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52話 スピンオフ『灯らない声のあとに』

登場人物紹介



透子とうこ


玲探偵事務所の記録分析補佐。

人の表情や声の揺らぎに敏感で、文書・音声・資料を丁寧に読み解く力を持つ。

自分の判断に自信を持てず、他人の痛みを無自覚に背負い込んでしまう繊細さがある。

涼花とは深い信頼関係で結ばれており、今章の中心となる“手紙”は彼女の心を揺さぶる。



涼花すずか


数年前に“事故死”したとされていた女性。

静かで聡明、誰よりも記録と人の想いを大切にした人物。

不正に関する重大な“記録”を守ろうとしていたことが判明し、その真実は透子への手紙とレコーダーに遺された。

透子の心にとって特別な存在。



れい


玲探偵事務所の代表。

冷静沈着で分析力が高い、事件の「全体像」を俯瞰して掴むタイプの探偵。

記録改ざんの裏を暴いた中心人物であり、透子にとっては“道を照らす灯”のような存在。

言葉少なだが、仲間への信頼は深い。



◆ 奈々(なな)


玲の助手。

システム解析・データ復元を得意とする情報処理のスペシャリスト。

無機質に見えて情が深く、透子や涼花の残したデータ解析に全力で向き合った。

モニター越しの真実を誰よりも冷静に追う。



沙耶さや


人間観察と感情の読み取りに長けた温かい人物。

透子が涙をこらえるとき、そっと寄り添って支える“支柱”のような存在。

事件の核心を見抜く直感力を持ち、チーム全体の雰囲気を整える役割を担う。



御子柴理央みこしば りお


記録分析官。

膨大な資料を整理し、断片的な証拠から因果関係を組み立てる、いわば情報の“裁縫師”。

305B事件の全体構造を紐解いた人物で、玲の右腕的存在。



水無瀬みなせ とおる


記憶探査官。

深層心理に入り込むような独特の聞き取り分析を得意とし、一般の調査では拾えない「声」を掘り当てる。

透子とは名前が似ているが全くの別人。

涼花の残した音声データの“揺れ”から、真意を読み取る重要な役割を果たした。



川崎かわさき 真人まこと


涼花の同僚だった人物。

事件直前に残した音声メッセージと手紙が、305B事件の突破口となった。

彼自身も不正を目の当たりにして葛藤していたが、最後に“記録は消させない”という意思を示す。

その選択は、透子たちの捜査を大きく前進させた。

時間:午後4時12分

場所:玲探偵事務所・書庫


透子は、いつもより静かな探偵事務所の書庫にいた。


ほかの部屋からは人の気配がしない。

会議中なのか、それとも皆、それぞれの現場に出ているのかもしれない。


古い紙の香りと、長いあいだ閉じられていた棚に残るほこりの匂いが、薄い空気にまじって漂っていた。

この場所は、彼女にとって――息が詰まりそうになるとき、そっと逃げ込める小さな避難場所でもある。


透子は棚の中段に指を滑らせながら、独り言のように小さく呟いた。


「……涼花なら、なんて言うだろう」


指先が触れた一冊を取り出し、表紙についた埃を静かに払う。

ページをめくるたび、紙の音が書庫にかすかに響いた。


「ほんとに……強いよね、涼花は。」


そう言った声は、わずかに震えていた。

でも、それが涙ではなく、前に進むための呼吸であることを、透子自身も気づいていた。


背後の窓には、夕暮れの光が薄く差し込み、棚の影が長く伸びている。

透子はそっと本を閉じ、胸に抱えた。


「……私も、ちゃんと向き合わないと。」


書庫の静寂は、まるで彼女の決意をそっと肯定してくれるかのようだった。


時間:午後4時14分

場所:玲探偵事務所・書庫


透子は、ふと棚の奥に積まれた封筒の中のひとつへ手を伸ばした。


「……未分類?」


地味なクラフト紙の封筒。

何の装飾もなく、ただ黒いマジックで“未分類”と雑に書かれているだけ――なのに、妙に厚みがある。


封筒を持ち上げた瞬間、

かす、と乾いた紙のこすれる音がした。


「……重い。資料かな、それとも……」


掌に乗せると想像よりもずっしりしていて、普通の文書だけではないとすぐに分かった。

透子の眉が、自然と緊張を帯びる。


指先が、封筒の封の部分を軽く押した。

古いノリがぱりぱりと音を立てて剥がれていく。


「誰が、ここに……?」


胸の奥が、嫌な予感とも期待ともつかないざわめきで満たされていく。


透子は小さく息を吸い、そっと中身を引き出した。


次の瞬間、

薄い紙の束と――もう一つ、硬いものがコトリと彼女の手の中に落ちた。


それは、小さな録音チップだった。


時間:午後4時14分

場所:玲探偵事務所・書庫


封筒の中から落ちた小さな録音チップ。

そして――紙束の一番上に置かれていた、一枚の便箋。


透子はその文字を見た瞬間、

胸の奥がきゅっと縮まった。


そこには、震えるような細い筆跡で、ただ一言。


「透子へ」


「……うそ……」


声が漏れた。

息を吸うことさえ、一瞬忘れた。


机の蛍光灯の光が便箋に反射し、

あの日と同じように淡く揺らめく。


透子の指先は、手に汗が滲むほど震えていた。

それでも、目を逸らせない。


――この字は知っている。

忘れようとして、忘れられなかった人の筆跡。


彼女は喉を大きく鳴らし、

まるで過去へ触れるように、その文字をそっとなぞった。


「……涼花……?」


書庫の静寂が、まるで時の流れを止めたように凍りついた。


これは、涼花の文字だった。


誰にも行き先を告げず、

事故として処理され、

――そして“いなくなった”あの日の、あの人の。


透子は便箋を両手でそっと包み込み、

息を飲んだまま目を閉じた。


胸の奥が、ひどく熱く、痛くなる。


記憶のどこかで、

涼花が笑ったときの声が重なる。

夜遅くまで話し込んだあの部屋の明かりがよみがえる。

一緒に帰った雨上がりの道の匂いまで――

すべてが一気に押し寄せてくる。


「……どうして、今……」


吐き出した声はかすれていた。


誰にも言えなかった。

誰にも言わせてもらえなかった。

突然奪われるようにして消えた、大切な存在。


彼女の文字が、今、目の前にある。


震える指先で、透子は便箋をめくる準備をした。


まるで、この先に書かれている言葉が、

過去の扉を開き、

そして――何かを変えてしまうと直感しながら。


2025年11月12日 午後3時42分 玲探偵事務所・書庫


手紙は、どこか懐かしい墨の香りを含んでいた。


封を開けた瞬間、その匂いがふわりと立ちのぼり、

透子の鼻先をかすかにくすぐる。


――あ。


胸の奥が、静かに震えた。


それは涼花がよく使っていた、

お気に入りの和紙と墨の香りだった。


白い息が漏れるような静けさの中で、

まるで彼女自身がすぐ隣に立ち、

「読んで」

と小さく囁いているかのようだった。


透子は、少しだけ目を閉じて息を整え、

ゆっくりと封筒の口を最後まで開いた。


指先に触れる紙は、薄く、やわらかく、温度を帯びているようにさえ思えた。


過ぎ去ったはずの時間が、この小さな封書一つで

いとも簡単に戻ってくる。


「……涼花……」


名を呼ぶ声は、思っていた以上に脆かった。


そして透子は、震える手で便箋をそっと取り出した。


透子へ


この手紙を読むあなたが、どこで、どんな顔をしているか、私は想像しながら書いています。

もし、これがあなたの手に届くとしたら――

それはきっと、私がここに「いない」ときなのだろうと思います。


ごめんね。

あなたには何も伝えずに、姿を消すような形になってしまったことを、ずっと後悔していました。

でも、あのとき私は、自分の言葉で誰かを巻き込みたくなかった。

あなたの心を、傷つけたくなかった。


でも本当は、言うべきだったのかもしれない。

だからこの手紙を書きました。

遺書なんて、仰々しい言葉は使いたくないけれど、

これは私からあなたへの――“最後の記録”です。


事件の真相や、誰が悪くて誰が守られたか、そんなことは、あなたがきっと見つけてくれると信じています。

私はそれを望みながら、自分の足で歩きました。

怖かった。でも、それ以上に、誰かの記憶が消されていくことが、どうしても許せなかった。


ねえ、透子。

あなたはとても優しい人です。

時にその優しさが、誰かの痛みを引き受けてしまうときがある。

だけど、私はその優しさに何度も救われた。

だからこそ、お願いがあります。


――どうか、自分を責めないで。

――どうか、自分の目を、信じてあげて。


私の願いは、それだけです。


もう会えなくても、あなたがこの世界のどこかで、まっすぐに歩いていてくれること。

誰かの“声”を聞く人であり続けてくれること。

それだけで、私は救われます。


ありがとう、透子。

あなたに出会えて、本当に、よかった。


――涼花より


2025年11月12日 午後3時48分

玲探偵事務所・書庫(静寂)


便箋にびっしりと綴られた文字は、

読み進めるほどに、透子の胸を締めつけていった。


かすかに震える指先。

紙の端が少し湿る。

それでも彼女は、逃げるように視線をそらすことなく、一行一行、涼花の声を追った。


涼花の筆跡には、

急いだ跡も、迷いも、泣いた痕もない。

ただ静かで、深くて、優しい――

まるで本人の呼吸までそこに染み込んでいるようだった。


読んでいるうちに、

透子の胸の奥に「返事の届かない会話」が広がっていく。


「……そんなの……そんなのずるいよ、涼花……」


声はか細くて、

まるで書庫の空気に吸い込まれて消えた。


蛍光灯の白い光が便箋に反射し、

透子の影を机の上に長く落とす。

涼花の言葉は、どの一文も彼女の心のどこかを確実に刺して、

そして、そっと撫でるように痛みを残した。


「自分を……信じてあげて、って……」


言われたことなんてなかった。

ずっと自分の判断に自信が持てず、

他人の痛みを拾っては抱え込み、

気づけば背負い過ぎていた透子にとって、

涼花のその願いは、

どうしても飲み込みきれないほど重かった。


便箋をそっと胸に抱き寄せる。


紙の温度は冷たいのに、

涼花の声だけは、不思議なほどあたたかい。


――ありがとう、透子。

――あなたに出会えて、本当に、よかった。


その最後の一文を読み返した瞬間、

透子は堪え切れず、深く息を吸い込んだ。


「……涼花……私も……言いたかったよ。

 あなたに会えて……よかったって」


誰もいない書庫。

ただ時計の音だけが、

彼女の小さな嗚咽を切らさないように、静かに時を刻んでいた。

以下は、物語の雰囲気に合わせた透子のあとがきのサンプルです。

静かで、胸の奥に残る余韻を意識して書いています。



透子のあとがき


私は今、この文章を、事務所の書庫の片隅で書いています。

涼花の手紙を読んだのと同じ机。

あの日と同じ、少しだけ湿った紙の匂いがしています。


涼花が残した“記録”は、私の中でいまだに形を変えながら響いています。

悲しみだったり、怒りだったり、救いだったり。

でもそのどれも、彼女が確かにここに生きていたという証であり、

誰かのために声を残そうとした強さの証でもありました。


あのオルゴールを開いたとき、

私は初めて、涼花が本当に「怖かった」のだと気づいた気がします。

それでも彼女は逃げなかった。

誰かの記憶が消されることを、ただ見ていることを選ばなかった。


……私はどうだろう。


涼花のように強くなれるだろうか。

玲さんのように真実を見抜けるだろうか。

沙耶さんのように誰かを支えられるだろうか。


答えはまだわかりません。


でもひとつだけ、確かに言えることがあります。


私はもう、“見なかったことにはしない”。


記録も、声も、揺れている心も。

そこにあるものをまっすぐ見つめること。

たとえ間違えても、立ち止まっても、

涼花が願ってくれた「私自身を信じること」を、少しずつでも続けていこうと思います。


涼花。

あなたが守ろうとしたものを、私はこれからも拾い続けます。

たとえ形が変わっても、誰にも届かないほど小さな声でも――

私はここで、それを受け取る人でいたい。


そしていつか、胸を張って言えるようになりたい。

「あなたに出会えてよかった」と。


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


――透子

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