32話 黒曜事件
黒曜事件 登場人物紹介(2025年版)
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影班
•玲
指揮官。冷静沈着で高い戦術眼を持つ。影班の責任者として、朱音の護衛と黒曜事件の真相解明を統括。
•成瀬 由宇
前線監視担当。影を読む目を持つ戦闘エキスパート。冷徹な判断力と柔軟な行動でチームを支える。
•桐野 詩乃
毒物・痕跡消去担当。忍耐と冷静さを兼ね備え、戦闘時には高い精密技術を発揮。
•安斎 柾貴
精神干渉・接近戦担当。冷酷かつ効率的に敵を排除する“裏の専門家”。
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SP・エリートスペシャリスト
•三宅 翔
元警護官。格闘・射撃の達人で、チームの盾役。
•早川 未来
情報収集・潜入担当。冷静沈着で戦術支援に長ける。
•霧島
元軍人・特殊作戦経験者。状況判断に優れ、戦闘・防御の要。
•白井 蓮
冷静なスナイパー。距離感と風を読む達人。
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忍び・戸隠流関係者
•雪乃
戸隠流霊術士。霊的障壁・記録封印を扱う専門家。
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科学・技術関係
•白砂 想
独立系記憶工学研究者。ゼロ地点開発者。記録と記憶の解析のスペシャリスト。
•白砂 悠
想の兄。戦闘・護衛・戦術の実務担当。
•御影 尚志
元公安技術班。暗号解析担当。
•水無瀬 透
深層記憶解析スペシャリスト。封印された記憶の復元担当。
•九条 凛
心理干渉分析官。抹消された記憶の復元・精神サポート担当。
•ユリ
データ解析・情報統合担当。端末操作で記憶データの再現を補助。
•御子柴 理央
記憶・映像解析担当。デジタル証拠と霊的映像の統合を行う。
•如月 迅
端末操作・暗号解析補助。
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黒曜事件関連
•内部組織コード:S7
事件の命令元。記録改ざんと精神干渉の上層部。
•霧島誠一郎
S7に関与した上級指揮官。記録改ざんの核となる人物。
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一般・その他
•朱音
被護者。影班の守る対象。記憶や証拠に関わる鍵となる存在。
場所:ロッジ・リビング
時間:2025年10月15日 夜
夜の静けさが深く森を包み込み、冷たい空気がロッジの窓ガラスを曇らせていた。暖炉の炎が赤々と揺れ、薪のはぜる音が室内に心地よく響く。柔らかな橙色の光が壁に影を落とし、散乱した地図や資料、冷めたコーヒーカップがそのまま置かれている。
玲は暖炉の前に立ち、長い任務の疲労を隠しながらも鋭い視線を影班に向けた。由宇はソファに深く腰掛け、詩乃は椅子に背を預け、柾貴は腕を組んで静かに立つ。
「この任務が終わったわけではない。真実は、まだ闇の中だ。」玲の低く重い声が、リビングの静寂を震わせる。
由宇が眉を寄せ、短く呟く。
「……だから俺たちは、守るんだな。」
詩乃は小さく頷き、手元の資料に目を落としながらも声を絞り出す。
「記憶の奥底に何があるか、まだ誰も知らない。でも、逃げはしない。」
柾貴は冷たい瞳を玲に向け、無言で力強く頷く。
「……行動するだけだ。」
玲はゆっくりと息をつき、暖炉の炎を見つめる。
「すべては、失われた記憶と、それを取り戻すための戦い――。始まったばかりだ。」
外の風が窓越しに吹き込み、森のざわめきが微かに重なった。夜は深いが、ロッジの中には確かな決意と覚悟が満ちていた。
場所:ロッジ・書斎
時間:2025年10月15日 夜
玲は机の前に立ち、未解決事件のファイルや写真、散乱するメモに鋭い視線を注いでいた。机上のランプが紙の端をほんのり照らし、写真の影を壁に落としている。
由宇が静かに隣に立ち、書類を覗き込む。
「……あの現場、まだ何か隠されてる。俺の直感だが、全貌は見えていない。」
詩乃は手元のメモに指を滑らせ、低い声で呟いた。
「情報が散らばっている。記憶誘導の痕跡も、完全には消せていない。誰かが見落としている。」
柾貴は腕を組み、無表情ながら確信を込めて言う。
「隠された真実を暴くには、まず誰がそれを操作したかを突き止めるしかない。」
玲は息を整え、ゆっくりと端末を手に取る。
「……時間との勝負だ。すべての記憶の座標を追う。失われた真実を、俺たちで取り戻す。」
窓の外、夜の森が静かに揺れ、冷たい風がわずかに室内を撫でる。深い闇の中、影班の決意が、ひそやかに、しかし確実に息づいていた。
桐野詩乃は震える指先で資料の一枚を掴み、鋭い眼差しで言葉を吐き出した。
「……これ、やっぱりただの記録じゃない。誰かが意図的に配置した痕跡が残ってる。見えないところで、操作されている。」
由宇がそっと覗き込み、低く呟く。
「……やはり、俺の直感は間違ってなかったか。」
柾貴は腕を組んだまま静かに言う。
「表面の事象だけ追っても意味がない。裏側の仕組みまで読み解く必要がある。」
玲は端末の画面を指で撫で、冷静な声で答える。
「誰が、何のために、記憶を操ろうとしているのか……。その真相を、この手で解き明かす。」
暖炉の炎が揺れ、壁に影を落とす。静寂の中、影班の心は確かな決意で結ばれていた。
場所:旧市街・黒曜アパート一室
時間:2025年10月15日 夜
影班が足を踏み入れたのは、黒曜事件に関連するとされる古びたアパートの一室だった。壁のペンキは剥がれ、埃が静かに積もる空間に、長年閉ざされた時間の匂いが漂っている。
由宇が低く声を潜める。
「……何年放置されてるんだ、ここ。」
詩乃は慎重に足を進めながら、床の埃を蹴らないよう注意する。
「情報によれば、ここで最後に目撃された記憶操作の装置の残滓があるはず……」
柾貴は壁に耳を近づけ、外部からの微かな音も見逃さない。
「警戒だ。誰かがまだ潜んでいる可能性がある。」
玲は静かに部屋の中心へ進み、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「足跡、痕跡、全て確認する。ここに眠る“記憶の真実”を、確実に洗い出す。」
窓から差し込む月明かりが、埃に舞う光の粒を浮かび上がらせ、静かな緊張をより一層際立たせていた。
「……異常な信号、確認。ここ、何か残ってる……」
奈々の声は小さく、だが確実に緊張感を伴って響く。
ライトの光が壁や床に跳ね、埃まみれの室内を切り裂くように走る。
玲は一歩前に進み、腕を組みながら冷静に観察する。
「動く痕跡はまだない。だが、記憶操作の痕跡は残る。慎重にな……全員、足音は抑えて。」
柾貴は静かに床を踏み、影のように奈々の隣に立った。
「信号と感覚の両方で確認だ。油断は許されない。」
由宇は高い位置から窓の外を見渡し、低い声で呟く。
「外部からの監視は今のところなし。だが、この静けさは逆に危険だ。」
詩乃は指先で埃をなぞりながら、冷静に分析を加える。
「……この部屋、最後に使われたのは十年以上前。その時の痕跡が、まだ残っている……」
影班の全員が、静寂に包まれたアパートの一室で、呼吸を合わせるように動いた。
失われた記憶の断片が、今まさに浮かび上がろうとしている――。
玲は壁際の古びた机に置かれた箱をそっと見つめ、無言のまま指先で埃を払い落とした。
箱に触れた瞬間、微かに冷たい感触が指先に伝わる。
「……中身を確認する。」
玲の声は低く、抑えられた緊張を帯びていた。
柾貴がそっと隣に立ち、刃先を隠すように手を組む。
「慎重に。罠かもしれない。」
由宇は上方から周囲を警戒し、窓の外の影を注意深く睨む。
詩乃は手袋を嵌め、箱の角を指先で確かめながら、そっと呟いた。
「……開けた瞬間、全てが変わるかもしれないわね。」
奈々はライトの光を箱の上に集中させ、闇に潜む微細な痕跡を探す。
「ここには何か、残されている。……記憶の欠片、あるはず。」
玲は深く息をつき、静かに箱の蓋に手をかけた。
その指先に、過去の事件の重みがひそかに伝わる。
空気が張り詰め、部屋の中の時間が一瞬止まったかのようだった――。
玲はそっと箱の中身を見下ろす。
「……写真、手紙、そして鍵か。」
詩乃がひとつひとつに指先をかざし、微かに息を漏らす。
「時代を隔てた記憶が、ここに残されている……。」
柾貴はその鍵を手に取り、鋭い目で観察する。
「……開けるべき扉がある、ということか。」
由宇は窓の外を一瞥し、低く呟いた。
「気を抜くな。誰かがこの部屋を、いやこの鍵を狙っているかもしれない。」
奈々は写真に目を落とし、光の反射を利用して文字や模様を確認する。
「……封じられた記憶の手がかりかもしれないわね。」
玲は鍵を握り、静かに息をついた。
「ならば、行くしかない。真実の扉を――開けるんだ。」
部屋の空気が緊張に満ち、影班の全員の視線が鍵に集中する。
その瞬間、過去と現在がひそやかに交差した――。
【時間】2025年10月15日 午後9時30分
【場所】ロッジ・リビング
暖炉の炎が赤々と揺れる中、玲はソファの前に置かれた資料と端末を並べ、無言で映像の断片を何度も再生していた。
「……ここの角度、前回とは微妙に違う。」
玲は端末の画面を指でなぞりながら呟く。
桐野詩乃が立ち上がり、コーヒーカップを片手に寄る。
「玲、何を見つけたの?」
玲は顔を上げず、低く答える。
「記憶誘導の痕跡だ。映像のわずかな揺れ……通常ではありえないパターンがある。」
成瀬由宇が背後から覗き込み、静かに言った。
「誰かが意図的に操作しているな。目に見えない力で、過去を差し替えようとしている。」
安斎柾貴は腕を組み、端末の画面に目を細める。
「……なら、どこから操作されているかを割り出す必要がある。」
玲は一瞬だけ目を伏せ、再び資料に目を落とした。
「……奴らは記録だけでなく、記憶そのものに触れてくる。油断はできない。」
奈々が端末の横で眉をひそめ、指でデータの流れを追う。
「玲、ここだ。信号の歪みが複数地点で交差している。発信源を特定できれば……」
玲はゆっくりと頷き、低い声で締めくくった。
「……ならば行く。今日の夜に、真実の一端を掴むために。」
リビングに静かな緊張が広がり、暖炉の炎だけがその決意を照らしていた。
【時間】2025年10月15日 午後10時15分
【場所】ロッジ・リビング
玲は端末の前に座り、映像を何度も巻き戻しては再生を繰り返した。黒曜事件の現場、淡く揺れる蛍光灯、崩れた壁の陰――一瞬の光景も逃さず観察する。
「……ここだ。手首の位置、微妙に異なる。」
指先で画面をなぞりながら呟く玲。
桐野詩乃がそっと寄り、息を殺して画面を覗き込む。
「玲、これ……ただの偶然じゃない?」
「偶然ならば、こんな痕跡は残らない。」
玲の声は低く、しかし確固たる決意を帯びている。
成瀬由宇が背後から静かに声を掛けた。
「操作のパターンが読み取れる。やつらは単に過去を見ているのではなく、記憶そのものに干渉している。」
安斎柾貴は腕を組み、冷静に指摘した。
「映像の揺れ……物理的にはあり得ない。誰かが遠隔操作している。」
玲はしばし黙り込み、映像の微細な動きに目を凝らす。
「……奴らは、記録だけでなく“記憶”そのものを操作してくる。これは、単なる映像解析では解決できない。」
奈々がタブレットに指を滑らせ、複数の信号の流れを表示させる。
「玲、歪みの交差地点を確認。発信源を特定すれば、接触地点も割り出せる。」
玲は深く息を吸い、目を閉じて決意を固めた。
「……よし。夜が更ける前に、真実を取り戻す。全員、準備はいいか。」
ロッジの静寂を切り裂くように、暖炉の炎がぱちりと弾け、緊張の夜が動き出した。
【時間】2025年10月16日 午後8時30分
【場所】黒曜事件関連・古びたアパート
夜の闇がアパートの外壁を覆い、月明かりが割れた窓ガラスから薄く差し込む。玲たちは無言のまま、入り口前に立ち止まった。冷たい風が埃を巻き上げ、古い木製ドアが軋む。
「状況は変わっていない……だが、気配は濃くなっている。」
玲は低く呟き、手袋を指で調整しながら扉を押した。
成瀬由宇は高所に飛び乗り、屋内を俯瞰で監視する。
「死角が少ない。だが、罠の匂いがある。」
桐野詩乃は静かに背後の壁に手を沿わせ、埃や微かな痕跡を指先で感じ取る。
「前回よりも痕跡が濃い……誰かが待っている。」
安斎柾貴は両手を組み、影のように壁際を進む。
「無駄な動きは禁物。ここは、記憶を操作された者の最後の痕跡が残る場所だ。」
玲は微かに息を吐き、指示を出す。
「全員、各位置に展開。目標は、前回確認した“赤いリボンの痕跡”だ。慎重に。」
空気が静まり返る中、微かな足音と床の軋む音だけが響く。
「……来るぞ。」玲の声が低く、鋭く、仲間たちの背筋を引き締めた。
闇の中、彼らは再び記憶の迷宮に足を踏み入れた――あの日と同じ、静かで危険な戦場へ。
【時間】2025年10月16日 午後8時45分
【場所】古びたアパート内部
静まり返った室内に、かすかな電子音が反響する。玲はその音に微かに眉を寄せ、機器に視線を落とした。
「……再生されるか。」
低く呟くと、古いレコーダーから断片的な声が漏れ出した。かすれ、途切れ途切れの音声。
桐野詩乃がライトを握り直し、音源に近づく。
「誰かの声……だが、明瞭ではない。」
由宇は天井付近から視線を走らせ、部屋全体を警戒する。
「声の方向を追え……。罠の可能性もある。」
安斎は黙ったまま、機器の脇で刃先を握りしめる。
「確認するのは音声だけではない。痕跡と周囲の気配も同時に読む。」
玲はゆっくりと再生ボタンを押す。途切れ途切れの声が、過去の記憶を切り取ったように室内に流れた。
「……聞け。これは消されるはずだった記録だ。」
部屋の空気が一層重くなり、影班の心に緊張が走る。
「来るぞ……奴らは、この音に反応しているはずだ。」
その瞬間、微かな風が室内をかすめ、扉の向こうから静かに何かが動く気配がした。
【時間】2025年10月16日 午後9時12分
【場所】旧アパート 通信分析室(仮設)
低いノイズが室内を支配していた。古びた壁の向こうでは雨粒が窓を叩き、わずかに軋む音が響く。
水無瀬透は机に並べられた通信機器の前で、集中したまま指を止めなかった。
「……周波数、違う……。反応帯域を一段階ずらす。」
彼の声は淡々としているが、その奥には確信のような鋭さが潜んでいた。
ノイズが一瞬途切れ、代わりに不明瞭な声が混ざる。
「――……認証……リボン……実行、時刻は――」
奈々が即座に振り向く。
「今の、聞こえた? “リボン”って言ったわよね?」
玲が黙って頷く。冷たい瞳が、機器の表示をじっと見据えた。
「解析を続けろ。座標データを含んでいる可能性がある。」
透はダイヤルをわずかに回し、波形の山を細かく追っていく。
音が一瞬、明瞭になった。
「……黒曜計画、実行段階。対象は――」
その声が途切れた瞬間、室内の照明が一斉に瞬きをし、ノイズが爆発的に跳ね上がる。
詩乃が息を呑んだ。
「……通信が切られた。誰かが、逆探知してる!」
玲は即座に指示を出す。
「透、通信遮断を。奈々、外部波を監視。由宇、周囲警戒だ。」
水無瀬は冷静に頷き、指先を走らせた。
「……了解。遮断完了。残響データを確保、解析に回す。」
やがて、残ったノイズの奥から、ひとつの言葉だけが再び浮かび上がった。
――“朱音”。
その瞬間、全員の動きが止まった。
玲の表情がわずかに変わり、静かに呟いた。
「……やはり、繋がっているのか。」
【時間】2025年10月16日 午後9時18分
【場所】旧アパート 通信分析室前の廊下
湿った木の床が、わずかに軋んだ。
全員が反射的に顔を上げる。暖色の蛍光灯が一瞬だけちらつき、室内の空気が張りつめた。
由宇が誰よりも早く反応した。
無音のまま腰を上げ、懐から小型のサプレッサー付き拳銃を抜き取る。
彼の動きには一切の迷いがない。
「……足音、二つ。間隔が不自然だ。警戒しろ。」
詩乃が素早く照明を落とし、室内が闇に沈む。
玲は暖炉の明かりに似たランタンを掴み、最低限の光を残した。
奈々はノートPCを閉じ、手元の小型端末で外部カメラの映像を呼び出す。
「……廊下の映像、出す。――動いてる、影がひとつ……いや、二人目も。」
声がかすかに震えていた。
玲は冷静な口調で指示を出す。
「由宇、扉の横に。詩乃、背後をカバー。柾貴は朱音を守れ。」
柾貴は即座に頷き、隣室にいる朱音の方へ視線を走らせる。
静寂の中、足音が近づく――ゆっくりと、しかし確実に。
金属の軋む音が響き、ドアノブがわずかに動いた。
その瞬間、由宇が息を殺して構える。
扉の向こうから、男の低い声が漏れた。
「……玲探偵。聞こえているなら、撃たないでくれ。」
玲の眉がわずかに動く。
聞き覚えのある声――だが、確信を持てなかった。
「名を名乗れ。」
「K部門の……篠原だ。」
一瞬、空気が変わる。
由宇の指がわずかに引き金から離れ、玲がゆっくりと頷いた。
「――入れ。」
扉が開き、濡れたコートを羽織った男が姿を現した。
その目には疲労と、そして何かを告げる覚悟が宿っていた。
玲は鋭く問いかける。
「ここに何の用だ、篠原。」
男は息を整え、重く口を開いた。
「黒曜事件の“真の報告書”が見つかった。だが――消される前に、君たちに渡さなければならなかった。」
【時間】2025年10月16日 午後9時20分
【場所】旧アパート 通信分析室前
篠原が差し出したのは、厚みのある茶色の封筒だった。封筒の端には古いワックス印が残り、かすかに埃を纏っている。
玲は慎重に封を切り、慎重に中身を取り出した。
中には以下の資料が揃っていた。
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1.写真類
•2005年当時の廃工場内部のモノクロ写真
•被害者や目撃者の姿を捉えたものだが、多くが部分的に破損または塗りつぶされている
•赤いリボンが何箇所かに写り、異常な配置が示されている
2.手書きメモ
•当時の捜査官のメモと思われるもの
•「座標記憶」「意図的抹消」「メモリー・ガイド」などの記録が散見される
•文字の色が微妙に異なり、後から追記された痕跡もある
3.USBドライブ
•暗号化されており、アクセスには特殊なキーが必要
•内部には映像データと音声ログ、分析レポートのPDFが含まれる
•映像には倉庫事件で消された人物、消去されかけた記憶の断片が鮮明に残っている
4.封印の手紙
•「これは最終報告書。真実を伝えられるのは、影班のみ」
•筆跡は複数存在し、最終署名は消えかかっている
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玲は一枚ずつ資料を確認しながら呟く。
「……これは……単なる未解決事件の資料じゃない。記憶操作、記録抹消、その痕跡まで含まれている。……つまり、全てが操作されていた。」
詩乃が小さく息を吐く。
「……こんなにも、巧妙に……」
由宇は封筒の奥を覗き込み、冷静な声で言った。
「……奴らは、誰にも証拠を残さないつもりだった。ここまで徹底して消すとは……」
篠原が低く告げる。
「だから、君たちに渡すしかなかった。これを握っていれば、記憶操作の痕跡も辿れるはずだ。」
玲は頷き、封筒を机の上に慎重に置く。
「……よし。全て確認しよう。ここから、黒曜事件の“真実”を洗い出す。」
窓の外の霧が微かに揺れる。
夜は深く、だが室内の緊張はさらに濃くなっていた。
【時間】2025年10月16日 午後9時45分
【場所】ロッジ・作戦指揮室
奈々がタブレットを差し出し、画面の情報を低い声で報告する。
「……黒曜事件に関連するデータが、旧整備局地下施設から断続的に発信されています。位置は東区、異常信号と一致。」
玲は資料を手に取り、画面の光に目を細めた。
沈黙の後、低く、しかし迷いのない声で指示を出す。
「影班、全員集合。表の部隊は監視と封鎖。裏の部隊は信号源を叩く。」
由宇が頷き、窓際に立ちながら静かに確認する。
「敵は警戒を解いていません。進入は必ず慎重に。」
詩乃はライトを握りしめ、冷静な声で答える。
「痕跡は消しておきます。後から追われる心配はありません。」
安斎は静かに短剣を握り、無言で決意を示す。
玲は資料を机に戻し、全員を見渡して低く呟く。
「……これが、次の局面だ。記憶の痕跡を守り、真実を取り戻す。誰一人欠けるわけにはいかない。」
暖炉の炎が揺れ、影班の面々の顔に赤い光を落とす。
緊張と決意が静かに空間を支配した。
【時間】2025年10月16日 午後10時15分
【場所】郊外・旧整備局周辺
成瀬由宇は無線機を耳にあて、夜の闇に溶け込むように静かに身を潜める。
風が木々の枝を揺らし、遠くで犬の鳴き声が響く。
「状況確認。影の気配はまだ活発。だが、動きは鈍い。」
低く落ち着いた声が無線越しに届く。
背後では桐野詩乃が足元の痕跡を確認しながら、柔らかく声をかける。
「由宇、ここは慎重に。微かな気配も見逃さないで。」
安斎柾貴は距離を取り、夜闇に紛れて短剣を握りしめていた。
その手元には、わずかに血の匂いを感じる古い布切れが巻かれている。
「……全員、位置につけ。対象は孤立している。接触は慎重に。」
由宇の視線は暗闇の奥深くへと突き刺さる。
微かな物音も、風に紛れた足音も、逃すまいと集中力を研ぎ澄ませていた。
闇に沈む旧整備局の建物群を背に、影班は静かに、だが確実に次の動きを待っていた。
【時間】2025年5月17日 午前9時30分
【場所】ロッジ・リビング
薄明かりの中、服部一族の面々が静かにロッジの扉をくぐった。
長年の修練で鍛え上げられた身のこなしは、音を立てずに床を踏みしめる。
「……ここが、朱音ちゃんの家か」
長老格の紫苑が短く呟くと、朱音は少し身を乗り出し、目を輝かせた。
「じぃじ……?」
その呼びかけに、紫苑は無言で頷き、わずかに微笑む。
影班の面々は、ソファや椅子に座り、慎重に状況を見守る。
玲は暖炉の前に立ち、手を組んで一族を観察しながら低く言った。
「皆、油断はするな。だが、ここは守るべき場所だ。」
空気は静かに張り詰め、しかし同時に、長い戦いの果てに得た“守るための絆”の温もりも感じられた。
新たな同盟の始まりを告げるかのように、窓から柔らかな朝日が差し込み、床に影を落とす。
玲は静かに立ち上がり、服部一族の面々に向けてゆっくりと口を開いた。
「服部一族の皆さん、ようこそ。同じロッジの離れで日々支えてくださっていること、心より感謝しています。」
彼の声は低く落ち着いているが、ひとつひとつの言葉に確かな重みがあった。
「今回も朱音の護衛をお願いしたく存じます。皆さんの確かな技術と揺るぎない信頼が、我々にとって大きな支えです。」
その視線は、静かに一族の一人ひとりを捉え、言葉の重さを伝える。
「どうか、これからも変わらぬお力添えをよろしくお願いいたします。」
紫苑は微かに首を下げ、他の一族も静かに頷く。
ロッジの空気は張り詰めつつも、互いの信頼を確かめる温かいものに包まれた。
玲は静かに立ち上がり、服部一族の面々に向けてゆっくりと口を開いた。
「服部一族の皆さん、ようこそ。同じロッジの離れで日々支えてくださっていること、心より感謝しています。」
彼の声は低く落ち着いているが、ひとつひとつの言葉に確かな重みがあった。
「今回も朱音の護衛をお願いしたく存じます。皆さんの確かな技術と揺るぎない信頼が、我々にとって大きな支えです。」
その視線は、静かに一族の一人ひとりを捉え、言葉の重さを伝える。
「どうか、これからも変わらぬお力添えをよろしくお願いいたします。」
紫苑は微かに首を下げ、他の一族も静かに頷く。
ロッジの空気は張り詰めつつも、互いの信頼を確かめる温かいものに包まれた。
【時間】2025年5月17日 午前10時05分
【場所】ロッジ・リビング
服部紫は立ち上がり、静かに周囲を見渡した。
目の前にいる朱音にも、緊張や過剰な感情を見せず、落ち着いた声で挨拶を送る。
「はじめまして、朱音さん。今日からお世話になります。」
その言葉は短く、しかし確かな意思を伴っていた。
彼の視線は冷静に状況を把握し、チーム全体のバランスを意識している。
朱音は少し戸惑いながらも、穏やかに微笑み返した。
紫の冷静さと礼儀正しさが、自然と少女に安心感を与える瞬間だった。
【時間】2025年5月17日 午前10時07分
【場所】ロッジ・リビング
朱音がぱっと顔を輝かせ、無邪気な笑みを浮かべながら成瀬の元へ駆け寄る。
「由宇おじちゃん、今日も見守ってくれるんだよね!」
成瀬は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかに微笑み、朱音の頭を軽く撫でる。
「もちろんだ。今日も安全は俺が預かる。」
そのやり取りを見守る他のメンバーの表情にも、微かな安堵の色が差す。
朱音の無邪気な行動が、静まり返ったロッジに柔らかな温もりを運んだ瞬間だった。
【時間】2025年5月17日 午後14時32分
【場所】ロッジ・服部一族専用離れ
服部一族は本棟から少し離れた専用の離れに落ち着き、それぞれの居室に分かれて身を置く。
紫苑は書斎で資料に目を通しながら、チーム全体の配置や護衛体制を静かに確認していた。
朱音が興味津々に離れの廊下を歩き回り、家具の角に手を触れる。
「じぃじ、これなに?」
紫苑は目を細めつつも柔らかく答える。
「それは、この家の守りの道具だ。大事に扱えよ。」
朱音の無邪気な声が静かな離れに響き、冷静な紫苑の表情にわずかに和らぎが差す。
離れに流れる時間は、任務や緊張の影から解き放たれた、ほんのひとときの平穏だった。
【時間】2025年5月17日 午後14時45分
【場所】ロッジ・本棟リビング
玲は無線機を強く握りしめ、静かに息を整える。暖炉の炎が揺れる室内に、彼の低く冷静な声が響く。
「全員、現状報告を。異常があれば即座に報告せよ。朱音の安全が最優先だ。」
無線越しに、由宇、詩乃、柾貴、そして服部一族の各メンバーが順に応答する。
短く明瞭な声での報告が、ロッジ内の静寂を引き締める。
玲は目を閉じ、過去の任務の記憶と現在の状況を頭の中で整理する。
「油断するな……全ては、これからだ。」
その瞬間、窓の外で微かに風が揺れ、ロッジの中に張り詰めた緊張感がわずかに増した。
【時間】2025年5月17日 午後15時30分
【場所】ロッジ本棟・会議室
玲は扉の向こうから現れた新たな精鋭たちを鋭い眼差しで見据え、力強く頷いた。
白井蓮は冷静な表情を崩さず、距離感と風の流れを瞬時に読み取り、狙撃用具を整える。霧島紗羅は周囲を軽く見渡しながら、潜在的な危険や異変を察知するかのように目を細める。その瞳には、極秘任務で培った直感と経験が宿っていた。
三宅翔は肩越しに仲間たちの配置を確認し、緊張の中でも柔軟に動ける態勢を整える。早川未来は端末を手に、部屋の隅々まで情報の流れを把握し、影班全体の作戦支援に集中していた。
玲は低く静かに言葉を紡ぐ。
「これより、新たな局面だ。全員、任務に集中せよ。朱音の安全と、黒曜事件の真相を同時に守る。」
メンバーたちは頷き、緊張感の中に一体感が生まれる。窓越しに差し込む午後の光が、影班の面々の決意をほんのわずかに照らしていた。
玲は視線を机上の資料に戻し、次の指示を頭の中で整理する。
「連携は完璧だ。これで、あの夜に残された真実に、確実に手を伸ばせる。」
【時間】2025年5月17日 午後15時35分
【場所】ロッジ本棟・会議室
三宅翔が力強くうなずき、鋭い眼差しで周囲を見渡す。
「全員、ポジション確認。危険域を封鎖、監視範囲を拡張。異常信号が入ったら即報告。」
早川未来が端末を操作しながら、冷静に応える。
「了解。監視ラインβに不審な動きがあれば、即座に解析。情報はリアルタイムで全員に共有。」
白井蓮はライフルを肩に構え、微かな風の流れや音を鋭く感知する。
「狙点を固定。必要時、正確な狙撃で即対応する。」
霧島紗羅は周囲を細かく観察し、情報の変化を即座に分析。
「全体の動きは掌握済み。潜入経路と退路の安全を確保する。」
玲はメンバーたちの動きを確認し、低く静かに指示を下す。
「全員、連携を乱すな。朱音の安全を最優先。黒曜事件の証拠確保も同時だ。」
ロッジの会議室には、緊張感と静かな決意が漂い、午後の光が窓から差し込む中、影班の精鋭たちは次の行動に備えて完全に集中していた。
【時間】2025年5月17日 午後15時45分
【場所】ロッジ周辺・各配置ポイント
影班のメンバーたちは、それぞれの持ち場へと静かに散っていった。
三宅翔はロッジ周囲の警戒ラインに配置され、周囲の影や物音を鋭く監視する。
早川未来は監視端末の前で、カメラ映像と通信信号の解析を開始。異常兆候を即座に報告する態勢を整える。
白井蓮は屋上に位置し、狙撃の射線を確保。風速や距離の計算を行い、即応態勢を取る。
霧島紗羅はロッジ内の死角を隅々まで確認し、潜入者の可能性を想定した行動プランを構築。
玲は暖炉の前で最後の確認を行い、メンバー全員の通信をロック。
「全員、異常があれば即報告。朱音の安全を第一に動け。」
ロッジの空気は静まり返り、森を包む濃霧の向こうに潜む影に備え、影班の精鋭たちは完全に任務モードへと切り替わった。
【時間】2025年5月17日 午後16時10分
【場所】ロッジ・メインホール
重厚な足音が廊下に響き、扉がゆっくりと開く。風格ある男が現れ、灰色の瞳が周囲を鋭く見渡す。
「お待たせした、玲。」
白砂悠——S級スペシャリストであり、玲の旧友。彼の冷静な佇まいは、場の空気を一瞬で引き締めた。
玲は眉をわずかに上げ、微かに笑みを浮かべる。「随分と遅かったな、悠。」
悠は軽く頷き、静かに応える。「いや、計画通りだ。ここからが本番だ。」
由宇、詩乃、柾貴、そして影班のメンバーたちは、悠の存在に一瞬息を呑む。
だが玲の言葉がすぐに場を落ち着かせた。「問題ない。悠も加われば、動きはさらに安定する。」
暖炉の赤い炎が揺れる中、影班の視線は再び外の森へと向けられる。
新たな“影”を迎え入れ、緊張と決意に満ちた時間が静かに流れ始めた。
【時間】2025年5月17日 午後16時12分
【場所】ロッジ・メインホール
玲は静かに資料の束を白砂に差し出す。その手元には、未解決事件のファイルや現場写真が整然とまとめられている。
「お前が来たなら、ここからは確実に進めるだろう。」
白砂は無言で資料に目を通し、端末でデータを確認しながら軽く頷いた。
その表情には、冷静さと確信が同居しており、影班の誰もが彼の判断に信頼を置けると直感する。
「了解。まずは現場の情報を整理し、潜在的リスクを洗い出す。想定される“影”の動きも同時に予測しておこう。」
玲は炎を見つめ、静かに息をついた。
「全員、準備はいいか? これからが本当の意味での捜索の始まりだ。」
影班のメンバーは無言で頷き、それぞれの位置につく。
静寂の中、重厚な緊張感がロッジを包み込み、夜の闇に向けた戦いの幕が開かれた。
【時間】2025年5月17日 午後16時45分
【場所】ロッジ・メインホール
白砂 想が静かに部屋の隅に立つ中、玲の目の前に新たな顔ぶれが姿を現した。
鋭い灰色の瞳、引き締まった顔立ち、そして無駄のない立ち姿。静かに漂う気配は、ただ者ではないことを告げていた。
「遅れてすまない、玲。」
白砂 想の声は低く、冷静で、しかし確かな重みがあった。
玲は微かに笑みを浮かべ、資料の束を差し出す。
「想、お前が加われば、進行はさらに確実になる。」
想は資料に目を通し、端末でデータを確認しながら軽く頷く。
「了解。まずは現場の情報を整理し、リスクを再確認する。潜在的な“影”の動きも予測しつつ進めよう。」
影班の面々は静かに頷き、それぞれの位置へ散っていく。
ロッジの空気は再び緊張で張り詰め、闇に潜む敵を迎え撃つ準備が整いつつあった。
【時間】2025年5月17日 午後17時15分
【場所】ロッジ・戦術指揮室
天城 瞬が静かに部屋に足を踏み入れた。
影狩りの元狙撃手。鋭い視線と整った身のこなし、長年の現場経験が刻まれた痕跡がその姿勢に表れている。
彼の目は、伏見との因縁を映し出す冷たい光を宿していた。
「……ここが作戦の拠点か。」
低く呟き、周囲を一瞥する瞬の声には、警戒と緊張が混じっている。
玲は資料の束を差し出しながら静かに告げる。
「天城、過去はさておき、今ここで必要なのは君の精度と判断だ。協力してほしい。」
瞬は軽く頭を下げ、短く返答する。
「了解。だが、俺に近づく敵は、全て排除する覚悟で来い。」
影班のメンバーは互いに目配せを交わし、警戒態勢をさらに引き締める。
ロッジの中は、経験と覚悟が混ざり合う緊迫した空気に包まれた。
【時間】2025年5月17日 午後17時30分
【場所】ロッジ・戦術指揮室
氷室 岳が静かに廊下の影から姿を現した。
鍛え抜かれた体躯と落ち着いた表情。天城 瞬と目が合うと、かすかに肩の力が抜けるような微妙な反応があった。
「久しぶりだな、瞬。」
岳の声は低く、しかし確かな温度を含んでいた。かつて共に戦場を駆け抜けた者同士の信頼がにじむ。
瞬は一瞬だけ目を細め、ゆっくり頷く。
「……お前が来てくれるなら、心強い。」
玲は二人の間を見渡しながら、端末に視線を落とす。
「氷室、天城。ここからの任務は互いの力が不可欠だ。過去を乗り越え、協力してくれ。」
岳は軽く拳を握り、瞬も同様に応じた。
二人の再会が、影班の緊張感と結束をさらに強固なものにする。
ロッジの空気は、一瞬の沈黙の後、確かな戦闘準備の匂いで満たされた。
【時間】2025年5月17日 午後17時45分
【場所】ロッジ・戦術指揮室
玲は氷室と天城の姿をじっと見据え、ゆっくりと頷く。
「……これで、最強コンビが揃ったな。」
岳が軽く肩をすくめ、微かな笑みを浮かべる。
「そう言われると、責任も増えるな。」
瞬も目を細め、静かに頷く。
「互いの動きは読める。問題はない。」
玲は端末を手に取り、全員に目を向けた。
「影班、全員集合。これより本格的な作戦を開始する。各自、役割を徹底せよ。」
廊下に響く静かな足音、指揮室に漂う緊張感。
だがその中に、かつての戦場で培った信頼と、揺るぎない結束の確かな温度があった。
最強コンビ——氷室 岳と天城 瞬。
その存在は、影班の戦力を一段と底上げし、任務成功の鍵となる。
玲は鋭い声で紹介した。「霧島、元軍人。無駄口は叩かないが、その戦闘能力は本物だ。物理的脅威には即応、迅速に排除する。」
霧島は短く頷き、手元の装備を素早く確認する。
「任務に戻る。」
その一言と静かな動きだけで、周囲には緊張と安心が同時に漂った。
「御影 尚志、元公安の技術班。俺とは昔からの付き合いで、暗号解析の鬼才。皮肉屋だが頼れる男だ。」玲の言葉に御影は軽く微笑み、少し肩をすくめながら言った。
玲の言葉に御影は軽く微笑み、肩をすくめる。
「まあ、昔からの付き合いだからな。任せろ。」
彼の落ち着いた佇まいと淡い皮肉の混ざった声は、緊張の中にも確かな信頼感を漂わせていた。
白砂 想は玲の横に立ち、少しだけ微笑んで言った。
「白砂 悠とは兄弟だ。今回の任務は、兄も期待している。」
玲は静かに頷き、白砂 想の言葉を受け止める。
「兄弟揃って来てくれるなら、戦力は十分だ。頼むぞ。」
その声には、仲間への信頼と覚悟が滲んでいた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・窓際の書斎スペース
薄曇りの空の下、朱音は窓辺に座り、スケッチブックに向かって無邪気に絵を描いていた。鉛筆を走らせる音だけが静かな部屋に響く。
「んー、ここはもう少し明るくしたほうがいいかな……」
朱音は眉をひそめ、描きかけの木々の輪郭を慎重に修正する。
隣で座る玲が静かに覗き込み、柔らかい声で言った。
「朱音、影の部分は少し強くしてみると、奥行きが出るかもしれない。」
朱音は顔を上げ、にっこり笑った。
「うん、わかった! じゃあ、ちょっと濃くしてみるね!」
成瀬由宇が窓の外の森を見ながら低く呟く。
「自然光が少ない日は、影の表現が大事だな……」
桐野詩乃は朱音の手元を静かに観察しながら、穏やかに付け加える。
「朱音ちゃん、木の葉の形も少しランダムに描くと、より自然に見えるわ。」
安斎柾貴はその後ろから視線を落とし、淡い声で言った。
「無理に完璧を目指さなくていい。君の“感覚”が一番大事だ。」
朱音は皆の言葉を胸に、さらに丁寧に鉛筆を走らせた。小さな手が震えることもあったが、彼女の目には真剣な光が宿っていた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・情報解析室
白砂想は最新鋭の解析端末を前に、ディスプレイに表示された古いデータの海を見つめていた。手元の指が正確にキーボードを叩き、矛盾点を次々と浮かび上がらせる。
「……この日時と現場の記録、どうやら食い違っているな」
静かな声が部屋に響く。彼の視線は、過去の事件資料に深く吸い込まれていた。
端末の解析画面に小さな赤いマーカーが点灯する。白砂は唇を引き結び、淡々と指を滑らせた。
「ここが“ゼロ地点”……すべての矛盾は、ここから始まっている」
彼の指先からデータが次々に紐付けられ、黒曜事件の時系列と被害者の動線がひとつの流れとして浮かび上がる。
「なるほど……この歪みを突けば、消された記録の核心に触れられるかもしれない」
解析室の空気は冷たく張り詰め、朱音たちの無邪気な声とは対照的に、ここだけは深い静寂と緊張に包まれていた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・情報解析室の窓際
氷室岳は窓の外に目を凝らし、森の動きや風の流れまで正確に把握しながら、静かに口を開いた。
「……異常はない。だが、この霧と風の動き、何かが潜んでいる気配を隠している」
白砂想は目を上げずに答える。
「見えない痕跡こそ、過去の矛盾を解く鍵だ。君の観察があれば、ゼロ地点の解析もより精密になる」
氷室はわずかに頷き、再び森の輪郭を目で追う。
「わかっている。だが、油断はできない。小さな揺らぎも見逃さない」
部屋の空気は再び緊張に包まれ、解析端末の光と窓から差し込む薄曇りの光が、まるで戦場の作戦室のように重く静かに交錯していた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・情報解析室
玲は氷室の言葉を聞き、眉をわずかに寄せると、冷静かつ鋭い声で仲間に指示を飛ばした。
「全員、警戒位置に。ゼロ地点の監視を強化。想、解析端末は引き続き追跡を続けろ。異常があれば即時報告」
白砂想は無言で頷き、端末に手を置いたまま解析作業を続行する。
氷室は窓の外を最後にもう一度見渡し、低く呟くように返した。
「了解……潜伏の可能性は、常に考慮する」
部屋の中には、緊張の中にも確かな連携が生まれ、静かな空気の中でそれぞれの視線が一点に集中していた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・情報解析室
天城瞬と霧島は、玲の指示が飛んだ瞬間、素早く体を低く構え、警戒態勢に入った。
窓の外の薄曇りの光の中、二人の影が静かに伸び、緊張が空気を支配する。
瞬は低く息を吐き、口元だけで短く呟いた。
「ゼロ地点、異常なし……だな」
霧島は端末のモニターをチラリと見やり、鋭い目で外の動きを見極める。
「監視は甘くない。何かあれば即、連携する」
玲は冷静に二人の動きを確認し、短く頷いた。
「その通り。全員、警戒を緩めるな」
室内の静寂の中、仲間たちの呼吸だけが微かに響き、次なる展開を待つ時間が刻まれていた。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・解析室
御影尚志は、最新端末の前で淡々とキーを打ち、過去の政府ファイルや古い事件記録のデータを精査していた。
画面には文字や数字がびっしりと並び、微細な矛盾や削除痕を探し出す作業が続く。
「……なるほど、これが消された痕跡か」
御影は静かに呟き、ファイルの中に隠された僅かな手がかりを指先でなぞる。
彼の目は疲れを知らず、冷静な光を宿したままスクロールを止めない。
「この矛盾が示すのは、表向きの報告とは別の“裏”の動き……」
解析の過程で、新たな事件の手がかりが浮かび上がる。
御影の指先が端末の画面を滑るたび、影班の次の行動への布石が、静かに積み重なっていった。
【時間】2025年10月12日 午後
【場所】ロッジ・解析室
だが、その言葉が響き渡る直前、桐野詩乃と安斎柾貴の視線が同時に走った。
二人の目には、瞬間的に危険を察知する光が宿る。
「……来たか」
安斎の低く冷たい声が、解析室の静寂に溶ける。
詩乃は軽く息を整え、指先を微かに震わせながら机に手を置く。
互いの目線だけで瞬時に情報を交換し、潜在的な脅威の存在を確認する。
外界からのわずかな気配の変化も、彼らには逃さない。
「全員、配置につけ」
詩乃が低く指示を飛ばす。
安斎は短く頷き、すぐに動き出した。
解析室に漂う静寂は、次の瞬間に訪れる嵐を予感させていた。
【時間】2025年10月12日 午後10時27分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
薄暗い地下空間に足を踏み入れると、淡い青白い光が天井から静かに降り注ぎ、
空気中には微細な光粒が漂っていた。
玲は足を止め、無意識に息を呑む。
まるで、過去の断片がこの場所に染みついたかのような、静謐で張り詰めた空気。
「……ここが“ゼロ地点”か。」
低く呟いた声が、広い空間に静かに反響する。
白砂悠が後方で端末を起動しながら言った。
「データ上では、黒曜事件の起点に最も近い座標だ。ここで何かが始まり、そして——途絶えた。」
青白い光の中、霧島が壁際に目をやる。
そこには、かつて機材が設置されていたであろう跡と、焦げついた金属片が散らばっていた。
「この焼け跡……強い電磁反応の痕だな。自然発火じゃない。」
彼の言葉に、氷室が静かに頷く。
玲は一歩前へ出て、指先で焦げ跡をなぞるように触れた。
「ここで、誰かが“記録”を消した。——意図的にな。」
その声に、空間の温度がさらに一段下がったように感じられた。
【時間】2025年10月12日 午後10時41分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
奥深く進むと、霧のような薄い靄が漂い始め、冷たい空気が肌を撫でていった。
足音が響くたびに、靄がゆっくりと揺らぎ、まるでそこに何かの“気配”が隠れているかのようだった。
「温度が急激に下がってる……地上よりも十度以上低い。」
白砂想が端末の画面を見つめ、冷静に報告する。
「自然な冷気じゃないな。機械的な冷却でも、ここまで均一にはならない。」
氷室岳が言葉を続けながら、指先で空気の流れを感じ取った。
玲は懐中電灯の光を前方に向ける。
その先には、うっすらと浮かび上がる金属の扉。
錆びつきながらも、不思議な存在感を放っていた。
「……ここだな。」
短く言い放った玲の声に、天城瞬と霧島が即座に前へ出る。
霧島は壁際に膝をつき、扉の縁を慎重に調べる。
「電磁ロック……旧型だが、何重にも保護がかかってる。誰かが“開けさせたくない”意図がある。」
「解除できるか?」玲が問う。
霧島は小さく頷き、工具を取り出した。
「やってみる。」
微かな電子音とともに、靄の中で金属音が鳴り響く。
それはまるで、この場所が再び目を覚ますかのような、静かな予兆の音だった。
【時間】2025年10月12日 午後10時47分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
霧島の手が最後のロックを外した瞬間、
空間全体が低くうなりを上げた。
次の瞬間――壁一面に淡い青白い光が走り、
まるで生き物のように脈動を始める。
「……っ、これは……」
白砂想が息を呑んだ。
霊的な障壁が現れたのだ。
光は静かに揺らめきながら、円環状に広がり、
壁面には過去の“記憶の断片”が次々と浮かび上がっていった。
揺れる映像の中には、人影、崩れ落ちる建物、
そして、誰かの叫び声――。
「記録の残響……か。」
氷室岳が低く呟く。
「霊的干渉によって、過去の情報が空間に焼き付いている。」
玲は一歩前に出て、壁に映る光景をじっと見つめた。
そこには、十年前の“黒曜事件”の現場と思しき情景が
断片的に再生されていた。
「……これは、ただの記録じゃない。」
玲の声がわずかに震える。
「“誰か”の記憶そのものが、この空間に封じられている。」
白砂想が静かに頷く。
「干渉波が不規則だ……まだ意識の残滓が、この場所に留まっている。」
霊的な光が淡く瞬くたび、
影班の面々の瞳にも、遠い記憶が一瞬だけ映り込む。
——過去は、消えてなどいなかった。
それは今、静かに目を覚まそうとしていた。
【時間】2025年10月12日 午後11時08分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
霊的障壁がゆらめく光を放つ中、
突然、空気がわずかに震えた。
「……来る。」
氷室岳が低く呟いた瞬間――
空間の奥、靄の向こうから
黒い影が滑るように現れた。
忍者たち。
全身を漆黒の布で覆い、顔も声も隠した者たちが、
まるで夜そのものを纏ったかのように現れる。
彼らの動きには一切の無駄がなく、
音もなく床を走り抜ける足取りは、
風のように速く、獣のように静かだった。
「……影の追手か。」
玲が低く呟き、すぐに手信号を送る。
霧島と天城が同時に反応。
霧島は左の通路へ滑り込み、
天城は即座に狙撃ポジションへと移動する。
忍者たちは影を纏い、
静かな動きの中にも凄まじい殺気を漂わせていた。
その殺気は、空気を切り裂く刃のように鋭く、
わずかな呼吸の乱れさえ、死を招くような緊張が走る。
「音を立てるな。」
霧島が小声で告げた。
その声は冷たく、研ぎ澄まされた刃そのものだった。
天城がスコープを覗きながら呟く。
「動きが……見えねぇ。まるで、消えてやがる。」
玲は目を細め、障壁の光を背に立つ。
「奴らの狙いは、ここだ。記憶封印の核を奪う気だ。」
忍者の一人が音もなく跳び出し、
霊的光を切り裂くように刃を振るう。
その軌跡は青白い残光を残し、空間が一瞬、軋んだ。
――影と影の戦いが、静寂の地下で始まろうとしていた。
【時間】2025年10月12日 午後11時12分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
障壁の光がわずかに明滅した瞬間、
黒い影の群れの中から、ひときわ静かな気配が前に出た。
その忍は他の者たちとは違って、殺気を放つことなく、
ただ“存在そのもの”で場の空気を支配していた。
霧島がわずかに身構える。
「……あいつ、格が違う。」
忍は一歩、また一歩と進み出る。
床板がきしむこともなく、呼吸の音すらない。
ただ、光の中を影が滑るように動く。
玲の目が鋭く細められる。
「誰の差し金だ……お前たちは、どこの影だ?」
返答はなかった。
忍は沈黙を保ったまま、
懐から細長い短刀を抜き放つ――その刃は青白く輝き、
まるでこの場の霊的障壁と共鳴しているかのようだった。
氷室が低く呟く。
「……“共鳴刃”か。
封印区画への侵入に使われる、禁制の武器だ。」
忍は顔を上げ、仮面の奥から玲たちを見据えた。
その瞳だけが、わずかに灯の反射を宿していた。
「……記憶を、渡せ。」
その声はかすれ、まるで遠い記録の残響のようだった。
玲がわずかに口角を上げ、短く息を吐く。
「――悪いな。
その“記憶”は、俺たちの生き証人だ。」
沈黙が落ち、次の瞬間、
忍の影が疾風のように走り出した。
霧島が即座に前へ出て、短刀と短剣が火花を散らす。
音にならない衝突が空間を震わせ、
障壁の光が大きく脈打った。
玲の視線が鋭く走る――
その戦いの奥に、“失われた真実”が動き始めていた。
【時間】2025年10月12日 午後11時17分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
剣と霊術が激しく交錯した。
金属がぶつかり合う鋭い音と、霊気の奔流が生み出す低い唸りが重なり合い、
地下空間全体が微かに震えている。
霧のように漂う霊気は、戦う者たちの動きに呼応するかのように揺らめき、
まるで生きた意思を持つかのように渦を巻いていた。
霧島は鋭い足さばきで間合いを詰め、
短剣を翻しながら敵の一撃をいなし、逆に切り返す。
その動きには無駄がなく、静謐な殺意と冷徹な精度が宿っていた。
「……霊気の流れが乱れている。
この空間そのものが反応してる。」
御影が奥から叫び、解析端末を素早く操作する。
玲は周囲を見渡しながら低く指示を飛ばす。
「霊脈を切るな。障壁と共鳴して暴走する。」
忍の一人が印を結び、地面に淡い紋様が走る。
それに呼応するように、天井から青白い光の糸が垂れ下がり、
まるで記憶の残滓そのものが形を取り始めるようだった。
「記憶を……封じ直す気か。」
氷室の声に、玲の瞳が一瞬だけ強く光る。
「させるかよ。」
その言葉と同時に、霧島が一気に間合いを詰め、
閃光のような一撃を放った。
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
空間が揺らぎ、霊的な震動が波紋のように広がった。
光と影が交錯する中、
過去と現在がわずかに重なり合う――
そこに浮かび上がったのは、
黒曜事件の“ゼロの記録”――封印された、最初の真実だった。
【時間】2025年10月12日 午後11時36分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
影班と戸隠流の忍びたちは、
闇と光の狭間で鋭くぶつかり合っていた。
鋼がぶつかり合う音が、地下の静寂を裂く。
戸隠流の忍びたちは霊気を纏い、
その動きはまるで残像のように滑らかで、
人ならざる速度で影班を取り囲んでいく。
成瀬由宇が身を低くし、
わずかな気配の乱れを読んで刃を弾き返す。
「……速いな。影すら掴めねえ。」
汗がこめかみを伝うが、
その目は冷たく、確実に敵の呼吸を捉えていた。
「油断するな。奴らは視覚を欺く術を使ってる。」
玲の低い声が響く。
その指示と同時に、安斎柾貴が精神干渉の波を展開し、
敵の集中を一瞬だけ乱す。
その隙を逃さず、桐野詩乃が手首の動きだけで小瓶を割った。
白い煙が瞬時に広がり、霊気と交錯して淡い光を放つ。
「……これで、逃げ場はない。」
詩乃の声は低く、しかし確信に満ちていた。
煙の中から飛び出す影。
戸隠流の一人が短刀を振るうが、
成瀬の刃がそれを受け止め、火花が闇を照らした。
「お前ら……十年前のことを知っているな。」
玲が前へ歩み出ると、戸隠の忍びが一瞬だけ動きを止めた。
その沈黙こそが、答えだった。
「やはり、黒曜事件の残滓か……。」
白砂悠が静かに呟き、
霊的な風が彼の外套をはためかせた。
互いの呼吸がぶつかり合う。
霊気と殺気が混じり合い、
地下空間そのものがうなりを上げて軋む。
――影と影。
誰もが過去の闇を抱え、
それでも前へ進むために刃を交えていた。
玲は目を細め、低く告げた。
「……決着をつける。
この場所で、すべての影を終わらせる。」
【時間】2025年10月12日 午後11時38分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
「おじちゃん、お姉ちゃんたち、戦いやめて……!」
その声は、鋭い金属音と霊気のざわめきを切り裂いた。
朱音の小さな体が震えながら、薄明るい霊気の中に立っていた。
手には、描きかけのスケッチブック。
その白紙に、今にも滲みそうな涙の跡が落ちる。
「朱音――!?」
詩乃が息を呑み、反射的にその名を呼んだ。
だが、少女の声が届いた瞬間――
霊気の流れが、まるで時間そのものが止まったかのように、静止した。
影班の刃も、戸隠流の短刀も、
その軌跡の途中で止まり、空気が震えながら沈黙に飲まれる。
「……やめて、お願い。
こんなこと、誰も望んでない……!」
朱音の声は、涙に滲みながらも不思議な力を帯びていた。
彼女の周囲に、淡い光が浮かび始める。
それはまるで、記憶の中の“誰か”の祈りが形になったような――
柔らかく、そして確かな光。
安斎が小さく息を吐いた。
「……これが、“記憶共鳴”……か。」
玲は静かに目を閉じ、
刃を下ろしながら低く呟いた。
「……もう十分だ。
戦いは終わりにしよう。」
霊気が消えていく。
光がゆっくりと朱音の足元から広がり、
地下の冷たい空間を温かく包み込む。
詩乃は膝をつき、震える朱音をそっと抱きしめた。
「もう大丈夫。誰も、もう傷つけない。」
その瞬間、
影も霧も、そして怨念の残滓までもが静かに溶けていった。
――朱音の涙が落ちた場所。
そこに、確かに“人の心”が戻っていた。
【時間】2025年10月12日 午後11時40分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
朱音は泣きながら、それでも微笑んだ。
頬を伝う涙が淡い光に照らされ、ひとつ、またひとつと床に落ちる。
「みんな……一緒にいてほしいだけなんだよ……」
その言葉は、静寂の中に溶け込み、戦いで荒んだ空気をやわらかく包み込んでいった。
誰もが息を詰めたまま、朱音を見つめる。
詩乃の指先が、わずかに震えた。
かつて命令ひとつで人を消してきたその手が、今はただ、少女を抱きしめるために存在していた。
「……朱音。」
由宇の声は低く、けれど温かかった。
「それが……お前の“願い”か。」
朱音は小さく頷く。
「うん……誰もいなくならないでほしい。
おじちゃんも、お姉ちゃんも、みんな優しいのに……なんで、戦うの……?」
その無垢な問いが、誰の心にも突き刺さった。
安斎は短く息を吸い、拳をゆっくりと開く。
黒い手袋の下で、指先が小刻みに震えていた。
「……戦いしか知らなかった。
けど……お前がいるだけで、止まれる気がする。」
朱音は目を細め、安斎の言葉を聞きながら、静かに微笑んだ。
「止まっていいんだよ。
もう、誰も傷つけなくていいんだよ。」
玲は黙ったまま立ち尽くし、天井の光を見上げる。
――かつて、この場所で失われた命の数々。
そして、取り戻すことの叶わなかった“人の心”。
朱音がそれを呼び戻したのだ。
「……ああ。」
玲はようやく言葉を絞り出した。
「そうだな。もう、戦う理由はない。」
地下空間を包んでいた霊気が完全に消え、
空気が澄み渡る。
光の粒がゆっくりと舞い上がり、
それはまるで――朱音の願いが天へと届いていくかのようだった。
【時間】2025年10月12日 午後11時45分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
朱音の声が静寂に消え、ほんの一瞬――
安らぎの温もりが、戦いの残滓を拭うように空気を満たした。
それはまるで、張り詰めた糸が静かに解けていくような感覚だった。
誰もがその場で息を止め、心の奥に沈んでいたものを思い出す。
詩乃はそっと膝をつき、両手を胸の前で重ねた。
その指先に微かに震えが走る。
――戦う理由も、守る理由も、今はこの少女の笑顔に集約されている。
安斎は目を伏せ、深く息を吸い込んだ。
血と鉄の匂いがまだ鼻を刺す中で、それでも心の奥底に灯がともるのを感じていた。
由宇は背を壁に預け、静かに空を仰ぐ。
「あの夜……誰も信じられなかった俺たちが、
いまは一人の少女に救われてるなんて、皮肉なもんだな。」
朱音は小さく笑いながら、涙をぬぐった。
「皮肉でも……嬉しいよ。だって、みんなもう怖い顔してない。」
玲は、何も言わなかった。
ただ一歩、朱音に近づき、頭に手を置いた。
「……ありがとう。」
その言葉は、指揮官としてではなく――
ひとりの人間としての、玲の素直な感謝だった。
暖かな静けさが地下を包み込み、
光の粒が、まるで安堵の息吹のようにゆっくりと舞い上がっていく。
朱音の微笑みが、闇を溶かすように優しく広がっていった。
【時間】2025年10月12日 午後11時50分
【場所】ロッジ地下・第零観測区
戸隠流の術士が険しい表情で頷き、低く静かな声で言った。
「……この場は、一時休戦とする。だが油断は禁物だ。」
その声には、戦いの厳しさと同時に、守るべきものへの確かな覚悟が滲んでいた。
影班の面々は互いに目を合わせ、無言の確認を交わす。
「……分かっている。」
微かな声が応じる。
霧のような青白い光の中で、戦闘の余韻と静寂が混ざり合う。
朱音は小さな体を震わせながらも、目を輝かせて二つの陣営を見つめる。
その視線は、戦う者たちの心を一瞬だけ溶かし、緊張の糸を緩めた。
柔らかな光と、静かな呼吸が、地下空間に静謐な空気を満たしていく。
術士の声は続く。
「お前たちが守るものを、決して見失うな。」
その言葉は、戦いの終わりではなく、次なる試練の始まりを告げる鐘のように響いた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時10分
【場所】ロッジ・情報解析室
膨大なデジタルデータが散らばる机の前で、御子柴理央は無言のままモニターを睨みつけていた。
画面には過去の黒曜事件の記録、微細な監視映像、そして改ざんの痕跡が重なり合って表示されている。
指先は軽くキーボードを叩き、データを次々に解析。
「……矛盾が、ここにも。」
小さく呟く声は、室内の静寂に吸い込まれるように消えた。
横のモニターには、朱音の行動履歴や影班の作戦進行状況が並ぶ。
「全体の整合性を確認しながら……」
彼の視線は冷静だが、内心では鋭い危機感が走っていた。
データの海の中で、御子柴はひとつの結論に近づきつつあった。
「これが、奴らの狙い……」
その瞬間、静まり返った解析室の空気が、かすかに震えた。
【時間】2025年10月12日 午前1時15分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
薄暗い部屋の中、霊的な障壁の前に水無瀬透が静かに立っていた。
青白く淡く光る障壁が、天井から床まで幽かに揺らめき、微細な霊気の粒子が空気中に漂っている。
透は息を整え、瞳を閉じて意識を集中させる。
「……感覚を研ぎ澄ませる。ここに眠る記憶の痕跡を。」
その声は低く、抑えられた緊張が漂っていた。
両手を軽く前に伸ばし、空間に指先をかざす。微かな風が彼の掌を通り抜け、障壁の奥に潜む何かを敏感に捉えた。
「……いる。確かに、ここに。」
淡い光が揺れるたび、障壁の中に封じられた記憶の断片がちらつく。
透はゆっくりと歩を進め、障壁に触れる直前で静かに息を吐いた。
「壊すのではない。読み解くんだ……。」
その瞬間、部屋全体に微かな振動が走り、霊的な障壁が淡く光を増した。
【時間】2025年10月12日 午前1時17分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
彼の思考は無駄な雑念をすべてそぎ落とし、一点に存在する“記憶の波紋”だけを捉えていた。
静寂の中で、透の意識は障壁の奥深くに潜む情報の粒子を追い、揺らめく断片をひとつひとつ紡ぐ。
「……ここだ。微かだが、確かに動いている。」
掌に伝わる微弱な振動を指先で感じ取りながら、透はゆっくりと障壁に手を差し伸べる。
壁面に触れた瞬間、淡い青白い光が掌から波紋のように広がり、封じられた記憶が微かに揺らいだ。
「声なき声、形なき形……だが、確かに存在する。」
透は息を殺し、障壁の向こうにある“忘れられた真実”を、まるで水面のさざ波を読むかのように探り始めた。
光の揺らめきが周囲の空気を満たし、部屋の奥底で眠る過去の影が、今まさに静かに目を覚まそうとしていた。
【時間】2025年10月12日 午前1時26分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
静寂が満ちる空間に、雪乃がわずかに指を動かす。空気が微かに震え、彼女の背後に淡く青白い紋が浮かび上がった。
「霊術印刻……」
その紋は戸隠流特有の技で、過去の出来事を空間に転写する力を持つ。微細な光の波動が壁や天井に伝わり、かつての場面の断片が浮かび上がる。
「記憶の波を……読め。」
雪乃の声は低く、まるで呪文のように空間を満たす。透の瞳が紋の揺らめきに合わせて光り、見え隠れする過去の痕跡を捉えようと集中した。
空気の震えに呼応するように、壁面に過去の影がゆっくりと浮かび上がり、静謐な地下室に微かな時間の流れが戻ってきた。
【時間】2025年10月12日 午前1時28分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
浮かび上がる霊術印刻の光景に、透の目が鋭く反応した。
「……ここだ。データでは隠されていた、真の実行者……」
壁に転写された過去の影は、従来の解析では捉えられなかった動きを示す。確かに存在する、しかし誰のものでもない――その輪郭は、あたかも空間そのものに刻まれたかのように曖昧で、同時に鮮明な意志を感じさせた。
雪乃が微かに頷く。
「この印刻は……隠された意思を呼び出す。真の実行者の痕跡を、我々に見せてくれる……」
透は息を整え、冷たい指先で空間の波紋を辿る。目の前の光景は、単なる過去の映像ではなく、“生きた証言”として彼らに語りかけていた。
「やはり……奴は、想像以上に巧妙だ。」
霊術印刻が浮かべた影は、静かに、しかし確実に――真実の核心を指し示していた。
【時間】2025年10月12日 午前1時32分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
透が波紋を辿り、雪乃が印刻を見つめるその瞬間、光景が突如として消えた。
空間を覆っていた青白い霊術の光は霧散し、静寂だけが残る。机の上のモニターも、淡い反射を残して暗く沈んだままだ。
「……消えたか。」透の声は低く、沈着だがわずかに緊張を帯びる。
雪乃は小さく息をつき、肩を落とす。「……印刻が、必要な情報を出し切ったのね。もう、映像は私たちに見せない。」
暗闇に残されたのは、ただ確信だけ――
「本当の実行者は、間違いなくここに存在した」という痕跡だけだった。
【時間】2025年10月12日 午前1時35分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
光景が消え、静寂が室内を支配する。壁の影も揺れず、霊術の残滓すら残っていない。モニターの画面は黒く沈み、机の上に散らばった資料が微かに光を反射するのみだ。
「……これが、最後の断片か。」透が低くつぶやく。
雪乃は静かに頷き、ゆっくりと肩の力を抜いた。「……ええ。映像はもう、必要な情報を示してくれた。」
その沈黙の中で、確信だけが重く残る。
「本当の実行者は、ここに確かに存在した。」
外の風が窓をかすかに揺らし、微かな葉擦れの音が室内に届く。
それは、静寂に包まれた証拠の余韻だった。
【時間】2025年10月12日 午前1時40分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
蓮はモニターの前に立ち、影のように沈んだ表情を浮かべた。薄暗い光が顔の陰影を強調し、瞳の奥に僅かな苦悩が宿る。
「戸隠流を利用していた組織があった。名前はわからない。」
淡々とした声の中に、情報の重みが滲む。
「ただ、記録改ざんに関わる“上層部”が存在していたことは確かだ。」
雪乃は冷静に視線をモニターから逸らし、静かに息を整える。
透は資料を見下ろしながら、微かに唇を噛む。「……やはり、全ては巧妙に隠されていたか。」
室内の空気は緊張で張り詰め、静寂すらも重く感じられる。
窓の外では夜風が枝を揺らし、木々のざわめきが、わずかにこの場の沈黙を揺らした。
【時間】2025年10月12日 午前1時45分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
玲はモニターの光に照らされ、影のような輪郭を浮かべながら静かに言葉を紡いだ。
「その“上層部”が、真実への扉を隠しているのかもしれないな。」
言葉は低く重く、室内の静寂に染み渡る。
雪乃は微かに眉を寄せ、透は机上の資料に目を落としたまま、玲の言葉を反芻する。
蓮は静かにうなずき、さらに慎重な視線でモニターを見つめた。
「……その可能性は高い。動きは巧妙で、全ての痕跡が巧妙に消されている。」
空気が一層緊張し、闇の中に潜む答えへの期待と恐れが、地下室にひそやかに漂った。
【時間】2025年10月12日 午前1時48分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
雪乃の声は、まるで氷のように静かで、それでいて胸の奥を刺すほどの重みを帯びていた。
「私たちは記録を封じる術を持っていた。それを“彼ら”は知っていた。だから命じられた。
――この事件の記録を封印しろ、と。」
室内に張り詰めた空気が震える。
淡い照明の中で、雪乃の指先が小さく震えていた。彼女の背後に揺れる霊的紋が、まるで過去の罪をなぞるようにゆらめく。
玲は静かに目を細め、しばらく言葉を失っていた。
「……命令、か。つまり、あの時点で“上層部”は真実を知っていたということだな。」
雪乃はわずかにうつむき、唇を噛むように答えた。
「ええ。でも、誰が“上層部”だったのか――私たちにも、知らされなかった。」
暖炉の遠い火の音だけが、静寂の中で微かに響いていた。
【時間】2025年10月12日 午前2時07分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
沈黙を切り裂くように、端末の電子音が微かに鳴った。
如月迅が薄明かりの中でモニターを見つめ、指先を止めずにキーボードを叩き続ける。
その横顔には疲労の色が滲みながらも、瞳だけは鋭く光っていた。
「……霊術映像と情報ログを統合した結果、改ざんの履歴が一部復元できる。」
迅の低い声が、緊張に満ちた空間に響く。
彼はデータの一部を拡大表示し、指先で一点を指した。
「十年前の指示元――“内部組織コード:S7”という識別信号が残されている。」
その言葉に、部屋の空気が一瞬で変わる。
玲が眉をひそめ、静かに息を吐いた。
「S7……そんなコード、公式記録には存在しないはずだ。」
白砂想が腕を組み、端末に目をやる。
「つまり、記録の外側――国家機関ですら把握できない“影の指令系統”ってことか。」
雪乃の指先が小刻みに震えた。
「……あの封印の術式を命じたのも、S7……?」
迅は無言で頷いた。画面に浮かぶ、ぼやけたロゴの断片。
その中央に刻まれていたのは、半ば崩れかけた文字列――
《S7 / SECTOR : SILENT MEMORY》。
玲の視線が鋭くなる。
「……“沈黙の記憶”――。この事件の核心は、そこにあるということか。」
【時間】2025年10月12日 午前2時15分
【場所】ロッジ・地下収蔵室
冷えきった空気の中、唯一響くのは端末の起動音だけだった。
金属製の机に置かれたデバイスが、青白い光を放ちながらゆっくりと立ち上がる。
如月迅の指先が軽く震え、画面に映し出された断片的なログをなぞる。
「……信号の歪み、やはり人工的だ。偶然ではない。」
玲は両腕を組み、沈黙のまま解析を見守る。
「十年前、誰かがこの記録を意図的に封じた……そして今も、痕跡は消されていない。」
雪乃が背筋を伸ばし、低くつぶやく。
「……封印の術とデジタル改ざん、両方を仕組んだ者……S7か。」
青白い光が部屋を満たし、壁に微かに映る影が揺れる。
外の風が窓を打つ音も、ここではかき消されるかのように静まり返る。
迅は再び指先を動かす。
「次のデータを解析すれば、封印解除の鍵が見えるかもしれません……。」
玲は深く頷き、重々しく言った。
「……全てを暴き、真実を取り戻す。それが我々の使命だ。」
【時間】2025年10月12日 午後11時45分
【場所】ロッジ・儀式室
蝋燭の炎が静かに揺れ、壁に映る影が微かに揺らめく。
床には淡い光の輪が広がり、円形の結界が浮かび上がっていた。
雪乃が指を円の内側にかざし、低く呟く。
「……封印を再現する。記憶の波紋を呼び覚ますために。」
微細な光粒が空気中を漂い、部屋の温度がわずかに下がる。
玲は結界の外側に立ち、瞳を細めて集中する。
「全ての異変を、この結界内で封じる。」
如月迅が端末を操作し、古いデータと結界の符号を同期させる。
「……完了。封印解除の準備は整った。」
炎が揺れるたびに、床の結界の光も小刻みに震え、まるで眠る記憶が目覚めるのを待つかのようだった。
【時間】2025年10月12日 午後11時50分
【場所】ロッジ・儀式室
蓮が端末の画面を見つめ、声を震わせて呟く。
「…これが、俺たちに届いた命令か…“記録を焼け、痕跡を残すな。影は影のままで在れ”」
室内に沈黙が落ちる。蝋燭の炎が小さく揺れ、床に描かれた結界の光が微かに震えた。
玲は静かに蓮の肩に手を置き、低く告げる。
「だからこそ、真実を掴むのは俺たちだ。痕跡は消されても、記憶は、ここに残る。」
雪乃の指が結界の円の上でゆっくりと動き、淡い青白い光が波紋のように広がる。
「S7…このコードが示すもの。影班が追うべき痕跡の一つね。」
如月迅が端末の数値を確認し、微かに頷く。
「十年前の指示元――S7。ここから全てが始まった。」
静寂の中、微かに響く蝋燭のはぜる音が、過去と現在を結ぶ橋のように部屋を満たしていた。
【時間】2025年10月12日 午後11時56分
【場所】ロッジ・儀式室
三鷹イツキの額に汗が滲む。彼は端末越しに浮かび上がるコードと術式の複合構造を凝視していた。
「これは……ただの命令じゃない。」
声がかすかに震える。指先が空をなぞるように動き、封印構文の断片を投影する。
「術式と共に精神干渉の封印がかけられてる。記憶そのものを自動消去する“封殺呪”……」
淡く浮かび上がった呪印が、まるで生き物のように蠢く。
一度起動すれば、命令に関わった者すべての“記録”も“意識”も消える構造。
玲の目が鋭く光を帯びる。
「……つまり、“命令者”すら証拠を残せない。」
イツキは深く息を吐き、震える手で額の汗を拭った。
「この施術法、民間には存在しない。……国家級の記憶兵器だ。」
詩乃の喉が小さく鳴った。
「まさか、政府の一部が関わっていた……?」
玲は沈黙のまま炎を見つめ、静かに呟く。
「いや――“国家”を名乗る何かだ。
十年前の“黒曜事件”の裏に、まだ誰も見たことのない“組織”がいる。」
炎の光が玲の瞳に揺れ、ロッジの静寂に重い鼓動が響いた。
【時間】2025年10月12日 午後11時59分
【場所】ロッジ・地下儀式室
理央が緊急アクセスを続けていた端末に、突如として淡い光が走った。
モニター上の暗号化データが一瞬で展開され、無数のコード断片が複雑に組み上がっていく。
「……繋がった。」
理央の声が低く響く。指先が震えながらも、次々とスクリーンを操作していく。
「九条、コードの断片が一致。霧島誠一郎の“接触ログ”が残ってた。」
九条凛が一瞬息を呑み、視線を鋭く向ける。
「霧島……? 本当に本人の?」
理央は頷き、さらにキーを叩く。
「識別コードも一致してる。偽装はない。……しかも──」
一拍置いて、彼女の声が僅かに揺れた。
「場所はここだ。……戸隠。」
沈黙。
室内の蝋燭がかすかに揺らめき、青白い炎が影たちの表情を照らした。
玲が静かに顔を上げる。
「十年前の命令系統を動かした“霧島誠一郎”が……今、この地に関与していたというのか。」
氷室が低く唸り、天城が銃を構え直す。
緊迫した空気の中、誰もが同じ結論に辿り着いていた。
――事件の出発点は、今もこの戸隠に生きている。
【時間】2025年10月12日 深夜0時03分
【場所】ロッジ・地下儀式室
蓮はモニターを前に、手元のデータをぼんやりと見つめながら、視線を遠くに飛ばした。
薄暗い室内の蝋燭の炎が揺れ、壁に長い影を落とす。
「……あのとき、誰もが疑わなかった。命じられたことに従うのが“影の掟”だったから」
彼の声は低く、しかし重みを伴って響いた。
理央が横で端末を操作しながらも、その言葉に息を詰める。
玲は静かに頷き、淡い光の中で手を組む。
「掟に従うだけでは、真実は見えない。今、この記録を解き明かすことで、初めて私たちは過去と向き合える」
氷室と天城は互いに目を合わせ、無言のまま覚悟を固める。
室内の空気が張り詰め、過去と現在が重なる瞬間――影班の新たな任務が静かに始まろうとしていた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時07分
【場所】ロッジ・地下儀式室
理央の端末が無音の中で淡く光り、次々と解析結果を吐き出す。
画面には古いログの断片、消去されたはずの記録、そして不自然に残された痕跡が次々と浮かび上がる。
「……九条、見てくれ。この信号の歪み、封殺呪の発動時刻と完全に一致している」
理央の指先が端末を素早く操作し、データを拡大する。
「この履歴を辿れば、S7の命令が誰の指示で実行されたか、おおよそ推定できる」
玲は画面に視線を落とし、冷静に言葉を吐く。
「封印された記憶も、こうして復元できる。あとは手を汚す覚悟があるかどうかだけだ」
蓮は深く息を吸い、薄暗い室内の空気を見渡す。
「……掟に縛られていた俺たちにも、選択肢ができたということか」
静寂の中、端末がさらに情報を吐き出し、影班の全員が過去と現在を同時に見つめる。
夜は深く、しかし決意だけが赤々と灯っていた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時12分
【場所】ロッジ・地下儀式室
ユリは端末の画面をじっと見つめ、肩を寄せるようにして言葉を続けた。
「理論上は可能。でもこの暗号化方式、“生体認証”が必要なタイプ。記録を開くには、霧島本人の情報を再現するか、彼の過去の記憶を解析しないといけない。」
如月が画面をスクロールしながら淡々と答える。
「過去の接触ログと端末残滓から、行動パターンと生体変数の断片は抽出できる。完璧ではないが“擬似テンプレート”なら作れるはずだ。」
雪乃が静かに首を振る。
「だが注意して。封殺呪は自己増殖的な安全策を持っている可能性がある。復元過程で逆に反応を起こす危険がある。」
玲が冷えた声で締めくくる。
「リスクは承知だ。だがこれが真実へ繋がる鍵なら、手を出す価値はある。準備は誰が担当する?」
御子柴が画面から目を離さず指示を出した。
「如月、擬似テンプレートの生成は君。ユリ、外部生体ノイズのモニタリングを続けてくれ。雪乃、封術の安全措置を展開して。蓮、状況変化を即時通報。」
皆の視線が集まる中、ユリは小さく頷いた。
「了解。始めるよ。ただし一度でも封殺呪が反応したら、直ちに遮断。全員、生還最優先で。」
薄暗い室内に再び機器の起動音が響き、端末の画面に新たな解析バーがゆっくりと進み始めた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時18分
【場所】ロッジ・地下儀式室
蝋燭の光がわずかに揺れる中、雪乃は蓮と透に視線を向けた。
「準備はいいか?」
蓮は微かに肩をすくめ、冷静に頷く。
「問題ない。端末はすでに擬似テンプレートを受け入れる状態だ。」
透は指先で空気を撫で、静かに確認する。
「封術の警告反応はまだ静止している。現時点で危険はなし。」
雪乃は小さく息を吐き、蝋燭の炎を見つめながら言った。
「では、開始する。封殺呪の干渉を最小限に抑えつつ、記録へのアクセスを試みる。」
部屋の中に緊張が満ち、微かな電子音だけが静寂を切り裂く。
蓮の指先が端末のキーボードに触れ、透の集中した視線が霊的な障壁を読み取る。
雪乃の瞳には、決意と慎重さが同時に宿っていた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時21分
【場所】ロッジ・地下儀式室
霧島の背中には政府の識別章が光り、その瞳は揺らぎもなく冷静だった。
「記録はただの過去じゃない。それは、歴史を操作するための“武器”だ。」
雪乃は一瞬、言葉の重さに息を呑む。
蓮は指先を止め、わずかに眉をひそめる。
透は声を潜めて問いかけた。
「……その“武器”、本当に封じられるのか?」
霧島は静かに答える。
「封じるだけでは足りない。理解し、制御する者が必要だ。でなければ、再び誰かの手で歪められる。」
蝋燭の炎がゆらりと揺れ、地下室の壁に影を落とす。
三人は互いに目を合わせ、決意を固めた。
【時間】2025年10月12日 深夜0時25分
【場所】ロッジ・地下儀式室
透が静かに解析端末を操作しながら、淡々と報告する。
「霧島は“S7”に関わっていた。彼が作った鍵が、記録改ざんの核にある。」
蓮は眉間に皺を寄せ、低く呟いた。
「……やはり、命令だけじゃなかった。技術者として、歴史そのものを操作していたんだな。」
雪乃は蝋燭の炎を見つめながら、指先で空気に微かな紋を描く。
「だからこそ、私たちの封印も意味を持つ……ただ消すだけじゃ、誰も歴史を守れない。」
霧島は冷静に頷き、無言で透の端末を覗き込む。
静寂の中、地下室に置かれた膨大なデータが、次第にその全貌を浮かび上がらせていった。
【時間】2025年10月12日 深夜0時45分
【場所】ロッジ・暗室
暗室に差し込む青白い光の中、玲、理央、ユリは転送された“記憶視覚データ”の復元を開始していた。
端末の画面に映る映像は、過去の断片的な記憶がノイズ混じりで揺れ動く。
水無瀬透が静かに前に出て、指先で空気を撫でるように操作する。
「記憶の波形を同期させる。微細な感情反応から欠落箇所を補正する……」
九条凛は端末の横で冷静な眼差しを光らせ、声を潜めて言った。
「心理干渉の影響を解析中。封印されていた記憶の防壁を徐々に解除する。焦らず進める必要がある。」
理央がキーボードを叩き、暗号化されたデータを復号していく。
「映像と音声の同期完了。微かな心拍の痕跡も読み取れる……これは、あの夜の証言と一致する。」
玲は端末の画面を凝視し、決意を込めた低い声で呟く。
「真実を、ここで取り戻す……誰にも消されない形で。」
室内には緊張の静寂が漂い、青白い光が揺れる中、影班の新旧の専門家たちがそれぞれの役割を果たし、過去の記憶の深淵へと踏み込んでいった。
【時間】2025年10月12日 深夜1時05分
【場所】ロッジ・暗室
端末の画面に、かすかに光る映像が浮かび上がった。揺れるノイズの中、廃工場の薄暗い廊下、遠くで走る足音、そしてひとつの赤いリボンの残像――。
水無瀬透が指先で微細に空気を撫でるように操作する。
「感情波形と映像を同期……。これが、封印された“真実の断片”だ。」
九条凛が冷静に目を走らせ、低く言う。
「ここに刻まれた記憶は、ただの映像ではない。心理干渉の影響まで含めて残っている。」
理央が画面を拡大し、微細な動きや表情の変化を確認する。
「ここ……手首のリボン。加害者の手の動き。過去には消されていた痕跡だ。」
玲は無言で画面に集中し、静かに息を整える。
「よし……全員、この記録を確実に保存する。誰にも触れさせない。」
──映像が、過去の闇を赤く照らし出す。
そこに映るのは、消されかけた証言、交錯する影、そして、静かに揺れる“赤いリボン”。
影班の全員が息を潜め、光に浮かぶ過去の断片を見つめた。
これが、封印された真実への最初の一歩だった。
【時間】2025年10月12日 深夜1時12分
【場所】ロッジ・暗室
ユリが端末に目を落とし、低く静かな声で告げた。
「……この記録、最初から私たちが読むことを想定して設計されてた。霧島は、“誰かが真実に辿り着く”未来を信じてたのよ」
透が画面を見つめ、眉間にしわを寄せる。
「つまり、消された記録も、完全ではない。微細な痕跡が残されているということか」
九条凛が静かに頷く。
「意図的な“仕込み”ですね。心理干渉も、読み手を導くためのもの――封印と同時に、道標も残している」
玲は画面の光を浴びながら、決意を込めて言う。
「よし。ここから先は、私たちがその道を辿る。誰も奪えない、真実のために」
理央が指先でデータを固定し、全員に目配せをする。
「全員、準備はいい。ここからが本番だ」
──暗室に、静かな緊張と決意の空気が満ちる。
赤いリボンの影が、封印された過去の真実を、ようやく現代へと導き始めた。
【時間】2025年10月12日 深夜1時25分
【場所】ロッジ・暗室
蓮が端末を置き、雪乃と目を合わせる。
「受け取った。これが霧島の残した記録……想像以上に精巧だ」
雪乃がゆっくり頷く。
「でも、やっと手元に届いた。これで過去の封印に隠された真実に、ようやく触れられる」
蓮が少し肩をすくめ、冷静に言う。
「準備はいいか。これを解析すれば、消えた記録の全容に迫れる」
雪乃の目に光が差す。
「ええ。全員で、失われた真実を取り戻すわ」
玲が背後から静かに声をかける。
「全員、慎重に。過去は私たちを試す――でも、ここで止まるわけにはいかない」
──暗室の空気が一層引き締まり、赤いリボンの影が示す道標に、全員の視線が集中した。
【時間】2025年10月12日 深夜1時30分
【場所】ロッジ・暗室前通路
玲の短い指示が無線に乗ると、成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴は瞬時に反応した。
由宇は廊下の影に身を潜め、冷静な目で外部の監視ラインを確認する。
詩乃は静かに毒物や妨害装置を準備し、必要なら侵入者の動きを封じる態勢を整える。
柾貴は刃を手に、最前線に立つ覚悟で影のように移動する。
玲の低い声が無線に響く。
「全員、座標を確認。動きは一瞬も迷うな。記録の保護が最優先だ」
三人は黙って頷き、互いの動きを確認しながら、冷たい廊下を影のように進む。
その瞳には迷いはなく、ただ決意だけが宿っていた。
【時間】2025年10月12日 深夜1時30分
【場所】ロッジ・暗室前通路
玲の短い指示が無線に乗ると、成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴は瞬時に反応した。
由宇は廊下の影に身を潜め、冷静な目で外部の監視ラインを確認する。
詩乃は静かに毒物や妨害装置を準備し、必要なら侵入者の動きを封じる態勢を整える。
柾貴は刃を手に、最前線に立つ覚悟で影のように移動する。
玲の低い声が無線に響く。
「全員、座標を確認。動きは一瞬も迷うな。記録の保護が最優先だ」
三人は黙って頷き、互いの動きを確認しながら、冷たい廊下を影のように進む。
その瞳には迷いはなく、ただ決意だけが宿っていた。
──暗闇の中、影班の影がひとつ、またひとつと動き出す。
【時間】2025年10月12日 深夜1時42分
【場所】ロッジ地下・解析室
ユリは鋭い眼差しで端末を見つめ、指先でデータの層をすばやく切り替えていった。
幾重にも重ねられた暗号層がホログラム上に展開され、青白い光が彼女の頬を照らす。
その瞳には、疲労も迷いもなく、ただ一点――真実への道筋だけが映っていた。
「……誰かが意図的に時間軸をねじ曲げてる。
記録の順序が改ざんされてるわ。表層じゃなく、根幹の層で」
理央が隣でモニターを操作しながら低く答える。
「S7の仕業か?」
ユリは小さく頷き、さらに指先を走らせた。
光の粒が弾け、画面に新たなコード群が浮かび上がる。
「違う、これは“防衛反応”よ。
霧島が自分の記憶を守るために仕掛けた――再帰型暗号。
解析が遅れれば、全データが自動消去される」
玲が静かに歩み寄り、モニターを見つめる。
その横顔には、長年の覚悟と研ぎ澄まされた集中が宿っていた。
「つまり……霧島は、未来の俺たちに“試練”を残したわけか」
ユリは小さく微笑み、わずかに肩をすくめた。
「ええ。でもいい挑戦状よ――玲、行くわよ」
彼女の手が走る。
次の瞬間、解析室の光が脈動し、封印された記憶がゆっくりと形を取り始めた。
【時間】2025年10月13日 午前4時12分
【場所】ロッジ外周・北の森の境界
夜明け前の静けさの中、霧がゆっくりと流れ込む。
白く淡い靄が木々の間を漂い、足元の落ち葉を覆い隠していく。
鳥の声も、風の音もなく、ただ世界そのものが息を潜めているようだった。
成瀬由宇は霧の中に立ち、耳を澄ませていた。
遠くで枝が折れる音――それだけが、夜の静寂を破る唯一の気配。
背後では、桐野詩乃が小型の探知機を操作し、淡く光るスクリーンに目を落とす。
「反応は……微弱だけど確かにあるわ。記録波の残滓。
霧島が残した“鍵”が、この先に」
安斎柾貴が無言で頷き、腰のホルスターに手を添えた。
彼の瞳は、夜の闇よりも冷たく、しかし確実に“守る意志”を宿していた。
霧の向こうで、玲の声が低く響く。
「全員、距離を保て。焦るな――この霧そのものが“記憶の層”かもしれない」
その言葉に、影班の全員が静かに呼吸を整えた。
霧はまるで意志を持つかのように流れ、彼らを包み込み、過去と現在の境界を曖昧にしていく。
そして――最初に光を見たのは、朱音だった。
ロッジの窓辺でスケッチブックを握りしめた少女が、遠い森の方角にかすかな光を見つけ、囁く。
「……おじちゃんたち、帰ってくる」
【時間】2025年10月13日 午前4時13分
【場所】ロッジ本棟・防衛中枢室
その言葉に、全ての防衛層が共鳴するように震えた。
朱音の小さな声が空気を揺らした瞬間、ロッジを取り囲む霊的結界が淡く輝き始める。
床下に埋め込まれたセンサーが微細な震動を検知し、複数の防御ラインが自動的に起動。
青白い光が幾重にも重なり、まるで生命のように呼吸を始めた。
会議室では、玲が端末を握りしめ、異変の波形を確認する。
「……共鳴反応。霧層からの逆流だ。朱音の声が、“記録の層”を動かした」
理央がモニター越しに応答した。
「反応の中心は、朱音自身。まるで彼女が――記憶そのものと同調しているみたい」
白砂悠が静かに立ち上がる。
「共鳴が起こったということは、境界が薄くなっている。
――“あの夜”の記録が、完全に封印されてはいないということだ」
霧の中を進む影班の通信にも微かなノイズが混じる。
成瀬の声が途切れ途切れに届いた。
「……こちら由宇。霧の密度、急激に上昇。何かが――目を覚まそうとしている」
その瞬間、ロッジの外壁に走る防衛紋が強く輝き、
霊力の波動が一気に放たれた。
朱音はその光を見上げ、胸の奥で何かが確かに“繋がる”のを感じていた。
「……大丈夫。みんな、帰ってこられる」
その声は、霧とともに静かに森へと届き、
影たちの足取りを導く――まるで“記憶”そのものが、彼らを守っているかのように。
【時間】2025年10月13日 午前4時14分
【場所】ロッジ本棟・防衛中枢室
玲が一歩、前に出る。
その動きは静かだったが、空気が張り詰めるのを誰もが感じた。
青白い防衛層の光が彼の足元で揺らめき、薄靄のような霊圧がその身体を包み込む。
「ここから先は、俺が行く。」
低く、しかし確固とした声。
ユリが顔を上げ、焦りをにじませる。
「玲、待って! 今の状態で結界を越えたら、霊層の逆流に呑まれるわ!」
玲は振り返らない。
ただ、視線を防衛層の中心――朱音が立っていた方向に向けた。
「……彼女の声が呼んでいる。誰かが応えなきゃならない。
あの子が“記録”を動かしたなら、俺たちもその先へ踏み込むしかない。」
理央が端末越しに短く息を呑む。
「……玲、データ的にはまだ危険領域だ。だけど……おそらく、それが“鍵”になる。」
霧島の名が刻まれた記録が、青い光の中で微かに明滅する。
玲は静かに手袋を外し、素手で防衛層に触れた。
――触れた瞬間、波紋が広がる。
防衛層が彼の存在を認識したかのように震え、
青い光が玲の瞳に映り込む。
「……見せてもらうぞ、霧島。お前が守ろうとした“真実”を。」
その言葉と同時に、光の壁が開き、
玲の姿はゆっくりと霧の中へと消えていった。
【時間】2025年10月13日 午前4時28分
【場所】ロッジ本棟・記録解析室
玲は大画面に映る記憶データと、朱音のスケッチブックに描かれたイラストを交互に見つめていた。
青白い光に照らされたその表情は、冷静でありながら、どこか胸の奥に微かな痛みを宿している。
画面には、十年前の事件現場の断片的な映像。
そして朱音のスケッチには、同じ構図の“倉庫の影”と、見覚えのある人影が描かれていた。
玲は息を整え、静かに口を開く。
「……これが偶然の一致とは思えない。朱音が描いた絵は、“記憶”の再構成だ。
つまり、彼女の中に残された視覚記録──あの夜の“目撃証言”そのものだ。」
理央が端末を操作しながら頷く。
「脳波パターンの一致率は98.3%。スケッチに描かれている構図、光源、影の角度……
全部、事件当夜の映像データと符合してる。彼女は“見ていた”んだ、玲。」
玲は静かに朱音の絵を手に取り、ページをめくった。
次の絵には、崩れ落ちる倉庫の扉、その奥に立つ黒いコートの人物――。
「……霧島。」
低く名を呟いた瞬間、部屋の空気がわずかに震えた。
ユリが端末に目を走らせる。
「映像解析を追加する。朱音の記憶視覚と霧島のデータ、両方を同期させれば……
“封印された真実”が現れるかもしれない。」
玲は頷き、全員を見渡した。
「全システムを記憶共鳴モードに。……朱音が残した絵は、真実への地図だ。
ここから先は、誰一人見逃すな。」
青い光が一斉に強く輝き、
スケッチの線が、まるで生きているかのように画面の中へと溶けていった。
【時間】2025年10月13日 午前4時46分
【場所】ロッジ本棟・記録解析室
静まり返った空気の中、成瀬由宇がゆっくりと口を開いた。
青白い光が彼の頬を照らし、瞳の奥には決意の炎が宿っている。
「影として体の動きはすべて頭の中にある。
だが――今回の戦いは、体の動きだけじゃない。」
その声は低く、だが確かに全員の胸に響いた。
霧のように張り詰めた空気の中で、桐野詩乃も安斎柾貴も息を詰めて聞き入っていた。
由宇は続ける。
「精神の闇と光が交錯する中で、俺たちが守るべきは朱音の記憶だけじゃない。
俺たち自身の、“記憶の証人”としての役割だ。」
その言葉に、室内の誰もがわずかに目を伏せた。
玲は静かに腕を組み、白砂悠は無言のまま由宇を見つめる。
雪乃の指先が小さく震え、理央は端末に手を止めた。
「……記録を守ること。それは真実を生かすことだ。」
玲の短い言葉が、部屋の隅々まで響く。
その瞬間、外の霧が窓を叩き、夜明け前の風が流れ込んだ。
まるで、この場所で交わされた誓いが――
新たな“記録”として刻まれるのを、世界そのものが見届けているかのように。
【時間】2025年10月13日 午前5時02分
【場所】ロッジ本棟・記録解析室
玲の言葉を合図に、室内の空気が再び動き出した。
誰もが無言のままうなずき、すぐに各自の端末や装備へと向かう。
白砂悠は戦術データの再構築に入り、
白砂想は情報遮断フィールドの制御を確認する。
御子柴理央は復元された記憶ログの整合性を検証し、
ユリは外部通信の暗号化層を二重に展開した。
「防衛層、再構成完了。あとはタイミングを合わせるだけです」
――ユリの報告に、玲は小さく頷く。
その背後で、成瀬由宇が桐野詩乃と安斎柾貴に視線を送る。
「影班、第三防衛線を担当。霊的干渉が来たら、即座に遮断。」
「了解。」
詩乃の短い返答のあと、安斎も静かにうなずいた。
天城瞬と氷室岳は外周の監視データを照合し、
霧島が残した霊術式の解析を白砂想が補助する。
彼らの動きに、無駄は一切ない。
十年の因縁を越え、いまこの瞬間だけは全員が――
同じ目的のもとに結びついていた。
玲が低く言う。
「行動開始は日の出と同時だ。それまでに、全系統を同期させろ。」
青白い端末の光が、全員の顔を照らす。
霧が窓を包み込み、遠くで鳥の声が微かに聞こえた。
――“影”と“記録の証人”がひとつになる、夜明け前の静かな誓いだった。
【時間】2025年10月13日 午前5時15分
【場所】ロッジ周辺・外周防衛線
玲の指示が無線に走った瞬間、
影班とチーム忍の動きはまるで一つの生き物のように連動した。
闇に溶け込むように、成瀬由宇が最前線の霧の中を滑る。
そのわずか一歩後方で、服部紫が風向きと気温の変化を読み取り、
隠密経路を再構築していた。
「前方、霊的反応薄い。移動経路、東から北に変更。」
――紫の報告に、由宇が短く返す。
「了解。詩乃、北側封鎖。」
木々の影の間を、詩乃が無音で駆け抜ける。
掌に宿す霊符が淡く光り、微かな術式を展開。
結界の継ぎ目を探知し、瞬時に補強を施す。
安斎柾貴は背後の高地から精神干渉域を監視していた。
「異常なし。心理波、安定。敵影、まだ感知されていない。」
その報告に、玲の声が無線から静かに響く。
「いい連携だ。このまま“境界層”を維持しろ。
忍班は第二列で補助に回れ――動きを合わせろ。」
「了解。」服部紫が即座に応答。
彼女の背後では、服部一族の忍たちが一糸乱れぬ動作で展開し、
草木の揺れさえ制御するほどの静寂を作り出していく。
影と忍――
本来ならば相容れぬ存在が、今この瞬間、
一つの目的のために完璧な調和を見せていた。
由宇が低く呟く。
「……これなら、朱音は守れる。」
霧の中、その言葉が静かに消えていった。
【時刻:午前5時47分】
【場所:ロッジ地下・記憶解析室】
水無瀬透が操作端末の最後のコマンドを打ち込むと、
青白い光がスクリーンの中央に集束し、
断片化されていた“記憶の欠片”が静かに結合を始めた。
透の指先は一瞬も止まらない。
「接続シーケンス完了。……霧島の残留記憶、再構築フェーズに入る。」
その言葉に、九条凛が息を呑む。
「こんな密度の情報、普通なら精神干渉で崩壊するわよ……」
透は無言で頷き、視線をデータの流れに固定した。
モニターの中では、数えきれない光の粒が絡み合い、
まるで誰かの“想い”そのものが形を成していくかのようだった。
玲が背後で静かに腕を組む。
「……これが、十年前に封じられた“黒曜事件”の記憶データか。」
透はわずかに口元を引き締める。
「ええ。でもこれはまだ“入口”です。
真実は、この先の“記憶層”の奥にある。」
ユリが補助端末を操作しながら、小さく呟いた。
「……霧島が、誰かに伝えたかった“証言”。」
やがて、記憶の光が完全に収束した。
薄暗い室内に、青い残光がゆらめく。
モニターに浮かび上がったのは、ひとりの男の姿――
霧島誠一郎。
彼は静かに、誰かに語りかけるように口を開いた。
「この記録を見ているなら……
君たちは“真実”に近づいている。
だが、S7はまだ動いている。記録を奪い返すためにな。」
【時刻:午前6時03分】
【場所:ロッジ地下・防衛統制室】
警報灯がゆっくりと消え、電子音が静まった。
モニターに映し出された防衛ラインのステータスは、すべて“安定”の緑色に変わっていた。
成瀬由宇が肩で息をつきながら、ヘッドセットを外す。
「……全防衛層、正常稼働を確認。外部侵入反応、完全に消失。」
桐野詩乃が淡く息を吐き、端末の光を見つめた。
「ここまで来るとは思わなかったけど……玲の予測どおりだったわね。」
安斎柾貴が壁にもたれかかり、苦笑を漏らす。
「まったく……どんな状況でも先を読んでるんだな、あの人は。」
モニターの前では、奈々が静かに指を滑らせながら報告をまとめていた。
「通信ノイズ、収束完了。霧島の記録保護プロトコルも安定化しています。」
玲がゆっくりと背後から歩み寄り、全員を見渡す。
その表情は厳しくも、どこか柔らかい。
「よく持ちこたえた。……今の防衛ラインなら、記憶データは安全だ。」
一瞬の沈黙の後、詩乃が微かに笑った。
「久しぶりに、“戦いじゃない静けさ”を感じるわね。」
暖かなランプの光が、皆の顔を穏やかに照らしていた。
外では夜明けの光が差し込み始め、長い闘いの夜がようやく終わりを告げていた。
【終幕】
【時刻:午前7時12分】
【場所:ロッジ本棟・リビング】
夜明けの光がカーテンの隙間から差し込み、淡く室内を照らしていた。
暖炉の火は静かに燃え尽き、残った灰が穏やかに白く光っている。
朱音はソファの上でスケッチブックを抱きしめ、まだ薄い夢の中にいた。
彼女の傍らには、玲が静かに立ち、外の光に目を細める。
その横顔には、長い闘いを終えた者だけが見せる静かな安堵が滲んでいた。
成瀬由宇と桐野詩乃は、窓際で短く言葉を交わす。
「……ようやく終わったな。」
「ええ。でも、終わりっていうより――次への始まりかもしれない。」
安斎柾貴は朱音のそばに腰を下ろし、優しく頭を撫でた。
少女はその手の温もりに気づき、小さく微笑む。
白砂 想はテーブルの上の資料を束ねながら、静かに呟いた。
「消された記憶、封じられた真実……そして、守られた希望か。」
玲がその言葉を受けて、静かに頷く。
「記録は戻らなくても、“想い”は残る。それが、証人としての意味だ。」
外では鳥の声が聞こえ始め、霧がゆっくりと晴れていく。
朝の光がロッジ全体を包み込み、長く続いた闇の時間を溶かしていった。
そして――朱音がスケッチブックを開く。
そのページには、全員が笑顔で並ぶ絵が描かれていた。
玲は微笑み、静かに言葉を落とす。
「……これが、俺たちの“記憶”だ。」
──終。
【エピローグ】
【時刻:午前8時02分】
【場所:ロッジ本棟・リビング】
暖炉の火はすでに落ち着き、やわらかな陽光が窓辺から差し込んでいた。
外では鳥のさえずりが遠くから聞こえ、森の静寂に新しい朝が満ちていく。
朱音は小さく息を吸い込み、胸の前で両手をぎゅっと握った。
彼女の瞳には、迷いよりも――確かな決意の光があった。
玲をはじめ、影班、服部一族、そしてスペシャリストたちが静かに見守る中、
朱音は一歩前に出て、深く頭を下げた。
「……みんな、本当にありがとう。」
最初に顔を上げて見つめたのは、玲。
「玲さん、いつも冷静で、でも私たちをちゃんと守ってくれて……。
怖い夜も、玲さんがいたから大丈夫だった。」
玲は少しだけ微笑んで頷いた。
「君の勇気が、俺たちを動かしたんだ。」
朱音は次に、成瀬由宇の方を向く。
「由宇さん……あの時、私の手を引いてくれてありがとう。
すっごく怖かったけど、あの手の温かさ、まだ覚えてる。」
由宇は少し照れくさそうに頬をかき、「……あれは俺の役目だからな」と短く答えた。
桐野詩乃には、静かに言葉を贈る。
「詩乃さんの声、優しかった。怖い夢の中でも、ずっと聞こえてたんだよ。」
詩乃はわずかに目を伏せ、唇に微笑みを浮かべた。
「……あなたが笑ってくれるなら、それだけでいいの。」
安斎柾貴には、少し笑いながら。
「柾貴さん、いつも怖い顔してるけど……本当は誰よりも優しいって、もう知ってるよ。」
安斎は苦笑しながら肩をすくめた。
「バレたか。……まあ、否定はしない。」
白砂 想と白砂 悠には、丁寧に。
「白砂さんたち、難しいこといっぱいしてたけど……全部、私を守るためだったんだよね。
ありがとう。すごく、すごく心強かった。」
悠は軽く頷き、想は穏やかな微笑を返す。
そして最後に、服部紫たち一族へ向き直る。
「みんなが静かに見ててくれたから、私は怖くなかった。
だから――みんな、家族みたいに思ってる。」
その言葉に、一瞬、空気がやわらかく揺れた。
影の者たちの表情にも、微かな安堵と誇りが浮かぶ。
玲が前に出て、朱音の肩にそっと手を置いた。
「……ありがとう、朱音。君がこうして笑ってくれることが、何よりの報酬だ。」
朱音はにっこりと笑い、スケッチブックを胸に抱いた。
「これからも、ずっと描いていくよ。
――みんなと過ごした時間を、ちゃんと“記録”しておきたいから。」
その言葉に、暖かな沈黙が流れた。
朝の光が窓から差し込み、彼らの影を柔らかく包み込む。
過去の傷も、痛みも、今この瞬間に溶けていくようだった。
そして――新しい一日が、静かに始まった。
【エピローグ】
【時刻:午前4時27分】
【場所:ロッジ本棟・玄関ホール】
夜明け前の空はまだ群青に沈み、森の木々は夜露に濡れて静まり返っていた。
長く続いた緊張の気配がようやく途切れ、冷たい風がロッジの外壁をかすかに揺らす。
重い扉が静かに開き、玲を先頭に、影班と仲間たちが一人、また一人と中へ入っていく。
彼らの足取りには疲労の色が濃く、だがその表情には確かな安堵があった。
暖炉の残り火がかすかに赤く灯り、微かな薪の香りが漂う。
その炎の前で、朱音が眠たげな目をこすりながら顔を上げた。
「……おかえりなさい。」
その一言に、全員の肩の力がふっと抜けた。
玲は小さく息を吐き、コートを脱ぎながら微笑む。
「ただいま。全部、終わったよ。」
由宇は壁に背を預け、深く息をつく。
「久々に……本気で生きて帰れた気がするな。」
詩乃は疲れた目を閉じながらも、静かに笑う。
「……でも、守れたわ。あの子の記憶も、私たちの心も。」
柾貴は暖炉のそばに腰を下ろし、手を伸ばして火を見つめる。
「影の戦いに“終わり”なんてないと思ってたけど……
今夜だけは、そう思いたいな。」
服部紫が静かにうなずき、一族の者たちに休息を命じる。
白砂 悠と想は、互いに目を合わせ、短く頷き合った。
理央が端末を閉じ、淡々と報告する。
「黒曜事件に関するすべてのデータは封印した。二度と同じ悲劇は起こらない。」
玲は静かに頷き、仲間たちを見回す。
その瞳には疲労よりも、深い誇りが宿っていた。
「……お前たちがいたから、ここまで来られた。
闇を歩いても、戻る場所があるって、やっとわかった気がする。」
その言葉に誰も答えなかった。
だが、全員の心の中に同じ思いがあった――“この仲間と出会えた奇跡”を。
朱音は小さくスケッチブックを開き、描きかけの一枚を見せた。
そこには、朝焼けの中に立つ影班の姿があった。
「……次は、笑って描ける絵にしたいな。」
玲はその絵を見つめ、静かに目を細めた。
「きっと描けるさ。――この夜が、明けたら。」
外の空が、少しずつ白んでいく。
夜と朝の境界が溶け、森の向こうから最初の光が差し込んだ。
そして、長い戦いの終わりとともに、
“影”たちの新しい物語が――静かに始まりを迎えた。
【時間】2025年10月15日 22:37
【場所】ロッジ・玲の書斎
玲の端末が微かに震え、画面に新着メールの通知が表示される。差出人は「ユウナ」。
玲は静かに端末を手に取り、画面を開いた。
⸻
件名:“緊急連絡”
本文:
「玲、状況を共有します。黒曜事件関連のデータの一部が、再び外部から動き始めました。詳細は添付の暗号化ファイルを確認してください。
必要な場合、即座に行動に移す準備をお願いします。」
添付ファイルには、暗号化された映像とログの断片が含まれている。
玲は端末の画面を見つめ、無言で指先を動かす。
「……また、動き出したか。」
深く息を吐き、彼は周囲の仲間に視線を送った。
「全員、準備だ。新たな局面が始まる。」
影班のメンバーたちは、それぞれの位置に静かに散っていく。
窓の外では、夜霧が森を覆い、ロッジを包み込むように冷たい空気が流れていた。




