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90話 沈黙の試薬

【玲探偵事務所】

•① 玲(主任)

•役割:指揮・戦略統括

•特徴:冷静沈着、即断即決

•② 詩乃(影班)

•役割:毒物処理・痕跡消去、潜入班補佐

•特徴:直感鋭く冷静

•③ 成瀬由宇(影班)

•役割:暗殺・監視・包囲

•特徴:無表情、闇に溶け込む動き

•④ アキト(潜入班)

•役割:ルート担当、試薬搬送・潜入実行

•特徴:慎重、周到、装備管理得意

•⑤ 朱音(潜入班)

•役割:サイコメトリー・直感

•特徴:純粋さと鋭い洞察

•⑥ 天音(潜入班)

•役割:データ解析・作戦シミュレーション

•特徴:冷静、占い師的直感



【黒幕側】

•⑦ 黒幕

•役割:犯罪首謀者

•特徴:冷静だが追い詰められると焦る

•⑧ 主任(黒幕協力者)

•役割:現場指揮・黒幕の指示実行

•特徴:計画的だが潜入班・影班に包囲され焦る



【少年たち】

•⑨ ユウタ

•役割:消された記憶保持、事件核心

•特徴:記憶を取り戻し、心理的影響を反映

•⑩ コウキ

•役割:封印された記憶の証人

•特徴:記憶断片が少しずつ戻る



補足

•潜入班:④アキト・⑤朱音・⑥天音

•影班:②詩乃・③成瀬

•指揮統括:①玲

•敵側:⑦黒幕・⑧主任

【2025年5月12日 午後9時30分/バイオテクノロジー企業 本社研究棟】


研究棟の夜は静まり返っていた。蛍光灯の冷たい光が試薬棚や分析機器を淡く照らす。

だが、誰も気付かないうちに、異変の兆しが小さな波紋のように広がっていた。


試験管の一部が微かに傾き、ラベルの位置もわずかにずれている。

監視カメラの画面には、誰も映っていないはずの場所で一瞬の影が揺れた。


「…何かがおかしい」

研究員のひとりが独り言のように呟く。

その声も、夜の静けさに飲まれてすぐに消えた。



夜勤の研究員・佐伯は、淡く光る試薬棚の前で立ち止まった。

目の前の試験管のいくつかが微かに傾き、普段とは違う配置になっていることに気づいたのだ。


「…なんだこれ、誰か触ったのか?」

佐伯は小さな声で呟き、慌てて手元の端末を操作した。


社内通報システムを立ち上げ、警告メッセージを打ち込む。

「安全管理部、異常事態発生。研究棟B棟、試薬棚周辺で不自然な動きがあります。至急確認をお願いします…!」


手が震える。だが、画面に表示された「送信完了」の文字を確認すると、佐伯は深呼吸してから部屋の隅に目をやった。

蛍光灯の光がわずかに揺れるように見え、背筋に冷たいものが走った。


「…本当に、誰もいないのか…?」


佐伯が警告メッセージを送信し終えた瞬間、低い音でドアの重厚な自動ロックが作動した。

金属がかちりと噛み合う音が、静まり返った研究棟に響く。


「な、なんだ…?」

思わず声を漏らす佐伯。端末の通信画面を確認すると、外部との接続は一切遮断されていた。


「…外と連絡が取れない…?こんなはずは…」

パニック気味にボタンを押しても、何も反応しない。


壁の非常用パネルが淡く点滅し、警告ランプが赤く光った。

佐伯は小さく息を吸い込み、震える手でパネルに触れながら呟く。


「…これは…ただ事じゃない…。」


「皆さん、緊急です!全館で異常が発生しました!」

非常ベルに続き、社内放送が響き渡る。声は震えていたが、緊急性は明確だった。


佐伯はまだ端末の前で固まったまま、小声で呟く。

「…こんな規模の異常、初めてだ…。」


同僚たちが慌てて情報端末を確認し、部署ごとに連絡網が走る。

「研究棟B棟、異常確認。全員、速やかに安全手順を実施せよ!」

「データセンターも同時に確認。外部接続遮断中、報告を優先!」


社内のチャット画面や電話が次々と光り、緊張が館内全体に広がる。

佐伯は額に手を当て、深呼吸する。

「…これは、ただの停電とかじゃない…。何かが…動いてる。」


その瞬間、低く響く機械音と共に、研究棟の内部で何かが不自然に動く影がかすかに揺れた。

「誰だ…!?」

佐伯の声が震える。


【玲探偵事務所/翌日 午前10時】


玲はデスクに腰を下ろし、昨夜届いた件名「至急:研究棟異常について」のメールを開いた。画面には落ち着いた字体で依頼内容が記されている。


「…バイオテクノロジー企業、昨夜の異常…データ盗難と人物行方不明…か。」

玲は眉をひそめながら読み進める。


メールの差出人は企業の安全管理部担当者で、文章には切迫した様子が滲んでいた。


「昨日午後9時頃、研究棟内で異常が発生しました。

社内システムの一部が意図せず停止し、重要試薬の一部が行方不明です。

夜勤スタッフの目撃情報によれば、不審者の侵入の可能性もあります。

至急、事実確認と安全確保のため、調査を依頼したく存じます。」


玲は軽く肩をすくめ、デスクの端に置かれた携帯端末に目を落とす。


「…これは、かなり複雑になりそうだな。」

軽いため息をつき、玲はすぐに手帳を取り出した。

「まずは現場の状況を整理して、潜入班と観察班を組む必要がある。」


玲の脳裏には、潜入調査に最適な人材の顔が次々と浮かぶ。

「アキト、詩乃…そして朱音と天音も現場情報を拾える。連携が鍵になるだろう。」


画面のメールを閉じ、玲は机に置かれたスマートフォンを手に取り、静かに指示を打ち始めた。

「影班にも通達しておくか…動き出すのは今日の午後から、だな。」


事務所の空気が、一気に張り詰めた緊張感に包まれる。


玲はデスクの端にいる奈々に視線を向けた。


「奈々、今回の件は潜入班と現場観察班の二手に分かれる。情報の初動は君に任せる。」

奈々は即座に頷き、手帳とタブレットを手に取る。


「了解です。潜入班はアキトと詩乃、観察班は朱音と天音ですね。連携の手順もまとめます。」

玲はメール画面をスクロールしながら続ける。

「研究棟は夜間閉鎖されていたようだ。まずは状況確認と潜入ルートの確保が最優先だ。」


奈々はタブレットを操作し、社内図面や警備情報をチェックする。

「潜入班は変装や装備の準備から始めます。現場観察班は周辺の動線を調べ、異常を見逃さないようにします。」


玲は軽く頷き、冷静に指示を加える。

「潜入班は社内に入るタイミングを慎重に判断すること。観察班は目立たず、無線で随時情報を送る。情報の共有が鍵だ。」


奈々は手早く作業を進め、潜入班と観察班のチェックリストを完成させる。

「アキトと詩乃には装備と変装品の確認を依頼しました。朱音と天音には現場周辺の監視ポイントを伝えておきます。」


玲は再びメール画面に目を落としながら、静かに呟く。

「全員が動き出せば、事件の核心に近づける…今日から本格的な調査が始まる。」


事務所には一瞬の緊張が走り、潜入班と観察班の準備が着々と整い始めた。


玲はデスクの端で作業する奈々に軽く視線を送り、指先でタブレットを操作した。


「奈々、このメールに添付されていた依頼主の連絡先、もう一度確認しておく。」

奈々は資料を差し出しながら頷く。

「はい、こちらです。バイオテクノロジー企業の総務部から直接の依頼でした。担当は佐伯翔太さん。」


玲は画面をじっと見つめ、ゆっくりと指でスクロールする。

「電話番号と内線、両方とも控えてあるな。必要になればすぐに連絡できるよう、こちらも整理しておこう。」

奈々がメモを取り、連絡先をファイルにまとめる。


玲は再び画面に目を落とし、低い声でつぶやいた。

「まずは佐伯さんと接触し、今回の異常の詳細と状況を直接聞く。そこから潜入班と観察班の動きを最終調整する。」


奈々が軽く頷き、タブレットの画面を閉じる。

「了解です。すぐに連絡を取り、今日中に調査準備を整えます。」


玲は椅子にもたれかかり、静かに深呼吸をする。

「動き出すのはこれからだ…全員が無事に、そして確実に情報を掴めるように。」


事務所の空気が引き締まり、調査の序章が静かに始まろうとしていた。


事務所の電話が、鋭く鳴った。玲はすぐに受話器を取り上げる。


「玲です。」

電話の向こうから、低く落ち着いた声が響く。

「成瀬だ。影班は本日、依頼案件の件で待機中。状況を確認しておきたくて。」


玲は頷き、声に力を込める。

「了解、成瀬。潜入班と観察班をこれから動かす。詩乃とアキトは研究棟の潜入準備を開始。朱音と天音は現場周辺での観察と情報収集だ。」


成瀬の声は冷静ながらも緊張感を帯びる。

「了解。影班はいつでも動けるようにしておく。安全第一で行動を。」


玲は受話器を置き、事務所内に声を響かせる。

「奈々、潜入班に連絡して準備を確認。朱音と天音には現場観察の段取りを伝えて。」


奈々がすぐに端末を操作し、指示を各班に送信する。

「潜入班は装備と変装の最終チェック、現場観察班はルートと監視ポイントの確認ですね。」

玲は静かに頷く。

「そうだ。各班とも、連携用の無線は必ず持たせろ。情報は随時共有、決して独断で動かない。」


事務所の空気が一気に引き締まる。玲の目は画面の向こうの潜入班、現場観察班、そして影班を思い描くように、鋭く光っていた。


「今日から、この事件に全員が関わる。無事に証拠を確保し、黒幕に迫るための第一歩だ。」


【玲探偵事務所/午前11時30分】


玲からの指示を受け、詩乃は静かに立ち上がった。手には手袋と作業用ケースを持ち、落ち着いた表情でアキトの方を向く。


「アキト、変装の最終チェックは完了してる?」

アキトはケースを肩にかけながら頷く。

「確認済みだ。身軽に動けるように調整してある。」


詩乃は指先で装備を軽く触れながら、低く呟く。

「研究棟で不自然な動きがあったら、すぐに連絡。慎重に、でも確実に証拠を押さえましょう。」

アキトは微かに笑みを浮かべ、手元の装備を最終チェックする。

「了解。君の観察力が頼りだ。」


同じ時間、朱音と天音は別のテーブルで資料を広げ、現場観察の段取りを確認していた。

朱音はペンを走らせながら言う。

「天音、潜入班が動いたらすぐに異変を知らせる。車両や人の動きも見逃さないように。」

天音は真剣な表情で頷く。

「了解。無線もチェック済み。互いに情報を共有しながら、安全第一で行動しよう。」


玲は二組の班を見渡し、手を組むようにして声をかける。

「全員、準備は整った。潜入班は研究棟へ、観察班は外周から情報収集。連携を忘れるな。」


事務所内に緊張感が満ちる。詩乃とアキト、朱音と天音――それぞれが任務を頭の中でイメージしながら、静かに出発の時を待っていた。


【玲探偵事務所/午前11時45分】


詩乃は手袋を装着し、慎重に試薬ケースの蓋を開ける。中の道具や資料を一つずつ目で追いながら、静かに呟いた。


「ここにあるのは全部…計量済みのサンプル。もし何か不自然な動きがあれば、すぐに気付けるはず。」


アキトが横で肩越しに確認する。

「詩乃、あまり考えすぎるな。まずは現場の状況を見て、必要な証拠だけ確保しよう。」

詩乃は頷き、手元を再確認した。

「わかってる。無駄はせず、でも見逃さない。」


準備が整うと、二人は静かに事務所を後にした。

玲はデスクの端から声をかける。

「潜入班、研究棟へ。観察班は外周からの監視を開始。無線で連絡を密に。」


同時に朱音と天音も観察班として現場周辺に向かう。

朱音は小声で天音に伝える。

「潜入班と合流する前に、まずは不審者や車両の動きを確認しておこう。」

天音は双眼鏡を手に握り、落ち着いて答える。

「了解。安全な位置から情報を集める。必要なら即座に連絡する。」


街路を抜け、研究棟へ向かう潜入班。

建物外周で待機する観察班。

二つの班はまだ互いに視界には入らないが、無線を通じて、緊張感と慎重さを保ちながら連携の準備を整えていた。


研究棟の影の中、詩乃とアキトは互いに目配せを交わした。

詩乃は低く囁く。

「異常があれば、すぐに連絡して。慌てず、確実に。」


アキトも静かに応える。

「了解。二人で動けば、見落としはない。」

二人の息遣いだけが夜の静寂に響く。


慎重に入口のドアを押し開け、潜入班は研究棟内部へ侵入した。蛍光灯の光が冷たく床や試験台に反射する。

詩乃は試薬棚に目を走らせ、手袋越しに器具を軽く触れながら、異常を探った。

「…これは…おかしい。」


アキトが横で身をかがめて確認する。

「どこが?」


詩乃は微かに眉をひそめた。

「サンプルの位置が整理されすぎている。ラベルも新しいのに、使用済みの痕跡がある…誰かが操作した形跡だわ。」


アキトは息をひそめ、声を落とす。

「無理に触るな。証拠は確保するが、足跡や指紋は残すな。」


詩乃は頷き、慎重に写真を撮り、記録をメモに書き留める。

「これで一つ、行動の手がかりが見つかった。次は裏ルートからの移動で安全に証拠を確保する。」


二人の目は緊張で光り、静かな研究棟の中で、今まさに事件の核心に近づいていることを確信していた。


【玲探偵事務所/正午過ぎ】


玲はデスクのモニターに目を落とし、SNSツールの通知を確認した。


「――詩乃、アキトからだな。」


画面に表示されたメッセージには、潜入班の観察内容が簡潔にまとめられている。


詩乃:

「使用済みの痕跡が残った試薬があります。ラベルは新しいですが、誰かが操作した形跡です。」


アキト:

「監視カメラの死角を通った裏ルートを使いました。侵入者に気付かれることはありませんでした。」


玲はモニターに映る写真と簡易メモを確認し、眉をひそめる。

「なるほど。単なるミスでは済まされないな。裏で意図的な操作が行われている可能性が高い。」


詩乃:

「裏ルートからの撤退は安全でした。次の行動は、影班や現場観察班と連携して監視を強化するべきです。」


玲は決意を帯びた声で打ち返す。

「わかった。朱音と天音を現場観察班として動かす。詩乃とアキトは潜入準備を整えて、連携を続けろ。」


二人からの返信が返る。

詩乃:「了解。」

アキト:「すぐ動きます。」


事務所の空気が緊張に包まれる中、SNS越しに連携の輪が静かに動き出した。


【玲探偵事務所/午後0時15分】


朱音は小さなメモ帳を手に、天音と向かい合った。

「ねえねえ、天音お姉ちゃん、これ見て!潜入班のお兄さんたちが怪しいって言ってた場所、ぜーんぶ書いたんだよ!」


天音は落ち着いた声で頷きながら、地図と監視カメラの位置図を広げる。

「ふむ……ふたりの目には見えぬものも、ここに潜む可能性があるわ。裏口の死角、そこに“運命の糸”が流れている気がする……」


朱音は鉛筆でメモ帳に丸印を付けながら、少し不安そうに言う。

「えっとね、この時間、夜勤の人が30分ごとに巡回してるんだって。潜入班の人が動いた時間ともほぼ同じだよ!」


天音は指先で地図をなぞり、柔らかく微笑む。

「なるほど……計画的な動きの匂いがするわね。潜入班と私たち、情報をつなげば真実に近づけるはず。」


朱音はスマートフォンを取り出して、ワクワクしながら入力する。

「玲さんに送るね。えっと……」

朱音&天音:「裏口の周りで怪しい人や車見つけたよ!潜入班と連絡とりながら観察するね!」


スマホの画面にすぐ返信が届く。

玲:「了解。潜入班と連携して行動。安全第一で。」


朱音は小さくガッツポーズを作り、天音ににっこり笑う。

「やったー、天音お姉ちゃん!一緒なら絶対大丈夫だね!」


天音は神秘的な微笑を浮かべ、朱音の肩に手を軽く置く。

「ふふ……そうね、小さな勇者よ。互いの目と“運命の糸”を信じて進みましょう。」


二人は緊張感を胸に、現場観察班としての初めての行動を開始した。


朱音は鉛筆を走らせ、会社周辺の建物や駐車場のスケッチをメモ帳に描き込む。

「ふむふむ……ここに車が止まるんだね。あっ、こっちは死角だから怪しい人が来ても見えにくいね!」


天音は手元のタブレットで、潜入班とのSNSツールを操作する。

「朱音、小さな手でもしっかりと“運命の糸”を記録しているわね。さあ、潜入班と情報をつなぐわ。」


朱音がスマホでメッセージを送る。

朱音:「潜入班のお兄さんたち、今どこにいるの?怪しい動き見つけた?」


すぐに返信が返ってくる。

詩乃(潜入班):「試薬棚に不自然な動きあり。器具の配置が通常と違う。安全なルートで裏手に移動中。」

アキト(潜入班):「朱音、天音、監視カメラの死角はそちらで確認できる?」


天音は指先でスケッチを指し示しながら答える。

「死角はこの辺り。怪しい人物や車両をすぐに察知できるわ。」


朱音は目を輝かせ、すぐにメッセージを送る。

朱音:「わかった!怪しい人や車がいたらすぐ教えるね!」


SNSのやり取りはリアルタイムで続く。

潜入班の慎重な動きと現場観察班の監視が連動し、緊迫感が張り詰める。


天音は朱音の肩に軽く手を置き、微笑む。

「ほら、小さな勇者よ。互いの目と情報を信じて行動すれば、真実に近づける。」


朱音はにっこり笑い返す。

「うん!天音お姉ちゃん、一緒なら絶対大丈夫だよ!」


二人の目は現場を、手はメモとスマホを通して潜入班とつながり、静かに緊張の糸が張られていった。


天音はタブレットに映る会社周辺の占術データをじっと見つめる。画面には建物の配置や通行人の動き、車両の出入りが図として表示されていた。


「ふむ……時間帯ごとの人の流れと車の動き、ここに“凶方位”が重なるわね……」

天音は指先で画面をなぞり、朱音の描いたスケッチと照合する。

「ここに潜入班が入るのは、まさに運命の“静かな時”よ。障害は少なく、観察班の目も届く。」


朱音は目を輝かせて頷く。

「占いでタイミングも見れるんだね!すごい!」


天音は柔らかく微笑み、朱音の肩に手を置く。

「ええ、小さな手でも大きな力を持つわ。潜入班と私たちの目と、運命の糸がうまく絡めば、必ず真実にたどり着ける。」


朱音はメモ帳を握りしめ、力強く答える。

「うん!天音お姉ちゃん、任せて!」


二人は互いに目配せし、占術データと現場スケッチを元に潜入班との連携を確かめた。SNSのやり取りも絶え間なく続き、緊張の糸が張り詰める中、現場観察班としての役割をしっかり果たそうと息を整えた。


朱音はメモ帳を胸に抱え、天音と肩を並べる。

「天音お姉ちゃん、潜入班からメッセージ来たよ!」


天音は静かにタブレットを取り出し、画面を確認する。

「ふむ……詩乃さんとアキトさんが、東側の試薬棚近くで不自然な動きを察知したわね。時間帯も運勢的に“注意の時”……」


朱音は鉛筆を握りしめ、描いたスケッチの駐車場部分を指さす。

「ここに変な車が止まったって!あの青いワゴン……」


天音は眉をひそめ、目を細める。

「注意深く観察するのよ。動きが読めれば、潜入班も安全に行動できる。」


朱音は小さな声でつぶやく。

「うん……でもちょっと怖いな……」


天音は柔らかく微笑み、朱音の肩を軽く叩く。

「怖さも力に変えるの。それが私たちの役目よ。さあ、よく見て、記録して、そして連絡を送るの。」


二人は互いに目配せを交わし、息を整える。朱音はスケッチを指でなぞり、天音は占術データを確認しながら、潜入班から送られてくる情報と照合した。


「来た!潜入班が次の動きを知らせてきた!」

朱音が興奮気味に告げると、天音は静かに頷く。

「では、慎重に行動ね。目立たず、全てを観察する……運命は私たちの味方。」


小さな二人の観察班は、潜入班との無線連携を通じて、研究棟周辺の不審者や車両の動きを確実に把握し、次の行動への準備を整えていった。


朱音はスケッチ帳を開き、細かい線で駐車場や建物の位置を確認する。

「天音お姉ちゃん、ここに変な車が止まったの、ほら!」


天音は手元の占術データを見ながら、静かに答える。

「うん、この位置と時間帯……潜入班の行動に注意の印が出てるわ。朱音、君のスケッチはまさに私たちの指針になるのよ。」


朱音は目を大きくして、鉛筆を握り直す。

「へえ……私の描いた絵が、詩乃さんたちの助けになるんだ!」


天音は微笑み、タブレットの画面に表示された潜入班の位置情報を朱音に見せる。

「裏から支えるのも、立派な役割よ。無線で連絡を取り合いながら、彼らの動きを確認して。」


二人は耳に小型イヤホンを装着し、潜入班との無線を開始する。

「こちら朱音&天音班、東棟周辺確認中。車両と人影の動きを観測。」

「了解、詩乃&アキト。試薬棚に異常あり。安全ルートで証拠確保に移行。」


朱音は息を呑み、鉛筆を止める。

「わあ……本当に裏から支えてるんだ……」


天音は淡々とタブレットを操作しながら、ふと朱音に質問する。

「ねぇ、朱音。私の年齢、知りたい?」


朱音はきょとんと首をかしげる。

「え、うん、知りたい!」


天音は柔らかく微笑む。

「私は十七歳よ。占術の修行は長いけれど、まだ若いの。」


朱音は目を見開き、口を手で押さえる。

「えっ……そんなに……お姉ちゃん、ずっと大人っぽいから、もっと上かと思った!」


天音は微笑んだまま、朱音の肩にそっと手を置く。

「見た目で判断しないこと。これも潜入班を支えるときに大切な心得よ。」


無線を通じて、潜入班の詩乃とアキトは静かに試薬を確保し、安全な裏ルートへ移動していく。

朱音のスケッチと天音の占術は、まさに彼らの行動を裏から支える大切な指針となった。


【玲探偵事務所/午後4時15分】


潜入班が裏ルートを使い、重要な試薬を安全に確保して事務所に戻る。

玲は机の前に立ち、手元のモニターを見つめながら声を上げる。

「証拠は確保したか?」

詩乃が小さく頷き、アキトも同意する。

「はい、無事に持ち帰りました。」


影班の成瀬、詩乃、アキトの連携を確認しつつ、玲は次の指示を出す。

「これで黒幕の動きに迫れる。すぐに解析班に回して、怪しい動きを割り出す。」


朱音と天音もモニター越しに頷き、潜入班からの情報を整理していた。

「詩乃さんたち、無事に戻ったんだ……」

「これで、次の一手が見えてくるわね。」


潜入班と観察班、そして玲と影班全体がひとつに連携し、黒幕の正体へ迫る準備が整った。


【現場周辺/朱音&天音/午後3時30分】


朱音は小さなスケッチブックを手に、鉛筆を走らせる。

「ここに駐車場の車、全部描いちゃおうかな……」


天音は手元の占術ノートを開き、占星盤や方位盤を覗き込みながら口を開く。

「ふむ、今の時間帯だと西側の通路に注意ね。変な気配が漂っているわ。」


朱音は驚いた顔で天音を見上げる。

「天音ちゃん……えっと、占いって本当に当たるの?」


天音は少し照れたように笑いながら答える。

「私の占術はただの予言じゃないの。周囲の状況や人の動きも読み取れるのよ。」


二人は互いに目配せを交わす。

「潜入班からの連絡、来てる?」

朱音がスマートフォンを取り出すと、詩乃とアキトからの短いメッセージが届いていた。


「不自然な試薬の動き、確認済み。裏ルートで安全に確保中」

朱音は息を呑む。

「やっぱり……動いてるんだ、私たちも気を抜けないね。」


天音は占術ノートを閉じ、顔を引き締める。

「ここで油断したら、せっかくの潜入班の努力が水の泡になる。朱音、しっかり周囲を見張って。」


朱音は鉛筆を握り直し、駐車場や建物の不審な人物の動きを細かく描き込む。

「わかった。あの黒い車、怪しい……すぐメモして、あとで報告する!」


二人の小さな声が、研究棟周辺の静寂の中で緊張感を増幅させていた。

潜入班と観察班の目が、確実に連携し始めていた。


朱音はスケッチブックを片手にスマートフォンを操作し、無線アプリを起動する。

「潜入班、聞こえる? 詩乃さん、アキトさん!」


少し間を置いて、詩乃の声が端末から返ってきた。

「こちら詩乃、確認。試薬棚の動き、不自然なまま。アキトと裏ルートを確保中。」


天音は眉をひそめ、ノートにメモしながら言う。

「西側の通路にも怪しい気配あり……朱音、あの黒い車、さっき見かけた動きと同じね。」


朱音は鉛筆を止め、口を噤む。

「了解……位置と車両ナンバー、送信する!」


詩乃の声がまた響く。

「受信した。観察班の情報、非常に助かる。こちらも安全に証拠確保完了、次の行動に移る。」


天音は小さく頷く。

「なるほど……潜入班の動きに合わせて、私たちの観察がリアルタイムで役立つのね。」


朱音は目を輝かせ、再び建物や駐車場の人物の動きをスケッチする。

「うん、これで私たちも作戦の一部だね! ねえ、天音ちゃん、17歳って言ったけど、本当に占いの力すごいかも!」


天音はくすっと笑い、占術ノートを閉じる。

「年齢は関係ないの。要は観察眼と直感よ。さあ、次の情報、送信して。」


二人の緊張感と集中力は、潜入班と完全にリンクしていた。

研究棟内部と外部の情報が、無線を通じてひとつの流れとなり、作戦は静かに、しかし確実に前進していた。


【研究棟内/詩乃×アキト/午後3時45分】


詩乃は棚の隙間に手を伸ばし、わずかに傾いた試薬瓶をそっと戻した。

「ふぅ……危なかった。アキト、次は裏ルートで移動するわ。」


アキトは小声で頷く。

「了解。センサーの死角はここだ。慎重に行こう。」


二人は低い姿勢で通路を進み、壁際の非常口へと向かう。詩乃がスマホで潜入班専用のSNSチャットに打ち込む。

「証拠確保完了。裏ルートで移動中。位置は……」


朱音と天音の端末に詩乃のメッセージが届く。朱音は鉛筆を止め、画面を確認する。

「了解、詩乃さん無事みたい!」

天音も占術ノートを閉じ、頷く。

「裏ルートを使うなら、外の動きも注意してね。」


詩乃は扉を開き、慎重に階段を下りながらアキトに囁く。

「ここからは慎重に……誰にも見つからないように。」

「任せろ。影班と合流するまで、全力で護る。」


研究棟を抜けた二人は、影班の待機地点に近づく。成瀬、安斎らが静かに待っていた。


成瀬が低く声をかける。

「詩乃、アキト、証拠は無事か?」


詩乃は頷き、バッグから試薬ケースを差し出す。

「確認済み。裏ルートでここまで運んだ。」


安斎は周囲を警戒しつつ頷く。

「次は黒幕の動きを追うフェーズだ。玲も事務所で待機している。」


アキトは深く息をつき、詩乃を見やる。

「これで第一段階はクリアだ。朱音たちの観察も完璧にリンクしている。」


詩乃も微笑む。

「ええ、これで全員が揃った。次は証拠解析と黒幕の追跡……緊張はまだ続くわね。」


潜入班と影班は静かに合流し、次の行動へと備えた。


【潜入班待機地点/午後4時00分】


詩乃はバッグから取り出したノートに素早く記録を取る。

「試薬の種類、位置、動き……全部書き留める。あとで分析班に渡すの。」

アキトが横で頷き、低い声で補足する。

「確認しながらだから時間はかかるけど、正確さが第一だ。」


その時、朱音と天音から無線で連絡が入る。

朱音の明るい声が端末から響く。

「詩乃さん、アキトさん、ちょっと!不審な車両が駐車場にいるの!」

天音が占い師風の落ち着いた口調で続ける。

「動きが怪しいですね……午後4時ごろ、黒いバンがゆっくりと建物を回っています。私たちの視界内から外れそうです。」


詩乃はノートから目を上げ、アキトに囁く。

「来たわね。黒幕が動き出したみたい。」

アキトも真剣な表情で頷く。

「影班に知らせよう。これで全体作戦を動かせる。」


詩乃はスマホを操作し、潜入班・観察班・影班全員が参加するSNSチャットにメッセージを送信する。

「証拠確保完了。現場周辺で不審者と車両確認。全員、次の行動に移って。」


端末越しに成瀬の冷静な声が返る。

「了解。現場の警戒を強化。黒幕の動きは逐一報告せよ。」

安斎も短く返す。

「全員配置につけ。事態は一気に動く。」


詩乃はノートを閉じ、アキトに微かに笑みを向ける。

「さあ、ここからが本番。全員が動くタイミングよ。」


研究棟内外の潜入班・観察班・影班が情報を共有し、全体作戦は一気に動き出した。


【研究棟外/カフェテラス/午後4時05分】


朱音はスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせていた。駐車場の位置関係、周辺の建物、黒いバンの停車位置までを素早く描き込む。

「……ここ。駐車場の角度からして、バンの中の人は研究棟の出入口を狙ってる!」


天音は隣でデバイスを操作し、指先で画面をなぞりながら頷いた。

「衛星経由の交通記録を引き出してる……ふむ、今朝から同じナンバーが三度目の出現。偶然にしては出来すぎね。」


朱音は驚いて顔を上げる。

「すごい……私のスケッチと天音さんのデータが、ぴったり一致してる!」


天音は静かに微笑み、占い師のような口調で言葉を継いだ。

「視えるものと、記されるものが重なったとき、真実の扉は開く。そういうことよ。」


朱音は無線機に手を伸ばし、詩乃とアキトへ向けて急いで報告する。

「潜入班のみなさん!研究棟の出入口を狙ってる車があります。私たちが位置を把握してます!」


天音もデバイスを片手に加えた。

「このまま追跡記録を取ります。黒幕の動き、こちらで補足可能です。」


詩乃の落ち着いた声が無線から返る。

「了解。そっちは監視を続けて。私たちは証拠を確保済み、裏ルートで移動中。」


アキトも短く加える。

「連動して動く。無駄はない。」


朱音はスケッチを握りしめながら、天音に目を向けた。

「ねぇ……私たち、本当に役に立ててるんだよね?」

天音は真剣な眼差しで朱音を見返し、小さく頷く。

「ええ。あなたの描いた線が、今この作戦を支えている。迷わないこと。」


二人の視線が交わり、緊張の中に確かな信頼が芽生えていった。


【研究棟内/裏ルート通路/午後4時10分】


非常灯だけが灯る薄暗い通路に、詩乃の浅い呼吸が響いていた。背を壁に預け、額に滲む汗を指先で拭う。彼女は手にしたノートを閉じ、ひとつ深呼吸してからアキトに向き直る。


「……呼吸を整えないと。焦れば視野が狭くなる。今の私たちには、“確実に持ち帰る”ことが最優先よ」


低い声でそう告げると、アキトは無駄のない動作でバックルを締め直し、冷静に頷いた。

「了解。出口まではあと二つのセンサー区画を突破すればいい。詩乃、お前の判断で動く。俺はその後ろを固める」


一瞬だけ、詩乃の口元に小さな笑みが浮かぶ。すぐに表情を引き締め、視線を前へと戻した。

「……頼りにしてる。外の朱音ちゃんと天音さんが“狙われてる車”を捕捉してくれた。だからこそ、私たちが絶対に証拠を落としちゃいけない」


その言葉に重なるように、無線から朱音の緊張した声が割り込んできた。

――黒いバン、まだ出入口に停まってます!でも、動きが怪しい……!


詩乃は小さく息を吐き、再びアキトへと視線を返す。

「ここからが本番よ。行くわ、アキト」


「ああ、並走する。――抜かりなくな」


互いに短く頷き合う。

証拠を抱えた二人は、影に溶け込むように静かに歩を進めた。

通路の奥には、出口と新たな緊張が待ち受けている。


【研究棟内/資料保管エリア・午後4時15分】


棚の間に立つ二人の背中には、静かな緊張感が漂っていた。

詩乃は手袋越しに冷たい金属ケースを握りしめ、隣のアキトに低く囁く。


「……これが決定的な証拠。戻る道はひとつ、裏ルートだけよ」


アキトはわずかに頷き、背後の影を確認する。

「了解。警備ログは俺が潰してある。今なら行ける」


二人は呼吸を合わせ、足音を限りなく殺して棚の影をすり抜けた。

薄暗い通路を抜け、非常口の小さなランプが見えた瞬間、詩乃の肩から重圧がわずかに軽くなる。


「……出口だ」


アキトがドアのセンサーに手をかざし、偽造キーを差し込む。緑のランプが灯り、ロックが外れる。

静かな開閉音とともに、二人は冷たい外気に踏み出した。


【研究棟外・裏搬入口】


夜の気配が漂う裏搬入口には、一台の黒いワゴン車が静かに待っていた。

ドアが開き、中から成瀬由宇の灰色の目が二人を捉える。


「遅かったな。……だが、持ち帰ったか」


詩乃は無言でケースを掲げ、淡い笑みを浮かべる。

「当然。これが揃えば、黒幕を追い詰められる」


運転席から振り返った玲が、珍しく満足げに頷いた。

「よくやった。――これでようやく全体像が見えてきたな」


朱音と天音の声が無線から重なる。

――黒いバン、撤退しました! こちらも合流できます!


その瞬間、車内の空気は一気に熱を帯びた。

確かな証拠を抱えたまま、玲と影班、そして潜入班の二人は、次の行動――黒幕への直接対決に向けて動き出すのだった。


【企業周辺/朱音×天音/午後4時25分】


朱音は小さな手に双眼鏡を握りしめ、低い塀の陰から敷地内を覗き込んだ。

冷たい風が頬を撫で、紙のスケッチブックがぱらぱらと揺れる。


「……車、さっきの黒いバンじゃない?」

朱音が緊張気味に囁く。


天音は隣で静かに目を細め、掌の小さなデバイスを指先で操作した。

「南方より北へと進む黒き影。運命は流れ、足跡は隠される……」


「それって……つまり、逃げようとしてるってこと?」

朱音が眉をひそめると、天音はわずかに頷いた。


「然り。彼らは証拠を隠滅しようと焦っておる。だが――今はまだ追える」


朱音はスケッチブックを膝に置き、鉛筆を走らせる。

「だったら大丈夫。……ここに、この駐車スペースと塀の角度、書き込んで……はい、これで潜入班にも伝えられる」


天音が双眼鏡を受け取り、低い声で無線に繋ぐ。

「こちら観察班。黒いバン一台、西門から離脱中。塀の角度と駐車位置、朱音が図に記した。潜入班は安全経路を選べ」


――了解。証拠は確保済み。裏ルートで合流する。


無線越しに詩乃の声が響き、朱音は小さな拳を握る。

「やった……! 詩乃さんたち、ちゃんと逃げられそうだよ」


天音は落ち着いた笑みを浮かべ、朱音の頭を軽く撫でた。

「うむ。小さき観察の目が、大きな運命を導くのだ」


朱音はちょっとむず痒そうに笑いながらも、スケッチブックを抱きしめた。


天音は膝の上に開いたメモ帳に、するすると走るように文字を書き込んでいった。

鉛筆の音だけが小さく響き、空気は一層張り詰める。


「……西門、黒バン。停車位置から推測して――次に動くのは南通りだな」

天音が低く呟き、ペン先を止める。


朱音は息を呑み、身を屈めながら覗き込む。

「そんなの、ちょっと見ただけでわかるの? すごい……!」


天音は視線を外さず、書き上げたページを無線のカメラにかざした。

「観察班より報告。黒バンは西門から南通りへ。時刻、午後4時28分。動線を記録した。潜入班は迂回ルートを確保せよ」


――こちら潜入班。了解。移動ルートを修正する。


無線越しのアキトの声が返ってくる。

朱音は胸を押さえ、声を潜めて呟いた。

「……ほんとに繋がってるんだね、私たちの描いたものと、詩乃さんたちの行動」


天音は静かにメモ帳を閉じ、短く答える。

「因果の糸は細き橋。踏み外せば落ちる。だが、正しく示せば道となる」


朱音はきゅっと鉛筆を握り直し、双眼鏡を再び構えた。

「……じゃあ、もっと描くね。みんなが無事に帰ってこられるように」


天音はわずかに微笑み、息を殺して再び周囲に目を配った。


朱音は双眼鏡を握り直し、視線を建物の裏口へと移した。

その瞬間、わずかに軋む音を立てて裏口のドアが開き、黒いコートを羽織った人物が姿を現した。


「……出てきた。あの人……誰だろう?」

朱音が小さく呟く。


人物は周囲を素早く見回すと、迷いなく黒バンの後部ドアに乗り込んだ。

車体が低くうなり、ゆっくりと敷地外へ動き出す。


天音はすぐにメモ帳にペンを走らせ、冷静に言葉を刻んだ。

「――黒コートの人物、裏口より退出。黒バンに乗車。移動時刻、午後4時32分。目的地は未明」


朱音は息を止め、双眼鏡越しに黒バンを追う。

「……ただの社員さんには見えない。あんな雰囲気……」


天音は眉をわずかに寄せ、占術用のデバイスを手に取る。

「影を纏う者。因果の結び目に近い……あれが、首謀の糸口だ」


朱音はハッとし、無線に切り替えた。

「――観察班より。黒バンが裏口から不審者を乗せて出発! これは事件の首謀者に関係してると思います!」


数秒後、無線の向こうで玲の冷静な声が響いた。

『よく見た。観察を継続しろ。潜入班、回収ルートを優先。黒バンの追跡は影班に任せる』


朱音はごくりと唾を飲み込み、天音と目を合わせた。

「……わたしたち、ちゃんと手がかりを掴んだんだね」


天音は小さく頷き、メモ帳を閉じた。

「運命は動いた。ここから先は、彼らの番だ」


黒バンが動き出す瞬間、天音は小さく息を飲んだ。

指先に力が入り、ペンが止まる。


「……見えた。あの歩き方……」


朱音が慌てて双眼鏡を上下させる。

「え? 知ってる人なの?」


天音は低い声で頷いた。

「研究棟で数回だけ見たことがある……主任の補佐をしていた人間だ。内部の者にしか触れられない領域に立ち入っていた」


朱音の目が丸くなる。

「じゃあ……あの人、会社の人なのに……?」


天音は視線を逸らさず、黒バンを追いながら呟く。

「裏切り者だ。内側から情報を流し、首謀者と繋がっている……そうでなければ、裏口から黒バンに乗り込む説明がつかない」


朱音は唇を噛みしめ、無線のスイッチを押した。

「観察班より。裏口から出てきた黒コートの人物……企業側の職員です! 内部の裏切り者と確定!」


しばしの沈黙のあと、玲の低い声が返ってきた。

『……裏切り者が動いたか。潜入班はすぐに回収ルートを確保しろ。影班は黒バンを追え。観察班はそのまま継続して情報を拾え』


朱音は無線を握りしめ、息を荒くした。

「内部から敵に繋がってたなんて……これ、ただの事件じゃないよね」


天音は深く息を吐き、視線を夜空に向けた。

「真実は、裏切りの中に隠れている。彼を追えば、核心に触れられるはずだ」


朱音は双眼鏡を下ろし、無線機をぎゅっと握りしめた。

その視線の先、黒バンに乗り込む人物の姿がはっきりと映っている。

肩まで覆う黒いマント。その隙間から覗いた横顔に、朱音は思わず声を失った。


「……あれ、主任……! 研究棟の主任、その人だよ!」


隣で天音も硬直し、低く呟いた。

「間違いない。普段は白衣姿のはずの主任が、外套で顔を隠し裏口から車に乗り込むなんて……完全に裏切りの証」


朱音は唇を噛み、決意を込めて無線機に耳を当てた。

声は普段よりも低く、はっきりとした調子だった。


「観察班より報告。――黒マントの人物、確認しました。正体は“研究棟の主任自身”です。

主任が内部情報を持ち出し、首謀者と直接接触している可能性が高い」


短い沈黙の後、無線越しに玲の低い声が返ってくる。

『主任本人か……なるほど、核心に近づいてきたな。潜入班は即座に脱出を完了しろ。影班は黒バンをマークし、追跡を開始。観察班は現場を維持しつつ周辺の監視を続けろ』


朱音は小さく頷き、天音と視線を交わした。

「……主任が、裏切り者……? 本当に信じられない」


天音は冷たい声で言った。

「信じられない事実ほど、事件の真実に近い。今の動きを抑えたのは大きい……ここからが本当の始まりだ」


朱音の小さな拳が震える。

「……負けない。主任が裏切り者だとしても、絶対に真実を掴む」


静寂の中、遠くでワゴンのドアが開く重たい音が響いた。

朱音と天音は同時に息を飲み、陰からその様子を注視する。


黒マントを羽織った主任が振り返り、素早く車内に身を滑り込ませる。

数秒遅れて、エンジンが低く唸りをあげ、ワゴンが敷地を離れていった。


朱音は震える声で無線に報告する。

「……主任、黒バンに乗り込みました。進行方向は東、工業団地方面へ!」


無線越しに玲の鋭い声が飛ぶ。

『影班、追跡開始。痕跡を残すな、尾行は目立たず確実に』


すぐに別の回線から成瀬の低い声が響いた。

「了解。黒バン視認、距離を一定に保ち尾行に入る。――詩乃、アキト、証拠確保は完了しているか?」


研究棟内部からの回線がノイズ混じりに返る。

詩乃の冷静な声が、短くしかし確信を持って届いた。

「試薬の不正改造痕を押さえた。これで主任が外部に流している証拠になる」


アキトも重ねる。

「バックルートは確保済み。合流地点に向かう」


朱音は天音の袖を引きながら、真剣な目で言う。

「……これで、主任の裏切りを絶対に逃さないよね」


天音は双眼鏡を閉じ、低く呟いた。

「星の流れが示してる。真実はすでに暴かれつつある……今はただ、追跡の糸を切らせないこと」


黒バンはゆっくりと角を曲がり、視界から消えていった。

その背後を、黒衣に身を包んだ影班の車両が、音もなく滑るように追う。


作戦は次の局面へ――。


天音が小さく頷くと、二人はすぐに塀の陰に身を沈め、影のように静かに息を潜めた。

「……ここからは、見逃さないようにね」

朱音は低く囁き、双眼鏡を再び手に取る。


遠く、黒バンが路地を曲がるたびに、天音はメモ帳に速記する。

「……動きは一直線。接触地点は、この交差点付近……」


無線越しに玲の声が届く。

『影班、位置を保持しつつ追跡。主任の接触相手を確認しろ』


成瀬の低い声が返る。

「了解。黒バンの動きをロック。接触相手の特定に入る」


黒バンは、郊外の薄暗い駐車場に滑り込んだ。主任は素早く車を降り、隣の車両に近づく。

「……あの人物か……」

桐野詩乃の冷静な観察も、無線越しに玲へ報告される。

「対象確認。主任が接触したのは黒スーツの男。間違いなく企業側の協力者です」


朱音は息を潜め、天音に小声で囁く。

「……主任、捕まえられるかな……」


天音は占術用デバイスを握りながら頷いた。

「星は流れを示している。今が最善の瞬間。見逃すわけにはいかない……」


影班は車両を静かに接近させ、主任と黒スーツの男のやり取りを確認。

安斎の低い声が無線に乗る。

「接触完了確認。写真と音声を記録。次は確保に向けてルートを選定する」


朱音はスケッチブックにメモを書き込みながら、息を殺す。

「……主任、逃がさない。絶対に」


その影で、影班の車両が音もなく黒バンを追い、作戦は次の段階へと進んでいった。


白ワゴンの陰から、誰かがそろりと歩み寄る。手元には小型デバイスがあり、指先で画面を軽くなぞりながら、裏口の動線を確認している。


天音は双眼鏡越しに観察し、朱音に小声で囁く。

「……あの人、主任と同じ人物かも。手元をずっと確認してる」


朱音は鉛筆を握り直す。

「……潜入班に伝えなきゃ。行動パターンを連携するの!」


同時に、影班の無線に成瀬の声が入る。

「対象確認。接触相手、白ワゴンから研究棟裏口へ移動。主任と協力者の接触はほぼ完了」


その直後、読解術のスペシャリスト・御子柴理央が遠隔から解析を開始。彼の低い声が無線に響く。

「主任と黒スーツの男の会話、内容を解析完了。暗号化されていたが、意味はこうだ……」


御子柴の報告を朱音と天音が聞き取る。


「主任:『証拠は隠した。週末までには動かす』

協力者:『了解。社内の目は完全に回避済みです』

主任:『進展は玲探偵事務所に気づかれないように』

協力者:『問題なし。裏口からの搬出ルートも確保済み』」


天音は眉をひそめる。

「……巧妙すぎる……完全に隠蔽計画だわ」


朱音は小さく拳を握り、声を潜めて言う。

「……でも、もう見ている人がいる。私たちで止める!」


無線越しに玲の冷静な声が届く。

「潜入班と観察班、情報を統合。裏口の監視を強化。次の行動を指示する」


その影で、白ワゴンの人物は研究棟裏口に到着し、静かに扉を開こうとしていた。全員の視線と意識が一斉に集中する。


【研究棟裏手/潜入班×現場観察班/午後4時45分】


詩乃は白衣を羽織り、手袋越しに怪しい試薬の容器をそっと手に取った。


「……この位置だと誰にも見えないな」

アキトが低く囁く。

「慎重に。少しでも音を立てたら終わりだ」


詩乃は容器を慎重に確認し、ノートに記録を取る。

「ラベルは改ざんされてる……これは、外部に漏らすと危険なものね」


同時刻、企業周辺の塀陰にいる朱音と天音。朱音は双眼鏡越しに主任の動きを追う。

「天音、今の主任、裏口に向かってる!」

天音は小さなデバイスを操作しながら答える。

「了解。搬出ルートを予測、潜入班に即座に連絡」


朱音は無線機に耳を当て、低く指示する。

「詩乃、アキト。裏口に黒スーツの二人が向かってる!搬出阻止、位置を確保して!」

詩乃は小声で応じる。

「わかった、今動く!」


アキトも同意し、二人は静かに裏口へ移動。天音はデバイス越しに指示を補足する。

「裏口右側の影に隠れて。主任が通過する直前に正確な位置を報告して!」


朱音は鉛筆を握り直し、スケッチブックにルートと人物の位置を素早く書き込む。

「ここで止めれば、証拠を奪われる前に済むはず……」


潜入班と観察班の連携が完璧に噛み合い、企業裏口の静かな緊張が一気に張り詰める。


アキトは近くの暗がりに身を潜め、無線機に口を近づけた。

「詩乃、黒スーツ二人が裏口に接近。位置は右手影、用意はいいか?」


詩乃は容器を片手に握りしめ、低く答える。

「了解。ここからなら安全に確保できる……今だ!」


二人が素早く影を抜け、主任と協力者の動線を塞ぐ。

朱音の声が無線越しに響く。

「潜入班、右側の影を確保!搬出阻止を優先!」

天音も続ける。

「主任の動きは読み切った……このタイミングで止めるわ!」


主任が不意を突かれ、黒スーツの協力者が咄嗟に手元を押さえる。

「な、何……?」主任の低い声。

アキトが冷静に返す。

「もう終わりだ。証拠は我々が確保する。」


詩乃は素早く怪しい試薬の容器をバッグに入れ、ノートも回収。

「これで全て揃った……」


朱音は双眼鏡越しに状況を確認し、笑みを漏らす。

「詩乃たち、成功よ!」

天音も微かに頷き、デバイスの操作を止める。

「裏ルートからの証拠回収も完了……これで主任たちの逃走は阻止できたわ。」


潜入班と観察班は無線で短く報告を交わし、緊迫の瞬間は静かに終わった。

玲も事務所から無線を通して指示を出す。

「全員、任務完了を確認。証拠は安全に保管。事務所に戻れ。」


夜の研究棟裏手には、無言の勝利感と共に緊張の余韻が漂っていた。


無線の向こうで朱音がすぐに応答した。

「はい、玲さん!潜入班、裏口搬出を阻止しました。証拠も無事です!」


天音も続ける。

「主任と協力者の動きも全て記録済みです。状況は完全に把握しています。」



【玲探偵事務所/午後5時15分】


事務所に戻った詩乃とアキトは、慎重に回収した試薬容器とノートをテーブルに並べる。

玲はデスクの前に立ち、証拠を一つ一つ確認しながら静かに言った。

「これで、企業側の不正行為の証拠が揃った。皆の動きも完璧だった。」


影班の成瀬が眉をひそめながら報告する。

「主任はまだ警戒中ですが、追跡は続行可能です。潜入班の動きも確認済み。」


桐野詩乃は手袋を外し、ノートを開いて分析結果を玲に示す。

「この試薬の移動記録と、主任の裏口使用の証拠を突き合わせれば、完全に違法行為を立証できます。」


朱音はメモ帳を抱え、少し照れた声で言った。

「私たちも、外から指示を出すことで役に立てたんだ……!」


天音は占術デバイスを片手に、静かに微笑む。

「偶然じゃなく、計画通りの動きよ。全ての情報が連携しているわ。」


玲は全員を見渡し、穏やかだが引き締まった声で告げた。

「よし、この証拠と情報をもとに、次は主任の取り調べに備える。全員、役割を再確認しておけ。」


影班の安斎も低く頷き、冷静に付け加える。

「潜入班と観察班の連携は完璧だ。このまま主任の追及を進める。」


事務所の窓から差し込む午後の光は、静かな戦いの余韻を照らし出していた。

誰も口にはしないが、この日集めた証拠が、やがて大きな真実を明らかにすることを皆が理解していた。


無線の向こうの玲も落ち着いた声で返す。

「よくやった、二人とも。この調子で、事務所に戻ったら証拠を整理し、次の手を考える。」


【玲探偵事務所/午後5時30分】


潜入班の詩乃とアキトが静かに事務所に戻ると、すでに玲が資料の束を広げ、影班の成瀬と安斎もモニターをチェックしていた。


玲は手を組み、静かに二人を見つめる。

「詩乃、アキト、お疲れ。裏口搬出の阻止は成功したようだな。」


詩乃はノートを閉じ、深呼吸をひとつして答える。

「はい。怪しい試薬やデータのコピーも回収しました。裏ルートも確認済みです。」


アキトも補足する。

「無線で朱音と天音からの指示を受け、スムーズに作業できました。搬出阻止も、主任と協力者の動きをほぼリアルタイムで把握できています。」


影班の安斎が眉を寄せ、モニターを指さす。

「主任の行動パターン、無線ログと映像を照合すると、かなり計算された動きだ。だが、今回の潜入班と観察班の連携で、ほとんど全てを押さえられたな。」


成瀬は沈黙のままモニターを睨みつつ、手元の端末を操作する。

「証拠も一通り確保。あとは玲の指示に従い、分析と整理を進めるだけだ。」


玲は資料の束に視線を落としながら、淡々とした口調で言った。

「よし、まずは回収したデータを解析する。朱音と天音の観察情報も合わせれば、主任とその協力者の動きの全体像が把握できるはずだ。」


詩乃が静かに頷き、アキトも無線機に耳を当てる。

「潜入班と観察班の連携は完璧でした。ここから解析作業を効率よく進めましょう。」


玲は机の上の資料を指で軽く叩き、影班と潜入班の全員に視線を向けた。

「この情報をもとに、次の手を考える。主任側も動くだろう。だが、今回の連携で、こちらの準備も万全だ。」


モニターには研究棟周辺の映像が映し出され、朱音と天音が収集した情報も画面の片隅に表示されている。

詩乃はノートにさっとメモを取り、静かに息を吐いた。

「…やっと、全体像が見えてきましたね。」


玲はわずかに微笑むように頷いた。

「まだ油断はできない。しかし、動きは確実に押さえている。次の段階に進む準備をしよう。」


影班の三人も頷き、全員が資料とモニターに集中する。

事務所には、潜入班と観察班の努力が結集した緊張感と達成感が漂っていた。


玲は静かにバッグから詩乃が持ち帰った試薬容器を取り出した。

「これが今回の核心か…」


手袋を取り出し、慎重に装着する。指先が触れるのも恐れるように、玲は容器を分析機器へとセットした。


詩乃が小声で呟く。

「玲さん、取り扱いには十分気をつけてください。少しでも揮発すると危険です。」


玲は頷き、機器のスイッチを入れる。

「わかっている。分析精度を最大にして、成分の特定と混入の有無を確認する。」


影班の成瀬が横目で覗き込み、低い声で言った。

「主任側も、この試薬の移動には慎重だった。何か隠された意図があるはずだ。」


アキトが補足する。

「今回の潜入で、試薬の出入りのルートも把握できました。主任が最後に接触した人物が、搬出の要です。」


玲は分析機器の画面に集中しながら、詩乃に問いかける。

「詩乃、この試薬の特性や反応について、メモにまとめてくれているよね?」


詩乃は少し息を整えながら頷く。

「はい、反応や色の変化、保存状態の注意点も全て記録済みです。分析結果と照合すれば、主任側の計画の全体像が見えてくると思います。」


玲は画面に映る数値とグラフをじっと見つめ、静かに言った。

「よし…これで次の手が見えるはずだ。慎重に、だが迅速に動く。」


影班の安斎も端末を操作しながら低く呟いた。

「この試薬を押さえられれば、主任側の計画はかなり制限できる。焦らず確実に進めるのみだ。」


事務所には、潜入班と観察班の緊密な連携の成果と、玲の冷静な分析が交錯する緊張感が漂っていた。


紫苑がモニターを指さし、低くささやくように報告する。

「玲さん…分析結果、出ております。試薬には…通常の化学物質に、微量の触媒が混入しているようです。…意図的に反応速度を操作している…可能性があります。」


玲は眉をひそめ、画面のグラフに目を凝らす。

「触媒か…つまり単なる保管や運搬ではなく、タイミングを見計らって反応させる狙いだな。」


詩乃が手元のメモを見ながら、落ち着いて言う。

「はい。この反応の条件からすると、搬出後24時間以内に処理することを主任側は狙っているようです。」


安斎が端末に手を伸ばし、低くつぶやいた。

「時間制約があるな。裏口封鎖と逃走ルートの確認を同時にやらないと、計画は成功してしまう。」


玲は椅子に肘をつき、指示を出す。

「紫苑、主任と協力者の現在位置を引き続き追跡して。潜入班には搬出阻止を最優先させる。朱音、天音、外からの監視も頼む。」


朱音が小さく返す。

「はい、玲さん。双眼鏡とデバイスで、黒マントの動きは逐一報告します。」


天音も頷き、占術データとモニターを見比べながら加える。

「次の接触者は、この時間帯に現れるはずです。阻止のタイミングも正確に狙えます。」


玲は分析結果と各班の報告を重ね、静かに決意を固める。

「よし…主任側の計画は把握した。次は、私たちの一手で全てを止める。」


事務所には、静かで緊迫した連携の空気が満ち、まるで次の瞬間の行動がすでに支配しているかのようだった。


【企業周辺/午後6時05分】


安斎は暗がりで身を潜め、無線機に口を近づける。低く、まるで影のように声を潜めてつぶやいた。

「詩乃、搬出ルートの右側の通路、封鎖完了。主任側はまだ気付いていない。」


詩乃は手袋をしたまま容器をしっかり握り、アキトに小さく頷く。

「了解…裏口に向かう動きが見えます。」


朱音と天音はカフェテラスの影から双眼鏡とデバイスで観察を続ける。

朱音は無線に向かって低く指示する。

「主任、白ワゴンに乗り込む…接触者も一緒に裏口へ。」


天音が手元の占術データを再確認し、息を潜めながら付け加える。

「次の接触は、ここから二分以内。詩乃たちが阻止できるはずです。」


暗闇を縫うように、安斎は素早く動きながら監視ポイントを変更する。

「右側通路、さらに影を作って…動きは完璧だ。」


その瞬間、白ワゴンのドアがゆっくりと開き、主任と協力者が容器を持って裏口へ歩み寄る。


詩乃は息を殺し、低い声でアキトに伝える。

「今です…遮断して。」


アキトが影に潜みながら素早く通路を封鎖すると、主任は一瞬立ち止まり、状況を確認する。

「なんだ…?」


朱音が無線で応答する。

「主任、そちらは行き止まりです。容器の搬出は不可能です。」


天音も続ける。

「占いでも確実に阻止できるタイミングです…このまま押さえて。」


主任と協力者は互いに顔を見合わせ、動揺の色を隠せない。

潜入班と観察班、影班の連携は完璧に決まり、研究棟裏口の搬出は完全に阻止されたのだった。



朱音は無線機に息を吹きかけ、低く、しかしはっきりとした声で報告した。

「事務所到着、観察班二名。異常なしです。」


天音も手元のデバイスを押さえ、補足するように話す。

「主任の動きはすぐにはこちらに及ばない見込み。裏口封鎖完了。」


無線の向こう、潜入班の詩乃とアキトが影に隠れつつ、裏ルートを通って静かに撤退を始める。

詩乃は低くつぶやく。

「これで裏ルートは確保。容器も安全に回収。」

アキトも頷き、暗がりに溶け込むように足を進める。


一方、研究棟裏口で足止めをくらった主任と協力者は、慌てた様子で互いを見つめる。

「こんな…どうして封鎖されている!?」

協力者の声も震え、状況の理解が追いつかない。

「裏で何か動いている…奴ら、完全に連携している!」


朱音が再び無線で報告する。

「潜入班、裏ルートから安全に撤退中。容器も確保済みです。」


天音は占術データを指でなぞりながら、落ち着いた口調で補足する。

「主任側の動きは予測通り。これで次の行動も管理可能です。」


玲探偵事務所では、すでに紫苑と安斎、影班の三人がモニターに目を凝らしていた。

玲は朱音と天音の無線を受け取り、資料をまとめながら言った。

「よし、全員無事だ。証拠も確保。次は分析と主任側の次の一手だ。」


潜入班、観察班、影班の連携が一気に形になった瞬間、事務所内には緊張と安堵が混ざった静けさが漂った。


玲は資料の束を前に頷き、落ち着いた声で指示を出した。

「朱音、天音、まず今日の観察と無線の記録をまとめて。主任と協力者の動きの時間差も正確に記入すること。」


朱音は鉛筆を握り直し、メモ帳に走らせながら応える。

「はい、玲さん。細かい動きまで全部書き込みます。」


天音もデバイスの画面を指でなぞりながら答える。

「この時間帯の流れも占術的に整理して、動きの予測に使えるようにしますわ。」


その間、モニターの前で主任側の映像を確認していた影班の安斎が、低く声を潜める。

「見ろ。主任たちは完全に混乱している。搬出ルートが封鎖され、誰も出口を把握できていない。」


紫苑も隠密の口調で補足する。

「情報の伝達も遅れ、協力者同士で連絡が混乱しています。今なら主任側の動きを完全に掌握できます。」


玲は資料をまとめながら手早く指示を続ける。

「では、分析班は回収した試薬の成分と主任側の動きの関連を解析。潜入班は各裏ルートの映像とタイムラインの照合を行う。情報はすべて次の作戦会議で共有する。」


詩乃とアキトは回収した証拠を整理し、裏ルートの映像と照らし合わせる。朱音と天音は観察記録と占術予測を一つにまとめ、無線でのやり取りも整理する。


玲は再び頷き、静かに締めくくる。

「今日の成果を次の行動に活かす。主任側は焦っている。我々は冷静に、次の一手を練るだけだ。」


事務所の空気は緊張感を保ったままも、確実に勝利の手応えが感じられる、充実した静けさに包まれていた。


朱音は小さな手を震わせながらも、モニターに観察データを映し出した。建物の外周図、黒ワゴンや白ワゴンの通行記録、主任と協力者の行動タイムラインが細かく表示される。


「玲さん、天音ちゃんとまとめました。主任と協力者の動きのパターンは、この時間帯でほぼ特定できました」

朱音は低く報告しつつ、モニターの矢印を指でなぞる。


天音はデバイスを操作しながら解析結果を読み上げる。

「主任側の動き、占術的にも一定のリズムが確認できましたわ。裏口への搬出ルートは二つの可能性しかありません。片方は封鎖済み、もう片方は監視カメラの死角を利用しています。」


玲は資料に目を落としつつ、冷静に判断する。

「よし、この情報を元に次の作戦を組む。潜入班は裏ルートに移動し、主任側の搬出を阻止。観察班は死角を封鎖しつつ、無線で細かく指示を送る。」


安斎が低く唸る。

「主任は焦り始めています。彼らの行動は読みやすくなっている。狙い通りです。」


紫苑も隠密の口調で確認する。

「はい。監視カメラの死角も把握済みです。動きは完全に掌握可能。」


玲は頷き、指示を続ける。

「朱音、天音、各観察ポイントからのリアルタイム報告を潜入班に送る。詩乃とアキトは裏ルートに移動して、主任と協力者を直接抑える。解析班は試薬の動きも注視し、異常があればすぐに警告。」


朱音は力強く頷き、天音もデバイスを握りしめる。

「わかりました、玲さん!」

「全力で情報を送りますわ。」


事務所内に緊張感が漂う中、玲は最後に目を閉じて深呼吸する。

「全員、焦るな。主任側はもう追い詰められている。あとは冷静に、計画通りに進めるだけだ。」


静寂の中、画面のモニターに映る主任と協力者の動きが、次第に玲たちの作戦網に絡め取られていく。やがて、主任側の焦りが露わになり、事務所内の全員の心に一抹の緊張と期待が満ちていった。


詩乃は分析装置から出力されたプリントを手に取り、眉をひそめた。

「……これは……想定よりも濃度が高いわ。主任たち、かなり急いで搬出を進めている……」

手袋越しに用紙を押さえ、彼女は低く続けた。

「このペースだと、裏ルートで直接阻止しないと、証拠を持ち出されてしまう可能性が高いです。」


玲は資料の上に手を置き、冷静に指示する。

「了解。詩乃、アキトと裏ルートへ。朱音、天音、リアルタイムで動きを送る。影班は監視と封鎖を強化する。」


【研究棟裏手/潜入班/午後6時55分】


詩乃は白衣を羽織り、アキトとともに暗がりに身を潜める。

「ここからなら主任たちを確実に抑えられる……」

低くつぶやく詩乃の声に、アキトが頷く。

「了解です。無線で指示も入りますし、焦らず行きましょう。」


朱音の声が無線越しに届く。

「主任、裏口に近づいています!左側の死角から侵入可能です!」

天音も続ける。

「搬出物は白ワゴンに積まれています。今がチャンスですわ。」


詩乃は息を整え、手袋越しに試薬容器を握り直す。

「アキト、慎重に行きます。見つかったら最後よ。」


二人は影に潜みながら、裏ルートへと静かに進む。建物の角を曲がるたびに、主任と協力者の姿が見える。黒コートの主任は無意識に足を止め、白ワゴンの確認をしていた。


アキトが囁く。

「今だ、詩乃さん。右手から回り込みます。」


詩乃は無線で朱音に確認する。

「朱音、死角は大丈夫?」

「完璧です。進んで!」


二人は素早く動き、主任の背後に回り込む。主任が気付くより早く、詩乃は低い声で警告する。

「止まれ、主任。これ以上の搬出は認めません!」


協力者も慌てて振り向くが、アキトがさっと腕を伸ばして制止する。

「逃がしません。」


主任の表情が一瞬硬直する。

「……まさか、こんな場所まで……」


詩乃は試薬容器を安全に押さえつつ、冷静に続ける。

「証拠はもう動かせません。ここで終わりです。」


暗がりの裏ルートで、潜入班は主任側の動きを完全に封じ、搬出阻止と証拠確保に成功した。


事務所の中には、潜入班の詩乃とアキト、影班の三人、そして玲が揃っていた。詩乃が手にした試薬容器を、玲が慎重に手袋をつけて分析機器にセットする。室内には静かな緊張が漂っていた。


「玲さん…これ、分析をお願いします。」

詩乃の声は小さく、しかし確かな緊張を帯びていた。


「主任側の動き、事前に予測できそうです、玲殿。」

紫苑は隠密らしい低く抑えた口調でモニターを指差した。


安斎も低い声で続ける。

「裏ルートを通じて、潜入班と観察班の連携阻止…主任たちはまだ気づいていません。」


そのとき、無線の向こうから朱音の声が届いた。

「玲さん、私たち事務所に到着しました!」


「主任側の焦りが読めます…潜入班は裏ルートから撤退完了です。」

天音も手早く解析結果を報告する。


「よし、朱音、天音、モニターにデータを映して、玲さん。」

紫苑が手元を操作しながら指示した。


「主任側は次の行動に迷いがあります。封鎖ルートを増やせば完全に追い詰められます。」

天音の声には静かな確信があった。


無線機の向こうでアキトが静かに報告する。

「玲さん、こちら潜入班。主任たちを裏ルートで封鎖完了。試薬確保済みです。次の指示をお願いします。」


「了解です、玲さん。監視を続けてください。主任側の動きが再開したら即座に報告を。」

紫苑の声は隠密の冷静さを失わなかった。


「玲さん、この試薬…意図的に操作された形跡があります。」

詩乃は眉をひそめながら分析結果を手にした。


「主任側は焦っています。今が追い詰めるチャンスです。」

安斎の低い声が事務所内の緊張をさらに引き締めた。


「よし、全員、これから主任側を完全に封じ込める具体的な作戦を決めます、玲さん。」

紫苑の指示で、全員は資料とモニターに集中し、次の作戦へと動き出した。


玲は事務所の中央に立ち、皆を見渡した。

「皆、ここからが正念場だ。主任と協力者はまだ裏ルートの存在に気づいていない。しかし、このまま放置すれば次の搬出で証拠を失うことになる。」


紫苑は慎重に頷きながら、低く囁くように言った。

「玲殿…潜入班と観察班の連携を最大限に活かせば、主任側の動きを完全に制御できます。」


詩乃も緊張の面持ちで報告する。

「玲さん、試薬は確保済みです。搬出経路を封鎖すれば、主任側は次の手を打てなくなるはずです。」


安斎が低い声で補足する。

「裏ルート封鎖は成功しています。しかし、主任側はまだ監視の目を警戒しています。油断はできません。」


アキトは静かに推測を口にした。

「玲さん、主任は焦りから、予測外の行動に出る可能性があります。監視と報告を徹底すれば、こちらが一歩先を行けるはずです。」


玲は深く息をつき、目を皆に向けた。

「よし、全員。この情報をもとに、次の作戦を具体的に決める。裏ルート封鎖と観察班の位置を調整し、主任の行動を完全に封じ込める。誰も逃さない。質問はないな?」


「了解です、玲殿。」

紫苑が静かに応え、他のメンバーも一斉に頷いた。


事務所には一瞬の沈黙が流れ、その緊張は皆の心拍にまで伝わるようだった。

玲の声が再び響く。

「では、動け。各自、役割を全うしろ。」


全員が資料とモニターに集中し、緊迫した作戦会議は瞬く間に次の行動へと移った。


紫苑は静かに視線を巡らせ、軽く頷いた。

「玲殿、潜入班の動きに合わせ、観察班もすぐに対応可能です。」


成瀬は黒いコートの袖を整え、低い声で確認する。

「了解。裏ルート封鎖の位置を再確認しました。主任の進行を阻止します。」


詩乃も手元の装備を確認しながら言った。

「玲さん、搬出阻止の準備は完了です。試薬は確実に回収しました。」


その瞬間、事務所の無線から朱音と天音の声が届く。

「玲さん、こちら観察班。主任、裏口から白ワゴンに接触。位置を確認しました。」

「すぐに裏ルートへ。潜入班、封鎖位置に到着しています。」


アキトも無線越しに低く報告する。

「玲さん、潜入班、裏ルート封鎖完了。主任はもう逃げ場なしです。」


玲は冷静に皆の動きを見守りながら指示する。

「紫苑、観察班は主任の動きを逐次報告。成瀬、詩乃、裏ルートの封鎖を維持しろ。誰も通すな。」


モニターに映る映像と無線の情報がリアルタイムで交錯する。

朱音は双眼鏡を覗き込み、天音がデバイスを操作して主任の位置を精密に把握する。

「主任、左手の扉に移動。」

「搬出を阻止しました。こちら潜入班。」


主任の焦る様子が画面に映る。手元を確認し、慌てて協力者に指示を出すが、裏ルートは完全に封鎖されていた。

潜入班と観察班の連携は寸分の狂いもなく作動し、主任は逃げ場を失う。


玲は静かに呟いた。

「これで、主任の動きは完全に掌握できた。あとはこちらのタイミングで動くだけだ。」


その瞬間、事務所のモニターに不審な人物が映った。黒いコートを羽織り、建物の陰からじっと潜む姿だ。


紫苑は低く声を潜め、指を画面に置く。

「玲殿……左手、あの影。主任の協力者か、追加の動きがあるかもしれません。」


玲は冷静に頷き、指示を出す。

「成瀬、詩乃、追加の接触者の動きを封じろ。朱音、天音、位置を追い続けろ。」


モニターを通じて、主任と協力者の動きが逐一把握される。

アキトが無線に口を寄せた。

「玲さん、裏ルート完全封鎖。主任と協力者、逃走経路なし。」


詩乃は手袋越しに試薬容器を握り直し、静かに言った。

「玲さん、証拠も確保済みです。これで全ての動きを抑えました。」


成瀬が前に踏み出し、低く告げる。

「こちら封鎖完了。誰も通しません。」


主任は焦りを隠せず、協力者に必死に指示を出す。

だが、潜入班と観察班の連携は寸分の狂いもなく作動していた。

無線とモニターの情報が同期し、主任と協力者は完全に追い詰められる。


朱音が双眼鏡越しに確認し、天音がデバイスで位置を固定する。

「こちら観察班、主任、完全に封鎖されました。」


玲は静かに息をつき、皆を見渡す。

「よし、これで主任と協力者の動きは完全に掌握した。証拠も揃った。次は取り押さえだ。」


モニターに映る主任は絶望の色を帯び、もはや逃げ場はなかった。

潜入班と観察班が一斉に行動を起こし、主任と協力者は確実に取り押さえられ、証拠も安全に回収された。


玲は静かに拳を握り、声を低くして言った。

「全員、よくやった。主任とその協力者は抑えた。だが、これで終わりではない。次の手を考えなければならない。」


紫苑はすぐに頷き、隠密のまま静かに報告する。

「玲殿、試薬の分析結果と現場映像を照合しました。主任側の手口はほぼ把握できています。」


詩乃も資料を整理しながら言った。

「玲さん、搬出ルートと接触相手の動きも記録済みです。これで次の作戦を立てられます。」


成瀬が低い声で続ける。

「封鎖した裏ルートも確認済み。主任たちは逃げ場なしです。」


アキトは無線を握りながら、主任側の焦りを報告する。

「玲さん、現場は完全に押さえました。これからの動きもこちらで追跡可能です。」


朱音と天音はモニター前で解析結果を照らし合わせ、迅速に情報を更新する。

朱音が指を画面に置きながら言った。

「この動きなら、次は主任の動きを事前に封じられます。」

天音が小声で付け加える。

「無線で全班に情報を流せば、完全に監視下に置けます。」


玲は資料とモニターを交互に見渡し、次の作戦を頭の中で組み立てる。

「よし、次の作戦会議を開く。主任を追い詰め、事件の全容を解明する。全員、準備はいいか?」


全員が頷き、事務所内には緊張感と決意が漂った。

潜入班と観察班、影班、そして玲のチームが一つとなり、次の局面へと進む――主任側を完全に追い詰めるために。


【玲探偵事務所/夜8時】


事務所内は緊張感に包まれていた。

蛍光灯の明かりに照らされたテーブルの上には、解析資料と試薬容器、そして監視映像のプリントアウトが散らばっている。全員の視線はモニターに集中し、その中に映る主任と協力者の影を睨みつけていた。


玲が立ち上がり、全員を見渡す。

「これからの動きが勝負だ。主任はまだ全容を隠している。逃げ場を潰し、確実に証拠を押さえる。」


紫苑がモニターに指を滑らせ、静かに告げる。

「玲殿。主任の行動パターンを解析した。次は資材搬入口を使う可能性が高い。そこで待ち伏せれば確実に動きを封じられる。」


詩乃が頷き、資料を手に声を重ねる。

「玲さん、私は試薬の管理台帳を調べます。主任が残した痕跡を数字の上から追えば、搬出の理由を立証できるはずです。」


成瀬が低い声を響かせた。

「俺と紫苑で搬入口の警戒を固める。主任が動けば即座に抑える。」


安斎が腕を組み、短く補足する。

「心理的な揺さぶりは俺が担当する。主任も協力者も焦りが出ている、隙は必ず作れる。」


朱音が画面を見つめながら声を上げた。

「私たち観察班は全域をモニタリングします。主任が別ルートに逃げても必ず気づきます!」


天音もすぐに続けた。

「解析は僕が引き受けます。通信記録をリアルタイムで追えば、主任がどこへ情報を送ろうとしているか特定できます。」


アキトは静かに無線を指で叩きながら言った。

「潜入班は裏ルートに回ります。主任が逃走を図った場合、追跡と証拠回収を同時に行う。」


玲は全員の言葉を一つひとつ受け止め、力強く頷いた。

「よし――作戦はこうだ。

資材搬入口に影班を配置、観察班は全域の監視。潜入班は裏ルートで待機し、万が一の逃走に備える。

そして証拠の解析はこの場で進め、主任が動いた瞬間に一斉に包囲する。」


事務所内に重苦しい沈黙が落ちる。しかし、その沈黙は恐れではなく、決意の現れだった。

全員の目が鋭く光り、作戦決行の時を待ち構えていた。


冷たい夜風が吹き抜け、倉庫裏の資材搬入口はひっそりと静まり返っていた。

だが、その闇の中にはすでに影班と潜入班、そして観察班の目が潜んでいた。


無線から玲の低い声が響く。

「全員、持ち場につけ。主任が動く――その瞬間を逃すな。」


紫苑が物陰から周囲を睨み、短く応じる。

「了解、玲殿。搬入口の死角はすでに封じた。ここから先、奴に逃げ場はない。」


成瀬がワゴンの陰で武器を確認しながら呟く。

「来いよ……主任。お前のゲームはここで終わりだ。」


安斎が低く無線に言葉を落とす。

「心理の揺さぶりは任せろ。協力者も一緒に縛る。」


その時、足音が響いた。

黒いコートを羽織った主任と、その横に小さな荷物を抱えた協力者が現れる。二人は周囲を警戒しながら搬入口へと近づいていた。


観察班の朱音が緊張した声で報告する。

「主任、視界に入りました! 資材搬入口に向かっています!」


天音がすかさず補足する。

「裏ルートのセンサー反応なし。正面突破です!」


玲の声が落ち着いた調子で飛ぶ。

「――よし、包囲を狭めろ。紫苑、成瀬、タイミングは任せる。」


紫苑が軽く頷き、囁く。

「了解。玲殿……一撃で仕留める。」


次の瞬間、影が動いた。

成瀬が主任の背後に回り込み、紫苑が正面に立ちはだかる。

協力者が狼狽して足を止め、主任の顔に焦りの色が走った。


安斎が一歩踏み出し、低い声で突きつける。

「観念しろ。もうお前の隠し場所は残っていない。」


主任は荷物を抱えた協力者を振り返り、必死に叫んだ。

「まだだ、ここから逃げ切れる!急げ!」


しかし、その瞬間――アキトと詩乃が裏ルートから現れ、完全に出口を塞いだ。


アキトが無線に口を寄せる。

「玲さん、裏ルート封鎖完了。主任たちを包囲しました。」


詩乃が冷静に試薬容器を奪い取り、声を上げる。

「証拠、確保。もう逃がさない。」


玲の声が事務所から響いた。

「よくやった。――主任、これで幕引きだ。」


闇に包まれた資材搬入口で、包囲の輪は完全に閉じられた。


 主任は懐に手を伸ばし、反射的に抵抗しようとする。だがその背後に影が落ちる。紫苑と成瀬が、闇のように音もなく立っていた。


「玲殿の命により――逃走は許さぬ」紫苑の低い声が夜に溶ける。

「観念しろ。もうお前に居場所はない」成瀬が冷たく告げる。


 主任が怯んだ隙を突き、安斎が背後から腕を捻り上げた。

「ぐっ……離せ!」

「無駄だ。お前の抵抗はすべて読ませてもらった」


 協力者が顔を青ざめさせ、叫んだ。

「もう無理です主任……俺たちは終わりだ!」


 詩乃は確保した試薬容器を掲げ、無線へ報告する。

「玲さん、証拠すべて確保しました。主任も拘束済みです」


 事務所のモニター前で、玲は静かに頷いた。

「よくやった。――これで奴らの計画の核心を掴める」



【玲探偵事務所/夜9時30分】


 机の上には回収された試薬容器が整然と並べられていた。

 モニターには主任と協力者の拘束映像が映し出され、事務所の空気は緊張の糸を張り詰めている。


 朱音が不安げに声を漏らす。

「玲さん……これで本当に終わったの?」


 玲は鋭い視線で資料を見据え、低く答えた。

「……いや、これはまだ序章にすぎない。主任は駒にすぎない。背後には、もっと大きな意志がある」


 天音がキーボードを叩きながら言葉を重ねる。

「試薬の流れを解析すれば、黒幕の正体が見えてきます。時間はかからないでしょう」


 紫苑は静かに頷き、成瀬が腕を組んで口を開く。

「主任を落とした今が好機だ。黒幕を炙り出す」


 玲は皆を見渡し、力強く言い放った。

「よし、次の作戦は黒幕を暴くことだ。証拠は揃いつつある。――次で決着をつける」


 その言葉に、事務所の空気はさらに引き締まり、次なる戦いへの覚悟が固められていった。


 主任たちが拘束され、現場が静まり返った。

 アキトはカートに覆いかぶさるようにして、中に並んだ試薬容器を一つひとつ確認する。夜気の冷たさよりも、手元の任務の重みが肌に沁みる。


「……これは本物だ。搬出前に封印もされていない」


 彼は無線に短く報告しながら、持参していた耐衝撃バッグを開いた。


「玲さん、試薬は完全に確保します。証拠性を保つために、すべて私のバッグに移し替える。……慎重に、な」


 彼は静かに容器を持ち上げ、バッグの緩衝材に一つずつ収めていった。詩乃がその動きを見守り、低く呟く。


「ここまで来れば、黒幕の正体を暴く手がかりになるわね」



【玲探偵事務所/夜9時20分】


 長机の上に試薬容器が整然と並び、モニターには成分解析の進捗が映し出されていた。

 天音がキーボードを叩きながら、眉間にしわを寄せる。


「解析データが揃いました。……やはり、この試薬は研究所単独の製造ではありません。搬入記録の改ざん痕跡が複数あります」


 朱音がモニターを覗き込み、指を差した。

「ねえ、このマーク……輸送ログの奥に隠されてる。主任じゃなくて、別の人物が動かしてた形跡だよ!」


 玲は腕を組み、静かに言葉を続ける。

「つまり――主任は表の顔に過ぎず、背後に本当の指揮者がいる。……黒幕をあぶり出すチャンスだ」


 紫苑が影のように口を開いた。

「玲殿、潜入経路はすでに洗い出してある。黒幕が使う隠しルート……裏の倉庫棟だ」


 成瀬が短く頷き、地図を机に広げた。

「正面は警備が厚い。裏ルートから二手に分かって包囲するのが妥当だ」


 詩乃は分析結果を手に、低い声で言う。

「証拠はここにある。次は――現場で黒幕の手を押さえるだけ」


 玲は皆を見渡し、声を強めた。

「解析は済んだ。潜入計画も固まった。次の作戦は――黒幕の正体を暴く。逃げ道は与えない」


 事務所の空気がさらに引き締まり、それぞれが作戦に備えて動き出した。


 その瞬間、裏口に白いワゴンのヘッドライトが強烈に差し込み、暗闇を切り裂いた。

 詩乃とアキトは一瞬、視界を奪われる。


「……っ、来たわね」

詩乃が目を細め、無線に声を潜めた。

「玲さん、主任側の増援かもしれない。動きが早いわ」


 アキトはすでにバッグを抱え、壁際に身を伏せた。

「試薬は死守する。詩乃、俺が囮になる。お前は裏へ回れ」



【玲探偵事務所/同刻】


 無線越しに緊張が走る。玲はすぐに全員を見渡し、冷静に指示を飛ばした。


「いいか、次の潜入作戦は二段構えで行く。役割をはっきりさせるぞ」


 彼は机に広げられた施設図面を指し示す。


「まず――影班が裏ルートから侵入し、黒幕が利用している倉庫棟に直接迫る」


 紫苑が低く答えた。

「承知。玲殿、我ら三人で暗部を押さえる。監視網を潜り抜け、黒幕を炙り出す」


 玲は頷き、次に事務所メンバーへ視線を向けた。


「詩乃とアキトは潜入班。正面ではなく、搬送ルートを利用して裏口から接近。試薬の動きを追え」


 詩乃が短く答える。

「了解、玲さん。裏ルートは私たちが押さえるわ」


 アキトも静かに続ける。

「試薬の証拠を確実に確保する。逃げ場は与えない」


 玲はさらに、朱音と天音へと視線を移す。

「朱音、天音――君たちは観察班だ。遠隔からモニター監視と解析支援を頼む。主任が予想外の行動を取った場合、即座に知らせろ」


 朱音が真剣な声で答えた。

「わかった。モニターから逃がさないよ」


 天音は眼鏡を押し上げながら言う。

「データは僕が逐一解析する。現場の判断材料をリアルタイムで送るよ」


 玲は机を軽く叩き、まとめるように言った。


「影班は裏の倉庫、潜入班は搬送ルート、観察班は本部で支援。――この三本柱で主任と黒幕を挟み撃ちにする。これで決行だ」


 その声に、事務所の空気が一段と引き締まった。


【研究棟裏口/夜9時5分】


 無線に、低く鋭い声が走った。


「……詩乃、アキト、警戒しろ。白ワゴンから複数の気配――主任側の増援だ。ひとり、妙に動きが重い。黒幕の差し金かもしれん」


 成瀬の声に、詩乃は即座に壁際に身を寄せ、ワゴンの方向をにらむ。

「増援……。玲さん、こちら裏口。動きがあるわ」


 次の瞬間、白ワゴンのドアがきしむように開き、冷たい金属音が夜気を震わせた。

 最初に降り立ったのは黒ずくめの男二人。肩幅が広く、訓練を受けた動き。だがその背後から現れた人影に、アキトは息をのむ。


 ワゴンのヘッドライトに照らし出されたのは、主任の協力者と目されていた研究部責任者――結城博士だった。

 その手に握られているのは、搬送カートと同じ型の試薬ケース。だが、本来あるべき封印タグはどこにもない。


「クク……やはり来たか」

 博士の口元が冷たく歪む。「だが遅い。主任は既に次の手を打っている」


 挑発するような声音に、アキトの目が鋭さを増した。

「……なるほど。主任の影武者か、それとも駒のひとつか。どちらにせよ――逃がさない」


 詩乃は短く無線を握りしめる。

「玲さん、黒幕の差し金が姿を現した。裏口、戦闘になるわ」


 緊迫した空気の中、裏口の影がさらに濃さを増していった。


【事務所前/夜9時】


 裏口での緊迫したやり取りを経て、詩乃とアキトは試薬を守り抜いたまま無事に事務所前へ戻ってきた。

 バッグを抱えた詩乃が玄関を開け放ち、息を整えながら声を上げる。


「玲さん! 試薬、確保完了!」


 後に続いたアキトも短く頷く。

「主任側の増援は出し抜いた。だが、黒幕の駒が現場に出てきている。戦闘は避けられない」


 玲はすでに机に広げたモニターと地図を前に立っていた。冷静に二人を見やると、静かな声で指示を出す。


「よく持ち帰った。試薬はこちらで解析に回す。……だが現場は動いている。潜入班は一旦休息を取りつつも、次の行動に備えろ」


 彼女の視線が壁際のスクリーンへ移る。そこには影班のカメラが映し出す研究棟周辺の映像。数名の黒ずくめが配置につき、裏口周辺を固めようとしていた。


 玲は低い声で無線に呼びかける。

「影班、聞こえるか。潜入班が証拠を確保した。次は包囲と確保だ。――紫苑殿、増援の動きを抑えて」


『承知。玲殿、北側の路地にて遮断を行う』

紫苑の静かな返答が返る。


「成瀬、南口の監視を強化して。逃走経路は一つも残さないこと」


『了解だ。こちらで仕留める』


「安斎は中央通りを封鎖。心理的に圧迫して相手を混乱させろ」


『……分かった。奴らに逃げ場はない』


 玲は最後に潜入班の二人へと視線を戻す。

「詩乃、アキト。君たちは予備戦力として待機。指示があればすぐに動いてもらう。――黒幕の駒を包囲し、主任の足を止めるのが今夜の任務だ」


 彼女の冷静で揺るぎない声に、事務所全体が再び緊張感を帯びた。

 各班がリアルタイムで連携し、包囲網が確実に狭められていく。


 玲はモニターに映る映像を指さした。そこには研究棟裏口へ迫る黒ずくめの駒たちの姿がくっきりと映し出されている。


「……動いたな。影班、今だ。包囲を開始して」


 即座に無線が反応する。

『了解、玲殿。北路地、封鎖完了』――紫苑の落ち着いた声。

『南口の連中も視界に捉えた。すぐに潰す』――成瀬の短い報告。

『中央通り、精神的圧迫開始。……奴ら、既に焦っている』――安斎の低い声が続く。


 映像の中で、主任が駒に苛立ったように指示を飛ばしている。

「なぜこんなに早く囲まれる!? ……裏口を突破しろ!」

「主任、通路が塞がれています!」

焦りの色が露骨に浮かび、秩序を失った動きになっていく。


 玲はさらに無線に向かって指示を飛ばした。

「詩乃、アキト。再投入する。裏口から再び接近、主任の足止めに入って。影班が外から圧をかけている、内部から挟み撃ちにするのよ」


 詩乃の息をのむ声が返る。

『了解しました、玲さん。裏口から侵入、主任を押さえます』


 続いてアキトが低く答える。

『試薬は確保済み。次は黒幕の駒を削ぐだけだ。……必ず仕留める』


 モニターの中で、主任の周囲に緊張が走る。出口はすでにすべて塞がれ、残されたのは事務所の指示に従う潜入班の突入だけだった。


【研究棟正面玄関/夜10時】


 街灯の光に照らされた玄関口。

 成瀬は壁際に身を寄せ、無線越しに短く報告した。

「……動いたな。黒幕の使いが正面に来る」


 隣で詩乃が深く息を整える。彼女の瞳は鋭く光り、緊張を隠そうともしない。

「玲さん、位置につきました。逃げ道は潰せます」


 無線の向こうから玲の低い声が響いた。

『いい。合図を待て。潜入班と同時に叩く』


 数秒後。

 黒いコートをまとった男が玄関に姿を現す。主任の増援――いや、背後にいる黒幕の差し金に違いなかった。


「……来たな」

成瀬が目を細め、詩乃に目配せする。

詩乃は短く頷き、低く囁いた。

「覚悟はできてる。行きましょう」



【研究棟裏口】


 同じ時刻。

 アキトと紫苑は裏口に待機していた。

「玲殿、合図を」

紫苑が静かに無線を叩く。


 玲の声が短く響いた。

『――今だ。突入』


 アキトが勢いよく裏口を蹴破り、紫苑と共に内部へ踏み込む。

「逃がさない……!」

彼の声が夜に響いた。



【研究棟内部】


 突入の音に気づいた黒幕の使いが、玄関から奥へ逃げ込もうとする。

 だがそこへ、成瀬と詩乃が回り込んだ。


「終わりだ」

成瀬の低い声が廊下に響く。


「これ以上、誰も操らせない!」

詩乃が叫び、ナイフを抜き取るような鋭さで男を牽制した。


 男は一瞬ためらい――その背後からアキトと紫苑が雪崩れ込む。


「包囲完了!」

アキトが声を張り上げる。


 黒幕の使いは完全に四方を塞がれ、必死に暴れたが、安斎が背後から現れて腕をねじ伏せた。

「暴れるな。もう詰んでる」


 成瀬が短く頷く。

「確保だ」



【事務所/深夜】


 モニターには拘束された男と、押収された証拠が映し出されている。

 玲は腕を組み、鋭い目で画面を見据えた。

「これで主任も黒幕の手駒も落ちた……だが、本当の本丸はまだ残っている」


 詩乃が静かに答える。

「玲さん、私たち……ここからが勝負ですね」


 玲は無言で頷き、低く言い切った。

「次で決める。黒幕を暴く――全員、準備を整えろ」


 街灯の光に照らされた玄関口。

 成瀬は壁際に身を寄せ、無線越しに短く報告した。

「……動いたな。黒幕の使いが正面に来る」


 隣で詩乃が深く息を整える。彼女の瞳は鋭く光り、緊張を隠そうともしない。

「玲さん、位置につきました。逃げ道は潰せます」


 無線の向こうから玲の低い声が響いた。

『いい。合図を待て。潜入班と同時に叩く』


 数秒後。

 黒いコートをまとった男が玄関に姿を現す。主任の増援――いや、背後にいる黒幕の差し金に違いなかった。


「……来たな」

成瀬が目を細め、詩乃に目配せする。

詩乃は短く頷き、低く囁いた。

「覚悟はできてる。行きましょう」



【研究棟裏口】


 同じ時刻。

 アキトと紫苑は裏口に待機していた。

「玲殿、合図を」

紫苑が静かに無線を叩く。


 玲の声が短く響いた。

『――今だ。突入』


 アキトが勢いよく裏口を蹴破り、紫苑と共に内部へ踏み込む。

「逃がさない……!」

彼の声が夜に響いた。



【研究棟内部】


 突入の音に気づいた黒幕の使いが、玄関から奥へ逃げ込もうとする。

 だがそこへ、成瀬と詩乃が回り込んだ。


「終わりだ」

成瀬の低い声が廊下に響く。


「これ以上、誰も操らせない!」

詩乃が叫び、ナイフを抜き取るような鋭さで男を牽制した。


 男は一瞬ためらい――その背後からアキトと紫苑が雪崩れ込む。


「包囲完了!」

アキトが声を張り上げる。


 黒幕の使いは完全に四方を塞がれ、必死に暴れたが、安斎が背後から現れて腕をねじ伏せた。

「暴れるな。もう詰んでる」


 成瀬が短く頷く。

「確保だ」



【事務所/深夜】


 モニターには拘束された男と、押収された証拠が映し出されている。

 玲は腕を組み、鋭い目で画面を見据えた。

「これで主任も黒幕の手駒も落ちた……だが、本当の本丸はまだ残っている」


 詩乃が静かに答える。

「玲さん、私たち……ここからが勝負ですね」


 玲は無言で頷き、低く言い切った。

「次で決める。黒幕を暴く――全員、準備を整えろ」


 黒幕の使いとされる男は、床に押さえつけられていた。

 安斎が無造作にバッグを広げると、中には試薬の容器と改ざんされていない入退室データの端末が並んでいた。


 モニター越しに映し出されたそれを見て、黒幕は顔色を失う。

 額から伝う汗を拭うこともできず、必死に言葉を探した。


「……そ、それは……! 私じゃない……私は、命じられただけで……!」


 だが詩乃が鋭く言葉を切った。

「もう言い訳は通じません。証拠は揃いました。試薬も、入退室記録も……あなたが関与していた証明です」


 黒幕の肩が大きく震えた。

 安斎がぐっと腕を締め上げると、男はついに力を抜いた。


「……わかった……降参する……。だが、真の“指示者”は……まだ外にいる……」


 その一言で空気が一変する。


 成瀬が眉をひそめ、低く呟いた。

「やはり……後ろにまだ本丸がいるか」


 紫苑が無線に口を寄せる。

「玲殿、こちら現場。対象確保。だが奴は“指示者”の存在を口にした」


 すぐに玲の冷静な声が返ってきた。

『よくやった。包囲は成功だ。だが本当の勝負はこれからだ――黒幕本丸を炙り出す』


 事務所のモニターに集う仲間たちの視線が、一斉に玲に集まる。

 玲はゆっくりと拳を握りしめ、声を低くした。


「証拠は揃った。奴らの“本当の主”を暴き出す。次が最終決戦だ」


 沈黙が落ちた室内に、緊張と覚悟だけが満ちていった。


【玲探偵事務所/夜10時】


 外ではパトカーの赤色灯がゆっくり遠ざかっていく。

 黒幕は警察官に腕を掴まれ、観念した表情のまま連行された。

 事務所の机の上には封印済みの試薬ケースと、回収した入退室データのファイルが置かれている。

 長きにわたる包囲作戦は、こうして決着を迎えた。


 玲は深く息を吐き、椅子に腰を下ろしながら皆を見渡した。


「……よし。黒幕は警察に引き渡した。試薬も安全に確保されている。第一段階はこれで終わりだ」


 詩乃が静かに頷き、書類を揃えながら言った。

「証拠はすべてそろっています。これで“主任の関与”は逃れられません」


 紫苑は窓の外を一瞥し、声を低く落とす。

「だが……奴が口にした“さらに上の指示者”。黒幕はあくまで駒に過ぎぬようですな。玲殿、ここからが正念場でしょう」


 安斎が腕を組み、低く唸った。

「黒幕本丸――。連中はまだ動いている。俺たちの勝利を計算の内に入れている可能性すらある」


 天音が小さく息を呑み、不安を隠せずに言葉を漏らした。

「……つまり、これはほんの序章にすぎないってこと?」


 朱音が机に身を乗り出し、強い声で遮った。

「だったら、次も勝てばいい! 今までみたいに!」


 その言葉に事務所の空気がわずかに和らぎ、玲の表情に静かな決意が宿る。

彼は拳を握り、低く力強く言い放った。


「――本丸を叩き潰す。ここからが、本当の戦いだ」


 緊張と結束の灯が事務所に広がり、次なる作戦会議への布石が打たれた。


 黒幕の連行を終え、場の空気は張り詰めたまま。

 その中で、詩乃がふっと柔らかく微笑んだ。


「玲さん、ようやく“入り口”は突破できましたね。これで道筋が見えました」


 その落ち着いた声音に、場の緊張がわずかに和らぐ。

 玲は机の上のデータファイルを指で軽く叩きながら言った。


「……詩乃の言うとおりだ。黒幕本丸に繋がる線は、もう掴んでいる」


 紫苑が静かに頷き、口を開く。

「裏社会の流通網を洗えば、試薬搬送の中枢が見えるはず。玲殿、潜入の役割分担が必要になりましょう」


 安斎が腕を組み、低い声で続ける。

「俺は記録汚染の痕跡を追う。データ改ざんの出処を突き止めれば、奴らの隠れ家も割れるはずだ」


 天音は端末を操作しながら即答した。

「私は通信傍受を担当します。黒幕が使っている暗号通信を解析すれば、次の動きを先読みできます」


 朱音が真剣な目で皆を見回し、小さく拳を握った。

「じゃあ……私は観察班と一緒にモニター担当! 現場の皆を支えるのが私の役目だよね!」


 そのまっすぐな声に、成瀬も口元を引き締めて頷く。

「俺は外周で監視する。逃げ道を塞ぐのは得意分野だからな」


 玲は椅子から立ち上がり、全員を見渡した。

その瞳は鋭く、確固たる意思を宿している。


「――次の標的は“黒幕本丸”。潜入班は内部から証拠を押さえる。影班は外周を制圧。観察班は事務所からリアルタイムで解析を行う」


 短い沈黙ののち、詩乃が柔らかく微笑み、皆に告げた。

「……これで、ようやく終わらせられますね」


 その言葉は、緊迫の中に一筋の光を差し込むように響いた。


作戦会議を終えた一同は、それぞれ潜入準備に取りかかっていた。

 机の上には黒幕本丸の施設の見取り図が広げられ、武器や装備が整然と並べられていく。


 その中で、アキトが照れくさそうに笑いながら肩をすくめた。

「……こういう準備、まだ慣れないんだよな。俺が持つとナイフ一つでも妙にぎこちなくなる」


 詩乃が柔らかく微笑み、手にした小型の通信端末を渡す。

「大丈夫ですよ、アキトさん。あなたは冷静な判断ができる。それだけで班を支えられるんです。武器は補助程度に考えて」


 アキトは端末を受け取り、少し赤くなった顔を隠すようにうなずいた。

「そ、そうか……ありがとう、詩乃さん」


 紫苑は見取り図の前で指を走らせながら、淡々と説明を続ける。

「――正面入口は囮。成瀬が封鎖を担当。詩乃とアキトは裏口から侵入、資料保管室を目指せ。安斎は通信妨害をかけて内部の連絡を遮断する」


 成瀬は腰に装備したナイフを確認し、真剣な眼差しを送った。

「俺は影に徹する。外周で誰一人逃がさない」


 天音はモニターに手早くルートを投影しながら言った。

「ルート確認お願いします。赤ラインが潜入班、青ラインが影班の動き。事務所から私と朱音ちゃんが逐次サポートするわ」


 朱音が目を輝かせて、皆を見渡す。

「わ、私もちゃんと支える! 失敗なんてさせないから!」


 玲は腕を組み、全員を見渡して低く言った。

「……誰一人欠けさせない。それを肝に銘じろ。任務は危険だが、必ず帰ってきてもらう。わかったな」


 一斉に頷く仲間たち。

 夜の帳が深まるにつれ、出発の時は近づいていた。


朱音と天音も嬉しそうに頷き、出発の緊張を共有した。


「みんな、気をつけてね!」朱音が笑顔を崩さず声を上げる。

「うん、無事に戻ってきて!」天音も拳を軽く握りながら応えた。


 潜入班は車両に乗り込み、装備を再確認する。

 アキトがバッグの中身を指さしながら、声を低めに確認する。

「通信機、暗視ゴーグル、武器は……オッケー。詩乃さん、君も大丈夫か?」


 詩乃は頷き、軽く微笑む。

「ええ、万全です。アキトさんも慎重に」


 成瀬は窓の外を警戒しつつ、無線機に口を寄せた。

「玲さん、こちら成瀬。全員搭乗完了、待機中。指示を」


 玲は冷静な声で返す。

「了解。裏口ルートから侵入し、資料保管室を最優先で確保。影班は外周封鎖と通信妨害。事務所から朱音と天音が逐次監視・支援する。状況を逐一報告せよ」


 アキトがわずかに肩をすくめて笑った。

「わかった。いざ、黒幕本丸へ」


 玲は拳を軽く握り、潜入班を見据える。

「……誰一人、無事に帰らなければならない。くれぐれも慎重に」


 車両のエンジンが静かに唸りをあげ、夜の闇の中へと潜入班は走り出す。

 無線越しに玲の声が響き、影班と事務所の連携はすでに始まっていた。


玲はみんなを見渡し、深く息を吐いた。

「ここから先は、誰もが冷静でいなければならない。焦りは命取りだ」

 その声に、一瞬静寂が訪れる。

「全員、手順通りに動け。無線は常に開け、異常があれば即報告。絶対に独断で動くな」


 詩乃がうなずき、バッグを肩に掛けながら低く答える。

「了解です、玲さん。裏口から侵入、目標は資料保管室。影班との連携も確認済み」

 アキトはわずかに笑い、拳を握る。

「慎重に、でも迅速に。問題はない」


 潜入班は裏口から静かに施設内部へ侵入する。暗視ゴーグルの赤い光がわずかに揺れる。

 無線を通じ、成瀬の声が耳元で響いた。

「玲さん、影班は周囲封鎖完了。入口付近に警戒配置を置いた。潜入班の進行を確認中」


 玲はモニター越しに全体の動きを把握しながら冷静に指示を出す。

「アキト、詩乃、廊下のセンサーは遮断済みか?」

「はい、完了です」

「よし、そのまま資料保管室へ進め。異常があれば即座に戻れ」


 潜入班の歩みは静かだが確実で、影班の外周封鎖と連携しながら、主任側の動きを封じていく。

 黒幕の差し金で動く警備員が数名、潜入班の侵入に気づき慌てる様子が無線越しに届く。

「動くな、冷静に!」玲の声が響き、潜入班は迅速に証拠確保の準備を進める。


 やがて資料保管室の扉前で詩乃が手を止める。

「玲さん、確認完了。資料はここにあります」

「よし、確保せよ。アキト、外周も維持しつつ退避ルートを確保」


 全員の連携が完璧に噛み合い、主任と協力者は追い詰められる。

 玲は低く息を吐き、静かに言った。

「これで本丸への勝利は目前だ……油断するな」


 潜入班と影班、事務所メンバーがリアルタイムで動き、黒幕本丸を完全に包囲する。夜の闇の中、勝利への道筋が確実に整った。


 外では夜景が静かに光り、玲探偵事務所のチーム全員に穏やかな達成感が広がった。

 詩乃が微笑みながらバッグを床に置き、肩の力を抜く。

「これで、すべて片付きましたね……玲さん」

 玲は静かに頷き、モニター越しに潜入班と影班の無線を確認する。

「よし、全員無事。証拠も確保済みだ」


 アキトは照れくさそうに笑い、拳を軽く握る。

「やっぱり、チームで動くと力強いですね。個人じゃ絶対に無理でした」


 朱音と天音も嬉しそうに頷く。

「玲さん、すごいよ!」

「うん、みんなで頑張ったね!」


 黒幕はもはや逃げられず、追い詰められた表情で膝をつく。玲は静かに近づき、証拠の資料と入退室データを黒幕の前に置いた。

「全て終わった。抵抗する理由はもうない」

 黒幕は冷や汗を流しながら、観念した声でつぶやく。

「……わ、分かった……降参する……」


 潜入班と影班、そして事務所メンバーは、リアルタイムで協力し合い、最後の証拠回収を完了させる。

 玲は静かに拳を握り、穏やかな声で締めくくった。

「これで黒幕本丸も制圧した。みんな、よくやった」


 成瀬が微笑みながら答える。

「さすがです、玲さん。影班も手応え十分です」

 詩乃も続ける。

「これで潜入班の任務も完全に成功ですね」


 外の夜景に照らされるチームの顔は、緊張から解き放たれた安堵と、静かな達成感に満ちていた。

 玲は一度深く息を吐き、仲間たちに向けて静かに言った。

「だが、これで終わりではない。本丸の真相を完全に明らかにするため、次の一手を練る」


 しかし今は、全員が笑顔で互いを見渡す時間だった。闇の中、チームの絆が確かに光を放っていた。


【玲探偵事務所/深夜0時50分】


 玲はモニター越しに全員の顔を確認し、静かに指示を出す。

「これからが本番だ。本丸への侵入は、単純な突入ではなく、情報と立ち回りで制圧する。全員の役割を再確認する」


 紫苑が軽く頷き、成瀬と詩乃が装備を整える。

「了解です、玲殿。私たちは正面包囲を担当します」

「潜入班は裏ルートから侵入、状況を逐一報告します」詩乃が言った。


 アキトは図面を広げ、慎重に指示を加える。

「裏口ルートは監視カメラが二箇所あります。僕がハッキングで無力化し、潜入班は完全に内部へ入れるはずです」


 朱音と天音も隣で頷く。

「私たちはモニターで支援します!」

「無線で潜入班に指示を出すね!」


 玲は深く息を吐き、拳を軽く握った。

「全員、焦るな。各自、役割を完遂すること。裏ルート担当はアキト、表口の包囲は影班。俺は事務所から全体を指揮する」


 事務所内には、緊張と集中の空気が満ちる。

 詩乃が小声でつぶやいた。

「これで、黒幕本丸の全貌を暴けますね」

 玲は静かに頷く。

「ああ……全員、準備はよいか?」


 全員が静かに拳を握り、深く頷いた。

 その瞬間、事務所のモニターに黒幕本丸の警備ルートと監視映像が映し出される。

 玲は低く声を落として言った。

「よし、これが最後の作戦だ。本丸を制圧し、証拠を押さえ、黒幕を確実に捕える」


 潜入班は裏口から施設内部へ侵入し、影班とリアルタイムで連携を開始。

 成瀬は玄関先で包囲を固め、詩乃は監視カメラの死角を突く。

 アキトが無線で報告する。

「玲さん、裏ルート侵入完了。警備無力化、試薬保護も確実です」

 玲は冷静に応える。

「よし、そのまま内部を制圧せよ。影班は正面から動かず、包囲を維持しろ」


 黒幕は施設内で焦りを隠せず、入退室データと監視映像を確認しながら、逃走ルートを探す。

 だがすでに包囲は完璧で、逃げ場はない。


 玲はモニターを指さし、静かに言った。

「全員、これが最後の瞬間だ。黒幕の動きに応じて即座に対応しろ」


 その言葉を合図に、潜入班が慎重に内部を進み、影班が正面から包囲を完成させる。

 黒幕は観念の表情で膝をつき、玲の指示で押さえ込まれる。


 玲は静かに拳を緩め、潜入班と影班に向けて無線で告げた。

「全員、よくやった。証拠を確保し、本丸は制圧完了だ」


 事務所内に安堵の空気が流れ、チーム全員が小さく息をつく。

 夜景の光に照らされ、玲探偵事務所のチームは、再び静かに勝利をかみしめていた。

【玲探偵事務所/深夜1時】


 黒幕は警察に引き渡され、施設内の証拠も安全に保護された。

 玲はモニターを通して確認し、深く息を吐いた。

「これで、今回の事件は一段落だ。全員、お疲れだったな」


 詩乃が微笑みながら答える。

「無事に黒幕を捕えられて良かったです、玲さん」

 成瀬は軽く頷き、鋭い目を和らげる。

「……ああ、これで事務所の安全も確保できるな」


 アキトは照れくさそうに笑った。

「俺たちの計画、意外と完璧でしたね……」

 朱音と天音も嬉しそうに頷く。

「みんなのおかげで、怖くなかった!」

「潜入班も無事で良かった」


 玲はチームを見渡し、穏やかな微笑を浮かべた。

「全員、今日の成果は確実に次につなげる。証拠と情報はすでに整理済みだ。今後は、このデータを使って本丸の背後にいる黒幕の組織まで追い詰める」


 紫苑が軽く拳を握り、静かに言った。

「次の作戦も、この調子で……玲殿」


 玲はうなずき、全員に向けて最後の言葉をかける。

「今回の勝利は、全員の連携と冷静な判断があったからだ。次の戦いも、必ずこのチームで乗り越える」


 事務所の窓から差し込む夜景が静かに光り、チーム全員に穏やかな達成感が広がった。

 長い緊張の後、笑い声や軽い冗談が飛び交い、玲探偵事務所は一夜の勝利を静かにかみしめる。


 その夜、チームの絆はさらに深まり、次の事件への布石も整った。

 玲の目には、まだ解き明かされていない真実への静かな決意が宿っていた。


【玲/事務所】


玲は事務所の窓際に立ち、夜景の光をぼんやりと見つめた。高層ビルの灯りが静かに瞬き、街の喧騒は遠くに感じられる。手元のデスクには、今回の作戦で回収した証拠ファイルとメモが整然と置かれていた。


「……やっと、一区切りか。」

玲は小さくつぶやき、拳を軽く握った。作戦中の緊張がまだ体に残っている。


モニターに映る潜入班や影班の動きを思い返す。成瀬の冷静な観察力、詩乃の正確な判断、アキトや朱音たちの素早い行動……。誰一人欠けても成功はなかっただろう。


玲は深く息を吐き、肩の力を抜いた。

「みんな、本当に……よくやってくれたな。」

声は低く、しかし心からの感謝がこもっていた。


そのとき、奈々が書類を持って事務所に入ってきた。

「玲さん、次の件についてK部門から連絡です。少しややこしい内容ですが…」

玲は顔を上げ、軽く微笑む。

「分かった。整理しておいてくれ。俺もこれから確認する。」

言葉は冷静だが、瞳の奥にはまだ戦いの緊張と、仲間を守り抜いた誇りが光っていた。


玲は再び夜景に目をやり、静かに心の中で決意を固めた。

「……次も、全員を守るために、俺は動く。」

その背中には、探偵としての覚悟と、仲間への深い信頼が滲んでいた。


【詩乃/自室】


詩乃は自室のデスクに向かい、解析機材の前で深く息を吐いた。部屋は静まり返り、窓から入る夜風がカーテンを揺らす。街灯の光が、机の上の解析画面に微かに反射している。


昨日の潜入作戦の瞬間が、まるで映画のワンシーンのように蘇った。裏口でライトに照らされながら試薬カートを確認したときの鼓動、白ワゴンのヘッドライトが差し込んだあの緊迫、主任側の増援が現れた瞬間の恐怖……。


「……あのとき、もし私が動揺していたら……」

小さくつぶやき、詩乃は指先で無線機を握った。作戦中、解析担当として冷静を保つことが求められた。けれど心の奥では、緊張が身体の隅々まで張り詰めていた。


画面に映る潜入班の動きに目を凝らす。アキトの慎重な手つき、成瀬の遠隔警戒の眼差し、玲の冷静な指示――。それぞれが互いを信頼し合い、緊迫の中で連携していたからこそ、事態は制御されたのだ。


「玲さん……本当に、すごい……」

声に出すと、心の中の不安が少しずつ溶けていく。恐怖や葛藤は、今では安堵と感謝の感情に変わっていた。


携帯に朱音からのメッセージが届く。

『詩乃さん、ありがとう! 本当に頼もしかったです!』

画面を見つめ、詩乃は微笑む。

「……みんなのおかげよ。私一人じゃ絶対に無理だったわ。」


机に置かれた解析資料に目を落とし、作戦中の判断を反芻する。焦りを抑え、冷静に数字とデータを読み解くこと――その責任の重さに、あの瞬間の自分は耐えられるのかと不安に苛まれた。でも、仲間たちの無線越しの声が、緊張を支え、背中を押してくれたのだ。


「やっと……終わったのね。」

深呼吸を重ね、詩乃は背筋を伸ばす。安堵の色が顔に広がる。目の前の解析画面には、黒幕の証拠と試薬の安全な回収の記録が残っていた。


「次も、必ずみんなを守りながら、解析してみせる。」

小さくつぶやく声には、冷静さだけでなく、心の奥に芽生えた決意の光が宿っていた。窓の外の夜景が静かに輝き、詩乃はその光を胸に刻み込むように見つめた。


【成瀬/夜の街角・後日談】


闇に溶け込むように立つ成瀬は、街灯の光に目を細めた。静かな夜風が彼の黒いコートを揺らし、耳には作戦中の無線の声が微かに蘇る。


「……あの瞬間、絶対に揺らいじゃいけなかった。」

自分の胸の中に潜む微かな動揺を、成瀬は思わず吐き出すようにつぶやく。しかし、その声は夜の闇に吸い込まれていった。


裏口で黒幕を待ち伏せしたとき、冷静さを保ちながらも、内心では緊張の波が何度も押し寄せた。目の前に現れた人物が微動だにせず、ただ呼吸だけが聞こえる瞬間――それこそが、暗殺者としての自分を試す試練だった。


「焦るな……焦るな……一瞬でも迷ったら、全てが崩れる。」

無意識に拳を握り、呼吸を整える。彼の目は冷たい光を宿し、周囲の人影や物音を無駄なくスキャンしていた。


潜入班と連携しながら黒幕を包囲するその瞬間、成瀬は自分の存在が影であることを改めて感じる。仲間たちは正面で動き、情報を整理し、指示を出す。自分はその裏で、静かに、そして確実に事態を制御する。


「……誰も傷つけさせはしない。」

小さくつぶやくと、闇の中で影のように立ち続ける自分の役割を再確認する。任務が成功した今も、その冷徹さは完全には消えていない。だが、胸の奥にわずかな安堵が流れるのも確かだ。


街灯の光が成瀬の黒い影を長く伸ばす。夜の街角に一人、闇と光の境目で立つ彼の背筋は、冷静さと決意に満ちていた。


「次も、俺は影に徹する……。」

そう言い聞かせるように成瀬は静かに拳を開き、暗い夜に溶け込んでいった。


【アキト/ガレージ・後日談】


ガレージの薄明かりの下、アキトは装備を一つ一つ丁寧に点検していた。手袋をはめ直し、無線機のバッテリー残量を確認する。戦略図を広げ、潜入ルートを思い返す。


「この角度から入るのが最も効率的だったな……次も同じ方法で通れる。」

独りごとのように呟きながら、アキトは微かに笑みを浮かべた。彼にとって、作戦の成功は数字や距離、角度の正確さに裏付けられたものだった。感情よりも、計算とルートの精密さが安心感をもたらす。


潜入班としての任務中、アキトは常に全体の流れを把握していた。誰がどの地点に配置され、どのタイミングで動くべきか――そのすべてが頭の中で正確にシミュレーションされていた。黒幕の逃走経路や、影班とのリアルタイム連携も、完璧に掌握していたのだ。


「成瀬も詩乃も、予測通りに動いてくれた……ありがたい。」

仲間たちへの感謝を心の中でかすかに呟きつつ、アキトは再び図面に目を落とす。ルートを最適化する作業は、彼にとって日常の延長であり、心地よい集中の時間だった。


ふと視線を上げ、ガレージの天井の鉄骨に反射する光を見つめる。あの潜入が無事に終わったことで、全てのルートが安全であることを確認した達成感が胸に広がる。


「……よし。準備完了。次も、最短ルートで行こう。」

アキトは小さく拳を握り、微笑みを浮かべたまま装備を整え、静かにガレージを後にした。


【朱音/自室・後日談】


朱音は机の前に座り、スケッチブックを開いた。鉛筆の先で紙面を軽くこすりながら、事件の現場や潜入班、影班の仲間たちの姿を描く。


「……あの時、玲さんはすごく冷静だったな……」

小さな声で呟きながら、朱音の指先が微かに震える。事件の記憶が手のひらに残っているかのように、スケッチブックに描かれる線は鮮やかで生き生きとしていた。


朱音は描きながら、仲間たちの心の残像を感じ取ることができる――戦いの緊張、恐怖、そして勝利の安堵。それらが紙の上で混ざり合い、まるで絵の中の人物たちの息遣いが聞こえてくるようだ。


「アキトは冷静だけど、心の奥では少し緊張してた……成瀬さんは……うん、あの時も守ることだけに集中してたね。」

スケッチを止め、朱音は微かに頷く。紙の上に描かれた仲間たちは、まるで彼女の感覚を通して生き返ったかのように感じられた。


「みんな……無事でよかった……」

朱音はページを閉じ、深く息を吐く。事件は終わったけれど、心の中にはまだ鮮明な残像が残る。彼女にとって、絵を描くことは単なる趣味ではなく、仲間たちの心の声を聴き、事件の真実を確かめる行為だった。


微かに笑みを浮かべながら、朱音は新しいページを開く。次の事件が訪れる日まで、この静かな夜に、仲間たちの記憶と自分の感覚をそっと閉じ込めるのだ。


【天音/事務所・後日談】


解析画面の青白い光が、天音の瞳に反射する。指先でデータをなぞりながら、彼女は静かに未来を読み解くかのように画面を見つめた。


「この流れ……ここを突破したら、全員の動きが完璧に噛み合う……」

天音は小さく呟き、手元の資料に細い指で印をつける。作戦中の無数の変数が頭の中で重なり、あたかも星の配置を読む占星術のように、一つひとつの可能性を確かめていた。


「玲の判断……鋭すぎるわ。あの時、危険が近づいても、全員が守られるように導かれていたのね……」

画面に映る潜入班や影班の行動記録を見つめ、天音は手のひらを軽く握る。恐怖や緊張もあったはずなのに、仲間たちの意志の力が未来を変えたことを感じ取った。


「うふふ……誰もまだ知らないけれど、黒幕の行動パターンは完全に読み切れていたわ。」

小さな笑みが頬をなぞる。天音は占い師のように、すでに起こったこととこれから起こることの境界を見極め、次の一手を頭の中で描く。


「次に起こることも、きっと私たちの目には見えている……でも、それをどう活かすかは私たち次第。」

冷静さの中に、少しだけ未来を楽しむ余裕が混じる。天音は画面から目を離し、深く息を吐いた。夜の静けさの中、事務所には彼女の計算と洞察が静かに満ちていた。


【ユウタ/自宅・後日談】


部屋の窓辺に座るユウタは、外の夜景をぼんやりと眺めていた。事件を経て取り戻した記憶の断片が、頭の中でゆっくりとつながっていく。


「……あの時、僕は本当に、何も知らなかったんだな……」

小さな声で呟く。過去の自分の不安や恐怖が、今では温かい光に包まれるように思えた。


机の上のスケッチやメモを見下ろしながら、ユウタは手を止める。記憶の奥にあった誰かの声が、まだ微かに心に響く。

「でも、もう迷わない。僕が見たもの、覚えたものは、ちゃんと僕のものだから……」


胸の奥に小さな決意が芽生える。事件を通して失われた真実と向き合った経験が、ユウタの心を静かに、しかし確実に強くしていた。


「これからは……僕も、みんなの力になりたい。」

窓の外に輝く街の灯りを見つめ、ユウタはそっと拳を握った。過去の影に怯えることはもうない。今の自分には、未来を選ぶ力があるのだと、静かに実感した。


【コウキ/療養室・後日談】


白い天井をぼんやりと見つめながら、コウキは息を整える。長い間封じられていた記憶が、少しずつだが確実に戻ってきている感覚があった。


「……あれも、これも……僕が見たんだ……」

小さな声で自分に言い聞かせるように呟く。記憶の断片は時折、胸の奥を刺すように痛みを伴うが、それでも彼の瞳は揺らがない。


手元のノートには、思い出した光景や声が細かく書き込まれていた。文字一つ一つに、失われた時間の証が刻まれている。

「忘れない……絶対に、忘れない……」

コウキの声には、確かな決意がこもっていた。自分が目撃した真実を、誰かのために、そして自分のために、伝え残すための誓いだった。


窓の外の風がカーテンを揺らす。光と影の中で、コウキは少し微笑む。過去の封印された記憶が、今や彼を縛るものではなく、彼を導く光になりつつあった。


「僕は……記憶の証人。これからも、目撃したものを、ちゃんと見届ける。」

小さな声でそう言いながら、彼はノートを胸に抱きしめ、静かに目を閉じた。

件名:ありがとう、玲探偵事務所の皆さん

送信者:朱音

宛先:玲探偵事務所メンバー一同


玲さん、詩乃さん、成瀬さん、アキトさん、天音さん、


今回の事件では、本当にありがとうございました。

おかげで、怖くてどうしようもなかった夜も、安心して眠ることができました。

特に玲さん、冷静な指示のおかげで、私たちは安全に潜入することができました。

朱音の直感も活かしてもらえて、とても嬉しかったです。


これからも、私たちはもっと強く、もっと賢くなれる気がします。

本当に、ありがとうございました。

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