができるというものだ。作曲を趣味にしている友人が作った伴奏に面白半分でメロディラインを乗っけたらセンスあるって言われて嬉しかった。その後は友人の勧めもあって自分で始めてみたというわけだ。まったく俺は単純なやつである。伴奏の方がよほど作るのが手間だということに気づかなかったのだから。


「ねえ、作った曲公開してるんでしょ? 今度アドレス教えてよ」

「だが断る、恥ずかしいだろ」

「いいじゃんいいじゃん、いい評価書き込んであげるからさ」

「さくらじゃねえかよ! 大体、聴くに堪えなかったらどうするつもりだ」

「んー、そのときはそっとブラウザバックするから安心していいよ。だからいいでしょ」


 よくねえ。想像しただけで泣ける。



 馬鹿話をしている間に終了時刻は残り1分少々に迫っていた。外装の作成がひと段落したところで、椅子

にもたれかかり、天を仰ぐ。


「そういやさ」

「ん、なあに?」


 断続的にキーボードを叩きつつ、妹がモニターの横から顔を覗かせた。


「いやさ、ログイン時には星座の選択、質問の回答により隠しステータスの増減があるって言ってただろ」


 スタッフの説明を思い出しつつ、俺は腕を組む。横に座る妹が顎に指を当て、小首を傾げる。


「ああ、それ気になるよね。本編攻略とは直接的な関係がないって言ってたから、基本能力値とはまた違うんだろうけど。あ、噂をすれば、スタッフの人戻って来たみたいよ」



 妹がちらりと後ろのドアを窺った。廊下の方から足音が近づいてきた。

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