75話 旧校舎の仮面事件〜朱音の精神診断と封印作業
主要人物
佐々木 朱音
旧講堂で仮面事件の中心にいる少女。自分の記憶と向き合い、精神的な再構築を続けている。仮面の欠片を手にしながら、葛藤と成長を見せる。
玲
冷静な探偵。事件の調査・分析を担当し、舞台や演目構造の解析を進める。
九条 凛
K部門の心理干渉官。朱音の精神診断を担当し、人格統合の経過観察や診断結果の分析を行う。
桐野 詩乃
影班の一員で、封印作業や物理的管理の専門家。仮面「Ⅶ」の欠片の封印を担当。
成瀬 由宇
影班の暗殺実行・隠密行動担当。詩乃と共に封印作業にあたる。
御子柴 理央
記憶分析スペシャリスト。仮面の解析や記録の解読に関わる。
水無瀬 透
記録管理・封印管理責任者。記録データの管理や保管の最終責任を持つ。
その他
影班
桐野詩乃、成瀬由宇、安斎柾貴からなる隠密行動のエキスパートチーム。朱音を守り、影から支える。
【場所】玲探偵事務所兼ロッジ・リビング
【時間】11月23日 午前9時05分
朝の光がロッジの窓から差し込み、薪ストーブのやわらかな温もりが部屋に広がっている。
リビングでは、朱音がホットミルクを両手で抱えながら、スケッチブックをめくっていた。
玲はコーヒーを飲みながら、書類整理の手を止める。
電話が鳴った。固定回線だ。
「……はい、玲探偵事務所です」
少し緊張したような声が受話器の向こうから届く。
『突然のご連絡、失礼します。夕映町の市民劇場、ルミエール座の件でご相談がありまして……。玲様と、朱音さんに』
玲の眉がわずかに動いた。
「朱音さん……? それは、うちの朱音のことですか?」
『はい。実は、朱音さんに関する“ある記録”が、劇場の資料室から見つかりまして……。ただの名前の一致かもしれませんが、不思議な点がいくつかありまして。できればお二人に直接、現地で調査をお願いしたいのです』
朱音が玲の方を見上げる。
「……誰か来るの?」
玲は一瞬言葉を選び、電話を保ったまま朱音に顔を向けた。
「夕映町にある劇場、ルミエール座って知ってるか?」
朱音は小さく首をかしげた。
「……知らない。でも、おばあちゃんが昔、そこ行ったって言ってた」
玲は受話器に向き直る。
「話は聞きました。では、正式に依頼としてお引き受けします。詳細は、現地で直接伺うということで」
『ありがとうございます。お待ちしております』
通話が終わると、朱音は椅子から飛び降り、スケッチブックを抱えたまま玄関に向かう。
「玲お兄ちゃん、行くんでしょ? 準備できてるよ」
玲は苦笑を浮かべながら、上着を手に取った。
「まだ場所も言ってないのに……君は時々、探偵より先を読んでるよな」
「ふふん、だって朱音だもん」
風が静かに窓を揺らす。
それは、“消えた劇場の記憶”が、再び幕を上げる前触れだった。
【場所】夕映町・ルミエール座への道中
【時間】11月23日 午後4時10分
舗装の甘い坂道を登る途中、朱音は昌代の手をぎゅっと握っていた。
柔らかく、温かい。けれどその手は、どこか遠い記憶をたどっているような気もした。
「……ここ、覚えてるよ。あの時の道だね」
朱音がぽつりと言うと、昌代はゆっくりと頷いた。
「ええ。あなたがまだ赤ん坊だった頃ね。私たち、よくこの劇場の近くまで来ていたのよ。ルミエール座の前のベンチで、あなたをあやしてたっけ」
玲は一歩先を歩きながら、それを聞いて振り返る。
「昔から、縁があった場所ってことか」
「うん……。でも、その時の記憶はないのに、なんでだろ……胸の奥がちょっと、ぎゅってなる」
朱音はスケッチブックを胸に抱えた。まだ何も描かれていない白紙のページが、風にかすかに揺れている。
【場所】夕映町・旧市民劇場「ルミエール座」前
【時間】11月23日 午後4時45分
赤く染まった街路樹の下、三人は劇場の前で足を止めた。
古びたレンガ造りの外壁は、すでに時の色に染まりきっている。
朱音は目を細めた。
「……ここが、ルミエール座……?」
昌代が頷く。その瞳に、若き日の思い出が一瞬だけよぎったようにも見えた。
玲はそっと手帳を取り出し、劇場の門を見上げた。
「じゃあ、行くか。依頼の真相を確かめに」
三人はゆっくりと、劇場の扉へと歩き出した。
そして――。
【場所】夕映町・旧市民劇場「ルミエール座」前
【時間】11月23日 夕方 16時50分
夕映町の街路樹は、秋の名残を惜しむように赤や黄に染まり、
ひゅうと吹いた風が、枝からもがれた葉を路面に落とした。
乾いた音を立てて転がるその葉の先には──
長らく使われていない、レンガ造りの古い建物。
旧市民劇場「ルミエール座」。
築八十年以上とも言われる劇場は、今ではもう演目がかかることもない。
玄関扉は黒く塗られたまま固く閉ざされ、
チケット売り場の窓には「立入禁止」の張り紙が色褪せたまま貼られている。
だが、完全な静寂ではなかった。
ガラス越しのホールの奥。
そこに、一瞬だけ──影が揺れた。
人の気配にしては薄く、
風の通り道にしては妙に“意図的”な律動。
劇場前のベンチに腰かけていたひとりの少女、佐々木朱音は、
その揺れにふと目を向けた。
薄いニット帽の下の瞳が、真っ直ぐに扉を見つめている。
「……ここが、“最後の舞台”だったんだよね。乃亜の」
そう呟いた言葉は、誰にも届かない。
けれど確かに、その瞬間──
彼女の足元で舞っていた落ち葉が、
まるで何かの“始まり”を告げるように、風に乗って舞い上がった。
朱音はそっとポケットに手を入れ、
折りたたまれた小さな紙を取り出す。
それは、一枚の観劇チケット。
──日時不明。演目名:『幕裏の記憶』。座席指定なし。
裏面には手書きの文字でこう記されていた。
「あなたが見るべき“物語”は、まだ終わっていない」
その筆跡に、朱音は覚えがあった。
あの夜──夢と現の境界で、彼女に言葉を残した“仮面の少女”の文字だ。
風が再び吹き、舞台の扉の隙間がわずかに開く。
その瞬間、朱音のスケッチブックがぱらりと音を立てて開かれた。
一枚の絵が風にさらされる。
それは──
今はもう存在しないはずの、**「第七の仮面」**を描いたものだった。
朱音は静かに立ち上がり、劇場の扉に手をかける。
その目に、迷いはなかった。
「わたしが、幕を閉じに行く」
そして、扉は音もなく──開いた。
【場所】夕映町・旧市民劇場「ルミエール座」前
【時間】11月23日 夕方 16時51分
秋の終わりを告げる風が、街の紅葉をさらってゆく。
朱音は、古びた劇場「ルミエール座」の前で立ち止まった。表情は落ち着いていたが、その背後にはすでに〈影班〉のひとり――成瀬由宇の気配があった。
「周囲、異常なし。中も無人のままです」
黒い無線機から、桐野詩乃の声が届く。
朱音は静かにうなずくと、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……ユウタが、最後に照明を見上げたのも、この劇場だったんだよね」
誰にともなく言う。由宇は黙ってうなずいた。だが次の瞬間、劇場の裏手から異音が響いた。
「金属音……侵入か?」
詩乃の声が緊張を帯びる。即座に安斎柾貴が裏手に回る。
数分後、照明ピットの真下、閉鎖されたはずの舞台地下にて、奇妙な異変が見つかる。
舞台装置のひとつ――“吊り橋型の仮設構造”が、誰かの手でわずかに動かされていたのだ。
それだけではない。照明機材の奥に、割れた仮面の破片と、血のような色の染みが残されていた。
「誰かが、この場所で“劇”を始めようとしていた」
そうつぶやいた玲が現場に立ったのは、そのわずか10分後のことだった。
【場所】ルミエール座・舞台地下構造ブロック(通称:奈落)
【時間】11月23日 17時03分
舞台袖から続く裏階段は、長い年月の埃と沈黙を纏っていた。
朱音は、足元を照らす小型ライトを手に、慎重に段差を降りていく。背後には玲、さらに遅れて祖母の昌代も控えていた。
やがて階段の最下段にたどり着くと、そこには重たく閉ざされた金属製の扉が現れた。
「……この奥が“奈落”だね」
朱音の言葉に、玲が頷く。
「正式には“地下構造ブロックC-3”。旧記録では大道具や装置の搬入口だったらしい。だが、最後の年に事故があって封鎖された。以降、誰も立ち入っていないはずだ」
「でも、乃亜は……ここにいた」
朱音はゆっくり手を伸ばし、扉の取手に触れる。
冷たい金属の感触に、一瞬身を震わせたが――迷わず押し開いた。
鈍い音とともに、扉がきしんだ。
暗闇の奥から、冷気がひと筋這い出してくる。
そこは静かで、広く、そして異様なまでに整っていた。
埃をかぶった布や割れかけた木製の装置が乱雑に積まれているかと思えば、中央の空間だけはまるで“意図的に片づけられていた”かのように、整然と広がっていた。
朱音が歩み寄ると、床面には幾本ものチョーク痕が走っていた。
円。直線。台詞の書き置き。演出記号のような図形。
そして――
「……これ、舞台上じゃない。“台本の内部構造”だ」
玲が床に膝をつき、古びた印に指を這わせながらつぶやく。
昌代が慎重に辺りを見回した後、低く、しかし確信を持った声で言った。
「記憶を、舞台として織り込んでいたんでしょうね。これは……“乃亜のための最後の稽古場”よ」
朱音は、チョークの円の中央に立った。
どこかで見覚えのある、でも確かに“乃亜ではない自分自身の記憶”が静かに脳裏を通り過ぎる。
「……ここで、彼女は何を“終わらせよう”としてたんだろう?」
そのときだった。
奈落の奥、さらに一段下がった構造の影から、わずかに音がした。
木が軋むような、空気が震えるような――不自然な音。
玲が即座にライトを向け、短く朱音に合図する。
「下がってろ、朱音。昌代さんも、ここは俺が――」
「違うよ、玲お兄ちゃん」
朱音の声が玲の言葉を遮った。
その声は震えていなかった。むしろ、しっかりと強く、自分の足でそこに立つ音を持っていた。
「これは、わたしが終わらせる記憶なんだ」
玲と昌代が見守る中、朱音は再び足を踏み出す。
奈落の奥――乃亜の“最後の幕”が、まだ微かに灯を残して待っている。
【場所】ルミエール座・舞台地下構造ブロック(通称:奈落)
【時間】11月23日 17時03分
腐食した鉄階段を下りた玲は、金属扉を押し開けた。
冷えた空気が肌を刺し、舞台上とは異なる、密閉された空間の匂いが立ち込めてくる。鉄と埃、そして――古い記憶の気配。
朱音は玲の背後からそっと覗き込み、祖母・昌代も一歩遅れて足を踏み入れた。
「ここだけ……時間が止まってるみたいね」
昌代のつぶやきに、朱音は黙って頷いた。
奈落は確かに朽ちかけていた。舞台装置の残骸、壊れたスポットライト、崩れた壁の裏には古い台本の切れ端が何枚も貼り付けられていた。
朱音はその一枚に、思わず目を奪われた。
「……“白紙の終幕”?」
書かれていた文字はそれだけだった。演目のタイトルとも、指示ともつかない不確かな言葉。
「乃亜は……ここで最後の舞台をつくろうとしてたんだ」
朱音の目が静かに揺れた。
彼女の意識の中に、ふと入り込んできたのは“自分ではないはずの視界”だった。
瓦礫の奥に積まれた黒い仮面――それが、まるでこちらを見ているようだった。
玲が言った。
「朱音。無理をするな。ここには“演目の残滓”がまだ漂っている。接触が深すぎると、人格が巻き込まれるぞ」
だが、朱音は首を横に振った。
その目は、覚悟を湛えていた。
「違うの。今のわたしは……もう“ただの観客”じゃない」
そして、そっと歩き出す。
まるで見えない舞台の幕が再び開くのを、誰よりも先に感じ取っていたかのように。
仮面「Ⅶ」が、わずかに光を帯びる。
それは“視覚共有”の始まりを告げる印――しかし今回は、朱音は仮面を手に取りながらも、それを身につけなかった。
「乃亜……わたしが、あなたの終幕を“自分の言葉”でつづる。だから、見せて。あなたが本当に演じたかったものを」
奈落の静寂の中、微かな風が舞い上がった。
まるで、そこにあった記憶そのものが“演目の舞台”として再構築されていくように。
薄暗い地下空間に、幻影のような舞台装置が次々と立ち上がる。
朱音のまなざしの先――“乃亜の最後の幕”が、静かに始まろうとしていた。
【場所】玲探偵事務所・応接室
【時間】11月24日 午前9時45分
朱音は、朝の光が差し込む窓際でクレヨンを握っていた。
白い紙の上には、まだ輪郭だけの“舞台”が描かれている。観客席も照明もなく、あるのは一人分の足跡と、舞台中央に置かれた仮面の欠片。
玲はソファの向かいで新聞を半分に折りながら目をやるが、口を挟むことはしなかった。
朱音は小さく息を吸い込んで、絵の中にそっと声を落とした。
「ねえ、乃亜。あのとき、わたし……ほんとうは怖かったよ。仮面をつけたら、きっと“自分じゃなくなる”気がして」
応接室には、ストーブの音とクレヨンのこすれる音だけが響いている。
「でも、あの舞台で……あなたの気持ちが少しだけわかったの。誰かの言葉でじゃなく、自分の言葉で終わらせたかったんだよね」
朱音の筆圧が、ほんの少しだけ強くなった。クレヨンの青が、舞台上の空に変わっていく。
「演じることは嘘じゃない。だけど……ほんとうの言葉って、誰かの台本じゃなくて、自分で選ばないと残らないよね」
仮面の欠片を描いた部分に、小さく花を咲かせた。
それは、奈落で拾った“最後の記憶”――乃亜の中にあった、まだ名前のつかない願いのかたち。
「乃亜。わたし……もう、あなたのままでいなくてもいいよね?」
誰もいない客席に向けるようなその言葉に、応える声はなかった。
けれど朱音は、確かに“終わった”ことを知っていた。
玲がゆっくりと立ち上がり、応接室の窓を開けた。
外の冷たい空気が入り込み、カーテンが軽やかに揺れる。
「……書けたか?」
「うん。これは“わたしの話”」
朱音はクレヨンを置いて、にこりと笑った。
その手の中には、乃亜の仮面ではなく、“朱音が描いた”舞台の絵が残されていた。
【場所】旧南中学校・廃視聴覚棟
【時間】11月24日 午前10時02分
崩れかけた廊下を抜けた先で、玲は立ち止まった。
階段脇の壁はひび割れ、天井の照明はとうに落ちている。けれど、空気の底に漂う懐かしい埃の匂いは、まるで時間が巻き戻ったかのようだった。
玲は手袋越しにドアノブを握り、慎重に扉を押し開けた。
ぎぃ、と古びた音を立てて開いた視聴覚室――その奥には、かつて演劇部が“第二の舞台”と呼んでいた小さなステージが、ほぼ原形のまま残っていた。
カーテンは破れ、床には落書きと埃が散らばっていたが、それでもそこには、確かに“演じられた記憶”が息を潜めて残っている。
玲は静かに室内を見渡した。照明卓の上、使い古された脚本台、舞台脇に立てかけられた木製のパネル。どれも、誰かの物語を支えるための道具だった。
足音を忍ばせながら舞台に上がる。
足元の床材が軋み、空気がわずかに揺れたそのとき――
「玲お兄ちゃん、そこにあるよ」
背後から、小さな声がした。
振り返ると、舞台の影から朱音が現れていた。手には、一冊の分厚いノートを抱えて。
「これ、昨日の夜、おばあちゃんと話してて思い出したの。乃亜が“最後に稽古してた場所”……ここだったかもしれないって」
朱音はそっとノートを差し出した。
古びたその表紙には、「幕裏台帳」という、手書きの文字が記されていた。
玲は受け取って、数ページをめくる。
役名、演目、演出、演者。そして、そのすべての下に――“再演不可”の赤文字。
「この“幕”だけが、まだ閉じられていない」朱音が静かに言った。「乃亜が出たかった、けど出られなかった“最後の役”……たぶん、それが、ここにある」
玲は頷くと、ノートを閉じて言った。
「もう少し、調べる必要があるな。……今回は、お前と一緒にやるのが正解だったかもな」
「ふふっ、でしょ?」
朱音が嬉しそうに微笑む。
その表情は、かつて“演じられていた記憶”ではなく、今まさに“自分の物語”を歩んでいる証のように見えた。
舞台の奥には、閉ざされたカーテンが垂れていた。
それはまだ、誰にも引かれていない“幕”のようだった。
【場所】夕映町・旧ルミエール座 裏搬入口付近
【時間】11月24日 午前10時15分
鉄製の裏搬入口は、半ば歪んだまま軋んだ音を立て、重たく開いた。
その向こうに続くのは、かつて大道具や衣装が運び込まれていた舞台裏通路。
今はもう使われることのないその通路に、桐野詩乃はひとり、無言のまま立っていた。
埃にまみれた床には、かすかに靴の跡が残っている。つい先ほどまで、誰かが通ったような生々しさがあった。
「……他の誰かが、すでに入ってる」
詩乃は呟くと、背中のバッグから黒革の手帳を取り出し、跡の方向をスケッチする。彼女の視線は常に沈着で、感情の波を微塵も見せない。
そして、通路の突き当たりに立つロッカーの前で足を止めた。
それは古びて錆び、長い間、誰にも開けられていなかったはずのもの。だが、把手の周囲には新しい擦れ跡が残っていた。誰かが最近、開けようとした形跡。
詩乃は手袋を確かめ、静かにその扉に手をかけた。
ぎぃ……と、鈍く軋む音。
中から舞い上がったのは、長年積もった埃と、微かに紙の香り――それは、燃やされずに残った記録の匂いだった。
ロッカーの奥にあったのは、ひと綴りのファイル。赤い綴じ紐が古ぼけていたが、中身は保存状態がよく、誰かが意図的にここへ“保管”したことを示していた。
詩乃はファイルを手に取り、開いた。
そこに記されていたのは――かつてこの劇場で上演予定だった、ある「未発表演目」の詳細と、関係者リストだった。
《仮面劇 第零稿案──“沈黙の役者”/主演予定:乃亜》
ページの端に、小さく走り書きがある。
“演目は中止。理由:精神的負荷が過大。演者選出中断”
「……やっぱり、ここに来ていたのね。乃亜」
詩乃は静かに目を伏せ、紙の隅をなぞった。そこには、乃亜の筆跡らしきメモが書かれていた。インクがにじみ、判別は難しかったが、最後の行だけがはっきりと読める。
──『最終幕の鍵は、幕裏に隠す。私は、もう舞台に立たない』
「幕裏……?」詩乃は目を細め、舞台構造の図を思い浮かべた。「まさか、“舞台裏”そのものじゃなく、“幕の裏”という意味……?」
手帳にメモを取りながら、彼女の脳裏には、ひとつの仮説が浮かび始めていた。
この劇場に残された“最後の演目”は、未完成のまま葬られたものではなく、何かを“封印”するために仕組まれた“構造”そのものではなかったか――。
ロッカーを閉じ、詩乃は背後の気配に目を向けた。
そこには、何もいない。だが、古い劇場の奥で、静かに何かが“目覚め”ようとしている気配があった。
【場所】玲探偵事務所・ファミリー部屋
【時間】11月24日 深夜0時42分
朱音は、薄い毛布をきつく握りしめていた。
額には汗。唇はなにかを押し殺すように動き、時折、小さな声で名前を呼ぶ。
「……乃亜……そこ、行っちゃ……だめ……っ」
灯りを落とした室内には、朱音の寝息と、壁の時計が刻む針の音だけが静かに響いていた。
彼女の夢の中で、“舞台”はまだ終わっていなかった。
⸻
【場所】ルミエール座・地下控室(封鎖区画)
【時間】同時刻
鉄扉の前で成瀬由宇が立っていた。
夜中にも関わらず、彼の足音はひとつも響かず、黒い服の裾が夜気と溶けて消えるように揺れていた。
「開けるぞ、桐野」
合図に応え、内側の錠がひとつずつ外される。
桐野詩乃は懐中ランタンを掲げ、封鎖された「旧控室」――元々演者の私物や台本が保管されていた小部屋の奥へと進んだ。
「……ここ、かつて“演目進行台帳”の一部が書き換えられていた場所よ。乃亜が、単独で何度も立ち入っていた痕跡がある」
詩乃は手袋越しに資料棚を一つひとつ慎重に開き、ページの中に刻まれた“修正履歴”を探った。
やがて、小さなスライドファイルに綴じられた手書きの記録が、破られた帳簿の奥から見つかった。
──『幕裏台帳』試案──
ページの端には、以下のような記述があった。
『第七演目は、予定台本とは異なる“終幕案”に書き換え。演者には未通知。演出責任者:空欄』
「……終幕が、意図的に隠された……?」
詩乃が眉を寄せると、成瀬が別の引き出しから、古い8mmフィルムのケースを見つけ出した。そこにはこう刻まれていた。
《“静止演目”撮影記録・第七回改訂(仮面Ⅶ)》
「仮面Ⅶと、“第七演目”の記録が……これ、演出そのものが別物に差し替えられてる」
成瀬が指差したのは、帳簿の余白に記された別名。
『幕裏の役──「語り手なき声」』
詩乃は瞬きもせず、その名前を追った。
「この“語り手なき声”が、最終幕で演じるはずだった“最後の役”。けれどその役には、誰もキャストされていない」
「つまり、空席のまま演目を進行しようとした。だから歪んだ」
「歪みじゃないわ。これは、“語られることのない台詞”を舞台に乗せるための意図的な演出。……その声を、本当に聞いたのが朱音だとしたら」
二人の視線が交差した瞬間、無線機が小さく鳴った。
〈……朱音の意識波に変動。深層記憶で“劇中台詞の再現”を確認〉
報せたのは、玲探偵事務所のバックルームに詰める九条凛からだった。
朱音の夢は、台本の“語られなかった台詞”と繋がっている。
「……やっぱり、最終幕の台詞は、朱音の中にしか存在しない」
詩乃はファイルを胸に抱え、成瀬に一言だけ言った。
「仮面『Ⅶ』が終わるには……“彼女の声”を待つしかないわ」
成瀬は頷きもせず、静かに視線を前に戻した。
舞台は終わっていない。だが、最後の一幕を閉じるための“準備”は、今まさに整いつつあった。
【夢の中】
【時間の概念:なし】
静かな舞台の上。光はなく、音もない。
観客席は見えず、幕も上がっていない。けれど、そこは明らかに“劇場”だった。
足元に、薄く積もる灰。
空間全体が朽ちている――まるで、誰かが演目の途中で舞台を放棄し、時間が止まってしまったかのように。
中央に、白い仮面をつけた少女が立っていた。
その仮面は無表情で、口元だけがかすかに割れている。
制服のロングスカートはほつれ、左の袖は破れていた。
少女は動かない。
けれど朱音は、彼女が「何かを待っている」のだと、直感的に知っていた。
――誰かが、続きを語るのを。
朱音は一歩、舞台に足を踏み出す。
足音はしない。照明も落ちたまま、なのに彼女の姿だけがはっきりと浮かんでいた。
白い仮面の少女が、ゆっくりと首を傾ける。
言葉ではない“問い”が、沈黙の中で投げかけられる。
朱音は静かに答えた。
「……わたしが、つづきを言うよ」
その瞬間、舞台の空気がわずかに震えた。
床の下から、失われた台詞たちが呼吸するように立ち上がる。
朱音の口が、ゆっくりと動く。けれどそれは、彼女自身の声ではない。
けれど、確かに“彼女の中”から出た言葉だった。
「もしも、最後の一歩が怖いのなら、
せめて手だけは、つないでいたいと願うよ」
「わたしが語るのは、誰にも届かなかった“おしまい”の声。
舞台の下で泣いていた子の、黙ったままの願い」
仮面の少女が、微かに震えた。
傷んだ制服の裾が揺れ、彼女の手が、かすかに朱音の方へ伸びる。
朱音は近づく。もう怖くない。
この子が“語ることができなかった”言葉を、自分が引き継ぐことを、彼女自身が受け入れてくれているのが分かったから。
――なら、終わらせてあげる。
――続きを、わたしの声で語るよ。
「あなたのせりふが、誰にも聞こえなかったのなら。
この声で、あなたの“終幕”を語るよ」
その言葉と同時に、白い仮面がひとりでに割れ始める。
音はしない。けれど、確かに“解放された”何かが、舞台から静かに立ち上がっていく。
舞台が光に包まれていく――朱音が語った「語り手なき声」は、いま、ようやく物語の最後のページを開こうとしていた。
【場所】記憶分析センター・地下記録室
【時間】11月24日 深夜 0時42分
玲は、白衣姿の水無瀬 透と並び、記憶再構成モニターの前に立っていた。
スクリーンには、再生中の記憶断片――朱音が“夢”の中で再現した舞台と、白い仮面の少女が無音の中で崩れ落ちる直前の光景が映し出されている。
「……繋がったな。仮面『Ⅶ』と、乃亜の最後の演目構造が」
透が低くつぶやく。
隣で無言のまま画面を凝視していた玲の目が、わずかに細められる。
「……朱音が引き継いだんだ、“あの子”の幕を。
もう、誰かの仮面にすがる必要はない。朱音自身の言葉として、最後のページを書いた」
「でもそれは、同時に――」
透が言いかけた時、通信端末が震えた。
表示された発信者の名は、九条 凛。
【場所】玲探偵事務所・ファミリー部屋
【時間】同時刻
朱音のまぶたが、ゆっくりと動いた。
深く冷たい夢の底から引き上げられるように、少女の意識が現実に戻ってくる。
呼吸が浅く、胸がまだ小さく上下している。額にはうっすらと汗が浮かび、手元の布団をぎゅっと握りしめていた。
「朱音……大丈夫。もう、ここは夢じゃない」
そっと肩に触れたのは凛だった。
すぐ傍には詩乃も立っており、警戒を解いた目で朱音の顔色を確かめている。
やがて朱音の瞳が、真っ直ぐに開いた。
「……玲お兄ちゃんは?」
その第一声に、凛は頷いて応じた。
「記憶センター。あなたが“語った声”を、玲が今、確認してる。もうすぐ、ここに戻るわ」
朱音は、ふと自分の胸元を見た。
あの仮面は、もうどこにもなかった。手の中には、ただ一枚の白い紙が握られている。
そこには、子どもの手で書かれたたった一行の台詞が記されていた。
――「わたしはここで、幕を閉じます」
凛と詩乃が、黙って見つめていた。
「もうね、あの子……泣いてなかったよ」
朱音は、ぼそりと小さく言った。「仮面の下の顔、最後はちゃんと笑ってた」
「それが、“終わらせた”ってこと」
詩乃の声は静かだった。だが、その言葉の奥には、安堵と重みがあった。
ノイズが混じったような電子音と共に、ファミリー部屋のドアが開く。
「玲お兄ちゃん!」
朱音が顔を上げると、扉の向こうに玲が立っていた。
その表情に、かすかな笑みが浮かぶ。
「おかえり」
朱音の小さな声に、玲はただ一言だけ返した。
「……よくやったな」
【場所】記憶分析センター・地下記録室
【同時刻】
スクリーンには、崩れゆく仮面「Ⅶ」の残像と共に、少女の声が残した“終幕”の記憶が静かに停止していた。
透は、無言で手元のデータ端末にアクセスし、「仮面Ⅶ:記録抹消」を実行。
記憶の劇は、ついに“観客のいないまま”終わりを迎えた。
だが、その終幕は誰かの手で語られ、誰かの声で確かに届けられたのだ。
【場所】市立演劇センター・更衣室棟(旧館)
【時間】11月25日 午前2時18分
雨上がりの夜風が、敷地を囲む金網を揺らしていた。
市立演劇センター――その旧館の裏手、今では使われていない更衣室棟の入り口に、桐野詩乃は一人静かに立っていた。
左手にはセキュリティ認証デバイス、右手には黒革の小型ツールケース。
詩乃は無言のまま、裏口の南京錠を覗き込んだ。
「……やっぱり」
ピック痕と極小の磁性跡。通常の鍵ではなく、特殊な“記憶操作用パス”で開かれた形跡が残っている。
詩乃は手袋をはめ直すと、古びた木製の扉をそっと押し開けた。
その先――ほの暗い蛍光灯の明かりがかすかに瞬く古い更衣室の中央、ベンチの上に、それはあった。
一つの仮面。
朱音が夢の中で出会った、あの“白い仮面”と酷似した形状。
だが、中央にひびが入り、片側が欠けていた。
詩乃は近づくと、足元に散らばる微細な白い破片をひとつひとつ丁寧に回収していく。
破片は、記憶台本の素材と同一構造を持つ特殊樹脂――“記録物質層”が崩壊した痕跡だった。
ベンチの横に、古びたノートが落ちていた。
表紙にはかすれた文字で、こう記されている。
《幕裏台帳 Ⅶ号 演目関連記録》
「……これはもう、誰のものでもない」
詩乃は小さくつぶやき、ノートを開いて確認する。
記録はほとんど黒塗り、だが幾つかのページには“演目構造の改竄手順”や“記憶挿入者コード”など、明らかに個人情報を含む記述が残されていた。
詩乃はすぐに、暗号鍵を起動。
手元の端末から指令コードを入力し、台帳ごと特殊溶解ポーチへ封入する。
パッという音と共に、熱反応が始まり、ノートはゆっくりと光を帯びながら無音で蒸発していく。
跡には、記録も、痕跡も、なにも残らない。
詩乃は仮面の欠片を封印容器に収めると、通信端末にログを送信した。
「こちら桐野。幕裏台帳:処理完了。仮面Ⅶの残留構造物、回収済み。記録への追記を禁止。再生成のリスクはない」
通信の先で、凛の声が短く応じた。
「了解。記録センターの“演目構造ツリー”も今、最終調整に入ったわ。
――これで本当に、終わったのね」
詩乃は応えず、更衣室の扉を振り返った。
白い仮面が残っていた場所に、もう何もない。
闇の中、静かな吐息が、ほんの一瞬だけ残ったように思えた。
【場所】玲探偵事務所・ファミリー部屋(佐々木家)
【時間】11月25日 午前2時21分
薄暗い室内で、朱音は静かにまぶたを開けた。
――静寂。だが、完全な孤独ではない。
隣のソファには、母・沙耶が毛布を肩にかけたまま、彼女を見守っていた。
背後の壁際には成瀬由宇が静かに立ち、安斎柾貴はドアの前で警戒を解かぬまま、朱音の目覚めに気づいて一瞬だけ目を細めた。
「……おかえり、朱音」
沙耶の声は柔らかく、どこか安堵がにじんでいた。
朱音はゆっくりと身を起こした。
毛布の端を指先で掴んだまま、小さく息を吐く。
「……見たの」
その一言に、室内の空気がわずかに変わる。
誰も言葉を挟まない。
朱音が自分の中から言葉を紡ぐのを、ただ待っていた。
「最初は怖かった。……だれの声かも、わかんなかったし。
でも……途中から、気づいたの。あれ、乃亜ちゃんじゃない……“乃亜ちゃんのふりをしたまま、止まってた記憶”だって」
沙耶が頷いた。朱音の目は、どこか遠くを見つめていた。
「だから……わたし、もう、話してもいいんだと思う。
今度は“わたし”の言葉で――乃亜ちゃんが残してくれた“場所”を、ちゃんと繋げるために」
成瀬が静かに体を動かし、そっとサイドテーブルに置かれていたスケッチブックを手に取って渡した。
朱音は黙って受け取り、膝の上に開いた。
ページの隅に、薄く描かれていた白い仮面のスケッチ。
だが今、朱音はそこに――新しい線を加える。
柔らかな丸みを帯びた、朝陽のような光。
仮面の奥に、初めて“顔”が描かれる。輪郭も目も、まだ曖昧だけれど、確かにそれは“人”としての姿だった。
「これは……“乃亜ちゃんの奥にいた子”。
誰にも名前、つけられなかった子。
でも――」
朱音は少しだけ微笑んだ。
「わたしが、名前をつけるの。最初から、やりなおすために」
柾貴がわずかに表情を緩めるのが、沙耶の視線の端に映った。
誰も口を挟まない。けれど、その場にいたすべての者が知っていた。
この瞬間から、物語は“語られる”ものではなく、“朱音が語っていく”ものになったのだと。
やがて朱音は、クレヨンを取った。
スケッチブックの新しいページに、ゆっくりと最初の一筆を描き出す。
夜はまだ明けていない。
けれど、その線は確かに、“光”の始まりだった。
【場所】聖桜学園・図書室(管理者席奥の資料整理室)
【時間】11月25日 午前9時12分
静寂。
管理者席の奥、半ば物置と化した小部屋には、長らく手つかずの文献が山積みにされていた。古紙の匂いと、わずかに湿気を帯びた空気。
玲は足を止めた。
かすかに響いた――紙をめくる音。呼吸。
空間には誰もいない。けれど、その気配は確かに“誰かがいた”という証拠だった。
「……まだ、残ってるのか」
彼は無言で懐中から薄型の検出装置を取り出す。
表示された数値は低いが――仮面“Ⅶ”に由来する残留構造体の信号だった。
「仮面は回収済みのはずだけど」
背後から静かに歩いてきたのは、凛だった。白衣の袖口をまくり上げ、手には携帯用の記憶転写装置を持っていた。
「痕跡だけが漂ってる。誰かがここで、演目の“残り香”を保存しようとした可能性もある」
「学園の演劇資料室なら、“記憶の演出”に関するものが残っていても不思議じゃないけど……これは、もう次に渡しちゃいけない」
玲は無言で頷き、小さく息を吐く。
「――やるか」
「ええ」
凛は記憶装置を起動し、漂っていた記録の断片――未完の脚本や即興的に投げられた台詞の残滓を抽出していく。
同時に玲は、室内の書架から“幕裏台帳”と関連する演目資料を選別し、密かに封印指定の箱へと移した。
⸻
【場所】同・旧視聴覚室前廊下(校内搬出口付近)
【時間】午前9時47分
詩乃はすでに現場を離れ、搬出口前で待機していた特別回収班と合流していた。
彼女の手には、完全密閉された黒いケース。仮面“Ⅶ”の最終片と、台帳の断片が納められている。
「このままK部門の保管庫へ。検証記録は暗号化して、〈玲コード〉経由で渡して」
冷静に指示を出した後、詩乃はふと空を仰ぐ。
灰色の雲の間から差し込んだ陽光が、まるで終幕の照明のように、一瞬だけ彼女の白手袋を照らしていた。
⸻
【場所】玲探偵事務所・屋上
【時間】午前10時28分
すべてを終えた玲は、屋上で風に吹かれていた。
ジャケットのポケットには、まだ一枚だけ“台本の切れ端”が残っている。誰の記憶にも属さず、ただ途中で破かれた、名もなき一節。
(……これで、本当に終わったのか)
彼の問いに答える者は、もういない。
だが――背後から響いた足音に、玲は微かに口元を緩めた。
「おかえり、玲」
振り返ると、そこには凛がいた。白衣のまま、手にコーヒーを二つ持って。
「……思ったより、早かったな」
「朱音さんが“物語を書き始めた”って聞いたから、ね。私たちの役目はもう、次の語り部に渡したってことでしょ」
玲はうなずき、コーヒーを受け取る。
「……じゃあ、あとはちゃんと見届けようか。幕が上がるところを」
⸻
【場所】市立図書館・児童書コーナー
【時間】午前11時13分
朱音は、一冊の白紙のノートを開いていた。
最初のページには、たった一行――
『これは、“わたし”が語る物語。』
小さな鉛筆が、物語のはじまりをなぞっていく。
その隣の椅子には、祖母・昌代が静かに腰かけていた。
もう、記録に頼らない。
記憶に縛られない。
これから綴るのは、“過去の証明”ではなく――“未来の創作”なのだから。
【場所】記憶分析センター・記録研究棟
【時間】11月25日 午後1時28分
青白い蛍光灯の下、冷気のように沈黙が支配する記録研究棟第3解析室。
水無瀬透は、専用卓に設置された大型モニターの前で手を止めていた。
画面に映し出されているのは、仮面“Ⅶ”から抽出された記憶の断片群――それらは時系列順に整列しているわけではない。
光と影、音と音の切れ間。モノクロームの情景が、時に演劇的なカットインを挟みながら、不連続に再生されていた。
(これは……“記録”じゃない)
透の目が細められる。
映像の一部には、本来あり得ないアングルや、語りの挿入がある。
まるで――誰かが“観客”に向けて編集したかのように、記憶の内容が加工されていた。
──仮面を通して蓄積された記憶は、“生の体験”ではない。
それは常に“舞台上の意識”を通して捉えられ、“語られるため”の演目へと変質していた。
「これは……認識を誘導する構造だな」
透は低く呟き、補助モニターに指示を飛ばす。
【感情波形:挿入式フィードバック】
【ナラティブ・レイヤー:3段階操作】
【制御ログ:存在せず】
通常の記憶記録とは異なり、この構造体には“記録主”が存在しない。
つまりこれは、“誰かの体験”ではなく、“誰かが作った演目”――語り手なき記憶のフィクションだった。
「……乃亜、君は、ここまで組み替えていたのか」
過去にルミエール座で演じられた“彼女”の声――それがこの記憶の深層には刻まれている。
けれどその声もまた、加工され、別の少女の声として再現されていた。
まるで、朱音に“譲り渡す”かのように。
⸻
透は背後のロックケースから、未処理の記録断片をさらに一つ取り出した。
薄いプレート状の記録素子に、うっすらと浮かぶ仮面の輪郭。
それは「舞台の残響」が封じられた最後の欠片だった。
(この記録の再構成には、もう“語り手”が必要だ)
“演目”として作られた記憶は、そのままでは終われない。
終わらせるためには、新しい語り手によって再定義されなければならない。
透はモニターの映像を静止し、記録の末尾に残された“名前なき台詞”を見つめる。
> 「わたしじゃない“誰か”が、この舞台の続きを綴るなら……」
> 「それを、どうか見届けてほしいの」
それは、声なき少女が残した引き継ぎだった。
⸻
【場所】玲探偵事務所・ファミリー部屋(同時刻)
朱音は、自分のノートを広げたまま、何度も鉛筆を走らせていた。
その語りは、まだ未完成な文章の集合体だったが――
確かに、“語り手”としての朱音が始めた物語だった。
【場所】記憶分析センター・記録研究棟・サブ解析室B
【時間】11月25日 午後4時59分
厚いセキュリティドアが開く音とともに、玲が記録研究棟の分析室へと入ってきた。
水無瀬透は椅子から立ち上がり、無言で端末に指を走らせると、壁面モニターに映像を投影する。
「映像を止めたのは仮面“Ⅶ”の断片記録。再構築された直後、これが最後のレイヤーだ」
再生されたのは、仮面の記憶から抽出された音声の一部。
それは“語りかけるような声”で、まるで舞台のナレーションのように静かに語っていた。
「……これが、わたしの最後の役目なら」
「願わくば、“次の子”が、語り手として歩いてくれますように――」
玲はその声を静かに聞き終えると、わずかに眉を寄せた。
「これは……乃亜の声じゃない。いや、乃亜の“意識を借りた声”か」
「構造的には“演目型記憶”に分類される。通常の記録じゃない」
透が補足する。
「記録者が“誰かに見せるため”に加工した記憶だ。“伝えるための物語”として」
玲は軽く頷き、スピーカーを切った。
「――朱音だ。これは彼女に向けられている。乃亜の“次の語り手”として」
【場所】記憶分析センター・情報処理ブース
【時間】同日 午後5時15分
凛と詩乃は、仮面の“残響”を再生する中継ブースで待機していた。
記録処理班からのデータ転送が完了し、机の上には「幕裏台帳」の最終整理済みファイルが並べられている。
扉が開き、玲と透が入室する。
「仮面の解析は完了した。残留データには“語りの遺言”が含まれていた」
透がそう言うと、凛が淡々とモニターに目を向けながら返す。
「この一連の“演目”、明らかに何者かが“終わらせるため”に準備していた。残っていたのは――“語りの継承”だけ」
玲が台帳のファイルを一瞥する。
「それを、朱音が引き取った。あの子が語るとき、それはもう“記録”じゃない。記憶が、証言になる」
詩乃が背後の台帳から仮面型の証拠物を取り出す。古びた仮面は、すでに“役割”を終えていた。
「現場の音声記録――旧放送室に残ってた。あれ、解析できる?」
「もちろん」透が短く答える。
「構成上、あの音声は“演目のプロローグ”に位置づけられている。仮面に残された記録と照合すれば、“彼女が何を遺したかったのか”が明確になる」
凛が一つ息を吐いた。
「……じゃあ、あとは“舞台を閉じる”だけね。次は私たちが“観客”じゃなく、“証人”になる番」
【場所】玲探偵事務所・ファミリー部屋(朱音・沙耶・昌代 同席)
【時間】同日 午後6時10分
玲が帰宅すると、朱音は静かにノートを広げていた。
彩色されたページの中には、舞台、仮面、そして“白い制服の少女”の絵が描かれている。
「玲おにいちゃん。……乃亜ちゃんのこと、わたし――ちゃんと話してもいい?」
玲は黙って頷いた。
朱音の語りは、まだ不完全な物語だ。
けれどそれは、誰かの記録ではなく、“彼女自身の視点”から始まる――語り手の声だった。
【場所】玲探偵事務所・情報部屋
【時間】11月25日 午後7時05分
玲は、指先で記録分析ディスプレイの一部を拡大した。
仮面の記憶構造――断片的な時間軸、舞台背景の再構築、そして音声ファイルとの照合記録。
どれも、“誰かのために遺された演目”であることを否定できない。
背後で、奈々が無言のままキーボードを操作していた。
表示されたのは、詩乃から送られてきた「仮面実体物保管指令書」の写し。
分類:第七種遺留品。状態:記録媒体としての役割を終了。
「……焼却、希望だったわね。乃亜の“遺言”として」
奈々がぽつりと呟いた。
「でも朱音ちゃんが、“ひとつだけ残して”って」
玲は静かに頷く。
「記録としての機能は終わったが、“記憶の象徴”として保管する。その判断に変わりはない」
奈々が別のフォルダを開いた。そこには、チーム影による現場後処理報告が並んでいる。
⸻
【場所】旧・市立演劇センター 警備通用口/裏通路
【時間】同日 午後6時39分
成瀬由宇は、仮面の一部――「破片Ⅳ」とマークされた小包をロックケースに収めていた。
詩乃はその傍らで、記録封印の最終署名を書き終えたばかりだった。
「これで“演目”は完全に閉じる。記憶の誤差が再拡散しないよう、以後三年は再調査不可の措置をとる」
成瀬は頷くと、通信端末に指示を送り、保管ルートを変更した。
記録のうち“再演可能性のある構成体”は全て焼却処分対象となり、残り一体のみが玲の事務所へと引き渡される。
「……あの子の夢がまた“開く”ときのために、残すんだよ。ひとつだけ」
詩乃の声は低かったが、確信に満ちていた。
⸻
【場所】玲探偵事務所・情報部屋(再)
【時間】午後7時11分
奈々がディスプレイの表示を切り替え、チーム影の「処理完了」の通知を映し出す。
その傍に、ひとつだけ残された“仮面”が静かに置かれていた。
保管タグは「朱音指定・保存対象」。紙製の仮面はすでに色褪せており、どこか穏やかな表情すら見せていた。
玲はそれに目を落とし、静かに呟いた。
「語り手の証言は、記録よりも強い」
そして一言、こう続けた。
「記録は焼かれても、物語は残る――なにより、それを語れる者がいる限りは」
──記録は処理された。記憶は封じられた。
だが、朱音の中に灯った“声”は消えていない。
誰かが受け取り、次へと語り継ぐ限り、演目は終わらない。
【場所】旧・南中学校 地下保管庫跡(封鎖区域)
【時間】11月25日 午後10時14分
腐食した表示プレートには、かろうじて「装置保管庫」と刻まれた文字が残っていた。
その奥に――封鎖された扉。鍵は形式上すでに破棄されたはずの旧式金属ロック。
詩乃は、静かに手袋を直しながら、一枚の黒いケースを取り出した。
中には、焼却指定を受けた記録媒体、「仮面Ⅳ型」――演目の断片が詰まった最後の一つが眠っていた。
彼女は視線を落とし、手を止める。
仮面の表面、以前にはなかったような“温度”を指先が感じていた。
「……これ、本当に燃やしていいのかしら」
呟きは独り言に近い。
彼女は任務に忠実だ。記録は危険であり、焼却は正しい。
けれどその仮面の“重み”は、ただの記録媒体以上のものを含んでいる気がした。
そこへ、無言で現れた成瀬由宇が、仮面を一瞥する。
彼女は手に取ることなく、その質量を測るように目だけで観察した。
「……重量、変わっている」
それは正確な直感だった。
初期回収時にはたしかに97グラム。しかし今――明らかにわずかに、重くなっている。
「記憶の追加保存が起きている可能性があります」
不意に、廊下の影から現れた安斎柾貴が告げた。
彼は携行していた小型のスキャナを仮面に向け、独自のデータログを確認していた。
「内部構造に変異はない。が、潜在記録層が未確定のまま“生きて”いる」
「おそらく、語られていない“記憶”がまだ封じられている」
詩乃が、柾貴を振り返る。
「……なら、焼却対象ではなく?」
「記録消去よりも、“非活性化状態での保存”が適切だ」
柾貴は淡々と続けた。
「無理に消せば、媒介者の深層に負荷がかかる。特に、朱音――いや、“語り手”にはね」
成瀬がわずかに頷いた。
「消すなという判断で間違いないか?」
「最終的に決めるのは玲だが、俺は保存を推す」
詩乃は再びケースを見下ろした。
今度は、仮面の表面にうっすらと浮かび上がる“涙の跡”のような染みが、彼女の目を離さなかった。
「……こうまでして、残ろうとするものって、あるのね」
ケースを静かに閉じる。だが、焼却装置の方へはもう歩かなかった。
代わりに、彼女は通信端末を取り出し、玲への報告を打ち始める。
――仮面Ⅳ型、状態異常あり。記録構造、生存。
――焼却を見送り、第二保管ルートへ移送申請。
――理由:記憶媒介体としての継続性認定。
詩乃が打鍵を終えたとき、誰かの声が彼女の内側で囁いたような気がした。
それは“幕が降りるのを拒む演者の声”だったのかもしれない。
【場所】ルミエール座・記録資料室(市外文化保管庫)
【時間】11月26日 午後2時31分
重厚な鉄の扉が、鈍い音を立てて閉まった。
ここは、市外にある文化保管庫。その一角に、ルミエール座に関する記録だけが静かに集められていた。
朽ちた舞台設計図、演目台本、当時の音声演出資料。そして、最も奥の棚には――封印指定のラベルが貼られた黒いケースが置かれている。
仮面Ⅳ型は、今その中にあった。
玲探偵事務所ではなく、この場所を選んだのは柾貴の進言によるものだった。
安斎柾貴は、記録媒体をただの“記憶の保管箱”とは見なしていなかった。
彼の見立てでは、仮面には「語り手なき演目」がまだ封じ込められており、それは破壊すれば失われ、解析だけでは浮上しない種類の“潜在記録”だという。
この場に同席した玲と水無瀬透が、柾貴の提案を聞く形で、会議が静かに始まった。
⸻
「この仮面、通常の記録ではない」
柾貴は淡々と述べた。
「記録されたのは“誰かの記憶”ではなく、“集団の反応を導いた空間体験そのもの”だ」
「つまり、演出として再現された“共鳴”の感情記録……」
水無瀬透が頷きながら確認する。
「そうだ」柾貴は続ける。
「この仮面は、単なる再生装置じゃない。媒介者に“語らせる”ことで、記録されていない感情や残響すら再構成できる」
「だから、焼却より“第三構造”への再統合が最適だと判断した」
玲が言葉を挟んだ。
「再統合? どこに」
柾貴は、一枚の資料を机に差し出した。
それは「ルミエール座 記憶演出構成図」。十年前、未完に終わった最後の演目《記憶なき舞台》の内部設計図だった。
「この舞台装置には、“観客の感情波形”を舞台演出にリアルタイム反映する仕組みがあった。
そして“記録”は、その場で再演されるたびに再構成されていた」
透が軽く驚きの表情を見せる。
「……感情そのものが演出に組み込まれていた……となると、それは記憶と現実の“橋渡し”になる」
柾貴が頷く。
「俺の提案はこうだ――この仮面を、封印ではなく“記録演出の核心”として再利用する」
「演者や語り手に頼らずとも、“観客の記憶”として語られる舞台。
未完だった《記憶なき舞台》の構造を修復し、そこに仮面を再統合する」
玲が沈黙する。
これは「危険性を含む保存」ではなく「活用を前提とした記録の蘇生」だ。
だが、再びこの記録を舞台に載せることの意味は――朱音や他の“媒介者”たちにとっても、決して軽いものではない。
「……保留にしろ」玲は短く言った。
「記録はここに眠らせる。だが、活性化の鍵は“彼女”が選ぶべきだ」
柾貴は深く頷いた。
「ああ。俺の提案は“選択肢”だ。運命じゃない」
⸻
その日、仮面は文化保管庫の最深部――
“未演目記録保存室”の温度管理されたケースに収められた。
焼却されることも、解析に晒されることもなく、ただ静かに「再び語られる日」を待ち続ける。
そしてそのそばには、未使用の白紙台本が一冊、そっと添えられていた。
【場所】聖桜学園・旧講堂地下
【時間】11月24日 午後3時30分
古びた講堂の奥、普段は閉ざされた鉄扉の先に、それはあった。
地下へと続く狭い階段。かつて演劇部が実験舞台のために使用していた“旧地下空間”――その存在は、公式の記録から完全に消されていた。
朱音は、玲と沙耶に手を引かれながら、最後の段を踏みしめた。
その足元に広がるのは、古びたコンクリートと、ひときわ目を引く黒い円形の床面。埃は積もっているはずなのに、その部分だけが不自然なまでに“きれい”に残っていた。
「ここが……?」と朱音が呟く。
透が後方から低く答える。「記録上は“舞台装置収納区”……だが、実際には――」
玲が言葉を継いだ。「《記憶なき舞台》の、最終公演の痕跡だ」
その名に反応するように、朱音の胸の奥が微かに脈打つ。
記憶のどこかで知っていたような、けれど、はっきりとした輪郭を持たない感覚。
この場所では、“仮面”を通して演者の記憶と観客の感情が共鳴し、台本なき演目が上演されたという。
だがその代償として、少なくとも二人の関係者が記憶障害に陥り、一人は戻らなかった。
脚本は存在せず、演出も指示もない。だが、感情と記憶の波動を読み取る“舞台装置”が存在したという。
「……この丸の中に、立つの?」朱音が問うと、玲は小さく頷いた。
透が慎重に説明を添える。「これは“反応床”と呼ばれている。朱音のように、記憶の共鳴感度が高い者がここに立つと……舞台は反応する」
「何に、反応するの?」朱音が問う。
「君の言葉、想い、そして――聞こえた“声”だ」
沈黙ののち、朱音は一歩、床の中心へと足を踏み入れた。
途端に、空気が変わる。微かな音――舞台下の残響装置が起動するかのような振動。
天井の蛍光灯がちらりと明滅し、背後の壁面に影が浮かぶ。
それは――舞台の上に佇む、一人の少女のシルエット。
ロングスカートの制服、白い仮面。夢の中で、朱音が“出会った”存在。
「……あの子……乃亜ちゃん?」
呼びかけると、シルエットは一瞬揺れたように見えた。
まるで、“覚えてくれていた”かのように。
誰も台詞を教えなかった舞台。
だが、語られなかった声は、朱音の内側から――自然に、言葉となって浮かび上がっていく。
「……私は、ここで、待ってたんだよ……って……」
その瞬間、周囲の壁に設置された残響スピーカーが同調し、朱音の声が音響として増幅される。
そして重なるように、かすかな“他者の声”が重なった。
『……ここから、出られないの。私だけ……』
凛がハッと振り返る。「いまの、別の声……!」
透が素早く反応波形を確認する。「記録上に残っていた“第二の仮面”の共鳴周波。間違いない」
玲はただ、静かに頷く。「朱音……やっぱり君は、“鍵”だ」
少女は振り返らず、舞台の中心で、小さく息を吸った。
これは“演技”ではない。記憶という“舞台”に、心が直接触れていく時間。
彼女が語り出すとき、語られなかった声が、“物語”となって現れる。
【場所】玲探偵事務所・調査室
【時間】11月24日 午後5時10分
夕陽の光が傾き、窓から差し込む橙色が机上の紙束を染めていた。
玲は指先で慎重に、十年以上前の資料を一枚ずつめくっていた。
紙は変色し、端は裂けかけていたが、その中には確かに――“演目の原案”とされる断片が含まれていた。
「タイトル未記入」
「登場人物:仮面の少女、記憶の語り部、“声を持たない者”」
「台詞:即興的に決定。観客の反応を受けて可変」
玲は呟いた。「これは……観客との双方向性を前提にしている。言い換えれば、記憶そのものが“台本”として扱われている」
ディスプレイの横では、凛が仮面の解析映像をスクロールしていた。
スキャンされた断層画像が次々と切り替わり、内部構造の層――ごく微細な記憶媒体のような配列が浮かび上がっていた。
「これ、ナノ単位で情報が層になってる。おそらく“装着者の記憶信号”を、感情波ごと記録・保持してるわ」
凛が表示を止め、別画面へ切り替える。
そこには、朱音が舞台で言葉を発した直後に仮面から反応した“共鳴記録”の波形が並べられていた。
「同一時間軸に重なる声……音声解析の結果、乃亜の既存記録と一致。つまり……」
「仮面は、乃亜の“記憶の定着媒体”だったってことか」
透の言葉に、玲は小さく頷く。「乃亜は舞台の最後に、“自分の声”を仮面に託していた。そして……それが、朱音の声によって“読み出された”」
そこへ、ドアの向こうから重い足音が近づいてきた。
入ってきたのは、黒いロングコートを羽織った安斎柾貴だった。
彼は仮面の映像に目をやると、一瞥して言った。
「焼却は推奨できない。むしろ、情報が“潜在的に生きている”からこそ、我々に有利な構造だ」
「……潜在的に?」玲が眉を寄せる。
柾貴は調査ボードに寄り、簡易メモを取り出して貼りつけた。
「仮面=共鳴型記憶媒体」「記憶の可視化は、接触者の感情波に依存」「物理破壊で反応停止するが、情報そのものは変性し“拡散”する」
「情報は物理的に壊れても、一定条件下で“残響”として他者に影響を与える。だったら、破壊するより、記録を沈黙状態にして保管する方が理に適う」
凛が目を細めた。「つまり、“聞こえなくする”けど、“消さない”。わたしたちが選ぶのは……そういうやり方ってこと?」
柾貴は無表情のまま小さく頷いた。
「仮面に込められた記憶は“証拠”であると同時に、“意志”だ。それを完全に消すのは、記憶に関わった者全員の権利を無視する行為になる。君たちなら理解してるはずだ」
玲はその言葉に、視線を落とす。
机の上、最初に開いていた草案の一節が目に止まった。
“この舞台に、終わりの鐘は鳴らない。語る者が消えても、声は床に残り、再び誰かの心に灯る”
その下に、うっすらと鉛筆書きで名前があった――「N.O.A.」。
「……乃亜は、消えたんじゃない。“残す”選択をしたんだ」
室内が静まり返る。
そして、玲が短く告げる。
「仮面は保管する。……最深部、鍵付きの保管室へ」
「アクセス管理は三重化。許可は……私と透、そして凛と柾貴のみ」
安斎は一言、低く呟いた。「……それが最も安全だろうな」
その時、調査室の外から朱音の声が聞こえた。
「乃亜ちゃん……まだ、ここにいる気がするの」
「ううん。……たぶん、わたしの“ことば”を待ってる」
玲は静かに立ち上がった。
すべてが終わったわけではない。だが、もう一歩――記憶という舞台の奥へ、足を踏み出す準備は整いつつあった。
【場所】聖桜学園・資料室
【時間】11月24日 午後6時50分
ほんの短い間だったのかもしれない。
あるいは、もっと長い夢を見ていたのか。
朱音は、自分でもわからなかった。
図書室の奥、閉架資料室の仄暗い棚の影で、小さく膝を抱えていた朱音は、うつらうつらとした眠りの中にいた。
その静かな夢の中で――彼女は、見ていた。
舞台の上。
まるで記憶の奥底にあるような、けれど確かに“ここ”と地続きの空間。
照明は落ち、観客席も舞台袖も闇に沈み、ただ中央にひとりの少女が立っていた。
少女は、白い仮面をつけていた。
何も語らず、動かず、そこに立ち尽くしている。
けれど朱音にはわかっていた。
少女は――**「待っていた」**のだと。
ずっと、誰かの声を。言葉を。思い出されることを。
朱音は、一歩だけ舞台へと足を踏み出した。
その足音が、無人の舞台に響く。
「……乃亜ちゃん?」
問いかけに、少女は応えない。けれど、わずかに、顔を向けたような気がした。
朱音は胸に手を当て、深く息を吸い込む。
そして、そっと語りかけた。
「わたし……知ってるよ。
あなたが、だれにも気づかれないように、
大事なことを“仮面の中”にしまったってこと」
「でも、今なら……ちゃんと聞ける。
ちゃんと、“ことば”にして、伝えるよ」
少女の仮面に、かすかに揺らめくような光が走った。
それは、記憶が共鳴しはじめる合図――沈黙していた媒体が、**“再起動”**を始める気配。
「わたし、もう怖くない。
あなたの“声”が残っているなら、
それを聞いて、一緒に――前に進む」
夢の中で、朱音の言葉が仮面に触れた瞬間、
舞台に落ちていた影が、ほんの少しだけ動いた。
少女が、ひとつ頷いたように見えた。
その直後、朱音ははっと目を覚ました。
目の前には、資料室の棚。
膝の上には、誰かが置いていった毛布。
ふと顔を上げると、静かな照明の下――テーブルの上に、“白い仮面”が置かれていた。
ほんの少し、朱音が語った夢と同じ角度で。
彼女は立ち上がり、仮面を見つめた。
そして、そっと一言だけ、口にした。
「……おかえり」
その言葉に反応するかのように、仮面の縁が微かに熱を帯び、
その奥底で眠っていた“記憶”が、静かに、息を吹き返し始めていた。
了解しました。以下に、朱音が“仮面”と向き合い、自分が起動の「鍵」を持つ存在であることを確信していく描写を、小説形式で詳細に描きます。
⸻
【場所】旧講堂地下・控え室跡
【時間】11月25日 午前10時42分
鉄階段を下り、古びたドアを開けると、ひんやりとした空気が頬を打った。
地下の控え室跡――かつて舞台に立つ者たちが最後に静かに息を整えた場所。
今ではもう使われることもない、小さな部屋。
その片隅に、一枚の鏡があった。
黒ずみ、割れかけ、壁に立てかけられたまま、埃の幕をかぶっている。
朱音は、まるで引き寄せられるようにその前に立っていた。
鏡の中。
映るのは、今の自分。
けれど、どこか――自分ではない“何か”が重なって見えた。
制服のスカート。薄く微笑む唇。手にした、白い仮面。
「……わたし、知ってる」
朱音は、静かに呟いた。
「これは、誰かの“ことば”が閉じ込められた記録なんだ。
聞こえなかった声。届かなかった想い。
でも……消えたわけじゃない」
手を伸ばせば届く距離。
鏡の中の少女も、同じように手を伸ばしてくる。
その指先が重なりそうになった瞬間――朱音の背後から、静かに扉が開く音がした。
沙耶だった。
彼女はゆっくりと近づいてきて、朱音の傍らにそっと“仮面”の入ったケースを差し出した。
「玲さんから預かってきたわ。……保管室に移す前に、見せておきたくて」
朱音はうなずいた。
ガラス越しの白い仮面。沈黙したまま、まるで時を待っているかのように、穏やかに眠っていた。
彼女はケースの蓋を開け、仮面の縁にそっと指を添える。
その瞬間、仮面の奥で微かに“音”が立った。
誰にも聞こえない、ごく小さな記憶のざわめき――だが、それはたしかに反応だった。
沙耶が、驚いたように目を見開く。
「……朱音、今、仮面が……」
「うん。たぶん……わたし、“鍵”なんだと思う」
朱音はまっすぐ仮面を見つめた。
かつて舞台に立ち、記録として残された“声”。
それを再びこの世界に呼び戻すには、誰かの「ことば」が必要だった。
誰かが、忘れずにいてくれることが――「証明」だった。
「わたしが“ことば”を持ってる。
……この仮面の中の記憶が、もう一度、外の世界とつながるように」
朱音が微かに微笑んだとき、仮面はごく僅かに、ほんの一瞬、温度を持ったかのように明滅した。
それを見届けた沙耶は、そっと息をついた。
「玲の判断、間違ってなかったのね……。あの仮面は、もうただの“記録物”じゃない。
あんたと一緒に、今を生きる“記憶”なんだ」
仮面は、その後、玲探偵事務所の保管室へと慎重に移送された。
専用の遮断素材で覆われ、外部からの干渉を受けない形で静かに保管されている。
だがその仮面は、ただ“眠っている”のではない。
朱音の「ことば」が届いたときだけ――再び、目を覚ます。
それが、記録としての“仮面”と、朱音のつながり。
そして、それを継承する者が「記憶の証人」として生きることの意味だった。
【場所】鏡の裏の“控え室”
【時間】午前11時00分
古い鏡の裏には、誰にも知られていない狭い通路が続いていた。
わずかな隙間を抜けると、その先にあったのは――密閉された小部屋。
扉を開けた瞬間、朱音は足を止めた。
そこだけ、時間の流れが止まっていた。
古びたドレッサー。ひび割れた鏡。
壁際に並んだ衣装ラックには、色褪せた舞台衣装がいくつかかかっている。
埃がうっすらと積もっているのに、どこか“触れられた痕跡”が残されていた。
まるで誰かが、つい昨日までそこにいたように――
朱音は、ドレッサーの上に置かれた一冊のノートに気づく。
背表紙に刻まれた手書きの文字。
《仮面記録・補助稿》
ページを開くと、舞台の台詞のような断片的な“ことば”が並んでいた。
それは明らかに記録というより、**「記憶と対話するための鍵」**として用意されたものだった。
「……“ことば”でしか、触れられないんだね」
朱音は、静かに呟いた。
科学でも、装置でもなく、
ただ、心から誰かを想う声でなければ――仮面の記憶は動かない。
彼女はノートに指を這わせ、ある一節で手を止める。
> 《もしも、きみがまだ此処にいるなら――わたしの声を聞いて》
その瞬間、部屋の空気が揺れた。
衣装ラックにかけられた一着のマントが、静かに揺れる。
朱音の言葉が、仮面に微細な反応を引き起こしたのだ。
この小部屋自体が、“起動のための舞台”として機能している。
けれどその中心にあるのは装置ではない。朱音の存在そのものだった。
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【場所】玲探偵事務所・保管室
【時間】午後6時00分(同日)
仮面は、専用ケースに密閉された状態で運び込まれた。
玲探偵事務所・地下階層にある保管室は、記憶媒体専用に改修された密閉区画。
空調は完全管理され、金属製の台座には仮面型オブジェがひとつ――。
成瀬由宇が最終確認を終え、セキュリティパネルに触れる。
「――ロック完了。以降、朱音以外にはアクセス制限」
沙耶が朱音の隣で、ゆっくりと息を吐いた。
「ここで、ずっと眠るの? このまま?」
玲が壁際のモニターを操作しながら答えた。
「眠らせておく。だが、目を覚ます方法は……もう決まっている」
彼女は朱音を見やる。
「“ことば”だ。彼女の声が鍵になる。誰も偽れない。誰にも複製できない、ただ一つの起動条件」
保管室のライトが落とされ、仮面は薄闇の中に静かに姿を沈めていく。
その白さだけが、まるで“記憶の標”のように、そこに在り続けていた。
【場所】玲探偵事務所・調査室
【時間】11月26日 午後2時10分
書類の束が淡い机上灯に照らされ、紙の端がわずかに影を帯びる。
玲は背凭れから身を起こし、最後のページにサインペンで小さく印を入れた。
十年前の演劇祭をめぐる一連の調査――その暫定報告が、ようやく一冊にまとまった。
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報告抄録(玲の手記)
1.白崎乃亜の消失
十年前の《記憶なき舞台》で主役に抜擢。
リハーサル前夜に姿を消し、翌日本番は“替え玉”で強行された。
学校は「家庭の事情で退学」と発表したが、以後、乃亜の住民・医療・学籍データは完全抹消。
2.残された仮面〈番号Ⅳ〉
舞台袖に遺されていた白い仮面は、
* 装着者の視覚・聴覚・情動を微細層に記録
* 外部機器では再生不可
* 朱音が発した“呼びかけ”にのみ共鳴
乃亜はこの仮面を通じ、自身の心象舞台――
**〈鏡の裏の控え室〉**へ意識を“封印”した形跡がある。
3.〈鏡の裏の控え室〉の位置づけ
物理的には旧講堂地下の納戸に隠された狭室。
精神領域では「演目が終わらない楽屋」として機能し、
* 仮面経由でのみアクセス可
* 乃亜はそこで“劇中の自分”として生き続けている。
4.起動条件=“人の声”
最新の音声解析でも共鳴要素は周波数だけでは説明不能。
* 感情値・記憶波長をともなう“意味のあることば”が鍵
* 朱音の呼名「乃亜さん」で起動反応を確認
科学装置は誘引の補助でしかなく、本体は“語り掛け”そのもの。
5.保管体制
仮面Ⅳは探偵事務所地下シェルフへ移送済み。
* 二重指紋+音声ロック(玲/凛)
•記録遮断材で封入し外部刺激を極限排除
•チーム影は交代で監視。
ただし起動ロックは無効化できないため、朱音のみが実質的な“最後のパスキー”となる。
6.運用方針
* 破壊は情報拡散リスクのため見送り(柾貴提案)
* 封印は維持しつつ、朱音の任意による再起動を許容
* 乃亜との対話が完了した時点で最終措置を再協議
⸻
玲はシートを閉じ、深く息を吐いた。
科学で解析できる範囲を越えたもの――**“人の声が記憶を揺らす”**という事実だけが、報告の核心に残った。
「まとめ終わったの?」
扉の隙間から朱音が顔を覗かせる。白い仮面のケースを思い出したのか、少しだけ不安げな眼差しだった。
「終わったよ」玲は椅子を離れ、朱音に視線を合わせる。
「君のことばがあれば、仮面は応える。怖がらなくていい。──声は、道具より強い」
朱音は小さく頷き、胸元で拳を握った。
遠くで保管室のセキュリティランプが淡く点滅する。
“劇”はまだ、幕を閉じていない――それでも、今この瞬間だけは静かな余韻が漂っていた。
【場所】仮設舞台・更衣室
【時間】11月26日 午後5時23分
舞台裏の簡易な更衣室には、白布をかけられたラックが二つと、鏡台が三つ並んでいた。
仮設とはいえ、整然と整えられたその空間には、どこか張り詰めた静けさが漂っている。
詩乃は無言のまま、手元のリストを確認しながら、衣装ケースの中を点検していた。
再演にあたっての安全確認――
だが、衣装の陰にひとつ、見覚えのない箱が差し込まれていた。
黒く無地の外装に、小さく「Ⅵ」の文字。
「……番号、Ⅵ……?」
詩乃は手袋を直し、そっと蓋を開けた。
中に収められていたのは、他のどれよりも“新しい”印象の仮面。
白地にかすかな青みを帯び、目元には線のような模様が走っている。
明らかに、十年前の仮面たちとは設計思想が違う。
「誰が――ここに?」
胸元の小型無線がかすかにノイズを走らせた。詩乃はすぐさま通話を開く。
「詩乃、そっちの控え室、異常は?」
玲の声。短く、しかし抑制の効いた口調。
「……仮面が増えてる。番号Ⅵ。リストにない。……造られたのは最近。記録は?」
数秒の沈黙。
「……無い。K部門の記録にも、管理番号としての登録はされていない」
「誰かが意図的に“上演の続き”を挿し込んだ可能性がある」
詩乃は仮面を手に取り、角度を変えてじっと見つめた。
見た目は静かだ。だが、手にした瞬間に感じたのは、微かな――脈動だった。
(この仮面、記録されている……けど、これは“乃亜”じゃない)
指先から伝わる気配は、確かに記憶を帯びていた。
だがそれは、白崎乃亜とは別の……もう一人の、語られてこなかった“演者”の存在を感じさせる。
「詩乃、搬送班を呼ぶ」
「……待って。これ、私が運ぶ」
玲の言葉を制し、詩乃は静かに言った。
この仮面には、まだ“名前”がない――
けれど、確実に何かが宿っている。
更衣室の鏡に、仮面を持つ詩乃の姿が映る。
仮面の瞳孔のない空洞と、詩乃の紫の目が一瞬交錯した。
再演はまだ始まっていない。
けれど、それは誰かの意志によって既に始められていたのかもしれなかった。
【場所】旧校舎・記憶台本の保管室跡
【時間】11月26日 午前9時38分
埃が静かに舞う室内。無数の古びた箱が壁際に積み重なり、重苦しい空気が満ちている。
朱音は慎重に足を進め、ひとつの箱の蓋をゆっくりと開けた。
中には色あせた台本が数冊。ページの縁は波打ち、手に取ると紙の匂いが鼻をくすぐった。
黄ばんだ表紙の中央に、小さく、細い筆跡でこう記されている。
――「記憶なき舞台 -白崎乃亜の物語-」
朱音の指先がゆっくりとページをめくる。そこには、十年前の演劇祭で使用されたはずの台本の断片が記されていた。
主人公・白崎乃亜が、舞台上で語るべき“ことば”と、その裏に隠された記憶の符号。
朱音は無意識に息を呑んだ。
この台本はただの台詞集ではなかった。
舞台の演目と共に、その“ことば”が記憶の起動装置として機能し、隠された真実を呼び覚ます鍵であることを、朱音はまだ知らなかった。
彼女が手にした一冊は、玲探偵事務所が厳重に保管し、アクセスを許された限られた者だけが知る“精神的起動の舞台”の核心だった。
これから朱音は、言葉の力で仮面に眠る記憶を呼び起こし、閉ざされた過去を紐解く役割を担うことになる。
――ここにあるのは、ただの劇の台本ではない。
彼女自身の“ことば”が、唯一の“鍵”となる舞台の設計図なのだ。
【場所】第三準備室・仮面解析ブース
【時間】11月26日 午前10時15分
静かな室内に並べられた仮面は四つ。番号「Ⅲ」「Ⅳ」「Ⅴ」「Ⅵ」と、丁寧にラベルが貼られている。どれも薄汚れているが、その造形は精巧で、どこか異様な存在感を放っていた。
橘奈々は、卓上のタブレット端末を操作しながら、仮面に埋め込まれた極微小センサー群のログを詳細に解析していた。
センサーは、仮面内の微細な動きや温度変化、さらには外部環境とのわずかな電磁波の変動までを捕捉し、記録している。
ログは断片的な“記憶の断片”としてデジタル化されており、断続的に発生した電気信号のパターンが複雑に組み合わされているのだ。
奈々は端末画面に浮かぶグラフと数値の意味を一つずつ丁寧に読み解いた。
仮面「Ⅲ」は、記録された信号に微細な振動の周期性が確認された。これは、人間の声帯から発せられる“声”の共鳴パターンに類似しており、仮面が“言葉”の記憶を符号化していることを示唆している。
仮面「Ⅳ」は、電磁波の微妙な変動が外部の音響環境に応じてリアルタイムで変化していた。つまり、記憶の再生時に環境音が仮面内部のセンサーに影響を与え、断片のつながりを補完している可能性がある。
仮面「Ⅴ」は、内部温度の変化が他の仮面よりも激しく、記録された感情の高ぶりを示しているかのようだった。特に「緊張」「恐怖」といった感情が関連している局面で顕著な温度上昇が認められた。
仮面「Ⅵ」は、これまでの三つの仮面とは異なり、内蔵センサーのログに周期的な“休止”時間が存在していた。これは、仮面自身が情報の記憶と遮断を繰り返し行う機能を持っていることを示し、潜在記憶の“封印”に関わるものと奈々は推測した。
奈々はログデータを解析しつつ、解析用端末にメモを取り、これらの記録を一つの統合的な記憶構造として再構築する試みを進めていた。
「仮面は単なる記録媒体ではない。人の“声”と感情の複雑な情報を、リアルタイムで受信・再生する高度な装置だ――」奈々は、画面に映る多層的なデータを見つめながら、そう確信していた。
そして、この解析結果が、玲探偵事務所の調査と影班の動きにどう繋がっていくのか。これから起こる事態の鍵を握る重要な一歩であることを、彼女はまだ知らなかった。
【場所】旧講堂・地下2層通路
【時間】11月26日 午前11時52分
薄暗い地下通路の壁に沿って、御子柴理央と水無瀬透は慎重に身をかがめていた。足元には古びた台本の断片が散乱している。
御子柴が手に取ったのは、一冊の台本だった。紙は黄ばんでいて、ところどころ破れかけているが、そこに記された文字列は明確だった。だが、その文構造には明らかな異常があった。
普通の物語のように整然とした文の並びではなく、突然意味が飛躍し、反復と錯綜を繰り返す独特の構成。時折、不自然な空白や文字の欠落が見られ、まるで誰かが意図的に「記憶の欠片」を断片化し、隠そうとしているかのようだった。
水無瀬は指でページをなぞりながら、声を潜めて言った。
「これは…普通の脚本じゃない。断片的な記憶のパズルだ。もしかすると、過去の出来事が意識的に散りばめられているのかもしれない。」
御子柴は眉をひそめ、さらに深く読み進める。そこには、台詞として記されているはずの「ことば」が、繰り返し同じフレーズで増幅され、まるで記憶の断片同士が互いに共鳴し合っているようだった。
「まるで“記憶が喋っている”みたいだな」御子柴が言った。
「それに、言葉の断片がループしてる。誰かの精神が閉じ込められている空間のようだ。」
二人は顔を見合わせた。これがただの台本の破片ではなく、演劇という形式を借りて“封じられた記憶”そのものを記録している可能性がある。
水無瀬は、台本に刻まれた異常なリズムと構造を脳内で整理しながら、封印された真実を解きほぐす糸口を探し続けた。
「この台本の奥底には、事件の核心が隠されている。」御子柴はそう断言した。
そして二人は、朽ちた地下通路の暗闇の中、記憶の迷宮に足を踏み入れたまま、静かに調査を続けた。
【場所】旧校舎裏・封鎖済通路口
【時間】11月26日 午後1時03分
錆びついた鉄柵と古びた警告板が、不気味に並ぶ旧校舎裏の通路口は、今や完全に封鎖されていた。昼下がりの薄い日差しが、折れた看板の影を長く引いている。
この場所は、白崎乃亜が十年前に姿を消したとされる最後の目撃地点として知られていた。だが、その後の捜査はすぐに途絶え、学校側は表向きに「家庭の事情による退学」として処理。公的な記録も意図的に抹消されていた。
封鎖された通路口の前に、ゆっくりと足を踏み入れたのは水無瀬透。彼は玲探偵事務所の記憶探査官であり、深層意識へのアクセスを得意とするスペシャリストだ。
水無瀬は慎重に周囲を見渡しながら、携帯端末の記憶解析装置を起動させる。装置は、過去にこの場所で発生した“精神的痕跡”を解析し、封印された記憶の断片を浮かび上がらせるためのものだ。
「ここには、乃亜の存在の証が残っているはずだ」水無瀬は独り言のように呟き、端末の画面をじっと見つめた。
彼の目の前で、かすかな光の粒子が宙に浮かび上がり、断片的な映像が揺らめき始める。過去の風景、彼女の足音、そして静寂の中に消えた微かな囁き。
水無瀬はゆっくりと手を伸ばし、その記憶の欠片を一つ一つ繋ぎ合わせていく。精神世界と現実の境界が曖昧になる中、彼の存在が、この封鎖された通路に秘められた真実を解き明かす唯一の鍵となろうとしていた。
【場所】“観客のいない舞台”
【時間】11月26日 午後1時28分
古びた階段をゆっくりと上りきると、目の前に広がるのはまるで時間が止まったかのような異様な空間だった。
薄暗い照明に照らされた舞台は、観客席が無人のまま静まり返り、空気はひんやりと冷たく張りつめている。
無数の蜘蛛の巣が天井から垂れ下がり、古いカーテンは色褪せて垂れ下がっている。舞台上には、使われなくなった小道具や壊れた椅子が散乱していた。
壁にはかつての公演ポスターがぼろぼろに破れ、十年前の記憶が染みついたまま、その場にとどまっているようだった。
空間は静寂に包まれているが、どこか呼吸するように微かな振動が伝わってくる。まるでこの舞台自体が、失われた物語の記憶を密かに息づかせているかのようだった。
そんな中、玲たちが足を踏み入れると、観客のいない舞台は、彼らに封じられた過去の断片を語り始めるように、静かに息を潜めていた。
【場所】地下演劇空間「観客なき舞台」
【時間】11月26日 午後1時31分
薄暗い地下空間の舞台中央に、古びた仮面がぽつんと置かれていた。
その仮面は不自然なほどに静かで、まるで誰かが単に“置いた”というより、何かに導かれ“戻ってきた”かのような、不思議な気配を漂わせていた。
玲はゆっくりとその仮面に指を伸ばした。だが、その瞬間、背後から微かな音がして朱音が足を止めた。
彼女の視線は仮面から離れ、舞台の暗がりの奥へと鋭く向けられている。明らかにただの偶然ではない何かが、そこに潜んでいるのだと感じ取ったのだった。
玲はその沈黙を破らず、ゆっくりと振り返った。朱音の表情は硬く、決意と恐怖が入り混じったものだった。
舞台の静寂は、今まさに新たな幕開けを告げようとしていた。
【場所】旧校舎・“演技回廊”と呼ばれた通路
【時間】11月26日 午後2時04分
玲は静かに、舞台下の薄暗い通路を一人で進んでいた。壁一面にびっしりと貼られた数十枚のスチル写真が、彼の視線を引きつける。
写真はどれもモノクロに近い色調で、わずかに色褪せている。そこには、緊張と集中に満ちた演劇部の部員たちの姿が刻まれていた。
一枚には、厳しい表情で台本を読み込む乃亜の姿。眉をひそめ、指で台本の行間をなぞるようにしている。
別の写真では、少女が舞台中央で、まるでスポットライトを浴びているかのように静かに佇んでいた。彼女の瞳には、何か強い決意が宿っているようだった。
また、一枚の写真は乃亜と他の部員が演じるシーンの瞬間を捉えている。動きの中の緊張感が伝わり、まるでその場の空気まで写し取っているかのようだ。
壁に貼られた写真は、どれもその時代の空気を封じ込めた「演技の記録」だった。玲は指でそっと一枚一枚をなぞりながら、その背後に隠された真実を探っていた。
【場所】応急精神診断室(旧保健室改装)
【時間】11月26日 午後3時15分
薄暗い部屋の壁には、古びた保健室時代の掲示物がわずかに残っている。だが今は、最新の精神診断機器がひとつ静かに置かれていた。
九条凛は落ち着いた声で、朱音に椅子へと座るよう促した。朱音がゆっくり腰を下ろすと、凛は慎重に診断機器のバンドを彼女の腕に巻き直す。わずかな緩みを感じ取りながら、凛の指先は丁寧に調整を施した。
「リラックスして、深呼吸をしてね」凛は静かに言った。彼女の声には、不安を和らげようとする優しさと専門的な冷静さが混ざっている。
機器が起動し、朱音の脳波や心拍数が画面に映し出される。凛はデータを確認しつつも、その瞳は朱音の表情や仕草に鋭く注目していた。
「あなたの内面の声をしっかりと聴くことが、今後の鍵になる」凛は静かに告げた。その言葉の重みが、部屋の空気を引き締める。
朱音は小さく頷きながらも、その目の奥には揺るがぬ覚悟が灯っていた。今まさに、自分の“ことば”が、封じられた記憶を解き放つ唯一の鍵となることを知っているからだった。
九条凛がモニターをじっと見つめながら、診断結果を整理していく。画面には朱音の脳波パターン、心拍数の推移、皮膚電気反応などが複雑に映し出されていた。
「朱音さんの脳波は非常に特徴的です」凛は静かに口を開いた。
「通常の安静状態ではアルファ波が優勢になるところですが、彼女の場合は一定のタイミングでシータ波とデルタ波が頻繁に交錯しています。これは深層意識と顕在意識が密接に連動している状態を示しています。」
凛はさらに説明を続ける。
「また、心拍数は感情的な刺激に対して非常に敏感に反応し、一時的に上昇と下降を繰り返しています。これは、彼女の中で複数の記憶が感情的に強く結びついていることを示唆します。」
「皮膚電気反応も顕著で、特定の言葉やイメージに対して即座に反応するため、言語を介した記憶の再起動が十分に可能だと判断できます。」
凛はモニターから目を離し、朱音を見据えた。
「総合的に見ると、あなたは単なる記憶の受け手ではなく、記憶の再生装置の一部として機能しています。特に“ことば”による起動が、あなたの精神構造に深く根ざしている。だからこそ、仮面の記憶を解き放つ鍵はあなたの声にあるのです。」
朱音は言葉にならない決意を胸に刻み込むように、小さく息を吐いた。未来への道筋が、今、はっきりと見え始めていた。
【時間】11月25日 15時52分
【場所】旧講堂・舞台下控室
朱音は古びた木製の棚の上に置かれた仮面「Ⅶ」を、ただじっと見つめていた。仮面は他のものよりも少し新しく、光沢のある白さを保っている。しかし、長い年月を経たかのような微細なひび割れが表面に走っていた。
視界の隅で、薄暗い控室の空気が揺らぐのを感じる。まるで空気そのものが呼吸しているかのように、ほんのわずかな光のゆらぎが仮面の周囲を取り巻いていた。
朱音の胸の鼓動が一段と早くなる。そこに漂う不可視の記憶が、彼女を誘うように囁いているのだ。彼女は無意識に息を呑み、仮面の前に手をかざした。
その瞬間、控室の空気がわずかに震え、仮面の表面にかすかな光の波紋が広がった。まるで眠っていた記憶が、朱音の「ことば」を待っているかのようだった。
だが彼女はまだ声に出せず、ただ静かに立ち尽くしていた。仮面「Ⅶ」は、これから始まる未知の物語の扉を開く鍵として、静かに時を刻んでいた。
【時間】11月25日 16時01分
【場所】旧地下管理棟・第3記録区画
詩乃は淡い蛍光灯の下、埃を被った古びたキャビネットの引き出しを静かに開けた。隣に立つ成瀬もまた、資料の山に目を凝らしている。二人は黙々と、仮面の起源に関わる散逸した記録の整理を続けていた。
散らばる文書の中には、破損したフィルム、手書きのメモ、そして電子ファイルの断片も混じっていた。だがその中に、一際異彩を放つデジタル音声記録のファイルがあった。
「これ、廃棄リストに入っていたはずの音声データだ…」詩乃がファイル名を見てつぶやく。意図的に抹消された痕跡が残るそのファイルは、アクセスが制限されていたはずのものだった。
成瀬は端末の画面に目を向け、慎重に再生ボタンを押す。低くざらついたノイズの中に、女性の声が浮かび上がった。声は冷静でありながらも、どこか切迫感を孕んでいる。
「…この仮面は単なる記録媒体ではない。内部に刻まれた感情や記憶は、再生者の精神状態と連動している。…もし、誰かが意図的に記録を消そうとしているなら、その真実は封じ込められてしまう。」
詩乃は息をのみ、成瀬の顔を見た。
「つまり、この音声は何か重要なことを暴こうとしていた証拠かもしれない。」
成瀬は無言で頷き、二人は慎重にさらに調査を進める決意を固めた。そこには、単なる演劇の記録以上の秘密が眠っていることを確信しながら。
【時間】11月25日 16時10分
【場所】診断棟・個別ケア室
九条凛は慎重な手つきで朱音の腕に診断機器のセンサーを再度装着した。白壁に囲まれた静かな個別ケア室には、かすかな電子音だけが響いている。
「前回は人格剥離の兆候を探していたが、今回は記憶浸蝕後の精神安定度を評価する必要がある。」凛はモニターの解析結果をじっと見つめながら呟いた。
装置が検知したのは、朱音の深層意識に浸透した異質な記憶情報の影響範囲と、その精神的耐性の度合いだ。複雑に絡み合った神経回路の微細な変動から、彼女の内面で起きている変化が浮かび上がる。
「…浸蝕は進行しているが、驚くほどの耐性がある。情緒的な乱れは最小限に抑えられているようだ。つまり、彼女の精神は不安定ながらも、今はある程度の均衡状態にある。」
朱音は静かに椅子に座ったまま、わずかに肩を震わせている。
「ことば」の力で仮面の記憶と向き合う彼女の内側には、深い闘いが続いていた。
凛は優しく声をかけた。
「朱音さん、今の状態を維持しながら、少しずつ向き合っていきましょう。焦らずにね。」
朱音は小さく頷いた。彼女の瞳の奥には、決意とも諦めともつかぬ強い光が宿っていた。
【時間】11月25日 16時15分
【場所】旧講堂・仮設舞台上
薄暗い旧講堂の奥、仮設された舞台はすでに片付けられた衣装や小道具が雑然と積み重なっていた。空気はひんやりとして、わずかな埃が光の筋に舞う。
そこに、誰もいないはずの舞台上に、突然ひとつの影が静かに姿を現した。黒いコートを羽織った人物が、足音を立てずにゆっくりと歩み寄る。
影は舞台の中心に立ち、まるで何かを待つかのように立ち尽くす。目線は、かつて白崎乃亜が主役を務めたその場所にしっかりと向けられていた。
空間に漂う静寂が、一瞬だけざわめく。まるで過去の記憶が舞台を満たし、影を通じて蘇るかのように。
その影は、まるで過去と現在をつなぐ橋渡しのように、静かに、しかし確かな存在感を放っていた。
【時間】11月25日 16時20分
【場所】調整棟・分析室
低く唸るような機器音だけが満ちた分析室。無機質な蛍光灯の光の下、モニターには複数の記録構造が重ねられ、赤と青のラインが錯綜していた。
九条凛は、端正な指先でスクリーンを示しながら口を開く。
「やはり、“劇”そのものが記憶誘導の枠組みになっていた。構造はシンプルに見えて、観客と演者の立場を一度“反転”させる仕掛けがある」
玲は腕を組み、微かに眉をひそめながら画面に目を凝らす。
「反転……というと、観ている側が“演じる”役目を背負わされる、ということか」
凛は静かに頷いた。
「演目の中心構造には《無観客状態における記憶定着》という概念がある。観客のいない舞台——つまり、記録の“送信”先が存在しない中で演じることで、演者自身の記憶が固定化される。まるで自己暗示のように」
玲の目が鋭くなった。
「それが白崎乃亜の失踪と関係している?」
「可能性は高いわ。彼女が残したノートの記述にも“演じることで自分が残れる”という言葉があった。……仮面を通して記録された記憶は、“劇”の中でしか再生されない。そこに観客はいらない。ただ、台詞と舞台の構造だけがあればいい」
玲は黙って画面を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……朱音の“ことば”が鍵であるなら、舞台を起動するのは彼女自身の意志になる。だが、それは同時に……」
凛が言葉を引き取る。
「彼女の記憶が、演目に巻き込まれる危険もある。仮面は“記録媒体”であると同時に、“再演の起爆装置”なのだから」
室内の空気が少し冷えたように感じられた。静かに、しかし確実に、次の“上演”は始まろうとしていた。
【時間】11月25日 16時22分
【場所】旧地下管理棟・記録区画 第2室
剥き出しの配線と、焼け焦げた壁紙の匂いがまだ残る記録区画の一室。端末の明かりが、暗い室内に青白い光を灯していた。
詩乃は、仮設復元されたデータ群の中から、ひときわ不自然なラベルに視線を止めた。
《幕裏台帳_最終稿.frag》
「……やっぱり、これだけ別構造で保管されてた。通常の演目記録とはまったく整理体系が違う」
詩乃の指が軽やかに端末の上を滑り、ログが展開される。再構築された文面は断片的で、いくつかの文字はまだ復元されていない。それでも、最後のページに記されていた“演目名”の一つが、彼女の目を細めさせた。
「“無題演目 / NOIR THEATER”……?」
成瀬は、その名に即座に反応する。
「“ノワール・シアター”。かつて舞台裏で密かに語られていた“最終演目”の別名だ。正式な上演記録はどこにも存在しない。……だが、その準備だけは、確かに進められていた」
「実際に上演された可能性は?」
「限りなく低い。舞台が完成する前に、中心となる演者が消えたからだ」
成瀬が口にした“演者”という言葉の響きに、詩乃は静かに頷く。そして、その場に新たな足音が加わった。
「“幕裏台帳”のことなら、俺が補足しよう」
入ってきたのは、玲の依頼により特別派遣された演劇記録アーキビスト、狩谷 朔。
彼は元・舞台演出監査官であり、現在は演目構造と記録干渉の専門家として活動している。痩身で眼鏡をかけた姿は無機質な印象を与えるが、その言葉には揺るがぬ確信があった。
「“ノワール・シアター”は、記録化されなかった演目の集合体。正規の台本すら存在しないが、舞台裏で進行された“即興演技”の記録だけが断片的に残っている。それが、焼損前の“幕裏台帳”の正体だ」
詩乃が目を細める。「……つまり、台本のない演劇?」
「違う。“記憶の演劇”だ。演者の内面に台本を刻み、仮面を通して“演技”ではなく“記憶再現”を行う。記録されるのは演者そのもの。だからこそ危険だ。もしこれを不完全なまま再演すれば――」
成瀬が重く言葉を繋いだ。「演者の人格ごと、舞台に固定される」
静かな室内に、再構築された“幕裏台帳”の文字列が、淡い光のように浮かび上がっていた。
そこには、演目のリストが並んでいる。
《Ⅲ:硝子の階段》《Ⅳ:祝祭の檻》《Ⅴ:仮面の果実》《Ⅵ:忘却の幕》……そして、
《Ⅶ:観客のいない劇場》
それは、誰にも上演されることのなかった“最終演目”――舞台に降りた記憶の封印だった。
【【時間】11月25日 16時22分
【場所】旧講堂・仮設舞台上
夕暮れの光が旧講堂の高窓から差し込んでいた。埃を孕んだ光線は、舞台の中心に静かに立つ朱音を照らし出していた。
仮設されたその舞台は、十年前の演劇祭の記憶をなぞるように組まれた再現舞台。だが、その完成度にはどこか“再現”を超えた執念めいたものがあった。
朱音は、観客席を見渡していた。
椅子はすべて空いている。誰もいない――はずだった。
それでも、朱音の目は揺れた。
視線の奥、耳の奥、皮膚の奥に、かすかな気配が刺さる。
観られている――のではない。
見守られている。
緊張でも怯えでもない。不思議な“安心”が、舞台の中心で彼女の足をしっかりと支えていた。
その感覚の源に気づいたのは、数秒後のことだった。
視界の端。講堂上手側の古びた舞台袖。
その陰に、誰かがいた。
気配だけでわかる。
——いや、「いた」ではない。「いる」。
黒い装束、風の音すら吸い込むような沈黙。
スピーカーの裏に、二階の照明ブースの隅に、鉄骨の梁の上に。
影班の三人が、確かに存在していた。
成瀬由宇。照明すら撥ね返すかのような黒の戦闘服。その灰色の瞳は、客席ではなく、朱音そのものを映していた。
桐野詩乃。舞台袖の陰に、気配も残さず潜む。白い戦闘手袋が、不意に胸元で祈るように重ねられているのを、朱音は確かに見た。
そして——
安斎柾貴。照明ブースから全体を見下ろしていた彼は、まるで“何か”の気配が朱音の背に寄り添うのを警戒するかのように、静かに手を伸ばして通信機を握っていた。
気づかせるつもりなど、きっとなかった。
だが朱音の“感覚”は、それを拒まず、むしろ抱き取った。
「ありがとう」
小さな声が舞台の空気に溶けていく。
それは舞台演者が観客へ贈る挨拶でも、台詞でもなかった。
ただ、“家族”への確かなことば。
朱音は、一歩前へ進んだ。
舞台の上にいるのはたったひとり。
けれど、決して独りではなかった。
【時間】11月25日 16時26分
【場所】調整棟・分析室
傾き始めた夕陽が、調整棟のブラインド越しに微かなオレンジを差し込む。
分析室の中、九条凛はひとつひとつのデータウィンドウを静かに閉じていった。
仮面から取得された演目ログ、朱音の脳波・心拍・呼吸・発声パターン。
そのすべてが今、静かに沈静し、安定の指標を示していた。
彼女は最後に残った一つの画面を見つめた。
それは「観客なき舞台」での最終ログ──
“ありがとう”という朱音の言葉と共に、脳波の揺れは収束し、異常人格との干渉も完全に途絶えていた。
凛がゆっくりと息を吐いたその時、背後で扉が静かに開いた。
振り返らずとも、誰が来たのかは分かった。
「……終わったのか」
落ち着いた低い声。玲だった。
彼はコートの裾を軽く払って室内へ入り、黙って凛のモニター越しに画面を覗き込んだ。
凛は頷き、ディスプレイを指さす。
「ええ。仮面の記憶干渉はすべて停止。朱音ちゃんの感情中枢も落ち着いてるわ。
人格乖離の兆候もない。……むしろ“自分の言葉”で終わらせた。それが大きいのよ」
玲は黙ってグラフの数値を追った。やがて、静かに言った。
「記憶に飲まれなかった……というより、“記憶の中で立ち止まらずに進んだ”ということか」
凛は小さく微笑む。
「言葉はね、形だけじゃ意味を持たないの。“誰のために話すか”で初めて意味を得るのよ。
朱音ちゃんの“ありがとう”は、白崎乃亜に向けたものじゃない。……今の、自分自身に向けた言葉だった」
玲はポケットから一枚の古びた写真を取り出した。
演劇部の集合写真。その端に写った、白崎乃亜と幼い朱音。
乃亜は、仮面を手にしたまま、その少女を見つめていた。
「彼女は……もう、“劇の中”に戻ることはないだろうか」
凛は少しだけ視線を落とし、柔らかい声で返した。
「ええ。少なくとも“幕は下りた”わ。彼女は、舞台ではなく、“今ここ”に立っている。
そして──それを支えたのは、あなたやチーム影の人たち。彼女は、独りじゃなかったから」
沈黙。
どこかで鳴る空調の音だけが、しばし空間を満たした。
「……ありがとう、玲くん。あの子は、ようやく“誰かの台詞”じゃなく、“自分の言葉”で語ることができた。
それだけで、演目はもう十分だと思うわ」
玲は軽く頷き、そっと視線を朱音の記録ウィンドウに戻した。
そこには、すでに停止したログファイルと、最終音声データが残っていた。
──ありがとう。
それは、舞台の終わりを告げる一言ではなく、
確かに「誰か」とつながった少女の、最初の“幕開け”だった。
【時間】11月25日 16:30
【場所】旧講堂・仮設舞台上
午後の光が斜めに射し込む仮設舞台。
幕が下りたあとの静けさが、まるで長い余韻のように広がっていた。
朱音は、舞台の中央にしゃがみ込んでいた。
その小さな掌には、割れた仮面の破片がそっと乗せられている。
仮面「Ⅶ」。
かつて“白崎乃亜”の意識が宿っていた仮面は、舞台終幕とともに砕け、
いくつかの欠片となって床に散っていた。
「……終わったんだよね」
朱音の声は誰に向けたものでもなかった。
だが、その言葉を拾うように、舞台袖からひとりの男が歩み出てきた。
白衣に、無骨な工具ポーチ。眼鏡の奥の瞳が、舞台上の光を鋭く反射させている。
神代理一郎──玲探偵事務所の外部技術顧問。特殊素材と微細構造体の研究で知られるスペシャリストだ。
「……回収させてもらう。欠片ひとつで、記録の深層まで辿れることもある」
朱音は顔を上げ、ためらいがちに欠片を差し出した。
神代はそれをピンセットで丁寧に受け取り、簡易スキャナーにかざす。
「繊維断層に“同期焼損”の痕跡……ふむ、起点は音声発振直後か。
君の“ことば”が、内蔵記録を一気に収束させたようだ」
彼の口調は冷静だったが、その分析にはどこか敬意が滲んでいた。
「この素材……精神共鳴特化型の旧式セラミック複合体だな。
制御中枢が“演者の心”に依存している。つまり──」
「……乃亜さんが、自分から仮面を壊した……ってこと?」
朱音の問いに、神代は一瞬だけ黙した。
そしてわずかに頷く。
「そう解釈していいだろう。演目が終わり、彼女は“残る理由”を失った。
仮面の構造は、もともと彼女の意志を媒体としていた。意思が消えれば、形も保てない」
朱音は小さく口を結び、再び舞台に視線を落とす。
仮面の破片があった場所には、もう何も残っていなかった。
だが不思議と、悲しみはなかった。
むしろ、微かな安心があった。
──乃亜は、最後まで舞台に立っていた。
そしてきっと今、自分の“出番”を終えて、静かに袖へと戻ったのだろう。
神代が、欠片を丁寧に回収しながら言った。
「この破片、玲に届ける。演目構造と合わせて分析すれば、
“なぜ仮面が記憶を記録できたのか”──その本質に手が届くかもしれない」
朱音は頷いた。
その眼差しは、どこか清らかで、晴れやかだった。
【時間】11月25日 16:31
【場所】旧講堂・舞台袖格納庫
薄明かりに包まれた格納庫の一角。
詩乃と成瀬が仮面「Ⅶ」の欠片を慎重に並べた卓上に、新たな足音が加わった。
「……処理を始めます」
黒手袋の指先で静かに一礼するように言い、早乙女璃玖が作業位置に就いた。
彼の手元には、精神共鳴防壁処理装置《ヴェール=エン》。
記憶を素材から遮断する封印処理装置だ。極薄の金属膜が欠片ひとつひとつに被せられ、
透明な封印プレートへと変化していく。
「……共鳴波、微弱。ですが、応答性がある」
璃玖の指が止まり、視線だけが詩乃へと動く。
詩乃は無言で頷き、手元の遮断ケースを一段階強化した。
成瀬もまた、欠片のうち**“右頬部分”**を扱う手に力を込める。
そこには「最終演目」の記録が含まれているとされ、封印処理の中でも特に慎重を要する。
「……静かに。呼吸も乱さないで」
璃玖の声が静かに響く。
彼の手から伸びた封印膜が、仮面の裂け目に沿って波のように広がり、記録の残滓を優しく包んだ。
──まるで記憶そのものに“蓋”をするように。
処理は一切の無駄なく、寸分の狂いもなく終えられていく。
彼らは、仮面が“もう再生されることのない記憶”として、永遠の眠りに入ることを知っていた。
【時間】11月25日 16:42
【場所】旧講堂・控え室
朱音は、木製の机に頬杖をついたまま、ゆっくりとペンを動かしていた。
部屋には誰もいない。仮面も、演目台本も、共鳴装置もない。
ただ、机上には一冊の真っ白なノートと、青いキャップのボールペンがあるだけだった。
紙をめくる音が、時計の針の音と交互に部屋に満ちていく。
彼女が記していたのは、“舞台の記録”ではなかった。
“記録されなかった舞台”の、感覚的な断片──
それは、目撃した誰かの視点か、それとも夢の中の追体験か、境目の曖昧な記憶のかけら。
一行、また一行。朱音は、心に浮かんだ言葉をそのまま書いていく。
⸻
> 「ひとりじゃなかった。なのに誰の顔も思い出せない。」
> 「仮面をつけた誰かが、私を“見送った”気がする。」
> 「でもその人の影が、私と同じ手をしていた。」
> 「台本の“余白”に、誰かが涙の跡を残していた。」
⸻
その文は、整った構造を持っていなかった。
けれど、それこそが彼女の“今の記憶”だった。仮面に頼らず、誰かの共鳴にも寄らず、
ただ、自分自身が見て、感じて、受け止めた光景だけを記すための時間。
朱音の視線がふと止まり、ペンが宙に浮く。
机の向こう、曇った窓に映った自分の表情が、どこか“他人の顔”に見えた。
そして彼女は、小さくつぶやいた。
「……これは、私の“観客席”なんだよね」
その意味を、彼女自身もきっとまだ明確には分かっていない。
けれど、誰かの目で観た舞台ではなく、自分がいた舞台を、観ている自分自身がいた。
白紙だったノートのページは、気づけば十数枚を越えていた。
その一枚一枚が、“失われていく記憶の記録”であり、同時に“新たに始まる物語の種”でもあった。
【時間】11月25日 16:50
【場所】仮設オペレーション棟・中央監視室
冷光の走る監視室。壁一面に並ぶモニターは、旧講堂の各エリアを映し出していた。
その前で、玲は静かに報告書を読み上げる。
声に抑揚はないが、聞いていたチームは皆、それが意味する事実の重さを理解していた。
「これで、“劇構造”全体の再起動リスクはゼロに近い」
そう言って、彼は手元の端末に視線を落とす。
仮面「Ⅶ」の崩壊と、その欠片の封印処理。
演目再生記録の完全切断。
そして、**朱音による“仮面非介在下での記憶記述”**という極めて珍しい現象。
「問題は、あのノートだ」
傍らで端末を操作していた橘奈々が口を開いた。
「仮面との接触による共鳴も、他者の記録による後天的印象も介在していない。
これは“自律記述”……言い換えれば、“封印前の純正記憶”に該当する可能性がある」
彼女が提示した分析チャートには、朱音の手記に含まれる語句と、過去の演目ログにおける台詞・行動パターンの重複率が表示されていた。
一致率はわずか0.3%。 ほぼ無関係と言っていい水準だ。
「封印対象にすべきでは?」と成瀬が低く問う。
だが、玲は首を横に振った。
「……いや。
あのノートは、封印対象ではなく“再演を許さない記録”だ。
それは“観客席”から見つめた、もう誰にも渡せない視点。
演じる者のためでなく、“終わったことを終わらせる者”の記録なんだ」
数秒の沈黙が流れる。
「最終判断は、K部門記録監査官――御子柴に委ねる」
そう言って、玲はノートのスキャンデータを暗号化し、制限付き閲覧フォルダへ転送した。
⸻
直後、データを受信した御子柴理央が短く返信を返す。
>「了解。これは“記録ではなく、証言”。封印せず、記憶の保管室に移行する」
演劇空間の再起動は封じられた。だが、その中で生き延びたひとつの言葉のかけらが、
“観客の手記”として、未来の誰かの記憶に残ることが正式に決定された。
【時間】11月25日 17:00
【場所】旧講堂・外
朱音はゆっくりと旧講堂の扉を押し開け、夕暮れの冷たい風が頬を撫でた。
空は淡い群青色に染まり始めていて、日の名残が遠くの建物の輪郭をぼんやりと照らしている。
背後では、朽ちかけた仮設舞台が静かにたたずみ、そこに積み重ねられた仮面や散乱した台本の断片が、まるで彼女の記憶の断片のように揺れていた。
あの舞台の下に広がる迷路のような通路、“記憶の回廊”も、今は深い影に包まれている。
朱音は息を深く吸い込み、ふと足元の石畳を見つめた。
これまで辿ってきた“真実の演目”は、終わりを告げたのだと、心のどこかで確かめるように。
だが、その胸中にはまだ、消えきれない微かな熱が残っていた。
それは仮面たちの声ではなく、彼女自身の言葉として紡がれ続ける“記憶の灯火”だった。
静かに、朱音は振り返らずに歩き出した。
背後にある過去は、もう彼女の進むべき道を縛るものではない。
遠く、影班の三人――成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴が、黒衣のまま冷静にその後ろ姿を見守っていた。
彼らはもう、ただの護衛対象の“仮面の持ち主”ではなく、“一つの家族”として彼女を見守っているのだ。
空がさらに暗くなり、星の光がちらほらと瞬き始める頃。
朱音の足取りは、確かな未来を目指して静かに刻まれていった。
ー後日談ー
【場所】玲探偵事務所・調査室
【時間】夕刻
事件後の調査報告書を丁寧に閉じた玲は、デスクに手をつき、ゆっくりと目を伏せた。
部屋には静かな沈黙が漂い、窓から差し込む夕暮れの光が彼の横顔を淡く照らす。
壁のホワイトボードには、かつて大きく「仮面」と書かれていた文字はすでに消え、きれいに拭き取られていた。
その代わりに、淡々とした筆跡で記されたのは、数件のごくありふれた依頼だった。
「浮気調査」
「ペットの行方」
「古い貸金記録の調査」
玲は深く息を吐き、指先でホワイトボードの文字をなぞる。
それらは確かに“普通の”案件だが、どこか心の隅に新たな張り詰めた緊張を感じさせる。
事件の影が去ったわけではない。むしろ、その余波は静かに、しかし確実に新たな波紋を広げていた。
玲はデスクの上に目を戻し、次の調査に向けて静かに背筋を伸ばした。
“仮面”は消えたが、彼の探偵としての戦いはまだ終わらない。
これからは、もっと日常の闇に潜む真実を追い求める時が来たのだと、彼は心の中でそっと決めた。
【場所】K部門・心理干渉室(第B-3観測棟)
【時間】午後5時10分
九条凛は診察机の前に腰を下ろし、ファイルを閉じるとそっとデスクの隅に置いた。
静寂の中、彼女の呼吸だけが淡く響く。
「人格統合後の再構築段階…まだ揺らぎは残るけれど、確実に前に進んでいる」
モニターの明かりが凛の顔を淡く照らす。
彼女はデータの波形や心理状態の推移グラフを再確認しながら、慎重に次の支援プランを練り始めた。
「これからは、彼女の心の“舞台”を崩さずに、少しずつ外界とつなげていくことが肝心だ」
凛の視線は深く、しかし決意に満ちていた。
朱音の未来を見守り続ける責任を強く感じながら、午後の静かな室内に溶け込んでいく。
【場所】封鎖済み旧講堂地下・特別資料倉庫
【登場】桐野詩乃、成瀬由宇
【時間】午後6時05分
かつて仮面「Ⅶ」の欠片が封印された、旧講堂の地下にある特別資料倉庫。
今は厚い鋼鉄製の扉が厳重に閉ざされ、外部からのアクセスは一切禁止されている。警告灯が赤く点滅し、警備システムが張り巡らされているため、許可された者以外は近づくことさえ許されない領域となっていた。
薄暗い地下の空気は冷たく、壁のコンクリートはひんやりとした感触を伝える。
そこに詩乃と成瀬が密かに姿を現す。二人は息を潜め、確かな足取りで静かに扉の前に立った。
「ここが、かつて封印を施した場所か…」詩乃が小声で呟く。
成瀬は扉の警備コードを慎重に解除しながら、「これ以上の情報は、外部に漏らせない。何があっても絶対に持ち出さないことが条件だ」と固く言い渡す。
扉がゆっくりと開き、中は薄暗いながらも整然とした棚が並び、封印された仮面の欠片が特製の保管ケースに厳重に納められているのが見えた。
「これが、すべての始まりの証だ」詩乃がケースをじっと見つめる。
成瀬もまた、その歴史の重みを感じ取りながら、周囲の監視システムを再度確認した。
「もし何か動きがあれば、すぐに知らせる。ここは、もう二度と誰も踏み込ませてはならない場所だ」
二人は言葉少なにその場を後にし、再び扉を閉じると、無言で闇の中へと消えていった。
【場所】事務所兼ロッジ・子ども部屋
【登場】佐々木朱音
【時間】11月26日 午後7時12分
暖かな間接照明が木の壁を柔らかく照らす探偵事務所のロッジの一角、朱音の子ども部屋。
新しく買ってもらったノートが机の上に開かれている。すでに2ページ目まで朱音の文字がびっしりと埋まっていた。
タイトルはまだ決まっていない。だが、その文字の一つひとつが、彼女自身の思いと考えから生まれた“自分の言葉”だった。
ページの上部には、無意識に描き込まれた小さなスケッチがいくつかある。点在する線と丸が織りなす形は、仮面の模様を思わせるが、どこか優しさも秘めていた。
朱音は鉛筆を手に、深く息を吸い込み、静かに次の言葉を紡ぐ。
「私には、守るものがある。怖くても、ここにいるみんながいるから…」
ノートは彼女の心の鏡となり、揺れる感情や迷い、そして未来への決意を映し出していた。
窓の外には夜の静けさが広がり、遠くで風が木々を揺らす音だけが響いている。
朱音はノートを閉じると、そっと胸の前で抱きしめた。
その小さな手に宿る“言葉”は、まだ誰にも見せないけれど、いつか必ず誰かのためになると、彼女は信じていた。
【場所】K部門・記録課・封鎖記録棚前
【登場】水無瀬透
【時間】11月26日 午後8時05分
薄暗い記録課の一角、巨大な金属製の封鎖記録棚が並ぶスペース。
その前で、水無瀬透は静かに最後の記録データのケースを手に取った。
データケースには、「未処理記録保管庫」への格納指示が刻まれている。透は手順に従い、慎重にデータを保管庫の中へ納めていく。
納め終わると、厚い扉に堅牢なロックをかける。音もなく、だが確実に鍵が閉まる感触が指先に伝わった。
その後、透は端末の画面をじっと見つめ、入力欄に自身の名前を打ち込む。
「封印管理責任者:水無瀬透」
彼の署名は、記録の最後に刻まれ、これ以上誰も開けてはならないという強い意思を示していた。
空調の音が静かに響く中、透は深呼吸を一つ。
彼の表情には、長く続いた“記憶の守護者”としての使命感と、これから先の未知への覚悟が交錯していた。
その手続きは、終わりであると同時に、新たな封印の始まりでもあった。
【場所】都心のとある私立図書館・児童読書室
【登場】朱音(後日)
【時間】数週間後の午後
児童読書室の静かな片隅に、ひとつの自由帳が慎重に置かれている。
表紙には何の装飾もなく、タイトルも作者名も書かれていない。
ページをめくると、朱音の文字で綴られた言葉が静かに息づいていた。
ゆっくりとした筆跡で、彼女の思考や感情、そして過去の断片がつづられている。
その内容は、一見すると子どもらしい日記のようでありながら、深く繊細な内面の記録でもあった。
例えば、
「忘れられた記憶の欠片たちが、少しずつここに集まってくる。」
「私はもう一度、自分自身を探し始めた。」
「この言葉たちが、誰かの心に届きますように。」
朱音の綴る言葉は、過去の影を優しく抱きしめるように、静かにその存在を証明していた。
その自由帳は、後に彼女の物語の「証人」として誰かに届けられ、記憶と再生の架け橋となるだろう。
玲さま
このたびは、私が姿を消したあの旧校舎での一連の出来事に際し、真摯に向き合ってくださり本当にありがとうございました。
あの場所での恐怖や混乱は、玲さんの冷静な導きと皆さまの支えがなければ、きっと乗り越えられなかったと思います。私は今、少しずつ日常を取り戻しながら、自分自身と向き合っています。
玲さんのおかげで、希望の光を見つけられました。どうかこれからもお身体に気をつけて、お仕事に励んでください。
またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。
心からの感謝を込めて。
白崎乃亜




