第23話 黒扉の向こう側と世界の中枢
白い空間が砕け、消えたあと――
三人の前に残されたのは、ただ一つ。
巨大な黒の扉。
それは“存在している”というより、“そこにあると認識させられている”ような奇妙な違和感を伴っていた。
輪郭ははっきりしているのに、視線を外すと形が曖昧になる。
近づこうとすれば距離感が狂い、遠ざかれば逆に近づいたように感じる。
まるで、空間そのものが歪んでいるかのようだった。
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「……気持ち悪ぃな」
ガルドが顔をしかめる。
盾を構えたまま、一歩踏み出そうとして――止まる。
「距離感がおかしい」
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「うん」
アイリスも同じ感覚を共有していた。
(これ、単純な物理じゃない)
座標そのものがねじれている。
“扉”という見た目をしているが、実際には――
(空間の接続点)
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「触れるなよ」
ガルドが念を押す。
「普通じゃねぇ」
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「分かってる」
アイリスは軽く頷いた。
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リーナが静かに前へ出る。
「確認する」
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「待って」
即座に制止。
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「ここは慎重に」
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リーナは一瞬だけアイリスを見る。
そして、わずかに頷いて下がった。
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「……どうする?」
ガルドが問う。
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アイリスは扉を見つめる。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
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(普通に触ったらアウト)
(でも――)
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「バグで触る」
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「は?」
ガルドが固まる。
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「そのままの意味」
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アイテムボックスを開く。
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手を入れる。
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出す。
戻す。
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繰り返す。
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だが今回は、今までとは違う。
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対象は“物”ではない。
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(空間そのものをズラす)
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意識を集中する。
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アイテムボックスの内部。
外部。
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その境界を曖昧にする。
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「……おい、それ」
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「黙ってて」
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集中を切らさない。
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出し入れ。
出し入れ。
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やがて――
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“手”がブレる。
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実体が二重になる。
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「……よし」
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「何がよしだ」
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「触れる」
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アイリスはそのまま、黒い扉に手を伸ばす。
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本来なら、触れた瞬間に何が起こるか分からない。
消滅するかもしれない。
転移するかもしれない。
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だが――
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ブレた手が、扉に“重なる”。
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そして――
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何も起きない。
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「……通れる」
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「マジかよ……」
ガルドが呆然とする。
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「多分、“認識トリガー”を回避してる」
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「つまり?」
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「普通に触ると発動する処理を、ズラして無効化してる」
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「……分かるようで分からん」
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「気にしなくていい」
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アイリスは一歩踏み出す。
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そのまま――
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黒い扉の中へ。
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リーナが続く。
ガルドも覚悟を決めて踏み込む。
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そして――
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世界が変わる。
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次に視界が開けた時。
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三人は、“空”に立っていた。
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「……は?」
ガルドが間の抜けた声を出す。
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足元には何もない。
だが、落ちない。
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周囲には、無数の“光”。
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それは点のようであり、線のようでもある。
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流れている。
絶えず、動いている。
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「……これ」
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アイリスの目が細くなる。
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(見覚えがある)
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ゲーム時代、開発者向けに流出した資料。
そこにあったイメージ。
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「……データ層」
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「データ?」
ガルドが首を傾げる。
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「世界の裏側」
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簡単に言う。
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リーナが周囲を見渡す。
「敵は?」
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「……いる」
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アイリスの視線の先。
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そこに――
“それ”はあった。
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巨大な構造体。
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結晶でも、機械でもない。
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だが、どちらにも見える。
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絶えず形を変えながら、光を放っている。
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「……あれが」
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「中枢」
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確信だった。
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(全部の原因)
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その瞬間。
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構造体が反応する。
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光が収束する。
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そして――
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『……異常侵入者……検知』
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今までとは違う声。
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より明確で、より“上位”。
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空間が震える。
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「……来るね」
アイリスが静かに言う。
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ガルドが笑った。
「ここまで来たら、やるしかねぇな」
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リーナも構える。
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三人の視線が交差する。
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ゴミスキルと呼ばれた力。
それは、世界の中枢へと到達する。
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そして少女は――
“この世界そのもの”と対峙する。




