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共同生活1

 病室に入ると、クロエが半狂乱でヴェンの名前を呼び、泣き叫んでいた。

「クロエ、落ち着いて。俺だよヴェンだ。もう大丈夫だから。」

 ヴェンがクロエに寄り添い、呼びかける。

「寝ている時に何かの記憶が呼び起こされて、それに怯えている様だね。」

 タロが冷静に判断する。

「タロ先生、来ていただけて助かります。私たちにはもう手が付けられなくて。」

 フーティスがホッとしたようにそう言った。

「鎮静剤を服用させようとしたのですが、近付く事もできなくて。」

 説明が終わらぬうちに、ヴェンの言葉に落ち着いたのか、クロエが大人しくなった。

「そんな。」

 フーティスは呆然とその様子に驚いている。


「何だろうね、この子の反応。」

 タロが興味深そうにそう言った。そして、「元々明日この子を担当するはずだったから、僕はこのままここにいる事にするよ。ヴェン、君はどうする?」と聞いてきた。

 どうすると聞かれても、ここでヴェンに出来ることは無い。クロエにまた発作が起きても、タロがいるなら大丈夫だろうと判断する。

「明日また来るよ。とりあえずローズの両親がクロエを預かるとか言ってたけど、ここまで関わったら、最後まで見届けないと気持ち悪いからね。」

 もちろん救助した責任感もあるが、それよりもクロエのことが心配でならない。

「明日の診察が午前10時ぐらいで、その後ダナ氏も立ち会って検査結果を出す事になっている。」

「ダナも来るのか?」

 クロエに、よほど重大な秘密でもあると言うのか。昨日からダナへの不信感が消えない。

「明日になれば分かるんじゃない?彼はヴェンのこと信頼しているみたいだし。そんなに身構える事もないよ。」

 顔がこわばっているのがバレたのか、タロがそう言って静かに笑った。そう言えば、カンも同じような事を言っていた。二人が呑気過ぎるのか、自分が気にし過ぎるのか、ヴェンは苦笑いを返し、その日はそのまま家に帰る事にした。


 次の日の朝、クリニックに行く前に自分のオフィスに出向く。

「おはようございます。」

 ニニが元気よく挨拶してきた。彼女はオフィスの雑務を担当してくれて、週に3日ほど通っている。

「おはよう。長い間留守にして悪かったね。」

 ヴェンも笑顔で挨拶を返す。

「本当に久しぶりの出社ですね。なんだか大変な事に巻き込まれたらしいって、カン君が騒いでましたよ。大丈夫なんですか?」

 ニニは少し楽しそうに聞いてきた。普段は野次馬根性があるような娘ではないが、非日常感を感じているのか興味はあるようだ。

 ニニは、今年アカデミーの文化人類学のコースを終えてばかりの20歳で、学生時代からバイトとして働いている。アンダーエリアの郊外で両親と飼い犬と一緒に暮らしていて、両親は二人とも画家で悠々自適に暮らしているらしい。

 いつも亜麻色の長い髪を一つの三つ編みにして背後に垂らし、明るい色のワンピースを着ている事が多い。優しく大らかな性格の女性で、いつもニコニコと微笑んで、来客たちの緊張をほぐしてくれる。彼女はシステム管理担当のカンと共に、このオフィスになくてはならない存在である。

 実はカンがニニに気があるらしく、褒めたりして気を引こうと頑張っているようだ。しかし、ニニにその気はないらしくいつも空振りしている。そんなカンを微笑ましく思い、心の中で応援しているヴェンであった。


「まあ、人命救助をしたんだけど、なんだか訳ありみたいでね。何が何だかまだ分からないよ。」

 首をすくめながら、一昨日からの出来事を手短に説明する。ニニの興味がますます膨らんでいくのが分かる。目をキラキラしながら聞いてくるニニに、思わず吹き出してしまう。

「まだ説明があるみたいで、今日はこのままクリニックへ行くよ。後でカンも来るはずだから、また留守を頼むよ。」

「まだ、関わる事があるんですか?」

 ヴェンの役目は終わっていると思っていたのか、ニニは少し驚いたようだった。

「俺も、このままじゃ気になるしね。申し訳ないけど何かあったら連絡してくれるかい?」

 確かに自分の役目は終わっていて、このまま放っておいてもいいのかも知れないが、とてもそんな気持ちになれない。

 ニニと今日の仕事の打ち合わせを軽くしてから、ヴェンはオフィスを出た。


 クリニックに着くと、すでに全員が集まっていた。

 ダナと彼の親友のローバル夫妻もいる。ローズは昨日、クロエは夫妻に預けられると言っていた。人の良さそうな、いつも穏やかな笑顔のローバルと、気の強そうなキリッとした眼差しのサラ女史。ピンクローズの気の強さはきっと彼女に似たのだろうとヴェンは思う。一見するとチグハグにも見えるが、ダナ曰く、こんなに仲の良い夫婦もそうそういないと言う事だ。そして、今日の朝、正式にクロエの主治医となったタロの姿もあった。

 ただ、肝心のクロエの姿がないのが気になった。

「クロエは?同席させないのか?」

 ヴェンは、本人がいない所で決めるつもりなのかと訝しむ。子供とは言え、自分の引き取り先を初めに知る権利はあるだろう。

「そりゃ期待させて違いましたじゃ、かわいそうだろ?」

 片眉を吊り上げてダナが言う。

「期待ってなんだ?」

 ヴェンには何の事だか分らない。


 ダナは今日も、身体にしっかりと合わせたグレーのスーツに身を包み、明るいピンクのシャツを着ていて、服装選びに余念が無い。

 彼は色んな意味で隙が無い。年齢は45歳だと聞いているが、委員会のトップを長年続けているせいか老練の貫禄がある。そうかと思えば、少年の様な無邪気さも持ち合わせて、出会っても3年も経つが、未だその人格を掴みきれない。今日も一体何を考えているのか。


「もちろん、クロエの希望に応えることだよ。」

 ダナが当たり前の事だろうと付け加える。

 ヴェンもそんな事ぐらい分かっている。その希望とは何だと聞いているのに、ダナは肝心のことは言わないで、なんだか面白がっているように見えた。

 横を見ると、ピンクローズと両親のローバル夫妻が、困った様な表情で宙を睨んでいる。もしかしたらクロエを預かることに、不安があるのかも知れないと思ったが、そうでは無いらしい。

「やはり、僕たちが預かるのが一番いいと思うんだけど。」

 ローバル氏が話が違うとダナに抗議する。

「でも、肝心のクロエがそれを望んでいない様なんだよ。俺はなるべく彼女の希望を聞いてあげたい訳で。でも、そのためには色々確認しなくちゃいけないし、ちょっと難しい問題があるのは認めるよ。」

「なんの話なんだよ。勿体ぶらないで、さっさと言えよ。クロエの希望ってなんだ?ローバル氏なら、地位的にも立場的にも何の問題もないはずだろう?クロエが望まないってどういうことだよ。」

 ヴェンは話の成り行きが読めずに少しイライラする。

「まあ怒るなって。じゃあ、単刀直入に言うさ。お前にクロエを引き取ってもらいたい。」

 ダナがあっけらかんとそう言った。


 一瞬何を言われたか分からなかった。しばらくして焦りながら、「無茶言うなよ。クロエは思春期前の女の子なんだぞ?それで俺は中途半端に大人の年齢になった男だ。」と叫んだ。

「問題あるか。」

 ダナがわざとらしく「困ったな。」と顎をさすった。

「問題だらけでしょうに。クロエがヴェンに会いたいならいつでも会えるのに、わざわざ一緒に暮らす意味が分からないわ。」

 ローバスの妻、サラが眉間に皺を寄せてダナに抗議する。

「あなたはいつも無茶なことを平気で言うのね。ヴェンが少女に対して変な性癖が無いにしても、それを証明できないでしょうに!コンプライアンス的に許可が出るわけないわ。」

 何だか、サラにとんでもないことを言われた気がする。

「いや、俺はどちらかと言うと大人の色っぽい女性の方が好きだけど・・・。」

 しなくてもいい言い訳をして、横にいるタロに笑われた。

「後見人にはヴェンの両親に頼めばいいと思いますよ。その上で児童福祉法に則って、定期的にクロエに面談で確認すれば何とかなるのではないですか?そして僕を含めたここにいる全員が証人になって、各々に責任を持たせると言うことなら、何とか許可が降りるのではないですか?」

 タロが冷静にそう提案して来た。

「それで良いと思うよ。じゃあ、ヴェンお前にクロエを預ける事にするから、くれぐれも頼んだぞ。」

 ダナがそう言って、満足そうに笑った。


 ヴェンはまだ何が起こっているのか頭が追いつかない。

「俺の許可無く勝手に決めるなよ。」と思わず叫ぶ。

「お前で無いとダメそうなんだよ。」

 タロが昨日から今日の診察までの経緯を説明し出した。

「お前が帰った後もクロエが何度も発作を起こしてね。お前の名前をずっと呼ぶんだよ。すごい懐かれ方だと思うけど、理由はわからない。最終的に僕が暗示を掛けるような状態にもっていって何とか落ち着いたけど、僕が毎回暗示をかけに行く訳にはいかないじゃないか。だから、お前と一緒に暮らすのが一番良いんだよ。」

「良いんだよって言われても困るよ。いや、クロエと暮らすのが嫌なんじゃないけど、俺は家を空ける事も多いし、そんなに独りにさせるのは可哀想じゃないか。」

 ヴェンの混乱は収まらない。

「お前が留守の時は僕が預かるよ。それで問題ないはずだ。」

 タロがことも無げにそう言い返す。

 思わず、「それじゃあ、お前が引き取れば良くないか?」と反論するも、「僕は夜の商売があるから、ずっとは無理だよ。」と返された。

「お前、そんなにクロエと暮らすのが嫌なのか?」

 二人の会話を聞いていたダナが、睨みを利かせながらヴェンに言い寄った。

「嫌じゃないけど・・・、」

 ヴェンが言い淀んでいると、「じゃあ決まりだな。」とダナがニヤリと笑い決めてしまった。

 結局ダナに押し切られ、ヴェンは深くため息をついた。



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