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87話 真実の向こう側から

【主要登場人物】


◆ 玲

•玲探偵事務所のリーダー

•冷静沈着な探偵でチームを牽引


◆ アキト

•玲の助手(19歳)

•潜入や変装が得意


◆ 朱音

•小学生で好奇心旺盛

•鋭い直感が事件解決の鍵


◆ 奈々

•玲探偵事務所の分析担当

•デジタル解析のエキスパート


◆ 館長

•ゲストハウス管理者

•防犯対策強化と信頼回復に尽力


◆ 小田切

•元スタッフで犯人

•動機を認め、反省と償いの決意あり


◆ 藤堂

•報道局記者

•事件の真実を世に伝え、社会の闇を追う

【2025年11月18日(水)午後7時03分/岐阜県・郊外の古民家ゲストハウス「風凛館」】


冷たい秋風が木々の葉を揺らし、静かな夜を包み込んでいた。リノベーションされた古民家は、伝統的な木組みを残しつつもモダンなインテリアが調和している。

窓の外では、かすかに虫の声が響き、館内の暖かな明かりと対照的に、ひんやりとした空気が漂う。来訪者たちは談笑したり、本を読んだり、ゆったりとした時間を過ごしていた。

階下の共有スペースからは、数人の声がかすかに漏れ聞こえ、夜の静寂にまじって小さな物音が響く。スタッフが客の要望に応えながら、丁寧に館内を巡回し、穏やかなひとときを演出していた。

一方で、訪れた誰もが感じることのない、館の奥深くに潜む秘密の気配が、静かな夜を暗く包んでいるのだった。


廊下の静寂を破るように、鋭い金属音が響き渡った。まるで重い鉄の棒が硬い床に打ち付けられたかのような、冷たい響きだ。

「……っ!」誰かが床に倒れ込む鈍い衝撃音が続き、かすかに苦しげな呻き声が漏れた。声はか細く、かすれた呼吸のように途切れ途切れだった。


館内にいたスタッフたちが一斉に駆け出す。

「ど、どうした!?誰か倒れたのか?」声が飛び交い、緊張が走る。

「聞こえた?あの音……」若い女性スタッフが顔をこわばらせながら言う。

「誰か、応答してくれ!」と、玄関近くにいた男性が声を張り上げた。


その先の廊下の奥から、かすかに呻き声が続く。誰もが息を飲み、足音を忍ばせて音のする方向へ向かっていった。


【2025年11月18日(水)午後7時15分/岐阜県・郊外の古民家ゲストハウス「風凛館」二階・和室】


若い女性スタッフは息を切らせながら、和室の扉の前に立っていた。手には震える指で携帯電話を握りしめている。


「館長、お願いです!中に誰かいるんですけど、扉が内側から鍵がかかっていて開けられません……!」

彼女の声は震え、焦燥が滲んでいた。


廊下の向こうから館長が駆け寄り、扉を見つめる。

「落ち着け。何があったんだ?」


スタッフは振り返り、言葉を詰まらせながらも続けた。

「さっき廊下で金属音がして、誰かが倒れたような音が……。それで急いで来たんですけど、中の様子が全然わからなくて……」


館長は少し深呼吸し、扉を何度か軽くノックしながら言った。

「大丈夫か?返事をしてくれ」


返事はなかった。


館長はポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

「とにかく開けるぞ、みんな離れてくれ」


緊張が張り詰める中、館長がゆっくりと鍵を回し始めた。


扉がゆっくりと開くと、和室の中央に一人の男性が倒れていた。

彼の顔は青ざめ、まるで息をしていないかのように静かに横たわっている。


館長が駆け寄り、男性の肩を優しく揺すった。

「……大丈夫か?」


しかし、男性はびくりとも動かず、冷たい沈黙が部屋を支配した。


スタッフの女性が震え声で言った。

「息をしてないみたい……誰か、救急車を呼んでください!」


館長は落ち着いた声で応えた。

「すぐに連絡する。お前はその場を動かすな、他のスタッフに知らせてくる。」


部屋に残された静けさの中、男性の無表情な顔が一層不気味に感じられた。


【2025年11月19日(木)午前9時12分/玲探偵事務所】


玲がいつものデスクに向かい、書類に目を通していると、突然電話が鳴った。

受話器を取り上げると、落ち着いた若い男性の声が静かに響いた。


「玲さんですか?岐阜県郊外のゲストハウス『風凛館』から電話しています。私、館のスタッフの佐藤と言います。昨夜、館内で男性が倒れているのを発見しました。警察が入っていますが、どうも不可解な点が多くて…ぜひ調査をお願いしたいのです。」


玲は落ち着いて答えた。

「詳しい状況を教えてくれますか?今どこにいるのですか?」


佐藤は少し間を置いてから言った。

「今は館内にいます。被害者は二階の和室で倒れていました。外からの侵入はなさそうで、密室状態です。警察も困惑しているようで、あなたの助けが必要です。」


玲はメモを取りながら答えた。

「わかった。すぐに向かう。詳しい情報は後でメールで送ってほしい。」


「ありがとうございます。お待ちしています。」佐藤はそう言い電話を切った。


玲は手早く朱音とアキトに声をかけた。

「新しい依頼だ。準備を急ごう。」


【2025年11月19日(木)午前10時05分/玲探偵事務所】


玲が電話を切ると、すぐ隣にいた朱音が興味津々で身を乗り出した。


「また現場調査?今回はどんな事件なの?」


玲は書類を片手に静かに答えた。


「岐阜の郊外にあるゲストハウスで、男性が倒れているのが見つかった。密室状態で、警察も謎だらけらしい。」


朱音の目が大きく見開かれた。


「密室?それって謎解きみたいで面白そう!私も行っていい?」


玲は微かに笑いながら答えた。


「もちろんだよ。今回はアキトも一緒に行く。準備を始めよう。」


朱音は嬉しそうにうなずいた。


「よし、早く行こう!」


【2025年11月19日(木)午前11時30分/風凛館・エントランス】


風凛館は、歴史ある洋館を改装したゲストハウスだ。重厚な木製の扉がゆっくりと開き、玲と朱音が静かに一歩を踏み入れた。


館内は古い木の香りが漂い、改装されたとはいえ時代の重みが感じられる落ち着いた空間が広がっている。


朱音が周囲を見回しながら口を開いた。


「すごいね…古いけど、どこか温かみがある感じ。」


玲は鋭い目で周囲を観察しつつ答える。


「この館の歴史や構造が、今回の事件の鍵になりそうだ。油断は禁物だよ。」


その時、受付カウンターの奥から館長が現れ、ふたりに軽く会釈した。


「玲さん、朱音さん。お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」


玲は軽く会釈を返し、朱音の肩をポンと叩く。


「よし、調査を始めよう。」


一方、控室の薄暗い隅で、アキトは手早く帽子と眼鏡を身につけていた。彼の動きは慣れており、まるで別人のように変装を完成させていく。


カバンから小型の端末を取り出すと、画面をスクロールしながら監視カメラの映像をチェックし始めた。


「ふむ……この時間帯の映像はほぼクリアだな。誰か怪しい動きがないか探ってみよう。」


隣にいたスタッフに向かって、さりげなく声をかける。


「君、あの廊下の監視カメラ、死角はないか?何か見落としてることがあれば教えてほしい。」


彼の声は落ち着いているが、眼差しは鋭く現場を見据えていた。


【同日・正午過ぎ/風凛館・廊下】


玲と朱音は静かな廊下を歩きながら、細部に目を配っていた。朱音は壁に設置されたスマートロックの操作パネルに指を滑らせ、画面をじっと見つめる。


「ねえ、玲さん。これって外からも操作できるんだよね?誰かが遠隔で鍵を開け閉めできた可能性もあるのかな?」


玲はうなずきながら答えた。


「その通りだ。監視カメラの映像と連動している可能性も高い。操作履歴を解析すれば、犯行時刻の鍵の動きを突き止められるかもしれない。」


朱音は真剣な表情で言った。


「なるほど。じゃあ、操作履歴を詳しく見てみよう。何か手がかりが見つかるかもしれない。」


玲は軽く笑みを浮かべて言った。


「期待してるよ、朱音。」


【同日・正午過ぎ/風凛館・廊下の端】


アキトは素早く配達員の制服に身を包み、厚手のカバンを肩にかけていた。歩きながら周囲のスタッフの動きをじっと観察する。


「あの……お忙しいところすみません。ちょっとだけお話を聞かせてもらえませんか?」


近くにいた若い女性スタッフが振り返り、少し警戒した様子で応えた。


「配達の方ですか?…ええ、何か用ですか?」


アキトはにこやかに笑い、声を落としながら言った。


「はい、風凛館の設備について少し確認したくて。最近、何か変わったことや不審なことはありませんでしたか?」


女性は少し考え込み、やがて口を開いた。


「正直に言うと…最近、館の中で変な音がしたり、誰かが見ているような気がしたりして、ちょっと怖いんです。」


アキトはうなずきながら、さらに詳しく聞き出そうとした。


「それはいつ頃からですか?どんな音でしたか?」


女性は少し顔を曇らせて答えた。


「ここ数日です。廊下の奥から金属がぶつかるような音とか、扉の開閉音が何度も聞こえて…夜は特に怖いです。」


アキトはメモを取りつつ、優しく声をかけた。


「ありがとう。君の話はとても役に立つよ。」


【午後1時15分/風凛館・監視室】


アキトは静かに監視室の隅にある椅子に腰を下ろし、配達員の制服を脱ぎ捨てる。カバンからイヤホンを取り出し、耳に装着した。


無線機のスイッチを押し、低い声で玲に報告を始める。


「玲、配達員に変装してスタッフに話を聞いてみた。数日前から廊下の奥で金属音や扉の開閉音が頻発しているらしい。夜間は特に不安を感じているようだ。」


しばらく静寂が流れ、玲の声が無線から返ってきた。


「ありがとう、アキト。重要な手がかりだ。引き続き周囲の様子を観察しつつ、他のスタッフにも接触してくれ。」


アキトはうなずき、監視カメラの映像を見つめながら答えた。


「了解。動きがあればすぐに報告する。」


【2025年11月19日(木)午後2時45分/風凛館・旧書斎】


玲は薄暗い書斎の中央で、床に散らばった紙片を慎重に拾い集めていた。紙の端が破れているものもあれば、墨のにじみがあるものもあった。彼の眉は真剣に寄せられ、細かな文字を目で追っている。


朱音は窓際で外の景色をじっと見つめていたが、玲の動きに気づきゆっくりと歩み寄った。


「玲さん、何か見つかった?」


玲は手を止め、ふと顔を上げて答えた。


「これらは館の旧管理記録の一部らしい。日付や内容が不自然に欠けている部分が多いんだ。何か隠そうとしている気配がある。」


朱音は窓の外を見ながら小声で言った。


「誰かが、ここで秘密を守ってるのかもしれないね。」


玲は頷き、再び紙片を繋ぎ合わせるように並べ始めた。


「この書斎、ただの部屋じゃない。事件の鍵になる場所かもしれない。」


【2025年11月19日(木)午後3時15分/風凛館・玄関ホール】


玄関ホールは高い天井に重厚なシャンデリアがぶら下がり、昼の光が窓から差し込んでいた。古い木の床がきしみ、静寂の中に微かな緊張感が漂っている。


玲がゆっくりと歩みながら言った。


「旧書斎で見つけた資料から、この館にはまだ秘密の通路がある可能性が高い。今日はそこを探そう。」


朱音は小さな手をポケットに入れ、アキトの方を見て微笑んだ。


「アキト、また変装してもらう?」


アキトはカバンを肩にかけながら軽くうなずいた。


「そうだな。今回は配達員の次は、警備員の制服で潜入してみる。怪しまれないように動くから、二人は後ろを頼むよ。」


玲は深く頷き、玄関の重い扉を開けながら言った。


「準備はいいか?隠された秘密を暴くために、ここからが本番だ。」


【2025年11月19日(木)午後3時40分/風凛館・2階廊下】


アキトは管理人風の帽子を深くかぶり、丸縁の眼鏡をかけていた。カバンから小さなメモ帳を取り出し、さりげなく廊下の壁にかかった絵画や照明の位置を確かめながら歩く。


「…ふむ、この辺りの監視カメラは死角が多いな」とアキトがつぶやく。


廊下の角を曲がりながら、アキトは低い声で無線機に向かって報告した。


「玲、2階廊下の監視システムを解析中。死角が数カ所ある。ここなら秘密の動きも気づかれにくそうだ。」


玲の声がイヤホンから返る。


「了解。アキトはそっちの部屋を調べて。俺は裏口の警備を確認する。」


アキトは頷き、足音を抑えながら歩みを進めた。


「この館、やっぱり表には見えない秘密がたくさんありそうだな…」とつぶやき、次の調査ポイントへ向かった。


【2025年11月19日(木)午後3時45分/風凛館・2階廊下】


玲と朱音は階段を静かに上がりながら、ひとつずつ部屋の扉に近づいた。朱音は小さな手で優しくノックをする。


「こんにちは、玲探偵事務所です。少しだけお話を伺ってもいいですか?」


最初の部屋の扉がゆっくりと開き、年配の女性が顔を覗かせた。


「ええ、何かお困りですか?」


玲が穏やかな口調で答える。


「はい、今こちらで起きた件についてお聞きしたくて。何か気になることや変わったことがあれば教えてください。」


女性は少し考えてから言った。


「そうですね…昨夜は何か物音がして、眠れなかったの。けれど、誰も見かけなかったのよ。」


朱音が不安そうに小声で尋ねる。


「何か怖いことあったの?」


女性は微笑みながら首を振った。


「大丈夫よ、小さな子が怖がるようなことは何もないわ。」


玲は深くうなずき、次の部屋へ向かう。


「ありがとう。皆さんの協力が大切ですからね。」


朱音も笑顔で頷いた。


二人は廊下を進みながら、住人たちの反応を確かめていった。


【2025年11月19日(木)午後3時50分/風凛館・2階廊下】


玲と朱音が次の部屋の前で立ち止まっていると、廊下の向こうからカツカツと革靴の音が響いてきた。足音は一定のリズムで、確かな存在感を放つ。


「来たか…」玲が小声でつぶやいた。


朱音はその音に気づき、そっと玲の手を握る。


「お兄ちゃん、誰か来るよ」


足音はだんだん近づき、やがてアキトが管理人風の帽子を深くかぶり、丸縁の眼鏡をかけてゆっくりと二人の前まで歩み寄った。


アキトは低めの声で言った。


「調査は順調だ。館内の様子も把握できている。さあ、次に進もう。」


玲は微かに頷き、朱音にも笑みを向けて答える。


「ありがとう。君の変装も完璧だ。これからが本番だね。」


朱音も小さな声で応えた。


「がんばろう、お兄ちゃん。」


【2025年11月19日(木)午後4時10分/風凛館・地下室前】


アキトは廊下の角を曲がると、薄暗い地下室の重厚な扉が目の前に現れた。木製の扉は長年の湿気でわずかに膨張し、かすかな軋みを響かせている。


彼は静かに帽子を取り、丁寧にポケットにしまい込んだ。そして、カバンから作業用のヘッドライトを取り出し、額に装着する。薄明かりが地下室の扉を淡く照らし出した。


「ここが例の地下室か……慎重に進まないと」アキトは独り言のように呟いた。


イヤホンからは玲の声が届く。


「進展があったらすぐ連絡してくれ。こちらは朱音と一緒に別ルートを調べている。」


アキトは応じる。


「了解。これから中に入る。何かあればすぐ報告する。」


その後、アキトは扉の鍵穴に小型の開錠ツールを差し込むと、静かな機械音が響いた。数秒後、扉がゆっくりと開き、ひんやりとした空気が流れ出した。


——


【同日午後4時30分/玲探偵事務所】


玲は手元のノートパソコンを開き、報道のスペシャリスト・藤堂に最新の状況をメールで報告した。


〈件名〉風凛館事件・現地調査報告


〈本文〉


藤堂様、


現在、風凛館の現地調査を進めております。アキトが地下室への潜入準備を整え、まもなく探索を開始します。館内の監視システムや隠し通路の解析も進行中で、犯行の手掛かりとなる重要情報が得られる見込みです。


朱音も同行しており、直感的な視点からの発見も期待しています。追ってさらなる情報を共有いたします。



返信が来るのを待ちながら、玲は次の行動を練り直していた。


アキトはヘッドライトの光を地下室の隅へと向けた。薄暗い空間の中、古びた床に何かがひらりと落ちているのが見えた。彼はそっとしゃがみ込み、慎重にその小さな紙片を拾い上げた。


「これは……メモか?」彼は細かい文字を読み取ろうと、手元のライトで照らす。


紙には、乱雑に書かれた文字がいくつも走っていた。


「『午後3時 裏口の点検済み 異常なし』『鍵は交換済み』……なんだ、この記録は……?」


その瞬間、イヤホンから玲の声が届いた。


「アキト、そちらの状況は?」


「地下室の隅に紙片を発見。鍵の管理に関するメモらしい。何か手掛かりになるかもしれません。」


——


【同日午後4時22分/玲探偵事務所】


玲が報告を送って間もなく、パソコンの画面に藤堂からの返信が届いた。


〈藤堂からのメッセージ〉


「玲さん、情報ありがとうございます。このメモは管理体制の不備を示唆している可能性がありますね。裏口の点検記録があるということは、裏搬入口の利用や管理に何か秘密があるのかもしれません。今後の調査で必ず押さえておくべきポイントです。現地の安全に気をつけてください。」


玲は返事を読みながら、チームに伝えるべく手早くメモの写真をアキトに転送した。


「すぐに他の部屋も確認し、何か繋がりを探そう。」


了解、敬語抜きで続けるね。



【2025年11月19日(木)午後5時03分/風凛館・応接間】


玲は重厚なソファに腰を下ろし、手元のメモ帳を見つめていた。隣には朱音が座り、疲れた表情だけど、鋭い視線を資料に注いでいる。


「今日みんなと話してみて、事件の輪郭が少しずつ見えてきた気がする」


朱音は小さく頷きながら言った。


「でも、誰かが何か隠してると思う。言葉を濁したり、質問に答えを避けたりしてた」


玲は窓の外を見ながら言った。


「特に管理人の佐藤は、裏口の話になると急に黙り込む。何か事情があるのは間違いない」


朱音は眉をひそめる。


「あの紙片の点検記録も、普通なら見せてもらえないはずなのに」


玲はゆっくりメモ帳を閉じ、真剣な顔で言った。


「明日、佐藤にもう一度話を聞こう。見落としてることがあるかもしれない」


朱音は決意を込めて答えた。


「わかった。私も手伝う」


玲は穏やかに微笑みながら、朱音の頭を軽く撫でた。


「ありがとう。お前の直感は頼りになる」


窓の外からは秋の冷たい風に乗って、かすかな風鈴の音が響いていた。


【2025年11月19日(木)午後5時15分/風凛館・応接間】


玲がスマートフォンを手に取ると、画面に奈々からのメッセージが表示された。


「玲、解析終わった。地下室で見つかった紙片の筆跡は管理人の佐藤じゃない。もっと以前の誰かのものだと思う」


玲は眉をひそめてスマホの画面を見つめる。


「それから、監視カメラの映像データも再解析したけど、明確に映ってる“不審者”の動きには不自然な編集痕があった。誰かが映像を改ざんしてる可能性が高い」


朱音がすぐ隣で身を乗り出した。


「つまり、見えてる映像が全部本当のこととは限らないってこと?」


玲はスマホをしまいながら小さく頷く。


「そうだ。真実を隠すための偽装工作だ。犯人はもっと手強い相手かもしれない」


玲は冷たい目で応接間の窓の外を見つめた。


「奈々、しっかり頼む。俺たちも次の手を考えないとな」


朱音も気を引き締めてつぶやいた。


「絶対、真実を見つけよう」


【2025年11月19日(木)午後5時47分/玲探偵事務所・分析室】


薄暗い部屋に並ぶ複数のモニターが青白い光を放ち、橘奈々は画面に集中してキーボードを叩いていた。解析ソフトが膨大なデータを高速で処理し、彼女の指先が止まることなく動く。


「なるほど……映像の編集痕はここか」と呟き、画面上のタイムラインを細かくズームインする。


「この箇所だけ映像のフレームレートが微妙に変化してる。自然な動きじゃないね」


奈々はヘッドセットのマイクに向かって低く報告した。


「玲、映像の改ざんはかなり巧妙だけど、デジタルの痕跡は消しきれていない。ここから先は肉眼じゃ見つけにくいけど、AI解析で裏の編集も追えるかもしれない」


モニターの一つに解析結果が次々と映し出され、彼女は慎重にパスワード解析の準備も始めていた。


「あと、地下室で拾った紙片の筆跡だけど、以前の管理人の佐藤さんのものじゃない。過去にこの館に関わった別の人物のものだと思う。調査の幅を広げた方がよさそう」


奈々は眉をひそめ、次の指示を待つために呼吸を整えた。


「玲、こちらからも何か新しい動きがあったらすぐ連絡を」


【2025年11月19日(木)午後6時05分/玲探偵事務所・共同室】


奈々が解析室の扉を開けて出てくると、玲と朱音がすでに机を囲んで待っていた。彼女は軽く息を整え、真剣な表情を浮かべながら席についた。


「映像の改ざん、思ったより深刻だった。表面的には事故に見せかけてるけど、細かいところで操作の痕跡が残ってる。特に、地下室の監視映像の一部に不自然なフレーム落ちがあってね」


奈々は資料を広げながら続けた。


「あと、地下室で見つけた紙片の筆跡は、以前の管理人・佐藤さんとは違う人物のもの。過去に関係していた可能性が高いけど、まだ特定できていない」


朱音が身を乗り出し、小声で言う。


「やっぱり、誰かが意図的に隠そうとしてるんだね……」


玲は資料に目を通しつつ、冷静に頷いた。


「これまでの証言も含めて、動機や隠された事実に迫れるはずだ。俺たちがやるべきことは、ここからさらに絞り込むことだ」


奈々は力強く言い切った。


「解析を続ける。新しい手がかりが出たらすぐに知らせる」


【2025年11月19日(木)午後6時05分/玲探偵事務所・共同室】


奈々が解析室の扉を開けて出てくると、玲と朱音がすでに机を囲んで待っていた。彼女は軽く息を整え、真剣な表情を浮かべながら席についた。


「映像の改ざん、思ったより深刻だった。表面的には事故に見せかけてるけど、細かいところで操作の痕跡が残ってる。特に、地下室の監視映像の一部に不自然なフレーム落ちがあってね」


奈々は資料を広げながら続けた。


「あと、地下室で見つけた紙片の筆跡は、以前の管理人・佐藤さんとは違う人物のもの。過去に関係していた可能性が高いけど、まだ特定できていない」


朱音が身を乗り出し、小声で言う。


「やっぱり、誰かが意図的に隠そうとしてるんだね……」


玲は資料に目を通しつつ、冷静に頷いた。


「これまでの証言も含めて、動機や隠された事実に迫れるはずだ。俺たちがやるべきことは、ここからさらに絞り込むことだ」


奈々は力強く言い切った。


「解析を続ける。新しい手がかりが出たらすぐに知らせる」


【同日・午後6時45分/ゲストハウス・スタッフルーム前】


アキトは黒いスーツに身を包み、きっちりとネクタイを締めていた。サングラスをかけ、背筋をピンと伸ばし、まるで別人のような風貌でスタッフルームの前に立つ。軽く深呼吸をしてから、彼は静かにドアをノックした。


「……失礼します。風凛館の外部監査員、斎藤です。スタッフの方とお話しできればと思いまして」


扉の内側から、若い女性スタッフの声が返ってきた。


「はい、どうぞ。お待ちしてました」


アキトはゆっくりと扉を開け、控えめに部屋の中へと足を踏み入れた。彼の表情は真剣そのもので、これから始まる聞き取りに備えていた。


【2025年11月19日(木)午後7時15分/ゲストハウス・厨房前】


アキトは厨房のドアの前で立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をした。手にしたノック音が静かな廊下に響く。


「トントン…」


包丁で食材を切るリズミカルな音が続く中、やがて中から低い女性の声が返ってきた。


「はい、どなたですか?」


アキトは落ち着いた声で応じた。


「外部監査の斎藤と申します。厨房の作業手順について、少しだけお話を伺いたくて…」


ドアがゆっくりと開き、厨房スタッフの女性が顔を覗かせた。彼女の目は一瞬だけ警戒を見せたが、すぐに柔らかくなった。


「どうぞ、入ってください。何か問題でも?」


アキトは微笑みを浮かべながら一歩足を踏み入れ、慎重に話を続けた。


「ええ、特に問題があるわけではありません。ただ、今回の件でいくつか確認したいことがありまして…」


アキトはカバンからファイルを取り出し、中の資料を見せながら言った。


「こちらは、館内で起きた一連の出来事に関する報告書の概要です。最近、何かトラブルや不審な動きはありませんでしたか?」


厨房スタッフの女性は資料に目をやり、少し考え込むように眉をひそめた。


「うーん……特に大きなトラブルはなかったと思いますけど、先週の夜、誰かが厨房に入ろうとしているのを見かけました。普段は鍵がかかってるはずなんですけど、その時だけ扉が半開きで…。」


アキトはメモを取りながら、穏やかに問いかける。


「その時の様子、詳しく教えてもらえますか?誰か知っている人だったとか、服装とか。」


女性はゆっくり頷き、言葉を選びながら答えた。


「そうですね……暗くてよく見えなかったんですけど、男性で、黒いコートを着ていたように思います。それと、足音がとても静かだったのが気になりました。」


アキトはメモ帳に手早く書き込みながら、視線を厨房スタッフに向けた。


「鍵の管理や監視カメラの操作とか、館の設備に詳しい人はいるか?」

厨房スタッフは少し考えてから答えた。


「ええ、監視カメラの管理は主に事務所の男性スタッフが担当しています。名前は…確か佐藤さんだったと思います。鍵の管理は館長さんが厳重にやってるはずですけど、何か問題があったんでしょうか?」


アキトは頷き、ペンを置きながら真剣な表情で続けた。


「佐藤さんと館長さんには、こちらからも確認を入れてみるよ。協力ありがとう。」


【2025年11月19日(木)午後7時45分/ゲストハウス・ロビー】


アキトは薄暗いロビーの壁際にあるソファにゆっくり腰を下ろし、スマホを手に取った。指先が画面を滑り、玲と朱音にメッセージを送る。


「玲、朱音。館内のスタッフから鍵の管理と監視カメラについて情報を得た。監視カメラは佐藤って男が管理していて、鍵は館長が厳重に管理してるらしい。次の動きに備えて準備してくれ。」


そのまま通信アプリで、藤堂に報告の声を届ける。


「藤堂、こちらアキト。館内の状況は徐々に把握できている。だが、鍵とカメラ管理の人間が限られている。何か不穏な動きがあればすぐ知らせてくれ。」


藤堂の返事がすぐに届く。


「了解。すぐに緊急速報を回す。情報の共有を急げ。何かあったら即報告だ。」


アキトはスマホをしまい、深く息を吐いた。闇に包まれた館の中で、緊張が一層高まっていった。


アキトはふと顔を上げると、受付カウンターの向こうで女性スタッフがじっとこちらを見つめているのに気づいた。彼女の瞳には何かを訴えるような、しかし警戒したような光が宿っていた。


「何かあったか?」アキトは軽く微笑みながら声をかける。


女性スタッフは一瞬戸惑いながらも、小さな声で答えた。


「……何でもありません。ただ、何か変だと思って……気になって。」


アキトは優しく頷くと、「大丈夫。君の協力は心強いよ。何か気づいたら、すぐ教えてくれ」と返し、礼を言って受付を後にした。


静かに廊下へ歩き出しながら、心の中で呟いた。


「まだ見えていないものがある。ここからが本番だ。」


【2025年11月19日(木)午後8時10分/ゲストハウス・厨房脇の休憩室】


アキトは壁にもたれかかると、深く息を吸い込んだ。

バッグから取り出したサングラスをそっと顔にかけ、視界が薄暗くなる。


「これで少しは目立たなくなるな…」と呟きながら、

帽子を深くかぶり直し、ジャケットを脱いで軽装に変えた。


まるで配達業者のようなシンプルな格好になった彼は、バッグを肩にかけ、静かに立ち上がる。


「厨房の裏手から外に出て、誰にも気づかれずに動く…

このまま様子を見て、何かあれば即連絡だ。」


アキトは無線機に軽く触れ、小さな声で報告した。

「玲、朱音、準備はいいか?これから一人で動く。」


無線の向こうから朱音の落ち着いた声が返ってきた。

「気をつけてね、アキト。何かあったらすぐに知らせて。」


彼は短く「了解」と答え、扉の影に消えていった。


アキトは休憩室のドアを軽くノックした。

「すみません、ちょっといいですか?」


中から若い男性スタッフが顔を出し、少し驚いた表情で答えた。

「あ、はい。何でしょうか?」


アキトはにこやかに笑いながら言った。

「最近、この館で何か変わったことはなかったか聞きたくてね。スタッフの動きや、設備のトラブルとか。」


男性スタッフは眉をひそめ、思い返すように口を開いた。

「うーん、特に大きなトラブルはなかったと思いますけど……あ、そういえば、厨房の機械の調子が時々おかしいことがありました。でもすぐ直ったんで、気にしてませんでしたけど。」


アキトはメモ帳に素早く書き込みながら、さらに質問を続ける。

「機械の不調、具体的にはどんな感じだった?」


男性は少し考えてから答えた。

「急に動かなくなったり、変な音がしたり……でも誰も詳しくは見てなかったです。忙しい時期だったんで。」


アキトは頷き、ありがとうと告げてドアを静かに閉めた。

「助かったよ。何かあったら、すぐ知らせてくれ。」


【2025年11月19日(木)午後8時45分/ゲストハウス・管理室】


室内は蛍光灯の白い光がぼんやりと広がり、窓の外はすっかり夜の闇に包まれていた。

玲はデスクに向かい、ノートパソコンの画面をじっと見つめている。指先は時折タッチパッドを軽く叩き、画面上の監視カメラ映像を切り替えていく。

朱音は隣の椅子に腰を下ろし、両手を膝の上に置いたまま、静かにアキトからの連絡を待っていた。


やがて、机の上に置かれたスマホが短く震えた。

玲は素早く画面をスワイプし、通話ボタンを押す。

「アキトか。――どうだ、収穫は?」


無線越しに、低く抑えたアキトの声が響く。

『厨房と休憩室のスタッフに話を聞いた。設備トラブルが数回発生してる。特に厨房の機械、時々勝手に止まるらしい。誰が原因かは不明だ』


朱音が身を乗り出し、受話器の向こうに声を投げかける。

「それって、事故に見せかける準備かもってこと?」


少し間があり、アキトが短く答えた。

『可能性は高い。しかも、鍵と監視カメラの操作をできる人間が限られてる』


玲は顎に手を当て、低く呟く。

「となると……犯人の絞り込みは思ったより早くできそうだな」


朱音は小さく頷き、ノートパソコンの映像を覗き込んだ。

「じゃあ、あとは証拠を掴むだけだね」


玲の目がわずかに鋭く光った。

「そのために、これから仕掛ける」


アキトは管理室のドアを静かに閉めると、肩に掛けていたカバンを床に置いた。

金属のバックルを外し、中から黒い布の塊や小物を取り出していく。


朱音が首をかしげながら、椅子から立ち上がった。

「……また変装するの?」


アキトは淡々と頷き、黒いキャップと作業用ベストを手に取る。

「さっきまでの格好じゃ、スタッフの動きが制限される。今度は裏口から入れる“清掃員”だ」


玲が口元だけで笑い、視線をモニターから外さないまま言う。

「相変わらず準備がいいな。まるで現場に住んでるみたいだ」


アキトは道具を手早く身につけ、最後に作業用の手袋をはめる。

「住むつもりはないが、溶け込まないと情報は出てこない」


朱音はその様子をじっと見て、真剣にうなずいた。

「……じゃあ、私たちはここでカバーする。何かあったらすぐ知らせて」


アキトは短く「了解」とだけ答え、静かに管理室を後にした。


【2025年11月19日(木)午後9時15分/ゲストハウス・管理室】


玲はノートパソコンの画面を一瞥し、ゆっくりとデスクから立ち上がった。

背筋を伸ばし、窓の外の闇を一瞬だけ確認する。


そのそばで、朱音が椅子から勢いよく立ち上がり、ぱっと笑顔を見せながら近づいてきた。

「玲さん、次は動くんだよね? 私も一緒に行く!」


玲は軽く首を振りながらも、その瞳に宿る決意を見逃さなかった。

「……危険かもしれない。それでも行く気か?」


朱音は胸を張り、小さく拳を握った。

「だって、あの館で何か起きてるんでしょ? 知りたい。怖くても知りたいの」


玲はわずかに目を細め、短く息を吐く。

「分かった。だが、無茶はするな」


朱音はぱっと笑顔になり、うなずいた。

「約束する。でも、ちゃんと役に立つから!」


玲は口元だけで微笑み、コートを手に取った。

「じゃあ、行くぞ。アキトが戻る前に、俺たちも動く」


【2025年11月19日(木)午後9時40分/ゲストハウス・廊下】


アキトは廊下の角で立ち止まり、帽子を深くかぶり直した。

軽やかな足取りで歩き出しながら、ポケットの中で小さくガムを噛む。

「よし、次は厨房のスタッフに話を聞く。みんな緊張してるけど、俺が親しげな配達員になれば、すぐ打ち解けられるはずだ」


壁に掛けられた古いランプの光が、彼のサングラス越しにゆらりと映り込む。

すれ違う中年の客が怪訝そうに視線を送ったが、アキトは軽く会釈して通り過ぎた。


廊下の奥からかすかに包丁の音と油のはねる匂いが漂ってくる。

「いい匂いだな……腹が減ってる時は聞き込みが進むもんだ」

と、独り言のように呟きながら、厨房前のドアノブに視線を移す。


手をかける寸前、彼は深く息を吸い込み、小声で自分を落ち着かせた。

「自然に、笑顔で。まずは世間話からだ」


【2025年11月19日(木)午後10時15分/ゲストハウス・ラウンジ】


ラウンジは暖色の間接照明に包まれ、窓の外には冷たい夜の闇が広がっていた。

暖炉の火が静かに揺れ、客たちのざわめきはほとんど聞こえない。


玲と朱音が館の調査を終えて戻ると、中央の革張りソファに一人の男が座っていた。

黒縁の眼鏡が光を反射し、端正な顔立ちがさらに引き締まって見える。

ネイビーのスーツを着こなし、手元にはタブレット端末が置かれていた。


「御子柴……来てくれたんだな」

玲が声をかけると、男は視線を上げ、わずかに口元をほころばせた。


「呼ばれれば、どこへでも。今回は警備システムと設備の精査が必要なんだろ?」

低く落ち着いた声が、静かなラウンジに響く。


朱音が椅子に腰を下ろしながら尋ねる。

「設備に詳しいって聞いてるけど……この館、何か変なところあるの?」


御子柴はタブレットを指先で操作し、館内の配線図と監視カメラの配置図を表示させた。

「すでにざっと確認した。監視カメラの映像に“間”がある。データが切り取られた跡だ。それと、地下室のセンサーが二日前から無効化されてる」


玲が鋭く眉をひそめる。

「やはり何者かが仕掛けてるか」


御子柴は短くうなずき、眼鏡のブリッジを押し上げた。

「俺がここにいる間は、出入りも機器も全部見張る。逃げ道は与えない」


朱音は少し緊張した面持ちで、玲と御子柴のやりとりを見つめていた。

彼女の膝の上には、館の簡易見取り図と、今夜聞き込んだ証言のメモが重なっている。


玲探偵事務所のラウンジチームは、静かに次の一手を練り始めた。


【2025年11月19日(木)午後10時15分/ゲストハウス・ラウンジ】


暖炉の火がパチパチと音を立てる中、ラウンジの奥は照明が届かず、影が深く落ちていた。

その影の中、もう一人の男がノートパソコンを前にして指を走らせている。

細身で長身、黒いパーカーのフードを軽く被り、視線は鋭くモニターに釘付けだ。

彼が、この館のシステムに精通し、必要とあればハッキングすら可能なスペシャリスト――水無瀬透。


「……外部アクセスの痕跡、やっぱりあったな」

低い声が、暗がりから響く。


玲が歩み寄ると、透は手を止めずに画面を指し示した。

「ほら、ここの通信ログ。通常の監視サーバーじゃなく、どこか別の中継ポイントを経由してる。しかも暗号化が二重」


御子柴が眉を寄せる。

「つまり、誰かが外部からシステムを覗いてるってことか」


透は口元にわずかな皮肉を浮かべる。

「覗くだけじゃない。すでに一部を消されてる。俺が入った時には半分は削られてたよ」


朱音が不安そうに尋ねる。

「……それって、もう手遅れ?」


透はキーボードを叩く手を止め、朱音の方を見やった。

「半分はな。だけど、残り半分は救える。復元には時間がいるけど――逃げられると思うなよ、ってメッセージは送ってやれる」


玲は小さく頷き、御子柴と視線を交わす。

「御子柴、館内の物理的な監視は任せる。透、お前はデジタル面の包囲を」


「了解。網はもう張ってある。奴がまた触れたら、逆にこっちが居場所を突き止める」

透の指先が再び軽やかに動き始め、画面には流れるようなコードが走った。


こうして、玲探偵事務所の二人のスペシャリストが、館の内と外から包囲を狭めていった。


【2025年11月19日(木)午後10時45分/ゲストハウス・調査室】


調査室の中央に置かれた長机の上には、館内の詳細な間取り図が広げられていた。

壁際のモニターには、スマートロックの管理画面が青白く光っている。

玲はその間を視線で行き来させながら、ペン先である一点を示した。


「……この部屋だ。206号室。鍵の開閉ログが異常だな」

彼はモニターを指でスクロールし、表示された時刻を読み上げた。

「午後8時12分に解錠、その後8時14分に再び施錠……だが、この部屋は今夜、宿泊者がいない」


御子柴が間取り図を覗き込みながら眉をひそめる。

「空き部屋なのに開閉記録……となると、内部のカードキーを持ってるやつの仕業か」


玲は軽く頷き、朱音に視線を向けた。

「朱音、この時間帯にその廊下を通った人、見てないか?」


朱音は記憶を辿るように目を細める。

「……うん、確か、黒いキャップをかぶった人がエレベーターから降りてきて、廊下の奥に消えてった」


玲の目がわずかに鋭くなる。

「それだな。透が見つけた外部アクセスのタイムスタンプとも合う」


御子柴がスマートロックの画面を操作し、追加情報を表示させた。

「……鍵は管理カードじゃなく、マスターキーで開けられてる。普通の従業員じゃ触れない代物だ」


玲は立ち上がり、間取り図を折り畳みながら短く告げる。

「動くぞ。証拠を握られる前に、こっちが先に押さえる」


朱音は緊張した面持ちで立ち上がるが、その瞳には迷いがなかった。

「……わたしも行く。あの人の顔、ちゃんと覚えてる」


玲は小さく頷き、扉の方へと歩き出した。

廊下の向こうでは、静かな館の空気が次第に張り詰めていくのがわかる。


【2025年11月19日(木)午後10時55分/ゲストハウス・206号室前】


廊下は静まり返り、足音がやけに響く。

アキトは片手にメモ帳、もう片手に館の業務用カードキーを持ち、206号室の前に立った。

ドアの表札には「清掃中」の札がかかっているが、夜のこの時間にその札が掛かっているのは不自然だ。


アキトは軽くノックをした。

「こんばんは、館内の設備確認で参りました。少しお時間よろしいですか?」


しばしの沈黙のあと、ドアの向こうで何かが動く気配がした。

低く落ち着いた男の声が返ってくる。

「……誰の依頼だ?」


アキトはにこやかな口調を崩さず答える。

「管理部です。鍵の開閉ログに不具合があったようなので、確認させてもらってます」


チェーンロック越しにドアがわずかに開く。

中から覗いたのは、黒いキャップを深くかぶった男の顔の一部だけだった。

「俺は何も聞いてないが……」


アキトはメモ帳を開き、ペン先でページを軽く叩いた。

「そうですか。でも念のため、こちらの記録だけ確認させてもらえれば」


男は一瞬ためらった後、ゆっくりチェーンを外す。

ドアが開いた瞬間、アキトの目が部屋の奥に向かう。

ベッドの上には、小さな黒いケースとノートパソコンが置かれ、画面には暗号化された通信ログが流れていた。


アキトは自然な動作で部屋の奥を一瞥しながら質問を重ねる。

「今夜、この部屋に入ったのはあなたですか? それとも他のスタッフの方?」


男は眉間に皺を寄せ、視線を逸らす。

「……俺だけだ」


アキトの笑みがわずかに薄れた。

「その割には、さっきこの廊下であなたを見たって証言が出てるんですよ。少し詳しく聞かせてもらえますか」


空気が一段と重くなり、廊下の灯りが静かに揺れた。


【2025年11月19日(木)午後10時56分/ゲストハウス・206号室】


アキトは一歩、部屋の中に足を踏み入れた。

その動きは自然で、まるで点検作業の延長のように見えるが、瞳は鋭く相手を捕らえている。


「……念のため、このパソコンも見せていただけますか」

声は穏やかだが、有無を言わせぬ響きがあった。


男は慌ててノートパソコンの蓋を閉じかけた。

「これは仕事の資料だ。客のプライバシーだぞ」


アキトはカバンから身分証を取り出し、静かに差し出した。

「館の保安担当——臨時ですがね。あなたが何をしているかは、すでに大体察しがついてます」


男の指先がわずかに震えた。

「……何の証拠がある」


アキトは口元にわずかな笑みを浮かべた。

「証拠なら、206号室のカードキーの開閉ログ、監視カメラの死角に入った時間、そして——あなたの使ってる暗号通信の送信先。全部、こちらで押さえてます」


男の顔色が変わる。

「……お前、本当に配達員じゃなかったのか」


アキトは軽く帽子を取り、目を細めた。

「配達員は配達員ですよ。ただし——運んでるのは“情報”です」


部屋の空気が一気に張り詰め、男の喉が小さく鳴った。

外の廊下からは、誰かの足音が近づいてくる。

アキトは視線をそちらに向けながら、低く言った。

「続きは……皆さんお揃いの場で聞かせてもらいましょうか」


【2025年11月20日(金)午前1時15分/ゲストハウス・206号室】


アキトは椅子に腰をかけ、ノートパソコンの画面をじっと見つめていた。

暗い室内、画面の青白い光だけが彼の横顔を照らす。指先は静かだが、タイピングの音は確かに速く、そして迷いがない。


「……やっぱりな。隠してやがった」

画面に表示されたファイル構造をスクロールしながら、低くつぶやく。

「暗号化されてるけど、こんなの半分解読済みだ」


そのとき、背後の廊下から微かな足音が近づいてきた。

アキトは一瞬だけ手を止め、耳を澄ます。

すぐにタイピングを再開しながらも、口元にかすかな笑みが浮かんだ。


——コンコン。

控えめなノック音。


「……開いてる」

アキトが目を離さずに言うと、ドアが静かに開いた。


そこに立っていたのは、黒のジャケットに身を包んだ玲。そして、その隣には眼鏡越しに冷静な視線を送る御子柴理央。

廊下の明かりが二人の背から差し込み、室内の青白い光と交わって、異様な空気を作り出す。


玲が低い声で言った。

「お前、もう核心に手をかけてるな」


アキトは椅子をくるりと回し、二人を見上げた。

「あと数分で、この部屋の持ち主が何を企んでたか全部わかる。……御子柴、バックアップ取ってくれ」


御子柴は無言で頷き、素早くノートPCを覗き込み、ポケットから小型のストレージを取り出した。

「了解。痕跡は残さない」


玲は部屋の外を一瞥し、低く指示を飛ばす。

「じゃあ、俺は廊下を押さえる。——アキト、やれるだけやれ」


アキトはにやりと笑い、再びキーボードに向かった。

「任せろ。……こっから先は、俺の領域だ」


アキトの指が最後のキーを叩き終えると、パソコンの画面に一瞬、複雑な文字列が踊り、その後、静かにファイルの中身が解読されて表示された。


アキトはゆっくりと顔を上げ、苦笑混じりに言った。

「暗号化解除、完了。やつら、ここに重要な証拠を隠してたみたいだ。」


御子柴がそっと隣で頷く。

「素早かったな。これで全データが手に入った。」


玲は真剣なまなざしで言葉を続ける。

「これでようやく核心に迫れる。急ごう。」


アキトはパソコンの画面を見つめながら静かに答えた。

「ああ、次の手がかりはすぐそこにある。」


静かな緊張感の中、三人は新たな展開へと歩を進める準備を整えた。


【2025年11月20日(金)午前1時30分/ゲストハウス・206号室】


玲はノートパソコンの前に座り、画面に映る解除済みのデータをじっと見つめていた。深呼吸をひとつしてから、彼は静かに指を動かし、送信ボタンを押した。


「藤堂。重要なデータの暗号が解けた。これで事件の核心に迫れるはずだ。添付ファイルを送る。すぐに確認してくれ。」


隣で見守るアキトと御子柴に軽くうなずき返す。


「藤堂からの返事を待つ。次の動きを考えよう。」


部屋の薄暗さのなか、彼の声は落ち着いていたが、内側には鋭い緊張が隠れていた。メールは静かに夜の闇に消えていった。

この部屋の男が諦めた瞬間だった。


【2025年11月20日(金)午前1時45分/藤堂の編集室】


深夜の静けさに包まれた編集室。唯一、デスクライトの淡い光が藤堂の顔を照らしていた。彼は息を吐きながら、静かにノートパソコンの画面を開き、玲から届いたメールを慎重に読み始める。


「……事件の核心か……なるほど、これが真実への鍵になるかもしれないな。」


藤堂は指で画面をなぞりながら、言葉をつぶやく。


「玲、よくここまでたどり着いた。これは即刻トップに報告しなきゃ。」


彼はすぐにキーボードを打ち始め、緊急速報メールを作成する。


「関係者各位。重要情報入手。現場状況に重大な変化あり。速やかに対応を。」


深夜の編集室で、藤堂の声は低く確かに響いた。事件の波紋が、一気に広がり始めていた。


【2025年11月20日(金)午前7時30分/ゲストハウス ロビー】


朝の柔らかな陽光がガラス窓から差し込み、ロビーのソファを優しく照らしていた。玲は腕を組みながら、静かに朱音の隣に腰を下ろす。朱音はまだ眠そうな目をこすりながらも、周囲に緊張感を漂わせていた。


「今日も長い一日になりそうだな」玲がつぶやく。


朱音は小さくうなずき、「うん。でも、あの部屋のこと、もっと調べたい。絶対に何か隠れてる気がする」と言った。


その横で、アキトは大きなカバンから別の変装道具を取り出し、慎重に手際よく準備を進めている。


「俺はこれで動く。スタッフにはまだ警戒されてるから、今日はもう一段階慎重に行かないとな」とアキト。


玲が目を細めて、「頼むぞ、アキト。慎重に動いて、何かあったらすぐ知らせてくれ」と声をかける。


朱音も身を乗り出し、「無理しないでね、アキト」と優しく言葉を添えた。


アキトは軽く笑って、「ああ、任せとけ」と応じた。彼の表情には覚悟と緊張が入り混じっていた。


「じゃあ、俺は厨房に行ってくる。何か掴んだらすぐ連絡するからな。」


【2025年11月20日(金)午前9時15分/ゲストハウス・厨房】


アキトは厨房スタッフの制服に身を包み、トレーに皿を載せながら忙しげに厨房内を動いていた。手際よく食器を運びつつ、周囲の様子を細かく観察している。


「ここの流れ、けっこう慣れてきたな……」と小声でつぶやく。


隣で鍋をかき混ぜていた若いスタッフが、「あ、すみません、このソースの温度ちょっと上げておいてもらえますか?」と声をかける。


アキトはにっこり笑いながら、「了解、すぐやるよ」と返し、さりげなく厨房のスタッフ同士の会話に耳を傾けた。


「最近、何か変わったこととかあった?」と、手を止めずに話しかけると、スタッフは少し驚きながらも、


「んー、特には……でも、昨日は深夜に誰かが勝手に倉庫を出入りしてたって話は聞きましたね」とぽつり。


アキトはその言葉に軽く頷き、「そうか、ありがとう。何かあったら教えてくれ」と返し、再び作業に戻った。


玲はロビーのソファに座り、スマホの画面をじっと見つめていた。朱音は隣で少し緊張した様子で無線機を手にしている。


玲が口を開く。


「アキト、今の状況はどうだ?」


無線機のスピーカーからアキトの声が届く。


「厨房の中、スタッフは警戒してるけど自然に振る舞えてる。昨日の夜、倉庫に誰かが出入りしてたって話が出た。今、さらに詳しく探ってみる。」


朱音が無線機を握りしめて少し息を呑む。


「怪しい動き、何かあったらすぐ教えてね。」


玲が微笑んで頷く。


「わかってる。焦らずに進めろよ。」


朱音が小声で呟いた。


「アキト、頼んだよ……」


二人は目を合わせて、それぞれの役割に集中した。


【2025年11月20日(金)午後3時45分/ゲストハウス・玲の部屋】


玲はデスクに腰掛け、アキトからの報告メモを手に取った。薄暗い部屋の中、窓から差し込む午後の柔らかな光が、メモに書かれた文字を淡く照らす。


「夜中に足音がするって…従業員が口にしないのは、ただの噂じゃないな」


玲は静かに呟き、眉間に皺を寄せる。


横に座る朱音が、不安げに声をかけた。


「なんで誰も話さないんだろう…怖いのかな?」


玲は少し肩をすくめて答えた。


「誰かが何か隠してる。巻き込まれたくないから口を閉ざしてるんだろう。だけど、俺たちが真実を見つけないと何も変わらない。」


朱音は小さく頷き、決意の光を宿した目で言った。


「私も力になる。できることは何でもするよ。」


玲はメモをそっと机に置き、窓の外の景色を見つめながら静かに言った。


「これからはもっと慎重に動く。場合によっては夜の調査も必要になるかもしれない。」


朱音も深く息を吸い、強い意志を込めて答えた。


「うん、私もついていく。」


玲は力強く頷き、二人は決意を新たにした。


その時、部屋のドアが軽くノックされた。

「玲、朱音、ちょっといい?」

扉が開き、奈々がノートパソコンを抱えて入ってきた。顔には疲れが滲んでいるが、その目は鋭く光っている。


玲が顔を上げて言った。

「奈々、どうだ?何かわかったか?」


奈々はパソコンをテーブルに置き、すぐに画面を見せながら答えた。

「ログの解析が終わった。夜中に発生していたアクセス異常、誰かがシステムに不正に侵入してる痕跡があるわ。」


朱音が驚いた声をあげる。

「それって…まさか事件に関係してるの?」


奈々はうなずき、少し身を乗り出した。

「間違いない。しかも侵入者は特定の部屋を狙っていた形跡がある。206号室のセキュリティデータが改ざんされている。」


玲は黙って画面を食い入るように見つめ、冷静に言った。

「やっぱり何か隠されてる。これは見過ごせないな。すぐにアキトと連絡を取って、現場で詳しく調べる必要がある。」


奈々は頷き、決意を込めて言った。

「了解。すぐに動くわ。」


【2025年11月20日(金)午後5時10分/ゲストハウス・玲の部屋前の廊下】


玲が部屋を出ると、廊下の先でアキトが待っていた。

彼の白髪混じりのかつらは見事に元館長風で、杖を手にしてゆっくりと歩く様子はまるで別人だ。


玲が軽く苦笑いしながら声をかけた。

「また変装か。今回はだいぶ年寄り役だな。どうだ、その杖は本物か?」


アキトは杖を軽く振りながら答えた。

「本物の杖みたいに見えるけど、実は中に秘密道具が仕込んである。これで警戒心を和らげるつもりだ。」


玲は腕を組み、真剣な目で言った。

「いい感じだ。これで警備の目をかいくぐって、核心に近づけそうだな。」


アキトは杖を軽く地面に突きながら、にやりと笑った。

「さあ、行くか。あの部屋の謎を解くために。」


【2025年11月20日(金)午後5時12分/ゲストハウス・廊下】


玲とアキトが会話を交わしていると、玲のポケットに仕込んだイヤホンから奈々の声が響いた。


「玲さん、今、例のスペシャリストから連絡がありました。館の構造とシステムを完全に解析できるそうです。直接、現地に来られるって。」


玲は軽く頷きながら答えた。

「了解。すぐに連絡を取って、待ち合わせ場所を教えてくれ。」


アキトも興味深そうに顔を向けてきた。

「解析のプロが来るか。これで手がかりが増えそうだな。」


玲は杖を地面に軽く突きながら、冷静に言った。

「油断は禁物だが、頼りになる協力者だ。さあ、準備を急ごう。」


【2025年11月20日(金)午後5時30分/報道局・藤堂の編集室】


夕闇が街を染めるなか、藤堂は静かな編集室でパソコンの画面をじっと見つめていた。玲から届いた最新の調査報告が映し出されている。


藤堂は画面に目を凝らしながら、独り言のようにつぶやいた。

「なるほど……館の内部にまだまだ隠された真実があるか。」


キーボードを軽く叩き、画面に向かって声をかける。

「玲、情報ありがとう。これで動きやすくなった。現地との連携を強化しよう。」


藤堂は深呼吸をして気を引き締め、電話を手に取った。

「報道は真実を追う。あの館の謎を、必ず解き明かしてみせる。」


【2025年11月20日(金)午後7時45分/ゲストハウス・ミーティングルーム】


薄暗い部屋の中、玲、朱音、奈々がテーブルを囲み、事件の資料を広げていた。重苦しい空気が漂う中、扉が静かに開く。


「失礼する」

声とともに、細身でクールな印象の男性が現れた。ミカド・ケイ――館のシステムとセキュリティに精通するスペシャリストだ。


玲は顔を上げ、冷静に言った。

「ミカドか。来てくれて助かる。解析の準備は整っているか?」


ミカドは軽くうなずき、スーツのポケットから小型の端末を取り出しながら答えた。

「もちろん。現地のシステムに直接アクセスし、隠されたログや異常を洗い出す。時間はかからないはずだ。」


朱音は興味深そうに近づき、目を輝かせて言った。

「何か新しい手がかりが見つかるかもね。」


奈々はメモを取りながら静かに付け加えた。

「この館の秘密に、少しずつ光が差してきた気がする。」


玲は頷き、チームの士気を高めるように言った。

「よし、ミカド。頼んだぞ。俺たちも続けて聞き込みを進める。」


ミカドは微かな笑みを浮かべて応えた。

「任せてくれ。」


【2025年11月20日(金)午後8時15分/ゲストハウス・ミーティングルーム】


ミカドは静かにパソコンのキーボードを叩きながら、集中した表情で画面を見つめていた。

モニターには館内の監視カメラ映像がリアルタイムで映し出され、隣のウィンドウにはドアの開閉履歴が時系列で表示されている。


「この映像は昨夜の22時からのものだ。異常な動きがないか詳細にチェックしている」

彼は画面を指さしながら説明した。


玲が身を乗り出し、モニターを見つめた。

「ドアの開閉記録はどうだ?怪しいタイミングは?」


ミカドは指を走らせながらスクロールし、目を細めた。

「21時45分、206号室のドアが短時間だけ開閉されている。だが入退室者のIDは登録されていない。何者かが不正にアクセスした可能性があるな。」


朱音が眉をひそめる。

「その時間に206号室には誰もいなかったんじゃないの?」


奈々がメモを取りながら答えた。

「そう、聞き込みでもスタッフは全員厨房や他のエリアにいたと言っている。謎が深まるばかりね。」


玲は深くうなずき、口元を引き締めた。

「この不正アクセスが事件の核心に繋がるかもしれない。ミカド、引き続き詳細を頼む。」


ミカドは真剣なまま応じた。

「了解だ。次は異常アクセスの発信元を追跡してみよう。」


【2025年11月20日(金)午後9時00分/ゲストハウス・ラウンジ】


アキトは落ち着いた足取りでラウンジの扉を開け、中へと歩み入った。

手には小さなケースをしっかりと握っている。その中には、今夜の変装に使う帽子と眼鏡が収められていた。


「さて、そろそろ次の段階だな……」

彼は自分にそう言い聞かせるようにつぶやきながら、奥のソファへと向かった。


ラウンジは静かで、壁のランプが暖かな光を放っている。

アキトはケースをテーブルに置くと、そっと蓋を開け、中から帽子と眼鏡を取り出した。


「これをかければ、また別人として動ける。時間は限られている。手早く行動しないと……」

彼は帽子を深く被り、眼鏡をかけて鏡の前で微調整をした。


「よし、行くか。誰にも気づかれずに済むように、慎重に動こう。」

アキトは小さく息を吐き、軽やかにラウンジを後にした。


アキトは足音を忍ばせながら、厨房近くのスタッフルームの扉を静かに開けた。


室内は薄暗く、若い女性従業員が机に突っ伏して疲れ切った表情で座っているのが見えた。


アキトはそっと声をかける。

「こんな時間までご苦労さま。ちょっと話を聞かせてもらっていいか?」


女性は驚いて顔を上げ、疲れた目で彼を見つめた。

「ええ、どうぞ……。何か問題でも?」


アキトは優しい口調で続けた。

「最近、館内で不審な音や出来事を見聞きしていないか?些細なことでも構わない。何でも教えてほしい。」


女性はしばらく考え込み、そして小さな声で答えた。

「実は……夜中に誰かが歩く足音が聞こえることがあって、怖くて仕方ないんです。でも、言い出せなくて……」


アキトは真剣な表情で頷いた。

「よく話してくれてありがとう。君の話はきっと調査に役立つ。安心して、君のことは守るから。」


彼の言葉に女性は少しだけ表情を和らげた。


【2025年11月20日(金)午後9時30分/ゲストハウス・裏庭】


薄暗い裏庭の片隅で、アキトはカバンをゆっくりと開けた。

中から黒いフード付きパーカーを取り出し、素早く身にまとった。


手鏡を取り出し、フードの影から自分の顔の一部をじっと見つめる。


「これで多少は怪しまれずに動けるだろうか……」

小さくつぶやきながら、口元に軽く微笑みを浮かべる。


「あとは動きやすさが肝心だ。無駄なく動いて、情報を引き出さないと。」


背後から微かな足音が聞こえ、アキトはすっとフードを深くかぶった。

「さあ、次の聞き込み先へ向かうか……」


そう言いながら、ゆっくりと闇に溶け込むように歩き出した。


【2025年11月20日(金)午後9時45分/ゲストハウス・裏口付近】


アキトはフードを深く被ったまま、そっと裏口の扉をノックした。

「トントン…」


すぐに扉がわずかに開き、疲れ切った表情の中年男性が顔を覗かせた。

「……何だ、こんな夜遅くに?」


アキトは落ち着いた声で応じた。

「こんばんは。配達員の者です。厨房に忘れ物を届けに来たのですが、ちょっとだけ話を聞かせてもらえますか?」


男性は一瞬目を細め、警戒するように周囲を見渡した。

「配達員?……まあ、短い時間ならいいが。何の話だ?」


アキトは微かに微笑みを浮かべながら、慎重に言葉を選んだ。

「館内で何か変わったことはありませんか?最近、夜中に物音がしたとか…」


男性は少し躊躇いながらも、ため息混じりに答えた。

「そういうのはあるな…夜中に誰もいないはずの場所から足音が聞こえたりしてな……でも、言いにくい話だよ。」


アキトは頷き、柔らかい声で続けた。

「ありがとうございます。どんな些細なことでも結構です。安心してください、こちらは守秘義務がありますから。」


男性は一歩扉を開けて、アキトを中に招き入れた。

「わかった。少しだけ話そう。」


裏口を抜けたアキトと中年男性は、薄暗い裏庭の花壇へと歩みを進めた。夜風に揺れる草花の間から、かすかな虫の声が聞こえる。


アキトは穏やかな口調で話しかけた。

「ここら辺で、夜中に変な物音がするとおっしゃっていましたね?」


男性は肩をすくめ、小声で答えた。

「そうなんだよ。特にこの花壇のあたりから、時々バタバタと足音がするんだ。人が歩く感じじゃなくて、何かを探しているような……そんな音さ。」


アキトは視線を周囲に走らせながら、さらに質問を重ねる。

「その音は何時頃に聞こえますか?頻度はどれくらいでしょう?」


「夜の12時過ぎ、時々だな。ここ数週間、何度か聞いた気がする。誰かがここに来てるのかもしれないけど、夜は誰もいるはずないんだ。」


アキトは真剣な表情で頷いた。

「なるほど……では、倉庫の方も見せていただけますか?何か気になることはありますか?」


男性は少し考え込みながらも、ゆっくり倉庫へ向かいながら答えた。

「倉庫の扉、時々勝手に開いてることがあるんだ。鍵はかかってるはずなのに……おかしいだろ?」


アキトは黙って倉庫の扉を確認し、静かに鍵穴を見つめた。

「誰かが不正に鍵を使った可能性も考えられますね。ありがとうございます。詳しく調べてみます。」


男性はため息をつき、ぽつりと言った。

「頼むよ。変なことに巻き込まれたくないからな……。」


アキトは穏やかに微笑み返しながら答えた。

「ご安心ください。必ず原因を突き止めます。」


【2025年11月20日(金)午後10時30分/ゲストハウス・裏口付近】


アキトは物置の影に身を潜めながら、ゆっくりとバッグのファスナーを静かに開けた。

取り出したのは、シンプルな清掃スタッフ用の制服とキャップ。胸元には「ゲストサービス」と記されたワッペンが貼られている。


「次はこの格好で厨房から裏口にかけて動くか……」

と、低い声で独り言をつぶやく。


キャップを被りながら、アキトは顔を上げて辺りを見渡した。

「深夜の動きもカバーできる。さあ、行くぞ。」


軽く息を整え、彼は物陰からゆっくりと歩き出した。


【2025年11月20日(金)午後10時35分/ゲストハウス・廊下】


廊下の照明はところどころ消え、静かな夜勤の雰囲気が漂っている。

給湯室の前で腰を下ろしている若い女性スタッフは、疲れた表情で壁にもたれかかっていた。


アキトは軽く声をかける。

「こんばんは。ちょっといいかな?最近、この館で気になることとか、変わったことはあった?」


女性スタッフは一瞬戸惑いながらも、口を開いた。

「そうですね……。掃除用具がいつの間にか移動してたり、物がちょっとだけ壊れてたりするんです。誰かのいたずらかなと思ってたんですけど、何も言い出せなくて。」


アキトは頷きながらメモ帳を取り出す。

「物が壊れてる?たとえばどんな感じ?」


女性スタッフは小声で答える。

「鍵がかかっているはずの扉が開いてたり、洗剤のボトルが割れてたり……あとは、夜中に何度も電気が点いたり消えたりしてるんです。特に古い方の廊下で。」


アキトは真剣に聞き入り、静かに続けた。

「ありがとう。そういう細かいことも全部大事な手がかりになるから、何かあったらすぐ教えてほしい。」


女性スタッフは安心したように頷いた。

「わかりました。気をつけてくださいね。」


アキトは微笑み返し、立ち上がった。

「ありがとう、助かるよ。」


【2025年11月20日(金)午後11時15分/ゲストハウス・玲の客室】


部屋の照明は落とされ、テーブルの上に置かれたスタンドライトだけが、温かな円を作っていた。

玲はゆっくりと椅子に腰掛け、目の前の書類に視線を落とす。朱音は隣でスケッチブックを抱え、小さな手でペンを走らせていた。


玲が静かに声をかける。

「朱音、今日の調査で気になったことはあるか?」


朱音はペンを止めて顔を上げ、小さな声で答えた。

「うん……みんな、なんだか疲れてるみたい。でも、私、ここにいるみんなが守られてるって感じがするの。」


玲は微笑みながら、スケッチブックの中を覗き込む。

「そうか。君の絵には、いつも不思議な力があるな。」


朱音は少し恥ずかしそうに笑いながら、描いた絵を見せた。

そこには、ゲストハウスの暖かな灯りと、その中で微笑む人々の姿が描かれていた。


玲は目を細め、静かに言った。

「この場所に、君のような存在がいることが、みんなにとって何よりの支えなんだよ。」


朱音はうなずき、またペンを取り戻した。

「うん、もっとみんなのこと描くね。」


玲はそれを見守りながら、静かな夜の中で、少しだけ心が和らいだ気がした。


アキトはゆっくりと腕を組み、目を細めて真剣な表情を浮かべた。


「古株スタッフにもアプローチしてみる。彼らはこの館の隅々まで知っているはずだ。そこから館の構造や、誰も気づいていない抜け道が見つかるかもしれない。」


朱音が小さな声で尋ねる。

「抜け道って、そんなにあるの?」


アキトは軽く笑いながら答えた。

「この手の古い建物はね、表には出てこない秘密が必ず隠されてるんだ。利用する人間によっては、逃げ道にもなるし、逆に侵入の足がかりにもなる。」


玲が近づき、声を落として言った。

「よし、次はそこを重点的に調べよう。みんなの情報を集めて、全体の動きを把握するんだ。」


アキトは力強く頷いた。

「任せてくれ。必ず手がかりを見つけてみせる。」


朱音はペンを走らせながら、ふと二人の会話に耳を傾けた。


「古株スタッフ……抜け道……」小さく呟きながら、スケッチブックの隅に細かく描き込んでいく。


ページの片隅には、黒いパーカーを着た人物が、薄暗い廊下の影にじっと佇んでいる姿が描かれていた。


朱音は少し顔を上げて、玲に声をかけた。

「ねぇ玲さん、この人、さっき廊下で見かけた人じゃないかな?なんだか…気になる。」


玲はスケッチを覗き込み、静かに頷いた。

「確かに。影のように存在して、館のどこかを監視しているような……注意深く見ておくべきだな。」


朱音はペンを置き、決意を込めて言った。

「私も、もっと描き続けてみる。何か見えてくるかもしれないから。」


【2025年11月21日(土)午前9時10分/ゲストハウス裏手・従業員喫煙所】


裏庭の片隅、植え込みに半分隠れた小さな喫煙所は、冷たい潮風とたばこの煙が入り混じり、ひんやりとした空気が漂っていた。


そこに腰を下ろしているのは、白髪がちらほら混じる中年の男性、厨房の古株スタッフ・坂本だった。

制服の袖口は擦り切れ、長年使い込まれたエプロンは彼の勤続年数の長さを物語っている。


アキトは静かに近づき、軽く会釈した。

「坂本さん、お疲れ様です。少しお話を聞かせていただけますか?」


坂本は煙草の火を消しながら、疲れた目を細めて答えた。

「おう、何か用かい?朝早くからご苦労さんだ。」


アキトは優しい口調で続けた。

「この館のことをいろいろ教えてほしいんです。特に、昔から変わったことがなかったか、気になることがあれば…」


坂本はしばらく沈黙した後、低い声でぽつりと言った。

「そうだなぁ…夜中に変な音が聞こえたり、足音が消えたりって話はあったよ。でも、みんなあまり口にしないんだ。昔からそういう“気配”がある館だって、俺は思ってる。」


アキトは真剣な表情で頷いた。

「ありがとうございます。もっと詳しく教えてもらえますか?」


坂本は煙草を手に取りながら、少しだけ表情を緩めて答えた。

「まあ、座って話そうか。ゆっくり話せば思い出せることもあるかもしれないからな。」


坂本はしばらく考え込むように目を細め、やがてポツリと口を開いた。


「換気扇……あの裏の配管を通せば、すぐに隣の部屋に抜けられるよ。」


アキトが目を見開き、すかさず問いかける。


「配管……ですか? そのルートは、普段は使われていないんですか?」


坂本は苦笑を浮かべ、声を潜めて言った。


「……そうだな。昔はあの配管、避難通路として使ってたんだけどな。今は管理が厳しくなって、普通は使わせてもらえない。だけど、構造自体は変わってねぇから、抜け道としては十分機能すると思うよ。」


アキトはその言葉を胸に刻み、静かに頷いた。

「なるほど……情報、助かります。ありがとうございます。」


坂本は辺りを気にしながら、声を潜めて話し始めた。


「この館な、もとは金持ちの別荘だったんだよ。だからな、従業員用の通路とは別に、主だけが使える“隠し廊下”がある。」


アキトが眉をひそめて訊ねる。


「隠し廊下……ですか?」


坂本は小さく頷き、続けた。


「そうだ。表に出てねぇ図面なんだ。誰も知らねぇ。あの廊下を使えば、館のどこからでも密かに移動できるって話だよ。」


アキトはその言葉を受け止め、鋭い目で坂本を見つめた。


「なるほど……その隠し廊下の存在は、今回の事件と関係があるかもしれませんね。」


坂本は低く笑った。


「そうかもしれんな。気をつけろよ、こういう話はあまり表に出すもんじゃねぇ。」


坂本は苦笑いを浮かべながら、腕組みをして続けた。


「ただな、あのスマートロックのシステムが導入される前は、よく業者がショートカットに使ってたらしいんだよ。メンテナンスとか配達とか、あの通路が便利でな。」


アキトが鋭く反応する。


「なるほど。じゃあ今は?」


坂本は肩をすくめて言った。


「今は……システムに詳しい奴がいれば、開けられないこともないだろうな。だけど、普通の従業員じゃ無理だろうよ。」


アキトはその言葉を噛みしめるように呟いた。


「そうか……隠し廊下が事件の鍵を握っている可能性は高いな。」


その言葉を聞いた瞬間、アキトの脳裏には昨日、ゲストハウスのラウンジで初めて会ったあの男の顔が鮮明に浮かんだ。黒縁の眼鏡をかけ、冷静な目で館内の警備システムやスマートロックの細部を淡々と説明していた御子柴理央。彼はこの館のセキュリティに詳しいだけでなく、その監視カメラや施錠システムを巧みに操れる数少ないスペシャリストだ。


アキトは心の中で呟いた。


「スマートロックを無効化し、監視カメラの死角を突く……そんなことができるのは、御子柴理央しかいない。いや、御子柴以外にそんな技術を持つ者はいないはずだ。」


薄暗い喫煙所の冷たい風が、アキトの背筋を一層引き締めた。彼の目は遠くを見据え、これからの動きを慎重に組み立て始めていた。隠し廊下を使った犯行の可能性が高まる中、その鍵を握る人物の存在が、事件の真相を大きく左右するだろうと直感したのだ。


アキトは軽く頭を下げ、作業用バッグを肩に掛け直す。

「助かりました。換気扇、ちゃちゃっと見てきますんで」


彼がその場を離れると、冷たい朝の風にたばこの煙が散っていった。


【2025年11月21日(土)午前9時40分/ゲストハウス・玲の部屋】


軽いノック音がドアから響き、玲は手を止めて視線を上げた。


「入っていい?」


低く落ち着いた声が響くと、作業着姿のアキトが静かに部屋へ滑り込んできた。彼の顔には緊張がにじみ、瞳は何かを確かめるように玲を見つめている。


玲は軽く頷きながらメモを閉じた。


「どうした、アキト? 何か進展があったのか?」


アキトは息を整え、少し間を置いてから口を開く。


「さっき、坂本さんから聞いた話だ。隠し廊下のこと、そしてスマートロックをかいくぐる方法があるかもしれないって……」


玲は眉をひそめ、真剣な表情でアキトを見つめた。


「それが事実なら、事件の核心に迫る手がかりになる。詳しく聞かせてくれ。」


アキトは頷き、机の端に肘をつきながら話し始めた。


「昔は避難通路として使われてたらしいんだ。表向きにはただの配管スペースになってるけど、実際は人が通れるくらいの幅があるってさ。」


彼は声を潜め、さらに続ける。


「スマートロックのシステムが入る前は、業者もよくそこを使ってたらしい。でも今は閉ざされてる。でも……もしシステムをいじれる奴がいれば、通れる可能性があるって話だ。」


玲は軽く息を吐き、顔を上げて真剣に言った。


「つまり、その隠し通路が事件の何かに関わっている可能性があるということだな。」


アキトは力強く頷いた。


「そう。そこを使えば、監視カメラの死角を通ったり、不自然な移動ができるかもしれない。」


【2025年11月21日(土)午前10時05分/ゲストハウス・西棟廊下】


薄暗い廊下に、玲とアキトの足音が静かに響く。壁には時代を感じさせる古い額縁が等間隔で掛けられ、絨毯は微かに湿気を帯びていた。窓の外からは、冬の冷たい風が吹き込む音がかすかに聞こえる。


玲は足を止め、壁に掛かった一枚の額縁を指さした。


「ここも、昔の主が使っていた別荘の面影が色濃く残っているな。隠し通路は、この辺りのどこかに繋がっているはずだ。」


アキトは懐中電灯を取り出し、壁の隅々を照らしながら慎重に歩いた。


「坂本さんの話だと、配管スペースの裏に隠し通路があるらしい。見つけられれば、事件の新しい手掛かりになるかもしれない。」


玲は鋭い目で壁の継ぎ目をじっと見つめた。


「ただの配管じゃない、怪しい継ぎ目だ。触ってみるか?」


アキトは軽くうなずき、手を伸ばして壁の一部を押してみた。


「うん……動く。隠し扉かもしれない。」


二人の表情が引き締まる。新たな謎が、静かな廊下に浮かび上がった。


【2025年11月21日(土)午前10時07分/ゲストハウス・西棟廊下横】


玲が隠し扉を押し戻したその横で、アキトはいつの間にか作業員の制服から、古びた清掃員の姿に変わっていた。色あせた作業エプロンに、使い込まれたモップまでしっかりと抱えている。


玲が驚いた表情で振り返る。


「いつの間にそんな格好に?」


アキトは小さく笑みを浮かべ、モップの柄を肩に担ぎながら答えた。


「さっきの廊下、掃除の担当なら怪しまれにくいだろ?動きやすいしな。少しでも不審がられないように、現場に溶け込むのが大事だ。」


玲は納得しつつ、目を細めた。


「さすがだな。君がいれば、どんな場所でも潜り込めそうだ。」


アキトは軽く頭を下げ、静かに廊下の奥へと足を進めた。


「じゃあ、この清掃員スタイルで先に探ってみる。見つけたらすぐ知らせるよ。」


【2025年11月21日(土)午前10時10分/ゲストハウス・隠し通路入口】


玲が古びた扉の前に立ち、慎重に鍵穴を見つめながらつぶやいた。


「鍵がかかってる。普通の鍵じゃないな……スマートロックの旧型か」


彼は唸るように声を漏らし、扉を軽く押して確かめる。


その隣でアキトはニヤリと笑い、少し身を乗り出して言った。


「じゃあ、あのスペシャリストの出番だな。あいつなら旧型のシステムでも解析できるはずだ。」


玲はアキトの言葉にうなずき、携帯電話を取り出して奈々に連絡を入れた。


「奈々、すぐにカイを呼んでくれ。隠し通路の鍵を解除してもらう必要がある。」


アキトは軽く杖を片手でつきながら、笑みを絶やさずに付け加えた。


「こういう時に頼れるのがいるって、心強いよな。」


【2025年11月21日(土)午前10時32分/ゲストハウス・西棟廊下前】


玲とアキトが古びた扉の前で話していると、背後から軽やかな足音が近づいてきた。


振り返ると、ノートパソコンを片手に抱えた細身の青年が立っていた。


「お待たせしました。カイです。館のネットワークとセキュリティ解析はお任せください。」


カイは冷静な声で言い、手にしたノートPCの画面をちらりと見せる。


玲が目を細めて答えた。


「頼もしいな。これであのスマートロックも突破できるか?」


アキトは微笑みながら軽く頷いた。


「この男の技術なら、きっと大丈夫だ。よろしく頼む。」


カイは静かにうなずき、早速作業に取りかかるため扉のそばへと歩み寄った。


【2025年11月21日(土)午前10時35分/ゲストハウス・西棟廊下前】


「これが問題のロックか…」

カイは壁の木枠部分を一瞥し、静かに呟いた。


そして、ノートPCを無造作に開くと、指先がキーボードの上を滑り始める。


「館のセキュリティシステムは旧型だけど、独自の改良が加えられてるな…ただのスマートロックじゃない。」


画面にはコードとログが高速で流れ、カイの表情は真剣そのものだ。


玲が少し身を乗り出し、声を潜めて言う。

「どれくらいで解除できる?」


カイは一瞬だけ顔を上げて、薄く笑みを浮かべながら答えた。

「慣れた相手なら数分だが…油断はできない。侵入ログも監視カメラも全て監視されてる。慎重に行くよ。」


アキトは腕を組みながら頷いた。

「頼んだぜ、カイ。ここの抜け道が事件の鍵かもしれない。」


カイは再び画面に集中し、静かな戦いが始まった。


アキトは腕を組み、にやりと笑みを浮かべた。


「よし、じゃあ俺は見張りに専念する。怪しまれずに動くのが大事だからな。」


そう言うと、彼は素早くガイドツアースタッフの制服に着替えた。胸には「ゲストサービス」のバッジが光っている。


廊下を通りかかる客や従業員に自然な笑顔で声をかけながら、


「お疲れ様です。館内のご案内は何かご不明な点ありませんか?」


「こっちのイベントホールはお子様連れにおすすめですよ。ぜひお楽しみくださいね。」


そうして周囲の注意を自分から逸らしていく。足取りは軽く、まるで普通のスタッフのようだった。


「カイ、こっちは任せろ。問題があったらすぐ知らせてくれよ。」


彼の目は鋭く辺りを見渡していた。


カイの指先が止まり、彼は軽く息を吐いた。


「解除完了。これでスマートロックは開いた。」


ノートパソコンの画面をちらりと見てから、カイはさらに続けた。


「今から約三十秒間だけ、館内の監視カメラ映像に“空白”を作った。 その間に通過できるはずだ。」


彼は慎重に周囲を見回しながら言葉を紡ぐ。


「タイムリミットは短い。急がないと。」


玲が深く息を吸い込み、目を細めて木枠を押す。


「ここから…進むしかない。」


カチリ――と金属音が響き、壁の一部がゆっくりと奥へ開いた。


ひんやりとした空気が流れ込み、埃の匂いがふわりと鼻をくすぐる。


玲が小声で呟く。


「思ったより狭い。気をつけて。」


アキトが緊張した声で返す。


「了解。監視カメラの“空白”はあと十秒だ。急ごう。」


【2025年11月21日(土)午前10時38分/隠し廊下内部】


足を踏み入れた瞬間、外界とは違うひんやりとした空気が肌を包んだ。

壁は厚い木材で覆われ、古びた塗料が所々剥がれ落ちている。

足元は細い板張りで、踏むたびに小さく軋む音が響いた。


玲が慎重に声を潜める。

「ここ、使われてからかなり経ってるな……埃と湿気が混じって、空気が重い。」


アキトが懐中電灯の光を前方に照らしながら答えた。

「古い別荘の名残だ。昔は秘密の通路として使われてたって話だけど、まさかこんな状態とはな。」


玲は壁のひび割れを指でなぞりながらつぶやく。

「こういう場所で何か見落としたら、もう二度と出られないかもしれない。気を抜くなよ。」


アキトが笑みを浮かべて返す。

「了解だ、相棒。先に進もう。」


数メートル進むと、突き当たりに古びた金属製の扉が現れた。

扉の中央には見慣れない回転式の鍵穴が据えられている。

下部には埃が厚く積もっているが、その中央だけ靴跡で薄くなっていた。


玲が息を呑み、懐中電灯の光を鍵穴に向けて言った。

「これは……使われている形跡だな。誰か最近ここを通ったのか?」


アキトが足元の靴跡をじっと見つめながら答える。

「間違いない。埃が踏み固められてる。だが、この通路は一般には知られていないはずだ。誰か隠れて利用しているのか?」


玲が扉を軽く叩き、耳を当てて音を確かめる。

「中に誰かいるかもしれない。慎重に行くぞ。」


アキトがポケットから小さなライトを取り出し、扉の鍵穴を照らしながら微笑んだ。

「じゃあ、そろそろ俺たちのスペシャリストに出番を頼むときだな。」


カイが扉の金属部分に手を当てて慎重に調べながら、眉をわずかに上げた。

「これ……かなり特殊な鍵だ。普通の出入口じゃなくて、内部専用の管理室に繋がってる可能性が高い。しかも、館の見取り図には載っていない場所だ。」


玲がその言葉に反応し、声をひそめて訊ねる。

「管理室……となると、何を管理しているんだ? 監視カメラのハブか、それとも別の何かか?」


カイはノートPCの画面を素早く切り替えながら答えた。

「まだ断言はできないけど、セキュリティシステム全体の中枢である可能性が高い。ここが突破できれば、館の監視もコントロールできるかもしれない。」


アキトが拳を軽く握り締めて言った。

「なるほど。ここを押さえれば、影響力はかなり大きいな。気を引き締めていこう。」


廊下の静寂を破るように、奥からかすかな金属音が響いた。

カチリ、カチリ……金属が擦れ合うような小さな音が、規則正しく響いている。


玲が息を潜めて耳を澄ませながら、低い声で囁いた。

「……誰か来ている。気配が近い。」


アキトが背筋を伸ばし、周囲を鋭く見回す。

「音の出所はこっちか?足音は聞こえない。もしかして鍵を操作しているのか?」


カイが画面を注視しながら、手を止めて言った。

「警戒しろ。監視カメラの映像も一時的に乱れている。誰か、侵入者がいる可能性がある。」


玲はライトの光を細く絞り、息を潜めた。


【2025年11月21日(土)午前10時42分/隠し管理室前】


カイの端末から軽い「カチリ」という音が鳴り、重厚な金属扉がゆっくりと開き始めた。

扉の隙間から薄暗い室内が覗き込み、冷気がひんやりと流れ出す。


玲が息を潜めて、扉の向こうを覗き込む。

「中は静かだ……機械の低い駆動音だけが聞こえる。」


アキトが懐から小型ライトを取り出し、薄暗い室内を照らす。

「何が待ち受けているかわからない。気をつけて進もう。」


カイは端末をしまいながら、緊張感を滲ませて言った。

「この部屋、館の心臓部かもしれない。重要な情報がある可能性が高い。」


玲が深く息を吸い込み、決意を込めて足を踏み入れた。

「行くぞ。」


玲が一歩踏み込んだ瞬間、奥の机から誰かが勢いよく立ち上がった。

灰色の作業着にキャップを深くかぶった中年男性だ。顔には驚きが走ったが、すぐに警戒心に変わった。


男性は低い声で言った。

「おい、何の用だ?こんなところに勝手に入るなよ。」


アキトは落ち着いた表情で軽く手を挙げながら応じた。

「慌てるな。俺たちは調査で来ただけだ。君に話を聞きたいことがある。」


玲もゆっくりと前に進み、冷静に付け加える。

「ここには何がある?なぜこの部屋は表に出ていない?」


中年男性はしばらく目を泳がせた後、小さく息を吐いて答えた。

「言いたいことはわかる。だが、この部屋のことは口外しないでくれ。ここで起きていることは、外には知られちゃいけないことなんだ…」


言い残すと、脇をすり抜けるように廊下へと消えていった。

その背中を見送りながら、玲が静かに呟く。

「何か、隠しているな…」


扉が静かに閉まると、部屋の薄暗さが一変した。

壁一面に並ぶモニターが次々と点灯し、鮮明な映像が目に飛び込んできた。


玲は画面を見渡しながら、低くつぶやく。

「これは…館の全域を監視しているのか?」


アキトも身を乗り出して覗き込み、驚きを隠せない。

「しかも、通常のカメラだけじゃなくて、従業員用の裏通路や地下搬入口まで映ってる…こんな監視システム、見たことないぞ」


カイが操作パネルをタッチしながら説明する。

「これは特殊なセキュリティシステムだ。単なる防犯カメラじゃなくて、館内の動線や非常口の監視まで細かく管理されている。これがあれば、誰がどこにいるか、リアルタイムで追跡できるわけだ」


玲は険しい表情でモニターを見つめ続けた。

「これだけ監視されていたら、隠れ場所なんてほとんどないってことか…」


玲はゆっくりと端末の画面をスクロールしながら、眉をひそめた。

「……これは完全に裏の監視室だな」


アキトが声を潜めて言う。

「一般の監視室とは別に、ここだけの映像が保存されてるってことか?」


玲は端末のパスワード入力画面を見つめながら答えた。

「そうだ。しかもパスワードが厳重で、普通の権限じゃアクセスできないレベルだ。おそらく館の管理側が極秘で運用している。」


カイがキーボードを叩きながら言った。

「過去1週間分の映像がここにある。タイムラインを遡れば、怪しい動きや不審者も洗い出せるかもしれないな。」


玲は頷きながら、薄暗い部屋の中で改めて気を引き締めた。

「この部屋の存在自体が、事件の鍵になる可能性が高い。何としても隠された真実を見つけ出さないと…」


カイが集中した表情で端末の画面を操作しながら言った。

「ここだ……23時17分、隠し廊下を誰かが通っている。」


画面には黒いフードを深く被った人物が映り、足取りは軽やかで無駄のない動きだ。

玲が眉を寄せて指摘する。

「顔は見えないけど、歩き方に特徴がある…普通じゃない、何か訓練を受けているような動きだな。」


アキトも画面に目を凝らしながら言った。

「背格好も記憶にある……あの時、裏庭で見かけた黒いパーカーの男に似ているかもしれない。」


カイは頷きながら付け加えた。

「こいつが何をしていたのか、この映像だけじゃ分からない。でも確実に事件に関係しているはずだ。」


玲は静かに決意を込めて言った。

「この人物を追うことが、次の突破口になる。」


アキトは鋭い視線で壁の小さな扉を指差しながら言った。

「こっちの扉、何か隠してそうだな。こんな場所にわざわざ小さい扉なんて、普通じゃない。」


玲も目を細めて扉を見つめ、慎重に答えた。

「確かに…普通の監視室なら扉も大きいはずだ。ここは何か特別な機器か、秘密の通路かもしれない。」


カイが端末から顔を上げ、考え込むように言う。

「もしここが通路なら、あの黒いパーカーの男もここを使った可能性がある。確認してみる価値はあるな。」


玲が頷き、静かに立ち上がる。

「よし、慎重に調べよう。何があっても冷静に。」


玲がゆっくりと扉を開けると、埃をかぶった紙のファイルと古びた鍵束が並んでいた。

玲はそっとファイルを手に取り、表紙を指でなぞりながらつぶやく。

「『裏搬入口使用記録』か…こういう記録があったなんて、まったく知らなかったな。」


アキトが眉をひそめ、ファイルをめくる。

「事件当夜のページに、妙に空白がある。ここ、わざと記録を抜いた可能性が高いぞ。」


カイも端末から目を離し、真剣な声で言った。

「記録を消すには相当な権限が必要だ。内部に協力者がいるか、誰かがシステムを操作したんだろう。」


玲が鋭く目を光らせ、慎重に付け加える。

「つまり、この館の裏側には、見えない“誰か”の手が伸びているってことか…」


玲は静かに息を吐き、ファイルを閉じる。

「……ここが事件の核心だ。もう少し証拠を集めるぞ」


カイの指が端末の画面を素早くなぞり、映像が再び早送りで動き出した。

画面には、事件当夜の裏搬入口付近の暗い映像が映し出されている。


カイが声を潜めて言う。

「23時19分、先ほどのフードの人物が通り過ぎた直後に、別の影が映り込んだ。」


玲が画面に近づき、じっとその影を見つめる。

「…人影が、何かを隠すように急いで通っているな。動きが不自然だ。」


アキトも画面に目を凝らし、眉をひそめる。

「こっちの影は服装が見えにくいけど、歩き方からして作業服っぽいな。やっぱり内部の人間かもしれない。」


カイは静かにうなずき、冷静に解析を続ける。

「この時間帯の記録を消したのも、きっとこの人物の仕業だ。誰かが裏から事件に関わっている証拠だ。」


映像の中で、正面からは見えない位置にいる人物の右手首が、非常灯の青白い光に一瞬だけ照らされた。


玲が画面を凝視し、つぶやいた。

「…あの光で腕時計か何かが見えた。あれは…確か特殊なバンドだったはずだ。」


アキトが画面を指さしながら言う。

「普通の腕時計じゃない。特徴的なデザインだ。覚えておけ、後で照合に使えるかもしれない。」


カイも真剣な表情で頷き、解析を続ける。

「非常灯の一瞬の光でも証拠になる。拡大して細部を解析しよう。」


映像を拡大すると、青白い非常灯の光に照らされた右手首のバンドには、明らかに一部が欠けているように見えた。


玲が眉をひそめて言う。

「バンドの一部が欠けている…何かしらのダメージを受けたか、意図的に破損させた可能性もあるな。」


アキトも画面に目を凝らしながらつぶやいた。

「目立つ欠け方だ。普通の使い方じゃあああならないだろう。動きの激しい現場で何かあったのかもしれない。」


カイが静かに頷き、さらに解析を進める。

「これを手掛かりに、同じタイプのバンドを持っている人物を洗い出せるかもしれない。」


アキトは口元を押さえながらも、鋭い目つきで画面を見つめる。

「特徴的だな……これ、従業員リストの中に心当たりがある」


玲が顔を上げ、問いかける。

「誰だ?」


アキトは声を潜めて言った。

「昨日、裏手の喫煙所で話を聞いた古株の厨房スタッフ、坂本だ。腕時計に同じ欠けがあったんだ。あの男、何か隠してる可能性が高い。」


カイも画面から顔を上げ、真剣な表情で付け加えた。

「坂本か……彼の行動履歴と監視映像を照らし合わせてみる必要があるな。」


玲はモニターを睨んだまま短く頷いた。

「よし、裏搬入口の現場に行く」


【2025年11月21日(土)午前11時13分/ゲストハウス裏搬入口】


玲は鋭い目つきで扉を見つめ、静かに言った。

「男か…? 犯人か、それとも何か知っている人物かもしれない。」


アキトも顔をしかめながら頷いた。

「ここを使ったのは確実だ。男の影が映っていた場所と関連がありそうだな。」


玲は扉の錆びた取っ手に手をかけ、慎重に確かめた。

「この裏搬入口、まだ隠された秘密がある気がする。急ごう。」


カイがしゃがみ込み、指先で慎重に粉を採取した。

「これは……摩耗した鍵のかけらか、あるいは古い道具の金属片だな」

彼は粉を指で転がしながら続けた。

「錆びた鉄扉の取っ手にこれだけ残っているとなると、ここの開閉に使われている道具が相当古いか、頻繁に摩耗している証拠だ。」

アキトが隣で腕を組み、少し眉を寄せた。

「つまり、鍵の管理は雑だったってことか?」

カイは首を横に振りながら言った。

「管理は厳しいだろうけど、これだけ古い設備だと日々のメンテナンスで部品の消耗も避けられないんだろうな。」


アキトは周囲を注意深く見渡しながら、変装した作業員姿のまま慎重に近くの防水カバーを外した。


「……これ、公式の監視カメラじゃねぇな」


中から現れた小型カメラを手に取り、じっと観察しながら呟く。


「誰かがこっそり仕掛けた私設のカメラだ。こんな隠し場所にわざわざ設置するとは、相当警戒してる証拠だな」


玲が隣で眉をひそめ、静かに応じた。


「目的は監視か、証拠隠滅のためか……どちらにせよ、このカメラが意味することは深刻だ」


玲が眉をひそめる。

「つまり、犯人は裏搬入口を使う前提でここを監視していた……」


朱音がふと足元に目を落とし、驚いた声をあげた。


「ねえ、これって……靴の跡じゃない?」


玲が朱音の視線に気づき、しゃがみこんで足元を見つめる。


「確かに、埃が薄くなっている部分がある……誰かがここを通った証拠だ」

カイがしゃがみ込み、指先でその部分をそっとなぞる。


玲が近寄り、目を細めて確認した。

「靴の先で払ったみたいな跡だな。しかも最近だ」


朱音も覗き込み、小声で言う。

「じゃあ……まだ近くにいるかもしれないってこと?」


カイは黙って頷き、廊下の奥へと鋭い視線を送った。


【2025年11月21日(土)午前11時19分/ゲストハウス裏搬入口】


鉄扉の前で靴跡をじっと見つめていた玲が、ふと顔を上げた。

──カツ、カツ、と乾いた足音が静かな裏搬入口に響く。


朱音が小さく息を呑む。

「……誰か来る」


カイは素早くポケットから小型カメラを取り出し、撮影態勢に入る。

足音は徐々に近づき、搬入用の細い通路の影がわずかに揺れた。


玲は声を潜める。

「合図したら……そのまま記録を取れ」


そして足音の主が、影からゆっくりと姿を現した──。


彼は油染みのついた厨房スタッフの作業服を身にまとい、キャップのつばを深く下ろして顔を隠していた。

歩みは一定で、こちらに気づいているのかいないのか分からない。


袖口からのぞく右手首には──銀色の金属バンドの腕時計が鈍く光っている。

そのバンドはくすみと細かな傷で覆われ、留め具付近の一部が欠けていた。


カイが小声で呟く。

「……あれだ。映像の人物と完全に一致」


玲は視線を逸らさず、低く応じる。

「確保はまだだ。まずは証拠を押さえる」


その横で、作業員姿のまま潜んでいたアキトがわずかに身を乗り出し、口角を上げた。

「証拠もいいが……あの距離なら、今すぐ声をかけてもいいんじゃないか?」


玲がすぐに首を横に振る。

「焦るな。下手に動けば、ここから逃げられる」


朱音が不安げに玲の袖を掴み、小さく問いかけた。

「……あの人、犯人なの?」


玲は短く息を吐き、朱音の手をそっと外す。

「今はまだ、そうとは限らない。ただ……放してはいけない相手だ」


アキトは低く笑みを漏らし、目を細めた。

「じゃあ――捕まえる準備だけは、しておくか」


【2025年11月21日(土)午前11時46分/隠し管理室】


カイは椅子に深く腰を掛け、ノートPCのタッチパッドを慎重に操作した。

机の端には、印刷した現場写真と静止画キャプチャが整然と並べられている。


モニターには、左右に二つの映像が並んでいた。

左は事件当夜、裏搬入口付近を記録した監視カメラ映像。

右は先ほど裏搬入口で撮影した、厨房スタッフ姿の男の写真。


カイが拡大表示を切り替え、二つの右手首を並べて見せる。

「……欠けたバンドの位置、傷のパターン、全部一致だ」


玲が腕を組み、画面を凝視する。

「間違いないな。映像の人物と、さっきの男は同一だ」


朱音が小声で尋ねる。

「……でも、なんで厨房の人がこんなところに?」


アキトが壁際にもたれたまま、冷笑を浮かべた。

「“厨房の人”じゃなく、“厨房の服を着た人”ってことかもしれない」


玲が短く頷く。

「アキト、あとはお前の出番だ。あいつの口を割らせる」


カイが画面から目を離さず、低く付け加える。

「証拠は揃ってきた。あとは認めさせるだけだ」


【2025年11月21日(土)午後1時07分/ゲストハウス・スタッフ休憩室前】


アキトは廊下の角に身を潜め、カバンを開けた。

中から取り出したのは、大ぶりの黒縁眼鏡と、深くかぶれるキャップ。

「さてと……これでバッチリ変装完了だな」

ひと言つぶやくと、鏡代わりにスマホの画面で自分の顔をチェックする。


そこに映ったのは、無精ひげと眉間のしわを強調した、いかにも気難しそうな中年男性の顔。

普段の若々しい表情とはまるで別人だ。


アキトは深くキャップをかぶり直し、歩調を重くゆっくりに変える。

まるで長年現場仕事に疲れた古株スタッフのような雰囲気をまとって、スタッフ休憩室のドアへと歩み寄った。


──ガチャリ。

中に入ると、壁際の椅子に件の厨房スタッフ姿の男が腰掛けていた。

右手首の銀色のバンドが、蛍光灯の下でかすかに光る。


アキトは自然な動作で向かいの椅子に腰を下ろし、低い声でぼそっと話しかける。

「……あんた、最近ここで妙な仕事してるらしいな」


男が眉をひそめる。

「……何の話だ?」


アキトは視線を逸らし、まるで世間話のように続けた。

「俺にも回してくれよ、その“裏口の仕事”……報酬が悪くないって噂だ」


男の目が一瞬、鋭くなった。

アキトはその反応を見逃さず、薄く笑った。


男はアキトをじっと見つめ、何かを計るように数秒黙り込んだ。

やがて、椅子の背にもたれていた身体を少し前に傾け、声を落とす。


「……わかった。だが、すぐそこに監視カメラがある。用心しろよ」


アキトはわざと気の抜けた笑みを浮かべ、天井をちらりと見上げた。

「カメラ? ああ、あれか」


男の視線を追うと、休憩室の入り口付近に小型カメラが設置されているのがわかる。

しかし、そのレンズ部分には薄く埃が積もっていた。


アキトは肩をすくめて、低い声で返す。

「埃だらけじゃねぇか……どうせ録画はされちゃいねぇよ」


男は眉間のしわを深め、さらに小声になる。

「……あんた、本当に“中”の人間か?」


アキトはキャップのつばを深く下げ、口元だけを見せる形で笑った。

「それは、あんた次第だ」


一瞬の沈黙。

男の目が、ためらいと興味のあいだで揺れ動く。

その表情を、アキトは静かに観察していた。


アキトは、わざと時間をかけて椅子に腰掛けた。

背もたれに軽く寄りかかり、両肘をテーブルにつく。

キャップのつばが影を落とし、表情が半分隠れる。


「……なあ、ここで働いてると、いろんなことが見えてくるもんだな」

アキトは視線を男から外さず、低く響く声で言った。


男はコーヒーを一口飲み、目を細める。

「何の話だ」


「さっき、お前が言った“カメラ”の件だよ」

アキトは軽く指でテーブルを叩きながら続ける。

「録画されちゃ困る場面ってのは……誰にだってあるだろ?」


男の眉が一瞬だけぴくりと動く。

その変化を見逃さず、アキトはさらに声を落とした。


「……俺は、表からじゃなく“裏”から動くのが得意なんだ」


しばしの沈黙。

男はカップを置き、周囲をちらりと見回してから前屈みになる。


「……裏搬入口を知ってるか?」


アキトはわずかに口角を上げた。

「話してみろ」


男の声は、ほとんど吐息のように小さい。

「事件のあった夜……そこを使った奴がいる。表は全部閉まってたが、裏は――鍵が開いてた」


アキトの目が鋭く細められ、手元のカップを指で回した。

「それを、どうしてお前が知ってる?」


男は一瞬、言葉を詰まらせた。

「……俺は、その場にいたからだ」


男は深く息を吐き、視線を床に落としたまま続けた。

「……確かに、監視カメラの死角が多い。普通のスタッフは入れない裏通路だ」


アキトはあえて表情を変えず、顎だけをわずかに引く。

「ほう……裏通路ね」


男は周囲の物音を気にしながら、さらに声を落とす。

「でも……あそこには、誰も知らない部屋が隠されているって話だ」


アキトの指先が止まる。

「誰も知らない部屋……?」


「噂じゃ、鍵は特殊で……管理してるのは数人だけ。事件の夜、その鍵を持ったやつが裏搬入口から入っていったのを見た奴がいる」

男の声は震えているが、語る目だけは妙に確信を帯びていた。


アキトはわずかに身を乗り出し、低く告げる。

「……その“噂”を、俺に全部教えろ。今すぐだ」


男は唇を噛み、再び周囲を確認した。

「……ここじゃ無理だ。人目が多すぎる」


アキトは頷き、わざとゆっくり立ち上がった。

「じゃあ、裏通路で続きを聞こうじゃないか」


【2025年11月21日(土)午後1時30分/ゲストハウス・裏通路近く】


アキトは男と並んで薄暗い裏通路を歩きながら、慎重に問いかける。

「その隠し部屋には、どんなものがあるんだ? 何を隠している?」


男は少し躊躇いながらも、低い声で答えた。

「正直、詳しいことは知らない。ただ…誰も立ち入らない場所で、普段は使われていないはずだ。だが、時々、夜遅くに人が出入りしてるのは見た。」


アキトは眉をひそめ、さらに食い下がる。

「夜遅くに? 何者が?」


男は肩をすくめて答えた。

「わからない。ただ、作業服じゃないヤツだ。フードを被って、顔は見えなかった。裏通路の監視カメラは死角が多いから、バレずに動けるらしい」


アキトは静かに頷いた。

「つまり、その“隠し部屋”は何かの秘密基地みたいなものかもしれないな」


男は小さく笑い、

「そうだな。もし俺なら、あんな場所で何か悪いことをしてる奴らを絶対に見逃さない」


アキトは真剣な眼差しで男を見る。

「協力してくれるか? 俺たちも真実を突き止めたい」


男は一瞬迷ったが、決心したように頷いた。

「わかった……でも、監視カメラには絶対気をつけろよ」


アキトは軽く頷き、歩みを進めた。


【2025年11月21日(土)午後1時45分/ゲストハウス・廊下】


アキトは廊下の壁沿いにそっと歩を進め、足音を極力抑えながら朱音と玲の待つ部屋へ戻った。

ドアの前で一呼吸おき、静かにノブを回して開けると、玲が資料の山から顔を上げた。


玲はアキトを見て小さく頷き、

「どうだった? 何か掴めたか?」


アキトは肩の力を抜きながら、慎重に言葉を選んだ。

「間違いない。裏通路には“隠し部屋”が存在する。鍵は特殊で、管理者は極めて限られているらしい」


朱音が興味深そうに身を乗り出し、

「そんな部屋があったなんて……いったい何が隠されているんだろう」


アキトは窓の外を見つめるように少し間を置き、

「これからその部屋を突き止めて、中の証拠を掴む必要がある」


玲は机の資料を整理しながら力強く言った。

「全員で動こう。ここが事件解決の鍵になるかもしれない」


三人の視線が一つに重なり合い、静かな決意が部屋に満ちていった。


【2025年11月21日(土)午後2時30分/ゲストハウス・システム室】


玲、アキト、カイ、そして男は静かな足音を響かせながら館の一角にあるシステム室へと入った。

部屋の中は冷房が効き、壁一面に並んだモニターと制御パネルが淡く青白く光っている。


玲が端末に手を伸ばしながら言った。

「ここが館全体の監視カメラとスマートロックを管理している場所だ。ここを押さえれば、監視の盲点や裏搬入口の管理状況も丸わかりになるはずだ」


カイが隣の端末を操作し、データベースにアクセスしながら答えた。

「各所のログはこのサーバーに全て記録されている。事件当夜の履歴を引き出せば、何か怪しい動きが掴めるかもしれない」


男は周囲を警戒しつつも、少しだけ笑みを浮かべて言った。

「俺もここに入るのは初めてだ。こんなに監視が張り巡らされているとは…裏の動きを抑えるにはうってつけの場所だな」


アキトがふと男に目をやり、低い声で問いかける。

「お前、本当に協力するつもりか?裏で何か隠しているんじゃないだろうな?」


男は一瞬黙った後、真剣な表情で答えた。

「俺の利益になるならな。だが、ここまで来たら嘘はつけない。真実を暴くために動く」


玲が手元の端末でログを検索しながら言う。

「よし、手分けして当夜の監視映像と出入り記録を洗い出そう。何か見落としがあれば、ここで見つけ出す」


カイが頷き、

「全員、集中しよう。ここが事件解明のカギになるはずだ」


部屋に緊張感が漂う中、彼らは監視システムの解析に没頭した。


奈々がパソコンの前に座り、指を軽快に動かしながらキーボードを高速で叩いている。

モニターには膨大なデータと映像が次々と切り替わっていった。


「ログの解析は私に任せて。怪しいアクセスや改ざん履歴を瞬時に見つけ出すわ」

彼女の声は冷静だが、瞳には鋭い光が宿っている。


「監視カメラの映像と出入り記録を突き合わせて、不自然な点があれば即座に知らせる。妨害工作の可能性もあるから、慎重に調べるわよ」


奈々は一瞬だけ周囲を見渡し、

「時間との勝負ね。隠された真実を暴くためには、一秒たりとも無駄にできない」


その言葉に一同の緊張が一段と高まった。


玲は男の方をじっと見つめ、静かに言った。


「内部事情に詳しい者なら、この館の隅々まで知り尽くしているはずだ。何か見落としていることはないか?」


男は一瞬戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。


「確かに、長く勤めてきたからこそ知っていることは多い。ただ、それが全てじゃない。誰かが巧妙に隠している部分もある……」


玲は眉をひそめ、さらに問いかける。


「その‘隠している部分’とは、具体的に何を指す?」


男は小さく息を吐き、視線を落とした。


「裏搬入口の奥に、誰も知らない秘密の部屋があるらしい。表には出てこない情報や物品が隠されていると言われている」


玲はその言葉に深く頷き、静かに決意を込めて言った。


「ならば、そこを調べるしかない。真実を掴むために」


アキトは腕を組み、眉をひそめながら小さく呟いた。


「そんな秘密の部屋が本当にあるのか…? 俺たちに見せずに、何を隠しているんだ?」


その声には、疑念と警戒がにじんでいた。


奈々は画面から目を離さずに、ニヤリと笑いながら答えた。


「まあ、隠す理由があるから秘密にしてるんでしょうね。さあ、この先が面白くなりそうよ。」


玲は腕組みをしながら頷く。


奈々は画面から目を離さずに、ニヤリと笑いながら答えた。


「まあ、隠す理由があるから秘密にしてるんでしょうね。さあ、この先が面白くなりそうよ。」


玲は奈々の隣に歩み寄り、画面の映像にじっと目を凝らしながら言った。


「この映像……事件当日の夜だけじゃない。数日前から何度も同じ動きが記録されている。何かを隠すために準備していた可能性が高いな。」


アキトは変装用の帽子を手に取り、軽く指先で撫でながら言った。


「こういう時は、慎重に動くしかない。焦って暴けば全部パーだ。俺が直接、裏通路の奴に接触してみる。情報を引き出せれば一歩前進だ。」


朱音は小さく頷きながら、慎重な声で言った。

「気をつけてね、アキトさん。あの場所は何か隠されてる気がする…」


玲もすっと頷き、真剣なまなざしで続けた。

「そうだ。何よりも安全第一だ。無理は禁物。アキトの動きを見守ろう。」


奈々はキーボードを軽快に叩きながら、画面に新しい解析データを映し出した。

「これが、最新のアクセスログよ。裏搬入口周辺の通信記録に異常なパケットが検出されたの。おそらく、誰かが遠隔で何かを操作している。」


彼女は少し眉をひそめて続けた。

「しかも、その通信は特定の時間帯だけ断続的に発生している。事件当夜の23時前後にピッタリ合致してるわ。」


玲は画面から目を離さず、静かに深呼吸をした。

「奈々、解析ありがとう。これで犯人がどこに潜んでいるか、かなり絞り込めそうだ。」


そして、アキトや朱音の方を見て、鋭い目で告げた。

「よし、準備を整えて動こう。時間が勝負だ。急がなければ真実は逃げてしまう。」


三人はそれぞれの役割を胸に刻み、これからの捜査の山場に備えた。


【2025年11月21日(土)午後3時45分/ゲストハウス・裏搬入口前】


アキトはグレーの作業着に身を包み、ヘルメットを深く被っていた。薄く汗がにじむ額を手でぬぐいながらも、表情は冷静そのものだ。


アキトは深呼吸を一つしてから、低い声で呟いた。

「ここが最後の関門だ。慎重に行動しないと…何が待ち受けているかわからない。」


背後から玲の声が静かに響く。

「無理はするな。何かあったらすぐ知らせろ。」


朱音も小声で続ける。

「気をつけてね、アキト…みんなで待ってるから。」


アキトはうなずき、扉に手をかけると、緊張感を胸に静かに押し開けた。


中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。壁の奥からは、かすかな機械音が規則的に響いている。


アキトはゆっくりと足を進めながら、耳を澄ませる。

「……機械の音か。電源はまだ生きているみたいだな。」


彼は周囲を警戒しつつ、声を潜めて続ける。

「こんな場所を隠していたなんて…何を守ろうとしているんだ?」


前方の闇の中で、突然わずかな物音がして、アキトは反射的に身をかがめた。

「気をつけろ……誰かいるのか?」


だが返事はなく、機械音だけが静かに響き続けていた。


そのとき、不意に背後からカツ、カツと足音が響いた。アキトは即座に振り返り、構えをとる。


「……誰だ! そこにいるのか?」


声には緊張が滲んでいるが、冷静さを失わないよう努めていた。


足音はゆっくりと近づき、闇の中から人影が現れた。


アキトは警戒しながらも声をかける。


「名を名乗れ。用件は何だ?」


影はしばらく沈黙した後、低い声で答えた。


「急ぐんだ……ここにいると危険だ。」


アキトはその言葉に疑念を抱きつつも、目を細めて問い返す。


「誰が? 何が?」


背後の闇は再び静寂に包まれ、機械音だけが遠くでかすかに響いていた。

彼の潜入調査が、事件解決の大きな鍵となる予感が漂っていた。


【2025年11月21日(土)午後4時10分/ゲストハウス・裏搬入口奥の管理室】


アキトは狭い管理室の中を見回した。壁には大小さまざまな監視カメラのモニターが所狭しと並び、何時間も録画された映像が次々と再生されている。青白いモニターの光が部屋をかすかに照らし、機械の冷たい音が静寂を切り裂いていた。


アキトはモニターの一つにじっと視線を注ぎ、つぶやいた。


「ここの監視映像は、館全体の死角をカバーしてる……まさか、こんな場所に隠し管理室があったとはな。」


彼は手早く操作盤のボタンを押し、事件当夜の映像を呼び出した。


「映像には、フードの人物とあの男が頻繁に出入りしているな……不自然すぎる。」


アキトはモニターの映像を見ながら考え込む。


「犯人はここを使って館内を自由に行き来していた可能性が高い。誰かが裏で協力している証拠だ。」


一呼吸おいて、彼は決意を込めて言った。


「この映像を手に入れれば、真相に一歩近づける……だが、誰にも気づかれずに持ち出さねばならない。」


アキトはモニターの前で拳を軽く握りしめ、低く呟いた。


「よし、これが奈々から言われていた映像の保管場所か……確かにここなら誰にも見つからずに映像を管理できる。」


彼は周囲を慎重に見渡しながら、端末の操作パネルに指を滑らせる。


「だが、このまま持ち出すのはリスクが高い。映像をコピーする方法を考えないと……」


アキトは決意を込めて続ける。


「時間はない。慎重に動くしかないな。」


アキトはモニターに集中し、指で画面を何度も早送りしながら映像を確認していた。


「ここだ……」

数分間の映像を丹念に見ていると、突然、一人の人物が廊下を通りかかるのが映った。


画面に映る影に目を凝らしながら、アキトは続けた。

「フードを被っている……誰か隠れているようだな。」


彼は息を呑み、さらに映像を停止し指差す。

「この人物の動きが妙に速く、何かを探しているように見える……まさか、あの裏搬入口の秘密と関係があるのか?」


アキトはリモコンを手に取り、画面をズームインさせた。足元の映像が拡大され、細かな動きが鮮明になる。


「……待てよ、足元」

彼は眉をひそめて言う。

「この靴底のパターン、普通の作業靴とは違う。しかも……」


アキトは画面の中の靴跡を指でなぞりながら続けた。

「靴底の一部に擦り切れた跡がある。こいつ、かなり慌てて動いていたな。」


彼は静かに息をつき、再び画面に集中した。

「ここまでくると、ただの通りすがりじゃない。何か隠しているに違いない。」


アキトはすぐにスマートフォンを取り出し、玲へ通話をかけた。ディスプレイに「玲」の名前が表示されると、すぐに通話が繋がった。


「玲、こっちで映像の足元を拡大してみた。靴底のパターンが普通じゃない。擦り切れた跡もある。かなり焦っていた様子だ。」

アキトの声は低く、緊迫感が漂っている。


電話の向こうで玲の声が返る。

「わかった、アキト。足跡の分析結果を急いで共有してくれ。こっちでも動きを追う。」


アキトは頷きながら応えた。

「了解。これから映像をもう一度細かく洗い直す。何か新しい手がかりが掴めるかもしれない。」


通話を切ると、アキトは改めてモニターに集中した。

次の一手が、この謎を解く鍵になる——そんな確信が胸にあった。


【2025年11月21日(土)午後4時30分/ゲストハウス・裏搬入口付近】


アキトは薄暗い裏搬入口付近の廊下を慎重に歩きながら、ポケットから変装用のマスクを取り出した。


「これで顔を隠せば、誰にも怪しまれずに動けるはずだ……」

彼は低く呟き、マスクを顔にそっとかぶせる。


その瞬間、背後から微かな足音が聞こえた。アキトは素早く振り返り、周囲を見渡す。

「油断は禁物だ……」


再び前を向くと、足取りを整えながら静かに歩みを進めた。


彼は深く息を吸い込み、緊張を押し込めるようにゆっくりと扉に手をかけた。


「よし……ここからが勝負だ。」


扉を少しずつ押し開けると、軋む音が静かな廊下に響いた。彼は息を殺し、目を凝らして中を見渡した。


廊下の奥から、規則的な足音がゆっくりと近づいてくる。


アキトは体を壁にぴったりと寄せ、息を潜めながら小さく呟いた。


「……誰だ、あいつは……?」


足音は次第に大きくなり、アキトのすぐ近くまで迫ってきた。


すれ違ったのは、先ほど映像で見た黒いフードを深く被った人物だった。


アキトは心の中で息を呑む。


「間違いない…あいつが裏搬入口に現れた謎の影だ」


黒いフードの人物は一言も発さず、静かに歩き去っていく。


アキトはその背中を見送りながら、低く囁いた。


「このまま見失うわけにはいかない…追うしかない」


そこで何が待ち受けているのか。

緊張の瞬間だった。


【2025年11月21日(土)午後4時35分/ゲストハウス・管理室】


アキトは静かに扉の前に立ち、慎重に周囲を見渡した。

ポケットからスマホを取り出し、玲に向けて低い声で話し始める。


「玲、今、黒いフードの男とすれ違った。まさに映像に映っていたあいつだ。」

スマホを握る手に力を込めながら続ける。


「すぐに合流できるか? 単独で動くのは危険だ。」


背後から誰かの足音がかすかに響き、アキトは一瞬身を引き締めた。

「気を抜くな…すぐに動くぞ。」


扉が静かに、軋むような音を立てて少しずつ開いていく。


アキトは息を殺しながら、わずかに顔をのぞかせる。

「来たか……」


その先には、暗がりの中でフードを深く被った黒い影がゆっくりとこちらを見据えていた。


背後で、かすかな金属が触れ合う音が響いた。


アキトはすぐに振り返り、緊張した声で呟く。

「誰だ……そこにいるのか?」


影は動かず、ただ静寂が廊下に広がる。


扉がゆっくりと開き、薄暗い廊下の明かりを浴びて、一人の人物が姿を現した。


アキトは鋭い目つきで見据えながら、低く声を潜めて言う。

「遅かったな……一体、何のつもりだ?」


人物は一歩足を踏み入れ、冷静に答えた。

「君が探している答えを、持っている者だ。」


【2025年11月21日(土)午後4時37分/ゲストハウス・管理室】


アキトは呼吸を整え、カバンから取り出した変装用の帽子を深く被り直す。

顔の表情は変えず、冷静に声をかけた。


「遅かったな、古株の佐藤さん」


佐藤は目を細め、周囲を警戒しながら答えた。

「そんなに急に呼び出すから、何かあったのかと思ったよ……」


アキトは低い声で言葉を続ける。

「裏搬入口のことだ。あそこに隠された部屋の話、君は知っているはずだろう?」


佐藤は一瞬ためらい、目線を落とした。

「……そうだな、昔から秘密の場所として噂はあった。でも詳しいことは誰も知らないはずだ」


アキトはじっと見据え、強く問いかけた。

「誰かがそこを使って、何かを隠している。協力してくれれば、事態は早く解決する」


佐藤は短く息を吐き、覚悟を決めたように頷いた。

「分かった。話そう……ただし、慎重にな」


アキトは穏やかな笑みを浮かべ、心の中でそっと息をついた。


「もちろん、すぐに終わらせるよ。無駄な波風は立てたくないからな」


佐藤も少し肩の力を抜き、短く頷いた。


「頼むよ、アキトさん。これ以上、余計な問題は起こしたくないからな」


佐藤は部屋を出ていき、扉が静かに閉まる。


アキトはカバンからスマホを取り出し、素早く画面を操作した。


「玲、こちら状況は安定。対象者と接触完了。次の指示を待つ。」


送信ボタンを押すと、すぐに返信が返ってきた。


メッセージ

「了解。慎重に動け。状況に変化があればすぐに報告を。」


アキトは静かに鍵をかけながら、背後の扉を見つめた。

その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。


「この館の秘密……

絶対に暴いてみせる。」


そう小さく呟き、足早に部屋を後にした。


【2025年11月21日(土)午後5時15分/玲探偵事務所・共同スペース】


玲はパソコンの画面に向かい、送られてきた映像を何度も再生していた。

細かな動きや背景の変化を見逃さぬよう、目を凝らす。


「……ここだ、足元に何か映っている。

これは……鍵の欠片か?」


モニターを指で軽く叩きながら、玲は独り言のように呟いた。

「アキト、よく見つけてくれた。これが証拠になれば、事件の全貌に一歩近づける。」


橘奈々がパソコンの前に分析結果のプリントを手に現れた。

「玲さん、これが今回の映像データの解析結果です。特定の動きパターンから、不審な人物の行動時間帯が浮かび上がりました。」


奈々はプリントを差し出しながら続ける。

「監視カメラの死角を巧みに利用していることがわかります。しかも、その動きは計画的で、内部事情に詳しい人物の可能性が高いです。」


玲は真剣な表情で資料を受け取り、うなずいた。

「やはり……犯人は単なる外部者ではない。内部に協力者がいるということか。」


玲はゆっくりと立ち上がり、深く息を吸い込んだ。

「時間との勝負だ……これ以上、手をこまねいているわけにはいかない。」


彼は机の上の資料を手早くまとめながら、鋭い目つきで言った。

「奈々、次はこの解析結果を基に、監視カメラの死角を重点的に洗い直してくれ。何か見落としがあるはずだ。」


そして、アキトに向かっても決意を込めて告げる。

「アキト、君の動きにも気を抜くな。内部の協力者は必ず警戒している。慎重に、だ。」


アキトは玲の言葉を受けて、深く息を吐きながら静かに頷いた。


「了解だ、玲。次の現場に向けて、すぐに準備を始めるよ。」


彼の声は落ち着いているが、その瞳には緊張と決意が混ざっていた。

「時間との勝負だ。ミスは許されない。全力でやろう。」


アキトは背筋を伸ばし、すぐに動き出す準備を整えた。


朱音は少し身を乗り出して、目を輝かせながら言った。


「アキトさん、絶対に頑張ってね!この秘密が明らかになったら、みんなが安心できるよ。」


彼女の声には純粋な期待と信頼がこもっていた。

「私も、玲さんたちと一緒に真実を見つけたい!」


玲は軽く微笑みながら、アキトと朱音の方を見て言った。


「頼もしい相棒がそばにいる。これなら必ず突破できるさ。さあ、行こう。」


その声には揺るがぬ自信と決意が込められていた。

夕暮れが窓の外で街を染める中、三人は次の捜査に向けて準備を始めた。


【2025年11月21日(土)午後6時10分/ゲストハウス 敷地内】


アキトは手際よくカバンから帽子と眼鏡を取り出し、さっと身につけた。

「これでまた別人の顔になるな……」と呟きながら、続けて清掃員の制服を広げて見せる。

「今回は清掃員のふりをして潜入する。目立たず、館内を自由に動けるはずだ。」


周囲をキョロリと見渡しながら、アキトは気を引き締めた。

「油断は禁物だ。だが、これで一歩先へ進めるはずだ。」


アキトは帽子のつばを少し下げながら、ゆっくりと館の入口へと歩き出した。

「よし……次の一手だ。ここで失敗はできない。」

彼の声は低く、しかし確かな決意が込められていた。

「誰にも気づかれず、真実の核心に近づく。やるしかない。」

足音を抑えながら、慎重に一歩一歩進んでいった。


玲は腕を組み、じっとアキトの姿を見つめながら呟いた。

「頼んだぞ、アキト。油断するなよ。」


朱音も目を大きく見開き、緊張しながらも声をかけた。

「気をつけて……絶対に無事で戻ってきてね。」


玲は軽く頷き、朱音の手をそっと握った。

「俺たちもここでサポートする。何かあったらすぐ連絡を入れろ。」


二人は互いに目を合わせ、小さく息を飲んだ。

背筋を伸ばし、アキトの行動を見守り続ける。


館の中には、昼間とは違う薄暗い空気が漂っていた。


アキトは静かに足を踏みしめ、周囲を鋭く観察しながら進む。

「……誰かいるか?無駄な動きは避けろ。」


薄暗い廊下の隅で、ちらりと動く影を見つけると、そっと耳を澄ませる。

「おかしいな……普段の業務時間とは明らかに違う空気だ。」


通り過ぎる従業員たちの表情も、どこか落ち着かず、緊張をはらんでいる。

アキトは心の中で呟いた。

「みんな、何を隠しているんだ……?」


ゆっくりと足音を抑えながら、彼は次の動きを探った。


アキトは壁に身を寄せ、廊下の向こうから聞こえるスタッフの話し声に耳を澄ませた。


「昨日の裏搬入口、何か不審な動きがあったって聞いたか?」

「うん、なんでも夜中に誰かがこっそり入ったらしいけど、管理側は何も言わないんだよな」


アキトの眉が少しひそむ。


「最近、あの辺のカメラの映像が何度か消えてるって話もある。誰かが操作してるんじゃないかって噂だよ」


別の声が続く。


「まあ、監視カメラなんて壊れることもあるさ。だけど、タイミングが悪すぎるよな……」


アキトは静かに息を整え、心の中で思った。


「やはり何かが隠されている……俺たちはその真実に近づいているんだ」


アキトがさらに注意深く耳を澄ますと、近くの隅からかすかに漏れ聞こえてきた声があった。


「おい、例の件、上には絶対にばれるなよ。あの部屋のことは誰にも言うなって、くれぐれも念を押されたからな」


「わかった。だが、あの監視カメラの死角、完全に把握してるわけじゃない。もし誰かが気づいたら厄介だぜ」


「問題はそこだ。早めに片付けてしまわないと、面倒なことになる」


アキトの心臓が高鳴った。


「これは……ただ事じゃない。あの“隠し部屋”の秘密が、動き出した。」


館の闇の中、静かに動くアキトの姿があった。


【2025年11月21日(土)午後6時35分/ゲストハウス管理室前】


アキトは静かに清掃員の制服の袖を引き直し、深呼吸をひとつした。

管理室の扉は重厚で、ほんのわずかに軋む音が聞こえそうなほどの緊張感が漂っている。


「ここまで来れば、後は慎重に……」

彼は小声で呟き、左右の廊下を素早く見渡した。

誰の気配も感じられないことを確認し、ゆっくりと手を伸ばして扉の取っ手に触れた。


「見つからずに済めばいいが…」

低く囁くその言葉に、決意の色が混じっていた。


アキトは扉をそっと開け、管理室の中へ足を踏み入れた。

薄暗い室内には、複数の監視モニターが無数に並び、館内のあらゆる場所が映し出されている。


「なるほど…ここで全てを監視しているのか」

彼はモニターに映る映像を一つ一つ確認しながら、小声でつぶやいた。


「これがあれば、動きが筒抜けになる。犯人も相当警戒しているはずだな」

画面の一つに映る裏通路の死角を見つめ、アキトはさらに集中を高めていった。


アキトの視線がモニターの一つにピタリと止まった。映像の中で、廊下を歩く人物の動きがどこかぎこちなく、不自然に途切れている。


「……ん?」

彼は眉をひそめ、小声で言った。

「この動き、何かおかしい。映像が途切れているか、編集された痕跡があるぞ。」


画面をズームインしながら、さらに細部を確認するアキト。

「誰かが意図的に映像を操作している。これは隠された何かの証拠かもしれない…」


アキトは一瞬、足音に気づき振り返った。


「誰だ……?」


管理室の扉がゆっくりと閉まっていくのを見て、アキトは焦りを隠せず声を潜めて言った。


「しまった、見つかったか……急がないと。」


彼は慌てて周囲を見渡し、脱出経路を探り始めた。


【2025年11月21日(土)午後6時37分/ゲストハウス管理室】


扉がゆっくりと閉まる重い音が管理室に響いた。アキトは一瞬だけ息を飲んだが、すぐに冷静さを取り戻す。


「焦るな…まだ脱出経路はあるはずだ。」


彼は素早くカバンを開け、細長い工具を取り出した。手際よく壁際の換気口に目を向け、カバーのネジを外し始める。


「ここなら監視カメラの死角になる。これで逃げ道は確保できる…」


工具を巧みに使いながら、アキトは小声でつぶやいた。


「……玲たちにはすぐ連絡を入れないと。」


換気口の奥は狭く、薄暗い闇が広がっていた。冷たい金属の壁がひんやりと肌に触れる。


アキトはゆっくりと息を整え、小さく体を丸めて換気口の中へ滑り込んだ。


「ここを抜ければ、裏搬入口の外へ出られるはずだ…」


狭い通路に身を沈めながら、彼は心の中で呟いた。


「無事に抜け出せれば、次の動きが取れる。焦らずに、一歩ずつ進もう。」


その瞬間、背後の扉が「カチャン」と固く閉まる音が響いた。


「しまった…閉じ込められたか!」


アキトは換気口の中で身を固くし、耳を澄ませる。廊下には管理室の従業員の足音が近づいてくる。


「おい、どこ行った?ここにはもう誰もいないはずだぞ!」


男の声が廊下に響く。アキトは焦りを抑え、息を殺して声を潜めた。


「落ち着け、動けばバレる…換気口を通るしかない。」


薄暗い換気口の中で、彼の心臓は激しく鼓動していた。


廊下の角から、別の男の声が聞こえた。


「何かあったのか?様子がおかしいぞ。」


「用務員の佐々木さん、さっきから戻ってこないんだ。連絡もつかない。」


「おい、急いで探しに行こう。変なことが起きてるかもしれない。」


足音が廊下を慌ただしく行き交う音が、管理室の扉の向こうで響いた。


アキトは狭い換気口の中で、息を潜めながら慎重に体を進めた。暗く冷たい金属の壁が肌に触れ、ひんやりとした空気が胸を締めつける。


「焦るな…焦るな…」

心の中で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


やがて、換気口の先にかすかな光が差し込み始めた。淡い明かりが暗闇を少しずつ押し返し、アキトの視界に小さな出口の影が見えてきた。


「もうすぐだ…この先に真実があるはずだ。」

静かに拳を握りしめ、彼はさらに慎重に進んだ。


やがてアキトは狭い換気口の終わりに辿り着き、慎重に体を伸ばして静かに這い出した。そこは薄暗い空間で、ひんやりとした空気が肌を撫でる。目の前には錆びた鉄製の扉があり、壁には埃が積もっていた。


アキトは低い声でつぶやいた。


「ここが館の裏手に繋がる隠し通路の入り口か…。思ったよりも目立たないな。」


扉の冷たい取っ手に手をかけ、そっと押し開ける。ギシリと金属音が微かに響く。


「油断してはいけない…誰かに見つかる前に、真実を掴む。」


そう決意を新たに、アキトは静かに倉庫の中へ足を踏み入れた。


アキトは倉庫の薄暗い隅で立ち止まり、すぐにポケットから携帯電話を取り出した。画面を素早く操作し、玲の番号を呼び出す。


「玲、こちらアキト。隠し通路の出口に到着した。倉庫内部は予想以上に広いが、誰もいないようだ。」


電話越しに聞こえる玲の声を聞きながら、アキトは慎重に周囲を見回した。


「これから中を調べる。何か動きがあったらすぐに連絡してくれ。」


彼は声を落として続けた。


「この先、慎重に行動する。油断は禁物だ。」


アキトは倉庫の壁際に身を寄せ、周囲の気配を慎重に探った。薄暗い影が彼の体を包み込み、わずかな物音も聞き逃さないよう耳を澄ます。


「ここから先は一歩間違えれば命取りだ……焦るな、落ち着け。」


彼は小声で呟きながら、次の指示を待つために携帯を握りしめた。冷たい空気が肌を刺すが、その目には決意の炎が揺らめいていた。


【2025年11月21日(土)午後6時50分/ゲストハウス裏搬入口】


玲は薄暗い裏搬入口の前に立ち、懐中電灯の光を壁に向けて揺らしながら言った。


「アキトから送られてきた図面通りなら、この辺りに隠し通路の入口があるはずだ。焦らずに慎重に探そう。」


彼は手元の図面を再確認し、扉の周囲を注意深く見渡した。冷えた夜風が頬をかすめ、緊張感が辺りを包む。


玲は懐中電灯の光をじっと見つめながら、小さく息を吐いた。


「ここがアキトの見つけたルートか…こんな場所に隠されているなんて、まるで迷路だな。」


彼は図面を手でなぞりながら、慎重に扉の取っ手に手をかけた。


「油断せずに進まないと。何が待ち構えているかわからない。」


間もなく、倉庫の暗がりからアキトがゆっくりと姿を現した。顔には疲労の色が濃く、額には汗がにじんでいる。


「玲…すまない、死ぬかと思ったよ。でも、なんとか抜け出せた。」


彼は息を整えながらも、鋭い視線で周囲を見回した。


「このルートがなければ、俺はもう戻れなかったかもしれない。」


玲は少し眉を寄せながら頷いた。


「そうだな……まだ見えていない部分が確実にある。

表に出てこない真実が、必ずこの事件の裏に潜んでいる。」


彼の声には迷いがなく、鋭い意志が宿っていた。


「どんなに困難でも、諦めるわけにはいかない。

最後まで真実を追い続けよう。」


玲とアキト、そして朱音は懐中電灯の光を頼りに、薄暗い倉庫の中を慎重に歩き始めた。

湿った空気が肌を刺し、床には埃が舞っている。


朱音が小さな声で言った。

「なんだか、怖いね……」


アキトが朱音の肩に優しく手を置き、落ち着かせるように答えた。

「大丈夫だ、俺たちがいる。怖がらなくていい。」


玲は辺りを見回しながら呟いた。

「ここはかなり荒れている。急いで何かを隠した形跡があるな。」


無造作に積まれた何十箱もの段ボールは埃をかぶり、古びた機械が無造作に置かれている。


玲が懐中電灯の光を一つの箱に向けて言った。

「この箱、底が擦れている。何か隠してあるかもしれない。」


朱音が恐る恐る箱の近くに寄り、玲が箱を開けると、中から古い書類の束が現れた。


朱音が目を輝かせて言った。

「これって…何かの証拠になるのかな?」


アキトが真剣な表情で書類に目を落とし、答えた。

「可能性は高い。じっくり確認しよう。」


玲は懐中電灯の光を倉庫の奥にある、金庫のように頑丈な扉に向けた。

その扉は分厚い鉄製で、重厚な錠前がいくつも取り付けられている。埃にまみれ、長い間誰も触っていない様子が伺えた。


彼は扉の前で立ち止まり、じっと見つめながら呟いた。


「これを開ければ、

真実に近づけるかもしれない。」


その言葉には迷いはなく、決意が込められていた。


朱音が小さな声で尋ねる。


「でも……開けられるの?」


玲は肩越しに朱音を見て、力強く答えた。


「やってみる価値はある。

もし開けられたら、これまで見えなかったものが見えてくるはずだ。」



アキトは素早くカバンから工具を取り出すと、手際よく扉の錠前に取り掛かった。

薄暗い倉庫の中、工具の金属音が静かに響く。


玲は懐中電灯の光で周囲を照らしながら、緊張した面持ちで言った。


「油断するな。

誰かに見られているかもしれない。」


アキトは手を止めずに応えた。


「分かってる。

でも、この扉を開けないと何も始まらない。」


朱音はその様子を見守りながら、小声で玲に尋ねた。


「大丈夫かな……?」


玲は優しく頷き返し、彼女を安心させるように言った。


「アキトなら問題ない。

でも油断は禁物だ。」


慎重な空気の中、アキトの手が確実に錠前を操作していく。


【2025年11月21日(土)午後7時15分/ゲストハウス倉庫内金庫前】


アキトの手元が静かに動く。

細い工具が錠前の鍵穴に滑り込み、微かなクリック音が静寂を破った。


玲は懐中電灯の光を扉に照らしながら、緊張した声で呟いた。


「よし、その調子だ。焦るなよ。」


アキトはわずかに息を吐き、集中力を切らさず答えた。


「分かってる。あと少しだ。」


朱音は玲の肩にすがりながら、小さな声で言った。


「怖いけど…早く開けてほしい。」


玲は優しく彼女の肩を叩き、励ますように言った。


「もうすぐだ。真実はそこにある。」


アキトの工具が最後の抵抗を越え、微かな音とともに錠前が外れた。


彼は息をひそめ、囁くように言った。


「開いた。」


玲がすぐに扉を押し開け、薄暗い内部を見つめながら続けた。


「中を確認する。気をつけろ。」


朱音が震える声で応えた。


「うん…怖いけど、ついていく。」


三人は一歩ずつ慎重に金庫の中へと足を踏み入れた。


中には書類の山と一台の小型サーバーが収まっていた。


玲は懐中電灯の光を向け、慎重に中身を確認し始める。


「見ろ、これだけの書類が…これが事件の鍵になるかもしれない。」


朱音が書類の山に目を見張りながら言った。


「こんなにいっぱい…どれから見ればいいんだろう?」


玲は一枚一枚丁寧にめくりながら答えた。


「まずは重要そうなものからだ。日付や署名があるものを優先しよう。」


アキトは小型サーバーを指さし、静かに言った。


「これも調べなきゃな。デジタルの記録は隠し場所に違いない。」


玲は頷き、目を細めてサーバーの端子部分を見つめた。


「間違いない。これが全ての核心だ。」


玲は慎重に書類の束をめくりながら言った。


「この書類は…従業員の出入り記録に加えて、

監視カメラのログデータだ。こっちのサーバーは館内のシステムに直結しているみたいだな。」


朱音が興味深そうに覗き込み、

「監視カメラの映像があれば、事件の真相に迫れるかも…!」


アキトも真剣な表情でサーバーを見つめ、

「まずはデータを抽出して解析しよう。時間との勝負だ。」


玲は深く息をつき、決意を込めて答えた。


「うん、急ごう。真実はもうすぐそこだ。」


玲は素早くポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作しながら奈々に連絡を入れた。


画面越しに冷静な声で話す。


「奈々、こちら玲。倉庫の金庫を開けて中身を確認した。

大量の書類と小型サーバーがあった。


サーバーは館内の監視システムに直結していると思われる。

データの解析を急いでくれ。状況を詳しく送る。」


少し間を置いてから、玲は続けた。


「もし異変があったらすぐに知らせてくれ。こちらも警戒を強めている。」


朱音がそっと玲の肩を叩き、緊張を和らげるように言った。


「頼りになるね、玲。」


玲は微かに微笑み、スマートフォンをしまった。


「奈々がいれば、心強い。ここからが本当の勝負だ。」


アキトは金庫の背後に立ち、懐中電灯をゆっくりと左右に振りながら周囲を見張っていた。

わずかな物音にも反応し、足音や風の流れさえ聞き逃さない。


「……今、何か音がした。」


低く押し殺した声に、朱音が不安そうに顔を向ける。


「えっ、誰か来たの…?」


アキトは首を横に振りながらも視線を緩めず、

「分からない。けど、油断はできない。」


彼の声には張り詰めた緊張が漂っていた。


その様子を見た玲が、書類を押さえたまま短く告げる。

「アキト、そのまま見張りを続けろ。俺たちは作業を急ぐ。」


「了解。」


アキトは一言だけ返し、再び倉庫の奥と入口を交互に見やった。

静まり返った空間に、彼の靴底がわずかに床を擦る音だけが響いていた。


玲は金庫の中の書類に目を走らせながら、ページの隅々まで視線を滑らせていった。

指先で紙の感触を確かめつつ、頭の中では次の捜査方針が組み立てられていく。

日付、署名、記録の並び方――どれも意味を持って繋がっていく。


小さく息を吐き、低い声で呟いた。


「……まずは監視カメラの映像を確保する。

次に、この出入り記録と照らし合わせる。

もし一致しない動きがあれば、そこが突破口だ。」


朱音が不安そうに尋ねる。


「じゃあ…もう犯人の目星はついてるの?」


玲は書類から目を離さず、冷静に答えた。


「まだ断言はできない。だが、手がかりは揃いつつある。

ここから先は、時間との勝負だ。」


背後でアキトが短く告げる。


「なら急ごう。外はいつまでも静かじゃない。」


玲は静かに頷き、次の一枚へと手を伸ばした。


【2025年11月21日(土)午後9時30分/玲探偵事務所・分析室】


薄暗い部屋に、プロジェクターの光が壁一面を照らしていた。

奈々が解析を終えた監視カメラのログと出入り記録が、時系列順に並んで映し出される。


画面には、廊下を横切るぼんやりとした影がいくつも現れ、その合間に“通常とは異なる鍵の解除記録”が赤く表示されていた。


奈々がレーザーポインターで一点を示しながら言った。


「ここ。深夜2時14分、通常のシフト表にはいないIDで鍵が解除されてる。

しかも、このIDは一度も出入り履歴に残っていない。つまり――不正アクセス。」


玲は腕を組み、じっと映像を見つめる。


「そして、この動き…館内の死角を正確に使っている。

構造もシステムも熟知していなければ、絶対にできない芸当だ。」


朱音が息を呑んで尋ねる。


「じゃあ…犯人は従業員の中にいるってこと?」


玲は迷いのない声で答えた。


「間違いない。

しかも、ごく限られた者だけが持つ知識と権限を持った人物だ。」


奈々はパソコンのキーを叩き、最後の映像を拡大表示させた。


「次は、この影の動きを解析する。特徴が割り出せれば、容疑者を絞り込めるはず。」


玲は静かに頷き、鋭い視線を画面に向けた。


「時間はかからない。真実は、もう目の前だ。」


玲は映し出された映像から目を離さず、静かに告げた。


「もう後戻りはできない。

この先は、誰が相手でも突き止める。」


その声音は低く落ち着いていたが、決意の硬さがはっきりと滲んでいた。


朱音はその言葉にわずかに息を呑み、椅子の端で身を正す。

アキトは腕を組み、短くうなずいた。


「分かった。なら、俺たちも覚悟を決めるだけだ。」


奈々はキーボードを叩きながら、玲の横顔に視線を向けた。


「じゃあ、次は動きが特定できる映像を優先的に洗うわ。」


玲はわずかに口角を上げ、短く返す。


「頼む。ここから先は、一分一秒が勝負だ。」


【2025年11月22日(日)午前10時15分/ゲストハウス ロビー】


ロビーにはスタッフ全員が集まり、ざわめきが重苦しい空気を作っていた。

その中央に、玲、アキト、朱音が並んで立つ。


玲は落ち着いた足取りで前に進み、一人ひとりの顔を見渡した。

そして手にしたファイルを開き、低い声で告げる。


「昨夜、倉庫の金庫から発見された書類と小型サーバー。

その中には、従業員の出入り記録と監視カメラのログが保存されていた。」


スタッフたちの表情が固まり、視線が交錯する。

玲はページをめくり、映像のスチル画像を示した。


「この画像。深夜2時14分、通常シフトには存在しないIDで鍵が解除されている。

そして――この影の動き。館の構造を熟知していなければ通れない経路だ。」


アキトが横から補足する。

「つまり、犯人は外部の侵入者じゃない。内部の人間だ。」


朱音はスタッフたちを見回し、小さな声で続ける。

「しかも、このIDを持っているのは…ほんの数人だけ。」


玲は最後のページを開き、ある人物の名前と顔写真を指差した。


「――小田切 諒。

あなたが、事件の首謀者だ。」


ロビーの空気が一気に凍りつく。

指名された小田切の顔色が変わり、唇が震える。


小田切の顔色がみるみる青ざめる中、

アキトが低い声で問いかけた。


「……動機は?」


ロビーに静寂が落ち、全員の視線が小田切に集中する。

彼は視線を逸らし、喉を鳴らしてから絞り出すように答えた。


「……金だ。

この館の改修計画で外部業者から金をもらった。

その代わりに、必要な資料とデータを“消す”契約をした。」


朱音が信じられないという顔で声を上げる。


「そんなことで……!」


小田切は朱音の視線を避け、さらに低く呟く。


「俺には借金があったんだ…返さなきゃ、家族まで巻き込まれる状況で……」


玲は冷ややかな目を向け、言葉を切り捨てるように言った。


「理由が何であれ、人を傷つけた罪は消えない。」


ロビーの空気は張り詰めたまま、誰も次の言葉を発せなかった。


玲は腕を組んだまま、小田切から視線を外さず冷静に続けた。


「あなたは倉庫に侵入するため、夜間シフトに入っていないIDを不正に使用した。

そして、監視カメラの死角を正確に通り抜け、金庫の中の記録を持ち出そうとした。」


小田切は唇を噛み、うつむく。

玲はさらに一歩踏み込み、声を低くした。


「だが、鍵の解除記録とカメラのログは完全には消せなかった。

それが、あなたの敗因だ。」


アキトが腕を組み、短く付け加える。


「お前がどれだけ準備しても、完全犯罪にはならないってことだ。」


朱音は悲しそうに小田切を見つめ、かすれた声で言った。


「…どうして、そんなことを…」


玲は短く息を吐き、最後に告げた。


「動機も手口も、すべて証拠として警察に渡す。

覚悟してもらう。」


ロビーの空気はさらに重く沈み、誰も身動き一つしなかった。


【2025年11月22日(日)午後1時00分/警察署・取り調べ室】


薄暗い部屋の中央、小田切は無言でテーブルに両手を置いていた。

その前に座る刑事が、静かに書類をめくりながら問いかける。


「――つまり、密室に見せかけたのも、監視カメラの死角を作ったのも、すべてお前の計画だった…そうだな?」


小田切はしばらく目を閉じて沈黙したが、やがて低い声で答えた。


「ああ…そうだ。

倉庫の裏口の鍵は事前に細工しておいた。

カメラは配線ルートを一部切り替えて、映像が途切れる瞬間を作った。」


刑事が眉をひそめる。

「そこまでやって、何を得ようとした?」


小田切は苦笑に似た表情を浮かべ、うつむいたまま言った。


「金だよ。改修計画のデータを消せば、外部業者が入札を有利に進められる。

その見返りに、俺は大金を手に入れるはずだった。」


刑事は冷ややかな視線を向け、書類にペンを走らせる。


「結果、お前は全てを失ったな。」


小田切は小さく肩を落とし、絞り出すように呟いた。


「……わかってる。けど、もう後戻りはできなかった。」


取り調べ室の時計が、重く一秒ずつ時を刻み続けていた。


玲は警察署の取調室とは別室に通され、事情聴取を受けていた。

刑事がメモを取りながら尋ねる。


「金庫を発見した経緯を教えてください。」


玲は落ち着いた声で答える。


「倉庫の奥で不自然な擦れ跡を見つけた。

開けてみると、中には出入り記録と監視カメラのログがあった。」


刑事は頷き、さらに質問を続けた。

「その時、誰と一緒にいましたか?」


「アキトと朱音です。」


玲は簡潔に、しかし正確に全てを語った。


玲たちの調査は見事に事件を解決に導いた。


了解です。和やかな空気の中、朱音とアキトの散歩シーンを描きますね。



【2025年11月23日(月)午後3時00分/ゲストハウス】


館は事件の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

朱音は深呼吸をしながら、アキトと一緒に館の周囲を歩いている。


朱音がふと口を開いた。

「事件が終わって、なんだか信じられないね…」


アキトは穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「そうだな。でも、俺たちのチームワークがあったからこそ、真実に辿り着けたんだ。」


朱音は小さく頷き、空を見上げた。

「これからも、こうやってみんなで守っていけたらいいな。」


アキトは力強く答える。

「もちろん。何があっても、守るべきものは守る。それが俺たちの誓いだ。」


二人はゆっくり歩きながら、静かな午後の風に包まれていった。


朱音がふと立ち止まり、驚いた顔でアキトを見つめた。

「ねえ、アキトって…まだ19歳なんだって?本当?」


アキトは少し照れくさそうに肩をすくめて答えた。

「まあな。でも年齢なんて関係ないさ。経験と覚悟があれば十分だ。」


朱音は感心したように頷いた。

「19歳でこんなに頼もしいなんて…すごいよ。」


アキトは微笑みながら答えた。

「ありがとう。これからも期待に応えられるよう頑張るよ。」


朱音は嬉しそうに笑い、二人は再び歩き始めた。


――終――


【後日談】


■【玲探偵事務所/玲】


玲はデスクに座り、資料の山に目を通しながら呟いた。


「密室の謎を解けたのは大きな手応えだ。だが、これで終わりじゃない。真実はいつも、その先にある。」


彼は深く息を吸い込み、パソコンの画面を見据える。


「新たな調査依頼が来ている。次も、全力で挑むだけだ。」


玲の目は静かに、しかし確かな覚悟を宿していた。


■【玲探偵事務所/朱音】


朱音は玲の隣でメモ帳を手に、目を輝かせながら言った。


「玲さん、探偵の仕事って面白いね! 私ももっといろいろ知りたいな。」


玲は優しく微笑みながら答えた。


「そうか、朱音。好奇心は大切だ。少しずつ経験を積んでいこう。」


朱音は元気よく頷き、次の謎に胸を躍らせていた。


「次はどんな事件かな? 私、絶対見つけてみせる!」


彼女の声に、未来への期待が満ちていた。



■【玲探偵事務所/アキト】


アキトは変装用のメガネや帽子を丁寧に整理しながら、独り言のように呟いた。


「今回の潜入で、館の隠し通路を見つけたのは大きな収穫だ。次はもっと深く潜り込めるはずだ。」


少し微笑みを浮かべ、気を引き締める。


「経験は力になる。これからも、一歩ずつ確実に進んでいこう。」


彼の目には、確かな自信と覚悟が宿っていた。


■【ゲストハウス/館長】


館長は事務室でスタッフと話しながら言った。


「今回の件で多くの迷惑をかけた。だが、これを教訓に防犯システムを徹底的に強化する。皆の安全が最優先だ。」


スタッフの一人が頷くと、館長は続けた。


「従業員の管理も厳格にし、信頼回復に全力を尽くそう。訪れるすべての人が安心して過ごせる場所でなければならない。」


その目は、真剣さと責任感に満ちていた。


■【小田切(元スタッフ)/警察署】


取り調べ室で小田切は深く息をつき、静かに話し始めた。


「…自分のやったことがどれだけ多くの人を傷つけたか、やっと分かりました。」


刑事が真剣な表情で聞き返す。


「これからどうするつもりですか?」


小田切は視線を落としながらも、強い決意を込めて答えた。


「償いながら生きていきます。二度と同じ過ちを繰り返さないと誓います。」


その言葉には、自責と未来への覚悟がにじんでいた。


■【奈々(分析担当)/玲探偵事務所】


奈々はモニターに映るデータを見つめながら、独り言のように呟いた。


「今回の解析は難しかったけど、貴重な経験になったわ。これが次の捜査に必ず役立つはず。」


キーボードを叩きながら微笑む。


「デジタルの力で、玲さんたちの背中をしっかり支えていきたい。」


彼女の目は、冷静さと情熱で輝いていた。


■【藤堂(報道局)】


藤堂はパソコン画面のニュース記事を確認しながら、深く息をついた。


「玲探偵の情報提供があってこそ、この真実を伝えられた。読者からも反響が大きい。」


彼はメモを取りつつ、意気込みを語る。


「これをきっかけに、社会の闇をもっと暴いていく。報道の使命は真実を照らし出すことだ。」


画面には、事件の全貌を伝える詳細な記事が映し出されていた。


■【ネットニュース・SNS】


事件の真相が報道されると、瞬く間にネット上で話題となった。


ユーザーたちは真実に驚き、怒りや疑問の声が飛び交う。


「こんなことが身近で起きていたなんて…」


「影響力のある人物の関与も疑われてるみたいだね」


「真実を明らかにした玲探偵、さすがだ!」


ネット掲示板やSNSは連日この話題で持ちきりになり、事件は社会問題として大きく拡散していった。


――物語はここで一旦幕を閉じるが、玲たちの探偵活動は続いていく――


玲は静かに呟いた。


「真実はまだ、僕たちを待っている。」


朱音が元気よく答える。


「次の謎も、ぜったい見つけるよ!」


アキトも力強く言った。


「さあ、次の現場へ行こう。」

玲様


このたびは、私の犯した罪により多くの方々にご迷惑とご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。


自分の行動がどれほど取り返しのつかないものだったか、取り調べの中で改めて痛感しております。あの日の選択は間違いでしかありませんでした。


玲様と皆様の真摯な捜査によって、真実が明らかになったことに感謝するとともに、深い反省の気持ちをここに表します。


これからは自分の過ちと向き合い、償いの人生を歩む覚悟でおります。


本当に申し訳ありませんでした。


小田切 拓也

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