出会い2
ヴェンは草で滑りやすい傾斜に苦労しながら、何とか少女を車まで運ぶことが出来た。
「とりあえず、ダナに報告をして判断を仰ごう。」
ブツブツと独り言を言いながら、車の中に入る。
少女を車のベッドに寝かせた後、急いでダナに非常事態の連絡を入れる。
本当なら、救急要請か最寄りの警察に知らせるのが筋ではあるが、今回の救助は明らかに異常事態である。
「まだ起きていてくれれば良いが・・・。」
そう願いながら、通話のリクエストをする。3回目のコールでダナが出てくれた。とりあえずホッとする。
「こんな時間に何の用だ?」
画面越しに、ダナの不機嫌そうな顔が見える。
思わず時計を確認すると、夜中の1時を回っていた。
「すまない。緊急事態なんだ。今、マーガ河から少女を一人救出した。事故なのか事件なのかは分からない。」
「それは・・・、大変だったな・・。」
ダナは驚いている様だが、なんとなく歯切れの悪い反応をした。
何か違和感を感じながらも、戸惑っているのかも知れないと思い直し、ヴェンは河岸から少女を救出した詳しい経緯を説明した。
「水嵩の多いこの時期にしかもこんな夜中なのに、12歳ぐらいの少女が一人でカヌーに乗っているのは明らかに変だろう?しかもここはレジャーボートの禁止エリアだ。服さえ着てなくて素っ裸なのもおかしいだろう?誰か大人から虐待を受けているとしか思えない。でも・・・、それにしたって訳が分からない。」
捲し立てるヴェンに、「少し落ち着け。」とダナは言った。
「とにかく、その子供に怪我とかはないのだろ?なら、そのままお前がスパイラルの病院まで連れてやってくれ。」
ダナの指示に驚いた。
「いやいや、俺は一般人だぜ?警察だとか救急車だとか先に呼ばなくちゃいけないだろう。」
ヴェンの抗議にもダナは冷静だった。
「お前も言ってたじゃないか。明らかにおかしいと。だから真っ先に俺に連絡を寄越したのだろう?俺に調べる時間をくれ。そうだな、その子が起きて話が出来そうなら、もう一度連絡をくれ。俺も直接話をしたい。」
ダナはそれだけを言って通話を切った。
何か変だと、ヴェンの心がざわつく。ダナは何か知っているのかも知れない。
そこまで考えて、もう一度溜め息をつく。あの状態のダナに何を言っても無駄なのは分かっている。とりあえず少女の様子を見守る事ぐらいしか出来そうに無いと、諦めた。
ダナとの通話の後、今度はカンに連絡を入れる。
「今度はなんですかぁ?」
眠そうな顔で、カンが出た。
「何度も済まない。実は今、少女を一人救助した。」
「どういうことですか?」
カンは不思議そうに聞いて来る。ヴェンは救助の経緯とダナとの話を説明した。
「それは災難って言うか、凄いタイミングですよねぇ。それにしても、ダナさんの言い方に違和感がありますねぇ。」
カンは、気が抜けたような言い方で、なんだか鋭い事を指摘してくる。惚けているようで、カンは頭の回転が早い。
「お前もそう思うか。」
ヴェンは身を乗り出してそう言ったが、カンはやっぱりヘラヘラしながら、「良いんじゃ無いですか?」と言う。
「ダナさんが何か知ってたとしても、言う気がないなら仕方ないじゃ無いですか。俺が思うに、ダナさんはボスのこと好きだから、絶対に味方でいてくれますよ。それを信じられるなら、別に隠し事があったとしても良いじゃ無いですかぁ?誘拐したわけじゃ無いですし・・・。」
「お前、やっぱり変なやつだな。」
ヴェンは思わず吹き出してしまった。鋭いのか呑気なのかは分からないが、なんだか納得させられるのが少し悔しい。
まだまだ時間がかかりそうな再インストールのことを改めて労い、終わったら自動運転に切り替えて、そのままパーキングまで帰れる様にしてくれと頼み、通話を切った。
とりあえずの連絡を終え、コーヒーでも飲んで落ち着こうと、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。淹れたてのコーヒーとビスケットを二、三枚皿に載せてテーブルに着く。
ひと口飲んで、フーッと息を吐いたその時、カーテンで仕切ったベッドの方から叫び声が聞こえた。
「なんだ?」
ヴェンは驚き、慌ててベッドへ向かう。
「開けるぞ。」
一言声をかけてカーテンを引くと、少女が惹きつけを起こした様に泣き叫んでいた。
「うわあぁー。」
少女は、何かに怯えるようにヴェンにしがみついてきた。
「おいおい、どうした。ここは安全だから。大丈夫。安心していいぞ。」
宥めるように頭を撫ぜると落ち着いたのか、少女はまたスヤスやと寝息を立てた。
ホッとして、カーテンを閉めてコーヒーの続きを飲もうとテーブルに戻る。
しばらくすると、またカーテンの向こうから叫び声が聞こえる。ヴェンがそばに行くとまた落ち着いて眠る。そんなことが2回ほど続いた。
「ショックが大きかったのかな?」
諦めて溜息をついた。そしてベッドの横に椅子を置いて、一晩中少女のそばにいる事に決めた。
車が動き出した振動で、ヴェンは目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。変な体制で似ていたので、身体中が痛い。
立ち上がり大きく体を伸ばす。背中の骨がバキバキと伸びていく感じがした。
時計を見ると、6時を少し過ぎた頃だった。
「カンが6時間ぐらいって言ってたからな。」
どうも昨日から独り言が多い事に気づき、一人でクスリと笑う。順調に行けば2時間ぐらいでパーキングに着けるだろう。
朝食の用意でもするかとベッドを背にした時、「ここはどこ?」と背後から声がした。
振り向くと少女が目覚めていた。自分がなぜここにいるのか分からず、軽く混乱しているようだったが、騒いだり泣いたりすることはなかった。
アクアマリンの様な透明感のある青い瞳と白い肌、ショートカットの真っ黒な髪が印象的な、どこか神秘的な雰囲気をした少女である。
少女は少し窮屈そうな顔をして、おもむろに被っていたシーツを脱ぎ捨てた。ヴェンは、少女が裸だったことを思い出し慌てる。
「おい!!」
つい、大きな声で叫んでしまう。少女はキョトンとした顔でヴェンを見つめて来る。
少女はまだ子供だからなのか、裸でいる事に抵抗が無いらしい。反対にヴェンは何故かドギマギしてしまう。
(子供相手に、何をこんなに焦っているんだ。)
そう思いながらも、スーツケースをひっくり返して、少女が着れそうな服を探す。
寝巻き用にと持って来た、Tシャツと短パンを見つけて、とりあえずこれを着なさいと差し出した。
少女は不思議そうな顔をしながらも、服を素直に受け取り身につけた。ブカブカすぎてズリ落ちそうではあるが、なんとか裸の状態ではなくなり、ラオはホッとする。
「やっと落ち着いて話が聞けるな。よし、朝食にしよう。」
ヴェンがそう笑いかけると、少女もややぎこちなくはあるが、ニコリと笑い頷いた。
「そういや、名前を聞いていなかったんな。なんて名前だ?」
オレンジジュースを入れながら、ヴェンが聞く。少女はしばらく考え込んで、「クロエ」と答えた。
子供特有の、やや高めのあどけない声である。ただ、どこか落着いた抑揚でゆっくり話す姿が、ますますクロエの雰囲気を神秘的にしている様に思えた。
「クロエか、良い音の名前だな。俺も名乗ってなかった。俺はヴェンというんだ。よろしくな。」
ヴェンは、なるべく優しく見えるようにと意識しながら、握手をしようと手を差し出した。最初はキョトンとしていたクロエだが、やがて握手を求められた事に気かついたらしい。オズオズと恥ずかしそうに手を出して、二人は握手を交わした。
食事が終わり、クロエが落ち着いたように見えたので、いくつか質問してみた。
家族がいるか、なぜあそこに居たのか。クロエは何も覚えていないようで、混乱したように頭を横に振る。
「分からない・・・。カヌーって何?気がついたらここにいたけど、何も覚えていないの。」
「名前だけをかろうじて覚えてたっってことか。」
ヴェンは溜め息をつく。
「仕方ない。ダナに連絡して調べてもらう事にするよ。大丈夫、ちゃんと家族の所へ送ってやるから。」
ヴェンは、混乱で涙目になっているクロエの頭を撫でながらそう慰めた。
「家族?」
クロエはなぜか「家族」と言う言葉に、何故か懐かしむような表情を見せた。その反応に妙な違和感を感じる。
ふと、昨日のダナの反応にも違和感があったことを思い出した。
「昨日、直接話したいと言ってたから、ダナにに連絡してみよう。・・・、ダナは絶対何か知っているし、クロエを見て詳しいことが分かるかも知れない。」
ヴェンは独り言を言いながら、ダナに通話のリクエストを入れる。
「しかし、一体何が起きているんだ?」
ヴェンは胸騒ぎを感じながら、通話が繋がるのを待った。
2回のコール音の後、ダナが通話に出た。
「ヴェンだな。女の子は目が覚めたのか?」
ヴェンはなぜか緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。