表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/121

88話 黒影の旋風(くろかげのせんぷう)

◆ 玲探偵事務所メンバー

•玲(冷静沈着な探偵)

•アキト(潜入・変装スペシャリスト)

•朱音(若き新人、直感鋭い)



◆ 影班メンバー

•安斎(隠密・戦闘担当)

•詩乃(武器担当、痕跡消去)

•成瀬(暗殺実行担当)



◆ 服部一族

•紫苑(服部一族の長)

•迅(戦闘部隊リーダー)

•奏(情報解析担当)

•凛(隠密行動の名手)

•蒼(狙撃支援担当)



◆ その他の人物

•藤堂(報道局記者)

•小田切(前回の犯人)

•館長(ゲストハウス管理者)

•シルフィード(女怪盗)

【2025年12月5日(土)午後9時30分/東京・高層ビル展望ラウンジ 特別展示室】


冬の冷たい夜風が都会の喧騒を和らげ、煌めく東京の夜景が遠くまで広がっていた。展望ラウンジの特別展示室は、宝石展のために厳重に警備され、静寂の中に緊張感が漂っている。


ガラスケースの中、ルビーやサファイア、ダイヤモンドが星屑のように光を反射し、来場者の目を奪っていた。


「まるで夜空に浮かぶ星々みたいだな…」展示室の隅で、警備員の佐藤が呟いた。


「そうだね、でも気を抜かないで。怪盗シルフィードは必ず狙ってくる。最新の警備システムもあるけど、油断は禁物だよ」警備主任の山崎が答えた。


二人の視線は、厳戒態勢の中でも、どこか緊迫した空気を醸し出していた。


そのとき、窓の外、高層ビルの陰に黒い服装の人物がひっそりと姿を現した。

冷たい夜風に髪をなびかせながら、彼女は静かに展示室の明かりを見つめている。


「今夜も、あの宝石たちが輝きを放つ…でも、私のものにする時が来たわ」

彼女は手に持った小型の機器を確かめ、深呼吸をしてから闇に溶け込むように身を沈めた。


その目は冷静かつ鋭く、確かな決意を宿していた。

「準備は万端。さあ、始めましょう――」


【2025年12月6日(日)午前10時00分/玲探偵事務所】


玲はデスクに座り、静かに書類をめくっていた。

窓から差し込む柔らかな日差しが、事務所の隅々まで温かく照らしている。


「今回の依頼も、なかなか厄介そうだな…」

玲は軽く眉をひそめつつ、ペンでメモを取り始めた。


その隣でアキトがコーヒーを淹れながら声をかける。

「事件ですか? 今回はどんな手口なんでしょうね」


玲は少し微笑んで答えた。

「ハイテク機器とドローンを使った巧妙な窃盗らしい。相手はかなりのプロだ。」


アキトは目を輝かせて言った。

「なら、僕たちも全力で挑まないとですね!」


玲は決意を込めてうなずいた。

「そうだ。次の動きを見逃さないように、準備を進めよう。」


その時、玲のスマートフォンが机の上で震え、通知音が静かな事務所に響いた。玲はペンを置き、ゆっくりと画面を覗き込む。


画面には「匿名からのメッセージ」と表示されていた。玲の眉がピクリと動く。


玲はつぶやいた。


「また何か動きが…」


画面をスクロールすると、一行の文字が目に入る。


『宝石展の警備が狙われている。今夜、何かが起こる。気をつけろ。』


玲はスマートフォンをそっと置き、遠くを見つめた。


「これは…ただの警告じゃない。準備を始める時だ。」


隣で書類に目を通していたアキトが顔を上げる。


「何か動きがあるんですか?」


玲はゆっくりと頷いた。


「ああ、すぐに調査に向かう。今夜、また事件が起きるかもしれない。」


玲は画面をタップし、ニュース記事のタイトルを声に出して読んだ。


「『高層ビル宝石展での未遂窃盗事件、警備体制に疑問の声』…先夜のことか。」


スマホには依頼主からのメッセージも続けて表示されていた。


『展覧会の主催者からの依頼です。極秘での調査と警備強化をお願いしたい。』


玲は眉を寄せて言った。


「未遂事件があったばかりで、警備の甘さを狙われている…か。」


アキトがすぐそばで身を乗り出し、


「これは重大案件ですね。すぐ動かないと。」


玲は決意を込めてうなずいた。


「ああ、誰にも知られずに動かなければ。依頼主は公式には発表できない理由があるだろう。気を引き締めて調査を始めよう。」


玲はスマートフォンを手に取り、素早く番号を押した。呼び出し音が数回鳴った後、相手が応答する。


「もしもし、奈々か。先ほどの件だが、緊急の極秘調査を依頼された。詳細はこれから伝える。君の解析力が必要になる。」


玲は一息ついて、さらに続けた。


「この事件、普通じゃない。警備の穴を狙った何者かが動いている。アキトも動員する。準備を急いでくれ。」


受話器の向こうから、奈々の冷静な声が返ってくる。


「了解しました。すぐに資料を集めて分析に入ります。」


玲は電話を切り、深く息を吐いた。


「さあ、動き出す時だ。」


【2025年12月6日(日)午後2時00分/高層ビル内・宝石展運営事務所】


玲はゆっくりと応接室のドアを開けた。中にはスーツ姿の女性、松田真理子が静かに待っていた。彼女の表情は真剣で、緊張感が漂っている。


松田は軽く頭を下げ、丁寧に言った。

「玲探偵さん、お忙しいところありがとうございます。私、今回の宝石展を担当している松田真理子です。先夜の未遂事件について、ぜひご協力をお願いしたいのです。」


玲は落ち着いた声で応じた。

「状況はニュースで拝見しました。詳しくお聞かせください。」


松田は深く息をつき、資料を差し出しながら話し始めた。

「先夜、展示室の一部で不審な動きを確認しました。警備員も気づくのが遅れ、幸い未遂に終わりましたが、犯人は高度な技術を使って潜入した可能性があります。今回の事件は単なる窃盗未遂ではなく、計画的な犯行と見ています。」


玲は資料に目を通しながら、静かに頷いた。

「なるほど。警備体制の弱点や、犯人の手口について、さらに詳しい情報はありますか?」


松田は眉をひそめて答えた。

「はい。監視カメラの映像は一部が何者かにより操作されている疑いがあります。内部からの協力者も排除できません。そこを重点的に調査してほしいのです。」


玲は決意を込めて答えた。

「わかりました。精密な調査を進め、犯人を特定します。必ず安全な展示会に戻しましょう。」


松田は感謝の表情を浮かべて深く頭を下げた。

「ありがとうございます、玲探偵さん。どうかよろしくお願いします。」


玲は背筋をピンと伸ばし、窓の外に広がる東京の街を見つめた。静かな決意がその瞳に宿り、ゆっくりと拳を握り締める。


「怪盗シルフィード……奴の動きを絶対に見逃さない。」


その言葉には、揺るぎない覚悟と冷静な闘志が込められていた。玲の声は低く、しかし凛とした響きを持っていた。


「必ず、この事件の真相を暴き出してみせる。」


室内の空気が引き締まり、これから始まる長い戦いの序章が静かに幕を開けた。


【2025年12月6日(日)午後3時30分/玲探偵事務所】


玲は事務所に戻ると、すぐに資料を広げた。宝石展の警備配置図や過去の警備映像がスクリーンに映し出され、細かな動きや死角を一つひとつ確認していく。机の上にはノートパソコン、スマートフォン、メモ帳が整然と並び、玲の集中した息遣いだけが静かな部屋に響いた。


玲はペンを手に取り、資料の隅に小さく書き込む。


「この配置図……死角がいくつかある。ここと、あそこ……怪盗シルフィードは、きっとそこを狙ってくるはずだ。」


ふと、スマートフォンの画面を見つめて小さく呟く。


「警備の甘さを突くなら、ドローンの使い方も要注意だな……。」


玲は拳を軽く握り直し、再び資料に視線を戻した。


「準備は万全に。相手はただの盗賊じゃない。最高の警戒を持って挑まねば。」


朱音が横から興味深そうに覗き込んだ。

「玲お兄ちゃん、怪盗シルフィードってどんな人なの?」


玲は机から顔を上げ、にっこりと微笑んだ。


「朱音、怪盗シルフィードはね、ただの盗み屋じゃないんだ。とても頭が良くて、テクノロジーも巧みに使う。まるで影の中を自在に動く幻のような存在さ。」


朱音は目を輝かせながら身を乗り出した。


「へえ…すごいね!影の中の幻…なんだかかっこいい!」


玲は優しく頷き、付け加えた。


「でも油断は禁物だ。彼女しょじょは一筋縄ではいかない。だから僕たちも全力で準備しないとね。」


朱音は小さく拳を握って、決意を込めた声で言った。


「うん!私も手伝いたい!玲お兄ちゃんと一緒に、怪盗シルフィードを捕まえよう!」


玲は頼もしそうに頷き、優しい声で答えた。


「もちろんだ、朱音。君の好奇心と勇気が力になるよ。これから新しい情報が入ったら、すぐに共有するからな。」


少し間を置いて、真剣な表情で続ける。


「油断は禁物だが、焦らず確実に進めることが大切だ。急ぎすぎて見落とすことが一番怖いからね。」


朱音も真剣なまなざしで頷き、強い意志を込めて言った。


「わかった、玲お兄ちゃん。私、しっかりついていくから!」


玲はにっこり笑いながら背中を軽く叩き、


「その意気だ。共にこの事件を解決しよう。」


その言葉に、朱音は小さくうなずいた。


玲は改めてパソコンの画面を見つめ、深く息を吸い込んだ。

「怪盗シルフィードの影を追うため、動き出そう」


【2025年12月7日(月)午後7時30分/高級ブランド宝石店前】


夜の街灯に照らされ、宝石店の前は静かな緊張感に包まれていた。アキトは黒いコートと帽子を身にまとい、腕には警備員のバッジをしっかりと装着している。巧みなメイクで顔の輪郭や表情も変え、通行人の視線を一切集めない完璧な変装だ。


アキトはスマートフォンで玲からの指示を受け取り、静かに呟いた。


「了解、玲。警備の目をかいくぐって、シルフィードの動きを探る。」


近くを通りかかった同僚の警備員に軽く会釈し、自然な動きで店内に入ろうとする。


「今日も油断は禁物だ。シルフィード、どこに潜んでいるか分からない…」


アキトの目は鋭く、店内の隅々まで注意深く観察を続けた。


アキトは店内に足を踏み入れ、周囲の空気を感じ取りながらゆっくりと歩を進めた。黒い制服は目立たず、まるでこの場所の一部であるかのように自然に振る舞う。


彼の視線は監視カメラの死角、センサーの感知範囲、そして警備員の動線を一つ一つ丹念にチェックしていく。


「ここが最大の盲点か…」「センサーの更新履歴から怪しいタイミングが分かるかもしれない」


耳には玲からの無線が静かに響く。


「アキト、怪盗シルフィードが動く時間はあと30分以内。気を引き締めてくれ」


アキトは小さく頷き、低い声で応えた。


「了解。油断せず、冷静に対処する。必ずシルフィードを見逃さない。」


朱音は玲の隣でモニターの映像に目を凝らし、興奮気味に声をあげた。


「お兄ちゃん、見て!あの黒い影、もしかしてシルフィード?」


画面の中で、暗がりに素早く動く黒い服の人物が映っている。


玲は真剣な表情で画面を見つめながら答えた。


「間違いない。動きが鋭くて計算されている。今が勝負の時だ。」


朱音は拳を握りしめ、心の中で応援するように呟いた。


「シルフィード、絶対捕まえてみせる!」


外は冷たい冬の夜だが、探偵たちの心は熱く燃えていた。


【2025年12月7日(月)午後8時15分/高級ブランド宝石店内】


アキトは落ち着いた足取りで店内を巡回し、不自然な動きをする客やスタッフに鋭い目を光らせていた。


「何か怪しい動きはないか…周囲の細かな変化を見逃すな。」


彼は声を潜めながら自分に言い聞かせるようにつぶやく。


突然、店の隅で微かな異変を察知し、素早くその方向へ歩み寄った。


「そこにいたか……まさか、シルフィードの手下か?」


アキトの目は鋭く光り、緊張が走った。


無線から玲の落ち着いた声が静かに響いた。


「アキト、周囲のカメラ映像を確認してくれ。怪しい動きがあれば即報告を。」


アキトは無線に応答し、慎重に周囲を見渡しながら答えた。


「了解。警戒を緩めずに見張りを続ける。」


アキトは頷き、店の奥へと慎重に足を進めた。

すると、突如として照明が一瞬ちらつき、彼の目に不自然な動きが映った。


「あれ…?センサーに誰かが手を触れたか?」


アキトは瞬時に反応し、無線で玲に報告した。

「玲、店内のセンサーに誰かが接触した。すぐに確認を。」


玲は冷静に答えた。

「了解。アキト、そいつを絶対に逃すな。急げ。」


アキトは咄嗟に目を凝らし、黒いマントを羽織った影が天井近くの通気口へと滑り込むのを見逃さなかった。


「奴が通気口に入った!動きを止めるな!」


無線越しに玲の声が響く。

「冷静に、アキト。逃げ道を塞ぐ準備を急げ。影は必ず追える。」


アキトは静かに息を整え、通気口へと向かいながら答えた。

「了解。絶対に逃がさない。」


アキトはすぐに無線機を手に取り、低い声で報告した。


「玲、黒いマントの影が通気口に入った。追うが動き速い。気をつけろ。」


玲の冷静な声が返ってきた。


「了解。周囲も固めておけ。奴を捕まえるチャンスは一度きりだ。」


アキトは影を追い、緊迫した夜の追跡劇が始まった。


【2025年12月7日(月)午後8時20分/宝石店 通気口周辺】


アキトは呼吸を整えながら、静かに通気口のすぐ下まで駆け寄った。手を伸ばしてマントの端を掴もうとした瞬間、風が通気口から吹き出し、薄暗い中にかすかな気配が動いた。


「ここだ…奴は絶対に逃がさない。」


アキトは歯を食いしばり、警戒を強めた。


無線から玲の声が響く。


「慎重に行け。急ぐな、焦るな。」


アキトは静かに頷き、通気口の影から飛び出すタイミングを伺った。


【2025年12月7日(月)午後8時20分/宝石店 通気口】


通気口のふたが音もなく外され、静寂の中、怪盗シルフィードの姿がゆっくりと現れた。白いマスクが冷たい月明かりにわずかに光り、黒いマントは風にひらりと揺れている。


アキトは息を呑み、身を低くして応じた。


「シルフィード、動くな。これ以上の逃走は許さない。」


二人の視線が鋭く交錯し、緊張感が辺りを包み込んだ。


アキトはわずかな隙間に身をひそめながら、無線機にそっと口を近づけた。


「玲、シルフィードが通気口に現れた。白いマスクに黒いマントだ。動きが慎重すぎて簡単には捕まえられそうにない。」


息を殺し、周囲に気を配りながら続ける。


「これからどう動くか指示をくれ。ここからじゃ正面からは無理だ。」


玲の声が無線越しに静かに返ってきた。


「落ち着け、アキト。無理に飛び込むな。周囲の警備システムを利用して追い詰める。俺はすぐにそっちに向かう。焦るなよ。」


アキトは壁に体をぴったりと寄せながら、ゆっくりと足を進める。ポケットから小型の麻酔銃をそっと取り出し、慎重に狙いを定めた。


「一発で決める……ここでミスは許されない。」と心の中で呟き、息を整えた。


シルフィードは鋭い目でアキトを一瞥すると、微かに口角を上げて冷ややかに言った。


「遅かったわね。でも、その程度の武器で私を止められると思っているの?」

その声は冷たく、余裕すら感じさせた。


次の瞬間、シルフィードはまるで風のように軽やかに宙を舞い、通気口の奥へと消えた。


「これじゃ、追いつけないわね。――でも、逃げるつもりはないから、覚悟して」

彼女の声が遠ざかりながらも、静かに響いた。


玲の声が再び無線から静かに響いた。


「焦るな、アキト。シルフィードは次の動きを必ず読むはずだ。冷静に、罠にかからないように動け。俺たちもすぐに現場に向かう。」


闇夜に響く静かな決意。怪盗シルフィードとの戦いは、まだ始まったばかりだった。


【2025年12月7日(月)午後8時45分/宝石店 屋上】


月明かりが冷たく輝く屋上で、シルフィードはすでに身を翻し、優雅に跳躍の準備をしていた。アキトは息を切らしながらも、必死に追いかけて叫んだ。


「そこで止まれ、シルフィード!」


シルフィードは背を向けたまま、低く笑いながら振り返った。


「そう簡単には捕まえさせないわよ、アキト。私の舞台はまだ終わっていない。」


その言葉と同時に、彼女は風のように走り出した。


「まさか、女だったとは…」アキトは息を整えながら、心の中で呟いた。


「だが、手強い相手だ。簡単に捕まるわけにはいかない。」


彼はぎゅっと拳を握りしめ、闘志を燃やした。すぐさま無線で玲に報告する。


「玲、シルフィード、女だった。動きも予想以上に速い。慎重にいくぞ。」


その時、シルフィードがふっと振り返り、月明かりに照らされた白いマスクの下から鋭い視線をアキトに向けた。


「まだ追いかけてくるの?執念深いわね。でも、その程度の覚悟じゃ私には届かないわよ。」


彼女の声は冷たく、まるで刃のようにアキトの胸を切り裂いた。


アキトは一瞬たじろぎながらも、歯を食いしばって答えた。


「お前を絶対に逃がさない。どんな手を使ってもな。」


玲の声が無線から低く響いた。


「アキト、冷静に。無理はするな。周囲に仲間がいるはずだ。単独での接近は避けて、位置を知らせろ。こっちもすぐに向かう。」


アキトは深く息を吸い込み、静かに拳を握りしめた。


「わかった。行くしかねぇな……シルフィード、ここで終わらせる。」


そう呟くと、月明かりに照らされた屋上で身を翻し、次の一手を打とうと身構えた。


【2025年12月7日(月)午後9時10分/宝石店 店内】


玲は無線を切ると、足早に展示室へと駆け込んだ。

朱音はガラスケースの前で、興奮した瞳を輝かせながら宝石の煌めきを見つめている。


玲が近づくと、朱音が振り返りながら声を弾ませた。

「玲お兄ちゃん!あのシルフィード、すごく速かったよ!まるで影みたいに…」


玲は落ち着いた声で応じる。

「油断は禁物だ。だが、俺たちも負けてはいられない。これからもっと警戒を強めるぞ。」


朱音は真剣な表情で頷いた。

「うん、絶対に捕まえようね、玲お兄ちゃん!」


玲は微笑み、力強く頷いた。

「ああ、一緒に絶対にやり遂げよう。」


【2025年12月7日(月)午後9時15分/宝石店 警備室】


アキトは警備室に戻り、モニターに映し出されたビルの間取り図を前に冷静に分析を続けていた。

手元のタブレットでシルフィードの動きを何度も再生しながら、逃走ルートの特徴を読み解く。


「シルフィードの動き、かなり計算されてる…だが、必ず通るルートがあるはずだ。」

彼は低く呟き、指先で次々と逃走経路に罠を仕掛ける位置をマークしていく。


「ここに電磁波センサー、あそこは即時連動するロック機構。逃げ道を完全に封じる。」

アキトは拳を軽く握り、冷静な決意を込めて言った。

「奴がどんなに速くても、今度は俺たちが先手を取る番だ。」


防犯モニターに突然、黒いマントを翻すシルフィードの姿が映し出された。彼女は警戒しながらも、狭い通路を素早く進んでいる。


アキトは画面に食い入るように見つめ、声を張り上げた。

「来た…奴が次の罠にかかる前に動きを封じるぞ!」


タブレットの画面を操作しながら、冷静に命令を飛ばす。

「全員、配置につけ。絶対に逃がすな!」


画面の中のシルフィードは、一瞬こちらを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。

「まだ終わらせないわよ…」と、つぶやくように呟いた。


【2025年12月7日(月)午後9時15分/宝石店 屋上と地下通路】


玲は監視カメラの映像を凝視していた。月明かりに黒いマントを翻すシルフィードの姿が屋上に映し出されている。静かな緊張感が玲の胸を締め付けた。


玲はポケットから無線機を取り出し、低い声で指示を送る。


「アキト、屋上から地下通路へ続くルートを封鎖しろ。入口は二箇所。監視カメラがしっかり捉えている。焦らず確実に動け。」


無線の向こうからアキトの落ち着いた声が返ってきた。


「了解。西側入口に向かう。罠は準備済みだ。絶対に逃がさない。」


玲は次に地下通路の監視映像に目を走らせながら、冷静に続けた。


「シルフィードの足は速い。警戒を怠るな。周囲の警備員にも連携を指示し、異変があれば即座に報告を。」


「わかった。動く。」アキトの声には迷いはなかった。


玲は息を整え、さらに指示を出す。


「地下通路の非常口も監視しろ。奴はそっちから逃げるかもしれない。何かあればすぐ知らせてくれ。」


「任せてくれ、玲。」


玲は拳を固く握りしめた。画面越しに見えるシルフィードの姿を見つめながら、心に誓った。


(絶対に逃がさない…怪盗シルフィードを。)


一方、シルフィードは屋上の一角に身を潜めると、素早く黒いマントと白いマスクを外した。長い黒髪が肩に流れ、鋭い瞳が冷静に周囲を見渡している。


「ふん……随分と騒がしいわね」

彼女は低く呟いた。


店内の警備状況を静かに分析しながら、彼女の唇がわずかに動く。


「奴ら、あたしを捕まえようと必死だけど、目的はこれじゃないのよ。宝石? いや、もっと別のものが欲しいだけ。」


その瞳は、展示ケースの奥にある一つの小箱に定まっていた。


「この夜にしか動かない秘密が、あの箱に眠っている…。」


シルフィードは息を潜め、次の一手を慎重に考えていた。


「逃げるだけじゃ終われない。今夜、すべてを奪う。」


彼女の声は氷のように冷たく、決意に満ちていた。


【2025年12月7日(月)午後9時20分/宝石店 店内・非常口付近】


シルフィードは壁際の暗がりを駆け抜け、足音を殺しながら非常口へと急いだ。息を切らすことなく、冷静な視線は一歩もブレない。


「もうすぐ…逃げられるわ」


その瞬間、扉の前に立ちはだかる影があった。


「待て、シルフィード。」


アキトが低く、しかし力強い声で告げる。


シルフィードは微かに笑みを浮かべ、振り返る。


「アキトか。あなたも執念深いのね。」


アキトは手にした小型の麻酔銃をしっかりと握りしめながら言った。


「もう逃がさない。ここで終わらせる。」


シルフィードは冷ややかに目を細め、動きを探る。


「そう簡単に捕まると思わないことね。」


二人の間に緊迫した空気が漂い、時間が止まったかのようだった。


シルフィードは素早く手首の裏から小さな筒状の煙幕弾を取り出した。


「これで終わりよ。」


煙幕弾が床に落ちると、瞬く間に白い煙が立ちこめ、視界が完全に遮られた。


アキトは咄嗟に身を低く構えながら、声を張る。


「煙に惑わされるな!冷静に動け!」


煙の中、シルフィードの足音だけがかすかに響き、どこかへと消えていった。


玲は無線機を握りしめ、声を張り上げた。


「アキト、落ち着け!煙幕に惑わされるな!シルフィードを見失うな、周囲のセンサーも活用しろ!」


「煙が晴れるまで動きを止めるな!奴の次の一手を絶対に逃すな!」


煙が立ちこめる中、不気味な笑い声が薄暗い空間に響き渡った。


「ふふっ、そう簡単には捕まらないわよ、アキト。」


シルフィードの声は冷たく、余裕たっぷりに響く。


「まだまだ楽しませてあげる。これからが本当のショータイムよ――」


アキトは煙の中で一瞬足を止め、深呼吸をして自分を落ち着かせた。


「シルフィード、お前のペースには絶対に飲まれない。ここで終わらせる。」


無線から玲の声も鋭く響いた。


「アキト、慎重に動け。煙幕の中にも罠があるはずだ。焦るな!」


煙の中、二人の緊迫した駆け引きが続く——。


【2025年12月7日(月)午後9時23分/宝石店 地下通路】


煙幕の中でも、アキトの動きは乱れなかった。

靴底が床をかすめる音や、空気のわずかな揺らぎを頼りに、シルフィードの足取りを追う。


「……こっちだな。」

小さく呟くと、足音を極限まで殺し、通路の奥へと進んだ。


曲がり角を抜けた瞬間、前方に黒いマントの影が揺れる。

「見つけた…!」


その時、無線から玲の声が低く響く。

『アキト、彼女は必ず出口を一つに絞ってくる。正面を塞げば、袋のネズミだ』


アキトは短く返す。

「了解。逃がさない。」


彼の視線は、揺れるマントの先に向けられたままだった。


【2025年12月7日(月)午後9時27分/宝石店 地下通路】


アキトは闇に溶け込むように足を運び、わずかな靴音すら響かせない。

壁際に身を寄せ、耳を澄ますと、前方からヒールが床を打つ乾いた音が微かに聞こえた。


「……いたな。」

その声は、自分に言い聞かせるように低く抑えられていた。


通路の先には、非常口へと続く影がちらつく。

アキトは息を殺し、懐の麻酔銃に手をかけた。


無線が小さくノイズを走らせ、玲の声が響く。

『焦るな。タイミングを外せば逆に利用される』


アキトは短く息を吐き、

「わかってる……今度こそ仕留める」

と囁き、さらに静かに距離を詰めていった。


【2025年12月7日(月)午後9時30分/宝石店 地下通路】


薄暗い通路の先、シルフィードはヒールの音を響かせながら、一歩ずつゆっくりとアキトに近づいてきた。

月明かりも届かない地下で、その白い仮面だけがぼんやりと浮かび上がる。


「ふふ……追い詰めたつもり?」

彼女の声は、まるで獲物を弄ぶ猫のように甘く冷たい。


アキトは眉をひそめ、麻酔銃を構えたまま応じる。

「お前の逃げ道はもうない。観念しろ」


シルフィードは肩をすくめ、さらに一歩近づく。

「逃げ道? 違うわ……あなたが、私のステージに上がってきただけ」


彼女のマントが、通路の空気を切るように揺れた。

アキトの指先に、わずかに力がこもる。


【2025年12月7日(月)午後9時30分/宝石店 地下通路】


薄暗い非常灯の下、シルフィードは仮面越しに微笑み、一歩ずつゆっくりとアキトへ歩み寄った。

その足取りは焦りも恐れもなく、むしろ舞台の幕が上がる瞬間を楽しむかのようだった。


「ここまで来るなんて、大したものね」

彼女の声は低く、通路の冷たい空気を震わせる。


アキトは麻酔銃を構えたまま視線を逸らさずに答えた。

「褒め言葉はいらない。宝石を返してもらおうか」


シルフィードはゆるやかに首を振り、唇の端を上げた。

「まだ気づかない? 私の目的は宝石じゃないのよ」


その言葉に、アキトの眉がわずかに動く。

「……どういう意味だ」


彼女は答えず、さらに一歩近づいた。ヒールの音が静寂の中で不気味に響く。

「知りたければ、最後まで追ってきなさい。――捕まえられれば、ね」


仮面の奥で光る瞳が、挑発的にアキトを見据えていた。


【2025年12月7日(月)午後9時32分/宝石店 地下通路付近】


煙幕は時間が経つにつれてさらに濃くなり、通路の輪郭すら判別できなくなっていた。

わずかに非常灯の赤い光がぼんやりと煙に滲み、足元さえ怪しい。


アキトは壁に背をつけ、呼吸を浅くして耳を澄ます。

「……足音が、消えた?」


その時、背後から低く囁く声が響いた。

「後ろを取られるなんて、らしくないわね」


一瞬で背筋が凍りつく。アキトは反射的に振り向き、麻酔銃を構える。

だが、そこにあったのは白い仮面が煙の中にぼんやり浮かぶシルフィードの顔。


「あなた、本当に面白いわ。――もっと遊びたい」

彼女はそのまま煙の中へ再び溶け込むように姿を消した。


アキトは息を飲み、無線に手を伸ばす。

「……玲、やつがまた姿を消した。地下通路からどこかへ抜けた可能性が高い」


無線越しに玲の短い返答が響く。

「位置特定急ぐ。アキト、慎重に動け」


煙の中、アキトの視線は消えた影を必死に追っていた。


【2025年12月7日(月)午後9時35分/宝石店 地下通路】


玲は壁際に身を寄せ、足音を極限まで殺しながら進んでいた。

耳元の小型イヤーピースからは、夜鷹の落ち着いた声が途切れ途切れに届く。


『南側の非常口付近に反応あり。……ただし、動きが速い。注意しろ』


「了解。俺は西側から回り込む。……夜鷹、お前は上の階段を封鎖できるか?」

玲の声は低く、しかし迷いがない。


『任せろ。あんたはあいつを視界に捉えたら即報告だ』


「わかってる。……逃がさない」

玲は短く息を吐くと、視線を煙がうごめく暗闇に向けた。


通路の奥からかすかな足音――しかし、それは消えたり現れたり、まるで挑発するようなリズムだった。

玲は無線の送信ボタンを押しながら、小さく呟く。


「シルフィード……遊びは、ここまでだ」


【2025年12月7日(月)午後9時36分/宝石店 地下通路】


暗闇の中、夜鷹は呼吸を止め、狙いを定めた。

照準の先、煙の向こうで揺らめく黒いマントがわずかに動く。


――今だ。


彼の指が軽く引き金を絞ると、地下の静寂を裂くように乾いた銃声が響いた。

金属音を伴って弾丸が壁をかすめ、火花が散る。


「……チッ、外したか」

夜鷹は低く舌打ちをした。


その瞬間、煙の奥からシルフィードの笑い声が返ってきた。

「ふふ……惜しいわね、夜鷹。そんなに焦っては、私の影すら捕まえられない」


夜鷹は無線に向かって短く言い放つ。

「玲、まだ地下にいる。煙を利用して反対側に回ってる可能性大だ」


『了解。こっちは西側を押さえる。追い詰めるぞ』

玲の声が鋭く返る。


夜鷹は銃を構え直し、再び暗闇の中へと身を溶かしていった。


【2025年12月7日(月)午後9時40分/宝石店 地下通路】


足音と煙の中で視界はほぼゼロ。

玲は壁際に身を寄せ、耳を澄ませてシルフィードの動きを探っていた。

その時、ポケットの中で微かな振動が走る。


玲はすぐに携帯を取り出し、画面を確認する。

そこには赤字で浮かび上がるように「影班からの緊急連絡」の文字。


玲は眉をひそめ、低く呟いた。

「……こんな時に?」


通話ボタンを押すと、耳元にざらついた通信音と共に、成瀬由宇の冷静な声が響いた。

『玲、状況が変わった。シルフィードは囮だ。本命が別に動いてる』


「……は?」

玲の目が鋭くなる。


『地下通路の先、東側の非常扉。そこからもう一人が侵入してる。おそらく回収役だ』


玲は短く息を呑む。

「……つまり、シルフィードが派手に暴れてるのは、そっちを通すためってことか」


『ああ。こっちは詩乃が扉付近を押さえてるが、時間の問題だ。アキトにも回せ』


「了解。すぐ動く」

玲は携帯を切ると、無線に手を伸ばしながら表情を引き締めた。


「……アキト、ルート変更だ。シルフィードは俺に任せろ。お前は東の非常扉に回れ――本命が来る」


【2025年12月7日(月)午後9時45分/宝石店 地下通路入口】


非常灯だけがぼんやりと足元を照らす暗闇。

成瀬由宇は壁際に身を預け、目を細めて前方の通路を見据えていた。

呼吸は浅く、足音ひとつも漏らさぬよう、耳で空気の揺れを探る。


その時――背後から、コツ…コツ…と靴底の微かな音が忍び寄ってくる。

由宇は即座に腰の短刀へと手を伸ばし、声を潜めて問いかけた。


「……誰だ。」


足音がぴたりと止まり、暗がりから低い声が返ってくる。

「――俺だ。玲から指示があった。回収役を抑える」


月明かりが差し込む一瞬、現れたのはアキトだった。

由宇は刀の柄から手を離し、小さく鼻を鳴らす。


「紛らわしい足音を立てるな。敵ならもう首は飛んでた」


アキトは苦笑しつつも、すぐに真剣な眼差しを返す。

「悪い。で、状況は?」


由宇は通路の先を指で示した。

「三十メートル先の曲がり角。そこに気配が一つ……いや、二つ。おそらく回収役と護衛だ」


「二人か……。なら奇襲で一気に潰す」

アキトの声に、由宇は冷たい笑みを浮かべる。


「いいだろう。……一撃で終わらせるぞ。」


【2025年12月7日(月)午後9時50分/宝石店 地下通路】


乾いた布が床を擦る微かな音だけが響く。

桐野詩乃はしゃがみ込み、足跡を一つひとつ丁寧に拭い去っていった。

その手際は迷いがなく、まるで消すべき痕跡の位置をあらかじめ知っているかのようだった。


「……よし、これで追跡は不可能。」

彼女は低く呟きながら、壁際の監視カメラに視線を向ける。


手元の小型デバイスをカチリと操作すると、赤いランプが一瞬点滅し、次の瞬間には映像が完全にブラックアウト。

詩乃は小さく口元を緩めた。


「目は潰した。あとは――」


背後から由宇の声が届く。

「詩乃、急げ。回収役が動き出す」


詩乃は布とデバイスをポーチに収め、すっと立ち上がる。

「分かってるわ。証拠も足跡も、もうここには何も残らない」


そして二人は、闇の奥へと静かに消えていった。


【2025年12月7日(月)午後9時55分/宝石店 地下通路】


闇に包まれた地下通路で、安斎がゆっくりと呼吸を整えた。

彼の掌から、見えない精神制圧の波動が静かに広がり始める。


「いくぞ……これで動きを鈍らせる」


その声は低く、確信に満ちていた。

詩乃は影に身を潜め、鋭い目で狙撃ポイントを慎重に見定めている。


「狙いは完璧……逃がさない」


由宇は冷静に前方の闇を見据え、耳を澄ませて足音や息遣いを探った。


「前方に動き……慎重にいく」


三人の緊張感が、地下通路の冷たい空気をさらに重くしていく。

一瞬の隙も見逃せない、死闘の舞台が整ったのだった。


【2025年12月7日(月)午後10時00分/宝石店 地下通路】


闇に包まれた通路の奥から、静かな足音がゆっくりと響き始めた。


安斎が身を潜めたまま低い声でつぶやく。


「来た……気を抜くな」


詩乃は冷静に息を整え、銃口を静かに動かす。


「ここで仕留める……絶対逃がさない」


由宇は目を凝らし、微かな影を見つめながら静かに言った。


「奴の動き、すべて掌握してる」


足音が一歩一歩、三人に近づいてくる。緊張が張り詰めた空気の中、影班のメンバーは息を殺してその瞬間を待っていた。


闇の中、戦闘装束に身を包んだ紫苑が静かに現れた。背後には服部一族の精鋭たちが控え、その冷静で凛とした瞳が暗闇に鋭く光る。


紫苑は低く、しかし力強い声で言った。


「玲、任せろ。服部の忍がここにいる。お前たちの背後は任せたぞ。」


玲は無線越しに応じる。


「紫苑、頼む。お前たちの援護があるなら心強い。気を付けて行動してくれ。」


紫苑は短く頷き、鋭い目で周囲を見渡した。


「了解。絶対に失敗は許されない。全員、慎重に動け。」


【2025年12月7日(月)午後10時05分/宝石店 地下通路】


紫苑の低い声が闇に響いた。


「全員、静かに配置につけ。相手に気づかれず、確実に封鎖する。」


部隊は一糸乱れぬ動きで、地下通路の主要ポイントに散らばる。影のように静かに、音を立てずに。


紫苑は無線に向かって囁くように言った。


「玲、こちらは完了。いつでも合図を出してくれ。逃走経路は全て封じる。」


【2025年12月7日(月)午後10時07分/宝石店 地下通路】


紫苑はゆっくりと手を上げ、合図を送った。


「今だ、動け。」


部隊は一斉に闇の中を走り出し、狭い通路を封鎖していく。


「ここを抑えろ!」と声が低く響く。


紫苑は冷静に指示を飛ばしながら、先頭で隊を率いた。


「油断するな、奴らはまだ逃げようとしている。確実に追い詰めるぞ。」


【2025年12月7日(月)午後10時09分/地下通路奥】


闇の中、乾いた銃声が一発だけ響いた。

その瞬間、シルフィードの手元で小型ドローンが火花を散らし、床に転がった。


「……命中。」

低く抑えた声で報告したのは、紫苑の右腕にして狙撃特化の影班員・神薙だった。


紫苑が振り返らずに問いかける。

「外したらどうするつもりだった?」


神薙は淡々と答える。

「外しませんよ。私の銃口が向いたものは、必ず止まる。」


その会話を聞きながら、シルフィードはわずかに笑みを浮かべた。

「へぇ……なかなか腕の立つ狙撃手じゃない。面白くなってきたわね。」


【2025年12月7日(月)午後10時14分/地下通路・非常口付近】


煙がゆっくりと薄れ、闇の輪郭が戻り始める。

その中で、安斎の指先がわずかに動いた。


「……右だ。」

低く鋭い声が響く。


玲が眉をひそめる。

「非常口じゃないのか?」


安斎は視線を逸らさず、わずかに口角を上げた。

「非常口は囮だ。……本命は別の通路、壁の裏だ。」


紫苑が即座に指示を飛ばす。

「右へ回り込め。服部の者は壁際を這え、足音を消せ。」


由宇が短く応じる。

「了解。」


足音は再び静まり、闇の奥で何かが動く微かな音だけが響いていた。


【2025年12月7日(月)午後10時17分/ホテル屋上】


冷たい夜風が頬を切り裂くように吹き抜ける。

紫苑と戦闘部隊が屋上へ飛び出した瞬間、神薙の視界にシルフィードの影が捉えられた。


彼女はすでに反対側の屋上の縁に立ち、長い髪を夜風になびかせている。

その表情には恐れも焦りもなく、むしろ獲物を翻弄する余裕があった。


神薙が低く呟く。

「……見つけた。」


紫苑が一歩前へ出る。

「シルフィード、逃げ場はない。」


シルフィードは口元を歪め、月明かりの中で微笑んだ。

「逃げる? いいえ、これは選ぶだけよ――私の舞台は、どこにするかをね。」


神薙の指が引き金にかかる。

「もう舞台は閉幕だ。」


その瞬間、シルフィードの視線が一瞬鋭く光った。

「閉幕か……それは観客が決めることよ。」


夜風がさらに強く吹き、彼女の足元の影が揺らいだ。


「今だ、神薙!」

紫苑の鋭い声が夜空に突き刺さる。


その瞬間、神薙はわずかな呼吸の乱れも見せず、スコープ越しにシルフィードを正確に捉えた。

指先が引き金を絞る。


――パンッ。


乾いた銃声が夜空を裂き、弾丸は一直線に標的へ走る。

しかし、シルフィードはわずかに身体をひねり、ギリギリでそれをかわすと、屋上の縁から片足を外へ滑らせた。


「惜しいわね、神薙。あなたの腕前は噂通りだけど……今日は私の勝ち。」

風に髪を踊らせながら、彼女は挑発的に笑った。


紫苑が即座に詰め寄る。

「まだだ! 囲め――逃がすな!」


だが、次の瞬間、シルフィードの足元から閃光弾が炸裂し、白い光と衝撃が視界と感覚を奪った。


【2025年12月7日(月)午後10時18分/ホテル周辺・地上】


シルフィードが軽やかに地面へと着地した瞬間、ヒールがアスファルトを打つ乾いた音が夜に響く。

その直後、路地の奥の闇がわずかに揺らぎ、ひとりの影がすっと現れた。


「……待ってたぜ、シルフィード。」

低く、押し殺した声。現れたのはアキトだった。


彼はゆっくりと歩み出ながら、片手をポケットに入れたままもう片方の手で短剣を抜く。

街灯の薄明かりが刃に反射し、一瞬、冷たい光が走った。


シルフィードは片眉を上げて微笑む。

「ふふ……屋上から落ちてきた私を迎えるなんて、随分とロマンチストじゃない。」


アキトは表情を崩さない。

「ロマンは嫌いだ。俺が好きなのは、確実に獲物を仕留める瞬間だけだ。」


「……面白いわ。じゃあ、見せてもらおうかしら。」

シルフィードは手元の短剣をくるりと回し、獲物を狙う猫のように姿勢を低くした。


路地裏の空気が一気に張り詰め、夜の静けさが二人の間を凍りつかせた。


黒い軽装に身を包み、無駄のないフォームで立つ男が、路地の陰から一歩前へと出た。

名は――神速の隼人しんそくのはやと

服部一族の戦闘部隊に所属し、都市部での追跡任務を専門とする男。

その脚力は驚異的で、時速40キロ近いスプリントを長時間維持できる。


「……やっと捕まえたぜ、シルフィード。」

低く、しかし息一つ乱れていない声が夜に響く。


シルフィードは薄く笑い、視線だけで彼を値踏みするように見た。

「服部の忍……その速さ、聞いたことはあるわ。でも、私を捕まえられるかしら?」


隼人は表情を変えず、足先をほんのわずかに動かす。

その瞬間、地面の砂埃が風に舞い、獲物を狙う獣の気配が広がった。


「口より先に、足で答えてやる。」

彼の声が落ちた瞬間、隼人の姿は路地の闇へと溶け――消えた。


次に見えた時、距離は一瞬でゼロに縮まっていた。


「やば……足音が近い…!」

シルフィードの息が荒くなり、肺が焼けるように熱くなる。

背後から迫る靴音は、もはや人間のものではなかった――獲物を逃さぬ獣の追跡のように、規則正しく、しかし確実に迫ってくる。


(距離が……縮まってる!?)

彼女は必死に路地を曲がり、障害物の間を縫うように走る。だが、靴音は決して遠ざからない。むしろ一歩ごとに鼓膜を震わせるほど近づいてくる。


「逃げ道は――前だけだ…!」

自分に言い聞かせるように吐き捨てるが、心臓の鼓動はすでに限界を訴えていた。


その時、耳元で低い声が囁いた。

「……捕まえた。」


振り返る間もなく、背後の闇から影が伸び――彼女の行く手を完全に塞いだ。


「逃げ切れると思うな」

背後から響いた隼人の低い声は、冷たい鋼のように重く、路地の空気ごと震わせた。


その瞬間――シルフィードの足が、わずかに硬直する。

わずか一拍の遅れ。しかし、それは追跡者にとって十分すぎる隙だった。


(……しまった)

彼女は咄嗟に左へ跳び、倉庫脇の細い隙間へ逃げ込もうとする。だが、足音は一切乱れず、まるで彼女の動きを予知していたかのように距離を詰めてくる。


「速い……!?」

振り返った刹那、黒い影が視界いっぱいに迫った。

隼人の目が闇の中でわずかに光り、低く告げる。


「ここから先は――俺の狩場だ。」


次の瞬間、路地の空気が一気に張り詰め、逃げ場のない捕食者と獲物の距離がゼロへと縮まっていった。


【2025年12月7日(月)午後10時19分/ホテル周辺・裏路地】


シルフィードは一切振り返らず、路地を一直線に駆け抜けた。

「……っ!」息を吐く間もなく、視界に迫るフェンスへと身を躍らせる。

手すりを掴むことなく、しなやかな身体を一気に翻し、軽やかに越える――


だが、着地した瞬間。

背後から――風を裂く鋭い音。


「なっ……!?」振り返るよりも早く、背後を掠める影。

その速度は人間離れしており、彼女の視界に映るのは一瞬の残像だけだった。


「追いついた」

低く、息を乱さぬ声が耳に届く。


シルフィードは歯を食いしばり、再び前を向く。

(まだ……まだ撒ける!)


しかし、背後から迫る足音は、鼓動と同じ速さで近づいていた。


隼人は狭い路地の壁を蹴り、軽やかな身のこなしで斜め上から弧を描くように降下。

そのまま地面に滑り込み、シルフィードの進路を正確に塞いだ。


「っ……!?」シルフィードの目が見開かれる。

逃げ場は、ない。


隼人は一歩も無駄にせず、冷静な声音で告げた。

「反応は悪くない。だが――お前の動きは読める」


その言葉と同時に、鋭く伸びた手が彼女の腕を狙う。

シルフィードは瞬時に身を捻り、掴まれる寸前で体を滑らせるように回避。

しかし、その動きさえも、隼人の視線からは一瞬も外れていなかった。


シルフィードは後退しながらフェンスを背に取り、口元に薄い笑みを浮かべた。

「残念だけど――捕まらない主義なの」


その声には余裕が混じっていたが、吐く息は確実に荒い。

足音を止めない隼人が、一歩、また一歩と距離を詰める。


「主義か…」

低く返す隼人の瞳には、わずかな揺らぎすらなかった。

「じゃあ――俺の主義で、終わらせる」


次の瞬間、路地の空気が一気に張り詰め、二人の影が同時に動いた。


シルフィードは鋭く冷たい目で隼人を見据え、吐き捨てるように言った。

「甘い」


その一言に、彼女の動きは一瞬で鋭く変わり、手にした小型の鋭利な刃物を素早く構えた。

「ここまで来て、簡単に捕まると思った?」


隼人は一歩も引かず、静かに答えた。

「甘いのはお前の方だ。俺はただの追跡者じゃない。逃げ場はない。」


二人の間に緊迫した空気が漂う。刹那の攻防が今、始まろうとしていた。


その瞬間、前方のビル屋上から安斎の冷静な声が響いた。


「隼人、右側から増援が来る。数は二名、気をつけろ!」


隼人は即座に視線を上げ、増援の影を確認すると、

「了解。気を抜かずにいくぞ」と短く返した。


シルフィードも一瞬、顔を上げて増援の存在に気づいたが、すぐに鋭い笑みを浮かべた。

「増援が来ても、もう遅いわよ――逃げられない。」


【2025年12月7日(月)午後10時21分/ホテル裏路地・出口付近】


路地の終端、ネオンの淡い光が冷たく揺れている。


そこに、静かに佇む紫苑の姿があった。

戦闘装束を纏い、その凛とした表情には一切の迷いがない。

背後には、漆黒の戦闘服に身を包んだ服部一族の精鋭たちが、まるで影のように彼女を守っている。


紫苑は低い声で告げた。

「ここで終わりだ。逃げ場はない。」


シルフィードは一瞬足を止め、冷ややかな笑みを浮かべて答えた。

「やるわね、紫苑。でも、私はまだ終わってない。」


背後の精鋭たちが戦闘態勢を整える中、紫苑は鋭く視線をシルフィードに向けた。

「どんな手を使おうとも、この一帯は服部一族の縄張りだ。覚悟しなさい。」


紫苑はゆっくりと前へ一歩踏み出し、その瞳をシルフィードに据えた。

「観念しろ。」

その声は低く、冷たく、鋭く響く。


「お前の足の速さ、確かに悪くはない。」

紫苑は一瞬間を置き、わずかに笑みを含ませた。

「だが――服部の“疾風陣”を突破できる者は、この世に一人もいない。」


背後の精鋭たちも、まるで風のように動き出す準備を整えている。

「逃げ道は完全に封じられている。おとなしく降伏しろ。」


シルフィードは冷ややかに嘲笑うように答えた。

「そんな古い伝説が、今でも通用するとでも?」


紫苑は一歩さらに近づき、声を強める。

「今夜、その答えを教えてやる。」


次の瞬間、紫苑の合図とともに精鋭たちが一斉に動き出した。

「疾風陣、展開!」


闇に紛れた黒装束の忍びたちが、まるで風のように左右からシルフィードを包囲していく。

「逃げ場はもうないぞ!」

誰かが鋭く叫んだ。


シルフィードは冷静に身をひねりながら、闇を裂くように言い放つ。

「まだ終わってないわ――!」


鋭い動きで彼女は身をかわし、一瞬の隙を狙って反撃の態勢に入った。

「ここからが、本当の勝負よ!」


逃走経路を完全に封じていた。


シルフィードは冷たい笑みを浮かべ、ポケットから小さな装置を取り出した。

「……ふふ、なるほど。

 だから私は、こういう時のために――

 もう一つの手段を用意してるのよ。」


その手に握られた装置が、わずかに光を放つ。


紫苑が険しい表情で声を張る。

「何をする気だ、動くな!」


だが、シルフィードの目は確信に満ちていた。

「この程度で、終わるわけないでしょう?」


その瞬間、装置から小さな閃光が走った――。


【2025年12月7日(月)午後10時21分/ホテル裏路地・出口付近】


シルフィードは冷静に小型リモコンをポケットから取り出し、指先でボタンを押した。

「ここからが、私の本番よ――」


遠くから微かな羽音が近づく。

「うるさいな……!」紫苑は眉をひそめ、戦闘態勢を崩さずに呟いた。

数機の小型ドローンが路地の上空に姿を現し、強力なフラッシュライトが炸裂した。


「まぶしい……!」安斎が咄嗟に目を押さえる。

「視界を奪われた、気をつけろ!」由宇が警戒を強めた。


白い光に包まれた混乱の中、シルフィードは闇に紛れ姿を消した。

「絶対に逃がさない……!」紫苑は低く唸りながら、必死にその姿を追った。


【2025年12月7日(月)午後10時22分/ホテル裏路地・屋根上】


白い閃光が消え、視界が戻るよりも早く――


屋根の上から低く静かな声が響いた。


「甘いな、シルフィード。俺たち服部一族の忍びに、一瞬の隙も見逃せる者はいない。」


紫苑が鋭い目で路地を見下ろし、続ける。


「お前の手段は巧妙だが、俺たちはもっと狡猾だ。」


背後で、戦闘部隊の気配が緊張感を漂わせながら整った。


白い閃光が収まり、視界が戻ると、そこに一人の男が静かに立っていた。

漆黒の軽装戦闘服に身を包み、風に翻るコートの裾がわずかに揺れる。

その腰には細身のブレードと小型拘束具がきっちりと装備されている。

鋭い瞳は、まるで獲物を狙う狩人のように冷たく光っていた。


紫苑が地上から見上げ、低く凛とした声で告げる。

「……そこまでだ、シルフィード。

我が一族の“影追い”――迅牙じんがだ。」


迅牙はゆっくりと前に一歩踏み出し、冷静な口調で続けた。

「逃げ場はもう無い。潔く降伏しろ。」


背後の戦闘部隊が息を潜め、静かな緊張感が路地を包み込む。


迅牙は屋根の端に立ち、冷静に周囲を見渡した。

彼の立つその場所は、逃走ルートを完全に塞ぐ絶好のポジションだった。


「ここから先へは行かせない。」

彼の声は低く、揺るぎない決意を帯びている。


「逃げ場はもうない。今すぐ手を挙げて降伏しろ。」


迅牙の鋭い視線が闇の中のシルフィードを捉え、

背後の闇が静かに包囲網を狭めていく。


【2025年12月7日(月)午後10時24分/ホテル裏路地・屋根上】


シルフィードは冷静に視線を屋根の端から端へと走らせ、わずかな隙間を探す。

「……ここから抜けられるかもしれない…」


だが、その瞬間、闇の中で一対の光る瞳が鋭く光った。

安斎の冷静な声が低く響く。

「動くな、シルフィード。逃げ道は封じている。」


シルフィードの表情がわずかに引き締まる。

「読まれていたか……だが、まだ終わらせないわよ。」


暗闇の目が確実に狙いを定め、影班の網がさらに狭まっていく。


だが、その瞬間、闇の中で一対の光る瞳が鋭く光った。

安斎の冷静な声が低く響く。

「動くな、シルフィード。逃げ道は封じている。」


シルフィードの表情がわずかに引き締まる。

「読まれていたか……だが、まだ終わらせないわよ。」


暗闇の目が確実に狙いを定め、影班の網がさらに狭まっていく。


紫苑が下から指示を飛ばす。


「迅牙、仕留めろ。ただし生け捕りだ」


【2025年12月7日(月)午後10時24分/ホテル裏路地・屋根上】


迅牙は静かに頷き、鞘に収まった短剣の柄にそっと手をかける。

「ここで終わらせる。覚悟しろ――」


だが、その瞬間、シルフィードが俊敏に動いた。

彼女は足首のホルスターから小型の閃光弾を素早く抜き取り、迷わず屋根の瓦に叩きつける。

「これで目をくらませるわ!」


閃光弾が炸裂し、一瞬にして屋根上がまばゆい白光に包まれた。

迅牙の瞳が光を遮ろうと細められ、動きが一瞬止まる。

「くっ……!」


シルフィードはその隙に次の一手を狙い、身を低くして跳躍の態勢に入る。


バシュッ!

夜空が一瞬、真昼のように白くなり、鋭い音が鼓膜を打つ。


「甘い!」

迅牙は目を閉じ、音より先に感覚で動いた。

影のような動きでシルフィードの背後を取り、

次の瞬間、細い拘束ワイヤーがその手首に絡みつく。

「……終わりだ」

迅牙の声が、息を呑むほど冷ややかに響く。


だが――シルフィードの口元には、なぜか微笑が浮かんでいた。

「本当に……そう思う?」


その瞬間、屋根の下から別の影が飛び上がった。

全員の視線が、一瞬だけ奪われる――。


【2025年12月7日(月)午後10時25分/ホテル裏路地・屋根上】


屋根下から、鋭い気配を放つ別の影が跳び上がった。

細身でしなやかなその動きは、まるで空気を切り裂く黒い刃のように鋭い。


「シルフィード、逃げろ!」

低く力強い声が闇を震わせる。


その影は瞬時に迅牙の隣へ滑り込み、シルフィードを守る盾となった。

「俺がついてる、安心しろ」


シルフィードは一瞬だけその影を見上げ、強く頷いた。

「ありがとう……」


緊迫した空気の中、戦いの幕が再び切って落とされる。


黒い刃のような影が、鋭い目で迅牙を見据えながら低く囁く。


低く、しかし鋭く響く声が夜を貫く。

「……動くな」


シルフィードの身体が一瞬硬直し、屋根の上の影たちの動きがピタリと止まった。


そこに立っていたのは、屋根の一段高い位置から狙いを定める服部一族の戦闘員、“月影”。

黒い忍装束に身を包み、長い手裏剣をしっかりと握っている。瞳は暗闇の中でも確かな狩猟者の鋭さを宿していた。


月影は冷静な声で告げる。

「動けば即、射る。お前の逃走はここで終わりだ――」


彼の目がシルフィードの瞳を捉え、静かな緊張が張り詰める。

一触即発の空気が屋根の上を支配した。


黒い影は舌打ちを響かせ、冷ややかな声で呟いた。

「……ちっ、これじゃ動けねぇな」


わずかに身を引き、慎重に後退する動きを見せる。

「くそ……ここまでか」


その目は悔しさと冷静さが入り混じり、次の一手を探っているようだった。


【2025年12月7日(月)午後10時26分/ホテル裏路地・屋根上】


月影は静かに三つ刃を構え、その刃先を闇にきらりと光らせた。

「無駄な抵抗はやめろ。ここで終わらせる。」


その声には揺るぎない決意と、冷徹な殺気が混ざっていた。

「動けば命はない――覚悟はできているな?」


シルフィードは鋭い目つきで月影を睨みつけ、背後の壁伝いに素早く身を翻した。

「覚えておきなさい、私を止められる者はいない――」


その声には強い意志と揺るがぬ自信が滲んでいた。

「ここで終わらせるつもりなら、もっと力を見せなさい!」


その瞬間、屋根の端で静かに待機していたアキトが、影のように忍び寄る。

息を殺して無線を手に取り、玲に低く囁くように伝えた。


「玲、状況報告。シルフィードが動きを見せた。月影と交戦中。迅牙も動き出す気配あり。こちら、引き続き監視を継続する」


無線の声は冷静だが、緊迫感が滲み出ていた。


玲は静かに息を整え、無線に向かって落ち着いた声で返す。


「了解、アキト。迅牙の動きには細心の注意を。安斎、詩乃、由宇もその周囲を固めて。シルフィードの動きを見逃すな。全員、準備は万端に。次の指示を待て。」


玲の声には揺るがぬ意思が込められ、チームに冷静な指揮を伝えていた。

屋根の上、静かな闘いの火蓋が切られようとしていた。


【2025年12月7日(月)午後10時27分/ホテル屋根上】


月影はゆっくりと三つ刃を構え、冷静に静かな声で言った。


「ここで終わらせる。逃げ場はない──覚悟しろ。」


彼の瞳は暗闇の中で鋭く光り、狙い定める標的を見据えていた。


「私が止める。だが無駄だ。お前の正体はもうばれている。」


シルフィードは鋭く笑みを浮かべた。


「正体がバレてようが、私には関係ないわ。逃げ切るだけ。」


その言葉と同時に、彼女は身体を翻し、軽やかに宙を舞った。


「さあ、来なさい――!」


勢いよく月影に向かって飛びかかる。


だが月影は冷静な眼差しのまま、鋭く身をかわす。


「速いな。しかし、それだけでは足りぬ。」


その刃は、空気を切り裂くように振り下ろされた。


アキトはすぐさま無線機に手を伸ばし、低い声で報告を始めた。


「玲、こちらアキト。月影とシルフィードが激しく交戦中。距離を保ちながら監視を続ける。追加の支援が必要なら、すぐに指示をくれ。」


彼は身を潜めながらも、冷静に周囲の警戒を緩めることなく目を光らせていた。


玲は無線のスイッチを押し、落ち着いた声で返した。


「了解、アキト。月影の動きを封じるまで接近は控えろ。詩乃、由宇、安斎、状況に応じて迅速に支援を開始。慎重に動け、油断は禁物だ。」


闇夜に響く刃の音。熾烈な頭脳戦と肉体戦の狭間で、勝敗はまだ見えなかった。


【2025年12月7日(月)午後10時30分/ホテル屋根上】


月影の刃が鋭く振り下ろされ、シルフィードの肩をかすめた瞬間、薄く血が滲んだ。


シルフィードは歯を食いしばりながらも、冷たい目で月影を睨み返した。


「まだ、終わらないわよ…」


痛みを押し殺し、次の動きを狙う。


月影は冷静に刃を引きながら、わずかに口角を上げて呟いた。


「なるほど……貴様も一筋縄ではいかないな。さすがはシルフィード、手強い。」


その言葉に込められた挑発的な響きに、シルフィードの瞳がさらに鋭く光った。


シルフィードは肩の痛みをものともせず、薄く微笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえて光栄よ、月影。だけど、私はまだ終わっていない。」


そう言うと同時に、彼女は素早く身を翻し、鋭い蹴りを放った。


影班の安斎が低く囁いた。


「油断するな。敵の増援が来る可能性が高い。周囲を死角なく固めろ。」


詩乃は冷静に頷きながら、暗闇に目を凝らす。


「異変を察知したら即座に知らせる。絶対に足を止めさせるな。」


二人の緊張感が闘いの場に静かに張り詰めていった。


無線機からアキトの落ち着いた声が響いた。


「屋上南側、異常なし。周囲警戒継続中。だが、敵の動きに注意を。背後からの奇襲に警戒を怠るな。」


玲が即座に応答する。


「了解。影班、アキトと連携を強化。全員、気を抜くな。これが最後の局面だ。」


玲は眉間に薄い皺を寄せながら、静かに呟いた。


「……ここで終わらせるしかない。」


【2025年12月7日(月)午後10時45分/ホテル屋上】


玲は周囲を見渡しながら、低く冷静な声で告げた。


「影班、準備を。シルフィードの動きを封じる。迅牙、月影、安斎、詩乃、連携を崩さずに前進。絶対に隙を作るな。」


玲の声が響き渡ったその瞬間、闇の中から一人の影が静かに現れた。


「……おや、皆さんお元気そうで何よりだね」


黒いレザーコートを翻しながら、彼女はゆっくりと姿を現す。鋭い瞳が周囲を見渡し、微かな笑みを浮かべていた。


「かつて伝説と呼ばれた怪盗、ルミナ――今夜は少しばかりお邪魔させてもらうよ」


ルミナはシルフィードの鋭い目つきを見逃さず、その動きを瞬時に読み取った。


「ふふ、動きが速いけど、甘いわね」


華麗に身を翻し、シルフィードの攻撃を軽やかにかわす。


「ここまでよ、シルフィード」


一瞬の隙を逃さず、素早く手を伸ばして彼女の腕を掴む。


「あなたの動き、もう読まれてる――覚悟して」


シルフィードは一瞬たじろぎ、悔しさと驚きが入り混じった表情を浮かべた。


「なっ……そんな……どうして、こんなに早く私の動きが読めるのよ……!」


その瞳に燃える炎は消えず、なおも抗おうと力を込める。


「まだ、終わってないわ……!」


玲は冷静なまま、わずかに微笑みを浮かべて言った。


「彼女の実力は確かだ。だけど、過信は禁物だよ、シルフィード。これが終わりじゃない。真の勝負は、これからだ。」


ルミナが華麗にシルフィードの動きを封じ、影班の安斎と詩乃が素早く詰め寄る。


安斎が低く言う。

「動ける隙はもうない。大人しく捕まれ。」


詩乃も続けて冷静に告げる。

「これで終わりよ、シルフィード。」


シルフィードは悔しげに息を吐き、そして静かにうなだれた。


玲が静かに近づき、確信を込めて言った。

「これでようやく終わった。あとは、真実を明らかにするだけだ。」


影班メンバーがシルフィードをしっかりと拘束し、周囲の緊張が一気に解けていく。


ルミナは満足そうに微笑み、

「やはり、最後は人の技だね。機械任せじゃない。」


玲は静かに頷きながら、

「これでチームの勝利だ。皆、よくやった。」


闇夜に静かな勝利の空気が満ちていった。


ルミナはゆっくりとシルフィードに近づき、その鋭い瞳をじっと見据えながら、冷静な声で告げた。


「シルフィード、あんたの腕は確かだった。でも、どんなに速くても、どんなに狡猾でも、逃げ場は必ず封じられるものよ。」


シルフィードは悔しげに唇を噛み、わずかに顔を背けた。


ルミナは続ける。


「これからは、私たちの問いに正直に答えることだ。さもなければ、真実は闇のまま終わる。」


背後の玲が静かに頷き、冷静に声をかける。


「協力すれば、道は開ける。抵抗は無意味だ。」


シルフィードは沈黙したまま、ゆっくりとその場に膝をついた。


シルフィードは肩を落とし、深く息をつくが、その瞳はまだ燃えていた。


「……やれやれ、逃げ切れなかったみたいね。でも、これで終わりだなんて思わないで。」


彼女は静かに笑みを浮かべ、ゆっくりとルミナを見据える。


「私はただの泥棒じゃない。伝説に名を刻む女怪盗よ。これからが本番――どんな手を使ってでも、私の獲物は奪い返すわ。」


玲は冷静に返す。


「ならば、あなたのその意志を聞かせてほしい。無駄な争いは避けたい。」


玲はゆっくりと一歩前に踏み出し、落ち着いた低い声で告げた。


「シルフィード。お前の腕前は認める。だが、これ以上好き勝手は許さない。

俺たちは真実と秩序を守るためにここにいる。協力する気があるなら、その道を選べ。」


彼の目は鋭く、それでいてどこか冷静な温かさも含んでいた。


「拒むなら、覚悟を決めてもらう。」


玲は無線に向かって落ち着いた声で報告を始める。


「こちら玲。対象、シルフィードを確保。拘束具も適用完了。抵抗はもうない。

影班と連携し、即座に移送準備に入る。状況は安定、付近の警戒も継続中。以上、報告終わり。」


安斎は無線を通じて玲に報告しながら、周囲の警戒を怠らない。

「玲、こちら安斎。周囲の安全確保完了。脱出経路も封鎖中。異常なし。詩乃も同様だ。」


詩乃は冷静な声で応答する。

「了解。影の動きにも注意を払っている。何かあれば即報告する。」


安斎が背後を振り返りながら、低く呟く。

「まだ油断はできない。最後まで緊張を切らすな。」


詩乃も鋭く頷き返した。

「この一瞬の隙が命取りになるからね。」


ルミナは玲に軽く頷くと、手際よくシルフィードの手首を拘束した。

「……ったく、あたしは家族がいるんですからね。」

そう呟くと、ルミナは静かに闇へと消えていった。


静かな夜空の下、シルフィードは拘束され、影班の面々が周囲を固めている。

玲は遠くを見つめるように静かに言った。


「これで一件落着……だが、真実の扉はまだ半分しか開いていない。

本当の敵は、まだ影の中に潜んでいる。」


彼の鋭い眼差しは、すでに次なる謎へと向けられていた。


【2025年12月8日(火)午前9時30分/玲探偵事務所】


玲は集まった服部一族の面々を見渡し、落ち着いた声で口を開いた。


「昨夜の一連の出来事で、シルフィードを捕らえたのは確かに大きな成果だ。

だが、彼女は単独で動いていたわけではない。背後には、まだ我々が把握していない勢力が存在する可能性が高い。


この先も警戒を怠ることなく動く必要がある。

今後も協力して、この事件の全貌を明らかにしよう。」


その言葉に、一族の面々は静かに頷いた。緊張感と決意が室内に満ちていった。


紫苑は静かに頭を下げ、深い声で応じた。


「玲殿、確かにその通りだ。

我が服部一族も、この件に関しては一切の手を緩めぬ覚悟でいる。

迅牙、月影をはじめ、精鋭たちには引き続き警戒を強化させている。


共にこの闇を晴らそう。」


その言葉に、部屋の空気が引き締まるように感じられた。


安斎は腕を組みながら静かに頷き、低い声で言った。


「俺たち影班も、全力で護衛と情報収集に当たる。

何があっても、この先も絶対に逃がさない。」


詩乃は口元に薄く微笑みを浮かべてから、目を細めて続ける。


「それに、今回の相手はかなり手強かった。

でも私たちが一丸となれば、必ず打ち勝てるはずよ。」


その言葉に、皆の表情が少し柔らぎ、確かな連帯感が芽生えた。


玲は静かに視線を巡らせながら、低く冷静な声で続けた。


「今回の事件は表面的なものに過ぎない。

真実の核心は、まだ誰の目にも触れていない場所に隠されている。

俺たちは今後、より慎重に、しかし確実に足跡を辿らねばならない。」


玲は一瞬間を置いてから、さらに言葉を重ねる。


「油断は禁物だ。敵は次の一手を必ず打ってくる。

だが、俺たちが団結していれば、どんな闇も必ず光に変えられる。」


アキトは背筋を伸ばし、力強く拳を握りしめて言った。


「俺たち影班は、どんなに深い闇でも逃さない。

絶対にシルフィードを二度と野放しにはしない。

今回の失敗は次に活かす。必ず結果を出してみせる。」


その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


【2025年12月8日(火)午前9時45分/玲探偵事務所】


紫苑はゆっくりと顔を上げ、深く息をついてから静かに言った。


「玲殿、そして皆さん――

昨夜は本当にありがとう。

服部一族にとっても、今回の件は見過ごせぬ事態だった。

これからも互いに助け合い、守り合っていきたいと思う。」


その声には誠実さと決意がにじんでいた。


紫苑は穏やかな表情のまま、一人ずつ名前を呼び上げながら言った。


「安斎、詩乃、アキト、玲――

皆のおかげでこの難局を乗り越えられた。

感謝している。これからも共に歩もう。」


一人一人の目をしっかりと見据え、力強く語りかけるその声に、仲間たちの胸に熱い絆が芽生えていくのを感じさせた。


紫苑は続けて、静かに言葉を紡いだ。


「まず、戦闘部隊のリーダー、服部迅はっとり じん

彼の冷静な判断力と抜群の戦闘技術がなければ、今回の任務は成し遂げられなかった。

迅、よくやってくれた。」


迅は少し照れくさそうに軽く頭を下げたが、その瞳には誇りと覚悟が光っていた。


紫苑は続けて名前を呼び上げ、言葉を添えた。


「次に、情報解析担当の服部奏はっとり かなで

冷静沈着に状況を見極め、膨大なデータを読み解くその力は、我々にとって不可欠だ。

奏、君の洞察力がなければ、この作戦は成立しなかった。」


奏は軽く微笑みながら、静かに頷いた。

「ありがとうございます。皆さんのおかげで、最善を尽くせました。」


紫苑は静かな声で続けた。


「そして、隠密行動の名手、服部凛はっとり りん

影のように動き、敵に気づかれることなく任務を遂行する。

凛、君の冷静な判断と素早い動きが、何度も我々を救った。」


凛は無言で軽く会釈し、鋭い瞳が一瞬だけ柔らかく揺れた。

「ありがとうございます。皆のために、これからも最善を尽くします。」


紫苑は最後にこう締めくくった。


「最後に、屋根裏からの支援を担当した服部蒼はっとり あおい

卓越した視力と狙撃技術でチームを守った、頼もしい存在だ。」


蒼は静かに視線を上げ、落ち着いた声で答えた。

「皆の命を預かる責任を果たすだけだ。これからも全力で支援する。」


紫苑は一人ひとりの顔をじっと見つめ、静かに言葉を紡いだ。


「今回の戦いで、皆が示した力と覚悟に感謝する。

我が一族の誇りは、ただ強いだけではない。互いを信じ、守り合う心にあるのだ。」


彼は深く息をつき、さらに続けた。


「これからも共に歩み、どんな困難も乗り越えていこう。

服部一族の未来は、君たち一人ひとりの手にかかっている。」


玲は静かに頷き、落ち着いた声で応じた。


「皆が命を懸けて守ったものがある。

その信頼と絆を絶やすことなく、次の局面に挑まなければならない。

ここからが本当の勝負だ。共に進もう。」


玲は深く息をつき、静かに口を開いた。


「今回の事件はただの一件の強盗ではない。

背後にはもっと大きな組織の影が見え隠れしている。

私たちは今、その核心に足を踏み入れたところだ。

だからこそ、今後は一層の慎重さと連携が必要になる。」


玲はメンバー一人ひとりの顔を見渡しながら、続けた。


「ここで得た情報と経験を活かし、次の動きを決めよう。

全員、覚悟はいいか?」


アキトは椅子にもたれかけ、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「もちろんです、玲さん。

今回だって皆の連携で勝ち取った勝利ですからね。

次も同じように、全員でやり抜きましょう。」


彼の穏やかな声には、確かな自信と仲間への信頼が滲んでいた。


朱音はスケッチブックを胸に抱きしめ、ぱっと顔を輝かせた。


「ねぇねぇ、次はもっと私も役に立てるように頑張るから!

だって…みんな、すごくカッコよかったんだもん!」


その無邪気な言葉に、会議室の空気がふっと柔らかく和んだ。


紫苑は背筋を伸ばし、低くもよく通る声で言い放った。


「この先、どんな困難が待っていようとも――服部一族は共に戦う。

命を賭してでも、この地を、この人々を守り抜く。それが我らの誇りだ。」


その言葉に場の空気が引き締まる。紫苑が話を終えるや否や、朱音は相変わらずの勢いで駆け寄り、彼の腰にぎゅっと抱きついた。


「しおーん! かっこよかった!」


初めてこの光景を目にした服部一族の若いメンバーたちは、まるで稲妻でも落ちたかのように目を丸くし、息を呑んだ。

紫苑は一瞬だけ面食らった表情を浮かべたが、すぐに咳払いをして平静を装った。


紫苑は腰にしがみつく朱音を見下ろし、眉をわずかに上げた。


「……こらこら、じぃじじゃろ。お前は相変わらず遠慮というものを知らんな。」


朱音はにこにこしながら顔を上げ、「だって、しおーんが一番頼りになるんだもん!」と即答。

そのやり取りを見ていた服部一族のメンバーたちは、戦闘では見せない紫苑の柔らかな表情に、さらに驚きを隠せなかった。

中には「……あの紫苑様が、こんな顔を……」と小声で呟く者までいた。


玲はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

しばし静寂が流れ、吐き出す息とともに瞼を開く。


「……次は、もっと深いところまで踏み込む。

 もう二度と、あの夜のような後悔はしない。」


その声には迷いがなく、集まった面々の視線が自然と玲に集まった。

紫苑も腕を組み、わずかに口元を緩める。

朱音は何もわからないながらも、「うん!」と力強く頷いた。


部屋には未来への希望が満ちていた。探偵と忍者の絆は、これからも強く結ばれていくのだった。


【2025年12月8日(火)午後8時00分/報道局・ニューススタジオ】


スタジオの強いライトが、藤堂の引き締まった表情を照らしていた。

原稿を手にしながらも、その眼差しはカメラの奥にいる視聴者へと真っ直ぐ向けられている。


「――今夜、我々は一つの真実をお伝えしなければなりません。

 昨夜、市内の高級ホテル屋上で発生した一連の事件は、単なる侵入や窃盗ではなく、

 精密に計画された大規模な犯行であることが判明しました。」


モニターには、屋上の一部が映し出された静止画と、報道規制でぼかされた影の人影。

藤堂は一拍置き、低く、しかし力強い声で続けた。


「現場では、通称“シルフィード”と呼ばれる女怪盗が制圧され、現在警察の取り調べを受けています。

 しかし、その背後には未だ多くの謎が残されており――

 関係者は『これは序章にすぎない』と証言しています。」


彼は原稿から目を離し、カメラを真っすぐ見据えた。


「我々はこの事件の真相を、最後まで追い続けます。」


スタジオの空気は張り詰め、スタッフさえ息を潜めるほどだった。


藤堂は原稿を机に置き、姿勢を正すと、視線を一切そらさずカメラを見据えた。

その声には、記者としての責務と揺るぎない覚悟が滲んでいた。


「――私たちは、この事件の真実を決して闇に葬らせはしません。

 どれほど深く隠されようとも、必ず光の下へ引きずり出す。

 これは市民の安全と未来を守るための闘いです。

 そして、その闘いから私たちは決して退かない。」


言い終えると、スタジオ内の空気が一瞬静まり返り、

モニターの奥の視聴者にまでその決意が届くような、重い余韻が残った。


「それでは、また次回の報道でお会いしましょう。」


【2025年12月9日(水)午前10時30分/玲探偵事務所】


玲はソファに腰を下ろしたまま、ふと窓の外へ視線を向けた。

冬の光が薄く差し込み、街のざわめきが遠くに聞こえる。

その目は、昨夜の出来事とこれから訪れるであろう新たな局面を静かに見据えていた。


「……嵐の前の静けさ、か。」

口元にわずかな笑みを浮かべ、肩の力を抜く。

「だが、この静けさも長くは続かない……そうだろう?」


玲の言葉は、誰に向けたものでもなく、

まるで窓の外に潜む“次の事件”に語りかけているようだった。


アキトは分厚い封筒を机の上に置き、数枚の写真と地図、そして報告書を丁寧に並べていった。

その手つきは几帳面で、資料が斜めにならないよう何度も位置を微調整している。


「玲さん、これが昨夜押収したシルフィード関係の資料です。」

アキトは淡々としながらも、わずかに緊張をにじませて言葉を続ける。

「……ただ、中身を確認していて気づいたんですが――これ、単なる盗品リストじゃありません。」


玲が視線を向けると、アキトは指で一枚の地図を示した。

「見てください。赤い印……全部、最近不審火があった場所と一致してます。」


その声には、次の事件の匂いを嗅ぎ取った者特有の、抑えきれない鋭さがあった。


朱音は椅子から勢いよく立ち上がり、ぱたぱたと机の横まで駆け寄った。

彼女の手にはいつの間にか持ってきたスケッチブックがあり、表紙には色鉛筆の跡がまだ新しい。


「それ、あたしも知ってる!」

朱音は目を輝かせてアキトの地図を覗き込み、指である一点を示した。

「ここ、この間スケッチしてたときに、怪しい黒い車が停まってたんだよ。すっごく低い音で“ブーン”って動いて……」


アキトが驚いたように朱音を見る。

「黒い車……?」


朱音は大きく頷き、さらに身を乗り出して言った。

「しかも、運転席にいた人、ずっとこっちを見てた。目、細くて……ちょっと怖かったけど、覚えてる!」


玲は微笑みながらも真剣な眼差しで朱音を見つめた。

「朱音、それは重要な手がかりだ。詳しくスケッチで再現してくれるか?」


「うん! 任せて!」

朱音は嬉しそうに頷き、早くも鉛筆を取り出して描き始めた。


玲はゆっくりと振り返り、柔らかな笑みを浮かべながら優しく答えた。


「ありがとう、朱音。君の観察力は本当に頼もしいよ。こうした小さな気づきが、大きな謎を解く鍵になるんだ。」


彼は朱音の肩に軽く手を置き、励ますように続けた。


「君のスケッチがあれば、チーム全員が現場の状況をもっと鮮明にイメージできる。みんなで力を合わせて、必ず真実にたどり着こう。」


玲たちの探偵活動は新たな局面へと進み、今日も静かに、しかし確かな一歩を踏み出していくのだった。


■【玲探偵事務所/玲】


玲は机に向かい、資料をじっと見つめながら静かに語り始めた。


「真実はな、いつだって表に出るとは限らないんだ。闇に隠されたままのことも多い。だけど、だからこそ俺たちは諦めちゃいけない。」


彼は目を伏せながらも、強い決意を込めて続ける。


「誰かが必ず見つけ出す。俺たちが、その誰かであり続けるために、動き続けるんだよ。」


玲の声には揺るがぬ覚悟が宿っていた。


■【玲探偵事務所/アキト】


アキトは机の上に並べた変装用の帽子や眼鏡、通信機器を一つずつ丁寧にケースへ収めながら、小さく息をついた。


「……次はもっと上手くやってみせる。」


彼は自分の手を見つめ、拳をゆっくり握りしめる。


「負けるわけにはいかないからな。あの夜の緊張も、悔しさも、全部忘れずに次に活かす。」


その瞳には、すでに次の潜入作戦への静かな闘志が宿っていた。


■【玲探偵事務所/朱音】


朱音は机に肘をつきながら、小さなメモ帳に一生懸命ペンを走らせていた。ページには「聞き込みは笑顔で」「現場では足元も見る」「メモはすぐに!」と、可愛らしい字でぎっしりと書き込まれている。


「玲さんみたいに事件を解き明かしたい!」


彼女は顔を上げ、瞳をきらきらと輝かせた。


「もっと勉強しなくちゃ!……よし、次は推理クイズで練習だ!」


小さな決意を胸に、朱音はまたペンを握り直した。


■【服部一族/紫苑】


紫苑は静かに腕を組み、窓の外に広がる冬空を眺めていた。

頭の中には、あの夜の屋上戦が鮮明によみがえる。迅の鋭い突撃、奏の迅速な情報解析、凛の影のような動き、蒼の正確無比な援護射撃――すべてが噛み合って勝ち取った勝利だった。


「今回の連携が次への布石だ」


低く、しかし確かな響きを持つ声が部屋に広がる。紫苑は一同に視線を移し、ゆっくりと続けた。


「皆の力を借りて、守るべきものを守り抜く。それが、我ら服部一族の使命だ」


部屋の空気は引き締まり、仲間たちの目には誇りと決意が宿っていた。


■【影班/安斎】


安斎は暗がりの一角で、愛用のダークグレーのロングコートの襟を直しながら、腰の装備ポーチを一つひとつ確かめていた。

金属の小さな擦れる音と、呼吸の音だけが静寂を破る。


「……情報の隙を見逃さず、次の任務へ備える」


低く抑えた声が、闇の中に沈んでいく。

彼は最後に拳銃の安全装置を確認し、視線を上げた。


「俺たちの影は消えない――どんな場所でもな」


その瞳は夜の奥底のように冷たく、それでいて確固たる意志を宿していた。


■【影班/詩乃】


詩乃はテーブルの上に短剣と小型の毒物処理キットを並べ、指先で刃を丁寧に磨いていた。

刃先が光を受けて淡くきらめき、彼女の紫色の瞳に一瞬映り込む。


「……見えない場所で動くのが、私たちの仕事」


静かな口調だが、その声には確かな誇りが宿っている。

布で最後の汚れを拭い取り、短剣を鞘に収めた。


「今回も成功して良かった――でも、油断はしないわ」


そう呟くと、詩乃は暗色のマスクを整え、再び影の中へ溶け込んでいった。


■【影班/成瀬】


成瀬はビルの縁に腰を下ろし、遠くで瞬く街灯をじっと見つめていた。

夜風が漆黒の戦闘服を揺らし、灰色の瞳がわずかに細められる。


「……守るべき人がいる限り、俺はここにいる」


低く落ち着いた声が、静寂の中に溶けていく。

ふっと口元にわずかな笑みを浮かべ、視線を夜の街に戻した。


「影は決して薄くならない――それが、俺の存在理由だ」


成瀬は立ち上がり、無音のまま闇に姿を消した。


■【報道局/藤堂】


藤堂はデスクに深く腰を掛け、最後の一文をキーボードに打ち込むと、ゆっくりと指を離した。

パソコンの画面には、事件の真相を綴った記事が完成している。

彼は小さく息を吐き、満足げに画面を見つめた。


「……真実を伝えるのが俺の使命だ」


眼鏡の奥の瞳が静かに光る。

「今回の取材で、また一歩……あの日の約束に近づけた」


そう呟くと、藤堂は原稿を保存し、次のニュースファイルを開いた。


小田切は取り調べ室の冷たい机に両手を置き、深くうなだれていた。

蛍光灯の光が彼の顔を淡く照らし、その影が壁に落ちる。

静まり返った空間の中、彼はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐ前を見据えた。


「……もう二度と、過ちは繰り返さない」


その声には、後悔と決意が入り混じっている。

「償いの日々を……生きる。それが、今の俺にできる唯一のことだ」


握りしめた拳が、小さく震えていた。


■【ゲストハウス/館長】


ゲストハウスの館長は、ロビーの防犯モニター前に立ち、スタッフたちに新しいセキュリティ計画の資料を配った。

指先で画面を指し示しながら、落ち着いた声で言う。


「……信頼を取り戻すのは、簡単なことじゃない」


スタッフの視線が真剣に館長へ向けられる。

「だがな、それでも挑戦し続ける価値がある。今回の出来事を、必ず未来への糧にするんだ」


館長の表情は厳しくも、どこか温かかった。


【シルフィード/深夜/牢屋の一室】


薄暗い牢屋の中、シルフィードは冷たい鉄格子のそばに立ち、窓の外に広がる夜景を静かに見つめていた。

その瞳には悔しさだけでなく、どこか揺るがぬ決意が宿っている。


「玲……今回は負けたけれど」

小さく息を吐きながら、彼女は口元に微かな笑みを浮かべる。

「でも、私の風は止まらない。次はもっと速く、もっと華麗に──必ず舞い戻ってみせるわ」


鉄格子越しに遠く煌めく街灯の灯りを見つめながら、彼女の頭の中ではすでに次の計画が緻密に描かれていた。

「新しい風を起こすのは、私しかいない……」


シルフィードはそっと拳を握りしめ、暗闇の中で静かに誓いを立てた。


それぞれが事件の爪痕を胸に刻み、しかし新たな未来へと力強く歩み出していった。

【玲のスマートフォン画面】


件名:【重要】黒い車の目撃情報について


差出人:朱音(玲探偵事務所)


本文:

玲さん、こんにちは。

シルフィードが逃走時に使ったと思われる黒い車の絵を描いてみました。

あの夜に見た光景を思い出しながら描いたので、参考になればと思います。


添付ファイル:黒い車のスケッチ画像


この車は普通のセダンだけど、ナンバープレートの一部が隠されていて、運転席側のドアに小さな傷があります。

これが次の捜査のヒントになればいいのですが……。


朱音より



玲は画面をじっと見つめながら、つぶやいた。


「ありがとう、朱音。君の目と感性が、また一歩真実に近づけてくれる。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ