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76話 仮面館の晩餐

◆ 主人公サイド


れい


職業:探偵(玲探偵事務所・所長)

肩書き:事件解析のスペシャリスト

※元公安関係者との噂あり。冷静沈着で分析力に長ける。


■ 佐々木朱音ささき あかね


職業:小学生(都内公立校)

肩書き:未来を描く“スケッチの少女”

※無意識に事件の予兆を描き、ルートの変化を可視化する。



◆ 雪螢館 関係者


名倉英一郎なくら えいいちろう


肩書き:名倉家当主/雪螢館 館主

※封印庫と相続帳簿の鍵を握っていたが、事件中に死亡。


志村理人しむら りひと


肩書き:帳簿管理補佐/名倉家の血縁者

※ルートマスターの指示通りに動いたが、殺害された。


石原冬彦いしはら ふゆひこ


肩書き:財産管理顧問/元法務担当

※帳簿の矛盾と操作に気づいていたが、静かに排除される。



◆ K部門・影班 関係者


安斎柾貴あんざい まさき


肩書き:精神制圧・記録汚染スペシャリスト(K部門)

※一見冷酷だが、朱音には深い配慮を示す“味方”。黒幕の動きを読んで行動。


成瀬由宇なるせ ゆう


肩書き:暗殺実行・対象把握担当(影班)

※朱音の護衛兼監視者。寡黙な戦闘要員。


桐野詩乃きりの しの


肩書き:痕跡消去・毒物処理専門(影班)

※証拠の改ざん・消去の技術を持つ。館の痕跡調査に関与。



◆ その他の関係者


津島環つしま たまき


肩書き:観測記録調整官(別系統/非公式)

※倉庫跡にて「選択の終焉」を提示する人物。終盤に登場。


■ 図工の先生(偽名)


肩書き:小学校教員(朱音の担当教師)

※実際はルートマスターの一形態。朱音の「未来の一枚」を静かに見届ける。


■ ホテルボーイ(偽装)


肩書き:雪螢館ボーイ

※石原にホットミルクを運んだ人物。ルートマスターが化けた姿。



◆ 黒幕的存在


■ ルートマスター(正体不明)


肩書き:観測干渉者/操作系指示者

※複数の人物になりすまし、手紙や指示書を通じて事件を“ルート操作”していた。

※左手の薬指欠損は特殊メイクによる偽装。

【日時:12月22日(金) 午後11時47分】

【場所:北海道・函館市 港沿いの旧石造倉庫内 2階・応接室】


 ――夜の函館は静かだった。


 港の灯りさえ雪に霞み、凍えた海風が倉庫群の隙間をすり抜けていく。クリスマス前の街の喧騒はすでに遠く、山の向こうでわずかに瞬く街灯が、人の営みをかろうじて伝えているだけだった。


 その静寂を裂くように、古びた石造りの倉庫の二階、かつて商人の集会場だった応接室に蝋燭の灯がともっていた。


 木製の長机を挟んで、向かい合う二人。

 一人は、黒いコートの青年――肩をすくめながら、手袋のまま封筒を受け取る男。

 もう一人は、深い帽子を目深に被ったまま、微動だにしない人物。顔は陰に隠れ、その輪郭さえ曖昧だった。


 その男は、ゆっくりと話し始めた。低く、乾いた声。


 「動機も、証拠も、逃走経路もすべて組み込んである。“事故”に見えるよう、君には準備だけをしてもらう。手を下すかどうかも選べる」


 青年は黙ったまま、封筒を手に取る。

 開封すると、中には綿密な計画書が数枚、写真が3枚、それにもうひとつ――白紙の封筒が入っていた。


 「……この白封筒は?」


 「それは、“真相にたどり着く者”への導火線だ。渡す相手は、こちらで指定する」


 青年は、不安と好奇心の混ざった視線で男を見つめた。


 「どうして俺なんだ?」


 ルートマスター――そうだけが伝えられているこの謎の男は、一拍の間を置いて、静かに答える。


 「君には“動機”がある。そして、自分の手で決着をつけようとは思っていない。だから、計画だけを与える。

 それで君は、“選ばれた犯人”になれる」


 蝋燭の火が小さく揺れた。


 「……もし、途中でやめたら?」


 「構わない。だが、君が最初に動いた瞬間から、結末は“誰かの意志”でしかなくなる」


 ルートマスターの声は、まるでそれ自体が運命を操るように響いていた。

 青年はもう一度、計画書の束を見下ろす。そして、決意の色を浮かべたまま、小さくうなずいた。


 その手が黒封筒を上着の内側に滑り込ませた瞬間――

 完全犯罪の歯車は、静かに、音もなく動き始めた。


【時間】12月22日(金) 午後4時38分

【場所】東京・玲探偵事務所


 冬の雨は、音すら立てずに落ちていた。

 東京の空は鉛色に沈み、事務所の窓を濡らす水滴が、曇りガラスにゆっくりと筋を描く。

 静まり返った室内には、古い暖房機の低い唸り声だけが空気を撫でていた。


 玲は、書類机の前に立ったまま、無言でひとつの封筒を見つめていた。

 色は深灰。封蝋は黒――通常の連絡には使われない“極秘対応用”の識別印。


 《K部門特別対応室》

 差出人欄にそう記されていた。官公庁のような堅い名前の下に、小さく、筆跡の異なる書き込みがあった。


 ──《本件は、あなたにのみ開封を許可する》──


 玲は眉をわずかに動かすと、ペーパーナイフを手に取り、慎重に封を切った。蝋の割れる乾いた音が、室内の空気を微かに震わせた。


 中には一通の手紙。手書きではない。だが、文体には“切実さ”が滲んでいた。



《極秘:特例調査要請》

対象:北海道・函館市近郊「雪螢館」関連死亡事件

依頼種別:非公式・非公開・刑事介入前段階


概要:

・館内での“不審死”が確認されるも、事件性を明示する証拠不十分

・現地署からの報告に矛盾あり

・関係者に対し、K部門が情報収集を試みたが、協力姿勢薄く

・依頼主は匿名、ただし当該館に“かつて所属”した人物からの密告と推定


要請事項:

・現地での非公式調査

・情報収集および関係者ヒアリング

・必要に応じた即時判断・特別措置(詳細は別封にて)


備考:

・本件は“第三者の関与”が疑われる

・また、“計画性を伴う事象”がすでに進行中の可能性あり


K部門 特別対応室長

佐伯 貴志



 手紙を読み終えた玲は、指先で封筒の内側を探り、もう一枚の用紙を取り出した。

 そこには手描きの地図、館の構造図の一部、そしてある人物の名が赤字で囲まれていた。


 ──名倉 玲音なぐら・れおん──

 「関係者」とだけ記された文字。その横に鉛筆で加筆されたメモが、玲の視線を引き留める。


 「継承と死は、同時に訪れる」


 静かに書類を置いた玲は、視線を窓の外へ投げた。

 雨は降り続いている。だが、函館の空には雪が舞っているだろう。


 そのとき、背後で控えめな足音が響いた。

 ドアの隙間から顔を出したのは、小さな女の子――朱音だった。


 「玲、呼んだ? なんだか、変な手紙届いてるって……」


 玲は軽く首を横に振り、朱音の前に小さくしゃがみこんだ。


 「……準備をするよ、朱音。これから、少し寒い場所に行く」


 少女は目を瞬かせると、真剣な顔でうなずいた。


 「また、誰かが困ってるの?」


 「……かもしれないな。でも、今回は少し“複雑”だ」


 玲は立ち上がり、事務所奥のコート掛けから黒いトレンチコートを手に取った。

 ファイルをカバンに入れながら、最後にもう一度、地図の人物名を見つめた。


 名倉玲音――死んだはずの男。だが、彼がこの依頼の発端だとすれば……

 “偶然”という言葉は、ここには当てはまらない。


【時間】12月23日(土) 午前7時22分

【場所】東北新幹線・はやぶさ号 車内


 列車は薄明の街を抜け、雪の野を滑るように進んでいた。

 東京の灰色の空はすでに背後に過ぎ去り、窓の外には一面の白――どこまでも続く東北の冬景色が広がっていた。


 朱音は窓際の席に座り、頬を手に乗せたまま、飽きることなく雪景色を眺めている。

 その小さな肩には、厚手のコート。足元にはぬいぐるみのチャームがついた小さなリュック。旅慣れているとは言いがたいが、彼女の目はどこか落ち着いていた。


 玲はその隣、ノートパソコンの画面に視線を落としながら、今回の依頼書と館の配置図、そして関係者リストを繰り返し読み込んでいた。


 「ねえ、玲。雪螢館って……本当にそんな名前の家、あるの?」


 朱音の問いに、玲は少しだけ顔を上げた。


 「実在するよ。明治の終わりに建てられた西洋館だ。冬になると、雪の夜に灯る光が蛍のように見えるとかで、その名がついたらしい」


 「ふうん……なんだか、ちょっときれいだけど……」


 朱音は言葉を止めた。そして、窓の外を見つめながら小さくつぶやいた。


 「行かない方がよかったって、後で思うことになるのかな……」


 玲はその横顔を見つめたが、返事はしなかった。

 この子の直感は、ときに“理屈よりも先に真実を告げる”――そう彼は知っている。


 列車はやがて、新函館北斗駅に到着した。



【時間】12月23日(土) 午前11時10分

【場所】北海道・新函館北斗駅


 外気は一気に刺すような冷たさとなった。

 玲と朱音はローカル線に乗り換え、さらに一時間ほど、山沿いの線路を北東へ向かう。


 目指すのは、函館の市街から外れた郊外、山あいにぽつんと立つ古い洋館――雪螢館せっけいかん

 地元でも「あそこには近づくな」と言われる場所だった。



【時間】12月23日(土) 午後1時40分

【場所】雪螢館 最寄りのタクシー乗り場


 タクシー乗り場に着いた頃には、空はどんよりと雲に覆われ、風が木々を軋ませていた。

 雪道を歩く二人の足元には、まだ誰の足跡もない。降り積もった白の中に、彼らだけが新しい印を刻んでいく。


【時間】12月23日(土) 午後4時07分

【場所】函館郊外・雪螢館前


 タクシーが最後の坂をゆっくりと登り切ったとき、林の向こうに姿を現したのは、まるで凍てついた時代そのものだった。


 「……これが、雪螢館か」


 助手席にいた玲がぼそりとつぶやく。


 雪の重みを受けてなお聳える尖塔と、黒ずんだ石壁。蔦の這う外壁には幾重にも歳月の痕跡が刻まれていた。門の奥にはすでに数台の車両が止まっており、この洋館がただの廃屋ではないことを示している。


 朱音は後部座席の窓越しに、館の全体像を見渡していた。何かに見下ろされているような感覚に、肩がすくむ。


 「……ここ、寒いだけじゃない。なんか、重いね」


 「感じるか」

 玲は短く答え、すでに車を降りようとドアに手をかけていた。


 「ありがとうございました」

 朱音が礼を言って、タクシーの運転手に料金を渡す。


 運転手は帽子の下から微笑を浮かべた。柔らかく、しかしどこか奇妙な笑みだった。

 その口元だけは確かに微笑んでいたが、目は鏡のように感情を映さない、深く冷えた光を宿していた。


 「お気をつけて。……ここでは、影を背に歩くと迷いますからね」


 玲はその言葉に少しだけ眉をひそめたが、すぐに何も言わず降車した。


 タクシーが静かにUターンを始め、来た道を戻っていく。

 その背中を、玲と朱音は特に気にする様子もなく見送った。


 ――だが、ルームミラーに映った朱音の姿を見ながら、運転手はそっとつぶやいた。


 「……計画通り。次の舞台は整った」


 そう言ってハンドルを切る男の手元には、白手袋が見えていた。

 その車が林の影に消えるまで、館の方からは何の反応もなかった。


 玲は門前に立ち、少しだけ門扉を押した。


 黒鉄の門は、ぎぃ……と音を立ててわずかに開く。


 「入ろう。雪はまだ、すべてを覆いきっていない」


 「玲、あの運転手さん……なんか変だったよ」


 朱音が小声でつぶやいたが、玲はただ目を細めるだけだった。


 「記憶に引っかかりがない。だが……確かに、違和感はあるな」


 二人は門をくぐり、雪を踏みしめながら館へ向かう。

 やがて重厚な扉の前にたどり着くと、扉が内側から、まるで迎え入れるように静かに開いた。


 暗がりの中に立っていたのは、黒服の老執事――その顔に、感情はない。


 「遠路よりようこそ。雪螢館へ――お待ちしておりました、玲様。そして……朱音様」


 朱音が目を丸くする。

 「……なんで私の名前まで?」


 老執事は答えない。ただ静かに一礼し、館の中へと導いていった。


 館の奥――

 誰も知らぬその深部に、すでに“次の手引き”が仕込まれていることを、玲たちはまだ知らない。


【時間】12月24日(日) 午前6時52分

【場所】雪螢館・中庭温室


 悲鳴が、中庭のガラスを震わせるように響いた。

 遠くではない。室内を抜けたすぐ先――。


 玲はベッドから立ち上がると、薄手の上着だけを引っかけてドアを開けた。

 廊下に響く足音は軽く、だが正確に音の方向を追っている。


 「中庭温室……」


 スリッパのまま、廊下の絨毯を駆け抜けて階段を降りる。

 吹き抜けの奥、中庭に面した温室のガラス越しに、青白い朝の光が鈍く滲んでいた。


 温室の扉は半開き。そこに立ち尽くしていたのは――アリサ・西園寺。

 顔面蒼白のまま口元を覆い、誰かに呼びかけようとして声にならない。


 「どうした、アリサさん」

 玲が声をかけた瞬間、その奥に倒れている人影を見つけた。


 ――仰向けに倒れている男性の身体。足元は濡れ、温室の石床に赤い染みがじわりと広がっている。


 「広瀬!」


 ちょうど駆けつけた柾木直也の声が温室に反響した。


 「……まさか……」


 背後から、薄手のガウンを羽織った広瀬弁護士が駆け込んでくる。


 「違う。私じゃない……! 死んでる……のか? これは……ッ」


 倒れていたのは、一之瀬忠久――館の会計担当であり、相続人の一人だった男だ。


 玲は屈み込んで確認する。すでに意識はなく、頸動脈の脈もない。

 喉元に刺し傷……凶器はまだ抜かれていない。


 その瞬間、後ろから足音がして、朱音が玲のもとへ駆け寄ってきた。


 「玲! 大丈夫? ……ひと、死んでるの?」


 玲は朱音に手をかざして止め、静かに言った。

 「第一発見者はアリサさん。死体の状況からして、外部からの侵入ではない。これは、館の内部で起きた犯行だ」


 アリサは震える唇で、ようやく絞り出すように話し始めた。

 「わたし、朝の水やりで……温室に来て、そしたら……そこに……っ、彼が……」


 「昨夜、何か異変はありませんでしたか?」

 玲が問うと、今度は柾木が答える。


 「……深夜の一時頃、廊下で誰かの足音を聞いた。軽かった。女性か、あるいは……子どもかも」


 広瀬は腕を組み、鋭く言った。

 「君、まさか……この子(朱音)のことを言っているのか?」


 「違う。僕が言ったのは、“足音”のことです。誰とは……まだ」

 柾木は冷静に言い返した。


【時間】12月24日(日)午前7時00分

【場所】雪螢館・中庭温室


 朝の冷気が温室内に薄く滲み込み、透明なガラス屋根に沿って白く靄が走っていた。

 倒れたままの一之瀬忠久の遺体の周囲は、薄く踏み固められた雪の痕と、点々と濃く残る血だまり。

 玲は手袋を嵌めながら、一歩ずつ、確実に床面を観察していく。


 「……体温はすでに失われつつある。死後およそ三〜四時間前後。午前三時前後と見ていい」


 朱音は温室の端に立ったまま、玲の言葉を黙って聞いていた。

 スケッチブックを抱え、時折、不安げに誰かの顔を見つめる。


 「刺創は一点。左鎖骨の下、心臓の手前で止まっている。……かなり慎重な手口だ」


 玲は静かに呟くと、そっと遺体の左手を持ち上げる。

 「手袋はしていない。だが――爪の間に何か、紙の繊維?」


 細かな繊維片。明らかに、帳簿用紙のような感触。


 「広瀬さん、一之瀬氏が所持していた帳簿類は?」


 玲の問いに、広瀬義昭はすぐには答えず、唇を噛みしめてから答えた。


 「今朝はまだ確認していません。昨夜、彼は自室に戻る前、私の部屋を訪ねていました。“何か気になる数字がある”と……それだけ言い残して」


 玲は黙って、近くの植木鉢の縁に残された小さな足跡に目を向けた。


 「アリサさん、あなたがここに入ったとき、扉は……」


 「少しだけ開いていました。……でも鍵は――閉まってなかったはずです」


 「温室の出入り口はここだけですか?」


 「いいえ……奥の蔓棚の裏側にも、小さな勝手口があります。スタッフが出入りする用の扉です」


 玲は頷き、朱音に目を向けた。


 「朱音、君の昨日のスケッチ。温室の裏……小さな扉の前に“誰かの手”が描かれていた。それを、覚えてるかい?」


 朱音はゆっくり頷き、小さく言った。

 「うん……すっごく変な手だったの。白くて、細くて、だけど動きがね……すこし人形みたいだった」


 「“人形の手”……」


 玲はひとつ、ゆっくりと息をつき、全員の顔を順に見回した。

 柾木、アリサ、広瀬……その誰もが、どこか焦りの色を隠しきれていない。


 「この館には、外部からの侵入者はいない。そう考えるべきでしょう」

 玲の声は静かだった。

 「つまり――ここにいる誰かが、一之瀬さんを殺した」


 室内が凍るような沈黙に包まれる。

 その空気の中、玲はもう一度遺体の懐に手を入れ、一枚の紙片を取り出した。


 それは、白紙に近いメモ帳の切れ端。だが、その端には微かに鉛筆でなぞった文字。


 《12 → × → 7?》


 玲はそれを広げながら呟いた。


 「帳簿の“ページ12”が抜かれていた……昨夜、一之瀬さんはそこに気づき、差し替えを疑った。今朝、彼はそれを誰かに伝えようとして――殺された」


 そして、玲は目を閉じ、低く告げた。


 「“帳簿を差し替えた人物”が、今もこの中にいる。……そして、第二の犯行を計画している」


【時間】12月24日(日)午後3時10分

【場所】雪螢館・応接間


 応接間のカーテンは閉ざされ、分厚い布地の向こうで雪の光がぼんやりと揺れていた。

 暖炉の炎がぱちりと弾けるたびに、朱音の影がラグの上にやわらかく揺れる。


 玲は古びた帳簿の束を膝に乗せ、静かにページをめくっていた。帳面には手書きの収支記録、館の修繕費、納入業者の名、そして……不自然な余白。

 12ページ目——先ほど遺体から見つかったメモに記された箇所が、ぴたりと一致していた。


 「……このページだけ、筆跡が違う」


 紙面に残るインクの滲みが、まるで異なる筆圧を示している。書かれた日付も不自然に飛んでいる。玲は眉をひそめ、紙質の差異まで確認しながら呟いた。


 「差し替えだ。上手くやったつもりだろうが、インクと紙が古すぎる」


 火の粉が弾け、朱音の鉛筆が止まった。

 彼女はラグの上で小さな紙に何かを描き込んでいた。手元には、黒と赤の二本の色鉛筆。そしてその中心には、小さな“扉と、倒れる影”の絵。


 「朱音、それは……?」


 朱音はゆっくりと顔を上げた。大きな瞳には迷いと不安が浮かんでいる。


 「さっき……アリサさんの声を聞いてたとき、急に頭に浮かんだの。誰かが、扉を閉められて……すごく、冷たい場所に倒れてるの」


 「……それは、見た記憶じゃなく、“感じた”ことなんだな?」


 朱音は頷いた。


 玲は一瞬だけ紙を見つめると、再び帳簿の記録に目を戻した。


 「アリサ、広瀬、柾木。この三人の証言に不自然な部分がある」


 ──最初に聞き取りを行ったのはアリサ・柊木しらき

 彼女は遺体発見の第一発見者だったが、「鍵が開いていた」と語る口調には微かな震えがあった。


 「“前の日の夜、誰かが温室に入った気配を感じた”という証言は本当か? それとも……彼女は何かを知っていて、それを伏せている?」


 ──次に話を聞いた柾木悠人は、事故後の館の修復を担当していた人物。

 彼は「一之瀬は過去に館の“地下金庫”に何か隠していた」と言っていたが、証拠は示さなかった。


 ──そして広瀬義昭。

 雪螢館の管理人。冷静に見えたが、遺体を前にしたとき、一瞬だけ視線が逸れた。


 「三人とも“殺意”はなかったかもしれない。だが、何かを隠している。少なくとも、“一之瀬が何かに気づいていた”ことを知っていたはずだ」


 帳簿の裏から、玲は一枚の薄紙を引き抜いた。

 手書きのリスト——財産目録の追記。だが、その下に走る筆跡が、微かに揺れていた。


 《この中に、本物と偽物が混ざっている》

 《差し替えはあの夜。命令通りにやった》

 《私はもう、終わった》


 「……命令?」


 その瞬間、玲の脳裏に、鈍い嫌悪感のような感覚が走った。

 ——無意識に後頭部を触れる。

 何か、あの「手口」が、あまりに洗練されすぎている。痕跡の隠し方。記録の操作ではなく、“人間の良心”を利用するやり方。


 「……ルートマスター」


 ほとんど無意識の呟きだった。

 手を汚さず、計画だけを示し、人間を導く“手引き人”。

 玲の永遠のライバル。

 この空間に、まだ姿を現してはいないが——すでに指先の一つは、事件の中に入り込んでいる。


 朱音が小さく声を出した。


 「玲……扉の絵、もう一つ描けた」


 彼女が差し出したのは、さきほどの“扉と影”に加えて、**“封筒を受け取る手”**の絵。


 白い手袋。金の封蝋。そして、微かに笑う口元の線。


 玲の目が鋭く細まった。


 「……次の犠牲者には、“手紙”が渡される」


 応接間の暖炉に炎が揺れた。朱音の手のひらの中、次の命運が、すでに静かに描かれようとしていた。


【時間】12月24日(日)午後4時30分

【場所】雪螢館・応接間


 暖炉の火が、パチパチと静かに薪を焼いていた。

 その音が、今や館内で最も“人間らしい”音にすら思えるほど、空気は張り詰めていた。


 玲は机の上に封筒を並べていた。いずれも、館内で見つかった文書――当主の遺言、使用人の報告、そして財産目録の断片。そのどれにも、不自然な“重なり”がある。


 「……手紙が、もう一通あるはずだ」


 玲が言った。

 「一之瀬が“受け取った”ものではなく、“次に誰かへ渡る予定だったもの”。つまり——犯人の手に渡る、あるいは犠牲者を導く、第二の封筒」


 朱音がそっとラグの上で立ち上がった。

 そして、言った。


 「さっきのスケッチ……続きを描いたよ」


 紙を渡された玲は、目を細める。


 描かれていたのは、長い廊下。赤いカーペットが引かれたその先に、左に曲がる小さな階段。

 そしてその階段の奥、“白く塗られた扉”の前で膝をつく人物の影が描かれていた。

 影のそばには、細長い手紙の形。


 「この場所……地下通路の西側だ。西翼、かつて旧執事の控え室があったはず」


 玲はすぐに館の間取り図を手繰り寄せた。朱音の記憶力と観察力は、探偵である彼にとって何よりの“地図”だった。


 「行くぞ、朱音」


【場所】雪螢館・西棟 地下通路(午後4時45分)


 階段は石造りで、濡れたように冷たかった。手すりの鉄がかすかに錆び、誰かの靴跡が一列だけ残っている。


 懐中電灯の光が扉を照らしたとき、朱音が小さく囁いた。


 「あの扉……スケッチと同じだ」


 玲はそっと取っ手に手をかける。


 ——開いた。


 中は物置のような空間だった。古びた布、木製の棚、そして埃の匂い。だが、一角にだけ風が通った痕跡がある。


 そこに、封筒が落ちていた。


 封蝋は黒。端の模様は「R」の頭文字。


 「……やはり、“奴”がいる」


 玲は無言でそれを拾い上げた。


 封筒の中には、誰かの名前が記された紙片が一枚だけ。


 その名前に、朱音が息を呑んだ。


 「——広瀬、さん?」


 玲はわずかに目を細める。


 「違う。これは“受取人”の名じゃない。これは、“犯人への指示”だ。次に“処理すべき相手”として、この名を挙げている」


 そのとき、朱音がぽつりと呟いた。


 「ねえ、玲。どうしてこの封筒……“誰も見てないはずの場所”にあったのに、“置かれていた”の?」


 玲はわずかに目を細め、扉の向こうに視線を移した。


 ——気配。


 目に見えない。音もない。だが、この館のどこかにいる。

 誰の視界にも入らず、誰の会話にも加わらず、ただ「動線」と「動機」だけを操作する存在。


 「……ルートマスターだ」


 玲の声は、いつになく低かった。


 「これは“事件”ではない。“導かれた筋書き”だ。誰かが殺すように仕向けられ、誰かが死ぬように計画されている。そして、“それが破綻しないように”見張っている奴がいる」


 朱音が手にしたスケッチは、いつの間にか震えていた。


 「次の“指令”が、今もこの館のどこかに向かっている。止めるなら、今しかない」


 玲は封筒を上着の内ポケットに滑り込ませた。


 「行くぞ、朱音。まだ間に合うかもしれない」


【時間】12月24日(日)午後7時すぎ

【場所】雪螢館・西棟2階 書斎


 西棟の書斎は、屋敷の中でも特に手つかずのまま残された空間だった。

 木製の天井には微かに煤けた跡があり、壁には古い地図と肖像画が並ぶ。

 中央には深いマホガニーの机。そして、その対面に立っていたのは広瀬だった。


 「何か……話が?」


 広瀬の声は、いつも通り丁寧だったが、かすかに硬い。


 玲は封筒を机に置き、ゆっくりと手袋を外した。


 「これは、さきほど地下で見つけたものです。黒い封蝋。差出人は記されていないが……“貴方の名前”が、中にあった」


 広瀬の目が揺れた。だが動揺は一瞬。すぐに眼差しを伏せ、口元を結ぶ。


 「……何のことか」


 「“何のことか”は、僕がこれから明らかにすることだ。質問は三つ」


 玲の声は静かだった。


 「一つ、昨晩、暖炉の灰の中に紙片を投じたのはあなたですか」


 広瀬は黙っていたが、わずかに頷いた。


 「二つ、その紙は“遺言書の写し”に関するものだったのでは?」


 「……ええ。ただの写しです。本物ではない。私は、騙されたかもしれない」


 「最後に、あなたは“誰か”から指示を受けて動いていた。そうですね?」


 ここで広瀬の目が見開かれる。


 「……どうして、それを……?」


 玲は封筒の内側を指差した。


 「“細工”です。封筒の内側には、特殊なインクで書かれた数行の指示があった。『火にくべろ』『証拠は残すな』『他言は命を危うくする』……催眠でも暗示でもない、明確な脅し。だが、この書き方——“彼の手口”に似ている」


 朱音がそっと机の端にスケッチを置いた。


 そこには、誰かに手紙を渡している“手”の影が描かれていた。

 だが、その袖口に特徴がある。深い紺色。ワンポイントの“白い糸刺繍”。


 玲は、ゆっくりと呟いた。


 「……これを、僕は一度だけ見たことがある。7年前、別の事件で。“手紙を渡す人間”ではなく、誰かを“扇動する”人間。記録には残らなかった。だが、あのときも手紙を媒介に、数人が命を落とした」


 朱音が声を落とす。


 「ルートマスター……なんだね」


 玲は頷いた。


 「これは“犯行の証拠”じゃない。“指令の媒体”だ。ルートマスターは、人を操るわけじゃない。“選ばせる”だけだ。恐怖、忠誠、名誉、愛情……それぞれの“動機の導線”を読むことで、あとは人間が自分の意志で動くように設計する」


 広瀬がぽつりと呟いた。


 「……私は、最初に届いた手紙で、“秘密を守るなら、この紙を燃やせ”とだけ書かれていた。そうしなければ、過去が暴かれると。私の父が、かつてこの館で……」


 声が途切れる。


 玲はその続きを聞かなかった。すでに、広瀬の“恐れていたこと”が何かは見えていた。


 ——彼は犯人ではない。

 だが、利用された。誘導されて、証拠を隠滅し、“誰かを守るため”に沈黙を選ばされた。


 その時、朱音が描いていたスケッチの続きに、新たな線が描き加えられた。

 今度は、“手紙を受け取った人物の顔”が薄く浮かびはじめていた。


 それは——柾木だった。


【時間】12月25日(月)午後3時10分

【場所】雪螢館 主棟 応接室


 応接室に入った瞬間、朱音の指がピタリと止まった。

 彼女のスケッチブックの上には、途中まで描かれた“誰かの背中”がある。だが、それはまだ形になっていなかった。違和感だけが残っていた。


 暖炉の火はすでに落ち着き、わずかに赤い灰が残るだけだった。

 だが、その灰の下から、先ほど玲が発見した――焼き損ねられた封筒の一部が取り出されていた。

 淡く焦げた紙面には、ひとつの単語が残っていた。


 「継承から除外する」


 応接室の中央、深いソファに腰掛けていた男が顔を上げた。

 濃紺のスーツ、白いワイシャツの袖口には白糸の刺繍。

 男は穏やかな笑みを浮かべていたが、その微笑には温度がない。


 「帳簿、拝見しました。たいへん興味深い改竄がありますね」


 ルートマスター。

 玲は、その存在に確信を得た。あまりにも自然な偽装、誰も疑わない肩書き。

 しかし、“帳簿鑑定士”という役職の人物など、K部門には存在しない。

 玲が確認した名簿には、この男の名はなかった。


 「……では訊こう。この赤字項目——**“特別贈与費”**に、昨年までは記録されていた“柾木”の名が、今期から消えています。なぜ?」


 ルートマスターは目を細めた。


 「記録の抹消には、常に理由がある。遺言執行者の意向でしょう。……もっとも、抹消“された”のではなく、“抹消させられた”のかもしれませんが」


 その視線が、部屋の奥、柾木へと向かう。

 柾木は返答しなかった。けれど、玲はすでに気づいていた。


 ——柾木は、知っていた。

 自分が遺産の対象から“意図的に外された”ことを。

 しかもそれは、亡き館の主ではなく、別の誰かの指示によるものだった。


 朱音が、そのとき再びスケッチを動かした。

 描き終えられた“背中”の絵。その背には、一枚の紙を暖炉に差し出す手が添えられていた。

 袖口には、やはり白糸の刺繍——それは、今まさに目の前にいるこの男のものだった。


 「……もう一通、手紙があった」


 玲の声が低く響いた。


 「暖炉で燃やされたのは、あの“継承除外”の文面だけではない。“その命令の出どころを記した手紙”も、一緒に消された。だが朱音は、見ていた。その“手”を」


 ルートマスターは、肩をすくめるように笑った。


 「見えた“手”が、必ずしも私とは限りませんがね。手紙は“書いた人間”より“渡した人間”の方が、罪が重く映るものです」


 玲は静かに視線を外し、卓上の帳簿を手に取った。


 「だが、それでも構わない。これは“殺人事件”ではない。“動機の連鎖”だ。

  柾木が口を閉ざした理由。帳簿が書き換えられた動機。そして、遺言の草稿に記された、“本来渡すはずだった相続人の名前”——」


 彼は懐から一枚の紙を取り出した。古びていたが、署名がある。

 “遺言草稿の一部”——書斎の帳簿棚の裏から発見されたものだ。


 そこには明確に、**「アリサ」**という名が記されていた。


 ——継承の本来の後継者は、柾木ではなかった。

 それを知った瞬間から、すべてのバランスが崩れ始めた。


 「選ばれなかった者を焚きつけ、“選ばれた者”を貶めさせる。……あなたは、誰かを操ってはいない。けれど、“動くように仕向けた”」


 朱音がそっと言った。


 「……やっぱり、“その人”だったんだ」


 ルートマスターは、ただ笑っていた。


 「さて。僕の仕事は帳簿の検証ですから。失礼しますよ」


 彼は立ち上がる。玲も追わない。証拠は何一つ残らない。

 ——だが、ここに“真実”を見た者がいる。それだけで、十分だった。


【時間】12月25日(月)午後5時40分

【場所】雪螢館 本館・廊下/鏡の間付近


 朱音の足が、止まった。


 白いカーディガンの袖を握りしめながら、静まり返った廊下を見つめる。

 雪螢館の本館、南棟と繋がる長い廊下。その先に、**「鏡の間」**と呼ばれる部屋がある。

 その扉が、今、わずかに開いていた。誰もそこへ向かった気配はない。

 けれど、朱音の耳には——風を撫でるような、擦れるような音が聞こえた気がした。


 「……あかね?」


 背後から玲の声。すぐに足音も近づく。


 朱音は扉のほうを指差した。


 「……さっき、誰かが“何かを置いていった”気がする。音が、したの」


 玲は一歩、前へ。慎重に扉を開ける。

 鏡の間——そこは元々、来賓用の特別室だった。左右の壁一面に古い鏡がはめ込まれており、外の光が差すと、それが万華鏡のように反射して輝く。


 だが今は、ほとんどの光が閉ざされ、鏡の中には誰の姿も映っていないようにさえ見えた。

 ……いや、違う。


 中央の円卓の上に、一通の封筒が置かれていた。


 朱音が、そっと近づいていく。


 「これ、……いつものと違う」


 その封筒は、今までのものと明らかに違っていた。

 白ではなく、灰色。封蝋の代わりに、銀色の糸が巻かれている。


 玲が受け取り、封を切る。中には、たった一行の文。



「鏡の中を覗くな。そこには“誰が誰を見ていたか”が残ってしまうから」



 玲の目が細められる。


 「……これは、警告だ。あるいは、観察の報告」


 鏡に囲まれたこの空間で、誰かが“誰かを見ていた”という構図が成り立っていた。

 実際、鏡の向こう側——壁に仕込まれた小さな開口部の存在も確認された。


 つまり、鏡の間は“監視室”として利用されていた可能性がある。

 この館の誰かが、あるいは、最初からルートマスターがここに出入りしていたのかもしれない。


 玲は鏡に手を触れながら、ふと口にした。


 「手紙は媒介。だが、監視は“実行者を選ぶための工程”だった。

 ……誰が壊れそうか。誰が利用できそうか。それを判断していたんだ、この部屋で」


 朱音が、ポツリと呟いた。


 「じゃあ……“わたし”も、見られてた?」


 玲は一瞬、答えを止めたあと、うなずいた。


 「……けれど、朱音。君は選ばれなかった。“利用するにはまっすぐすぎる”って、あの男が判断したんだろう」


 それは、ある意味で最大の称賛だった。

 朱音は、ルートマスターの選定基準から外れた。だから、巻き込まれたけれど、操られなかった。


 玲は灰色の封筒を指でつまみ上げながら、確信する。


 これは最後の封筒ではない。

 だが“最初に仕掛けられた部屋”を見つけた今、逆算が始まる。

 ルートマスターの計画は“手紙の順番”ではなく、“誰がどこで読んだか”によって意味が生まれる構造になっていた。


 この鏡の間こそが、その計画の“ゼロ地点”だったのだ。


【時間】12月25日(月)午後8時17分

【場所】雪螢館・離れの書斎裏/隠し扉


 木の壁に触れた瞬間、微かな“空気の揺らぎ”が、玲の指先を撫でた。

 表面の色や質感は周囲と変わらない。だが、その一点だけ、手応えがわずかに“軽い”。


 ——これは、空間の継ぎ目。構造上、後から増設されたか、逆に意図的に“閉ざされた”証拠だった。


 その場にやってきたのは、黒のタイトコートに身を包んだ女性だった。

 銀縁の眼鏡に静かな口元。そして名乗った名は——瀬名せな 真澄ますみ


 「K部門・構造解析支援班所属、……“記録解体士”。ご挨拶は後回しにして、まずは解析を」


 瀬名は言葉通り、手早く作業に取りかかる。レーザー干渉計と温度差スキャナで壁面をチェックし、数分後には“ヒンジの軸”をピンポイントで特定した。


 「ここが、開く」


 瀬名が工具を当てると、低い音を立ててパネルがずれる。そして姿を現したのは、石で囲まれた下り階段だった。



【時間】午後8時26分

【場所】隠し通路内部/地下回廊


 ほとんど人の気配はなく、埃すら積もっている。

 だが、その通路の最奥に——**“差し出されぬまま残された封筒”**が、ただひとつ、置かれていた。


 照明も何もないその空間。外気との温度差もあり、そこだけ時間が止まったような静けさ。


 封筒には、今までのものと同じ“黒い封蝋”。

 だが、裏面には異なる特徴があった。


 「差出人:館主代理・広瀬信行」


 玲の眉が、わずかに動いた。


 「……この筆跡は、広瀬のものじゃない。模倣だ」


 そう、それは誰かが“広瀬の名を騙って”差し出そうとした手紙だった。だがなぜここに?

 朱音が中を覗き込む。



【手紙の文面】


『——君だけは、知らぬままでいてほしかった。

 君が真実にたどり着くその時、

 この手紙が“渡されていなかった”なら、

 それは私の計画が、失敗した証だ。——L.M.』



 L.M.――ルートマスター。


 玲はその署名を見て、確信する。


 これは“渡されなかったことで成立する手紙”だった。

 つまり、“この封筒を発見することそのもの”が、計画の予備動作だったのだ。


 「……誰にも渡さず、密かに地下に置く。だが、いずれ誰かが構造解析に気づく。

 この館の構造そのものが“地図”になっていて、最後にこの手紙に導かれる仕掛け……」


 朱音が、ぽつりと呟いた。


 「この手紙……“わたし宛て”じゃない。……“誰かの未来”宛てみたい」


 玲は小さくうなずく。


 「これは、未来のルートマスター候補への“継承の手紙”。

 選ばれなかった人物、あるいは、選ばれるべきだったのに届かなかった誰かに。

 ——そう、これは“封印された導線”だ」



【演出的な補足】

•この手紙は、ルートマスターが“別の人物に成りすまし”、すれ違いざまに地下構造のどこかへ忍ばせていた。

•例えば広瀬が人払いをしたタイミングや、帳簿整理時の混乱に乗じて、誰も気づかぬうちに館内から地下への導線を確保していた。

•玲たちが直接“運ばれる”のではなく、構造と心理によって“誘導されて”手紙にたどり着くことで、ルートマスターの計画性の高さと「目に見えない支配」の恐ろしさが際立つ。


【時間】12月25日(月)午後6時30分


【場所】雪螢館 地下封印庫前


 石の階段を降りきった先、ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。

 懐中電灯の光が、湿った岩肌に鈍く反射する。冷たい地下通路の奥に、玲は黙って立っていた。


 「ここか……」


 低く抑えた声でつぶやく。

 手の中に握られているのは、金属の艶を失った古びた懐中時計。朱音がスケッチに描いていたそれと、まったく同じ裏面の刻印があった。


 「朱音の言うとおりだったな……」


 玲は、時計の裏蓋を丁寧に開いた。内部には、見慣れぬ文字と小さな回転ダイヤルが埋め込まれている。


 「N.M. 5:47 —Scutum」


 朱音が描いていた“時間”と“模様”——

 偶然ではない。意図的な“導き”だ。

 玲はダイヤルを「5:47」に合わせ、カチリと音が鳴るまで慎重に動かした。


 瞬間、石の壁がわずかに震えた。


 「今の……扉か!?」


 背後から現れたのは、K部門の記録解体士・瀬名真澄。理知的な目元の奥で、彼女の表情が確信に変わる。


 「Scutum方式……磁気パターンと時刻同期による開閉。戦前の迎賓施設に使われていた封印機構ね」


 説明を終えると同時に、壁の一部がゆっくりと左右に開き始めた。

 石が擦れる低い音が、地の底でくぐもって響く。


 「やっぱり……開いた」


 朱音が玲の隣で、小さくつぶやいた。


 現れたのは、半円形の石室。古びた棚に積もった書類、崩れかけた木机。

 そして、その中央——机の上に、一通の封筒が置かれていた。


 何の装飾もない、けれど不自然なほど目立つその封筒。

 封蝋には、時計の針が刻まれていた。5時47分——。


 玲は静かに封筒を手に取った。


 「同じだ……この時刻……まるで“招待状”みたいだな」


 「玲くん……その手紙、まさか……」


 朱音の声に、玲は短くうなずいた。


 「ルートマスターの“手口”だ。直接言葉を交わすことなく、相手を意図する場所へ導く……“媒介”を通じて、他人の手を借りて状況を動かす」


 封筒の重みは、紙の厚みだけではない。


 これは、新たな犠牲者の“許可証”か、それとも——

 犯人が残した「次の手筋」。


 玲は視線を地下奥の闇に向けた。


 「まだ終わっていない。これは……“はじまりの続き”だ」


【時間】12月25日(月)午後7時10分


【場所】雪螢館 地下封印庫


 封印庫の扉が完全に開いたとき、中から吐き出されたのは、長く閉ざされた空気だった。

 澱んだ埃と、古い紙と木が発する乾いた匂い。それが冷気と混じり合って、地下全体に独特の重さを与えていた。


 玲は一歩足を踏み入れた。朱音と瀬名も後に続く。


 「……封印というより、“隔離”ね」

 瀬名がつぶやく。


 壁面には帳簿や名簿が詰め込まれた棚が幾つも並び、木製の大箱がいくつも積まれていた。

 どれも分厚い封蝋で封じられており、何十年もの間、開かれることを拒んできたようだった。


 その中、机の上にただ一つ——封筒が置かれていた。

 前の部屋で見つけたものとは異なり、こちらの封筒には何の刻印も装飾もない。まるでそれ自体が存在を隠すために作られたかのように、白紙のままだった。


 玲はそれを手に取り、慎重に封を開けた。


 中には一枚の紙が折りたたまれていた。


 ──**『左翼回廊・旧倉庫跡 21時。証拠はそこにある』**──


 それだけだった。差出人の名も、指示の文脈もなく、ただ場所と時間のみが淡々と記されていた。


 「……導線だ。これは次の“誘導”だな」

 玲が呟く。

 「これを誰かが受け取れば、21時には確実にその場にいる。……そして“何か”が起きる」


 その時、朱音が懐から紙を取り出した。

 いつものように、何かに突き動かされるように描かれたスケッチ。そこには、地下の構造を上から見たような歪な図形と、指で差すように描かれた人物が、左の方角を指していた。


 「朱音……それ……」


 「うん。……さっきの部屋で、ふと思い出したの。これ、たぶん——こっちの棚の裏側」


 玲が朱音の指す方向に近づき、棚を慎重に押し引きすると、石の壁との間にわずかな隙間が見えた。

 その隙間に、もう一通の封筒が無造作に突っ込まれていた。


 だがそれはただの封筒ではなかった。

 小さく折りたたまれた手紙の裏には、「この指示に従い、封印庫の棚の裏に再封入せよ」と走り書きされていたのだ。


 ——数時間前。

 暗がりの中、一人の人影がこの部屋に忍び込み、封筒を手に何かを読み取っていた。

 表情は伺えない。厚手の手袋をしたその人物は、紙の指示通りに棚を少しだけ動かし、手紙を挿し込み、元に戻す。

 その姿には迷いも戸惑いもなかった。まるで、自分の意志ではないかのように。


 “それ”を導いていたのは、ルートマスターの指示書だった。


 玲は手紙の内容を一読し、目を細めた。


 「……これは、“隠すこと”そのものが目的だったのかもしれないな。誰かが読んで、行動し、それを見られないように封印する。それも“計画”の一部ということか」


 「……じゃあ、もう“読んだ”人が、館の中にいるってこと?」


 朱音の問いに、玲はうなずいた。


 「おそらく、もう動いている」


 朱音が手にしたスケッチに描かれていたもうひとつの“影”——

 誰かに手紙を渡す“手”の描写は、まだ不完全だった。けれど、それは確実に、「誰か」が媒介を受け取った証だった。


 ルートマスターは、ただ命令を下すのではない。

 “行動させる”。

 しかも、それを行動した当人すら“気づかない”ように。


 玲はふと、過去の未解決事件で感じた、あの得体の知れぬ既視感を思い出していた。


 ──ルートマスターの恐ろしさは、「操る」ことではない。

 ──**“その人物の正義”や“保身”を逆手に取って、自然と選ばせる”**。


 朱音の描くスケッチと、導かれた封筒。

 それらは、すべてが“必然”であったように重なっていく。


 玲は、封印庫の奥へと視線を移した。


 「——21時。次の“証拠”が現れる頃には、もう一人……誰かがいなくなっているかもしれない」


【時間】12月25日(月)午後7時25分


【場所】雪螢館 地下封印庫


 地下の封印庫の扉は、まるで今なお何かを“閉じ込めている”かのようだった。

 厚い鋼鉄のドアには、ワイン貯蔵庫時代の名残として、擦れた英字の刻印が残されている。


 「重いな……」

 玲がドアを押し開けると、ぎぃ……と軋んだ音が地下に響いた。

 朱音が懐中電灯のスイッチを入れ、光を振る。


 埃をかぶった棚、古びた帳簿、錆びた鍵束。封の切られていない封筒の山。

 そして、どの木箱にも共通しているのは――「長らく開けられた形跡がない」ということ。


 玲は棚の一番下から取り出した帳簿を開いた。が、ページのほとんどは名前と日付の羅列。

 「取引記録、あるいは……訪問者名簿か」


 その時だった。朱音が、ぽつりと呟いた。

 「……倉庫……だよね。さっきの紙にあった、“旧倉庫跡”って。玲さん、行くの?」


 「行くさ」

 玲は懐に封筒をしまい込むと、即答した。


 「21時。そこが“次”の舞台になる。そう書いてあった以上、行かない手はない。問題は――」


 「――その手紙、誰が受け取る“予定”だったのか、でしょ?」

 瀬名が代わって言葉を継いだ。


 玲はうなずいた。

 「もしあの手紙を“想定通りの人物”が読んでいたなら、21時には確実にそこに現れる。そして……もうひとつの可能性として、“今すでに読んでしまった誰かが、指示通りに動こうとしている”」


 瀬名が不穏そうに目を細める。

 「つまり……次の犠牲者は、“行くべきじゃなかった人”かもしれないってことね」


 朱音が懐からスケッチブックを開いた。

 「……これ、さっき描いたやつ。変なんだ」


 そこには、旧倉庫跡の入り口とおぼしき影と、その前に立つ人物の姿が描かれていた。

 けれど、その人物の顔だけが“塗りつぶされて”いた。

 まるで、朱音の中でも「まだ見えていない」「気づいてはいけない」と、無意識が拒んでいるかのように。


 玲はその絵に目を落とし、言葉少なに呟いた。

 「この塗りつぶし……顔を隠しているんじゃない。“正体を描けないほど、近しい人物”なんだ」


 その瞬間、ある記憶が閃いた。

 数時間前、暖炉の前で柾木と交わした短い会話――彼が一瞬、視線を逸らしたその意味。


 (……まさか……柾木、あのとき、すでに……)


 玲は急ぎ足で封印庫を出る。

 階段を駆け上がる途中、朱音が呼び止める。


 「玲さん! ひとりで行くつもりじゃないよね……?」


 「必ずしもそうとは限らないが、ひとつだけはっきりしてる」


 玲は振り返り、冷えきった眼差しで言い切った。


 「行動している“誰か”は、無自覚のまま次の犠牲者を導いてる。

 ……ルートマスターの指示通りに、な」


 午後7時25分。

 雪螢館の静寂の裏側で、時限装置のように、**21時という“破局の刻限”**が刻まれはじめていた――。


【時間】12月25日(月)午後8時10分


【場所】雪螢館 西棟・旧執事室前


 床板が、小さく鳴いた。


 雪螢館の西棟――今は使われていないこの一帯は、かつて執事や家令が暮らした場所だ。廊下には薄い埃が積もり、空気は黴の匂いを孕んでいる。朱音はマフラーの端で鼻を覆いながら、玲の背にぴたりとついていた。


 「ここ……誰も入らなくなったんだね」

 「使わせたくなかった、んだろうな」玲は低く応えた。


 旧執事室の前で立ち止まり、ノブに手をかける。だが扉は、わずかに開いていた。


 そのとき、朱音がスケッチブックを抱えたまま、ぴたりと足を止める。

 「……玲さん、スケッチ、完成したよ」


 灯りの下に見せられたその絵には、暗い廊下の奥で、何かを見下ろしている柾木の背中が描かれていた。

 彼の右手には、見覚えのある封筒。そして足元には、崩れるように倒れかけた影。


 「……柾木……!」

 玲はとっさに扉を押し開けた。


 旧執事室の中――薄明かりのランタンが置かれ、その灯りの下、柾木浩司が立っていた。


 彼の手には、朱音の絵と同じ封筒。そしてその足元には、うずくまるようにして座り込んだ広瀬悠人の姿。

 その頬には汗と……微かな涙の痕。


 「……遅かったか」

 玲が低く呟いた。


 柾木がゆっくりと振り向いた。目に驚きも動揺もない。ただ、どこか遠くを見ているような、虚ろな目。


 「……もうすぐ、倉庫に行くんだと思ってた。封筒にはそう書いてあった」

 柾木の手元から、白い紙が一枚ふわりと落ちた。


 玲がそれを拾い上げ、目を通す。

 そこには、こう書かれていた。


 > 【名宛人:広瀬悠人】

 >

 > あなたの知る“真相”を、他の誰かが手に入れようとしています。

 > 安全な場所で話し合いを。旧倉庫跡、21時。

 > 柾木浩司を通じて、本書をお渡しします。


 「……広瀬が、誰かに真実を話すかもしれない。そう思わされて……?」

 玲の問いに、柾木はかすかにうなずいた。


 「……彼を止める必要があると思った。自分が、正しいと思った。……それが、指示だったんだ」


 朱音が、言葉を失ったまま柾木を見つめていた。

 玲が彼の手から封筒を取り上げると、その裏面に、かすれた筆跡が浮かんでいるのを見つけた。


 「“役割は終えた。あとは、あの者の記憶に委ねよ”……?」

 玲が読み上げると、朱音が眉を寄せた。


 「……この文字、見たことある。前のスケッチの、あの“差し出す手”と同じ」


 柾木が、はっと息をのむ。

 「まさか……あれは、ルートマスターの……!」


 玲の声が、冷たく静かに落ちた。

 「そうだ。“誰かに封筒を託し、別の誰かを動かす”。それがあいつのやり口だった。直接動かず、記憶にも痕跡を残さずに――」


 遠く、時計が時を告げる。八時十五分。

 次の舞台となる倉庫跡へ、残された時間はあと四十五分。


 朱音がスケッチブックを閉じ、ポケットにしまい込む。

 「玲さん、行こう。今度は、間に合うように」


 「――ああ。次こそ、止める」


 玲はコートの襟を立て、風の吹きすさぶ外へと歩き出した。

 雪螢館の廊下を抜け、21時――倉庫跡の闇へ向かって。


【時間】12月25日(月)午後10時42分


【場所】雪螢館・西棟 応接間


 応接間には、重く沈んだ空気が漂っていた。

 シャンデリアの光は暖かいはずなのに、室内の温度は低く、吐く息がほのかに白い。


 絹のカーテンがわずかに揺れるたび、そこから染み出すように緊張感が滲んでくる。まるで、ここに刻まれた過去と秘密が、空間そのものを濃く染めていたかのように。


 朱音は暖炉の前に腰を下ろしていた。炎はすでに小さく、赤い炭だけがかすかに灯る。

 彼女の膝には、例のスケッチブック。表紙には煤のような汚れ。さっきの地下でついたのだろう。


 「……あのとき、もう一通……誰かが手紙を持っていたの」

 朱音がぽつりと呟いた。

 「けど、それが誰なのか、まだはっきりしない。でも――」

 ページをめくる手が止まった。そこに描かれていたのは、暖炉の前に立つ“ある人物”の後ろ姿。


 玲はソファに深く身を預けたまま、壁際の時計に視線を向けた。秒針の音だけが、妙に大きく響いている。


 「“動かされた人間”は、自分が動かされたことにすら気づかない。だが“媒介”が残っていれば、そこから辿れる」

 玲の声には、静かな怒りが滲んでいた。

 「柾木も、広瀬も、そしておそらく……もう一人」


 ドアがノックもなく開いた。

 入ってきたのは、K部門の瀬名真澄。

 手には茶封筒。だが、封は切られておらず、宛名も書かれていない。


 「地下の“封印庫の箱”の底に、これが入っていました。……誰にも渡されていない、“本来の配布対象”がいた可能性がある」


 玲がそれを受け取り、ゆっくりと手の平で撫でる。

 紙の質感、重み――何かが込められていると直感でわかった。


 「この手紙が配られなかったのは、渡す“媒介役”が直前で変更されたからだろう。ルートマスターは計算し尽くしていたはずだ」

 そう言いながら玲は、思い出していた。七年前の“もう一つの事件”。

 あのときも、似たような空白があった。配られなかった指示、ずれた動線、そして――“記憶”に残らない何か。


 沈黙が室内を覆った。


 朱音の指が、また一枚のスケッチをめくる。

 描かれていたのは、鏡に映る二つの影。ひとつは明確な輪郭。もうひとつは曖昧な線で描かれており、どこか掴みどころがない。


 「この人……たぶん、“犯人”じゃないの。違う。“気づかずに動かされていた人”」

 朱音はそう言い、玲の目をまっすぐ見つめた。


 「――でも、私は、この人の顔をまだ描けない」


 玲は短く息をつき、立ち上がる。

 「時間がない。あとは“最後の記録”を見るだけだ。ルートマスターが、最後に残した“声”を」


 応接間の扉が、再び音もなく開いた。

 その先には、“鏡の間”――声なき記憶が沈んだ部屋が待っていた。


【時間】12月25日(火) 午後11時50分


【場所】雪螢館・南棟 応接室


 暖炉の火は、もうすっかり消えていた。

 けれど、壁に残る煤の筋が、ついさっきまでそこに何かが激しく燃えていたことを静かに物語っていた。

 応接室の空気は乾ききっていた。焦げた紙の匂いがまだわずかに漂っており、鼻腔の奥にひりつくように残る。


 ――遅かった。

 玲は煙の残り香を嗅ぎ取りながら、消えかけた熱の余韻がまだ暖炉の奥に残っていることに気づいた。

 手袋越しに鉄の火かき棒を手に取り、灰を押し崩すと、その奥から焼け残った“紙片”の束が顔を覗かせた。


 「これは……」


 紙の一部は黒く焦げ、半ば文字が崩れていた。

 だが、ひとつだけ、朱音がその場にいたならすぐ気づいていたはずのものがあった。


 ――手紙の端。

 あの独特な封筒の“金色の縁飾り”が、一部だけ原形を保っていたのだ。


 「手紙を、燃やした……誰が?」


 だが、それは問いではなかった。

 燃やした者は、“手紙を受け取った者自身ではない”。

 “指示された”誰か――つまり、**ルートマスターに命じられた“代行者”**だった。


 そのとき、扉の外から誰かが足早に近づく音がした。

 現れたのは、K部門の帳簿鑑定士――柾木だった。


 彼の目は赤く充血していた。汗が額に浮かび、片手には封筒の欠片。もう片方の手には、折り畳まれた“記録紙”。


 「間に合わなかった……俺が見たときには、すでに炎の中だった。だが……」


 柾木は震える手で、紙片を玲に差し出した。

 それは完全に焼かれる前に抜き取られた“手紙の一部”だった。封筒の裏面に、文字が残っていた。


 ──**「次は、12月26日 午前2時、旧倉庫跡地にて。」**

 ──**「“記録”を確保し、処分せよ。対象は”彼女”ではない」**


 「……彼女、じゃない? じゃあ誰が標的だった……?」


 玲の脳裏に浮かんだのは、“最初に配布された手紙”を受け取った者たちの顔。

 だが、そこに一人、名前の上がっていない者がいた。


 ――最初の頃から、決して手を汚さず、記録にも名前が残っていなかった人物。

 ――常に現場の“一歩外側”にいて、誰かに情報を預け、指示を通していた者。


 「……そうか。燃やしたのは“記録保持者”ではない。

 それを見て、焦った“もう一人の関係者”が勝手に処分した。そういう構図か……」


 玲の声が低く落ちる。

 暖炉の奥、炭の隙間から覗いたのは、指紋の付いた金属製のクリップ。

 書類を留めていたものにしては、やけに古い作りだ。


 「朱音……この件の“結末”を、お前のスケッチが指し示している気がする」


 玲は懐から朱音のスケッチのコピーを取り出す。

 そこには、燃えさしの暖炉の前に立つ“背広姿の影”と、

 その背後、鏡にぼんやりと浮かぶもう一人の影――

 だがそれは、どこか“観察者”のように、現場から一歩退いた位置にいた。


 「……ルートマスターは、すでに“次の手”を打っている」


 午後11時50分。

 火は消え、決定的な証拠の一部が灰となった。

 だが、その“燃やされた事実”そのものが、今や最大の証拠として玲の中で一つの構図を浮かび上がらせつつあった。


【時間】12月26日(水) 午前0時12分


【場所】雪螢館・北棟 書庫


 北棟にある古びた書庫は、吹きさらしの廊下を抜けた先にひっそりと存在していた。

 かつてこの館で生活していた使用人たちの記録や、名倉家にまつわる古文書、帳簿の控えなどが雑然と積まれていたが、いまその静寂を破ったのは、木の崩落音と、かすかな呻き声だった。


 扉を開け、玲と朱音が中に足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。


 「……朱音、後ろに」


 玲が静かに手を伸ばす。

 部屋の中央――崩れた書棚の下に倒れていたのは、**志村理人しむら りひと**だった。

 名倉家の血縁者であり、今回の相続資料を整理していた青年。帳簿管理の補佐として、K部門からも協力要請されていた人物だった。


 だが今、彼の胸元には血の滲みが広がっていた。

 書棚が崩れ落ちた“だけ”では、説明できない――明らかに鋭利な刃物による一突き。

 そして、倒れた彼の手元には、折り畳まれた書類が一通、しっかりと握られていた。


 玲が手袋越しにそれを受け取る。

 ――それは、ルートマスターからの“指示書”だった。



《ルートマスター指示書 抜粋》


「書庫にて“第二遺産目録”を発見次第、項番B‐7を抜き取り、所定の封筒に入れて保管。

本件に関し、他者に報告するな。報告時は“未確認”と応答せよ。

午前0時をもって、“次の者”へ引き継ぎを開始すること。対象は既に到着済み。合図あり。」



 「……次の者、か。つまり、志村は“手渡し”の中継地点にされていた」


 玲の目が細まる。

 この指示書の文面は、単なる業務指示のように装ってはいるが、明らかに何かを“隠す”ことが前提だった。

 第二遺産目録――それは、名倉家が密かに保有していた土地や財産、あるいは他言無用の“外部への支払い記録”を含んでいる可能性が高い。


 その書類は、すでに彼の手から抜き取られていた。

 指先にかすかに残っていた“封筒の痕跡”は、さっきまでそれがそこにあったことを物語っている。


 「犯人は……いや、**次の“指示された者”**は、この封筒を奪い、志村を“処理した”」


 背後で朱音が震えるように声を出した。


 「……スケッチの“あの影”……さっきまで、理人さんの背後に立ってた……。

 でも、顔が……鏡みたいに、何も見えなかった」


 玲の背筋に冷たい感覚が走る。

 それは朱音の予知に近い描写であり、今回もまた“犯人”の姿を捉える寸前だったということ。

 だが、その“顔のない影”こそ、ルートマスターが送り込んだ**“次の操り人形”**。


 玲はポケットから取り出した小型の記録端末を起動した。

 画面には、先ほど解析された「旧暖炉の中で発見された手紙の一部」と同じ字体で書かれた、指示書の断片が映し出されていた。


 ――「午前2時、旧倉庫跡地にて。対象“処理”完了次第、原本と報告書を消却。」


 「……午前2時。次の場所は……“倉庫跡”か」


 朱音がもう一度、彼女のスケッチブックを開いた。

 描かれていたのは、雪に覆われた古びた屋根と、ひとつだけ開かれた扉の前に立つ人影。

 その足元には、何かを持っている影。そして、その背後に倒れ伏すもう一人――


 「この姿……次は、誰が犠牲になるの?」


 玲の目がわずかに伏せられた。

 志村理人――指示された通りに動き、報告すらさせてもらえず“次の者”に消された青年。

 彼の死は、ただの“中継地点の処理”にすぎなかったのだ。


 ルートマスターの意図は明確だった。

 ――記録の手渡しと、消去。それを、本人の手では行わない。

 常に他者を介し、痕跡と責任を“拡散”させる。


 玲は静かに、時間を確認する。

 午前0時12分。

 旧倉庫跡地に向かうまで、あと1時間と48分。


【時間】12月26日(水) 午前2時10分


【場所】雪螢館・中央階段ホール


 吹き抜けの天井から吊るされた古いシャンデリアは、風もないのにわずかに揺れていた。

 雪螢館の中央階段ホール――昼間とは打って変わって、静寂と不穏がじわじわと床板を這っている。


 階段下、木製の大テーブルの上に、朱音のスケッチブックが開かれていた。

 ページの中心に描かれていたのは、異様に長く、節くれだった**「手」**だった。

 明らかに年老いた手。指は細く、骨ばっていて、皮膚には深い皺が刻まれている。

 けれど、その中でひときわ目を引くものがあった。


 ――左手の薬指が、途中から消えている。


 「……この人、左手の薬指がないの。最初、描いてて“おかしい”って思った。でも、何度描いても……やっぱり、ここだけ無いの」


 朱音の声は、震えてはいなかった。ただ、その目だけが、何かを“確信している者”のそれだった。


 玲がそのスケッチに目を落とし、静かに頷いた。


 「左手の薬指……結婚指輪の位置だな。何かを象徴してるのか、あるいは実際に“その指”を失った者……」


 玲の頭の中で、関係者の姿が一人ずつ浮かび、消えていく。

 スタッフ、客人、補佐役、遺族。ここ数日で館に出入りした者は限られている――しかし、その中で**“身体的特徴を意図的に隠している者”**が一人だけいた。


 「……火傷の跡を理由に、ずっと手袋を外さなかった人物がいたな。理事代理の——倉持辰夫くらもち たつお


 玲が名を口にすると、朱音がはっと息を飲んだ。


 「あの人……手、出してるところ見たことない。昨日、誰かに“手を触れられそうになった瞬間”も、すごく反応してた……」


 「左手の薬指がない。それを隠しているとすれば、“見られること”自体が危険な証拠ということだ。

 つまり……彼が“次のターゲット”であると同時に、すでにルートマスターの駒として何かしら関与していた可能性がある」


 朱音がもう一枚、スケッチブックの別のページを開いた。


 そこに描かれていたのは、朱音自身もまだ意味を理解していない、けれど何かの“暗号”のような構図だった。

 中央に階段、そしてその下に立つ人影――左手を懐にしまい、階段を見上げている姿。


 その視線の先には、何かが落ちていた。紙のような、小箱のような、細長い――封筒か、記録媒体のようなもの。


 玲は静かに立ち上がり、階段の手すりへと歩を進めた。

 その真下にある“装飾台”には、確かにひとつ、見覚えのない封筒が置かれていた。


 「朱音、この絵……このタイミングで、ここにあること自体が異常だ。誰がこれをここに?」


 「わたし、描いた記憶がない。でも、気づいたらこのページに……」


 それはまるで、“誰か”が朱音の手を借りて、未来を刻み込んだかのようだった。

 いや――未来を“導こうとした”者の意思かもしれない。


 玲は封筒を手に取り、封を切る。

 中には、先ほど失われた“第二遺産目録”の写し――と、それに添えられた一枚のメモが入っていた。



《手書きのメモ》


「次は、彼が“終わらせる”番だ。

欠けた指が示すのは、始まりと終わりの循環。

燃やされるか、残されるか――選べ」



 「終わらせる……?」


 玲の手が止まる。

 まるでこの一連の事件を閉じるために、“誰か”が犠牲になることを前提として書かれているようだった。


 そして今、左手の薬指を隠す男――倉持辰夫は、館のどこかに潜み、何かを“遂行しようとしている”。


 だが、それは本人の意志か、それとも……

 ルートマスターの“最後の指示”か。


【時間】12月26日(水) 午前2時30分


【場所】雪螢館・南棟 石原冬彦の部屋


 石原冬彦は、すでに目を覚ましていた。

 寝台に体を横たえてはいるものの、布団は半分までしかかけられていない。彼の目は眼鏡を外したまま、窓の外の雪景色に向けられていた。

 遠くの木々が、風に揺れてはかすかに枝を鳴らす。黒と白の輪郭が、時間の境目を曖昧にしていた。


 「……寒いな」


 呟いた声に応える者はいない。

 部屋の暖房は微かに唸っているが、それでも芯から冷えるような空気が壁を伝って忍び込んでいた。


 石原は寝返りを打ち、脇に置かれた呼び鈴をそっと鳴らした。

 やがて、数分後。部屋の扉が静かにノックされ、従業員の声が漏れる。


 「失礼いたします。ホットミルクをお持ちしました」


 「……ありがとう。入ってくれ」


 扉が開かれ、深いグレーの制服を着た若いボーイが一歩、部屋へ足を踏み入れた。

 銀盆の上には、湯気の立つマグカップと、小さな角砂糖の器が置かれている。


 石原はベッドから半身を起こし、ふとその顔を見た。

 どこか見覚えがある――そんな感覚が、一瞬だけ胸をよぎったが、眠気の余韻と寒さがその違和感を鈍らせた。


 「夜中に悪いね……寒くて、寝られなかったんだ」


 「ええ。雪が強くなると、館全体が冷えるようでして。……こちら、温かいうちにどうぞ」


 丁寧にカップを差し出すその手は、手袋をしていなかった。

 ――細く、白く、しなやかで……だが、どこか不自然なほど整っている。


 石原がミルクを口に運ぼうとしたそのときだった。

 彼の視線が、その“手”の左側にふと向かう――そして気づく。


 左手の薬指がない。


 「……あれ、君……」


 問いかけは、最後まで声にならなかった。

 若い男の顔が、ほんの一瞬だけ“無表情の仮面”を外し、そこに宿したのは――明確な意思と、制御された冷酷さだった。


 「お静かに、石原様。……あと少しで、すべてが整いますので」


 その声には、どこか古びた響きがあった。

 まるでこの館の壁に染み込んだ“誰かの声”が、今この場で蘇ったかのような。


 石原は、凍ったようにその場に留まっていた。

 ミルクの湯気が揺れ、銀盆にわずかに震えが映る。


 ルートマスター――

 姿なき誘導者は、ついにその手を伸ばし、“終わり”に向けて盤面を一つ動かしたのだった。


【時間】12月26日(水)午前3時15分


【場所】雪螢館・地下応接室


 扉を開けた瞬間、冷気が肺に突き刺さる。

 朱音が玲の背後にぴたりと身を寄せ、手にした懐中電灯の光が、重苦しい空間を切り裂いた。


 名倉英一郎は、ソファの中央に静かに座っていた。

 身体は崩れていない。背筋も、姿勢も、普段通り――だが、その沈黙には生がなかった。


 「……動いてない……」


 朱音の小さな声に、玲はゆっくりと歩み寄る。

 男の喉元、きっちり留められたシャツの襟元に、暗く滲んだものが見えた。


 「……細い刃。首筋を一閃。即死……か」


 玲はかがみ込み、英一郎の手をそっと開く。指は僅かに硬直し始めている。

 何も握られていない――が、前のテーブルの上に封の破られた手紙が置かれていた。



 差出人不明。宛先は、“石原冬彦”


 玲は紙面を広げ、目を走らせる。

 筆跡はあくまで丁寧だが、文体には他者を動かす明確な意図がにじんでいた。



石原様


封印庫の第二棚にある帳簿原本のうち、

“財産分与と補佐任命に関わる部分”のみを英一郎氏に渡してください。

その際、鑑定記録ページは抜き取り、焼却してください。


すべては「円滑な相続のため」。


必ず、彼が「真実の一部だけ」を受け取るように。


    ――R


 「……焼却指示……」


 その単語に、朱音が顔を上げた。


 「玲……あのね、南の応接室。さっき……暖炉の灰、すごく黒かったの。灰じゃなくて、紙が焦げた匂いがした」


 「……誰かが、指示通りに書類を燃やした。だが……」


 玲は視線を鋭くする。


 「その“誰か”は、燃やしたことを知られたくなかった。証拠を消すためじゃない。処理させるために、動かされた」


朱音がうなずく。

「……だから、あの手紙は“届いたこと”が大事だったんだね」


玲は静かに頷いた。

「指示通りに燃やす。それが行動の証明になる。“命令に従った”という記録のために」



石原は、帳簿の中に「改ざんされた取引記録」があると見抜いていた。

指示書には「抜粋して渡せ」とあり、その内容は名倉英一郎に不利な記述を避けた構成だった。

彼は本当の原本の所在も把握していたが、渡さなかった。

理由は、「これは正しい相続ではない」と感じたから。

だが、それを口にする前に、彼は封じられた。



朱音が足元に落ちていた革のケースを拾い上げる。

無言で玲に差し出す。


「……ありがとう」


玲が開けると、中には古いUSBと手書きの家系図。

家系図には名倉家の血筋と、いくつかの赤い印。

裏には走り書きが一行だけ。


──「次に選ばれる者が、きっと現れる」


玲はUSBをポケットにしまい、短く息を吐く。

朱音はただ黙って、それを見つめていた。



 朱音が、そっと玲の腕を引いた。


 「……この人も、駒だった?」


 「いや――“動かされた、ふりをしていた”。でも、最後には気づいていた。自分が動かされていたことを」


 玲は目を伏せた。


 「だから渡した。本物の帳簿を。だが、その代償は――」


 言葉を遮るように、朱音の視線が一点に止まる。


 スケッチブック。彼女の手の中で、開かれたページに浮かぶのは――

 扉。そして、細長い指。


 左手。薬指がない。


 「……次に殺されるのは、“その指の人”……?」


 玲の目が鋭くなった。


 「いや、もう――殺された“直後”かもしれない」


【時間】12月26日(水)午前3時40分


【場所】雪螢館・旧執事室 地下金庫前


 古びた床板を剥がした先、軋むような音とともに現れたのは、

 かつてこの館の財産と記録を封じ込めた鉄製の金庫だった。


 名倉英一郎の懐中から発見された、最後の鍵。


 それは死の間際、震える手で差し込まれていた。

 鍵が回る。金属が軋む。重く密閉されていた扉が、湿気を孕んだ空気と共に開いた。



 中にあったのは、たったひとつの封筒。

 防水加工のされた封筒には、朱音のスケッチにも描かれていた“あの封印の印”――《N》の刻印が浮き出ていた。


 玲が手袋越しにそれを持ち上げ、封を切る。


 中には、三つのものが入っていた。



【一】左手の薬指が欠けた人物の正体


 一枚の古い写真。

 写っていたのは、まだ若き日の執事たち。そしてその中心に、やや斜に構えた一人の青年。


 手に持つ白手袋。その中指と小指の間、明らかに一本足りない。


 朱音が、驚いたように指差す。


 「この人……ボーイさんだった……。ミルク持ってきた、冬彦さんのときに」


 玲が頷く。


 「……石原冬彦に近づいた“偽の従業員”。登録されていない名前、行動記録もない。だが、朱音のスケッチには残っていた。この指が」


 男の名前は――志摩 しま・とおる

 20年前、館を出て消息を絶った“元・名倉家付きの執事補佐”。

 だが彼は、外である組織とつながり、**“記録の改竄と封印の専門家”**として暗躍するようになっていた。



【二】最後の誘導先


 封筒の二枚目――それは地図だった。

 館の裏手、林の奥にある“旧倉庫跡地”の更に北西。地図に描かれていたのは、通常の地図には記されていない私有地の記録簿だった。


 玲が地図を指でなぞり、目を細める。


 「……これは、館の地下道と繋がっている“隠しルート”だ。封印庫を経由し、直接“倉庫跡”へ繋がる地下通路の一端」


 朱音がページを繰る。


 「……ここ、“予知絵”と同じだ。わたし……描いてた……」


 それは偶然ではない。**朱音が見ていた“未来の痕跡”**は、すでに誰かの手によって“選ばされた記憶”だった。



【三】ルートマスターの正体


 最後に入っていたのは、一通の手紙。筆跡は例の「R」。


 だが、封筒の内側――紙の裏に、朱音のスケッチとまったく同じ筆跡でこう書かれていた。


 この計画を仕立てたのは、“選ばれた観測者”だ。

 記録を編み、記憶を動かし、真実を形作る者。

 すべては“観測された未来”を、意図的に再現するため。


 ――Rei


 「……俺、だと……?」


 玲の声が震えた。

 朱音は、彼の顔をじっと見つめたまま、小さく首を振った。


 「違う。“玲さんの記憶”を使って、誰かが――書いた。真似したの」


 それはつまり、ルートマスター=玲本人ではないが、玲の記憶、行動、判断をトレースできる人物がいたということ。


 そして、その人物こそが――



■ ルートマスターの真の正体:


志摩透は「表の実行者」だった。

だが、記録を操り、人の行動を先読みして書き換える“観測ルート”のプランナーではない。


真のルートマスターは――


かつて玲と同じチームに属していた、記録計画工学のスペシャリスト。

玲が過去に“任務中に死亡した”とされていた同僚、津島環つしま・たまき


彼女は死亡を偽装し、記憶操作と記録改竄の“裏側”へと潜伏。

玲の記録を“素材”として利用し、「最も予測不能な行動をとるはずの男の記憶」を用いて、ルートマスターの人格と指示系統を構築していた。



 玲は、遠くを見た。目の奥が、鈍い痛みを訴える。


 「……俺の中に、ずっと……もう一人の“答え”が、いたのか」


 朱音は、そっと玲の袖を引いた。


 「玲さん。違うよ。見せられただけ。だって、わたし……最初から、“玲さんはわたしの味方”って、知ってたもん」


 玲は、わずかに目を伏せた。

 そして、金庫の封筒をゆっくり閉じた。


 「終わりじゃない。ここが、本当の始まりだ」


【時間】12月26日(水)午前4時10分


【場所】雪螢館・玄関前


 空には、うっすらと朝焼けが滲んでいた。

 けれど、その柔らかな橙色も、雪に閉ざされた雪螢館の前では、どこか色を失って見える。


 朱音は毛布にくるまって、古びた石段の上に小さく座っていた。

 足元には、広げたままのスケッチブック。そこには、誰も知らないはずの“ある風景”が描かれていた。


 細長い倉庫の裏手、崩れかけた土壁。

 そして、その前に立つひとりの女性の影――。


 「……知ってた、ような気がするんだ」


 朱音は、玲の隣で小さくつぶやいた。


 「最初から……この“絵”に、向かって進んでるって」


 玲は立ったまま、重く口を開いた。


 「その影……誰か、わかるか?」


 朱音は、ゆっくりと頷いた。


 「“あの声”の人……夜中に、わたしの夢の中に入ってきた。“最後まで、見届けて”って言った。

  でも――あの人、もう、誰にも見えないの。存在しないことにされてる」



 そのときだった。


 カツン、と。石畳に靴音が響いた。


 朝焼けを背に、ひとりの女性が現れた。

 肩までの黒髪。厚手のコートの下から見える、濃いグレーのパンツスーツ。

 無言のまま、彼女は玄関の階段を一段ずつ、静かに降りてきた。


 玲の目が、わずかに揺れた。


 「……環、なのか」


 女性は立ち止まり、微笑したような表情を一瞬だけ浮かべた。


 「“本当の私”は、とうに死んだことになってるわ。けれど――あなたがここに立つ限り、“私の記録”は続いていた」


 それが、津島環つしま・たまき

 玲のかつての相棒であり、“記録制御計画”の主任技術官。

 そして今や、観測ルートを操る者――ルートマスターそのもの。



「どうして……?」朱音が訊いた。


 環は、その問いに即答しなかった。

 ただ一歩、また一歩と朱音に近づき、静かに言った。


 「世界は、記録に縛られてる。“どうあったか”がすべて。“どうするか”じゃない。

 でもね……あなたの絵は違う。それは、“誰かが見せた記録”じゃなく、“あなた自身が感じた記憶”なのよ」


 朱音の目がわずかに見開かれた。


 「あなたのスケッチブック……それは、記録の外にある観測者の証明。

 最後の封印は、それに“本当の選択”を刻むこと。誰かが決めた未来じゃなく、あなたが決めた未来を描くこと」



 玲が、朱音の肩に手を添えた。


 「……朱音。行くぞ。“倉庫跡”だ。そこに、すべての終わりと始まりがある」


 朱音は、ゆっくりと立ち上がった。


 その手には、一枚の未使用のスケッチページ。


 朱音はそっと、鉛筆を取り出した。


 「今度は、わたしが“未来”を描く。誰かが決めた“ルート”じゃなくて、

 ――“わたしが信じたい”結末を」



 環は最後に、微かに首を傾げ、玲に言った。


 「それでいいの。ようやく、あなたの観測は自由になる。

 さあ、見届けて――最後の封印を描く、あの子の記録を」


 そして彼女は、雪の中へ、ゆっくりと姿を消していった。

 その背を朝焼けが照らし出し、やがてそれすらも雪の帳に溶けていった。


【時間】12月26日(水)午前5時02分


【場所】雪螢館・旧倉庫跡


 森の奥、雪に沈むように残された“旧倉庫跡”。

 朱音が描いたスケッチに、そっくりな構図が広がっていた。傾いた煉瓦の壁、煤けた窓枠、雪に埋もれかけた小さな柱。


 「やっぱり……ここだったんだ」


 朱音がぽつりと呟く。

 その声に、玲は頷いた。


 「ここで“始まり”、そして――終わる」


 彼の足元には、まだ踏み荒らされていない雪。

 つまり、誰かが“これから来る”ということだ。


 玲の右手が、コートの内側で何かを握りしめた。

 そのとき――雪を踏む微かな足音が近づいてきた。



 現れたのは、長身の男だった。

 黒いロングコート、深く被ったフード、そして左手の薬指が――途中で欠けている。


 朱音が一瞬、身をすくめた。

 だが玲は、その男に向かって小さく頷く。


 「……来たな。安斎」


 「約束通りだ」

 男はフードを外す。

 安斎柾貴――かつて“影”に属していた制圧のスペシャリスト。現在は、玲と同じく“真実を追う者”。



 「証拠は持ってきた。あの地下金庫に残されていた“ルートマスターの最後の指示書”」

 安斎が差し出したのは、防水紙に包まれた封筒だった。


 「でも……封は、俺の手では開けなかった。朱音、開けるかどうかは――君の判断に任せる」


 朱音は、一瞬目を伏せる。

 けれど、彼女は深呼吸して頷いた。


 「……うん。描くよ。わたしが、選ぶ」



 朱音が封筒を受け取り、その場で開く。

 中には、短い手紙が一通。そしてもう一枚、白紙の用紙。


 手紙には、こう書かれていた。


 > 「記録は終わった。だが、観測は続く。

 >  この白紙には、誰の意志も上書きできない。

 >  最後の“未来”は、君が描きなさい」

 >

 > ――ルートマスター



 朱音は、その白紙をスケッチブックに挟み込む。

 そして鉛筆を取り出し、ゆっくりと、慎重に、迷いなく描き始めた。


 描かれるのは、朝焼けに照らされた雪原。

 そこに立つ人々の姿。かつての敵も、味方も、並んで笑い合っていた。

 その中心に、毛布を羽織った朱音自身の姿。


 玲が、そっと呟く。


 「……終わったか」


 安斎が、わずかに目を細める。


 「いや――“始まった”んだよ。これは、もう誰にも“封印”できない。

  “誰かのルート”じゃない、“朱音の未来”だ」



 朝日が、旧倉庫跡をゆっくりと照らし始めた。


 朱音は描き終えたスケッチブックを閉じて、微笑んだ。


 「ありがとう……安斎さん」


 「礼は要らない。君が、俺たちを信じてくれたから、ここまで来れた」


 安斎の声は静かだったが、確かな温度を持っていた。


 玲もまた、そっと視線を朱音へと送った。


 「さあ、帰ろう。ここには、もう何も“縛るもの”はない」


 そしてその場に残されたのは、

 一冊の古びた記録帳。

 その最終ページには、ただ一言だけが記されていた。


 「この未来を、選び取った者がいた」


【時間】12月26日(水) 午前6時20分


【場所】雪螢館・玄関前〜山道


 夜明けは、静かに訪れていた。


 雪螢館の玄関前――吹雪は止み、白んだ空がゆっくりと色づいていく。

 朱音は、マフラーにくるまったまま、振り返って館を見上げた。


 「……変わらないね、見た目は。けど……もう違う場所みたい」


 その言葉に、玲は軽く頷く。


 「君が変えたんだ。ここに残ってた“歪んだ記録”を、君が塗り替えた」


 玄関前に停められた四輪駆動の車が、エンジン音を静かに響かせていた。

 ハンドルを握るのは安斎。後部座席には、沙耶と奈々が荷物を積み込んでいる。



 旧倉庫跡の件が収束した直後、K部門と連携した通信網が再び開かれ、

 山を下る“安全なルート”が確保されたという連絡が届いた。


 雪の山道を下るにはまだ時間がかかるが、それでも皆の表情はどこか晴れていた。


 「玲さん」

 朱音が、スケッチブックをそっと差し出す。

 表紙には、昨晩描いた“未来の一枚”が挟まれていた。


 「これ、預けていい? なんか、ここに置いておきたくないの」


 玲は微笑む。


 「ああ。俺が持っていく。……いつか、必要になるかもしれないからな」



 荷物を積み終え、全員が車に乗り込む。


 エンジンが軽く唸り、車体が雪を踏みしめて動き出す。

 バックミラーに映る雪螢館は、朝の光の中で静かに佇んでいた。


 朱音が小さな声でつぶやく。


 「さよなら……雪螢館」



 車がゆっくりと山道を下り始める。

 左右には雪をかぶった木々が連なり、空には薄い金色の朝日が広がっていく。


 奈々が後部座席から振り返り、声をかけた。


 「次は、温泉でも行きたいね。ちゃんと生きて帰ったんだし」


 沙耶が笑う。


 「うん……朱音の“次の絵”、そこにしようか。平和なやつ」


 朱音は、頷きながら小さなスケッチブックを開く。


 「ねえ、今度はさ……ただみんなで、笑ってる絵を描きたいな。

  事件とか、記録とか、そういうのぜんぶないやつ」


 玲は、助手席でそれを聞きながら、前方の朝焼けを見つめていた。

 どこまでも続くような金色の空。その中に、かつての“観測ルート”の残滓は、もうなかった。



 こうして、“記録の旅”はひとつの終わりを迎えた。

 けれど、それは「何かを壊した」終わりではなく――

 「何かを選び取った」終わりだった。


 そして、新しい記録が、いま静かに始まろうとしていた。


ー後日談ー


【時間】12月30日(金)午後3時40分


【場所】東京・玲探偵事務所


 灰色の空が、低く垂れ込めていた。

 冬の東京は冷たいが、あの雪螢館の“静謐な寒さ”とは、どこか違う。

 都会のざわめきの中に沈んだ寒さ。乾いたコンクリートの匂い。


 玲は、探偵事務所の壁際に並ぶ資料棚の前に立っていた。

 長年集めた資料の背表紙を指先でなぞりながら、彼はふと視線を机の上に移す。


 そこには、いまだ開封されない一通の封筒があった。

 赤いインクで差出人の名が消され、消印も潰されている。

 封はされておらず、紙の端だけがわずかに開いていた。


 けれど、中身を取り出すことはなかった。

 玲はそれを何度も手に取っては、結局、机に戻してきたのだ。


【朱音】──都内・小学校教室


【時間】1月12日(金) 昼休み


【場所】都内某小学校・4年1組教室


 冬の陽射しが、窓から射し込んでいた。

 乾いた空気がカーテンのすそを揺らし、黒板の上に柔らかな光の帯を描いている。


 昼休み。

 子どもたちは思い思いに席を離れ、グラウンドに飛び出していく者もいれば、教室の隅で折り紙をする子たちもいた。


 けれど、朱音は静かに自分の席にいた。

 膝の上には、少し年季の入ったスケッチブック。

 指先に軽く鉛筆を挟み、何かを思い出すように――丁寧に線を引いていく。


 描かれていたのは、どこか懐かしい建物。

 急な階段、屋根の上の煙突、凍った池と、松の枝。

 ──雪螢館。


 「朱音ちゃん、また絵描いてるの?」

 声をかけてきたのは、隣の席の女の子だった。

 「これ、お屋敷? この木のとこ、きれい!」


 朱音は照れくさそうに微笑みながら、軽く頷いた。


 「うん……おうち、じゃないんだけど。……でも、家族、がいた場所」


 ふと、彼女の視線が遠くを見つめる。

 その小さな瞳に映るのは、もう存在しない風景。けれど、彼女の中には確かに残っている記憶のかけら。



 そのときだった。

 教室の扉が静かに開き、図工担当の教師――日向先生が入ってきた。


 初老の穏やかな男性で、背は低く、いつもくしゃっとした笑みを浮かべている。

 朱音が転校してきてから、よく声をかけてくれる優しい先生だった。


 「お。朱音さん、今日もスケッチかい?」


 「……はい」


 朱音が恥ずかしそうにスケッチブックを閉じかけたそのとき、

 日向先生が優しく手を伸ばして、それを制した。


 「見せてくれるかな?」


 朱音は一瞬ためらったが、やがてスケッチブックを開く。

 描かれた“館”を見つめた日向先生は、目元を細めて呟いた。


 「……この屋根の描き方、面白いね。屋根が高くて、空が狭く見える……でも、ここに立ってる人はちゃんと“空を見上げてる”。……朱音さん、君は……“思い出す力”が強い子なんだね」


 その言い方が、どこか違和感を孕んでいた。

 ただの“褒め言葉”ではない。

 まるで、その絵に“意味”があることを知っているかのような――含みを持った声音。



 「先生、その場所、知ってるの?」朱音が不意に尋ねた。

 日向先生は、しばし目を細めたまま沈黙し、やがて言った。


 「……そうだね。ほんの少し前、私もその場所にいたんだ」


 朱音の手が、スケッチブックの端で止まる。


 「……じゃあ、“先生も”だったの?」


 「さぁ、どうかな」

 柔らかい笑みのまま、日向先生はそれ以上何も言わず、スケッチブックをそっと閉じた。


 「でも、朱音さん。君の描いた“未来の一枚”があったから、あの場所は壊れずに済んだんだよ。……本当にありがとう」


 そして彼は、教室の出入口へと向かって歩き出す。


 振り返りざま、まるで冗談のような顔で言った。


 「また春になったら、“観測実習”をしよう。……君の絵には、まだ続きがあるようだから」


 その言葉の意味を、朱音はまだ理解していなかった。

 けれど、彼女はなぜか、ほんの少しだけ頷いた。



 教室の外へと去っていく日向先生の背中を見つめながら、

 朱音はふと、スケッチブックの最後のページをめくる。


 描かれていたのは、一枚の白紙。


 その余白の中央に、小さな指で書かれた言葉があった。


 「まだ、ここから。」


【名倉家の館】──北海道某地・雪螢館管理者のもと


【時間】1月下旬 午後3時頃


 北海道の山間部。

 雪に閉ざされたその地に、かつて「雪螢館」と呼ばれた館がある。


 現在、建物の外壁には注意書きが掲げられ、“立入禁止”の札が風に揺れていた。

 名倉家の決定により、事件後まもなく、館は完全非公開とされ、一般公開は打ち切られていた。


 その静寂のなか、館の管理棟の奥。

 西棟応接間だった部屋には、暖房の音だけがわずかに響いていた。


 古い帳簿、封印された木箱、そして分厚いファイルが丁寧に棚へと収められていく。


 その作業を淡々と続けているのは、名倉家の従属にして元・観測主──名倉紀章のりあき


 帳簿を一冊開いた紀章は、手袋越しにページをめくりながら、静かに目を伏せた。


 ──あの夜、地下金庫から取り出された“最後の封筒”。

 そこにあったのは、観測ルート終了を告げる指示書と、

 “もう一つの終わらせ方”だった。


 「……朱音さんは、未来を選んだ。

  この館の記録を、“元に戻す”という方法で」


 崩れかけた封印庫も、焼け落ちた倉庫跡も、今は雪に覆われて何も見えない。

 それでも、紀章は窓の外をじっと見つめる。


 「私は“継承者”にすぎない。

  英一郎が選ばなかった方法を……私が引き取った。それだけの話だ」


 過去、英一郎──前当主は、観測を“中断”しようとした。

 だが、それを拒んだのは、当時まだ若かった紀章だった。


 棚に収められた古い一冊の台帳。

 その背表紙には、他のものとは異なるラベルが貼られている。


 《ルートA-15/終了報告》

 朱音を中心に走った観測ルートは、すべての変異因子が確定し、すでに“終わった”。


 紀章はそれを封のまま、小さな木箱にしまう。

 蓋には金属製の鍵が取り付けられていた。


 すべてを閉じるように、その鍵をかけると、深く息を吐いた。


 ──ルートマスター、最終業務完了。


 その瞬間、窓の外にふわりと粉雪が舞った。


 北海道の空はまだ深い冬の中にある。

 だが、その空気のどこかに、確かに“観測の終わり”の匂いが混じっていた。


【ルートマスター】──不明・どこかの廃館


【時間】不定


薄闇に沈んだ一室。雨が途切れたばかりのようで、空気にはほのかに土と苔の匂いが混じっていた。傾いた窓からわずかに差し込む月明かりが、机の上の封筒を照らしている。


そこへ、ゆっくりと足音が近づいてくる。ロングコートの男──いや、“誰か”が姿を現した。顔は深く帽子に隠され、明かりの届かぬまま。だが、左手の黒手袋だけがやけに目を引く。──薬指が、ない。


否。それは一瞬の錯覚だったのかもしれない。手元に視線を落とせば、指そのものが存在しているようにも見えた。光と影の交差。グラファイト塗料で着色されたような質感。いや、それは──特殊なメイクだ。


本人は、指を曲げ、あたかも“そこに指がないように”見せているだけ。皮膚の色も質感も、人工的に偽装されていた。まるで、自分自身すら欺くかのように。


彼は白紙の紙に万年筆を滑らせ、静かに宛名を書く。


「宛先:観測対象候補」


「日時:次の分岐確定時」


封筒に封をし、卓上にそっと置かれたもう一枚の紙──それは、朱音の描いた雪螢館の外観。誰もいないはずの場所に、ひとつだけ灯りが描かれていた。北棟の、最上階の窓──“ルートマスターが最後にいた場所”と一致していた。


彼はわずかに口角を上げると、封筒に手を添えた。


「選択する者が現れる限り、このゲームは終わらない……」


「たとえ指が欠けていても、記憶が欠けていても、人は“物語”に導かれる」


そう呟いて、男はコートの裾を翻し、霧の中へと消えていった。机の上には、指の形を模した医療用ラテックスの義皮が残されていた。


──それが、「欠けた薬指の正体」だった。

拝啓 玲探偵殿


事件の終幕、ご苦労だった。

“観測された真実”は、常に一部であり、

“導かれた結論”もまた、誰かにとって都合のいい断片にすぎない。


それでも、君は選んだ。

記録を残す側ではなく、記録に抗う側として。

その選択が、次の“扉”を開く鍵になるだろう。


朱音の絵は完成し、

雪螢館は静寂に沈んだ。

だが、物語はまだ──終わらない。


今、カメラは別の“真実”にピントを合わせている。

脚本にない台詞、予定外のカット、誰も気づかないリテイクの痕。

真実はいつも“編集後”に隠されている。


ヒント:

「第3リールの6分32秒」

「照明が一度だけ消えた瞬間を、逆再生で観ろ」


必要があれば、また連絡する。

次の“観測地点”で会おう。                 ―― R

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