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33話 沈黙の向こう側で

登場人物紹介(今回の事件)


【主要人物】

瀬名せな 透子とおこ

•職業:刑事

•特徴:冷静沈着で観察力が鋭い。被害者宅の違和感をいち早く察知し、事件解明に奔走する。

•年齢:30代前半

れい

•職業:元捜査官・現フリーの事件解析者

•特徴:高度な分析力と洞察力を持ち、現場で透子と連携し事件を解明する。

•年齢:30代後半

朱音あかね

•職業:小学4年生

•特徴:無邪気で好奇心旺盛。事件現場で偶然発見した情報や気づきが事件解決のヒントになる。

•年齢:9歳


【警察・鑑識関係者】

あきら

•職業:警察署所属

•特徴:現場に臨場し、透子を補佐。情報提供役。

•鑑識班

•特徴:現場の証拠を分析。紙片、金庫、監視カメラ映像などを調査する。


【その他】

相良さがら

•職業:技術解析担当

•特徴:金庫や端末の開錠、データ解析などを担当。玲と連携し現場調査をサポート。

•金庫・隠し部屋関連人物

•登場人物は警察や技術解析メンバーが中心で、特別な能力は持たない(今回の事件ではSF要素なし)。

【時間】2025年10月15日 23:12

【場所】深い霧に包まれた山中のロッジ・リビング


深い霧に包まれた山の中、標高の高い森の奥にあるロッジは、昼でも光が届かず、夜には静寂が支配する。遠くでフクロウの鳴く声がかすかに響く中、暖炉の炎だけが微かに揺れていた。


玲は書類をめくる手を止め、ソファに深く身を沈める。窓際のテーブルには、すっかり冷めたコーヒーカップと開かれたままの捜査資料。そして、古びたICレコーダーが置かれていた。昨夜の事件が、未だ彼の思考の中心を離れない。


「……瀬名透子が動いてるらしい」

カウンターでグラスを傾けていた暁が、低く呟く。


玲は返事をせず、静かに視線だけを向ける。

「この町で殺人事件なんて、そうあるもんじゃないからな」


窓の向こう、闇に沈む町の輪郭。その奥に、小さく揺れる赤色の灯りが見えた。


玲は無言で立ち上がり、ロッジの扉を開ける。冷たい夜気が頬をかすめたその瞬間、遠くでサイレンの音が微かに鳴り響く。


「……来たか」

玲は低く呟き、暗い森の奥を静かに見据えた。その目には、これから訪れる嵐を予感する冷静さと覚悟が宿っている。


最初の“裂け目”が、静かな町に走ったのだった。


【時間】2025年10月15日 23:15

【場所】霧深い山間の町・ロッジ前


霧の向こう、町の街灯がぼんやりと揺れ、冷たい夜風が木々を揺らす。


玲は扉の外に立ち、視線を遠くに向けたまま低く呟く。

「静かな町が……また動き出すな」


暁が肩越しに覗き込み、声を潜める。

「今回はどこまで酷くなるか……」


玲は書類を鞄に詰め、ICレコーダーを手に取る。

「まずは現場確認だ。遅れは命取りになる」


冷えた夜の空気が、深い霧と共に二人を包む。町の静けさは、すでに脅威の前触れとして震えていた。


小さなサイレンの音が遠くで繰り返され、夜の闇に新たな殺意の影を落としている。


【時間】2025年5月17日 04:32

【場所】○丁目住宅街・静まり返った通り


五月の冷たい雨がアスファルトを濡らし、街灯に反射して鈍く光る。通りには人影はなく、雨音だけが静寂を切り裂いていた。


巡回中の警察官が無線で低く報告する。

「こちらA班、異常確認。5丁目付近、民家から通報。現場に向かいます」


通報内容は「異常な物音と血の跡を発見」という簡潔なもの。警官は手元の懐中電灯を握り、雨に濡れた路地を慎重に進む。


角を曲がると、家の前に黄色い規制線が張られ、通報した住民が傘を濡らしながら警察官に状況を説明していた。

「深夜に人が倒れているのを見つけたんです……まだ息があるかどうか……」


警官は静かに頷き、無線で応援を呼ぶ。雨が止む気配はなく、夜明け前の街は、静かに、しかし確実に事件の影に包まれていた。


【時間】2025年5月17日 04:45

【場所】○丁目・塀に囲まれた一軒家前


刑事・瀬名透子は、冷たい雨に濡れた塀越しに一軒家を見つめていた。街灯の光が雨粒に反射し、家のシルエットをぼんやりと浮かび上がらせる。


手には傘を持ち、もう一方の手で手帳を握りしめる。玄関前には黄色い規制線が張られ、近所の住民たちが傘を差しながら遠巻きに立っている。


「状況確認……住民の証言、現場写真、まずは基本から。」

透子は低く呟き、懐中電灯で玄関周辺を照らす。濡れたアスファルトには微かに血の跡が残り、雨で薄く伸びている。


無線が小さく鳴る。

「A班現場到着。これから封鎖を強化、応援部隊も向かいます」


透子は頷き、慎重に玄関の方へ歩を進めた。雨音だけが静寂を切り裂く、早朝の住宅街。これから始まる調査に、誰もが緊張を隠せない。


【時間】2025年5月17日 05:10

【場所】○丁目・一軒家現場


雨に濡れた書類と現場写真を広げ、透子は無言で資料の隅々を確認する。血痕の形、侵入経路、窓の開閉状態——すべてが一見、自然な現場に見える。しかし、証言と現場の整合性には微妙なズレがあった。


「……何か、変だ」


透子の低い声は雨音にかき消される。近隣住民の証言は一様に「音は聞こえなかった」と証言するが、窓ガラスの破損痕は外部からの侵入を示している。誰かが意図的に事実を操作している——その可能性が、彼女の頭の中に鮮明に浮かんだ。


透子は手袋をはめ直し、指先で資料を丁寧に並べながら考える。証拠が語る事実と証言のわずかな齟齬、その隙間に潜む“作為”。冷たい朝の空気を吸い込み、雨の匂いを感じながら、彼女は目を細め、静かに答えを求めていく。


【時間】2025年5月17日 05:15

【場所】○丁目・一軒家内


透子は雨に濡れた靴のまま玄関を踏み入れ、薄暗い室内を見渡す。壁に掛かる額縁、棚に整然と並んだ食器、無造作に置かれた傘立て――日常の痕跡がある一方で、違和感が微かに漂う。


「……動線が、ぎこちない」


リビングのテーブルにはコーヒーカップがひとつ置かれ、濡れた足跡がカーペットに伸びている。しかし、それらの痕跡はまるで“仕組まれた配置”のように、自然な動きを装っていた。透子は慎重に目を走らせ、室内の各所を記憶する。


窓際、寝室の扉、階段の踏み板――どこを辿っても不自然な箇所が存在する。透子は息を整え、手袋越しに壁や家具に触れながら、犯人の意図を冷静に探っていく。


【時間】2025年5月17日 05:20

【場所】○丁目・一軒家内


透子はふと目を細め、室内をもう一度見渡した。


「……これは、ただの散乱じゃない。誰かが“作為的に”置いた痕跡だ」


テーブルのコーヒーカップの角度、棚に並んだ書籍の順序、濡れた足跡の向き――すべてが自然に見せかけられている。だが、彼女の経験が告げる。ここには“偽装”がある。


冷静に手袋の指先でカーペットを撫で、足跡の流れを辿る。濡れ方、沈み込み方、微かな方向の揺らぎ。わずかな矛盾が、犯人の意図を示していた。


「誰かが、現場の印象を操作している……」


透子の目は鋭く光り、雨に濡れた窓の外の街灯を背に、犯人の存在を確信した。


【時間】2025年5月17日 05:25

【場所】○丁目・一軒家内


透子はふと足元に目を落とした。


濡れたカーペットの上に、ほんのわずかにずれた足跡。規則正しいようで、どこかぎこちない歩幅。角度が微妙にずれており、自然な移動ではありえない形をしていた。


「……何かがおかしい」


床に残された痕跡は、表面上は無作為に見える。しかし透子の経験が告げる。これは偶然ではない。誰かが意図的に足跡を操作し、現場を“偽装”しようとしている痕跡だ。


雨で濡れた靴底の跡をじっと観察しながら、彼女は静かに唇を噛んだ。わずかな違和感が、事件の本質を指し示していた。


【時間】2025年5月17日 05:27

【場所】○丁目・一軒家内


透子は慎重に室内を歩いた。


床の湿ったカーペットに触れないよう、かかとからつま先までを意識して静かに足を運ぶ。息を抑え、わずかな軋みや床鳴りも聞き逃さない。壁際に置かれた家具の影からは、微かな埃の舞い上がりが見え、動線の痕跡をそっと追う。


視線は常に床、家具の隙間、そして窓辺や扉の取っ手にまで届く。手にした手帳とペンを使い、足跡や物の位置を逐一記録していく。


「……誰かが通った形跡がある。でも、見せかけの配置だ……」


窓から差し込む薄明かりの中で、透子は現場を頭の中で再構築する。ドアの開閉方向、カーテンの乱れ方、落ちたガラス片の位置――一つひとつが、誰かの意図を語っている。


静かな室内に、透子の低い息遣いだけが響き渡る。緊張の中、彼女の足取りは決して無駄がなく、まるで床自体と呼吸を合わせるかのようだった。


【時間】2025年5月17日 05:34

【場所】○丁目・一軒家内・クローゼット


透子はそっとクローゼットの扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。


中には、普段の生活用品が整然と並んでいる――衣類は色ごとに揃えられ、靴や小物も丁寧に収納されていた。しかし、よく観察すると、一部の服が不自然に位置をずらされていることに気付く。


床には微かに埃が舞い、普段なら踏まれることのない部分にわずかな足跡が残っていた。壁際には押し込まれた段ボール箱があり、ひとつだけ表面にかすかな擦り傷がある。


透子は息を殺し、手袋をした指先でそっと箱を押す。中には古い書類や封筒が入っていたが、封はしっかりとしており、開けられた形跡はない。しかし、紙の匂いやわずかな折れ目の向きが、誰かが短時間だけ手を触れたことを示していた。


「……何か隠されている。わざと目立たないように」


彼女の視線は箱の奥へと向かい、光の角度を変えながら細部を確認する。埃の積もり方、折れ目の微妙な位置――透子の頭の中で、過去の行動がひとつずつ再構築されていった。


静寂の中、クローゼットの扉の向こうに潜む“小さな異変”が、事件の核心への手がかりであることを、彼女は直感していた。


【時間】2025年5月17日 05:42

【場所】○丁目・一軒家内


その瞬間、室内の静寂を破るように、鑑識班の若手が低い声で呼びかけた。


「透子さん、こちらに来てください!」


透子は振り向き、慎重な足取りで鑑識班の元へ向かう。白手袋をした指先で手元の資料を押さえながら、彼女は室内の状況を一瞥する。


鑑識班の目の前には、床の一角に赤く微かに乾いた血痕が残っていた。雨で濡れた外の地面とは異なり、内部で時間が経過してもなお色味を保っている。


「ここです。通報直後に到着した際、現場にはほとんど変化がなかったのですが……何かしらの痕跡が残っています。」


透子は頷き、血痕を指差す。

「……わずかだが、これは事件直後に現場で起きたことを示している。細かく計測して、動線を再現してもらおう。」


鑑識班は手際よく道具を取り出し、透子の指示のもと、血痕の写真撮影と採取を開始した。

静かな室内に再び作業音だけが響き、事件の核心に迫る手がかりが少しずつ浮かび上がろうとしていた。


【時間】2025年5月17日 05:45

【場所】○丁目・一軒家内


透子がクローゼットの中を確認すると、棚の上に一枚の白紙がぽつんと置かれていた。


だが、それだけではなかった。足元を見ると、床にも同じように白紙が一枚、無造作に落ちていた。


「……何も書かれていない。」透子は低く呟き、慎重に白紙を手に取る。


手触りはわずかに湿っており、長く放置されていたような古さはない。明らかに、最近置かれたものだと直感させる。


「証拠として回収しておこう。」透子は鑑識班に指示を出す。


若手鑑識が白紙を慎重にビニール袋に収めると、透子はもう一度クローゼットの奥を確認する。


何も書かれていない、しかし何者かの意図を感じさせるその紙は、事件に仕組まれた“謎”の始まりを静かに告げていた。


【時間】2025年5月17日 05:50

【場所】○丁目・一軒家内


透子が回収した白紙のうち、一枚にかすかに鉛筆で文字が刻まれていた。


──「嘘を突き通せ。」


透子は眉をひそめ、紙を静かに握りしめる。


「……これは、誰かがこの事件を意図的に操作しているということか……」


文字は簡潔で、威圧感すら帯びている。だが、筆跡は丁寧で、冷静に書かれたものだと透子は直感する。


「誰かに伝えるための指示か、それとも自分への戒めか……」透子は呟き、白紙を慎重に証拠袋に封入した。


その紙の存在だけで、事件の裏に潜む“作為”の匂いが濃く漂っていた。


【時間】2025年5月17日 06:05

【場所】○丁目・一軒家前


透子は無言のまま、封筒を握りしめた。中には先ほど見つけた白紙のメモが入っている。


「……これを、玲に見せるしかないか」


小さく息を吐き、透子は慎重に封筒をバッグにしまう。

外はまだ薄暗く、雨に濡れた舗道が光を反射している。


透子の指先に緊張が走る。封筒に触れた瞬間、まるで文字の奥に潜む“意図”や“感情”が、微かにだが伝わってくるような感覚があった。


「……玲なら、この真意を読み解けるはず……」


透子は足早にロッジへの道を進みながら、思考を集中させた。


透子はふと視線をめぐらせた。

雨に濡れた庭先の植木、割れた窓ガラスの縁、玄関前に散らばる泥の跡――すべてが静まり返った朝の光の中で、不自然な配置に思えた。


「……誰かが意図的に動いた痕跡……?」


透子の目は、室内や外周に隠された手がかりを求め、ゆっくりと家の構造を追う。

雨粒が屋根を打つ音だけが、静寂の中で微かに響く。


【時間】2025年5月17日 06:20

【場所】○丁目・一軒家内部


「刑事さん」


透子の背後から、別の鑑識班員が慎重な足取りで近づいてきた。

「先ほどの紙とは別件ですが、こちらも気になる痕跡です」


彼が示したのは、床の隅に残された微細な足跡や、家具の角にかすかに残った擦過痕。

透子は目を細め、静かに歩み寄る。


「……なるほど、単純な事故や自然発生ではないな」


透子は息をひそめ、床に落ちている痕跡を一つずつ確認していく。

雨に濡れた外の地面とは違い、室内の痕跡は意図的に残されたような不自然さを帯びていた。


「現場は巧妙に偽装されている――でも、この小さな違和感が真実の糸口になる」


鑑識班員はうなずき、透子の指示を待ちながら慎重に周囲を観察する。


【時間】2025年5月17日 06:35

【場所】○丁目・一軒家内部


透子は静かに息を整え、片手で金庫のつまみをそっと回す。

内部は意外にも簡素で、埃をかぶった書類と、数冊の帳簿、そして小さな鍵付きの箱が整然と収められていた。


透子は金庫内の書類を一枚ずつ確認し、ページの端に残る指紋や微細な折れ目を見逃さない。

「……誰かが意図的に整理した形跡がある」


帳簿の数字は正確に記録されているように見えるが、微妙に飛びや抜けがある。

透子は眉をひそめ、箱に近づく。


小さな鍵付きの箱を手に取り、慎重に開けると、そこには数通の封筒と、薄いファイルが入っていた。

封筒の表面には鉛筆で淡くメモが書かれている。


「……なるほど、これが現場の“指示”の痕跡か」


透子は封筒を丁寧に取り出し、机の上に置くと、ゆっくりと内容を確認し始めた。


【時間】2025年5月17日 06:37

【場所】○丁目・一軒家内・書斎(金庫前)


透子は封筒をそっと開き、薄い紙片を取り出した。鉛筆の筆跡は先に見つかったものと似ているが、文字の輪郭にはわずかな乱れがある――焦りか、あるいは意図的な曖昧さか。


──「嘘を覚えろ」


短い三語が、白い紙の上で冷たく浮かんでいた。透子は指先に残る紙の繊維を確かめるように眺め、ゆっくりと息を吐く。


「……指示だ。しかも、より踏み込んだ命令だ」


声は小さく、だが確信に満ちている。彼女の脳裏には現場のあちこちに散らばる“偽装”の痕跡が断片となって繋がり始める。足跡の不自然な角度、コーヒーカップの微妙な位置、窓の破片の並び方――すべてが誰かの手で“作られた物語”を示している。


透子は手袋越しに証拠袋を取り出し、丁寧に紙片を納める。袋の口を封し、証拠番号を記入するその所作に無駄はない。側にいる鑑識がすばやく写真撮影を終え、指紋採取のための試験も準備する。


「現場保全は徹底してくれ。外部との接触は最小限に。これ、鑑識回収の後、直ちに玲に持っていく。彼に見せる必要がある。」

透子はそう言って、捜査無線に短く報告を入れる。雨音の向こうで早朝の交通が動き出す音が聞こえる。


若い鑑識が小さく頷き、作業を続ける。透子は一度だけ室内を見渡し、冷たい視線で家の隅々を確かめる。紙片の言葉は短いが、その意味は重く、事件の輪郭をより鮮明にするために――彼女は今、最も信頼する人物の元へ向かう決意を固めた。


【時間】2025年5月17日 06:50

【場所】○丁目・一軒家内・書斎


透子の背後で、鑑識員の一人が低く声を上げた。


「刑事さん……監視カメラ、ここから確認できます。」


透子は振り返らず、静かに手元の封筒を握りしめたまま応える。


「……よし、映像を確認して。」


鑑識員は端末を操作し、書斎内に設置されていた小型監視カメラの映像を再生する。雨音が混ざる静かな朝の光景の中、モニターには数時間前の室内の様子が映し出された。


映像の中で、机の上の資料が誰かの手によって触れられる瞬間を透子は見逃さなかった。ページをめくる音はないが、紙が微かに揺れる微細な動きが、違和感として目に飛び込む。


「……この動き、誰の手だ?」


透子は封筒を胸元に抱え、冷静な目で画面を凝視した。監視カメラの映像は静かに真実を語るが、同時に誰かの“意図”をも隠しているかのようだった。


【時間】2025年5月17日 06:55

【場所】○丁目・一軒家内・書斎


突然、透子の携帯が震え、画面に「玲」の名前が表示された。


透子は手袋を外し、静かに受話ボタンを押す。


「……玲?」


電話の向こうから、低く落ち着いた声が響く。


「透子、そっちの状況はどうだ?」


透子は監視カメラの映像を再確認しながら答える。


「書斎内は一応確認済みです。ただ、資料の扱いに微妙な違和感があります。誰かが意図的に触れた痕跡……そんな気がします。」


玲の声はさらに冷静さを増して応える。


「わかった。その違和感、詳細に記録して。俺がそっちに向かうまで、証拠は手を触れずに保全しろ。」


透子は短く頷き、再び手元の封筒と監視モニターに視線を戻した。

静寂の書斎に、わずかに緊張が張りつめる。


【時間】2025年5月17日 06:58

【場所】○丁目・一軒家内・書斎


玲の声が、電話越しに低く沈み込むように響いた。


「透子……その紙、封筒、そして金庫の中身……単純な偶然じゃない。誰かが“作為”を残している。感覚を研ぎ澄ませろ。」


透子は息を整え、画面の監視映像と手元の封筒を見比べる。


「……わかりました。手を触れず、全て記録に残します。」


玲の声は冷静だが重みがあり、透子の背筋に小さな緊張を走らせる。


「いい。慎重に動け。俺はすぐそっちに行く。」


電話を切る前の玲の低い声が、書斎の静寂に重く残った。


【時間】2025年5月17日 07:02

【場所】○丁目・一軒家内・リビング


透子は手元のノートを開き、書き込まれた地図を鋭い目で睨みつける。部屋の隅々まで目を巡らせ、机の上や椅子の下、ソファの陰に潜む異物の影を見逃さない。


微かな埃の積もり方、窓辺に残る指紋の軌跡、カーテンのわずかな乱れ――。すべてが、事件現場の“意図”を語っているかのように透子の感覚に響く。


「……誰かが、ここに残した痕跡を操作したな。」


彼女は囁くように呟き、再びノートの地図に目を落とす。目撃証言と現場の配置が、微妙に食い違うその隙間に、事件の核心が潜んでいることを直感する。


【時間】2025年5月17日 07:15

【場所】○丁目・一軒家・玄関


玄関のドアがゆっくりと開き、低い足音が廊下に響く。透子の背後から差し込む朝の淡い光に、玲の影が浮かんだ。


「透子、状況はどうだ?」


玲は穏やかだが、鋭い視線を透子に向ける。その目は、現場の細部から犯人の意図までを一瞬で把握できる熟練の刑事のものだった。


透子はノートを握りしめ、静かに頭を下げる。「玄関先の異常なし。リビングの痕跡も整理されているように見えますが、細かい違和感が残っています……」


玲は微かに唇を引き結び、部屋の隅々を見渡す。その目に、事件の糸をたぐる冷静な光が宿った。


【時間】2025年5月17日 07:17

【場所】○丁目・一軒家・リビング


玲は静かに手にしたタブレットを透子へ差し出した。画面には、現場の監視カメラ映像と、玄関や廊下の過去数時間の動きが一覧表示されている。


「この映像を見てくれ。異常があれば、細かい動きも逃さないように。」


透子はタブレットを受け取り、指先で画面をスクロールさせながら映像を確認する。目を細め、微かな違和感を探るその様子には、熟練刑事としての集中力が滲んでいた。


「……ん、ここ……足音の間隔が不自然です。誰かが意図的に歩幅を変えている……」


玲は頷き、低く呟く。「なるほど。やはり、単純な侵入ではないな。」


二人の間に、緊張感と共に事件を解明しようとする確かな決意が静かに流れた。


【時間】2025年5月17日 06:50

【場所】○丁目・被害者宅前


透子は無線で現場の状況を報告した。

「被害者宅の前に、妙な車が停まっていたんです。黒のセダン、ナンバーもわずかに不明瞭で……人の気配はないようでした。」


鑑識班の一人が横でメモを取りながら、淡々と答える。

「付近に防犯カメラはあります。映像はすぐに回収します。」


透子は視線を車体に向け、慎重に周囲を観察する。

「タイヤの跡も不自然です。侵入者がわざと車を置いた可能性もあります。」


彼女の声には、冷静さと共に、事件の裏に隠された“意図”を読み取ろうとする鋭い感覚が漂っていた。


【時間】2025年5月17日 07:15

【場所】○丁目・被害者宅内部


透子はゆっくりと壁沿いに歩き、手のひらを壁に沿わせた。

「そして……朱音のスケッチにあった“ないはずの部屋”。この壁の向こうにある可能性が高い。」


鑑識班が周囲を警戒しながら、慎重に床や壁の異常を確認する。

「壁の質感が微妙に違います。厚みや材質の接合にわずかな隙間がありますね。」


透子は小さく頷き、手を壁の隙間に押し当てる。

「こういう場合、壁自体が扉になっていることが多い……力を加えてみましょう。」


静寂の中、壁の一部がわずかに沈み、隠し部屋への入口が姿を現す。

透子の目が鋭く光り、無言で内部を覗き込む。


【時間】2025年5月17日 07:18

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋入口


ギシ……


壁がゆっくりと軋む音が響き、隠し部屋への扉がわずかに開く。

透子は息を潜め、鑑識班に目で合図を送る。


「……入ります」


床に散らばる埃が揺れ、薄暗い部屋の内部が徐々に見えてくる。

壁際に古びた家具や棚が置かれ、何かを隠していたかのように微かに香る薬品の匂いが漂う。


透子の指先が慎重に棚の一角に触れ、次の行動を探る。


【時間】2025年5月17日 07:19

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


透子は息を潜め、静かに一歩、隠し部屋の中へ足を踏み入れた。

床板の軋む音さえも最小限に抑えながら、薄暗い室内を慎重に見渡す。


部屋の奥には、わずかに光を反射する金属製の箱が置かれていた。

棚の陰には古い書類や写真、散乱した雑誌の束があり、その一部は明らかに最近触れられた痕跡を残している。


透子は手袋越しに床を指先でなぞり、微細な足跡や埃の流れを確認する。

「……誰か、ここに侵入している」

小声で呟き、冷静に状況を整理する。


背後では、鑑識班が静かに待機し、透子の合図を伺っている。


【時間】2025年5月17日 07:20

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


透子の目の前には、古びた机が置かれていた。

表面には薄い埃が積もり、わずかに手跡が残っている。引き出しは半分開いたままで、奥に隠された書類や封筒の存在をほのめかしていた。


透子は息を整え、手袋をした手で慎重に引き出しに手をかける。

「……何が残されているのか」

静かに、しかし確実に、机の奥へと視線を落とす。

引き出しの中には、過去の記録と思しき手紙や古い写真、そして封筒がひとつ、整理されずに差し込まれていた。


透子はその封筒をそっと取り上げ、鑑識班に目配せする。

「確認する、慎重に」


背後の鑑識員たちは黙って頷き、透子の指示を待った。


【時間】2025年5月17日 07:22

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


透子が封筒を手に引き出しを閉めようとしたその瞬間、部屋の奥から小さな「カチッ」という機械音が響いた。


「……今の音、何だ?」

透子は体を強張らせ、音の発生源に目を凝らす。

埃に覆われた棚の一角、古い書類の山の隙間から微かに光が反射している。


鑑識員の一人が小声で囁く。

「……これは……金庫か、隠し装置かもしれません」


透子は慎重に歩を進め、音の元に近づく。

冷たい空気の中、机と壁の間に不自然な隙間があることに気づく。

その隙間の奥で、再び「カチッ」と音が鳴り、部屋の静寂が一瞬だけ切り裂かれた。


透子は息を整え、手を伸ばす。

「……触れる前に、全てを確認する」

その瞳には、緊張と決意が入り混じって光っていた。


【時間】2025年5月17日 07:24

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


玲はデバイスを机の上に慎重に置くと、息を整えながら静かに操作を始めた。

タブレットの画面が淡く光り、部屋の薄暗さをわずかに照らす。


「透子、離れていてくれ。何が出てもすぐ対応できるように」

玲の低く落ち着いた声に、透子はうなずき、机の脇で静かに待機する。


デバイスから微かな電子音が響き、金庫や隠し装置の構造を解析し始めた。

画面には複雑な配線図や、古い施錠機構の詳細が次々と表示される。


「……なるほど。これはただの金庫じゃない。遠隔でも操作可能な仕掛けだ」

玲は画面を指でなぞりながら、静かに解説する。


透子は息をひそめ、机の隅からその手元を見守る。

「この家の主、相当用心深い……」

玲は頷き、次の指示に備えて手を止めることなく、慎重に操作を続けた。


【時間】2025年5月17日 07:26

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋、古びた机の前


室内の静寂を破るのは、かすかな時計の針の音だけ。透子と玲が微かに息を詰める中、扉の向こうから落ち着いた足音が近づいた。


「……相良漣です」

低く、落ち着いた声。姿を現した男は、影班にかつて協力したことのある金庫解錠のエリートスペシャリストだった。36歳。冷静沈着な眼差しと、無駄のない身のこなしは、まるで空間の空気を読み取るかのように静かで確実だった。


彼は短く会釈し、携行工具を静かに机の上に広げる。微振動解析器、非破壊ピンセット、低騒音ドリル……どれも精密に整列され、操作する指先は無駄なく滑らかだ。


「触らせてもらうよ。静かに」

相良の言葉に、透子は少しだけ息を整えて一歩下がる。玲は隣で静かに頷いた。


金庫の前にしゃがみ込み、彼は手元の微振動解析器を置く。装置が緑色に点灯し、金庫内部の微細なピンの振動が画面に波形として現れる。相良は目を閉じ、耳を金庫に寄せるようにして、数秒間集中する。


「よし」

静かな声。指先がダイヤルに触れると、連続する微かなクリック音が、まるで精密な楽器の演奏のように響いた。数秒後、金庫の扉が音もなく静かに開く。


「……開いた」

相良は封筒を取り出し、透子と玲に向けて差し出した。その動きはゆったりとしているが、確実で無駄がない。部屋の空気は、僅かながら安堵の温度を帯びた。


「証拠は無傷で回収。これで、次の手が打てる」

淡い微笑を浮かべる相良の横顔を、透子は静かに見つめた。


【時間】2025年5月17日 07:28

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


金庫の扉が音もなく開き、相良が慎重に封筒を取り出す。その瞬間、透子の視界に広がったのは、薄暗い廊下の向こうまで続く影だった。


かすかな朝の光が窓から差し込み、埃混じりの空気を浮かび上がらせる。床の木目には微かな雨水の跡が残り、金庫の開閉で生じたわずかな振動が廊下の板に伝わる。


透子は息を殺し、手にした封筒をしっかりと握り締めた。振り返れば、机の上に散らばった資料や小物の陰影が、不規則に揺れている。


相良は静かに立ち上がり、金庫の前に残る微かな痕跡を指で確かめながら呟く。


「この部屋にあった痕跡はこれだけ。誰かが無理に手を加えた形跡はない」


玲は隣で端末を操作しながら、廊下の先に目を向けた。


「油断はできない。ここから、何者かが監視している可能性が高い」


透子の視線は、薄暗い廊下の先、壁に映る自分たちの影に留まる。外界との境界が曖昧な空間で、証拠と危険が同時に存在していることを、肌で感じていた。


相良は封筒を玲に手渡し、静かに後退する。


「これで次の手は打てる。だが、気を抜くな」


廊下の奥から微かに足音が反響し、金庫の扉が閉じられた瞬間、部屋は再び静寂に包まれた。


【時間】2025年5月17日 07:32

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


突然、静寂を破るかのように、微かなノイズが空気を震わせた。


透子は封筒を抱えたまま、耳を澄ます。部屋の隅に置かれた端末から、不規則に短く、電子音のような反響が広がる。


玲がすぐさま端末の画面を確認し、眉をひそめる。


「……無線か。誰かがここにアクセスしている」


相良は静かに壁に寄り、影の薄い角度から廊下を見つめる。


「外部からの干渉だな。監視が入っている可能性が高い」


透子の目が、薄暗い廊下の先に浮かぶ影に吸い寄せられる。ノイズは単なる機器の異常ではない、何者かの意図が確かに潜んでいる合図だった。


玲は端末を操作し、音源の特定に集中する。


「冷静に。音の方向を割り出す……何か、いる」


部屋の静寂が、再び緊張に変わった瞬間だった。


【時間】2025年5月17日 07:34

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋(映像内)


──白い部屋。


視界が切り替わる。ノイズの奥から、突然、映像が浮かび上がった。

四方の壁も天井も、すべて無機質な白。

家具は何ひとつなく、中央にはただ一脚、金属製の椅子が置かれている。


玲は息を呑み、画面を凝視した。

「……録画映像か?」


相良がすぐに反応する。

「いや、リアルタイムだ。映像信号、現在進行形で送信されてる」


透子は唇を結び、画面の奥を見つめた。

白い空間の中、椅子に誰かが座っている。

長い髪、背中を向けたまま、微動だにしない影。


玲の声が低くなる。

「この映像……“誰かが見せてる”な。記録じゃない」


透子は静かに頷き、目を細めた。

「この部屋──事件現場の構造と一致していない。外部の場所だわ」


白い部屋の中、影がゆっくりと顔を上げる。

その瞬間、映像がノイズと共に乱れ、画面全体が光に包まれた。


──次の瞬間、通信は途絶した。


【時間】2025年5月17日 07:37

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


透子の指が画面を軽く叩く。


「玲、これ……ファイルのパスコードじゃない?」


玲は眉をひそめ、タブレットの画面を覗き込む。

映し出されているのは、白い部屋の映像と共に現れた一連の数字列。


「……確かに、暗号化されたデータの解錠用に見える」

玲は低く呟き、手元のタブレットを操作し始める。


相良もモニターを確認しながら静かに言った。

「このパスコード、何かの条件でしか現れないタイプだ。白い部屋の映像と連動している」


透子が画面に指を滑らせ、数字列をタブレットにコピーする。

「よし……入力してみる。これが正しければ、隠しファイルにアクセスできるはず」


その手元に、微かな緊張と期待が静かに広がっていく。


【時間】2025年5月17日 07:42

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


玲がタブレットに表示されたパスコードを慎重に入力すると、画面がわずかに震え、暗号が解読されていく感覚が伝わった。


「……開いた」

玲は低く呟き、ファイル名を確認する。


そこに表示されたのは── Project K。


透子は息を呑む。

「Project K……これは一体……?」


相良は冷静に周囲を見渡し、手元の機器を操作しながら言った。

「ファイル構造を見る限り、極秘プロジェクトの計画書だ。内容は……事件に直結している可能性が高い」


玲は画面をスクロールさせ、項目を読み上げる。

「目的、対象、方法……どれも現実的で、計画段階での緻密な作り込みがある。これは単なる資料じゃない、実行可能な作戦書だ」


透子の手がわずかに震える。

「……こんなものが、普通の家庭の隠し部屋に……?」


薄暗い隠し部屋に、緊張と静寂だけが重く漂った。


【時刻】2025年5月17日 07:44

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋/タブレット画面


タブレットの画面が淡く震え、見慣れないヘッダが黒い帯状に浮かび上がった。


── Access: KI-03_Administrator ──


画面下部に管理者権限を表す小さなバッジが点灯し、次いでファイルのメタデータが流れ出る。


ファイル名:Project K

分類:内部機密(Top Secret)

作成日:2015年10月12日

最終更新:2019年04月03日(管理者:KI-03_Administrator)

アクセス履歴:許可済(管理者認証)/未承認外部アクセス検出あり


──管理者注記──

このドキュメントは、実行承認が無い状態での閲覧・複製を厳禁とする。閲覧ログは即座に中央監査へ転送される。非管理者がアクセスした場合、項目の一部は自動的に暫定黒塗りされる。


玲が指先でスクロールすると、黒塗りの下にさらに細かな節が現れ、透子の目に入ってきた。


■概要(抜粋)

─ 目的:指定する記録領域に介入し、観測可能な証跡を再構築することで「事象の認知」を操作する。

─ 対象:民間・政府機関を問わず、特定人物・特定事件の記録改変を行うことが可能な実験プロトコル。

─ 補助技術:複合暗号化経路(KI-Relay)、時系列書換インターフェース、現場偽装ガイドライン。


■運用指令(抜粋)

1.事案発生日から逆算した“証跡再配列”を行い、目撃証言との整合性を高めること。

2.必要に応じ現場に指示文サジェスチョンカードを残すこと。文言は短文で心理的誘導を狙え。

3.外部監視・第三者介入が確認された場合は、即時にログ削除/痕跡隠蔽を実行する。


■注意事項(抜粋)

─ 人為的な“偽装”は可及的に自然な形で行うこと。

─ 記録改変の副作用(被験者の記憶不整合、心理的崩壊等)については管理者へ逐次報告せよ。

─ 本プロジェクトへの関与は厳格に機密保持契約の対象。漏洩時は自動消去プロトコルを起動。


画面の最後に、小さな追記が赤い文字で表示された。


──管理者メモ(KI-03)──

「誰が“歴史”を保つのか。それを決めるのは、我々ではなく、証言そのものだ。慎重に扱え。――霧島」


透子は息を呑み、封筒をさらに強く握った。相良の横顔が僅かに引き締まる。玲はタブレットをそっと閉じる代わりに、画面のログをローカル保存し、証拠手続き用に複製を取るよう指示を出した。


「Project K……これがこの家に隠されていた理由だ」

玲の声は静かだが、その重みは皆の胸に落ちた。外の雨音が、どこか遠くで大きく聞こえる。


【時刻】2025年5月17日 07:46

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


仮想コンソール上の「KI-03_Administrator」の文字列が点滅し、表示が揺らいだ瞬間――玲は躊躇なく端末の通信ポートを遮断した。物理的なスイッチを押す短い音が、静かな室内で大きく響く。


「通信遮断。外部経路を切った。」

玲は声を抑えつつ端末を裏返し、LANケーブルと携帯回線のモジュールを確かめる。相良が横で手袋を履き替え、封筒とタブレットを同時に受け取る動作に移る。


透子は封筒を胸に抱えたまま、息を吐く。

「今の映像はリアルタイムでどこかへ流していた。ログにトリガーが残っているはずです。」


鑑識のひとりが手早く手袋をはめ直し、現場の一角に臨時の隔離ボックスを設置する。内部にある端末類はすべてここに入れて電源を切り、外装に封印テープを貼る。画面の残像が消えると、空気は一層冷たくなる。


「まずやることを決める。端末のイメージを取り、ハッシュを計算。原本をいじらずに複製を保全する。外部へは現状報告のみ、応答は最小限だ。」玲の指示は簡潔で正確だ。透子は手帳に素早く記し、鑑識に目配せする。


相良が低く呟く。

「この機構、遠隔起動と連動している。現場からの発信だけじゃない。何らかのリレーを経由していた可能性がある。」


玲はタブレットを受け取り、物理的に完全遮蔽した箱に入れる前に画面を短く確認する。表示されていた管理メモ、作成日、アクセス履歴――すべてスクリーンショットとログを取り、外部に流れる前のハードコピーを確保させる。鑑識がすぐにフォレンジックイメージの取得を始める。


「ユニットA、外周の車両を確認。黒いセダンの痕跡を追え。相良、端末の非破壊解析を優先。透子、封筒の筆跡と紙繊維の採取、指紋採取を指示する。ログの差分は白砂に送る。俺は本部へ速報を上げる。」

命令は次々と手早く放たれ、部屋の端で作業が動き出す。


透子は押し黙って封筒を差し出す。相良が慎重に手袋をしたまま封筒の封を確認し、封入物をトレイに置く。鑑識がルーペ越しに紙の繊維を採取し、試験管へと移す。すべてが手順どおり、無駄のない所作で進行していく。


「通信経路の切断だけじゃ不十分かもしれない。中央にアラートが行く前に、ログの痕跡を隠滅させる仕組みが動く可能性がある。」相良の声音に緊張が滲む。


玲は短く唇を結び、窓の外に視線を走らせる。薄暗い廊下の先、外の雨に濡れた舗道に伸びる影が揺れる。

「時間を稼ぐ。ここで得たコピーを物理的に確保してから、本部と連携する。外部送信の試行があれば、追跡ログを即座に取得する手筈を取れ。」


透子はゆっくり頷いた。胸の中で、隠し部屋の白い映像と、紙片に書かれた短い命令文が重なり合う。

「わかりました。玲、すぐに行動を開始します。」


部屋の端で、鑑識のシャッター音、機器の起動音、紙を封入する儀式のような静かな動作が続く。外の雨音だけが、まるで何もなかったかのように空気を満たしている。


だが、誰もまだ気づいていない――ノイズの背後に残された一つの小さなシグナル。

それは、誰かが既にこの家の“監視”を移譲し、別の目で見せようとしていた痕跡だった。玲はそれを感じ取り、静かに次の一手を考え始める。


【スーパースペシャリスト①:川崎コウキ/記憶の証人解析】


【時刻】2025年5月17日 08:13

【場所】○丁目・被害者宅 隠し部屋


玲が転送したログデータを受け取り、川崎コウキはすぐに端末を開き、画面上に浮かぶ暗号列とアクセス履歴を分析し始めた。彼の指先は迷いなく動き、情報の断片を瞬時に組み合わせ、潜在的な矛盾や改ざん痕跡を炙り出していく。


「……確認。07:45前後に外部送信の試行がありました。中継は三段階、現在位置を特定中です」

声は冷静で落ち着いているが、周囲の空気は緊張に満ちる。コウキの解析速度と精度に、誰もが無言で目を見張る。


玲はタブレットを差し出し、短く指示を送る。

「中継ノードの位置を即座に洗い出し、封鎖可能なルートから順に止めろ」


コウキは短く頷き、暗号列の隙間を見抜き、瞬時にアクセス経路をマッピングする。

「追跡開始。VPN経由での送信先も含め、全ての通信ログを抽出します。最短で発信元を特定可能」


透子が不安げに封筒を握り、声をかける。

「コウキ、この追跡で危険が迫る前に知らせて。必要なら現場に人を出す」


コウキは静かに頷き、指先でデータの結び目を解きほぐすように解析を続ける。彼の頭の中では、消えた情報、改ざんされた痕跡、そしてログの僅かな“息遣い”までもが鮮明に浮かび上がり、全体像が徐々に見えてくる。


玲はタブレットを抱え直し、部屋の静寂を見渡す。雨音の中、端末から微かに響く処理音だけが、緊張感を際立たせる。


「動きは一瞬でも、追跡は完璧に。朱音を含め、この現場の情報を守る。それが最優先事項だ」


コウキの目は揺るがず、解析の海に集中していた。秒単位で変化するログを追い、隠された真実を暴くための指先が止まることはなかった。


【時刻】2025年5月17日 08:18

【場所】被害者宅・隠し部屋 → 御子柴理央/特別分析室(通信越し)


玲はタブレットの送信先を切り替え、通信回線を理央へと繋いだ。画面越しに、先ほど保存した暗号化ログと「Project K」の断片が流れ込む。


「……理央、記号列と編集痕跡の逆算処理に入れ。」

玲の声は短く、しかし確かな命令を含んでいた。


受話器の向こうで一瞬だけ間が生まれ、すぐに落ち着いた声が返る。

「了解。今すぐ取り掛かる。ログのタイムスタンプとパケットヘッダ、ブロック差分を抽出して逆算する――改変箇所を可視化する。」


通信を受けた理央は、特別分析室の端末に素早くアクセスした。画面には多層のタイムラインが立ち上がり、プロトコルヘッダ、パケット長、ハッシュ列、編集フラグといったメタデータが次々と解析ウィンドウへ並ぶ。彼の指先は淡々とキーボードを叩き、演算を投入していく。


「まずは記号列の並びから。周期性とエントロピーを測って、疑似乱数生成の種を推定する。次に、編集痕跡のパターンを時系列で重ね合わせて、改竄が施された『切断点』を特定する。そこから差分を逆算して原本の可能性を復元する――大雑把にはそういう流れで行く。」


理央の声は冷静だが、画面上の解析結果は刻一刻と進む。黒塗りされた断片が部分的に復元され、消えていたメタ欄の痕跡が薄く現れ始める。ファイルの内部では、不可視化された署名の欠片と、複数の編集者により挿入された低振幅ノイズが検出された。


「見つけた。ここに『合成痕』がある。タイムスタンプのミスマッチ、連続ブロックの整合性が崩れている。しかも編集は二段階で行われている。一次改変がローカルで行われ、その後に外部ノードで時系列を書き換えている形跡だ。送信前にリレーポイントでさらにパケット整形をしている。」


玲は短く息を吐き、部屋の空気を見回した。透子は封筒を抱え直し、相良は扉の方へ神経を張る。理央は更に解析を進め、表示された赤いマーキングを指でなぞる。


「一次改変者の痕跡を抽出した。筆跡じゃなくて“編集署名”だ。手法は特殊だが、特徴的なビットパターンが残る。これを元にプロビナンスを組めば、誰がどのノードで手を加えたか、かなりの精度で割り出せるはずだ。」


玲の口元が引き締まる。

「やれ。追跡ルートと突き合わせて、発信元と編集者候補を挙げてくれ。時間が経つほどログの痕跡は薄れる。」


「了解。逆算完了次第、リアルタイムで候補を送る。余談だが、編集痕には“心理誘導用の短文テンプレート”が混入されている。これ、現場の紙片と同一文言だ。意図的に同期させた痕跡だろう。」


その言葉に、透子の肩がわずかに震えた。封筒の中の紙片と、ファイル内のテンプレート――作為は物理と電子の両面で仕掛けられていた。


「いい仕事だ、理央。急げ。」玲は通信を切る前に短く命じ、端末を相良に渡した。理央の解析結果は既に次の局面への鍵を握りつつあった。空気の中に、次の動きが遅滞なく構築されていくのを、誰もが感じていた。


【時刻】2025年5月17日 08:45

【場所】ロッジ・作戦室 → 安斎柾貴/影班前線指令室(通信越し)


玲はタブレットの送信先を安斎柾貴に切り替えた。暗い静寂の前線指令室で、安斎は椅子に深く腰掛け、低く落ち着いた声で応答する。


「……柾貴、記録汚染の状況は?」

玲の声は淡々としているが、緊張感を内包していた。


安斎はモニターの複雑なデータ列を睨みながら答える。

「確認済み。既存ログのタイムスタンプ、編集履歴、データ整合性に、異常な改竄パターンが複数検出されている。人工的に介入された痕跡が鮮明だ。」


玲は短く頷く。

「対象は“Project K”ファイルのみか?」


「いや、関連資料すべてに痕跡あり。特定ノードでの自動改変と手動介入が混在。精神制圧用の隠語文も混入されている。」

安斎は静かに息を吐く。彼の瞳にはデータの奥に潜む作為が映し出されていた。


玲は端末を操作し、改竄箇所をマーキングする。

「逆算ルートの候補を出せ。一次改変者、二次改変者、そして最終送信点まで追跡する。精度は高くないと困る。」


安斎は指を滑らせ、解析プログラムを起動させる。

「了解。一次改変者の署名パターンと連動する全データを抽出中。精神誘導用テンプレートと照合すれば、改竄者の心理傾向まで推測可能。」


玲は短く息を吐き、次の指示を出す。

「全データを保持し、必要に応じて封鎖。今回の操作は完全に追跡可能でなければならない。被害は最小限に抑える。」


安斎は静かに頷き、低い声で答えた。

「承知。精神制圧の痕跡も同時に可視化。再構築後、即座に報告する。」


静寂の中、通信越しの二人の意志が重なり合う。暗闇の中で、確かな解析作業が次の局面への道を切り拓いていた。


【時刻】2025年5月17日 08:55

【場所】ロッジ・作戦室


玲は安斎との通信を終え、仮想コンソールの端末へと視線を戻した。画面にはProject Kのファイル群が並び、微かに点滅する警告ランプが作業の進行状況を告げている。


彼は深呼吸をひとつ置き、指先でスクロールを操作しながら、改竄箇所やログの履歴を慎重に確認する。


「ここまでの解析で、改竄は間違いなく二重構造だ。一次改変は内部関係者によるもので、二次改変は外部からの干渉……どちらも“意図的”だ。」玲の声は低く、静かながらも緊張を帯びている。


端末上のデータを眺めながら、彼は次の行動を頭の中で組み立てる。

「コウキ、理央、ユリ……順次解析チームに転送。全員の目で確認させる。二重構造の背後にある真実を、必ず可視化する。」


玲の指が最後の送信ボタンに触れた瞬間、コンソールの画面が一瞬白く光り、ファイル群が各担当者へと安全に転送されていく。


静寂の作戦室。タブレットと端末の微かな光だけが揺れる中、玲は静かに呟いた。

「ここからが、本当の戦いだ……」


暗い室内に残るのは、解析を待つログと、彼らの覚悟だけだった。


【時刻】2025年5月17日 09:12

【場所】ロッジ・作戦室


玲の端末が静かに振動し、画面の隅に新たなアクセス通知が点滅した。表示はわずかに赤みを帯び、極秘プロトコルによるものだと即座に認識できる。


「……未登録のアクセス。プロトコルレベルはS級。」玲の眉がぴくりと動く。

彼は即座に通信を切り替え、内部解析用の仮想コンソールを立ち上げた。

端末のログがスクロールし、アクセス元の情報が浮かび上がる。位置情報は国内某所、匿名化されており、直接の追跡は困難を極める。


玲は低く呟いた。

「誰だ……このタイミングで。」


一瞬の沈黙の後、彼は端末に指を伸ばし、極秘プロトコルを介した安全な双方向通信を確立する。画面には、アクセス元からの暗号化された文字列が次々と流れ込む。


「よし……解析開始。コウキ、理央、安斎、各自確認しろ。新たなアクセスの内容次第で、次の一手が決まる。」


室内の空気が一瞬引き締まり、作戦室全体に静かな緊張が走る。玲の視線は、端末の光を通して確実に新たな“影の動き”を捕らえようとしていた。


【時刻】2025年5月17日 09:13

【場所】ロッジ・作戦室


玲の端末に、新たなアクセス通知が届いた。画面には赤く点滅する文字が表示されている。


「Access Confirmed:ES-Class Specialist Unit Deployed」


玲は画面をじっと見つめ、低く呟いた。

「……ES級スペシャリスト部隊が動いたか……」


すぐに全員に通信を回す。

「コウキ、理央、安斎、準備しろ。ES級ユニットとの連携を最優先だ。情報の同期、即座に開始。」


作戦室は静まり返り、端末の電子音だけが微かに響く。

玲は背筋を伸ばし、鋭い視線で画面を見据えた。

「これで、次の展開が見える……」


画面の文字は消えることなく、室内の緊張を静かに高めていた。


と、その瞬間——部屋の奥の扉がノックもなく開いた。


「時間が惜しい。対象はどこだ?」


【時刻】2025年5月17日 09:15

【場所】ロッジ・作戦室


と、その瞬間——部屋の奥の扉がノックもなく開いた。


無骨な声とともに入ってきたのは、男だった。白いグローブ、首元に配された特殊遮断ノード、深い紺の作業コート。


玲はすぐに視線を向ける。


■【エリートスペシャリスト①】朝倉あさくら 隼人はやと

•役割:記憶構造復元専門官

•コード:ES-R01

•特性:神経インターフェースを介し、断片的記憶を“時系列順に再接続”する能力を持つ


朝倉は静かに歩み寄り、端末の隣に立つと低く告げた。


「川崎ユウキの脳構造には“時間軸トラップ”が施されている。記憶はあるが、順序が崩壊している。それを繋ぐのが俺の仕事だ」


玲は黙って頷き、端末の画面を指差した。

「朝倉、お前の解析がなければ、この断片は永遠に迷子のままだ」


朝倉は微かに口角を上げ、作業コートの袖を整えた。

「なら、手早く進める。時間は待ってくれない」


部屋の緊張感が一段と高まり、ES級スペシャリストの存在が空気に静かな重みを加えた。


【時刻】2025年5月17日 09:18

【場所】ロッジ・作戦室


滑るような足音とともに、部屋の奥から女性が現れた。長い銀髪が揺れ、冷たい瞳が室内を鋭く見渡す。手には透明なデータチューブを握っていた。


■【エリートスペシャリスト②】志水しみず 陽葵ひなた

•役割:記憶改竄検出官/感情フレーム抽出技術者

•コード:ES-C07

•特性:対象の“記憶の情動反応”から、改ざん・抑圧された記憶を逆算し可視化する


志水は静かに端末の前に立つと、冷静に告げた。


「加工された記憶は、感情の歪みとして滲む。痛み・恐怖・喜び——それらの矛盾を可視化すれば、誰が“嘘を植えつけたか”が分かる」


玲は短く頷き、端末の画面を志水に向ける。

「陽葵、お前の解析で隠された真実を洗い出す。時間はかけられない」


志水は無言でデータチューブを差し込み、淡い光を帯びた解析画面を立ち上げた。

部屋の空気はさらに引き締まり、ES級スペシャリスト二人の存在が、戦場のような静けさを作り出していた。


【時刻】2025年5月17日 09:25

【場所】ロッジ・作戦室


玲の端末に、新たな接続通知が届いた。画面には整った髪と無表情の顔が浮かぶ。


──External Sync:御子柴みこしば 理央りお──


■【エリートスペシャリスト③】御子柴 理央

•役割:記憶構造統合/クロス記憶比較解析

•コード:ES-SPEC-M

•特性:複数の記憶媒体(人間・デバイス問わず)を横断的に解析し、矛盾点・整合性を抽出する


理央は冷静な声で告げる。


「川崎ユウタの記憶と、ユウキの記憶。二つを並列比較する。“真実”は、重なったとき初めて顔を見せる」


玲は頷き、端末を固定しながら応答する。

「理央、お前の解析で二人の記憶の整合性を確認しろ。すべての矛盾点を抽出する」


志水陽葵が傍らで淡く光る画面を操作する中、理央の解析が遠隔から同期され、室内の空気はさらに鋭い集中力に包まれた。

ES級スペシャリストたちの連携が、刻一刻と進行する事件解明の鍵を握っていた。


──そのとき。


ロッジの外から、微かな振動が伝わってきた。窓ガラスがかすかに揺れ、暖炉の炎が一瞬だけ大きく揺らめく。


玲はすぐに端末から視線を外し、室内を見渡す。志水陽葵と朝倉隼人も、即座に体を固め、周囲の異変を確認した。


「外からか……?」玲の低い声に、全員の神経が研ぎ澄まされる。


御子柴理央の画面でも解析中のデータが一瞬揺らぎ、遠隔の彼も眉をひそめた。


「信号に僅かな乱れ……誰かが接近している」理央の冷静な声が室内に響く。


影班のメンバーたちはそれぞれの持ち場に動き、戦闘態勢を整える。窓際の朱音は気配に気づき、恐る恐るソファに身を沈めた。


──静寂の中、何かが確実に迫っていた。


【時間】2025年5月18日 午前2時17分

【場所】ロッジ・リビング


玲は端末に手をかけ、静かに朝倉隼人に通信を送った。


「隼人、外の異変を確認してくれ。振動の原因を把握する必要がある。」


朝倉は即座に応答する。


「了解。屋外センサーと視覚回線を連動させる。侵入者の種類、人数、動線を解析する。」


玲は頷き、端末の画面に表示されるデータを睨みつつ、チーム全体に低く指示を飛ばす。


「志水、感情フレームを開放。外部からの不審な精神的反応を検出。理央、ユウタとユウキの記憶解析は止めずに続行。異常があれば即報告。」


リビングの空気が一層張り詰め、夜の闇の中で全員の呼吸が静かに同期した。


【時間】2025年5月18日 午前2時20分

【場所】ロッジ・リビング


沙耶は静かに志水陽葵の肩に手を置き、低い声で指示を送った。


「陽葵、コウキの記憶に感情改ざんの痕跡があるか、すぐに確認してくれ。」


志水は無言で頷き、手元のデータチューブを操作する。透明な管内で微かな光が揺れ、対象の脳波と記憶信号が可視化されていく。


「わかった。感情反応のパターンを解析する。痛みや恐怖、喜びの不自然な歪みを追跡すれば、改ざんされた箇所を特定できるはず。」


沙耶は画面に浮かぶ解析結果に目を凝らし、微かに息を吐いた。


「異常があれば、即座に知らせて。ユウタとユウキの記憶解析と併せて、全体像を把握するのよ。」


静寂の中、志水の指先が光のラインを撫でるたびに、コウキの記憶の奥底が少しずつ明らかになっていった。


【時間】2025年5月18日 午前2時35分

【場所】ロッジ・リビング


コウキは小さく拳を握り、視線をまっすぐに前に向けた。


「……なら、俺も戦う。真実を取り戻すために。」


朝倉隼人がそっと頷き、冷静な声で返す。


「覚悟はできているな。君の記憶を順序立ててつなげる。それが俺の役目だ。」


志水陽葵も微かに頷き、管内で揺れる光を注視する。


「感情の歪みを炙り出す。君の記憶の嘘は、必ず暴く。」


玲は静かにコウキの肩に手を置き、力強く言った。


「よし、皆でやる。過去の影を払って、真実を取り戻そう。」


部屋の中に、一瞬の静寂が訪れ、次の行動への決意が全員の胸に刻まれた。


【時間】2025年5月18日 午前2時37分

【場所】ロッジ・リビング


玲たちが覚悟を固めるその瞬間、無線機から影班の通信が入った。


「――こちら由宇。全員準備完了。朱音の安全確保は問題なし。進行ルートを再確認、次の指示を待つ。」


桐野詩乃の冷静な声も続く。


「同意。柾貴も異常なし。外周警戒ラインは安定。任務開始のタイミングを待機。」


玲は通信を聞きながら、端末に表示されたデータと照らし合わせる。


「了解。全員、位置につけ。真実を取り戻す準備は整った。」


空気が張り詰める中、ロッジ内の全員の視線が一致した。

決戦の瞬間が、静かに、しかし確実に迫っていた。


【時間】2025年5月18日 午前2時45分

【場所】ロッジ・リビング


玲は無線機越しに影班の報告を受け取ると、即座に机の端末に手を伸ばし、K部門への追加要請を送信した。


「こちら玲。影班より異変報告を受領。追加支援を要請する。迅速に対応を――」


画面の送信ランプが点滅する間、ロッジ内の静寂は一層重くなる。


成瀬由宇が低くうなずき、桐野詩乃と安斎柾貴も瞬時に各自の警戒位置を確認する。


玲は短く呟いた。

「全員、動くぞ。ここからは一瞬の判断がすべてを決める。」


外では、夜の森に微かな風が吹き抜け、樹々がざわめく。

決戦の夜が、ついに幕を開けようとしていた。


【時間】2025年5月18日 午前2時50分

【場所】ロッジ・隠し部屋


結城朔夜は壁際に身をかがめ、微細な器具を取り出して床や壁の表面を慎重にスキャンする。


「……床材の微粒子から、極微量の化学残留が確認できます。記憶干渉用の装置が一度稼働していた痕跡です」


彼の低く落ち着いた声が、静まり返った室内に柔らかく響く。


玲は端末を手元で操作しつつ、結城の報告に反応した。

「残留痕か……よし、朔夜。可能な限り全てのデータを回収してくれ。後でクロス解析に回す」


結城はうなずき、手元の解析器具で微細な粉塵や触媒の痕跡を次々と抽出していく。


「これだけの痕跡が残っていれば、装置の特定は可能です。使用者の特定にも、つながるかもしれません」


影班の三人は静かに見守りながら、それぞれの警戒を緩めず、事態の進展を待った。

隠し部屋の空気に、かすかに科学的緊張が漂う。


【時間】2025年5月18日 午前3時12分

【場所】ロッジ・隠し部屋


無線機から羽瀬怜那の若い声が響いた。


「こちら羽瀬、影班通信を確保。敵ノードを部分的に撹乱、追跡ルートを確立しました。現在、リアルタイムで動きをモニター中です」


玲は端末を操作しながら応答する。

「よし、怜那。既存の通信網に干渉せず、追跡情報だけ上げてくれ。必要なら即座に制御を切り替える」


羽瀬の声に安斎柾貴が反応する。

「了解。新規の通信経路も確認済みか?」


「はい。データが分散しても追跡精度は維持可能。ここから敵の動きを逐一通知します」


結城は解析作業を続けながら、小声でつぶやいた。

「電子的痕跡と物理的痕跡の連携……これで、使用者特定に一歩近づく」


ロッジの薄暗い隠し部屋に、精密な電子監視と解析の連携が静かに張り巡らされていく。

羽瀬の冷静な声が、緊張感の中に頼もしさを加えていた。


羽瀬怜那の冷静な声が通信を貫く。

「影班全ユニット、コード・レヴェナント発動。ルートD5へ。対象、捕捉する」


桐野詩乃は無言で頷き、暗闇に溶けるように窓際へ身を沈める。

由宇は背後の通路を鋭い目で見渡し、微かな動きも逃さぬよう警戒を固める。

安斎柾貴は静かに端末を握り、通信経路の異常がないかチェックしながら周囲を監視する。


羽瀬と桐野は互いの動きを無言で確認し、痕跡を残さず、対象に接近するためのルートを確保する。

冷たい夜の闇に、影班の静かな連携が確かな緊張を刻んだ。


【時間】2025年5月18日 午前3時15分

【場所】郊外・廃工場付近の指揮用モニター室(ロッジ別棟)


玲はモニターの地図を凝視しながら、影班の動きを指示した。

「羽瀬、ルートD5の障害物を事前に確認。桐野、由宇と柾貴は標的の東側から包囲を固めろ。通信遮断は怜那に任せる」


影班の三人は静かに頷き、それぞれのポジションへと散る。

夜の廃工場周囲は風が木々の枝を揺らす音だけが響き、緊張の静寂が空間を支配していた。


【時間】2025年5月18日 午前3時18分

【場所】郊外・廃工場敷地内


そのとき、結城朔夜が手に持った小型分析機器の画面を見つめ、重々しく言った。


「……残留反応がまだ残っている。ここで使用された装置は、標準的な電子干渉ではなく、微細な記録操作機能を持つ特殊器具だ」


彼の声に、玲は眉をひそめながら端末を操作し、影班の各隊員へ情報を転送する。

「羽瀬、機器反応点をマーキング。桐野、由宇、柾貴は包囲を維持しつつ、慎重に接近せよ」


夜の廃工場は、かすかな霧と湿った空気の中で、これから起きる対峙の気配をじっと潜めていた。


【時間】2025年5月18日 午前3時22分

【場所】郊外・廃工場敷地内


玲は無線機に向き直り、低く冷静な声で最後の指示を送った。


「影班全ユニット、進行ルートを再確認。対象の動線を遮断しつつ、反応点周囲の包囲を固めろ。結城の分析結果を優先して行動すること」


微かな風が廃工場の鉄骨を揺らし、機械音の余韻が空気に残る。

影班の隊員たちは玲の声を受け、瞬時に配置につき、静寂の中に緊張が張り詰めた。


その瞬間、結城の分析機器が淡く点滅し、次の行動開始の合図を告げるかのようだった。


【時間】2025年5月18日 午前3時27分

【場所】郊外・廃工場内


朱音の悲鳴が風を裂き、薄暗い廃工場に鋭く響いた。

その声を合図に、影班の全員が即座に動く。


桐野詩乃は素早く体を低くし、手元の装置で周囲の動線を遮断。

成瀬由宇は鋭い視線で影を潜ませ、朱音の声の方向へ向けて最短距離を確認。

安斎柾貴は冷静に隊員たちの位置を把握し、包囲網を再構築する指示を飛ばした。


結城朔夜の小型分析機器が淡く赤く点滅し、残留痕跡から「危険ポイント」をリアルタイムで表示。

羽瀬怜那は電子撹乱装置を操作し、敵の通信とセンサーを一時的に無力化する。


玲は無線機越しに低く響く声で命じた。

「朱音の安全を最優先。全員、反応点を封鎖しろ――慎重に、しかし一瞬も迷うな」


悲鳴は消え、静寂と緊張が交錯する空間に、影班の機敏な動きだけが響いた。


【時間】2025年5月18日 午前3時28分

【場所】郊外・廃工場内


「三……二……一……っ!」


響の囁きと同時に、刹那が腰の“焔切”を抜いた。刃が暗闇にわずかに反射し、微かな赤い光を放つ。


桐野詩乃は刃の軌道を計算し、影のように身を翻す。

成瀬由宇は冷静に距離を測り、朱音との間に立つ障害物を確認。

安斎柾貴は両手で無線機を握り、隊員の位置と敵の動きを同時に指示した。


結城朔夜の分析機器が一瞬、赤から緑に変わり、安全ルートを示す。

羽瀬怜那は端末越しに敵の電子装置を一斉に撹乱し、視覚と通信の混乱を作り出す。


刹那の焔切が鋭く振り下ろされ、静まり返った廃工場の闇に、一瞬の閃光と共に風切り音が響いた。

玲は冷静に指示を飛ばす。

「全員、連携を維持。朱音を守り、対象を封鎖する――動きを止めるな」


暗闇に響く刃の音と無線の指示が、戦場の緊張を一層引き締めた。


【時間】2025年5月18日 午前3時28分

【場所】郊外・廃工場内


「──一閃。」


刹那の焔切が光を切り裂き、廃工場内に鋭い風切り音を残した。

その刹那、暗闇の中で影班の全員が完璧に同期する。


桐野詩乃は体を低く構え、刃の残像を読み取り次の動きを予測。

成瀬由宇は朱音の背後を固め、無言のまま彼女を守る盾となる。

安斎柾貴は無線を握り、各ユニットの動線を瞬時に修正した。


結城朔夜の分析機器は、焔切が通過した軌跡を正確にマッピング。

羽瀬怜那は電子ノイズを追加し、敵の視覚と通信を撹乱させる。


刹那の一閃は、静寂の中に鮮烈な余韻を残す。

玲は端末越しに冷静に命令を飛ばす。

「朱音を守れ。次の動きは全員、即座に反応――止まるな」


暗闇と炎の揺らめきの中、影班の精鋭たちは一体となり、廃工場の静寂を切り裂く。


【時間】2025年5月18日 午前3時29分

【場所】郊外・廃工場内


刹那の一閃が通り過ぎると同時に、敵の動きがぴたりと止まった。

暗闇の中、微かに息を整える音だけが響く。


桐野詩乃が冷静に周囲を確認し、短く囁く。

「……静か。全員、動きを止めたわ」


成瀬由宇は朱音を軽く抱き寄せ、守りを固める。

安斎柾貴は無線越しに全ユニットへ報告する。

「敵の動き、停止確認。だが警戒は緩めるな」


結城朔夜の機器も、敵の微細な残像が消えたことを示していた。

羽瀬怜那はすぐさま電子妨害の強度を維持し、再び敵が動き出す可能性に備える。


玲は深く息を吐き、端末の画面に映る影班の配置を再確認する。

「ここで一旦、全員位置を固めろ。敵が動く前に状況を掌握する」


静寂の廃工場に、影班の集中した呼吸だけが重く響いた。


【時間】2025年5月18日 午前3時30分

【場所】郊外・廃工場内


刹那の一閃で敵の主要部隊が止まった瞬間、朱音の背後に別の影が潜んでいた。

無音の中、黒衣に身を包んだ狙撃手が、わずかに呼吸を整え、狙いを定めている。


桐野詩乃が背後の気配を察知し、低く囁いた。

「……朱音、後ろ!」


成瀬由宇が素早く身を翻し、少女を盾にして構える。

「狙撃手だ、距離は……おそらく四十メートル以内!」


安斎柾貴が端末で監視データを解析し、狙撃手の正確な位置を算出。

「風速・角度・障害物……射線を確認。こちらからは反撃可能」


玲は冷静に指示を出す。

「全ユニット、即座に狙撃手の排除。朱音への射線を切れ。陽葵、感情フレームで狙撃手の微細な動きを読み取れ」


廃工場内の静寂が一瞬で張り詰め、全員の呼吸が戦闘に合わせて同期する。

朱音は無意識に成瀬の腕の中で小さく震えながらも、眼差しは仲間たちに向けられていた。


【時間】2025年5月18日 午前3時32分

【場所】郊外・廃工場内


──間に合わない!


その瞬間、朱音の前に人影が飛び込んだ。長く黒い袴に身を包んだ、服部一族の長老・紫苑。

その身のこなしは老練ながらも力強く、刹那の攻撃軌道を完全に遮った。


「朱音、離れろ!」紫苑の声が低く響く。


刹那の“焔切”が紫苑の横をかすめ、火花が床に散る。

紫苑は一瞬の呼吸で体勢を崩さず、朱音を完全に庇った。


桐野詩乃が素早く動く。

「朱音、安全圏へ!」


安斎柾貴は監視端末で狙撃手の動きを再計算し、最短射線を割り出す。

「狙撃手、再接続完了。次の動きは十秒以内!」


玲は冷静に状況を整理し、指示を出す。

「全ユニット、紫苑の保護下で狙撃手の捕捉と排除。陽葵、感情フレームで敵の動揺を解析、精密射撃の補助に回せ」


朱音は紫苑の影に守られ、わずかに震えながらも目を大きく開き、仲間たちの動きを見つめていた。


【時刻】2025年5月18日 午前3時33分

【場所】郊外・廃工場内(第一中枢付近)


成瀬は紫苑と朱音の位置を一瞥すると、顔を固くして無線を掴んだ。声は抑えたままだが、切迫感が滲む。


「このままじゃまずい。玲に――命令を要請しろ。」


桐野が即座に応答する。

「了解。怜那、通信用意。由宇、的確な状況を短く上げてくれ。」


由宇は肩越しに朱音の様子を確認してから、短く現況を整理して無線に打ち込む。

「対象:狙撃手確認、潜伏位置不明/被害者保護は紫苑が確保中/敵の主要群は停止、だがスナイパーが別動で残存。拘束優先を要請。」


羽瀬がヘッドセット越しに返答する。指先で素早く通信経路を確保し、暗号化パケットを送信する。

「送信完了。玲に要請中。応答待ち。」


数秒の緊張の後、玲の低い声が無線越しに返ってきた。冷静だが揺るがぬ決断が含まれている。


「受信。命令を伝える――拘束優先。ただし、狙撃手が即座に射線を維持し続ける場合は、致命制圧を承認。紫苑、お前の判断で朱音を前線から退避させろ。影班、前後の射線は即時遮断。ユニット間の連絡は二重化。行動開始。」


成瀬は短く頷き、無線を切ると低く声を落とした。

「了解。拘束優先。だが、朱音の命が最優先だ——動け。」


影班の輪郭が一瞬で引き締まり、刹那の残した余韻を断ち切るように、全員が次の動きへと移っていった。


【時刻】2025年5月18日 午前3時34分

【場所】郊外・廃工場内(第一中枢付近)


桐野詩乃は無線端末を握り、成瀬由宇の報告を受けた直後、即座に通信回線を開いた。

「影班全員、詩乃です。前線の状況を確認。狙撃手の存在、朱音保護は紫苑が担当中。二次脅威は残存している模様。封鎖線の強化を急げ。」


羽瀬怜那はすぐに応答する。

「詩乃確認。ルートD5から前線への補強完了。追加遮断ノード展開中。」


桐野は短く頷き、冷静に状況を指示する。

「刹那、紫苑の背後をカバー。由宇、右側通路の警戒を強化。全員、朱音を前線から退避させる準備を最優先。命令は玲からの承認済み、即行動。」


成瀬由宇も無線に応答し、桐野の指示を補強する。

「了解。封鎖線・警戒強化。狙撃手への対応を優先しつつ、朱音の安全確保を第一とする。」


桐野は端末を握りしめたまま、微かに息を整える。

「全員、行動開始。対象の捕捉は後。まず、命を守る——それが最優先。」


影班のメンバーは桐野の指示を受け、静かに、しかし確実な動きで配置につき始めた。

緊張の空気の中、朱音を中心に据えた防衛ラインが、刹那と紫苑の前後を固めるように形成されていく。


【時刻】2025年5月18日 午前3時35分

【場所】郊外・廃工場構内(第一中枢付近)


無線越しに玲の声が低く響く。短く、命令の色だけが乗った言葉。


「全ユニット、コード・ゼロ・ワン──行け」


その合図を、服部一族が誰よりも早く待っていた。紫苑が朱音の背を一度だけ撫で、落ち着いた声で告げる。


「行け」


刹那は僅かに唇を引き、刀身を軽く払った。目に光る微笑は、狩りが始まる前の静かな確信に似ていた。


「了解。狩りの始まりだ」


──瞬間、廃工場に潜んでいた全ての呼吸が刃のように鋭く揃う。


由宇は素早く前へ出て、塊状の影の間を滑るように移動する。桐野は低い姿勢で周囲を走査し、痕跡消去用の小型投擲機具を手早くセットする。安斎は無言で背後の死角を埋め、短剣を握る指先に力を込めた。羽瀬は端末越しに電子ノイズを注入し、敵の通信・センサーに断続的な混乱を生じさせる。


刹那は先陣を切り、廃材と鉄骨の影を利用して滑るように進む。彼女の刀先は暗がりを切り裂き、音もなく標的へと迫る。狙撃手はまだ息を潜め、次の一手を窺っている——だが、その視界に入るのは徐々に縮まる「狩りの輪」だけだった。


結城の解析機器が低いビープ音を立て、敵の以前使われた発信器の残留座標を赤く点滅させる。相良は迅速にその座標へ向かい、不可視のワイヤを解き、爆発や遠隔起動のトリガーを無力化していく。志水はデータチューブを指で撫で、感情フレームの歪みをリアルタイムで表示させ、狙撃手が抱える恐怖と集中の微差を露わにする。


刹那はその表示を一瞥すると、わずかに呼吸を整え、動く。影と影の間をすり抜けるように斬り込み、狙撃手の露出点を作る──その動きは冷静かつ的確で、無駄がなかった。


「由宇、右側の遮蔽を詰めろ。詩乃、投擲で視界を切れ。柾貴、排除の合図を待て」

羽瀬の短い声が無線に流れる。各員の動きは一体となり、狙撃手が狙いを外す余地を与えない。


わずか数秒、刹那の動線が開き、狙撃手の影が露出する。暗がりから飛び出した刹那の刃が一閃する——だが、その刃は致命ではない。的確に、相手の射線となる銃身と呼吸の自由を断つために当てられた。


「止まれ!」成瀬の低い声が廃工場に轟き、同時に詩乃の投擲が砂埃を舞い上げ、狙撃手の視界を完全に遮断する。


狙撃手は混乱し、慌てて体勢を崩す。刹那は迷わず、刃先で相手の武装を封じ、そのまま制圧の動作へ移行する。安斎が一歩前に出て、素早く相手の首筋に押さえをかけるように腕を廻す。数秒の格闘の末、相手は床に崩れ、武器は確保された。


無線には玲の短い承認が戻る。

「良し。拘束成功。速やかに移送・尋問チームに回せ。痕跡は消すな、全て回収する」


紫苑は朱音の肩に手を置き、静かに呟いた。

「大丈夫か、朱音」


朱音は震える声で小さく頷き、刹那を見上げると、そこにはいつもの冷静さと、どこか人間らしい柔らかさが混ざった表情があった。


刹那は目元を緩めず、だが短く答えた。

「終わりじゃない。次がある。行くぞ」


影班は即座に現場を固め、拘束者の摘発、デバイスと記録の保全、そして次の索敵へと移行していく。薄霧の中、刃の光と無線の短い断片だけが残り、夜は再び静かに息を整えた。


【時刻】2025年5月18日 午前3時52分

【場所】郊外・廃工場内・中央廊下


刹那たちの一連の動きが収束し、影班と服部一族が現場を固めた瞬間、玲は廃工場の暗闇をじっと見据えた。


瞳が鋭く光を捉える。微かな光の反射、壁のひび、埃に舞う粒子の揺らぎ——それらすべてが、彼の中で瞬時に解析され、潜む異常の痕跡を示すサインとなる。


「……何かいる」


玲の低い声が、無線越しに短く響く。刹那と由宇、詩乃は反応し、各々の視線を彼の指示に集中させる。


「全員、注意。まだ潜んでいる可能性がある。羽瀬、電子妨害の強化を」


羽瀬が端末を操作すると、建物内のセンサー網が微細に再構築され、玲の視界に映る“光の揺れ”を補足する形で、潜伏者の存在をデジタル表示として知らせる。


玲は一歩前に踏み出す。その瞳には冷静な鋭さと、影班・服部一族に託す信頼が同時に宿る。

暗がりの中、わずかな音、わずかな影、それらすべてが“次の行動”の指針となる。


「全員、配置につけ。次の動きは俺が合図する」


廃工場内に緊張が走る——玲の瞳が光を捉えたその先に、まだ見えぬ“敵の影”が潜んでいることを、誰よりも早く感知していた。


【時刻】2025年5月18日 午前3時57分

【場所】郊外・廃工場内・中央廊下


「S級、投入する」


玲の声が静寂を裂くように響いた瞬間、空間の奥で異様な気配が立ち上る。


──黒と銀の光が割れるように、空間そのものがねじれる。


現れたのはS級スペシャリスト、ヴェクター・ライア。コードネーム“静止領域ゼロ・モーション”。


その姿は人間離れしており、身にまとった黒銀の装甲は微細な光を反射し、周囲の時間感覚さえ揺らぐように見える。


「──時間を制御する。敵の動きは、この場で“止まる”」


ライアが手を掲げると、工場内の空気がねっとりと重くなり、埃や小さな破片がまるでスローモーションで舞う。敵の影がわずかに動いた瞬間、その動きは明らかに遅れ、分析され、即座に読み取られる。


玲は端末越しに各ユニットへ短く指示する。

「全員、ライアの展開に合わせて動け。敵の行動は読み切れる」


刹那、由宇、桐野、羽瀬——影班も服部一族も、瞬時に戦闘配置を再調整する。


時間の流れが微妙に制御される中、ヴェクター・ライアの存在が戦場を支配し、敵の潜伏や奇襲の隙を限りなく削ぎ落としていた。


──黒と銀の光が、静かに、しかし圧倒的な威圧を放つ。

これが、S級スペシャリストの力。


【時刻】2025年5月18日 午前3時59分

【場所】郊外・廃工場内・中央廊下


ヴェクター・ライアの声が低く響く。

「対象、特定。排除開始」


空間がねじれ、黒と銀の光が戦場を覆う。敵の動きはライアの結界によって鈍り、瞬間的に“見切れる”ようになった。


刹那が鋭い目で前方を見据え、焔切を握りしめる。

「了解……!行く!」


由宇は影の如く滑るように進み、敵の接近ルートを封鎖する。桐野は手元の短剣を軽く回し、周囲の気配を鋭く感知しながら警戒する。


羽瀬怜那は端末を操作し、敵の通信ノードを撹乱。

「妨害完了。敵、孤立状態に」


服部一族も静かに動き出し、朱音の安全圏を確保する。


──ライアの静止領域によって、戦場は時間の流れを微調整され、敵の行動は事前に予測される。

その瞬間、刹那の焔切が閃き、敵の一体を正確に仕留めた。


「排除完了」


ヴェクター・ライアは声だけで指示を続ける。

「次の標的、追跡開始──全ユニット、動きを同期せよ」


静止と加速が交錯する空間で、影班と服部一族の連携は完璧に機能していた。敵は次第に追い詰められ、逃げ場を失っていく。


【時刻】2025年5月18日 午前4時05分

【場所】郊外・廃工場内・中央廊下


ライアは微かに首を横に振った。

「まだ甘い……次の動きを予測、修正する」


空間を支配する黒銀の結界がさらに強まる。敵の微細な動き、わずかな呼吸の揺れまでが感知され、行動がライアの意思に沿うよう制御される。


刹那が焔切を構え、由宇が影のように側面を固める。桐野は短剣の先端で床を軽く叩き、気配を読み取りながら敵の逃走ルートを封鎖。


羽瀬怜那は端末でリアルタイムに敵通信を遮断し、混乱を与える。

「敵、完全に孤立。動き、制限下」


ライアの視線が廊下の奥に向けられる。そこには、わずかに反応を示すもう一体の敵の影。


「──対象、確認。動作制御開始」


静止領域が敵を包み込み、時間の流れが歪む。刹那の焔切が再び閃き、影のような動きを封じる。


「行くぞ」


影班と服部一族は同期し、確実に敵を追い詰めていった。ライアの微かな首の振りが、戦況の微調整の合図となる。


【時刻】2025年5月18日 午前4時12分

【場所】郊外・廃工場・中央廊下


玲の低く響く声が無線を通じ、全ユニットに伝わる。


「服部、影班、S級。合同殲滅戦、開始。コード名——《終域結線ラストリンク》」


空間が静寂を破り、緊張が一気に張り詰める。


刹那の焔切が光を裂き、成瀬由宇は影のように敵の背後を封鎖する。

桐野詩乃は敏捷な動きで廊下の角を抑え、羽瀬怜那が敵の通信と監視網を完全に遮断。


そして──

ヴェクター・ライアの展開する“静止領域”が廊下全体を覆い、敵の時間感覚を完全に操作する。


敵の動きが次々と止まり、微かな呼吸音さえも浮かび上がる。

「──対象、確認。行動制御下」


玲の眼差しが冷たく光る。

全員が一体となり、動かぬ影と化した敵を確実に追い詰めていった。


戦場のすべてが、今──《終域結線ラストリンク》に組み込まれた。


【時刻】2025年5月18日 午前4時17分

【場所】郊外・廃工場・中央廊下


静止領域に覆われた廊下──だが、玲たちが包囲を完了し、行動を開始しようとしたその瞬間、全てが空虚であることに気付いた。


「……いない?」刹那の声が、低く響く。


影班のメンバーたちも慎重に周囲を確認する。

成瀬由宇が静かに呟く。

「奴ら、完全に撤退してる……。待ち伏せか、それとも策か……」


ヴェクター・ライアの静止領域も、無意味に光を放つだけで、制御下にあるべき対象は存在しない。

廊下には、ただ冷たいコンクリートと静寂が残るのみだった。


玲は端末を握り締め、眉をひそめる。

「想定外だ……何者かが、私たちの一歩先を行っている」


廃工場内には、緊張の残滓だけが漂い、夜明け前の霧が薄く差し込む。

目に見えぬ敵の存在が、戦場を静かに支配していた。


了解です。修正して書き直します。



【時刻】2025年5月18日 午前4時25分

【場所】廃工場・中央廊下


朱音は紫苑に支えられ、かすかに目を開けた。

震える体を抱きしめる紫苑の腕に、彼女は小さくも安心した吐息を漏らす。


「……みんな……」朱音の声はかすかで、しかし確かに届く。


刹那がそっと膝をつき、彼女の視線に合わせる。

「大丈夫だ、朱音。俺たちがここにいる」


影班のメンバーも近づき、それぞれの視線を朱音に注ぐ。

成瀬由宇は静かに言った。

「今は安全だ。誰も、傷つけさせない」


紫苑は朱音の頭を優しく撫で、温かい眼差しを向ける。

「怖かったな……でも、もう大丈夫だ」


遠くで微かに工場内の霧が揺れ、戦いの余韻を静かに包む中、朱音は小さく頷いた。

冷えた空気に混ざる、安堵と静寂の瞬間だった。


【時刻】2025年5月18日 午前4時32分

【場所】廃工場・中央廊下/ロッジ作戦室(同報)


無線が短く震え、羽瀬怜那の声が冷静に、しかし確実な輪郭で入った。

「――敵の本拠地、座標特定。北緯35.6、東経139.7付近、旧港湾エリアの地下構造体。中継ノードと痕跡が集中しています。反応は今から三分前のログです。」


廃工場にいた一同が、反射的に気配を強める。玲は端末を睨み、指先で地図を拡大した。画面上に赤いピンが落ち、複数の接続線が放射状に延びている。結城の機器も同調し、微細残留物の採取座標と羽瀬の追跡データが整合したことを示した。


「旧港湾の地下構造体か……距離と交通を考えると、移動可能時間は短い」

玲は即座に判断を下す。声は低く、命令として明確だった。

「由宇、詩乃、刹那、直ちにルートD5から撤収。二手に分かれて旧港湾へ向かえ。羽瀬、通信ルートの追跡は継続。結城、物的痕跡の現場保存を最優先。相良、証拠の保全を頼む。紫苑、朱音はロッジへ。移送を指示する。」


由宇が短く返す。

「了解。封鎖線を残して移動開始。移送は最短ルートで。残ったユニットはここを固める。」


志水はデータチューブを手早く差し替え、感情フレームの同期を維持したまま告げる。

「敵本拠地では心理誘導装置が稼働している痕跡が濃い。ユウキ・ユウタの解析を優先して、現場での即時対処が必要だ。」


コウキが端末を叩きつつ付け加える。

「中継ノード三箇所を同時追跡すれば、発信源の自動追尾が可能。だが相手は消去装置を持っている。時間勝負だ。」


一瞬の沈黙の後、玲は全員を見渡すように無線に向き直る。

「《終域結線》はまだ終わっていない。全員、速やかに移動。だが急ぎすぎるな。証拠は必ず回収してこい。行くぞ。」


無線越しに次々と短い返事が返り、影班と服部一族、解析チームが瞬時に役割を再編して動き出した。廃工場の冷たい空気の中、赤いピンが示す旧港湾へと、彼らの影が細く伸びていく。


【時刻】2025年5月18日 午前4時40分

【場所】旧港湾エリア・地下構造体侵入口付近/ロッジ作戦室(同報)


無線の最後の一言が流れると、空気がほんの一瞬凍ったように静まった。

「S級、解放。“イヴ・アシュレー”を現場へ――」


薄暗いトンネルの入口に、黒と銀の光とは異なる、柔らかくおぼろな蒼白の霧が湧き上がる。そこから歩み出したのは、細身の女だった。長い髪は夜の光を吸い込み、瞳は深い湖の底のように静かで底知れない。白いコートの裾にわずかな埃がつくほど、彼女は歩を止めない。


■S級スペシャリスト:イヴ・アシュレー(コードネーム:夢語り)

・専門:深層記憶幻想型拷問/情報抽出のプロフェッショナル

・特性:対象の記憶層に入り込み、幻想空間の中で真実を引き出す“記憶誘導師”。精神の最深部を扱う技術は極めて強力だが、使用には慎重を要する。


彼女はゆっくりと隊列を見渡すと、無造作に拳をほどき、そっと微笑んだ。

「沈黙は、わたしが破るわ」──声は甘く、しかし刃のように鋭かった。


刹那が一歩前に出て軽く礼をする。由宇と桐野は互いに目を合わせ、短い確信を交わす。だが、安斎の顔には僅かな陰が落ちた。精神の深奥に踏み込む技は、得られるものの大きさと同じだけ、代償の重さを伴う。


玲は端末の画面を見つめ、冷静に命じた。

「現場での使用ルールは厳守。即時報告、第三者の観察を付ける。君の判断で記憶層に入るが、“保全”が最優先だ。了解か?」


イヴは目を細め、軽く頷く。

「了解。壊すつもりはない。引き出して示すだけ――真実を、外へ出す。」


作戦は静かに動き出す。

イヴの一歩が地下の闇へ吸い込まれるとき、影班と解析チームの間に緊張と期待が同時に広がった。沈黙の深淵に、これから誰が光を当てるのか――答えは、彼女の掌の中に委ねられていった。


【時刻】2025年5月18日 午前4時57分

【場所】旧港湾エリア・地下構造体内部/イヴ・アシュレー作業空間


イヴ・アシュレーは深い呼吸を整えると、掌を前に差し出し、視線を閉じた。周囲の空気は微かに揺れ、青白い光が床や壁に反射する。彼女の意識は既に、対象の深層記憶──“記憶の檻”の中に入り込んでいた。


──そこに浮かんだのは、十年前の倉庫事件の断片映像。

埃にまみれた倉庫の内部、暗い角にうずくまる影、そして静かに封じられた少年の姿。映像は完全ではなく、ところどころが途切れ、視界は歪んでいる。それでも、イヴは迷わずその核心に触れる。


「……なるほど、これが封印された真実……」


彼女は記憶層のさらに奥に手を伸ばすと、少年の名前──“ユウキ”──ではなく、もうひとつのコードネームが浮かび上がった。


Ω-Realmオメガレルム


イヴは息を吐き、瞳を開いた。薄く微笑みながらも、その眼差しは鋭く、周囲の解析班に向けて告げる。


「対象の本名ではなく、管理上のコードネーム──Ω-Realm。これが封印された存在の識別子。ここまで情報が散逸していたのは、誰かが意図的に隠蔽したからね。」


玲はタブレットの画面に目を落とし、眉をひそめる。

「“Ω-Realm”……。ならば、この少年に関わる情報はすべて、上層部の手で操作されてきた可能性が高い。」


安斎柾貴は低く唸った。

「つまり、ただの記録改ざんじゃない。精神干渉、隠蔽、偽名管理……完璧に仕組まれていたということか」


イヴは掌を軽く握り、記憶の層から引きずり出した映像を壁に投影する。

映像には、少年が影に隠され、監視され、手順通りに動かされる様子が断片的に映る。


「……真実の断片はここにある。後は君たちが組み立てるだけ」


夜明け前の地下、蒼白い光に映し出された映像の中で、封印された少年──Ω-Realm──の存在が、ついに浮かび上がった。


【時刻】2025年5月18日 午前5時12分

【場所】旧港湾エリア・地下構造体入口


影班の無線から、成瀬由宇の落ち着いた声が響いた。


「玲、本部。対象、確認。微弱な熱源と音信が一致。Ω-Realm、間違いなく同一個体です」


桐野詩乃も端末越しに続ける。

「周囲に警戒網展開。移動痕跡は確認済み。現状、敵の追跡者はなし」


安斎柾貴が低く一言。

「だが、油断はできない。これまでの経過からして、複数の監視や干渉が同時に動く可能性がある」


玲は画面を凝視し、淡い光に映る地下マップを指でなぞる。

「全ユニット、位置確認。Ω-Realmの安全確保を最優先。結城、朔夜、周囲の痕跡を精査して、隠れた装置や干渉源を検知せよ」


羽瀬怜那が無線で即応。

「了解、監視系ノードの電波解析開始。動き次第で妨害信号を遮断します」


イヴ・アシュレーは静かに付け加える。

「記憶誘導はこの場で完了。あとは、物理的に対象を捕捉する手順へ移行できる」


玲は深呼吸をひとつ置き、全員に告げた。

「よし。影班、服部一族、そしてS級……合同でΩ-Realmの確保に移行。コード名《ラストリンク・フェイズⅡ》開始」


地下の空気が一瞬、緊張に包まれ、静かな光の中で各ユニットの動きが連動し始めた。


【時刻】2025年5月18日 午前5時20分

【場所】旧港湾エリア・地下構造体・制御層アクセスハブ(ロッジ作戦室同報)


無線が一瞬だけ静寂を切り裂き、新たな声が作戦室に流れ込んだ。低く、確信に満ちた英語訛りの声——


■S級スペシャリスト・グラント=ロウ(コード名:絶対制圧)到着報告

・専門:戦略妨害/制御中枢ハッキング/広域戦闘干渉

・特性:対象システムへ無力化ウイルスを即時展開し、防衛機構を掌握する「戦術クラッカー」


画面に飛んだ位置情報と、グラントの短い宣言が同期して表示される。彼は既に制御層の物理コンソール前に立ち、特殊遮断ノードを差し込むと同時に端末を打ち鳴らした。


「破壊準備、阻止する。制御系統、こちらに移行完了。反転開始」


言い終えるや否や、遠隔で配備されていた複数の防御サブシステムがグラント側の制御下へと移行し、旧港湾の地下構造体に張り巡らされた“自己破壊プロトコル”やログ消去ルーチンが一つずつ白く点滅して停止していく。スクリーン上の赤いカウントダウンが凍り、消えた。


羽瀬怜那の端末に、即座に解析フィードが流入する。

「制御奪取を確認。中央破壊トリガーは無効化。逆に相手のノードを隔離、追跡が容易になった。」


結城朔夜が現場の残留反応を再スキャンし、低く呟く。

「破壊信号の発信元が反転され、逆追跡ラインに切り替わった。これで誘導元の特定が可能になる。」


玲は冷静に応答する。

「よし、グラント。制御を維持しつつ、発信元の完全抽出を優先する。イヴ、ユウキの安全圏を確保しろ。影班、服部一族は即時待機、反転ラインに沿って追跡を開始。」


グラントは淡々と指示を返す。

「了解。ネットワークの深層へ潜り込み、残存トラップを逆利用する。データは漏らさない。始める。」


制御系が反転したことで、地下構造体内部の“見えない罠”は逆に露出し、影班の追跡は一気に有利へと傾いた。ロッジの作戦室には、短いが確実な安堵が広がる——だが、誰も油断はしない。制御を奪った瞬間こそ、最も反撃が来やすいことを彼らは知っているからだ。


【時刻】2025年5月18日 午前5時45分

【場所】旧港湾地下構造体・最深層・記憶核コア内部


薄暗い通路を抜け、玲たちは最深層の記憶核コアへと足を踏み入れた。冷たい金属の壁面に、無数のケーブルと透明なパネルが整然と並ぶ。微かな電子ノイズが空気を震わせ、床の光センサーが足元の動きを捉えて青白く反応する。


「ここが……コアか」

玲は静かに呟き、周囲の機器に視線を巡らせる。


結城朔夜が小型分析機器を手に、床や壁に残る微細な残留エネルギーを検知する。

「痕跡はここだ。過去に介入されたデータ経路が複数残っている。記録改ざんの履歴を全て抽出可能だ。」


志水陽葵はデータチューブを手に、玲の横で解析を開始する。

「対象の感情痕跡も同時に確認する。ここで操作された記憶の“痛み”や“恐怖”はすぐに特定できる。」


朝倉隼人は神経インターフェースを介し、遠隔でユウキの脳構造と記憶コアのデータをリンクさせる。

「時間軸の歪みを補正する。順序が崩れた記憶を再構築する。」


玲は深呼吸をひとつして、全員に指示する。

「全ユニット、集中。ここから先は“記録の核”だ。誰かの一瞬の判断ミスが全てを狂わせる。ユウキとΩ-Realmの安全を最優先に。」


羽瀬怜那が通信機越しに報告する。

「影班全ユニット、最深層へのアクセスラインを確保。侵入経路は完全に遮断済み。」


空間に張り巡らされた光線や機械の警告音が、わずかに赤く点滅する。だが、玲たちは動じず、ひとつずつ階層を突破していく。

静寂の中、記憶核コアの中心に、まだ眠る“真実”が彼らを待っていた。


【時刻】2025年5月18日 午前5時52分

【場所】旧港湾地下構造体・最深層・記憶核コア内部


結城朔夜が手にした小型分析機器の画面が光を帯びる。床や壁の残留エネルギーが次々と数値化され、データベースが復旧される様子が一目でわかる。


「記憶核のデータベースは完全に復旧しました」

結城は低く報告した。

「十年前の事件の真相が、これで映し出されます」


志水陽葵がデータチューブを握り、解析端末に接続する。

「感情痕跡も復元済み。痛み、恐怖、混乱……すべて可視化されています。これで誰が何をしたのか、逃げ場のない証拠が手に入る」


朝倉隼人は神経インターフェース越しにユウキの脳構造と同期し、記憶の時間軸を整える。

「順序が崩れていた記憶も再構築完了。十年前の“断片”が今、連続した映像として浮かび上がる」


玲は全員を見渡し、静かに声をかける。

「各ユニット、注意。今から観るのは過去の事実だ。真実を曲げず、正確に記録しろ。誰の行動も見落とすな」


空間を満たす電子音と光の中、コア内部の映像スクリーンに、封印されていた事件の瞬間が鮮明に浮かび上がった。

十年前の真実が、今まさに全員の目の前で甦ろうとしている。


【時刻】2025年5月18日 午前7時15分

【場所】佐々木家 ロッジ前


朝霧がまだ薄く残るロッジ前。影班の精鋭たち、服部一族、そしてS級スペシャリストたちは、任務を終え無事に帰還していた。地面には昨夜の戦闘の痕跡はほとんど残っていない。


成瀬由宇が静かに銃を下ろし、冷静な目で仲間たちを見渡す。

「全員無事か。無理はするなよ」


服部紫苑は朱音を抱きかかえながら微かに頷く。

「これで安心だ。もう危険はない」


ヴェクター・ライアは黒と銀の装甲を整えつつ、空間に残る微細な歪みを確認する。

「異常なし。戦闘干渉も完全に収束した」


イヴ・アシュレーは静かに口を開く。

「精神干渉の痕跡も全て消去完了。ユウキの記憶は、今や保護下にある」


朱音は母・沙耶の手を握り、目を輝かせて微笑む。

「みんな、帰ってきてくれてありがとう……」


玲は深く息をつき、仲間たちの顔を順に見渡した。

「これで一件落着だ。だが、今回の真実は、忘れてはいけない——必ず、記録として残す」


風が森を揺らし、朝日の光がロッジを柔らかく照らす。静かな平穏が、ようやく皆の上に戻ってきた瞬間だった。


【時刻】2025年5月下旬

【場所】佐々木家 ロッジ内/各地の報道機関


十年前の倉庫事件と黒曜事件の真相が、公式に公表された。隠されていた事実、改ざんされた記録、封印されていた証拠——すべてが明るみに出る。


新聞やニュースは一斉に報じ、世間は衝撃と共に事件の全貌を知ることとなる。関係者は法の裁きを受け、社会的責任も追及されていった。


ロッジのリビングでは、朱音がスケッチブックを抱きしめながら静かに窓の外を見つめる。

「……全部、わかったんだね」


玲は窓際に立ち、暖かな光に照らされる森を見渡す。

「そうだ。真実は、隠すことはできない。今、やっと平穏が訪れた」


沙耶が朱音の肩に手を置く。

「これからは、家族みんなで普通に暮らせるわね」


影班のメンバーたちも、それぞれに安堵の表情を浮かべる。

成瀬由宇は静かに笑みを浮かべ、桐野詩乃は微かな頷きを返す。安斎柾貴は遠くを見つめ、思索を巡らせていた。


玲は最後に、端末を閉じ、深呼吸を一つ。

「過去を乗り越え、守るべきものを守った——これが、俺たちの記録だ」


静寂と安らぎの中、ロッジに穏やかな朝が訪れた。遠くの森からは、かすかに小鳥のさえずりが聞こえる。


十年間の謎と混乱は終わりを告げ、守られた希望と家族の絆が、静かに未来へとつながっていく。


【時刻】2025年5月下旬・夕暮れ

【場所】佐々木家 ロッジ


夕暮れの淡い光が、ロッジの窓から差し込み、床に長く影を落としていた。森の風がそよぎ、鳥のさえずりが静かに響く。


朱音はソファに腰を下ろし、スケッチブックに向かって絵を描いていた。鉛筆を滑らせる手元には、先日の戦いの影も、事件の記憶もなく、ただ平穏な日常が広がる。


玲は窓際に立ち、外の森を静かに見つめる。

「やっと、落ち着いたか……」


沙耶は朱音の隣に座り、肩に手を置いた。

「これからは、家族みんなで過ごせる時間ね」


影班の成瀬由宇と桐野詩乃、安斎柾貴も、庭先で軽く笑みを交わす。長い戦いの疲労は残るが、表情には安堵と満足があった。


玲は深呼吸を一つし、部屋の仲間たちを見渡す。

「過去は終わった。大切なのは、今ここにあるものだ」


沈む夕日が、ロッジの木漏れ日に反射して柔らかく揺れる。

戦いと謎に包まれた日々は終わり、守られた希望が静かにロッジを包み込んでいた。

件名: ありがとう、玲さん


本文:

玲さんへ


この前は、わたしのせいで大変なことになったのに、助けてくれて本当にありがとう (´;ω;`)

玲さんがいてくれたから、みんな無事でいられたんだと思います (^_^)


事件が終わって、家族やみんなが安心できるのも、玲さんのおかげです m(_ _)m

わたし、玲さんみたいな人になりたいなって思いました (´▽`)


本当にありがとう!


朱音より ^^

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