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出会い1

「月が綺麗だ。」

 ヴェンは、あまりに見事な満月に見惚れてそう言った。

 亜熱帯の濃密な森の隙間に見事な満月が出ている。この地方には珍しく空気が乾燥しているのか、緑の月のマーブル模様までくっきりと見える。ずっと見ていると月の大気の動きまで見えそうだ。 

「月にも水と空気があるのに、微生物しか生きられないんだよな。この星と何が違うというのか・・・。」

 ヴェンはそこまで考えて溜息を吐き、「現実逃避にも程があるな。」と自虐的に笑う。

 

 時刻はもう深夜である。

 許可制のナチュラリストへのインタビューの帰り、途中で車が立ち往生してしまったのだ。

 なんとか路肩に車を止めることは出来たが、それっきり全く動かない。幸い、他の電気系統は無事なので車の中は大丈夫だが、道路の横では雪解けで増水したマーガ河の激流の音が凄まじく、森の生き物の鳴き声も合わさって、あまり気持ちの良いものでは無い。

 それでも気晴らしになるかと外に出て、月を眺めて時間を潰していたのだ。

 

 ヴェンは、ついさっきまで話していたカンとの会話を思い出す。

「俺は帰りたいんだよ。どうにかならないのか?」

 そう泣きつくヴェンに、カンは能天気に無理だと言った。

「多分、何かのバグだと思うんですけどねぇ。調べても何もエラーが見つからないんですよ。その車はキャンプ仕様だから、大丈夫でしょ?今夜は我慢して下さいよ。」

 ヘラヘラと笑うカンに腹が立つ。

「もう二日もここで寝ているんだぞ。ベッドが固くて熟睡できないんだよ。今日こそは自分のベッドで寝られると思ってたのに・・・。」

 八つ当たりだと分かってても、つい恨み言が出てしまう。

「もう、システムを丸ごと再インストールするぐらいしか手は無いですよねぇ。」

 カンは無情にもそう言い切った。

「それはどれぐらい時間がかかるんだ?」

「そうですねぇ。データが膨大なんで、セットアップも含めて6時間は必要かと思いますよ。」

 カンはあくまで飄々と答える。

「しょうがないか・・・。じゃあ、遠隔で再インストールを頼むよ。」

 流石にヴェンも諦めた。

「了解です。インストールが終わったらまた連絡します。」

「頼む。夜遅くに悪かったな。」

「大丈夫ですよ。じゃあ、また。」

 カンは最後まで明るい口調でそう言って通話を切った。

「思えばアイツ、徹夜で作業してくれるんだよな。八つ当たりして悪かった。今度、飯でも奢るかな。」

 ヴェンは誰に言うでもなく呟いた。


 カンは、ヴェンが事務所を立ち上げた時から一緒にいる。

 学生時代から、コンピュータサイエンスの分野で天才的な才能を認められていて、新しいアリゴリズムさえ発見出来る逸材では無いかと期待されていた。最年少での教授の座と特別待遇の研究室まで与えられ、素晴らしい将来を約束されていると言うのに、引き止めも虚しくあっさりとアカデミーを退職してしまった。

 当時、アカデミーが大騒ぎになっていたのは、関係のないヴェンにまで聞こえていた。そんな将来有望の大人物が、どう言う訳かヴェンの事務所に入りたいと言って来たのだ。アカデミーのショックはとんでもない事だったのだろうと、ヴェンは思う。

「お前も物好きなやつだな。」

 一度、カンに言ったことがある。

「ボスと一緒だと、なんかワクワクするんですよねぇ。研究って退屈じゃ無いですかぁ。」

(その時もヘラヘラと調子いいこと言っていたっけ。まあ、あいつの性格で、アカデミーの硬い仕事は窮屈なんだろうな。」

 ヴェンは妙に納得している。


 ヴェンは行政特区のタワーで、情報屋を生業としている。

 情報開示法により、政府や企業などある程度の規模に達した組織は、全ての情報を開示する事を決められている。それだけでも膨大な情報量だといのに、個人レベルでどんな情報も発信できるこの時代、本当に必要な情報が却って分かりにくくなっている。そんな検索AIでも拾い切れない情報をまとめて依頼者に提示するサービスがなかなかの評判で、業績は順調に伸びている。

 しかしヴェンの仕事の真価は別にあり、自ら足を運びインタビューをして依頼者に届けると言う仕事がある。それだけ聞くとジャーナリストかと思われるが、ヴェンの取材した情報はあくまでクライアントの為のものであり、それを公表することは無い。どちらかと言えば、探偵の様な仕事である。

 今日も、娘がナチュラリストのキャンプに入り、なかなか連絡が取れないと心配する依頼者に代わり、生活の様子とインタビューの取材をして来た帰りである。

 

 この仕事は、委員の一人であるダナに勧められて始めた。委員会は立法府であり街のあらゆる決定権を持つ。

 委員会は選考試験の後、成績上位30位までを一般市民からの信任投票し、60%の信任を得て選ばれる訳だが、ダナは選考試験に3期連続でトップ入選している。いわばこの街の最高権力者の一人なのだ。

 ヴェンは3年前、5年に一度行われる委員会の選考試験にエントリーして、史上最年少でトップ50に入った。ダナは、そのテストの解答内容に興味を持ったらしく、将来自分の後継者として育てたいとコンタクトを取って来た。それ以来何かと可愛がってもらっているのだ。

「ネットには出てこない生の情報を扱うと、街の違う顔が見えて、街の人々の考えが肌感覚で身について来る。将来この街の行く末を考えたいのなら、この経験はお前の財産となるはずだ。」

 ダナは仕事を始めるにあたって、そう言って応援してくれた。その時はあまり実感は無かったが、色々な人と関わるうちにダナの言っていたことが理解出来てくる。

 まだ23歳と人生経験が浅いヴェンに、なるべくたくさんの経験をさせてやろうと言う、ダナの親心にも近い提案だったのだろう。

 

 最初は、本気で委員会に入りたいと試験を受けた訳では無かった。力試しにと気まぐれに受けてみただけだったのに、思いもかけない好成績でヴェン自身が驚いた。

 そして、ヴェンはその気になった。

 確かにこの街は平和で豊かである。福祉が充実していて飢える者もいない。ベーシックインカムの確立により、仕事をしなくても結構豊かな生活は保証されているのだ。だからと言って、無職に留まる者は案外少ない。でもそれは勤労意欲というよりも、暇潰しと言った方が正しいのかも知れない。

 娯楽が足りない訳ではないのだが、高い教育水準を維持できている為なのか、与えられた娯楽より自分の能力を試したい人が多く、ゲーム感覚で仕事している者が大半の様に見える。

 人類が今まで夢に見ていた、そんな自分の好きな事だけしてれば良い。そう言う時代になったのだ。それなのに、何故か閉塞感が付き纏う。

 ヴェンは、そんなぼんやりといた不安と向き合いたいと真剣に考えている。そして、その手段として委員会になると言うのは、一番正しいのではないかと本気で思っている。

 

 ボンヤリと月を眺めていたヴェンの頭に何かが当たり、ヴェンは我に帰る。どうも甲虫か何かがぶつかってきたらしい。

「こうしていても仕方ない。そろそろ寝るか。」

 独り言を言いながら、車へ戻る。


 車のドアを開けようと手を伸ばした時、川の方からゴンともドンともつかない、ものすごく大きく鈍い音がした

「何事だ?」

 流木が岩に当たった音とも少し違う気がして、気になる。ヴェンはもう一度川の方へ様子を見に行く事にした。

 道路から河岸までは2メートルほどの低い崖の様になっている。ヴェンは、傾斜の緩い場所を見つけ出し、河岸まで降りた。

 ライトを慎重に照らしながら、音の正体を探っていく。

 10メートルほど離れた岩場に、レジャー用のカヌーらしきものが見えた。

(あれだ。こんな増水している季節にカヌー遊びか?しかもここは禁止エリアだぞ。どこからか流されて来たのか?)

 疑問を感じながらもしばらく観察していると、カヌーから人影が這い出て来るのが見えた。


 人影は月光に照らされ、青白く光り輝いている様に見えた。よく見るとまだ子供のようで、身長は高くない。どういう訳か、何も身に付けておらず全裸である。その裸体に月光が反射して、まるで精霊か何かの様に輝いて見えたのだ。

 あまりにも現実離れしたその光景に呆然として、ヴェンはしばらく動けなくなる。

 人影が岩場に脱出したその瞬間、カヌーはバランスを崩したのか、大きな音を立ててそのまま下流に流れて行った。

「いかん。助けなきゃ!」

 ヴェンは我に帰り、子供の元へと走り寄る。

 近くまで行くと、子供は12歳ぐらいの少女だと言う事が分かった。ヴェンは慌てて上着を脱ぎ、少女に被せる。そばで見ると本当に肌の色が白い。

(この子も聖地の血が流れているのか?)

 ヴェンは、同じく聖地の血が流れている幼馴染の顔を思い浮かべた。。


 少女は意識がある様だが、虚な目をしてボーッとしている。

 グッタリとしている少女を抱き起こして、「何があった?怪我はないか?」と呼びかけるが、反応は薄い。

「ショックで反応できないのか?しっかりしろ。もう大丈夫だ。」

 ヴェンがなるべく優しい声で、尚も呼びかけた。

 その時、少女は一瞬しっかりとヴェンを見つめ一言呟き、そのまま気を失った。

「えっ?」

 ヴェンは驚いた。


「あなたに会いに来たの。」

 少女は確かにそう言った。


 

 

 


 


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