98話 東都・蓮池町連続怪死事件 ―秋風に揺れる影―
1999年(事件当時)
高村誠一
•当時:捜査一課のベテラン刑事(48歳)
•現在:74歳、退職後は自宅で静かに暮らす。
•感覚が鋭く、人情味のある性格。頑固な一面を持つ。
•現代では当時の記憶を証言し、事件の再調査に協力する。
鈴木大輔
•当時:捜査一課の若手刑事(25歳)
•現在:51歳、地域活動に携わる。
•高村の下で鍛えられた正義感の強い人物。
•当時の資料を残しており、それが現代の捜査に活かされる。
被害者たち
•蓮池町の複数の高齢者。
•それぞれの自宅で不自然な状況下により死亡。
•一見すると病死や事故に見えるが、背後には事件性があった。
⸻
2025年(現代)
玲
•29歳、探偵事務所代表。
•冷静沈着、論理的に事件を追う。
•過去と現代をつなぎ、真相に迫る中心人物。
沙耶
•探偵事務所メンバー。
•感情面を支え、人の心に寄り添う役割を担う。
•高齢者や住民の心を開き、重要な証言を引き出す。
奈々(なな)
•情報解析のスペシャリスト。
•パソコンを駆使し、過去の取引データや通信履歴を現代の技術で解析する。
•事件の裏側を数字と記録から裏付ける。
アキト
•変装・潜入のスペシャリスト。
•新聞配達員、軽作業員、学生などに自在に変装。
•危険な現場に入り込み、目撃証言や物証を持ち帰る。
理央
•記憶・分析のスペシャリスト。
•過去の資料と現代の証言を照合して矛盾を突き止める。
•常に冷静で感情に流されない。
リコ
•SNS解析担当。
•ギャル口調で会話するが、情報収集力は確か。
•現代ならではのデジタル痕跡を拾い、事件の動きを掴む。
優子
•探偵事務所の事務・記録整理を担当。
•倉庫で古い箱を見つけ、事件再調査のきっかけをつくる。
•チームの精神的支柱でもある。
モカ
•探偵事務所の飼い犬。
•優れた嗅覚で証拠や遺留品を見つける。
•事件解決後「おかえり」と迎えられる存在。
―冒頭―
日時:1999年10月15日、午後3時
場所:蓮池町・高齢男性宅
玄関先の秋の光が、薄い埃を赤く染めていた。落ち葉がわずかに舞い、錆びついた郵便受けに当たり、かすかな音を立てる。庭には伸び放題の雑草が生え、木の枝が窓ガラスにかすかに触れている。家の扉は半開きで、木の床はかすかにきしみ、時間が止まったかのような静けさが漂っていた。
高村刑事は靴をそっと踏み入れ、周囲を確認する。
「……異常な物音はないな」
鈴木刑事が奥を見渡しながら応える。
「でも、部屋の空気が変です……埃っぽいのに、どこか甘い匂いもします」
居間のソファには、高齢男性が横たわったまま。目は半開きで、肌は青白く、手には古びた新聞が握られていた。机の上には、散乱した書類と、細かく切れた紙片が目立つ。
山崎医師が死亡診断書にペンを走らせながら、眉をひそめる。
「心臓発作で亡くなったとみて間違いない……ただ、紙片の切れ端が引っかかるな」
鈴木刑事は床の紙片を拾い上げる。
「これ……貸金契約の一部ですか?」
記者の佐伯が小声でつぶやく。
「なんだか、ただの心臓発作じゃ済まされない気がする……」
高村刑事は慎重に周囲を確認し、窓際のカーテンの裏にかすかな血痕を見つけた。
「……これは……」
鈴木刑事が息を飲む。
「血です……微量ですけど、何かの痕跡かもしれません」
山崎医師は書類をまとめながら、静かに言った。
「この家……何か見落としている可能性がありますね。記録には事故死と書くけれど、念のため保管しておきましょう」
庭先の影では、佐伯がメモを取り、耳を澄ませていた。
「……外部からの関与の線も捨てきれない……」
室内の空気は冷たく、古い木の匂いと埃の混ざった匂いが漂う。時計の針だけが、ゆっくりと過ぎていく。外の秋風が窓を揺らし、静かな不安を運んでくる。
―現代パート―
日時:2025年11月3日、午前10時
場所:玲探偵事務所・ロッジ
ロッジの室内には、秋の柔らかな日差しが窓から差し込み、机や棚に積まれた書類の埃を淡く照らしていた。暖炉の火は消えて久しく、空気はひんやりとしている。古い木の床を踏むと、かすかにきしむ音が響いた。
優子は倉庫の片隅に積まれた段ボール箱に手を伸ばす。ほこりを払うと、蓋を開けた瞬間に紙の匂いと古いインクの香りが鼻をくすぐった。
「わあ……こんなもの、忘れてた」
箱の中には古い新聞の切り抜きや、黄色く変色した日記、破れた封筒がぎっしり詰まっていた。
玲は隣で静かに日記を手に取り、ページをめくる。
「……なるほど。これで、過去の事件の糸口が見えてきた」
優子は新聞切り抜きを取り上げ、目を細める。
「1999年……この連続怪死事件、ずっと未解決のままだったのね」
モカが箱の周りをうろうろし、鼻をひくひくさせる。
「お前も何か感じるか?」玲が声をかけると、モカは低く唸りながら匂いを嗅ぎ回った。
アキトは窓際に立ち、学生風の服装を整えながら小声で言った。
「俺、ちょっと外の様子を確認してくる」
玲は軽くうなずき、日記に指を沿わせながら言った。
「情報は慎重に扱え。偶然に見えても、糸は必ず繋がる」
優子は新聞を読み上げながら、目に光を宿した。
「ここに書かれている住所……倉庫街ね。行ってみる価値があるわ」
モカが尻尾を振り、足元に寄ってくる。
「よし、準備は整ったな……過去をたどるぞ」玲はそうつぶやき、事務所内に静かな緊張が広がった。
―1999年・現場―
日時:1999年10月22日、午後6時
場所:蓮池町、別の高齢者宅
夕暮れが差し込み、街路樹の葉は赤や黄に染まり始めていた。落ち葉が舗道を覆い、かすかに踏みしめる音を立てる。住宅街は静まり返り、夕方の散歩客の足音も遠くに聞こえるだけだ。
高村刑事は門の前で立ち止まり、慎重に周囲を見回す。木製の門扉は古びており、塗装の剥げた部分に夕日が反射して淡く輝いている。庭には小さな花壇と、風で揺れる枯れ枝が影を落としていた。
「また同じパターンか……」高村刑事がつぶやく。
鈴木刑事が手帳を取り出し、メモを取りながら応える。
「偶然とは思えません……でも、現時点では証拠が少なすぎます」
玄関のドアを押し開けると、室内はひんやりとした空気に包まれていた。窓から差し込む夕日がカーテン越しに揺れ、壁や家具に長い影を落としている。居間には古いソファと、散乱した新聞紙、テーブルの上にはほこりをかぶった書類が積まれていた。
高村刑事は慎重に歩を進め、机の上の書類に目をやる。
「……前の家と同じだ。散乱した紙片、貸金関係の書類……」
鈴木刑事が床にかすかに落ちている紙切れを拾い上げ、つぶやいた。
「これは……また、契約書の一部ですか?」
居間の片隅で、佐伯記者が小声で呟く。
「……これ、外部からの関与もありそうだな」
高村刑事は窓の外に目をやり、影の動きを確認した。枝に隠れて見えないが、通りの向こうの倉庫街方向に不自然な人影がちらつく。
「……倉庫街か。ここに関係があるのかもしれん」
鈴木刑事は息をのんでつぶやく。
「でも、中に入るには、証拠が足りません……」
部屋全体に漂う埃と古い紙の匂い、外から吹き込む夕風の冷たさが、静かな不安を増幅させる。高村刑事は深く息を吸い、机の書類をまとめながら心の中で呟いた。
「……見逃してはならない、何かが確実に動いている」
―現代パート・商店街―
日時:2025年11月4日、午後2時
場所:蓮池町商店街
アキトは新聞配達員の制服に身を包み、肩に束ねた新聞をかけながら、通りを歩いた。周囲の人々の視線を避けるように、軽くうつむきながらも、耳を澄ませて雑談や物音を拾う。小さな商店の軒先から漂う魚の匂いや、焼き菓子の香りが街角に混ざる。
モカはアキトの後ろをついて歩き、路地の隅やマンホールの蓋周りを嗅ぎ回る。鼻を高く上げ、かすかな匂いを追う姿に、通行人が足を止める。
沙耶が通行人に声をかけた。
「すみません、最近倉庫街あたりで不審な人を見かけませんでしたか?」
通りすがりの老婦人は首をかしげる。
「そうねえ……何人か見かけたけど、怪しい人かどうかはわからないわね」
アキトは新聞を持つ手を軽く上げ、独り言のように呟く。
「匂いはこっち……微妙だけど、倉庫街の方だ」
モカが前足を止め、鼻を地面に押し付ける。
「ここだ……痕跡が残ってる」
玲は通話端末で指示を送る。
「アキト、あの倉庫街の奥に進め。過去の資料と照合して、怪しい人物の行動を確認」
奈々がノートパソコンを開き、古い新聞記事やマイクロフィルムのデータと照合する。
「1999年の事件現場と一致する住所が出てきたわ。倉庫街内に怪しい貸金関係者の影がある」
理央は紙片と資料を確認しながらつぶやく。
「書類の切れ端、インクの年代もほぼ一致。過去の怪死事件と関係してる可能性が高い」
風間は地図を広げ、倉庫街と当時の配置を照合する。
「入口と隠し通路の位置は過去の地図通り。証拠を押さえれば、事件の全容が見えてくる」
アキトは軽作業員に変装し直し、倉庫の奥へ慎重に進む。モカが前方で匂いを探知し、低く唸った。
「ここだ……間違いない」アキトが端末に報告する。
玲は画面越しにうなずく。
「よし、その証拠を押さえろ。過去の事件と照合して、全てを明らかにする」
モカが倉庫内の床を嗅ぎ、紙片や封筒の匂いを特定する。
「見つけた……これで過去の事件の手掛かりがつながる」
―1999年・倉庫街近くの空き家―
日時:1999年10月29日、午後8時
場所:蓮池町、倉庫街近くの空き家
街灯のオレンジ色の光が、錆びついたフェンスや古いレンガの壁に長い影を落としていた。夜風が吹き抜け、落ち葉が道路を転がる。空き家の窓は割れ、板で覆われた箇所からかすかな月明かりが差し込む。玄関前には、かすれた新聞紙が散乱し、室内の影を揺らしていた。
高村刑事は壁際に身を寄せ、街灯に映る影をじっと見つめる。
「鈴木……見ろ、あの影……」声を潜めてつぶやく。
鈴木刑事は息を殺し、影の動きを凝視する。
「人の気配ですか……? でも誰も歩いてないはずです」
二人は慎重に玄関へ近づく。ドアノブにはかすかに埃と手の脂が残っており、開けると室内は冷たい空気に包まれた。古い木製の床は軋み、天井の梁からは蜘蛛の巣が垂れている。テーブルの上には紙片や古びた帳簿、散乱した封筒が無秩序に置かれていた。
高村刑事は紙片を手に取り、鈴木にささやく。
「……貸金関係の書類だ。前の二件と同じパターンだな」
鈴木は床の隅に置かれた紙袋を指さす。
「……これは、何かの隠し物でしょうか?」
佐伯記者はノートを取り出し、壁際に身を潜めながらメモを取る。
「……外部の関与も考えられる。倉庫街に関係者が潜んでいるかも」
高村刑事は窓の外を見渡し、薄暗い倉庫街の方向を見つめる。
「……間違いなく、ここがキーになる。だが、証拠を押さえなければ何も言えない」
鈴木は床に落ちた封筒を拾い、低くつぶやいた。
「……この封筒、インクも古い。偶然じゃないですね」
夜風が空き家に吹き込み、かすかにカーテンを揺らす。古い木の匂いと紙の香りが混ざり、静寂の中に緊張感が漂う。
高村刑事は息を整えながら、鈴木にささやいた。
「……見逃すな。ここに事件の全てが残っているかもしれん」
―現代パート・倉庫街跡地―
日時:2025年11月4日、午後5時30分
場所:倉庫街跡地
夕陽が傾き、倉庫街跡地の建物はオレンジ色に染まった。古びたコンクリートの壁に影が伸び、遠くの街灯が薄暗く点滅している。落ち葉が吹き溜まりに溜まり、足音が乾いた音を立てる。
アキトは軽作業員の作業着に着替え、ヘルメットをかぶり、段ボール箱を抱えて倉庫の奥へと慎重に進む。モカが鼻をひくひくさせ、箱の周囲や床の隙間を嗅ぎ回る。
アキトは小声で無線に報告した。
「ここだ……匂いが残ってる。紙片と封筒の痕跡を確認」
玲は端末越しに指示する。
「慎重に。証拠を壊さずに回収して」
モカが低く唸り、床の一角に鼻を押し当てる。
「ここに残ってる……間違いない」
リコがスマートフォンを手に解析を始める。
「マジでヤバい!倉庫周辺、この時間に怪しい投稿チラホラあるし、ライブとか写真も上がってんの。絶対なんかあるっしょ」
玲が画面を覗き込みながら言った。
「リコ、どの投稿が現場に関係してるか精査してくれ。過去の事件と突き合わせる」
リコは画面を指でなぞり、にやりと笑った。
「オッケーっし!特定アカウントの位置情報とタイムスタンプ、バッチリ解析してやるから、任せとけ~」
アキトが箱をそっと床に置き、封筒や紙片を回収する。
「証拠確保完了……この情報で過去と現在がつながる」
モカは回収した紙片の匂いを再確認し、尻尾を振った。
「これで、1999年の事件も動き出す……」
玲は深くうなずき、無線越しにチーム全員に指示を送った。
「全員、現場確認終了。警察への引き渡し準備を進めろ。過去の怪死事件も含めて、これで真相に近づける」
倉庫街の冷たい風が、遠くの木々を揺らし、夕暮れの影と共に静かな緊張を残した。
―現代パート・元刑事への面会―
日時:2025年11月5日、午後3時
場所:高村刑事宅(74歳)、鈴木刑事宅(51歳)
高村刑事宅のリビングには、午後の柔らかい日差しがカーテン越しに差し込み、古い木製家具の上に埃が淡く舞っている。ソファに腰掛けた高村は、杖を横に置き、新聞の切り抜きを手に静かに座っていた。
玲はメモ帳を手に、高村の前に座る。
「当時の現場、どのような状況だったか教えてください」
高村刑事はゆっくりと息をつき、声を震わせながら話す。
「1999年の蓮池町の事件か……あの頃は、連続で高齢者が亡くなり、全く手掛かりがなかった。現場の紙片や帳簿を解析しても、外部の関与か偶然か、判断がつかんかった」
鈴木刑事宅に移動すると、室内にはパソコンや書類が整然と並び、過去の事件資料がファイルに保管されている。
鈴木刑事と高村刑事は、リモートで久々に再開した。
「久しぶりだな、鈴木」
高村刑事の声は、時の重みを帯びながらも温かい。
画面越しに鈴木刑事が頷く。
「本当に久しぶりです、高村さん……もう四半世紀近く経つとは」
玲は画面横でメモを取りながら説明する。
「お二人には当時の事件の調査内容について、改めてお話を伺いたいと思います。現代の証拠と照合して、事件の全体像を整理したいのです」
鈴木刑事は資料をめくりながら、穏やかに話す。
「私たちも全力で調べたんだ……でも、目撃者の記憶もあやふやで、証拠は微妙だった。結局、結論を出せずに終わった」
玲は過去の写真や新聞の切り抜きを見せる。
「今回、現場跡地や古い書類の痕跡を確認し、過去の資料と照合しました。モカも嗅覚で痕跡を特定しています」
高村刑事は微かに微笑む。
「犬……か。あの頃には考えられなかったな。だが、こうして現代の方法で解明されるのは嬉しい」
鈴木刑事も頷く。
「当時の私たちの調査と合わせれば、全体像が見えてくるかもしれない……」
玲はチームに向かって指示を出す。
「では、この証拠と情報を正式に警察に引き渡しましょう。過去の未解決事件としても整理されます」
モカが高村刑事の膝に頭を寄せ、尻尾をゆっくり振った。
高村刑事は撫でながら笑う。
「よくやったな……ありがとう」
外の光が徐々に柔らかくなり、静かに時が流れる中、玲たちは過去と現代の事件をつなぐ手応えを感じていた。
―現代パート・証拠確保―
日時:2025年11月5日、午後6時
場所:蓮池署生活安全課・高齢者宅付近
夕暮れの光が住宅街を柔らかく染め、街路樹の影が長く伸びる。落ち葉が舞う歩道を、アキトは軽作業員の服装で静かに進む。肩に抱えた段ボールには、現場で回収した書類や紙片が入っている。
モカはアキトのすぐ横で、周囲の匂いを嗅ぎ分けながら慎重に歩く。小さな鼻の動きから、近くに関係者の存在を察知する。
アキトは無線で玲に報告する。
「モカが反応しました。近くに関係者がいます。慎重に行動します」
玲は端末越しに指示を出す。
「了解。落ち着いて確保しろ。証拠も絶対に失うな」
モカが低く唸り、足元の草むらを指し示す。
「ここ……匂いが残ってる」
アキトは素早く段ボールから手袋を取り、封筒や紙片を慎重に回収する。
「確保完了……これで過去の痕跡と完全に繋がる」
そこへ、不審な人物が住宅街の角から現れる。アキトは静かに近づき、低く声をかける。
「君、ここで何をしている?」
人物は一瞬怯えた表情を見せるが、アキトの落ち着いた態度に押され、手を上げて従う。
モカはその人物の周囲を嗅ぎ回り、さらに証拠品の位置を示す。
「ここにも痕跡……完璧だ」
玲が端末越しに言った。
「よし、そのまま蓮池署に連絡して、関係者と証拠を引き渡せ。過去の事件解明につなげるんだ」
アキトは頷き、人物を誘導しながら歩き出す。
「了解……安全確保、開始」
住宅街の夕暮れに、モカの鼻先とアキトの冷静な目が、長年の未解決事件を現代で解き明かす瞬間を映し出していた。
―エンディング・ロッジ―
日時:2025年11月6日、午前9時
場所:ロッジ・リビング/庭
朝日が柔らかく差し込み、リビングのソファを温かく照らす。優子は膝の上にモカを抱き、犬のぬくもりを感じながら深呼吸した。モカは小さく鼻を鳴らし、安心した様子で丸くなっている。
庭には、チームが建てた新しい犬小屋が並び、落ち葉が風に舞っていた。モカは一度小屋に顔を突っ込み、再び優子の膝に戻る。
優子はそっと頬を寄せ、微笑みながら言った。
「モカ……おかえり」
モカは小さく鼻を鳴らし、優子の手に顔をすり寄せる。アキトが窓際で軽く手を振り、笑みを浮かべた。
「無事でよかったな、モカ」
玲が庭の端で深く頷きながら声をかける。
「これで、長年の未解決事件もひとまず落ち着いた」
優子はモカを抱きしめたまま、ゆっくり息をついた。
「みんな、ありがとう……モカも、無事でよかったね」
モカは小屋の前まで歩き、くるりと一回転して再び優子の膝に戻る。庭の風がそよぎ、カラカラと落ち葉を揺らす中、ロッジには静かで穏やかな時間が流れた。
事件は解決し、過去と現在のすれ違いも整理された。けれど、何よりも大切なのは、モカが優子の元に帰ってきたことだった。
優子は再び微笑み、モカの頭を撫でる。
「おかえり……ずっと待ってたよ」
モカは鼻を鳴らしながら、安心した表情で膝の上に丸まった。
風が柔らかく庭を抜け、長い事件の終わりを静かに告げていた。
玲
日時:事件解決から四日後、午後10時
場所:探偵事務所・ロッジ・書斎
夜の闇が窓の外に広がり、街灯の柔らかい光が書斎の机に届く。玲は机の前に座り、山積みの書類や過去の事件記録を整理していた。ペンを握り、現場報告書に淡々とまとめを書き込む。
静寂の中、アキトが軽くドアを開け、コーヒーを手に差し出す。
「玲、コーヒーいるか?」
玲は顔を上げ、微かに笑みを浮かべる。
「助かる……ありがとう」
アキトは机の隅にカップを置き、椅子に腰かける。
「事件が終わったとはいえ、書類整理はまだまだか」
玲はペン先を置き、深呼吸する。
「そうだな……でも、これで全体像は把握できた。あとは正式に警察に引き渡すだけだ」
アキトは軽く頷き、窓の外を見つめる。
「今回もモカが活躍したな……あの嗅覚、侮れない」
玲は微笑み、モカが眠る隣の部屋に視線を向ける。
「本当に……チーム全員の力があったからこそだ」
机の上の書類を丁寧に束ね、玲は静かに立ち上がる。夜のロッジに、事件解決後の落ち着いた空気が漂った。
アキト
日時:事件解決から一週間後、午後2時
場所:下町の喫茶店・窓際
午後の柔らかな陽射しが、喫茶店の大きな窓から差し込む。外では通りを歩く人々の声や、自転車のベルが静かに響く。
アキトは学生風の服装に変装し、窓際の席に腰かけていた。手元のカップから立ち上るコーヒーの香りを吸い込みながら、通りを観察する。
小声で独り言をつぶやく。
「ふぅ……事件は終わったけど、監視はまだ欠かせないな」
窓の外を行き交う人々を目で追い、リコがSNSで収集した情報と照らし合わせる。
「街の動きも、意外と落ち着いてるか」
手元のメモを軽くめくりながら、アキトは微かに笑った。
「でも、モカやチームの力がなければ、ここまで安心できなかったな」
コーヒーを一口飲み、窓の外の景色をしばらく眺める。落ち葉が風に舞い、秋の光が街路樹の葉を赤や黄色に染めていた。
アキトは軽くつぶやく。
「……さて、次の案件に備えるか」
午後の光と静かな街の音に包まれ、アキトは穏やかに、しかし鋭い目で街を見つめ続けた。
日時:事件解決から五日後、午後3時
場所:研究室・分析デスク
午後の柔らかい光が窓から差し込み、パソコンの画面に反射する。データが整然と並ぶディスプレイを前に、理央は冷静な表情でキーボードを打ち続ける。過去の事件資料と現代の解析結果を照合し、最後のチェックを行っていた。
アキトが場にあった軽作業服のまま近づき、ディスプレイを覗き込む。
「理央、この解析結果、もう全部整理済み?」
理央は手を止めず、画面に目を落としたまま答える。
「もちろん。怪しい動きは全て特定済み。これで全体像がつかめる」
アキトは椅子に腰かけ、少し笑みを浮かべる。
「相変わらず、頼もしいな……」
理央は小さく微笑み、画面のデータに手を伸ばして重要な部分をハイライトする。
「今回もチームの協力があったからこそ。モカの嗅覚も大きかったし」
アキトは頷き、窓の外に目をやる。
「ふふ……本当に。ここまで事件解決に役立つとは思わなかったよ」
理央はキーボードを再び打ち始め、パソコン画面には整理された証拠と解析結果が整然と並ぶ。
研究室には静かで集中した空気が漂い、事件解決後の確かな余韻が満ちていた。
モカと優子
日時:事件解決から翌日、午前9時
場所:ロッジ・リビング/庭
朝の柔らかな日差しが窓から差し込み、リビングのソファを温かく照らす。優子は膝の上にモカを抱き、犬の柔らかい体をそっと撫でていた。モカは安心した様子で丸くなり、時折鼻を鳴らす。
庭には新しく建てられた犬小屋があり、風に揺れる落ち葉がカラカラと音を立てていた。モカは一度小屋を確認してから、また優子の膝に戻る。
優子は微笑み、モカに語りかける。
「モカ……おかえり。本当に帰ってきてくれたね」
そのとき、アキトがしれっと窓際から近づく。
「おはよ、モカ。変装を解いたら匂いですぐわかるんだな」
モカは鼻をクンクン鳴らし、すぐにアキトを認識して尻尾を振った。
「……あはは、モカ、ちゃんと覚えてるんだね」
優子は微笑みながらアキトに言った。
「アキトさん、ありがとう。モカを守ってくれて」
アキトは軽く肩をすくめて笑う。
「いや、こっちは当然の仕事さ。それに、こうして無事に帰ってきた姿を見るのは悪くない」
モカは膝の上で小さく鼻を鳴らし、優子に顔をすり寄せる。
優子は頭を撫でながら、穏やかに息をついた。
「もう、何も心配しなくていいんだよ、モカ」
庭の風がそよぎ、落ち葉が舞う中、ロッジには事件解決後の静かで穏やかな時間が流れた。
沙耶
日時:事件解決から四日後、午後5時
場所:住宅街・高齢者宅の庭先
西日に照らされた庭先で、沙耶は手袋をはめ、植木の剪定をしていた。葉の間に光が差し込み、静かな住宅街に秋の風がそよぐ。通りの様子を気にしながら、近隣住民の動きを目で追う。
その時、アキトが軽装の配達員風に変装して、さりげなく庭の端に立った。
「沙耶さん、今日も元気そうですね」
沙耶は手を止め、軽く振り返る。
「アキト……あら、いつの間に。まあ、元気よ。植木もだいぶ整ったところ」
アキトは微かに笑みを浮かべながら近づく。
「そうか、ここまできれいになるとは思わなかった。街の景色も少しずつ落ち着いたみたいだな」
沙耶は植木ばさみを置き、手で風に揺れる葉を押さえた。
「ええ、この辺りもやっと普段の生活に戻った感じね。高齢者の方たちも、安心して暮らせそう」
アキトは頷き、周囲を見渡す。
「やっぱり、こうして見守るのも大事だな……モカも含めて、チームの力があったからだね」
沙耶は笑みを浮かべ、軽くうなずいた。
「そうね……本当に、みんなに感謝しないと」
西日の柔らかな光の中、庭先には静かで落ち着いた時間が流れ、事件解決後の穏やかな日常が戻ってきたことを示していた。
奈々
日時:事件解決から五日後、午前11時
場所:情報センター・デスク
窓から柔らかな午前の日差しが差し込み、机上のモニターを明るく照らす。奈々は椅子に腰かけ、過去の取引データや現代の解析結果を整理していた。キーボードを静かに叩き、必要なファイルをまとめる手つきは正確で速い。
アキトが変装した軽装でそっと近づき、画面を覗き込む。
「奈々、このデータ、怪しい動きは全部チェック済み?」
奈々は手を止めずに答える。
「もちろん。過去の取引も現代の動きも全部整理済み。次の手順もまとめた」
アキトは椅子に腰かけ、少し笑みを浮かべる。
「さすがだな……君がいなかったら、全体像が把握できなかった」
奈々はモニターに目を戻し、データを確認しながら軽くうなずく。
「チーム全員の協力があったからこそです。モカの嗅覚もかなり役立ったし」
アキトは窓の外を眺め、通りの様子に目をやる。
「ふふ……今回の事件、やっぱり面白かったな」
奈々は軽く微笑み、画面に表示された整理済みデータを眺める。
「終わったとはいえ、次の準備も怠らないようにしないとね」
情報センターには、事件解決後の静かで集中した空気が漂っていた。
日時:事件解決から一週間後、午後3時
場所:高村刑事・自宅/鈴木刑事・自宅
パソコンの画面がゆっくり映し出され、久しぶりに顔を合わせた二人の元刑事。
高村刑事の自宅の書斎は静かで、古い書棚が並ぶ。鈴木刑事の部屋には資料やメモが整然と積まれていた。
高村刑事が画面越しに口を開く。
「久しぶりだな、鈴木……もう四半世紀近く経つとは思わなかった」
鈴木刑事は軽く笑みを浮かべ、手を画面にかざす。
「本当に……時の流れは早いな。でも、こうして現代の解析と照合できるとは驚きだよ」
高村刑事は頷き、少し遠くを見るように目を細める。
「そうだな……あの頃の現場、今でも覚えている。夜の倉庫街、あの影……」
鈴木刑事も画面に目を落とし、声を潜める。
「東都・蓮池町連続怪死事件……あの一連の流れ、もし当時の証拠が少しでも違っていたら、未解決のままだったかもしれない」
高村刑事は微かに笑う。
「それを解決に導いたのが、今のチームか……モカも含めて、若い力は侮れないな」
鈴木刑事は頷き、静かに画面越しに目を合わせる。
「いや、本当に。事件解決後の余韻と、こうして話せることが何よりだ」
パソコン越しに交わされる会話は、過去の事件の記憶を懐かしむと同時に、現代の安心感を感じさせた。窓の外には静かな午後の光が差し込み、二人のリモート再会は穏やかな時間の中で進んでいった。
(玲探偵事務所・ロッジ・リビング)
日時:事件解決から一週間後、午後7時
ロッジのリビングには、珍しく全員が集まっていた。
ソファの上ではモカが尻尾を振り、テーブルには奈々が淹れたコーヒーと、リコが買ってきた菓子パンが並んでいる。
「接続、できたみたいだよ」
奈々がノートパソコンを操作すると、画面に二つの窓が映し出された。
一方には白髪まじりの高村刑事、もう一方には少し老けたが笑顔の鈴木刑事。
画面越しに並んだ二人の姿に、事務所のみんなが自然と背筋を正した。
「……やぁ、玲くんたちか」
高村の低い声が響く。
「まさか二十六年越しに、あの事件がこうして形になるとは思わなかったよ」
鈴木も頷きながら、笑みを浮かべる。
「当時は未解決のまま胸に引っかかっていました。君たちのおかげで、ようやく報われました」
玲は軽く頷き、淡々と返す。
「僕たちはただ、記録と声を繋げただけです。真実は、あなた方が残してくれたものの中にありました」
「いえいえ〜! ウチらSNSでめっちゃ掘りまくったんスよ? そしたら超怪しいアカ見つけてさ!」
リコが自慢げに割り込むと、鈴木が苦笑した。
「……現代の若い人たちは本当に頼もしいな」
沙耶が静かに言葉を添える。
「記憶も証拠も、人と人の思いがつながってこそ残るんです。お二人が諦めなかったから、私たちはここまで来られました」
高村はしばらく黙っていたが、やがて深々と頭を下げた。
「ありがとう。本当にありがとう。君たちがいてくれてよかった」
モカが画面に向かって「ワン!」と一声。
優子がモカを抱き上げ、笑いながら言った。
「モカからも……ありがとう、って」
画面越しの二人の刑事の目に、ほんのり光るものが浮かんだ。
玲は机に手を置き、短く言葉を結ぶ。
「これで一区切りですね。――ですが、また新しい事件はすぐに訪れるでしょう」
そう言った瞬間、部屋の空気に静かな余韻が満ち、全員の胸に「ひとつの物語が終わった」という実感が宿った。




