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出会い3

「クロエと言う名前以外は記憶が無いんだね。」

 ひと通りの説明を聞いたダナがクロエに話しかける。その声は普段聞いた事が無い様な、穏やかで優しい声だった。

「アンタがそんなに優しい顔をするのを見るの初めてだ。まるで、父親が娘との再会を喜んでいるような顔だな。」

 何か知っている筈のダナに、揺さぶりを掛ける。だが流石に百戦錬磨の政治家だけあって、ヴェンの揺さぶりなどサラリと受け流し、飄々とした顔でパーキング前の広場に着いてからの段取りを話し出す。

「そのままの姿で車の外に出るのはまずいだろう?ピンクローズを迎えに行かせるから待っていろ。その後は彼女の指示に従ってくれ。多分、そのままスパイラルのクリニックで検査する事になるだろう。」

「・・・ピンクローズ?」

 クロエがなぜかピンクローズの名前に反応した。

「知っている名前かね?」

 ダナも、クロエの反応に気が付いたらしく聞いてきた。

「分からない。でもなんだか懐かしい気持ちになったの。」 

 クロエは必死で思い出そうとするが、「無理に思い出そうとすると頭が真っ白になって行く。」と悲しそうに言った。

「大丈夫。焦ることは無いよ。」

 ダナの声はあくまで優しく響く。


 ヴェンはクロエの反応が引っかかる。

 ピンクローズはダナの第一秘書である。ヴェンより年齢は一つしか変わらないのに、ずっと大人びて見える。明るい茶色の巻き髪を肩まで伸ばし、くっきりとした大きな目にはいつもしっかりとアイラインが引かれ、彼女の気の強さを象徴している様だった。シンプルなシャツにダークカラーのジャケット、膝丈のタイトスカート、5センチヒールのパンプスと言う、仕事着の姿でしか会ったことはない。

 人当たりは柔らかいが、いつも冷静で落ち着いている印象を受ける。ビジネスライクな話しかしたことがないから、ヴェンのローズに対する印象はそんなものだ。

 そんな彼女とクロエにどんな関係があるのか、ダナは何を隠している?

「クロエは、なぜピンクローズの名前に反応したんだ?ダナ、アンタやっぱり何か知っているんだろう!」

 ヴェンは、ダナが持っている情報を知りたくて問い詰める。

「会った事は無かったし、顔を見るのも初めてだが、クロエの存在は知っていたよ。」

 ダナは意外にもあっさりとクロエのことを知っていると認めた。

 あまり簡単に認めたので、ヴェンは驚き反応に困る。しばらく絶句していたヴェンだが、次々に湧いてくる疑問で混乱し、ダナに対し不信感が芽生える。多分表情に現れていたのだろう、ダナはそんなヴェンに釘を刺すように、今は教えることが出来ないと言った。

「とにかく、後の事ははローズに従ってくれ。詳しい話はその後だ。」

 ダナはそこまで言って通話を切った。


「ピンクローズって薔薇の品種の名前なの。いっぱいその薔薇が咲いている所を見た様な気がする。」

 通話を切った後、クロエがポツリと呟いた。

「えっ?どう言う事?」

 ヴェンが聞き直す。

「うん、昔誰かがその花を大好きだって言ってた気がする。・・・、誰なんだろう?・・・、お母さん?」

 クロエはそこまで言って黙り込む。

「薔薇の花の記憶?偶然、ダナの秘書と同じ名前の薔薇の花を知っていたと言うことか?」

 ヴェンはそう言ってから、ふとクロエを見る。悔しそうな顔をして、何かを思い出そうとしている。でもかなり辛そうだ。もしかしたら、あまり良い思い出ではないのかも知れない。

(こんな時期に裸でカヌーに乗っていたんだ。虐待があったのかどうか分からないけど、思い出さない方がいい事もあるかも知れない。)

 ヴェンはそこまで考えて、クロエに優しく話しかける。

「無理に思い出さなくとも良いんじゃないか?ダナも言っていただろう?落着いたらそのうち思い出すこともあるかも知れないよ。」

 クロエは素直に、「うん」と返事したが、やはり気になって仕方ない様だった。

(すっかり怯えてしまって。)

 ヴェンは目の前に座る、不安そうな少女に同情しているだけなのかも知れない。それでも放っておくことなど出来ないと思った。

「大丈夫。俺は間違いなくお前の味方だから、ちゃんと守ってあげるよ。」

 ヴェンはクロエの頭を撫でながら、にっこりと微笑んだ。少しは安心出来たのだろうか、クロエもにっこりと笑う。

(それでも、朝起きた時よりは落ち着いているみたいだな。)


「食事も終わったし、そろそろ片付けて帰る準備をするか。」

 ヴェンが独り言の様に言うと、クロエが元気よく「わたしも手伝う!」と手を挙げながら言った。

 そんな子供らしい無邪気さで手伝いを申し出てくれる姿に、少し心が和む。

「そうか。じゃあ、俺が食器を洗うから、ジャムとか残った食材をこっちのクーラーボックスへ入れてくれるかい?」

 手伝いを頼むと、役に立つことが嬉しいとばかりに、クロエはニコニコ笑いながら元気よく片付け始める。

(こうやって見ると、年相応の子供じゃないか。多分、記憶が無くなるぐらいにに大変な目にあったから、ちょっと大人びて見えたのかもしれないな。)

 ヴェンはそんな事を考えながら、食器を洗い続ける。 

 

 車はやがて、ダナに指定されたパーキング前の広場の一つに着いた。

 100メートル以上の高さを誇る断崖絶壁に、駐車場が張り付くように建っている。その幅は700メートルもあり、崖全体を駐車場で殆ど埋め尽くしていて、アッパーエリアへと繋がる巨大なエレベーターが、数多く設置されていた。


 崖下はアンダーエリアと呼ばれている。住宅、農業、工業のエリアに分かれていて、シティーの人口の3分の2の人々はここで暮らしている。特に、郊外の住宅街は自然に囲まれ治安も良いので、ファミリー層には特区より住みやすいと人気のエリアである。

 バス路線も充実しているが、やはり自家用車で特区に通勤する人が多いらしく、パーキングの周りはいつも車と人でごった返している。近くにシティー全体をカバーする流通センターもあり、商店街や娯楽施設が集中しているこのパーキング前の一帯は、シティーで一番大きな繁華街になっていた。

 ちょうど通勤通学の時間帯なのか、、たくさんの人たちが満員のバスから降りて、エレベーターへと吸い込まれて行く。

 二人はそんな様子をぼんやりと眺めながら、迎えが来るのを待った。


 広場の車止めに駐車してしばらく待つと、ピンクローズが到着したと連絡が来た。車のドアを開けるとそこには、社交辞令用の微笑みを浮かべた彼女の姿があった。でもなぜか少し違和感がある。いつもの笑顔の様に見えて、どこか緊張している様にも見える。

 多分、クロエの事で緊張しているのだろうけど、いつものローズらしく無い。色々疑問はあるが、今は何も教えてはくれないのは理解しているので、ヴェンもそのまま業務用の笑顔で挨拶をした。

「ご苦労様、結構早かったんだね。クロエの服は持って来てくれた?」

 ヴェンが一通りの説明をしようとしたが、それはローズに遮られた。

「ダナから一連の説明は受けていますから、大丈夫です。保護した少女はどこですか?いろいろ確認したいこともあるので、紹介して下さい。」

 淡々と自分の使命を果たそうとするローズに、多少イライラしながらもクロエを呼んだ。

「クロエ、君の服を持って来てくれたぞ。」

 ヴェンの声に短く返事をしてクロエが奥から顔を出した。


 クロエの顔を見た瞬間、ローズは懐かしそうな、慈愛に満ちた様な、何とも優しい眼差しをクロエに向けた。その一瞬の表情の変化をヴェンは見逃さなかった。昨日のダナの対応の仕方と言い、クロエにどんな秘密があると言うのか?

「ローズ、クロエを知っているのか?この子はどこから来たんだ?」

 ヴェンは詰め寄る。

「知っていても、まだ言えない事もあるんですよ。」

 ローズの表情はまたいつものビジネス用に戻っていた。

「とりあえず、彼女に着替えてもらいますから、外に出てもらえますか?」

 結局何も教えてもらえず、ヴェンは車から追い出されてしまった。


 外で、10分ぐらい待っただろうか。

「もう入って来ても大丈夫ですよ。」

 中からローズの呼ぶ声が聞こえた。

「大体で、買って来たから心配でしたけど、サイズは大丈夫でした。」

 クロエは、ネイビーのTシャツと、ライトブルーの少しゆったりとしたパンツに着替えていた。

「この服すごく動きやすい!」 

 クロエは気に入っているようだ。

「随分、シンプルな服なんだな。」

 少女の服だと言ったのに、意外だと思う。

「この子の好みはわかりませんからね。とりあえず外に出てもおかしく無い物を選んできました。」

 ローズはニコリと笑いそう言った。ローズの自然な笑顔は初めて見た様な気がする。

「アンタ、そんな笑い方できるんだな。」

 ヴェンはつい余計な事を言う。

 ローズは少し呆れたように、「私をロボットだとでも思っていたのですか?」と言った。

「すまない。そんなつもりじゃなくて・・・。」

 ヴェンは内心面倒くさいと思いながら謝った。

「別に構いませんよ。じゃあ、クリニックの予約をしてますから、スパイラルに行きましょうか。」

 ローズは、いつもの業務用の笑顔に戻りそう言った。


 車をパーキングに預け、3人はエレベーターに乗った。

 

 


 

 

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