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アッパーエリア

 南大陸の西には、巨大なマーサ山脈とマーイル山脈が並行する様に南北に君臨している。二つの山脈の間は広大な渓谷の様になっていて、幅の広い所では700キロメートルにも及び、濃密な亜熱帯のジャングルに覆われている。

 前の破壊的な戦争の後、渓谷の中央部分にニューセイントシティーが造られた。正確に言うと、聖地を中心とした反戦活動家と管理AIマザーによって用意された、人類が最後に到着した都市である。


 終戦前、このまま行くと人類が滅亡するのは、誰でも分かっていた事だった。それでも南北の大陸の対立を止めることは出来なかった。人類は愚かな事だと自覚しながらも、己の面子に拘り、相手より優位に立ちたいと言う欲求に抗う事が出来なかった。何度も行われた和平交渉も、どうでも良い様な理由で物別れになり、最早何の為の戦争なのか誰も考えようとも思わなかった。人類は滅亡するしか無いと誰もが諦め、人々は自暴自棄になり世界中の治安が壊滅状態に悪くなった。


 そんな破滅的な世界に、奇跡が起きた。後に「マザーの大反乱」と呼ばれる、世界中の全てのシステムがシャットダウンした大事件である。

 その時は既に銃火器を含めた全ての兵器がコンピュータによって制御されていた。今更、弓矢や騎馬兵で戦う訳にも行かず、何よりみんな戦争に疲れてこれ以上戦うことなど出来なかった。これは、南北で分かれていたシステムを、全く違うアリゴリズムで構成されたマザーの管理下で統一することに成功した、聖地の反戦活動家たちの勝利であった。

 ただ戦争が終わったとは言え、直前まで憎しみあっていた記憶が直ちに癒される訳ではない。家族が殺された者も多く、故郷が戦場になって追い出された者もいる。それ故に、相手のことを恨む気持ちを昇華させる事は、なかなか出来ることでは無かった。

 それでも終戦の交渉の場で少しずつ、お互い歩み寄る姿勢を見せ始める。十数年もの時間をかけて、残された人類は安全な環境のニューセンイントシティーに集められた。そして少しずつ蟠りを解いていった結果、この街は人類最後の楽園と呼ばれる様になったのだ。


 アッパーウエアは自家用車の乗り入れは全面禁止である。ヴェンも車をパーキングに預け、エレベーターでアッパーエリアに移動する。

 アッパーエリアは、経済、学術、そして行政の3つの特別区で構成されている。それぞれ街の形から、キューブ、スパイラル、そしてタワーの愛称で呼ばれることが多い。エレベーターはアンダーエリアとキューブのターミナルを繋ぐ。ターミナルからはチューブと言われる透明な筒状の線路を走る列車が、アッパーエリアの主要な場所を環状線で巡っている。チューブの各駅からは、縦横無尽に動くリフトが網の目のように配置されており、車がなくても移動に困らない。


 3人はエレベーターを降り、スパイラル行きのチューブへ乗り換える。スパイラル総合病院前駅で降りて、病院内にあるクリニックの受付へ向かった。

 ピンクローズは、「一晩の入院になりそうね。」と言いながら、受付の操作を続ける。後は任せておいても大丈夫そうだ。

「それじゃあ、俺はここで帰った方が良いのかな?じゃあな、クロエ。」とその場を離れようとした。

 たった1日一緒に居ただけだが、クロエと別れることが少し寂しいような気もした。しかし、ヴェンにはこれ以上することも無い。

「いや!!」

 思いかけずクロエがヴェンの服を掴んで引き留めた。これにはローズの方が驚いたようだ。

「大丈夫よ。ヴェンだってまた会いに来てくれるから。」

 そう言って宥めようとするが、クロエは泣き出しそうな顔をして「ヴェンがいいの!」と叫んだ。

「随分気に入られたのね。」

 ローズが溜め息を吐いて、「クロエが不安になるのは可哀想だから、もう少し一緒に居てくれる?」と頼んできた。

「俺が居て落ち着くのなら。構わないよ。」と了承した。

 何故か少し嬉しいような妙な気分になる。短い間に情の様なものが芽生えたのかも知れない。


 無事に今日の検査は終わり、残りは検査結果を受けて心療内科による問診だけとなった。かなり細かく検査したから、結果は明日の朝になると言うことで、今夜はやはり入院する事になる。クロエはまだ少し緊張している様であったが、入院はすんなり受け入れたようだ。。ただ、明日以降のことは何も聞いておらず、ヴェンもそこは気になって質問した。

「とりあえず、私の両親がクロエを預かると言う事で話は纏っているわ。」

 ローズはそう言った。ローズの両親はダナと学生時代からの親友同士で、父親のローバルはダナと同じく委員を長くしているし、母親のサラは結婚してからもずっとローバルの秘書を続けている。

「ローバル夫妻なら安心かも知れない。」

 ヴェンはとりあえずホッとする。

「でも、クロエはあなたと居たそうだけどね。」

 ローズが少し困った様にポツリと呟く。

「それは無理じゃないか?俺は家を空けることも多いし、なによりあの子はこれから思春期を迎える女の子なんだぞ?」

 ヴェンは何故か焦ってしまう。

「かなり無理やり審査を通す必要があるかもね。」

 ローズが意味ありげにクスリと笑った。


 夕方になり、面会時間も終わりになった。

「今日は看護師さんたちがいるから心配しないで。明日の朝また来るから。」

 不安そうに見つめて来るクロエの頭を撫ぜる。クロエは黙って頷いた。

 担当になった看護師に何かあったら連絡をくれる様に頼み、ヴェンは病院を後にした。


 そのまま帰る気にもならず、タロが副業でやっているバーに寄ることにした。

 行政特区、タワーのオフィスエリアと居住エリアの境目あたりに、そのバーはある。タロは産まれた時から隣に住む幼馴染で、大人になった今でも一番の大親友である。


「よお。」

 少し気怠げに挨拶をしながらバーの扉を開く。

「いらっしゃい。今日は早いね。」

 タロがカウンターの中で微笑んでいる。


 タロは聖地の血を色濃く受け継いでいるのか、肌はもとより、髪もまつ毛も全てが白い。そしてこれも聖地人の特徴なのだが、彼は性別を決めずに生まれて来てそのまま大人になった。

 普通は思春期になると自然に性別が固定化するものだが、ごく稀に性別を決まらずに大人になる人がいる。それでもある程度の年齢になればホルモン注射などで性別を決めるものだが、本人曰く「決め損ねた」らしい。

 背中の半分ぐらいまで伸ばした白い髪を、一つに纏めて後ろに垂らしている。サファイアの様な濃い青色の瞳の切れ長の目、血の色がそのまま浮き出たような赤い唇。背丈はヴェンと同じぐらいの180メートルの長身だが、全体的に華奢で手足が長い。

 赤ん坊の頃から見ているヴェンも、その中性的な姿にドキドキする事がある。


「いや、昨日までインタビューで郊外に出てたんだけどね。途中で車が故障して・・・。」

 ヴェンはクロエの救出から、さっき病院へ送り届けたことまでを語る。

「あれ?もしかして明日の予約の子かな?今日の朝、僕を指名して来たんだ。」

 タロが怪訝そうに呟く。

「俺の幼馴染だって分かってて、ダナが調整したのだと思う。」

 ダナのやりそうな事だと、ヴェンは驚く事も無かった。


 タロの本業は心療内科の医師で、週に3日程度スパイラルのクリニックで外来を担当している。

 手術なども機械的に正確なロボットの方が信頼できるこの時代、ほとんどの医療はAIで診断出来る。それでも、心の病気だけはやはり人間の医者でないと、うまく診断出来ないらしい。外科や内科など他の科目でも、医者が診断することは無くなったが、医療カウンセラーがAIの診断に即したアドバイスをして、患者のメンタルケアをしている。

「心だとか自我なんて、AIには一番苦手な分野だと思うよ。AIは過去のデータに合わせて判断することは得意だけど、人の心なんて流動的なものの判断は難しいんだよ。」

 前にタロはそう言っていた。


「その、クロエだっけ?ダナさんが何か知っているみたいだけど、何かとんでもない秘密とかありそうだよね。」

「それは間違いなさそうだ。偶然救助しただけなのに、なんか妙な方向に話がいってるみたいで、気持ち悪いんだよな。何聞いても教えてくれそうにないし。」

 何かに巻き込まれている感じがするのに、何も分からない。なんとも居心地の悪さを感じる。

「もしかしたら、お前も必要なピースなのかも知れないね。偶然じゃ無かったのかも知れないよ。」

 タロが静かにそう言った。

「どう言うことだ?」

 ヴェンがそこまで言った時、通話の着信が入った。

「クリニックからだ。」

 ヴェンは不安に駆られながらスピーカーボタンを押し、通話に出た。


「ヴェンさんですか?クリニックのフーティスです。」

 クロエの担当している女性看護師だ。

「クロエに何かありましたか?」

 そう言いながら、ヴェンは昨日の夜を思い出す。クロエが発作を起こしたように泣き叫んでいた。そのことはクリニックでも説明していたのだが・・・。

 話を聞いてみると、やはりクロエが泣き叫んで手が付けられないようだ。

「鎮静剤を試そうと試みたのですが、注射もさせてもらえません。」

 フーティスはどうすれば良いのか途方に暮れているようだ。昨日の発作の時はヴェンがそばに行くと落ち着いた。誰かがそばに寄り添ってあげると良いのではと提案してみたが、近づくことも出来ないと悲鳴のような声で訴えてくる。

「フーティス君落ち着いて。」

 横で聞いていたタロが、フーティスを宥める。タロの声で少し冷静になれたのか、「タロ先生、何かいい方法はありませんか?」とやや落ち着きを取り戻した声で聞いてきた。

「実際、診てみないと判断出来ないから、今からそっちへ行くよ。」

「そうして貰えると助かります。」

 タロに来て貰えると分かった瞬間、明らかに安堵した表情でフーティスは頷いた。



 










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