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Diaspora Online  作者: 本倉悠
序章 仮想世界への誘い
1/10

(1)

初めまして。他の作品を見てくださった方は毎度ありがとうございます。

体感型MMOって、どういう仕組みでどのようにキャラを動かすのだろう、という視点で書いてみました。

話の流れは終盤まで決まっていますが、自分が気に入らない文章は予告なく変更することがあります。後書きは主にオンライン用語の補足説明になる予定ですので、心得ている読者様は飛ばしてくださって結構です。よろしくお願いします。

 冷却ファンの駆動音が聞こえ始めてから間もなく、前触れもなく身を横たえていたシートが消失した。体が支えを失い、宙に投げ出された。

 本能的に瞑っていた目を開けると――濃霧のような視覚効果で視界が閉ざされてしまっていた。が、それでも空へと向かって落ちていくのがなんとなくわかった。重力が裏返ってしまったかのように。

 目に見えない巨大な掃除機(クリーナー)のホースの中を、引力に従ってうねりながら上昇していく。経験したことのない異様な感覚に手足は強張るばかりだった。



《もう少し、体の力を抜いてください》


 どこからともなく高い声が聞こえてきた。俺は、なぜかその言葉に従わねばならないということを知っていて――実際にそうしようと努めていたが、なかなか胸の高鳴りは収まらなかった。小刻みに震えていた指を手の中に収めては放す。その動作を繰り返した。

 気休めだったが、それでも少し効果はあったようだ。上昇する速度が少しずつ収まってきた。ややあって俺の目の前に現れた拳大の光球が、ゆっくりと腰を軸にして回り始めた。球の動きは段々と加速していき、ついには目に追えぬ速さとなった。



《はい、いい感じです。あとちょっとで終わりますからね》


 声が言い終える前に点滅していた光球の連なりが消失。

 上昇していたエレベーターが停止するように浮遊感が収まり、視角を遮っていた濃霧が少しずつ晴れていく。



 ――ID009030、意識レベル30。認証成功。接続ログイン完了しました。



 先ほどの優しげな声とは明らかに異なる、無感情な機械音声が鼓膜を震わせた。思考が五感とともに蘇っていく。

 気づけば俺は、見知らぬ部屋の中にいた。十四畳くらいの広さで、家具など余計なものが一切見当たらず――――窓はおろか入口すらもないことにやっと気づいた。天井には天窓も照明もついておらず、床にも敷き板の継ぎ目すら見つけられなかった。

 そこは完全に閉じられた、柔らかな白で統一された空間だった。一体どうやって中に入ったのか。そんな疑問を抱くより先に、部屋の中央に立っている男に注意が向いた。黄緑色の麻布で織られた服を身につけ、淡茶色のストールを首にかけていた。ベルトには短剣らしきものが収められた革製のホルダーがついている。

 俺自身の体を読み取って微調整した、俺だけの容れ物だった。目は、二重まぶたのせいか温厚そうにも不眠症っぽくも見える。とある二枚目半の俳優に似ているなどと言われることもあるが、それが不特定多数の女性との不倫問題で億単位の賠償金がどうのこうのと騒がれているロクデナシとあってはまったくちっとも嬉しくない。

 事実、容姿のせいでなにかと軽い性格に見られがちなのだが、自己診断では内向的というほどでもないにしろシャイなやつだ。飲みかけのペットボトルを、隣の席の女子に掻っさらわれて飲み干されることで動揺してしまうくらいには。

 灰青色の髪は、下の方は耳にかからない程度に切り揃えられ、上の方は手入れがいい加減な芝生のようにざっくばらんだ。中肉中背よりはやや痩せ気味の体系。腕は文化系とそう変わらぬ太さだが、足回りはぐっと引き締まっている。小中と陸上競技をやっていたおかげだ。中学二年の体育祭までは毎年リレーの選手を請け負っていた。

 とはいえ、この場所に置いては経歴など意味を成さないし、必ずしも見た目と性能スペックが一致するとも限らない。ガゼルのように軽快なステップを踏む太っちょや、相撲取り顔負けの突っ張りをかます美少女がいても不思議ではない。肩幅厚いヤクザ風の強面が、逆上がりができるか怪しい小学生になす術もなく力尽きることすら、考えられる。

 仮想空間内に、現実の常識は持ち込めない。


 足から顔へと視線を戻す。外装の目は固く閉じられていて、口元もまったく動いていなかった。

 これからどうすればいいのだろうかと思っているうちに、目と鼻の先に半透明のキーボードが現れた。最先端の技術を駆使した光学素子で形成されたもので、外の輪郭を電子の帯がチリチリと舐めている。キーの配置はパソコンと同じだった。

 光が薄らいだような気がしたので、俺は宙を見上げた。外装の頭上には、文字入力欄とカーソルが出現していた。

 遅れて空間に半透明のレイヤーが立ち上がり、説明文が映し出された。



《あなたの分身に名前をつけてください。なお、ゲーム内での変更は不可能です。誤字脱字には十分にご注意ください。制限時間は五分です》


 文章のすぐ下で05:00と表示されていた数字の並びが04:59に変化。カウントダウンが開始された。

 ふむ、と顎を手の平で撫でさする。キャラ名についてはいつも迷う。自分の名前、瑞貴をそのままローマ字入力するとMIZUKI。男にしては珍しい名前だから、自分に似た外装も相俟って個人情報保護の観点から不安が残る。

 かといって、ゲームやアニメキャラの名前をつけるとオタクに思われそうだし、以前に独創(オリジナル)で格好いい名前をつけたときには中二乙という心ない言葉を失笑とセットで差し出された。次元竜遥渡(ジゲンリュウバルト)のどこがいけなかったのか、いまだに俺は納得していない。今となっては推測する他ないが、秀逸なセンスに対するやっかみも多分に加わっていたのだろう。

 まあ、プライバシーについてはさほど気にする必要もないかもしれない。モテる妹と違い、俺にストーカーがつくとは考えにくいからだ。

 ……精神の自傷行為はほどほどにしておこう。そのうち本当に立ち直れなくなりそうだ。

 制限時間が迫っていた。テンポ良く指を動かしてMIZUKIと入力する。



《MIZUKI、こちらでよろしいですか? Y/N》


 再度エンターキーを押すと、キーボードの平面が縮んで横線になり、文字と一緒にフェードアウトした。



《MIZUKI、あなたの宿星を入力してください》


 宿星とはなんぞやという疑問を抱く前に、星座を表す絵柄のカードが12枚、輪になって並んだ。淡色の絵の具で描かれたようなそれらの絵は、児童書の見開きにあるようなほのぼのとしたものだった。


 左端から時計回りに、金色の毛に覆われた羊/神々しい白の牡牛/背中合わせに立つ二人の若者/巨大な片バサミを掲げる青い蟹/今にも飛びかからんと身構える白金の獅子/母性溢れる金髪の女性/右手に赤い心臓、左手に鉛色の重りが乗せられた天秤/尻尾を掲げた紫のサソリ/半人半馬の雄々しき弓使い/下半身に尾ビレがついた山羊/くびれた水瓶を持つ銀髪の美少年/互いの尻尾を絡め合うイルカの親子/が書かれている。


 うろ覚えだが、接続前に女性スタッフから星座を選ぶという説明があったような。接続ログインしてからそんなに経っていないはずだが、長時間寝て起きた後みたく記憶が曖昧になっているようだ。手首に目をやって時間を確認しようとし、腕時計の針が止まっていることに気づく。今ここにいる俺はあくまで意識にすぎないからだと思い当たる。

 俺の誕生日は9月7日、乙女座だ。あえて誕生日通りに選ぶ必要があるとも思えなかったが、別段他の星座に思い入れがあるわけでもない。淡色で描かれた女神のカードに手を伸ばした。

 その途端、選択されなかった11枚のカードが一番端にあった羊のカードに重なっていき、くるりと裏返って消失した。

 残された一枚のカードから、描かれていた優しげな女性が立体化し、豊満な胸の前で手を合わせて目を細めた。シースルーに近い薄絹の衣が体の輪郭をくっきりと見せており、物憂げな表情と相俟って妙にエロい。

 合掌しながら天を仰ぎ見る女性が、宿した光を万歳するように上空へと解き放つ。反動で乳房が上下に弾むのを横目に、小さな太陽のような光がゆっくりと上昇していき、瞬間的に目が眩むほどの光を放射した。反射的に腕を掲げて光を遮る。

 腕を下ろすと既に女性の姿はどこにもなく、代わりに青い文字の羅列が空中に浮かんでいた。



 ――あなたは、この世界にどのような印象を持っていますか?


 1:受容

 2:公平

 3:残酷

 4:虚無



 うへ、と反射的に呻いていた。自慢にもならないが俺はこの手の抽象的な選択問題がとても苦手だ。全部当てはまる気もするし、全部当てはまらないような気もする。これといって決まった解があるとも思えず、しかし直感で決める前に出題者の意図を深読みしてしまうのだ。

 とりあえず、ここは1番が無難そうだ。世界が公平と思えるほど純真無垢ではないつもりだし、かといって3番と4番からはマイナスのイメージが強く伝わりすぎる。

 ところで選択はどうやって示せばいいのだろう。などと思っている間に質問文が消失し、今度は別の文章が左上から右下へ、すごい勢いで伸びていった。解答は選ばなくていいのだろうか。それともただ単に時間切れだろうか。



 ――もし、あなたが一国の支配者となった場合、民たちになにを重んじるよう指導しますか?


 1:奉仕活動

 2:順法精神

 3:独立心

 4:協調性



 これもなあ、と頭を抱える。一見で判断すると独立心と言いたくなりそうなものだが、国を停滞させないようにしなきゃならんわけで勝手をやられたら困るかもしれない。時と場合によっても違うだろう。奉仕活動(ボランティア)は他人が強制することじゃなくて内面から派生するべきものだと思うし。

 消去法で4だろうか。けれど、意味合い的には2も捨てがたい。などと悩んでいる最中、先ほどと同じように質問が消失した。しかも、先ほどより消えるタイミングが早かった。

 もしかしたら、こちらの脳波か深層意識かなにかを汲み取って答えを出したのだろうか。だとすると、自分でこうと思っている答えと選んだ答えは異なるのかもしれない。そう考えると少し怖くもあった。



 ――あなたにとって、一番許しがたいものはなんですか?


 1:不正

 2:背信

 3:堕落

 4:諦念



 全部よくないことだが、やっぱり裏切りだろうか。他の選択肢より他者に対する悪影響が突出している気がするしな。2番を強くイメージすると同時に、質問文が消失した。



 ――では最後に、今のあなたが一番大切に思っているものを選んでください。


 1:家族

 2:信―

 ――――

 ――――



 全ての選択解答が表示される前に質問が消失。室内の輪郭がゆらゆらと歪み始め、意識が遠ざかっていった。

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